市 民

森永ヒ素ミルク中毒事件は、昭和30年(1955年)に日本で発生した、森永乳業の粉ミルクによる乳幼児の大量死亡・被害事件です。 森永は、猛毒のヒ素が混入した産業廃棄物由来の第二燐酸ソーダを、製品が新鮮であるように偽装する目的で赤ちゃん用粉ミルクに添加したため、1万2千名以上の膨大な被害者を生み出し、1年以内に131人の赤ん坊が死亡するという世界最大の食品公害となりました。未だに多くの被害者が理不尽な扱いに苦しみ続けています。

森永事件では、戦後初の御用学者による事件封殺のシステムが開発され、その後の公害被害の封殺に転用されました。被害者救済を巡っては今も深刻な疑惑が指摘されており、その背景に企業や党派の陰があります。東京電力福島第一原発事故や、隣国での粉乳メラミン中毒事件、わが国で相次ぐ食品偽装事件の原型が凝縮されています。
一方、水俣と森永の両事件で展開された告発型市民運動は戦後日本初ともいえる先駆的な市民意識を生み出しました。
このブログでは同事件にとどまらず、市民のあり方、自由と民主主義、科学と社会、政治と思想、人材と教育など多くのテーマについて考えます。
【参考】森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/hiso.htm

【労基署の是正勧告を無視し社員を3度も殺す電通】
 広告代理店「電通」に強制捜査のメスが入った。
 私は、若いころ、月60~70時間残業で同僚の20代の女性が過労死する現場に遭遇したことがある。ある寒い冬の朝だった。その時の光景は今でも鮮明に覚えている。いたたまれない思いをした。密度の濃い仕事をしていれば、月60時間でも人はあっけなく死ぬ。翻って、このたびの遺族の悲しみはいかばかりか…。このような現場を放置する組織体には、殺人企業の名がふさわしい。
 電通は、女性新入社員の高橋まつりさんを昨年2015年12月25日に過労山陽新聞1面記事 電通に強制捜査死自殺に追い込んだ。(今年9月に労災認定)だが、電通は既に1991年にも社員を過労死自殺に追い込んでおり、3年前にも男性社員が過労死している。まさに次々に人を殺す会社である。2014年には労基署から是正勧告を受けたにも関わらず、改める姿勢もなく、第3の被害者を生みだした。
 強制捜査に及んでも電通社長は、違法残業を愛社精神にすりかえる演説をし、一向に反省の色が見られない。NHKのインタビューには、電通社員が顔を隠さずに登場し、「自浄能力はない」と言い切った。
 これまで、長時間残業の場合は「過労死」という形で現れていた。だが電通の場合は、過労死から自殺に展開している。1991年のケースは過労からくる欝症状による自殺と認定されたが、話は単純ではない。高橋まつりさんの生前証言からは、会社から執拗に人格を貶める罵倒めいた扱いをうけていたことが明らかにされた。精神面から社内体制に屈服させる行為が続いていたと思われる。91年に自殺した男性に対しては、靴に入れた酒を飲ませるという軍隊でもやらないような「奴隷化教育」が行われていた。
 ブローカー業のイメージを払拭したいがため、「電通十則」よろしく「社会を裏からかき回す」とホラをぶら下げつつ、徹底的に屈辱を与え奴隷精神を養うというのは、カルト集団に見られる古典的な洗脳マニュアルだ。それを社員に対して実行していた。そして社員を何人殺しても、是正勧告を受けても、姿勢をあたらめない…。強制捜査を受けても、そのコメントで社畜を肯定し続ける。先の若手写真の「自浄能力なし」はそういう同社の体質を一言で言い表したものだ。
 だが、これは、今に始まったことではない電通のDNAだ。

【戦争遂行=大本営発表の広告部門=電通】
 電通は、戦前の国策会社「日本電報通信社」の広告部門だった。同社は大本営発表を垂れ流し国民へのプロパガンダを続けたことから関係者は公職追放となった。だが、広告部門はお咎めなしで分離独立し、「電通」として存続する。これが電通の出自だが、彼らが社会犯罪に最初に手を染めたのが、おそらく森永ヒ素ミルク中毒事件だ。なぜか? 彼ら自身がそう語っているのだ。

【電通の社会犯罪の原点=森永ヒ素ミルク中毒事件】
 1955年に発生した森永ヒ素ミルク中毒事件に関しては、何度も書いてきたが、森永は電通を下請け、いやそれよりも上級のパートナーとしてタッグを組み、国民を騙し、事件を封殺した。こんな行為は、悪徳資本でも普通は、こっそりと語るものだが、森永は敢えておおっぴらに自慢する企業だ。
 森永乳業は、事件発生以来10数年にわたる被害者家族への弾圧政策を、自社の社史『森永乳業五十年史』(1967年刊行)に、自慢げに、活字でもって記述している。それは、森永乳業の幹部が、森永製菓の社員から電通の常務に成り上がった人物と対談している記事だ。金の力でもって行政や医者やメディアをいかに見事に手なづけたか、そのほんのサワリの部分を、実名で書いている。それどころか、なかば井戸端会議風にチャラケたしゃべりを織り交ぜながら、自社の「栄光の所業」としている。大殺戮の自社犯罪を封殺し、被害者家族の悲痛な声を世論操作で「平定」したことを自慢している。

【なぜ鬼畜な対談を社史に掲載できたのか?】
 森永は、1955年に自らが犯した乳幼児大量虐殺を金と権力で封じ込めたつもりになっていた。事実、「守る会」を結成して闘いを継続するのは岡山をはじめとする数名の親だけになってしまっていた。(だがこれがその後の再起の鍵になる) そのように被害者の親を完膚無きまでに叩きのめしていたのだ。
 つまり彼らは、事件発生から12年後の1967年には、二度と被害者の親が再起することはないと確信し安心しきっていたのだ。だから内心大喜び・余裕シャキシャキで活字にまで残したのだ。彼らは12年目に大量殺戮の歴史を正邪逆転させて、欺瞞の歴史に作り変えようと決断し、実行した。いわゆるナチスばりの「加害者の栄光の記録」であるが、その感覚・執念はどこからくるのだろうか?
 おそらく、事件当時の森永の実態は、金の力で政治家に取り入っているだけの話だが、それが成功しすぎた。事件当時作られた被害圧殺の構図は異様に力を発揮しその後の水俣病や現在の福島でさえ威力を効かせている。そのうち「政治(家)をいつも自社が従えている気分になっている」森永グループ全体の勘違いのDNAが作られたと思われる。電通をファミリーのように飼ってきたのもまた森永乳業であり森永製菓だ。 その「悪魔の対談」の原文は以下のサイトに掲載されている。
  http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm

【初期の御用ムラの成功パターンを日本全土に拡大】
 もちろん実名で登場するのは、ごく初期に事件に関連した関係者であり、ほんの氷山の一角だ。その直後から、ほとんど全部の医学界、メディア(新聞、テレビ、あまたの雑誌まで含む)が、一部の悪徳資本と下請け代理店の悪知恵による10年以上の用意周到の戦略戦術でコントロールされた。この事実は他にも多数記述されている。
 ちなみに、森永による被害抹殺の事実は、証拠とともに
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm
 に膨大に記録されており、最新の関係者のふしだらな状況は
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm でも知ることができる。

【「森永への感謝キャンペーンのウソ」を指弾した公刊書籍】
 また、これらのプロパガンダの一端は、ドクター苫米地で知られる苫米地英人氏によりすでに2012年に刊行された『洗脳広告代理店 電通』でも、森永ヒ素ミルク中毒事件に関わるプロパガンダが取り上げられている。同書は、電通がありとあ洗脳広告代理店 電通らゆる業界へ触手をのばし、その過程でスポンサーからの依頼で人道への罪を犯しておきながら、お咎めなして跳梁していることを、細部にわたって述べている(もちろん、証拠を残さない金の授受やエージェント論には著者自身、“正確には推論”として但し書きをしている。)。
 森永事件の場合は、その癒着は確実であり別格だ。なぜなら前述のごとく、当時の電通常務が自から進んで、被害者家族圧殺の手法を語っているのだから。
 同書は、すでにベストセラーとなって久しいが、特筆すべきは、森永がその代理人を利用して、この60年以上、間断なく展開してきた「森永に感謝しましょう」なるキャンペーンのウソを普通の感覚で見破り、指弾しているところである。翻って、この程度のことが見破れない一部の向きは、普通人の常識感覚が相当に麻痺していると自覚すべきだ。
 いずれにしても、森永乳業が主役となって、行政役人と学会、メディアを取り込んで被害者家族を弾圧し、犯罪に手をそめたが、その所業の媒介物として、森永製菓から続く電通役員が系列人脈でトライアングルとなって共犯した。そして、少なくとも製菓─電通ラインは、企業犯罪封殺にプロパガンダで手を貸しておきながら、今のところ、なんの反省もせず、制裁もうけていない。それどころか、社員の頭上にまで、その災厄がふりかかっている。

【犯罪企業の高感度をあげるプロパガンダの下請け】
 日本社会は、このようなウソと罪にまみれた広告代理店をバラエティで、「憧れの会社」といい続け、「電通社員との枕営業」までをも恥も外聞もなくタレントや女子アナの口を通じて垂れ流す。もちろん、お笑い自体は罪もないし有意義な文化だが、そこにはウソも含めて何もかもが許されるという独特のコードで、視聴者の理性を狂わせるタグがこっそり埋め込まれる。その挙句、オリンピックまで任せてしまった。
 真の闇は、実はすでに明らかになっている。そして皆が口をあんぐりさせるような悪徳は、既にほとんど白日のもとに明らかにされている。だが何十年たっても明らかな事実をみて是正しようとしない社会は、同じ誤りを繰り返し、次第に衰退の一途をたどるだけである。

 一部の悪徳資本と学会、行政、電通の癒着、それに絡んで、悪知恵の固まりである一部資本を礼賛しながらおこぼれに預かる自称革新党派、メディアの一部不良記者のランチキ記事。こういった、がんじがらめの共犯関係が成立している。それら無数の小さな腐敗は、「悪貨は良貨を駆逐する」式の連鎖でどんどん社会を疲労させていく。アカが積もり積もって、平和や安全のスローガンを唱えているその足元から、殺人が引き起こされ、市民の小さな幸せを根こそぎ奪っていく。それをただ怖れるのみだ。

電通 洗脳広告代理店 2012/2/14 苫米地英人
「大スポンサーを守るために敷いた報道規制」
書籍の趣旨からは、電通が主役として書かれているが、言うまでもなく、主役・主犯は加害企業とそのクローニー(取り巻き)である。
----------------------------------------------------
電通&森永 事件抹殺の手口
『洗脳広告代理店 電通』から引用P.116~P.119

「…前略…
大スポンサーを守るために敷いた報道規制

 1955年、森永乳業の粉ミルクを飲んだ1万3000人もの乳児がヒ素中毒にかかり、約130人が死亡するという事件が起こった。原因は、森永が粉ミルクに使用した添加物にヒ素が含まれていたためだった。

 森永の粉ミルクを飲んだという共通点か明らかだったにもかかわらず、発生当初は奇病扱いされ、森永の責任か問われるどころか、囚果閉係も認めようとはしなかった。そこに電通が深く関わっていたことが発覚し、世論から大きな非難を浴びることになるのだが、結局、森永が自社の粉ミルクに混入したヒ素が原因だと認めたのはなんと15年後の1970年。それまで森永は賠償どころか、事件を闇に葬ろうとする動きすら見せたという。

 しかも、ヒ素混入の事実とそれか原因で多数の死者が出たことは認めたが、納入業者の責任であり、自分たちには責任はないと主張した。

 この事件で電通がまずやったとされるのが報道規制だ。もちろん、森永は多くのメディア(この当時は新聞が主流)にとって大スポンサーである。ということは、電通にとっても上得意様ということになる。森永を守ることで、通常の広告費とは別に、森永から電通に工作費用が流れた可能性も否定できない。

 さらに、何者かが積極的に森永へのポジティブキャンペーンを開始する。被害者の声として、「森永の処置には十分満足している」「森永には感謝している人がたくさんいる」「騒いでいるのは一部の人だけである」などといった言説をメディアを通じて広めているのだ。森永単独でできることとは思えない。電通が介在していると考えるのが自然だろう。

 ちなみに約30年後、この森永ヒ素ミルク事件を強く意識したと思われる「グリコ・森永事件」が起きている。犯人は脅追文の中に「森永 まえに ひそで どくの こわさ よお わかっとるや ないか」と書いている。

 電通が大スポンサーをかばって報道規制をしたと疑われるケースは、この森永ヒ素ミルク事件に限ったことではない。明るみに出たものとしては、1965年に起きた大正製薬の風邪薬ショック死事件がある。大正製薬が発売した風邪薬を服用した人に死亡事故が多発したのである。

 この時代は1955年当時と違い、メディアの主流はすでにテレビに移っていた。電通は大口のテレビスポンサーだった大正製薬を守るべく、テレビ局にこの事件の報道を規制させた疑いがある。

 戦後10年ほどですでにメディアに対して大きな力をもっていた電通は、その後の10年で新聞からテレビへと力の入れどころを変えながらも、その力は衰えることを知らなかった。

 また、大正製薬の風邪薬ショック死事件の直前には、電通がさらに大きく成長するための国家的巨入プロジェクトが進行していた。
スポーツイベントヘの進出

 電通が大きく成長した国家的大プロジェクトとは、1964年の東京オリンピックである。」…以下続く
(注:1970年には森永は罪を認めていない。森永の意に反してようやく刑事裁判で有罪判決が出たのは1973年。事件発生から実に18年後のことである。)
【参考資料】












http://morinaga-hiso.blog.jp/




1.
】-その2
同社の製品事故リストが浮上した。年に4度という年も複数。すべて公知情報だがこれまでデータが統合されていなかった。あまりに件数多いため過不足あれば遠慮なく追加情報をお寄せください。


過去16年に発生した森永の製品事故 

(2001~2016  下記は回収措置-リコール-等を公に告知した事例に限られる)    

時期

区分

製品名

事故内容

2001年7月

 

森永製菓

「ポテロング」
「ポテロング スモークチーズ味」

スナック菓子「ポテロング」に、日本では未承認の遺伝子組み換えポテト原料が自主検査の結果4月ロット分に検出

2002年6月

森永製菓

製造管理者:森永サービス(株)

商品名  :プーキャンピングカー(カスタードビスケット、プチブレッド)

特徴   :グリーンのキャンピングカー型の缶

製造者  :森永製菓(株) 中京工場

販売価格 :1,500円

商品コード:4936313707243

 

製造管理者:森永サービス(株)

商品名  :プーバッグ(はちみつクッキー、プチブレッド)

特徴   :黄色のプーの顔型手提げバッグ

製造者  :森永製菓(株) 中京工場

販売価格 :1,200円

商品コード:4936313707212

ディズニーストア商品

製造委託先・森永製菓、食品衛生法上使用が認められていない物質を含んだ香料(協和香料化学株式会社製)を一部商品に使用。

 

「ミントロック」(氷菓)

2001年7~8月に販売し、すでに終売している「ミントロック」(氷菓)に協和香料化学(株)のイソプロパノールを含む香料を使用していたことが判明。

「米国やEUでは使用が認められている」と言い訳

2003年7月

 

森永製菓

 

キャンディポップ (ミッキー)

 

東京ディズニーランドで7月8日から7月16日までに販売した商品(製造管理者 森永製菓株式会社)の賞味期限表示が、梱包過程における捺印ミスにより04.06.29と表示すべきところ、03.06.29と誤った表示

2003年10月

森永乳業

森永乳業株式会社三島工場で製造した商品であり、「製造者 森永乳業株式会社 IK」と表示されているアイスクリーム類全商品

株式会社ナポリアイスクリーム三島工場で製造した「500円 ナポリチョコナッツ」「150円 ナポリビスコット」

規格外品の恐れ

店頭から回収

2004年1月

森永製菓

 

「フィンガーチョコレート〈ビター〉箱 74g」

「e-price フィンガーチョコレート袋 264g 」

微量の「ピーナッツ」混入の可能性が判明し、その旨の注意表示もれ。ピーナッツアレルギー保持者に問題発生の危険性。

2005年4月

森永乳業

「森永 Caラクトフェリンスキムミルク」

賞味期限の西暦表示表記ミス

06と表記すべきところを16と長めに表記

2005年12月

森永エンゼルデザート株式会社

「対象商品 クリスマスケーキ『マロン・ド・ノエル』平成17年12月23日販売分 製造元 森永エンゼルデザート株式会社 デザート事業部」

クリスマスケーキ『マロン・ド・ノエル』の一部から製造過程の不具合により微量の黄色ブドウ球菌が検出され、当該商品の販売を即刻中止したが79個がすでに販売。

2005年12月

森永エンジニアリング

電気温水器
温水暖房用電気ボイラー「エルパンナ」

消費者庁リコール情報

不良部品の混入が原因で電磁接触器の焼損・発煙不具合が1件発生

2006年7月

森永製菓

森永アイス「アイス カフェ・オ・レ(一箱8本入り」 製造ロット「4627」の商品

一部商品に製造工程上のシリコンチューブの一部が欠損し、混入している恐れがあることが判明 製造者 豊和食品株式会社

2007年4月

 

森永製菓

 

「チュッパチャプス」

<デザートミックス>(青色タグ) プリン/キャラメル/ミルク/ストロベリークリーム/チョコバナナ/チョコストロベリー 全6種類のうち 賞味期限表示が 2008.01 2008.02 2008.03 の商品

製造工程上の部材の樹脂片が混入していることが判明

2008年7月

森永製菓

「e-priceホットケーキミックス(150g×4袋入り)」

商品の一部から「虫」が発見

2008年9月

森永乳業/東洋乳業

「乳酸菌飲料」

森永コーラスウォーター 1000ml

森永コーラスウォーターアップル 1000ml

香料の誤使用

2008年11月

森永製菓

「ハイチュウ」

12粒ハイチュウ<グレープ>

12粒ハイチュウ<グリーンアップル>

製造工程上で使用されている手袋のゴム片(主要素材:ニトリル合成ゴム、厚さ0.3mm、平均約1センチ四方)が混入。対象製品91万個のうち多くが消費されているとみられ回収可能な商品は27万個程度
8月27日から11月13日頃(報道)までに、消費者から同社に28件の苦情。

同社は、9月の段階で手袋のゴム混入が原因と分かっていたが混入した商品数が少なかったため公表を控えていた。 10月末になっても混入が続いたため公表した。

2008年12月

森永製菓

「森永ホットケーキミックス600g」

「森永ホットケーキミックス600g」の製造工程上で膨張剤を混合する際にバラツキが発生し、一部の商品において調理した際に酸味を生じることが判明。

2009年6月

森永乳業

「低脂肪牛乳」

北陸限定発売 低脂肪牛乳

異種製品の容器を使用。(製造所所在地及び製造者の誤記)

2010年10月

森永乳業

「クラフトパルメザンチーズ80g」

米国クラフトフーヅ社で製造、エムケーチーズ株式会社が輸入、森永乳業株式会社で販売のチーズ商品において、通常と違う風味がするとの顧客通報。調査の結果、特定ロットの一部に風味異常が認められる

2011年6月

森永乳業

「MOWミニカップ」

乳脂肪分及び乳固形分が規格値より低い

2011年6月

森永製菓

「チュッパチャプス」

金属のような硬質の異物が混入
異物は長さ1ミリ程度のものでキャンディーから突き出ていた

2012年1月

森永製菓

「板チョコアイス」

アイスの製造装置のステンレス片混入の恐れ

在庫段階で回収しきれず既に販売されたとみられる約200個を回収。機械部品の取り付け不備が原因で1ミリメートル四方程度の金属片が生じ、製造中のアイスに混入した。

2012年6月

森永乳業

「牛乳など」

(1)製造者もしくは販売者:森永乳業株式会社

森永 まきばの空(1000ml)北海道、関東甲信越

森永 生乳だけでつくった北海道限定低脂肪牛乳(1000ml)  北海道

生乳だけで作りました低脂肪牛乳(1000ml) 北海道

リプトンミルクティー(500ml)北海道

リプトンミルクティー(1000ml)

(2)製造者:北海道保証牛乳株式会社

小樽工場発こだわり低脂肪牛乳(1000ml)北海道、東北、関東甲信越

北海道 牧場のさわやか(1000ml)              北海道、東北、関東甲信越

 

賞味期限内に風味劣化

 

製造設備の不具合により賞味期限内に風味劣化が生じる可能性

(※)「風味劣化」とは何か? 風味は品質の一部であり、品質の劣化は、細菌の繁殖による腐敗が疑われる。
機械設備の不具合によって、なぜ品質が劣化するのか?肝心の
風味劣化の原因に関して、森永の公式説明はない。


 

 

2012年8月

森永乳業

森永牛乳プリン 160g

 

 

消費者庁 事故情報

プリンの容器に口をつけたところ、容器の縁で唇を切った。 

 

製品自体の不良
詳細: 事故品容器の縁部分内側に、形状的な異常(突起)が認められた。容器(ポリプロピレン製)にふたを熱圧着する際、圧着位置がずれたことにより、容器内側の縁部分が熱変形して突起状となり、検査で見いだされなかったため、不良品が市場に流通して事故に至ったものと推定される。

詳細: 製造事業者は、他に同種事故発生の情報がないことから、既販品に対する措置はとらなかった。 なお、今後の製品については、従前の目視検査に加え、抜取検査にてふたを開封して確認することとし2012(平成24)年11月生産分より、カップの縁等で手や口を切らないよう注意する旨を表示に記載した。また、NITEは、引き続き同様の事故発生状況に注視し、必要に応じて対応することとした。

2012年10月

森永製菓

「森永ミルクココアプチ(80g)」

賞味期限欄に、本来刻印されるべき賞味期限が印字されていないものや、二重に印字されたり印字に欠けが生じ、読み取りできないものが販売されていることが判明。

2014年6月

森永乳業

「森永牛乳」瓶入り180 mL

一部の製品にて異常(カルキ臭)が確認

2016年7月

森永乳業

(1)「サンキストDeli+ 濃熟バレンシアオレンジ 330ml」JANコード 4902720123440
(2)「サンキストDeli+ 濃潤カシス 330ml」 JANコード 4902720123426
※いずれも「天面にキャップ」の付いた商品

消費者庁リコール情報サイト

【注意喚起】

栄養成分表示内、炭水化物表示について、正しくは「g」にて記載すべきところを誤って「mg」と表示

2016年9月

森永製菓

「マクロビ派ブラウニー」

カビが発生 最大10万個を回収

全国のコンビニエンスストア、駅売店他

製品リコール情報   https://kuroneko-recall.jp/ 消費者情報『お知らせ』 http://on.no-ip.biz/att/index.html消費者庁製品事故情報 http://www.jikojoho.go.jp/ai_national/search/detailsearch.do消費者庁リコール情報サイト ウオール・ストリート・ジャーナル紙 産経新聞等複数のデータベースを参照統合









【事件解説ポスター】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

【森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 HP】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/hiso.htm

【一例】
とまらない 森永製品の事故03
出典:消費者庁 リコール情報 2016年7月 
とまらない 森永製品の事故02
出典:消費者庁 製品事故情報 2012年8月 
ただし消費者庁のデータベースには過去のデータ蓄積がほとんど見られない 


2.
2016年11月7日、電通に強制捜査のメスが入った。だが、あの会社が以下のような犯罪を反省する日はいつくるのだろうか?
森永ヒ素ミルク中毒事件の犠牲者を圧殺するプロパガンダをやったのは主に森永乳業と御用医学界、国、「書かないメディア」の4者だが、それに加え森永製菓出身の電通常務(当時)もプロパガンダに手を染めたことを自ら「証言」している。彼らは森永乳業の50年史なる「社史」の中の対談で、「シェアを奪回した地域で、たまたま、ああいう事件が発生しちゃったんですよね」と自らが引き起こした大量殺人を、オモシロ半分に「おどけて」見せ、事件の救済を要求した親たちの必死の願いを弾圧したことを自慢げに書き残し、永久に抹殺したつもりになって、その犯罪を誇らしげに語っている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm




 昨夜19時、「森永製菓 最大10万個の焼き菓子自主回収」とのニュースが全国に流れた。
 不祥事続きの森永グループの実態をこの半月ほど見せ付けられてきたが、この企業体質には、うんざりを通り越して、あきれてしまう。国民とメディアはこの企業グループの動向への監視を格段に強める必要があるだろう。
 森永製菓の統制下にある森永乳業が、1955年に引き起こした森永ヒ素ミルク中毒事件を反省していないのは、今世紀に入っても幹部クラスが事件史を歪曲する発言を公刊雑誌やテレビで公言していることから明白だ。毎年拠出している金は仕方なく出しているだけ、というホンネも丸見えだ。だから同じこと、類似のことを何度でも起こす。一度やったら二度とはしないだろうというのは根拠のない期待値に過ぎない。
 実際、足元の企業運営くらい緊張感をもってやっているかと思いきや、森永乳業の福島・神戸工場で連続する死亡労災事故。これに関して当ブログのコメント欄に寄せられた森永乳業周辺と見られる人物からの告発実態(裏が取れた公知情報に限って記事化)をみても、もはや「病的」である。http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1060461678.html#comments
 この製品事故に関する森永製菓のコメントは、「時間が経過するとカビは生えやすい状態になる」(からカビが生えた)というものだ。??? 公共放送に対して、一部上場企業が、小学生でも首をかしげるような同義反復・無内容・意味不明なコメントである。
NHK 森永製菓 10万個製品回収
品質管理のずさんな実態
 現時点(9月16日11:00現在)でも、この製品事故に関する要因説明を森永製菓はホームページで一切していない。
 通常、食品製造業は、加工実製品を様々な環境で空気中に曝露する試験をしたのち、消費期限を設定している。つまり、消費期限を記載する前に、実際にさらしてみて腐敗の進行を観測する。
 森永製菓の今回の製品事故について、製菓が報道に行った説明をそのまま見ると「時間がたつとカビは生えやすい状態になる」である。
 ということは、要するに「カビが生えやすい状態がいつ頃になるのか」を把握していなかったことになる。基礎的な曝露試験と品質管理をしていれば腐敗の開始時期はあらかじめ予測可能だ。
 カビなどの微生物の繁殖は、温度、水分(製品中に使用されている材料の水分活性値などがその指標)や、空気、養分を条件とする。製造工程中のそれらの条件や、工場内の清潔度(カビ胞子の含有率)などで左右される。「焼き菓子」だからといって安全ではない。一端焼いても、カビは再び増殖する。
 自主回収しているということは、すでに店頭に並んだ段階でカビが発生していた可能性があるということだ。ようするに、非常に短期間のうちにカビが発生してしまったということではないか。ではどうしてそんなことにったのか? だが、その程度のことに関してさえ、森永製菓は、現時点で何も情報を公開しない。森永製菓の品質管理のずさんさは明らかだが、誠実さの欠落も明らかだ。

加熱しても残るカビ毒の恐怖
 「たかがカビ」だと侮るなかれ。
 見えるほどのカビは未然に食わずにすむ。
 だが、問題は、「見えない程度のカビ」を知らずに体内に取り入れ続けることで、カビ毒が人体に深刻なダメージを与える場合があることだ。
 カビ毒の急性症状は胃腸炎などの食中毒もある。
 他方、もっとも怖いのは、微量のカビを長期間食べ続けることによる、カビ毒による慢性中毒だ。それは、肝臓、腎臓、肺、神経系、内分泌系に対して、発がん性や催奇性などの深刻なダメージを与える。このカビ毒は加熱しても除去できない。もちろんすべてのカビがこの作用をもたらすわけではないが、目に見えないカビは発見されないし、ましてや報道などされることはない。従って、いくつかの非常に危険な毒性をもつカビ毒について、わが国では厳しく基準値を設定している。加工食品中のカビ汚染を決して過少評価してはいけないのだ。食品製造業がいい加減な品質管理の結果、目でみてもわからない程度の微量のカビを、消費者の体内に送り込み続けると、発ガンを引き起こす。ガンを発症した消費者が原因を特定することは非常に困難だ。
 だが、目に見えない微量のカビを防止するような誠実な企業がどれほど存在するのだろうか? だから余計に、いい加減な体質の会社は、許されてはならない。
 食品というのは、時に体内に証拠を残さず、じわじわと「完全犯罪」を実行してしまう。問題は製造側にそのことへの自覚があるかどうかだ。ゆっくりと顕在化せず進行し、証拠が特定できなければ、「儲け得」=「死に損」 ということになる。
 森永ヒ素ミルク中毒事件の発生は1955年8月だが、すでに6月頃から中毒が散発的に発生していた。その初期に森永乳業は、被害を告発する良心的医師を無視し続けて、まもなく取り返しのつかない大事件を引き起こした。森永乳業の姿勢と発想は「大きくバレなければいつまでも隠し通して儲け続けろ」という、もっともあくどい食品製造業者の姿勢を体現したものだった。
 今回、世間にありがちなカビ毒への認識不足に乗じてかどうか、「カビははえやすいからはえた」などと意味不明の説明で公然とお茶を濁す森永製菓は、やはり、そうとうタチが悪い。自らの子会社が起こした森永ヒ素ミルク中毒事件に関しても、なんら教訓や痛みを感じていないとしかいいようがない。

 森永乳業の談合入札送検事件や巨額横領事件など、この十数年にわたり間断なく続く不祥事、今年に入っての死亡労災事故の連続をみても、このグループ会社は、説明しない・反省しない ことに関して特筆すべき企業のようだ。

その2-とまらない…森永の製品事故 過去16年に発生の森永の製品事故  へ続く

以下、ツイッター掲載記事をとりあえず転記する。
------------------------------------------------------------------------------------------
森永製菓 最大10万個の焼き菓子自主回収 | NHKニュース  
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160915/k10010687821000.html
森永乳業の2工場で死亡事故が連続、腐敗告発開始の途端、 http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1060461678.html 今度は親会社・森永製菓の製品事故。
ヒトごと感全開の開きなおりじみたコメントである。
------------------------------------------------------------------------------------------
森永ヒ素ミルク中毒事件の犠牲者を圧殺するプロパガンダをやったのは森永乳業に加え森永製菓出身の電通常務(当時)。
彼らは森永乳業の50年史なる「社史」の中の対談で、「シェアを奪回した地域で、たまたま、ああいう事件が発生しちゃったんですよね」と自らが引き起こした大量殺人を、オモシロ半分に「おどけて」見せている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm

『森永50年史』悪魔の対談(※)この「赤ちゃんコンクール」は、母乳で育てた赤ん坊と、粉ミルクで育てた赤ん坊を比べて、右肩上がりに体重が増えない母乳育児をしている母親の心配を逆手に取り、むりやり粉ミルクにかえさせて、乳業漬けにしていく悪質なキャンペーン。
 森永が岡山県で始め(それゆえ森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者が最多)、その後、大手メディアによって全国に展開された。事件が全国規模で拡大した背景にはこのような「母乳育児駆逐」キャンペーンがある。官学あげて乳業の私的利益を支える公然たる癒着の体質だ。事件が圧殺された背景にもこのキャンペーンを通じて全国の大学・行政・メディアに、研究費や広告出稿で金をばら撒き構築した「口封じの構造」がある。問題はこういうことに手を下した人間が誰も責任をとっていないばかりか、このキャンペーンを反省もなく「戦後のほほえましい歴史」として最近再び紹介して憚らない風潮である。
 この問題は、国連大学出版『技術と産業公害』(宇井純編纂、著者: 東海林 吉郎/菅井 益郎)に詳しい。冒頭「Ⅰ消費構造に組みこまれた授乳」で、森永の実行した「母乳育児駆逐」の犯罪性を明確に指摘している。
http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/book_unu_jpe5_d04.html
------------------------------------------------------------------------------------------
 森永製菓と乳業はもともと同じ会社。戦後、経営が不振な製菓を補完するため乳業が分離した。他社シェア奪回作戦と市場拡大を優先し、腐った原乳に猛毒の砒素が混入した産業廃棄物由来の「第二燐酸ソーダ」を投入し、消費者(母親)を偽装。事件直後から反省度ゼロで救済運動の圧殺に狂奔。そのために作った「第三者委員会」方式の皮をかぶった御用組織がその後の公害犯罪隠蔽、企業犯罪隠蔽のマニュアルと化し、現在も悪用され続けている。
------------------------------------------------------------------------------------------
【森永ミルク事件の今も続く不正】
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1058436809.html
【事件解説ポスター】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
【森永ヒ素ミルク中毒事件 HP】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/hiso.htm

2月、8月、半年で2件。おなじパターンの死亡事故。
ずさんな製造現場の実態明るみに…

 森永ヒ素ミルク中毒事件を岡山県衛生部が発表したのは1955年8月24日。その61周年の前日に当ブログのコメントに訃報が寄せられた。森永乳業の工場で今年になって二度も死亡事故が連続しているという内部告発にも似た書き込みだ。
 おなじパターンの死亡事故をわずか半年で2回も繰り返すなど、常軌を逸した製造現場の実態だ。森永乳業が、森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者を平然と弾圧し、未だに事件史の歴史歪曲(※1)を続けているその企業体質は、同時に自らの社員・現場労働者をないがしろにする体質と同根だということだ。食品製造業でありながら、今も変わらぬ同社の内外問わずの「人命軽視」の体質があらわとなった。
 しかし、よりによって、8月23日に岡山隣県の工場で死亡事故とは…。同社は反省無きゆえに呪われているのだろうか?
 9/5【間断なく続く異常事態と乱脈の数々】を文末に追加 

【8月23日 神戸工場】
機械に挟まれ作業員死亡=森永乳業工場で事故-神戸

2016年8月23日 18時15分  時事通信社

 23日午前10時半ごろ、神戸市灘区摩耶埠頭にある森永乳業神戸工場で、作業員城孝史さん(58)=大阪府豊中市=が作業中に機械に体を挟まれた。城さんは病院に搬送されたが、腹部を強く圧迫されるなどしたため間もなく死亡。兵庫県警灘署が事故原因を調べている。

 同署によると、城さんは事故当時、紅茶をプラスチックカップに入れる作業に従事していた。本来は全て機械がやるが、何らかのトラブルで緊急停止したため、城さんが一部を手作業で行っていた。しかし、急に機械が動きだし、体を挟まれたとみられる。

 森永乳業の話 痛ましい事故が発生してしまったことを厳粛に受け止め、安全管理の徹底と再発防止に努める。(時事通信)
 
【2月16日 福島工場】
体挟まれ男性死亡 機械点検中か 福島の食品工場
 

 14日午前11時55分ごろ、福島市伏拝字清水内五の森永乳業福島工場で、工場に勤務する同市北矢野目字舘九、会社員福地一徳さん(50)がアイスクリームを硬化させる大型機械の駆動チェーンに上半身を挟まれて死亡しているのを同僚の社員が発見し、119番通報した。福島署は労災死亡事故とみて詳しい死因を調べている  2016/02/16 10:10 【福島民報】
【別報】NHK
 14日正午前、福島市伏拝にある森永乳業の福島工場で、森永乳業の社員男性(50)がアイスクリームを凍らせて固める大型の機械に頭などを挟まれているのが見つかり、まもなく死亡が確認された。

 森永乳業によると、男性は機械の保守点検が担当で、14日は、朝8時半ごろから機械を動かして油を塗る点検作業を1人で行っていたが、昼休みになっても姿が見えないのを不審に思った同僚が見つけたという。

 この機械は、内部でコンベアに乗った商品のアイスクリームを下かららせん状に上昇させながら冷やして固める仕組みで、男性は、コンベアを回すための軸とチェーンの間に挟まれていたという。
 警察は、保守点検の作業中に誤って挟まれたとみて、工場の関係者に当時の状況を聞くとともに、現場検証を行って、事故の詳しい原因を調べている。 出典URLhttp://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6055889301.html?t=1455483751504

【30年続く異常事態と乱脈運営】
粛清、尾行、歴史歪曲、言論弾圧、誹謗中傷、裁判、
ウソ番組、談合、横領、チカン、夜逃げ隠蔽、
連続死亡事故…異常すぎる野合体質

■1980年代までに 守る会、ひかり協会を批判する親、被害者本人ら、大量に除名・追放される。
■1982年~1991年 広島の重症被害者の親で「ひかり協会」のあり方に
 批判的であった山田氏の素行記録が9年にわたり記録され、そのメモがばら撒かれる
■1994年頃 ひかり協会職員が、岡山の重症被害者に対し、差別暴言を吐き続ける
■1997年頃から故・中坊公平氏、森永事件史を歪曲する発言を拡散
 「森永の被害者はそれなりによくしてもらって森永に感謝している 云々」
■2002年の森永乳業・顧問:菊池孝夫氏が歴史歪曲発言
 故・中坊公平氏との対談で、要旨「ヒ素中毒による後遺症は中間管理職が握り
 つぶしていたから、上部の者は知らなかった」などと雑誌で公言。
 (最近になり、ようやくこの「顧問制度」がパラサイト現象として批判が始まる)
■2003年 「被害者を守る会」が「異論を言う」との理由で会員の親の総会出席を妨害
 「被害者を守る会」異論排除を当然のごとく報道機関に公言
■2003年 重症被害者家族がひかり協会」と「被害者を守る会」が人権侵害をしている
 として岡山弁護士会へ人権救済申し立て
■2003年重症被害者の親が、「ひかり協会」の救済対策が不十分として
 広島弁護士会へ人権救済申し立て
■関西テレビ「ザ・ドキュメント恩讐のかなた」が救済について以下の嘘八百。
 「補償は行政が中心で森永が不足を補うシステムです…」
 更に、番組中で、重症被害者に「ミルク中毒でよかった」といわせ、
 ナレーションは、勝手に「森永に恨みはない」と「主張」を展開。
 被害者団体、歴史歪曲を進める加害企業のボス、中坊公平がそろって登場。 
 市民からの「事実と異なる」との抗議に対して
 番組制作担当者は「私はジャーナリストじゃありません」と返答
 そのくせ、その後、ギャラクシー賞に応募し、「受賞」を自画自賛。
■2007年 巨額横領事件で森永乳業・元課長代理逮捕される 販促費詐取容疑
 警視庁は2001年末から06年3月まで計約1億5000万円を詐取したと追及。
 横領した金は車や愛人に充てたとの自白。
■2009年 岡山の市民・能瀬英太郎氏が被害者団体を告訴
 重症被害者家族の支援を行っていた岡山の市民・能瀬英太郎氏を、
 被害者団体が機関紙1面全面を使って誹謗中傷したことへの対抗措置
 公判の公文書中で、被害者団体は重症被害者を「働かない被害者」と放言し、
 「関西テレビ」のDVDを「被害者が被告に感謝している証拠」として地裁に提出。
 メディアを利用した、加害企業との合作プロパガンダの意図が鮮明に。
 →2012年3月26日 岡山地裁で被告・被害者団体に有罪判決。
■2012年 能瀬訴訟控訴審で被害者団体に再度、有罪判決下り、確定
 広島高裁は被害者団体の控訴を棄却し、加えて有罪判決を補強
■2012年 防衛医科大での談合で、森永乳業社員が送検さる
■2012年 森永乳業社員、痴漢(チカン)で逮捕 西宮・阪急電車内で/兵庫
■2012年 森永乳業、毎日新聞編集委員・小島正美氏をスカウト、
 CSR報告書で自社礼賛させ「マスコミを取り込め」と号令かけさせる 
 同年、同氏、原子力学会広報誌で “新聞記者は反文明的気質人種“ と放言
 同年、同氏、「日本乳業協会」の理事におさまる。
■2013 公益財団法人ひかり協会理事長 病院経営破産で逃亡中との告発&報道
 ひかり協会の対応、長期間、見られず
■2013年 重症被害者の高齢の親、
 森永・国・ひかり協会。守る会の4社を提訴(のち訴訟取り下げ)
■2013年 厚労省職員、森永事件被害者名簿455人分を電車網棚に放り上げて紛失
■2013年 厚労省職員不祥事事件、森永ヒ素ミルク中毒事件資料館厚労省宛
 3回の公開質問。その最後で厚労省、被害者の累積死亡数を初公開
■2016年2月16日 森永乳業・福島工場: 体挟まれ男性死亡
■2016年8月23日 森永乳業・神戸工場: 機械に挟まれ作業員死亡

※1「事件後14年目は晴天のへきれき」「事件の後遺症は管理職がもみ消して幹部はしらなかった」などと明確なウソを雑誌や関西テレビ制作「ドキュメンタリー」で公言した同社顧問の言動などはそのさいたるもので、被害者や死亡者の御霊を冒涜する恥知らずな言動である。これに関連して、ウィキペディアは依然、砒素混入の経過を森永に有利に誘導するように捻じ曲げたままであり、歴史歪曲主義者の悪意の存在を明確に裏付けている。)

【参考記事】 森永ミルク事件の今も続く不正
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1058436809.html


【報道 山陽新聞 1面 「滴一滴」2016年8月27日付】
山陽新聞 滴一滴20160827
















【報道 山陽新聞 8月23日付】23


【ナチス礼賛、反省無き企業のDNA】
 森永乳業の親会社は森永製菓である。事件当時からの親子関係だ。
 菓子屋、牛乳屋と過少評価するなかれ。
 親会社は創業当初から軍部に取り入る営業を展開している。

 そのDNAを、森永が自ら示す、分厚い本がある。『森永五十五年史』だ。

 森永製菓は、戦時中何をしていたか? 
 森永は、自社チョコレートのパッケージに「ナチス」のシンボルマーク=ハーケンクロイツ(カギ十字)を印刷し、全国の子どもに販売していた。森永製菓は、「日独伊三国同盟」礼賛のポスターを日本全国の児童に描かせ、「絵画コンクール」を開催した。その会場は、中心にナチのカギ十字が印刷された旗が、会場中央に3枚吊り下げられた。明らかに「ナチ党大会」を模したものだ。軍国主義の時代、多くの企業が似たり寄ったりのことをしていた。

 だが、目を疑うのは、その数々のプロパガンダ写真を、戦後10年も経とうという時に発行した社史『森永五十五年史』332頁(昭和29年-1954年-12月発行)に堂々と掲げ、自画自賛していることだ。この本は、
各地の大学図書館にも納入されている。一度、目を通されることをお勧めする。
 ナチを礼賛し、日本では軍国「少国民」を量産して戦場へ送り出し悲惨な死に至らしめた事、森永がもっぱら菓子販売の金儲けの動機からこのプロパガンダに進んで手を貸した事。この社史からは、そんなことへの反省などカケラも見当たらない。軍国主義への組織的加担をためらいもなく自画自賛している。
 チョコレートの包装紙におお描きされた「カギ十字」のインパクトは、学校で習う軍国教育より数倍する児童への洗脳効果があったであろうことは、疑う余地のない事実だ。

 さて、このナチ礼賛に続く、333頁には何があるだろう? 

【皇室利用し毒ミルクを製造・宣伝】
 332頁の「三国同盟礼賛」の後に続くのは、皇室利用だ。
 皇室の工場見学を「光栄の記録」と続け、そこに「感激 森永ミルク 森永ドライミルク」の広告が登場する。これは何か? 皇室が森永の三島工場の見学に来たことを世に宣伝するため、自分から打った新聞広告だ。まさに自画自賛。
 ナチを持ち上げ、その次には皇室を利用して自社を持ち上げ、その真ん中に、「森永ドライミルク」の新聞広告を配置した。
 では、卑しくも皇室を利用しつつ大宣伝した「森永ドライミルク」は、「御献上の品」に値する程度に真面目に生産していたのか?

  否。

【くさった原料を偽装するため産廃由来の物質をこっそり添加】
 粉ミルクの原料は牛乳である。森永はシェア奪回を目指し、能力を越えた製造を敢行し、遠距離輸送で腐った原乳をひそかに使っていた。腐った原乳の使用を隠蔽するため、劇物の殺菌剤・過酸化水素水を密かに違法に投入していた。腐った原乳でも乾燥させて粉にすれば、一応ごまかせる。だが、湯に混ぜた時うまく溶けず、結局、不良品質がバレる。そのため森永は、更なる偽装行為として「第二燐酸ソーダ」なるものを投入して「中和」という化学反応を仕込んだ。
 見た目はまったく異常が見えない白い粉ミルク。まんまと母親をだませた。しかし中和剤として投入したのは、成分保証のある薬でなく、産業廃棄物由来の、強力洗剤や殺虫剤として出回っていたシロモノ。表向き脱色精製で結晶化されているが、中身はゴミのような化学物質だ。多くの不純物が混入している。要するに産廃由来の薬剤には成分保証がないのだ。毒物混入のリスクが限りなく高いものだ。それが産廃由来の薬剤というものだ。(これは当時の「国鉄」に強力洗剤として納入されたが、洗剤の品質検査をしていた国鉄から、砒素含有量が多いので洗剤としても使えないと、つき返された代物だ)
 森永は、これを薬剤の卸問屋には敢えて「使途」を告げずに納入させ、粉ミルクの中に密かに投入していた。 
(事件発生後、森永は「我が社は、薬問屋にだまされた被害者だ」と本末転倒の主張をし、検察の訴訟構成の不備を衝いて、一審で一時的に「無罪」となった。ちなみに、この森永側の巧妙な作為が「ネット百科事典」なるものにも、いたるところに混ぜ込まれ、まに受けると偽造歴史観に誘導される。)
 その後、森永社員が事件発生後から徳島市内の薬局を夜な夜な走り回り、正式な規格品の「第二燐酸ソーダ」をかき集めていた事がバレた。森永のこの偽装行為は岡大医学部小児科・浜本英次氏の「指導」にもヒントを得ていた。これは、重大な証拠隠滅行為として、検察側に捕捉され、後の有罪判決への有力な証拠となった。(出典:国連大学『技術と産業公害』Ⅲ砒素ミルク中毒事件と森永乳業の対応 (1)奇病発生から砒素検出まで 他)

 ちなみに、この「森永ドライミルク」は、皇室にも献上されたのだろうか? 気になるところではある…

【事件発生直後から親衛隊を育成し「企業防衛」】
 このナチ礼賛「森永製菓の社史」が出回る頃には、すでに企業犯罪は進行していた。全国から散発的に中毒症状が報告されていた。ミルクをつき返す地方の良心的医師に「営業妨害になるぞ」と脅しを加えていた。1955年6月頃から被害が散発的に出始め、その2ヶ月後には、もはや全国民から隠せなくなった。
 1955年8月、被害が爆発した。森永乳業が日本全国をパニックにおとし入れた。森永ヒ素ミルク中毒事件の発生=乳児大量殺戮(1年以内の死亡乳児に限っても131人)。そして、MF缶だけでも1万2千人をゆうに越す未曾有の被害者の発生である。

 ユダヤ人600万人をガス室送りにして人類史上最悪のジェノサイドを実行したナチスを礼賛する企業が、人類史上最悪・未曾有といわれる乳児大量虐殺を実行した。これは偶然の一致なのだろうか?

 だが、2千名を越す最大の被害者をうみ出した岡山県には、既にカネの力で森永の手先と化した者たちがメディア・行政・大学医学部の要所に巣食っていた(配置されていた)。それらが誰であるかは、森永製菓と電通常務(元森永製菓社員)の対談で、森永自身が、慇懃無礼にもてなすかのように実名をあげつらっている。だがその実、金でどうにでもなる操り人形として内心見下している企業の姿が、行間から読み取れる。その中の番頭クラスであり、すでに十分に森永寄りとなっていた岡大小児科の浜本英次教授は、事件発表をズルズルと遅らせ、医師の義務である食中毒通報さえせず、犠牲者の増加に加担した。(※1)

【食中毒通報さえサボった岡大・浜本英次教授】
 だがもはや隠蔽できるわけがない。急性ヒ素中毒症状で乳児が高熱と嘔吐と内臓肥大、皮膚が真っ黒になり続々と大量死している。敢えて「森永」の名を伏せた「人工栄養児に奇病」の地元紙による偽装報道(「森永」を明記した黒住記者は後日、デスクの見出し書き換え行為を内部告発)で、明治や和光堂の飲用者までが総合病院に殺到し、大パニックとなった。遅れに遅れて、8月24日の岡山県衛生部の記者会見となった。
 ところが、ここで一転、浜本英次氏は「砒素中毒第一発見者の英雄」とされ、厚生省から表彰された。食中毒通報の義務も果たさなかったにも関わらずである。一部の医師らは「第一発見」の手柄争奪に色めきたった。そして、浜本英次氏は事件直後から後遺症を無きものにするための不正な診断基準を作成する「西沢委員会」(6人委員会)(筆頭:阪大医学部・西沢義人教授)に合流した。名実ともに森永と国の「御用学者」となり、被害児圧殺に公然と加担した。表社会を堂々と歩く「御用学者」…その戦後初の登場シーンだ。(出典:国連大学『技術と産業公害』Ⅲ砒素ミルク中毒事件と森永乳業の対応 (1)奇病発生から砒素検出まで 他)

【事件から61年目にして、犠牲者の御霊を冒涜する面々】
 この浜本英次氏を岡山の一部メディアは、「日本の名医」と報道した過去記事を麗々しくネットへ掲載しその拡散を続ける。おびただしい犠牲者を出した惨劇の歴史と歴史の真実を平然と捻じ曲げ、犠牲者の御霊を冒涜して憚らない行為だ。
 また、浜本氏のおかげで出世を果たした弟子たちが歴史風化の陰に隠れ「先輩は、砒素中毒の第一発見者で多くの子どもを救った」なる同様の嘘を追加で垂れ流し続けている。更に、岡山・民医連も「浜本英次氏賛美」にさりげなく手を貸している。岡山では今も森永ヒ素ミルク中毒事件への認識も反省もなく、「先輩:浜本英次氏」の復権を目指す医療関係の弟子たちが跋扈している。彼らが再びメディアをたぶらかし、地域の「恥の上塗り」ともいえる行いを繰り広げている。彼らが関与する大型障がい者施設関係者に、マルクス・レーニン主義がすすんで媚を売る姿だ。この関係性をみるだけでも日本社会の病的退行は著しい。

【グループ・代理人の総力で国・医学界・メディア囲い込み】
 森永は、全く悪びれることなく、製菓をはじめグループ関係者(当時の電通常務-元森永製菓社員含む)の総力をあげ、国・厚生省を抱き込んで、西沢委員会(阪大・西沢義人)を結成し、後遺症を否定する不正な診断基準を作成して全国の医師を縛った。加えて不正な第三者委員会「5人委員会」を突然メディアに登場させ、「後遺症はない」と宣言。もっぱら子どもの予後と長い将来への後遺症の影響を心配する親を、無慈悲に叩き潰すため、「補償額」を一方的に決定して新聞発表し、患者を金銭解決に誘導し、分裂を仕掛けた。国民世論には、「被害者の親は金目当て」とデマ宣伝をし、メディアを切り離し、速やかに患者を国民から切り離した。他方、廃棄すると新聞発表したはずの砒素ミルク缶を東京に集め、ひな鳥用の飼料に混ぜて再販売した(東京都衛生部が関与)。森永は、役所とつるんで手にした「闇の売上げ金」を元手に、大学に研究費をばら撒く「森永奉仕会」を強行設立(厚生省認可)し、国・厚生省・医学界の御用学者を抱き込んで、後遺症追跡の封殺と、被害者救済運動の抹殺に狂奔した。(「森永奉仕会」は今も活動を続けている。)

【親は何を望んでいたか?】
 「森永奉仕会」の設立経過はこうだ。森永ミルク被災者同盟全国協議会(全協)に集う多くの親は(一部、訴訟解決へと分かれる親もいた)、金などに関心を示さず、被害児童の予後の見守りをひたすら心配し、「精密検診」の継続と後遺症追跡の「保健機関」の設立を要求し続けていた。それは単なる親の願望ではない。それは、乳児期に大規模な健康被害を受けた子どもたちに、科学では証明が難しい不測の後遺症や多くの体調不良の高進という人生の不安に悩む被害者に生涯にわたり光をあて続けようという人道主義の基本精神に基づく崇高な理念だ。
 森永は被害者組織(全協)の解散と交換条件に、それを設立すると約した。親は森永の尊大きわまる姿勢に疑いを持ちながらも、「それなら」と、屈辱的な解散を受け入れ、約束を履行した。ところが、森永は履行しなかった。森永はその「保健機関」の約束をあっという間に反故にし、逆に全国の大学医学部を買収する機関に正邪逆転させたのだ。今に続く森永の姿勢である。親たちが必死に要請して実現した全国一斉精密検診は、森永と国との合作による出来レースに換骨奪胎され、「全員治癒」ありきの「官製検診」と化し、被害のほうが葬られた。

【社会的圧殺と親たちの不屈の闘い
 親たちは同盟解散後速やかに「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」を結成し、闘いを継続した。だがメディアは「親として当然の基本理念」をついに理解しようとせず、森永と国が仕組んだ「金目当ての親」とのデマ・誹謗中傷、それに加えての森永の自己礼賛のプロパガンダの仕組みを見破れなかった。(単に広告で買収されたメディアは問題外だが…)
 メディアは一切の黙殺を開始した。その後のあらゆる被害救済に大きな教訓を与えるこの14年間の意味は、今もなお、自身の歴史的罪への内省と精算ができない多くの勢力の思惑から、黙殺され続けている。

 赤ん坊の大量殺戮から半世紀以上を経た今日、膨大な被害者が、苦しみつつ生きながらえている中でも、未だに事件史を歪曲し続け、当時の幹部の免罪をはかる言説を雑誌などで垂れ流す現・森永。真摯な反省が見受けられない特異な企業体質だ。不祥事発生源にありがちなこういう体質を「感情支配型企業」と呼ぶ人もいる。

【政府・政治への介入癖は依然、治らず】
 その習性からかどうか、彼らが、昔も今も、時々の内閣にすり寄り添っていることは周知の事実だ。その目的が何かは、前述の事実をみれば、いわずもがな。権力に近寄るためには手段を選ばず。
無節操には驚くほか無い。これらの浅ましい業界勢力と古手の「左翼業界」の談合もすでに著しいが、それを精算できない社会の中で、既にそのツケはすでに多くの災厄となって国民の頭上に降りかかっている。(
※2 「旧55年体制」に続く「新55年体制」もそれを示すアイロニーだ。

【親衛隊を操り、陰に隠れてうごめくクセも健在】
 森永は、コミューンとの付き合いが得意なようだ。今は「赤い貴族」の親衛隊に守られ、それを防波堤にしつつ、被害者・親・親族・遺族からの怒りの矛先をかわし(主な矛先が仮に被害者団体へ向かえば、内輪もめ感が演出でき、ごく一部の愚かなマスコミ関係者を利用できれば、世間の「冷淡」に誘導できる。事件当時からのやり口だ)安心して利益をむさぼっている。税引き前利益からの資金拠出は、ていのいい「節税」だ。
 一方「親衛隊」に関しては、歴代の総理は…、というよりも、与党の地方議員でさえも、森永の “代理人“ と化した党派勢力の体質を知っている。利権にありつくチャンスさえあれば、表向きの看板など振り捨てて、コソコソと色々なものに擦り寄っていく体質だ…。(例:大阪での与党への擦り寄りなども、相手が嫌がるほどであったらしい)

【61年前から、自社への “感謝” を被害者へ要求し続ける】
 軍国主義礼賛のDNAをぬぐいきれない企業とマルキストの見事な連携。第二次世界大戦にあたり世界の人々が驚いたナチとソ連の見事な連携を想起させる。ヒトラーとスターリンの合作による「ポーランド分割(共同侵略)」の姿だ。利害関係が一致すると、どんな勢力とも手を組めるのが大昔からのマルクス・レーニン主義らしい。各種の全体主義イデオロギーは、その表紙は違えども、本質的な回路は「似たもの同士」ということか。これらは、市民的批判精神とは似て非なるもので、明らかに対極に位置する。一神教的イデオロギー 信奉者のなせる業だ。(これらを区別する賢明さがなければ、市民は混乱した政治状況の中で期待感と失望感に振り回され、両極でお互いを刺激しあう全体主義の勃興が加速されるだけだ。)

【 “舛添” の“足の裏”なみの…外道の説教】
 被害者の症状が悪化しても、「赤い代理人」と、その取り巻きの「民主団体関係者」は “それは後遺症ではない、加齢だ” と言い放つらしい。西沢義人・浜本英次コンビのお仲間になったつもりか? はたまた、森永に長年飼いならされて「成長」した結果か?
 重症者の受ける検診は、すでに放棄した被害者への後遺症追跡や救済ではなく、「来世」の「貴重なデータ」にするため、と被害者を納得させているらしい。カルト宗教のマインドコントロールだ。

 毎年、何十人という被害者が、苦しみ、もがきながら死んでいく。しかも、「キミィ、今は “対森永”の時代じゃないんだよ」「カネを出す森永への感謝が必要な時代なんだよ」などという「ゲスの極みの説教」を延々と聞かされながら…。(※3)
────────────────────────────────

【脚注】
(※1 浜本英次教授
    本人は自身の退職記念の冊子で正反対のことを書いている
    この天下周知の事実も、時間がたち、歴史継承の力が弱まると
    ─森永事件の場合は風化ではなく計画的封殺と歪曲だが─、
    正邪が見事に逆転する。
    
    参考文献は無料で読める。
    『砒素ミルク1─森永と共犯者たちによる被害者抹殺の16年─』
         前編 後編 森永告発刊)
    『森永ミルク事件史』=『砒素ミルク2』
        前編 後編  岡崎哲夫著  再刊:森永告発
    『森永ヒ素ミルク中毒事件 発生から50年』 (能瀬英太郎
      デジタルアーカイブコーナー
      学術論文コーナー 各種学術論文
      国連大学発行『技術と産業公害』(東海林 吉郎/菅井 益郎 著/ 宇井純 編)
      事件解説ポスター

(※2 国政へ陰に陽にすりよる企業
    現在は「陽」。森永製菓→電通OL→電通紹介→首相と御成婚…らしい。
    まるで森永事件のプロパガンダの裏面史をなぞっているかのようだ。
    関与している先は、安部政権だけではないことも付記しておく)

(※3 森永による「森永へ感謝せよ」との白々しい説教。

「さてこの事件に特有な第5の問題点は,ひかり協会が「森永ミルク中毒のこどもを守る会」(1983<昭和58>年6月に「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」と名称変更)の指導権の下にあるといっても,ひかり協会はあくまでも第三者機関なのであって,森永乳業側からみれば,それは守る会や被害者との唯一の公式の接点であり,したがってまた被害者工作のための橋頭堡としても位置付けられるものである.つまりひかり協会は被害者救済機関であると同時に,守る会と森永乳業双方の攻めぎ合いの場なのである.」(国連大学出版『技術と産業公害』第3章:砒素ミルク中毒事件 東海林 吉郎 、菅井 益郎 著  /宇井純 編) 
 「言いえて妙」とはこのことだ。今では、「守る会」の役員が「橋頭堡」へも股がけし、団子になってせめぎあいも無くなり、「双方」から「森永への感謝」が被害者へ要求される現状だ。(下記)

(※3補足
【 “大体の人が森永に感謝している” “一部の人だけが事件に怒っている” とのトンでも言説は、森永が事件発生時以来、被害者運動の抹殺に使ってきた常套手段】

  1970年、まだ健全だった「森永ミルク中毒のこどもを守る会」機関紙「ひかり」は次のように主張し、森永乳業のプロパガンダ攻勢へ警戒を呼びかけていた。
 現被害者団体幹部は、親にあたる「守る会」創設者及び、機関紙「ひかり」創刊者を、謀略の罠にかけて追放し、森永の求めるプロパガンダを代行している。物言えぬ多くの重症被害者への冷遇策を批判し始めた創設者を排除することは、「国民の福祉」「平和と民主主義」を隠れ蓑に弱者に食いつき「貧困ビジネス」に精を出すマルキストの根城確保には必須のプロセスだったということだろう。
------------中略-----------
 「森永事件以後、同じような事件が次々と起きています。私達が十五年前に、もっと徹底的に森永を糾弾していたならば、カネミ油症事件は起きなかったし、もし起きたとしても、もっと正しく処理されていたはずです。
  こう考えてくると『自分の子供は大して悪くないから』という理由で黙っていることは、結果的には森永に加担したことになります。
  事実、森永は十五年前にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と。
  今、森永はふたたび、この使い古した手を使って、こどもを守る親の悲痛な声をおしつぶし、社会正義のためにたたかう国民の努力を圧し殺そうとしています。
  被害を受けた人たちが、どのようにされても感謝するはずはないし、こどもを元に返して貰ったからと言って、森永の犯した罪が許されてよいはずはありません。」
------------後略-----------
 文中の「15年前」とは1955年、すなわち事件発生時のことである。
 
つまり、この「森永への感謝」という表現は、被害者を分断支配するとき、森永乳業自身が繰り返し巻き返し使ってきた常套手段であるということである。このプロパガンダを1969年、事件が再度、表社会に露見したことにあわせて、森永もまた再度復活させていることに注意喚起をしている。14年間暗黒の時代を闘いぬいた、今はなきものにされている、まともな親たちや市民からの血のにじむような警鐘だ。暗黒の14年の継続性がなければ、「14年目」もなかった。カネが絡めば、プロパガンダにも磨きと拍車がかかる。人間らしい自由な生き方を開拓するための道筋は、目前のカネの力で抹殺された歴史を学ばねば、何も見えないだろう。森永にとって既に許容できる範囲の人物を「救世主」と信仰させ、いろんな理由をつけて、親がどれほど熾烈な戦いを継続し、森永がとんな悪辣かつ巧妙な手口でそれを亡きものにしたか、の歴史は知らせない。歴史的無知で飼いならされた人間は操り人形としてもってこいだ。なにしろ「自覚」なく、恥ずべきことができるのだから。もちろん、企業は大満足だろう。

 幸い、今は事件史の全過程を意識的に、かつ、ニュートラルに学ぶ市民の見識のほうが高い。プロパガンダすれば世間全般はだませる。「恒久救済で合意」などと御立派に表現しても、異論を許さない体制化で大半が骨抜きにされている現状は明白だ。ところが、これさえもメディアをいいように利用すれば隠せる。むしろ、森永と合意させられた被害者の「自己責任」に転嫁することさえ可能だろう。だが、背後にいるのは明らかに加害企業であり、拝金主義になびく歴代の赤い代理人たちである。これが日本政府の政策に忠実に沿った権道の姿だ。国家権力の不正で怠惰な姿勢に追従という汚名を残し、他の公害の理不尽な取り扱いの先例となり、それに免罪符を与えている。
 だが、自覚ある市民をだますことはできない。すでに実態を見抜いた市民が大勢いる。これが日本社会の未来への唯一の希望である。


参照 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/okazakitetsuoryakureki.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-morinagakokuhatsu-no-tatakai.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm

今年の報道記事
23





























【報道 山陽新聞 1面 「滴一滴」2016年8月27日付】
山陽新聞 滴一滴20160827











昨年の報道記事
【読売新聞 2015年8月25日】
読売新聞記事20150825






















【読売新聞 2015年8月27日】
中国新聞記事20150910




















【山陽新聞 2015年8月23-24日付】
山陽新聞20150824

虎頭要塞日本側研究センターHP http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kotou-top.htm より転載
20万人超が犠牲となった
     満洲国崩壊を巡る歴史の謎
2016年 日蒙調査団、ロシア連邦を調査
先般、1945年の満洲進攻作戦に関してロシアへの調査取材を実施しました。

報道のおしらせ
1.全国放送
『テレメンタリー2016 満州侵攻 71年目の真実』
「テレメンタリー2016」で6月22日前後数日間に全国放送となります。
例)関西は26日午前5時20分から放映
以下の番組ホームページ、もしくは電子番組表での確認をお願いします。

http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/

.朝日新聞夕刊 全国版 で報道 201667
『ラストエンペラー、極秘の護送 旧ソ連軍将校が記録』http://www.asahi.com/articles/ASJ67732MJ67PLZU00W.html
英語版(English version)↓
http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201606200059.html

17溥儀護送記事PSS



























3.関西圏でのテレビ特集番組 -放映済み-

【番組名】
『満洲崩壊はここから始まった~モンゴルに眠るソ連秘密基地の謎~』

ABC Asahi  Специальная информационная программа.
"Отсюда начиналось падение Маньчжоу-го.
Загадка замороженных советских секретных военных баз в Монголии."

放映日:5月29日(日曜)午前 4時1分~午前 4時50分 (49分)

制作:朝日放送(ABCテレビ)(Ch.6)

【番組概要】

70年間闇に包まれていた満州国崩壊に関する新事実。ソ連が150万もの大軍でなぜ侵攻できたのか。

モンゴルで見つけた巨大基地跡と極秘任務。元兵士が語る驚愕の事実。

https://tv.so-net.ne.jp/schedule/102072201605290401.action より


4.関西圏域の関連番組 
-放映済み-
満州国皇帝・溥儀をめぐるミステリー
放映予定日 6月20日 「キャスト」第一部 ABC-TV (Ch.6)
緊急ニュース等ある場合は変更になる可能性ありますのでご了承下さい。

5.調査成果が反映された新刊書籍

【新刊】お求めはお近くの書店で
『21世紀の戦争論』半藤一利&佐藤優(
文春新書
2016年5月20日新刊
モンゴル国内のソ連軍基地及び軍用鉄道の発見が紹介されました。

【新刊】
調査成果の要点が「近現代東北アジア地域史研究会」の論文集に掲載されました。
歴史学会の学術報告です。ご注文は、
東方書店 まで

『軍事考古学研究』第3号 2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査の記録
2011年 中国・牡丹江化学兵器訓練場(第9師団)探査・発見報告

『軍事考古学研究』第2号 2015.8.26発刊(非売品)
ソ連軍制圧下の虎頭要塞41糎榴弾砲の写真等、希少情報掲載
現在、在庫切れにつき増刷を検討中

---------------------------------------------------
【2016年 調査報告 概要】準備中
---------------------------------------------------
2015 日本モンゴル共同学術調査を実施
(第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団  略称「日蒙共同調査団」)
13 дах удаагийн хилийн цэргийн бэхлэлтийн судалгаа Олон улсын хамтарсан эрдэм шинжилгээний баг
Халхын голын байлдааны 76 жилийн ой Монгол Японы хамтарсан олон улсын судалгааны баг
Монгол улсын Хилийн цэргийн дээд сургууль болон Котоёосай Японы судалгааны төв
INTERNATIONAL JOINT SURVEY GROUP OF MONGOLIA AND JAPAN ON NOMONHAN MILITARY RELICS
DEFENSE INSTITUTE OF MONGOLIA & JAPANESE CENTER OF RESEARCHING KOTOU FORTRESS
第二次世界大戦 終戦70周年 The 70th anniversary Battle of WWⅡend
調査報告【概要】
はじめに

 2015年4月24日から5月8日の15日間、虎頭要塞日本側研究センターとモンゴル防衛研究所との共同で、第二次世界大戦終戦70周年(ノモンハン事件76周年)を記念して、「日蒙共同調査団」が組織され、踏査総距離3000kmに及ぶモンゴル東部エリアの共同学術調査が行われた。
 これは、6年前の2009年実施調査以来の延長線上にあるもので、3回目の現地調査となる。
 今回は、1939年に発生したノモンハン事件からその後6年間にわたるソビエト・スターリン政権の対日侵攻作戦計画の実体を解明するという問題意識から、その実証研究として、同国・東部国境地域に構築された大規模なソ連軍の補給基地とそれらをつなぐ軍用鉄道の実態、その建設時期についての現地調査・文書調査を行った。1945年8月9日、156万人の大兵力で満洲に侵攻し、満洲国を崩壊に導いたソ連軍の主力・ザバイカル方面軍の兵站の実態であり、これまで殆ど関心が払われてこなかったテーマである。

 ちなみに、当センターは、
2009年にモンゴル外務省で行われたノモンハン戦争シンポジウム(モンゴル内閣府主催)で、「ノモンハン事件は第二次世界大戦を1939年9月に惹起させる誘因の一つとなったとも言える大戦争で、世界史的にみて極めて重要な位置をしめるもの」との視点を提起した。近年でも、米国のスチュアート.D.ゴールドマン氏や、英国のアントニー・ビーヴァー氏など、欧米の歴史学者が先行する形で、同様の視点からの研究が進んでいる。

 1939年に発生したノモンハン事件。旧満洲国と外蒙古(モンゴル)の国境線をめぐる紛争の過程で、「ソ連をこらしめる」としながら関東軍は感情的に戦闘を拡大した。「満蒙は日本の生命線」をスローガンに、対外権益を「日本人の生命財産の安全にとって死活の地域」と設定して大陸進出政策を実行した。その対外政策から必然的にもたらされた、いわゆる「国境線を巡る帝国軍隊の大言壮語の火遊び」がノモンハン事件である。日・ソ蒙軍あわせて4万人以上の死傷者を出した大戦争だったが、日本はこの戦争の実態を、国民の目から完全に隠蔽した。中国大陸への侵略の過程で傲慢となった軍の体質、そして、その後の太平洋戦争の全過程に通じる過ちの原点ともいうべきものが、この戦争に隠されている。
 この「ノモンハン事件」でのわずか数ヶ月間の経験を通じて、スターリンは日本軍全体の弱点のみならずソ連軍の問題点をも把握し、一気に戦列を建て直した。結果、奢り高ぶっていた関東軍はソ連軍に逆手をとられることになる。

東部国境めざし砂漠のオフロード地帯を走行中の
調査団車両

 第二次ノモンハン事件以降、一種の総力戦として戦略的攻勢に転換したソ連軍によって、両軍は莫大な犠牲を出しつつ、日本は敗北を喫した。スターリンがノモンハン事件を通じて学習した戦訓と、日本への警戒心・復讐心は、その3年後、1942年スターリン秘密指令(今回発見文書)として、対満洲攻略作戦に決定的な補給支援能力を発揮するモンゴル東部の長大な軍用鉄道建設へ結びついたことになる。そしてその3年後の1945年8月、「日露戦争まで遡って日本に奪われた領土を奪還する」と決意したスターリンの「満洲包囲殲滅作戦」により、モンゴル東部国境タムスク基地を拠点として出撃した主力・ザバイカル方面軍は電撃的かつ短期日で満洲国の首都を陥落、関東軍の総崩れをもたらした。結果、20万を越える在満邦人の犠牲が生み出された。その歴史の痛みは、いまもって十分継承されているとはいい難い。戦車で開拓民を蹂躪し、ジュネーブ条約違反のシベリア抑留で捕虜を虐待したソ連軍も非道であるが、その前提に傀儡満洲国の存在があったことも忘れることはできない。
 関特演(関東軍特種演習)なども含めて日ソ両国にいえることでもあるが、ソ連軍もまた、国際条約の精神を守ることなく対日侵攻作戦を準備し続け、そし実行に踏み切った。ソ連スターリン政権は、自国防衛の都合から日中戦争の泥沼化を背後で画策・扇動していたふしもある。マルクス・レーニン主義を支柱としながら、コミンテルンを手足として利用し、歪んだナショナリズムを成長させながら領土保全と対外拡張政策を進めた。一方、国内では独裁者に群がる集団の利権と権力闘争を極限まで加速させた。当然の帰結として、自国のみならず衛星国にも「人民の敵」のレッテルで無実の人々を大量虐殺するという「粛清」の嵐を吹かせた。
 一方、日本は、ノモンハン事件で経験した国境紛争の愚を忘れる形で「対ソ」の「北進論」から豹変し、あっというまに米英とことを構える「南進論」へ傾倒し、太平洋戦争に突入した。

 ノモンハン事件では、辻正信・服部卓四郎の両参謀に代表される作戦指導者らは、陸軍中央の制止も統帥権をも無視し無謀極まりない作戦を強行した。その後、敗北の責任を部下に転嫁し、自決まで強要しつつ口封じをした。
 陸軍中央も政府もまた、複雑な国際政治を見極める能力に著しく欠如し、外征軍である関東軍の暴走を抑止する気概も能力もなかった。結果彼らは、まともに処断されることもなく、逆に太平洋戦線で見事に「復活」した。その後の主要作戦で懲りない指揮を繰り返し、兵の残酷な消耗と大敗を導いた。
 にも関わらず、彼らの中に本質的な反省は見られず、戦後、国会議員にまでなって政界で跳梁したものさえいる。これらの歴史が教える教訓は、すぐれて今日的な意味を持っている。

2015年調査のテーマと結果概略
 
今年はモンゴル領内にソ連軍が構築した巨大な兵站基地3箇所+1箇所を貫通する大動脈、総延長1000km弱に及ぶと見られる軍用鉄道の実態に迫ることであった。もちろん、3基地を再度細部にわたり観察すること、ノモンハン事件の戦場をより多角的に観測することも含まれている。モンゴル防衛研究所での文書調査もあわせて、15日間という長丁場の行程となった。
 今回の調査は、従来の調査の中でもっともハードなものと
なった。鉄道の軌跡を示す盛り土の経路は、道路(轍-わだち-)とは無関係に存在しており、湿地帯が入り混じる半砂漠地帯のなかで、目印もなく、轍さえ存在しない完全オフロードを、GPS装置とコンパス、旧軍の座標地図などを唯一の頼りとして、不規則に移動しなくてはならなかったからである。半砂漠地帯では、突然湿地となる軟弱地盤に車両が入り込みスタックすることがある。轍は砂漠での車両走行可能なルートを示す目印であり、これから外れることはベテランのドライバーにさえ、大きな負担と緊張を与える。
 調査ポイントはあらかじめ、45箇所をピックアップしたが、予想以上に時間がとられ、半分以下に絞り込まざるを得なかった。だが、困難を乗り越え、鉄道施設の存在を裏付ける様々な態様の物的証拠を入手でき、調査は成功した。軍用鉄道の全体像の70%程度、主要部分の構造を実証的に確定できた。(詳報別途)

モンゴル上空を空撮中の朝日新聞社ジェット機
「あすか」。地上踏査班撮影。

 なお、これらの調査計画に加え、無線操縦ヘリコプターからの低高度撮影や、朝日新聞社所有ジェット機「あすか」による高高度からの航空撮影がミッションに加わった。特殊な機器の海外への持込でもセキュリティとの綿密な協議が必要となったし、モンゴルへのジェット機の乗り入れでは、事前の事務調整作業が膨大な量に達した。
 地上踏査班もまた、砂漠での彷徨を避けるための緊張と努力を絶えず強いられることになった。実際に、強化仕様の4輪駆動車でさえ、そのトラブルは頻繁となり、砂嵐、竜巻、熱射と吹雪という気候の激変に巻き込まれ、調査隊員の疲労はこれまでになく高まった。季節的に、脳炎ウイルス保菌の5ミリ大の吸血マダニが大量に発生し、ほぼ全員が連日とりつかれる事態となった。感染症の危険に晒された。
 航空撮影班・カメラマンもまた、空中での強烈なGの重圧に耐えながらの撮影に挑んだ。朝日新聞の6月11日付け朝刊の1面を飾った巨大基地・マタット基地の全景は、世界初の空撮映像であり、旧ソ連軍の対日参戦時の後方補給能力及び作戦計画の隠されてきた実態を赤裸々に示す第一級の歴史資料となった。世界的にも貴重な知見を提供してくれる写真だ。70年以上にわたって変わらず存在し、それぞれが、東京・山の手線がすっぽり入る長大な対戦車壕で防備された巨大基地だ。高高度からの撮影でも、最遠部は、地平線の彼方まで続き大気に霞んでいる。満洲国を崩壊させたソ連主力軍の出撃用で、軍需物資を高度集積させた基地である。1945年8月9日以降、満洲国を一気に崩壊に導き、同時に在留邦人の筆舌に尽くし難い悲劇をも生み出した軍事行動の背景がここに隠されている。この1枚の写真には、これまでの日本人の歴史認識のみならず、第二次世界大戦末期の極東戦線における歴史認識を大きく塗り替える情報が詰め込まれていると言っても過言ではない。
 なお、安全運行への緻密な配慮はもとより、事前の綿密なフライトプランの策定作業に加え、現場では座標データを唯一の頼りに、気象条件に大きく左右される有視界飛行で地表遺構を探す困難に挑んでこれを成功に導いた「あすか」クルー及び航空関係者の皆様の努力
には驚嘆するしかない。
 また、このミッション自体が、モンゴル航空当局の全面的支援があって初めて可能となったものである。
両国の架け橋となって調整業務をこなしてくれたコーディネーターにも敬意を表したい。
 なにより、日本側の取り組みに対して、モンゴル国の航空を含めた関係者が大いなる関心と敬意を払ってくれた。特筆すべき国際的な共同作業となった。ノモンハン事件で日本がかつて血を流して戦った敵国と今日、このような共同研究ができるまでになったことは、それ自体、両国国民の平和共存へ向けた強い願いの現れであり、歴史認識への相互理解へむけた実践努力の進展を示す証といえるのではないだろうか。

----------------------------------------------
【名称】 
第二次世界大戦終戦70周年 日本・モンゴル共同学術調査団
(=第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団) 
【渡航調査期間】 
平成27年(2015年)4月24日~5月8日(15日間)
【調査範囲及び調査箇所】 
モンゴル東部国境地域の旧ソ連軍基地4箇所と鉄道幹線及び支線、ノモンハン事件戦場
首都ウランバートルにおける証言及び文書調査
全行程15日間  モンゴル国内移動総距離 約3,000km
【参加者】 地上班総員15名 航空班総員6名以上

【専門分野】
軍事考古学者、戦史研究家、兵器鑑定家、歴史研究者、朝日新聞本社取材班、朝日放送取材班、調査コーディネーター他

【派遣事務局】 
JCR-KF虎頭要塞日本側研究センター
(本部:岡山市 首都圏本部:東京都調布市 中部日本本部:岐阜県岐阜市) 
【協力】テムジンホテルグループ

------------------------------------------------

2015年 報道のご案内-時系列-
. 朝日新聞朝刊 全国版1面にて報道 2015611
   朝日新聞DIGITAL  第一報 記事及び空撮映像(VTR(無料登録で視聴可能) 
   朝日新聞DIGITAL  大阪本社版 35面追加記事 
2. 
朝日新聞【夕刊】全国版1面にて続報掲載 2015611日 
   朝日新聞DIJITAL 全国版で続報掲載 (写真増強、開拓団の悲劇紹介)
3. 
The Asahi Shimbun WEB国際版に、英字記事が掲載されました。
   ↓英語版(English version)↓
   http://ajw.asahi.com/article/behind_news/social_affairs/AJ201506110056
   “Stalin's secret railway for war against Japan confirmed in Mongolia”
4. 
TV特集ドキュメンタリー全国放映決定 6月1323日 
   ANN系列「テレメンタリー2015」 
   「シリーズ戦後70年(5)満州に進撃せよ!
              ~草原に眠るソ連軍巨大基地~」
    現在、このサイトで録画が流れています
    http://www.dailymotion.com/video/x2u5lc2  
5. 
プレ企画【既報】 201557-12日掲載済み
  朝日新聞 夕刊全国版 5回連載シリーズ
   pdf 2.54MB「敗北の序章 ノモンハン」№1-5
6. 
テレメンタリー2015
  年末総集編で再放送(201512月)となりました。

7.朝日新聞DIGITAL で大型特集スタート 2015.8.19-
  yahoo
地図のタブから画像をクリックすると動画スタート。
  (動画・写真データが豊富、朝日新聞社機「あすか」&
        地上踏査班によるドローン空撮映像がご覧になれます)


-------------------------
【参考資料】
2014年ノモンハン事件75周年 日蒙共同学術調査
 
    【報道】

    The Asahi Shimbun 2014.8.28 -Social Affairs-
    
Details of former Soviet positions in Mongolia unveiled
    
PDF 朝日新聞  2014.7.8朝刊 社会面(39面)記事掲載    
    朝日新聞DIGITAL
「ソ連の対日進攻拠点明らかに  モンゴルに巨大陣地跡」

    【シンポジウム】
     研究報告活動 :
     
ノモンハン事件シンポジウム 2015年2月 東京:サピアタワー
292KB

2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査

    
【報道】 
    
朝日新聞DIGITAL スライドショー番組「ノモンハン 70年後の戦場を訪ねて」

ノモンハン事件調査(旧満州国 西部国境地帯 内モンゴル側)過去の報道


■虎頭要塞日本側研究センターtopページへ戻る  
■虎頭要塞日本側研究センター総目次ページへ移動する


お知らせ
演劇「ウスリーの赤き流れに」上演 in 名古屋
上演案内チラシ表   上演案内チラシ裏
usuri-no-akakinagareni01s














usuri-no-akakinagareni02s

  




2年前に御嶽山噴火を例にとり、今更でもない内容だが、中央構造線とフォッサマグナとの関係を書いた。
被災地への迅速な救援と安全安心の確保、復旧を祈りたい。同時に、明日来るかもしれない災害への備えと自覚が他の都道府県にも必要だ。


http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1010103293.html


停止中の原発も安全ではない。
加えて伊方原発は今のところ無事だとか、川内は無事で稼働中とか報道される。
だが、以前にも書いたが、使用済み燃料プールの危険性は殆ど語られない。

福島でも経験済みのはずだが、忘れっぽい国民性のようだ。

地震動で使用済み燃料冷却プールの水面がどう動いたかのデータも伝わってこない。プールに亀裂が入る確率などを考えても、停止中だからといって原発の危険性は過少評価できない。中央構造線直下に存在する伊方原発の使用済み核燃料をどうするのか?現状では安全な処理方法が見つからず、行き先が無い。ドライキャスク(乾式処理)も危険性が指摘されている。これは再稼動を正当化するための泥縄式ともいえる発想だ。原発再稼動などより、この使用済み燃料をどうするかの対策が先決なはずだ。

ところが、原子力ムラは、3年前から “福島のときは(プールに)海水を注入したら、なんとかなった” 式の幼稚な言説を流している。こんな呑気な発想は、直下型地震には通用しない。いや、「知らないフリ」を決め込んでいるだけか? 稼動している川内原発はもとより、停止中の伊方原発の使用済み核燃料が暴走すると、九州・四国・中国・近畿の広域の汚染は避けられない。

ちなみに、停止中の伊方原発の使用済み核燃料プールに収納されている核燃料棒は、本年2016年3月7日現在で1422体(一体に60~70本の燃料棒)計610トンもある(※1) 。六ヶ所村の再処理施設は稼動の見通したたずで、行き場のない放射線と崩壊熱を発する危険な燃料棒が停止中の原発内に大量に押し込められていることを忘れてはならない。その処理方法は未確立で、キャスクにしてもその危険性を十分知る国や電力会社は、またもや田舎に押し付けようとしており、そして、一方で原発再稼動をしゃにむに進めている。
※1 高知新聞 参照 http://www.kochinews.co.jp/article/6773/

参考:東京電力福島第一原子力発電所事故(地震発生直後から事故発生1ヶ月後までの
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館の見解)
1.3.11原発震災 
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm
2.粉ミルクの放射能汚染問題 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-osen-milk.htm
3.東海村JCO臨界事故-レベル4 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jco-jiko.htm

事件発生60周年で演出された
森永乳業と現・被害者団体の白々しい「円満」。
その裏で、決して報道されないコト…


以下のコメントが寄せられた。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments
「51. 守らん会会員  2015年12月01日 10:41

 チョツトご無沙汰しとるうちに、またまた問題発覚かい。森永ヒ素ミルク事件は、どこまでいっても底なし沼というとこかい。おそれいりやの鬼子母神てわけだ。

  おいらはひかり協会会報『ふれあい』11月号からの報告を、ちょくらやるぜ。問題とするのは8ページにある、守る会からのお知らせ「事件60周年記念式典、合同慰霊祭」のなかの記事だ。「各団体代表挨拶」のなかの◎桑田理事長の発言は要旨だけだろうが「今までに亡くなられた1266名の御霊にこころからのご冥福を祈り、二度とこのようないたましい事件を起こさせないことをお誓いする」とある。

  これを見て当ホームページの扉にある、2013年厚労省発表の1170人とくらべてみろよ。2年間の間に96人もの被害者が亡くなっとるぜ。ひかり協会と連絡を希望するのは、全被害者1万2千人のうち約6千人弱というじゃあねえか。ということたあ6000人のうちから、これくれえの死者がでたということになるのじゃねえのかい。こりゃたいへんなことだよ。

  加害企業と癒着して、甘い蜜すうとるくせに「二度とこのようないたましい事件をおこさせない」とは聞いてあきれるぜ。」
----------------------------------------------------------------------------------
半世紀にわたる「公害」さえ未だに克服できないこの国
------------------------------------------------------------------
----------------
 直近2年間で96名もの被害者が死亡したという恐るべき事実。しかも認定被害者の半数としか連絡が取れていない制約のなかでしか把握できていない死亡者数であることさえ説明をしない。(大手紙の一部記事も同様)
 この事実を「森永との合同慰霊祭」なる、メディアまで動員した「協調」キャンペーンの中でさりげなくツブやいてオシマイにしてしまう無神経には、もはや言葉が見当たらない。「葬式パフォーマンス」の名がふさわしい。「被害者の “名札” を見せびらかしながら、拠出金に群がって “森永乳業のポチ”に成り下がり、人として当然の批判を行う被害者家族を平然と弾圧する」との幾多の被害者家族・市民らの厳しい批判のゆえんだ。
 党派的影響力で支配された団体が、企業犯罪による被害者の苦しみを、企業の代理人となって糊塗するという、恥ずべき犯罪の「教宣」モデルが完成されつつある。
 しかも当該党派が自身を神聖視させるために日頃常套句としている「商業新聞(昔呼称“ブルジョア新聞”」の一部不良記者(各社共通なのは権威へのゴマスリ系記者)を抱きこんでの合作キャンペーンが今年全国各地で計画的に展開された。日本社会の無節操さを象徴する好事例だ。
 しかし、あまたの自称左翼勢力も、更にはマスコミも、大所高所を気取り、政局云々を口にするなら、足元の仕事のガサツさを反省し、自らの襟を正すことが先決だろう。
 表向きの左右が半世紀にわたって談合してきた結果、社会の深層には、看板で政権批判を売りにしながら、裏で金と権力に群がることを当然視する腐敗した思考習慣がうず高く、ヘドロのように溜まっている。このようなことに見て見ぬフリが決め込めるようなら、どれだけ「高邁なる政治」を語ろうとも、所詮、根無し草のデマゴーグでしかない。
 このような風潮は、「ヒラメ権威主義」と同根の「貧困ビジネス党派」の党利党略に拍車をかけるだけだ。人間をもてあそぶことで、国民と社会が疲弊し、結果的にすさんだ新タイプの「両極化現象」をもたらすだけだろう。各種の悲劇的事態の招来をもたらすのは、ひとりひとりの人間の価値より、政治的イデオロギーを優先させる全体主義的思考方法だ。
----------------------------------------------------------------------------------
被害者家族を弾圧しながら平然と「慰霊祭」を宣伝してきた森永乳業
----------------------------------------------------------------------------
------
 なお、「教宣」にコントロール“されている側の”当事者は露も知らないのだろうが、森永乳業という企業は、事件発生後から被害者救済運動を14年以上にわたって抹殺している「さなか」に、同時並行で、「“森永に事件の責任は一切ない” を大前提とした“慰霊祭”」を目くらましのプロパガンダとして実行してきた企業だ。歴史が証明するところの、この企業の確信的で強烈な「二面性」と「プロパガンダ」愛好主義は、今現在も歴史を歪曲したがっている同社の言動をみるにつけ、未だに、変化なしと見える。
 以前と唯一異なるのは、今は森永はコマーシャルの拡大に腐心し、森永の裏稼業だった被害者に対する分断支配は、党派代理人に任せていることだけ。本質は変わらず、むしろ、両者が一体となって進める歴史の偽造と被害者の尊厳への毀損は、それ自体が延々と続く、企業犯罪の継続に他ならない。
<以上>

「…封印され廃棄処分を命ぜられた筈の毒ミルク60万缶が何時の間にか売り捌かれ東京ではそれが闇に流れていると噂されている。…」
(岡崎哲夫著「森永ミルク事件史」-1957年-144頁)

この件について、以下のコメントが寄せられた。

─猛毒「森永ヒ素ミルク」をニワトリの餌に混ぜ、
 全国民にコッソリ食わせた「闇」の詳細が明るみに─


44. MF5808 2015年11月18日 09:13(多少文書を整理した)(※1)
 ここに書かれていることは、重大問題を含んでいることをまず理解していただきたい。
 1955年の事件発生直後のこと、岡大医学部へ持ちこまれた「ヒ素入りミルク」の疑いのあるMF、MC、MLの三種、それぞれ製造月日の異なるものを法医学教室で分析をした。分析したロット番号順に一覧表が『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月岡山県発行)に掲載されている。
 厚生省は事件発生直後には、ヒ素含有ミルクは廃棄処分にすると新聞発表している。ところがその後方針を180度変更する。実験の結果が良好なら、育雛飼料(※2)として利用する方針になった。
 実験に使われた「有毒ミルク」がMF5808ということである(※3)。ところが、このロット番号は岡大医学部法医学教室の分析表には登場しない。前掲書の巻末の一覧表のどこにもない、いや本全体のどこにもない。
  その「MF5808」を使って育雛実験をしたということが、もしかしたらもともと「無毒缶」ではなかったかという疑問を「記録マニア」氏(下記)は述べておられると読みとれる。
 192羽の実験で1羽の死亡という「好結果」であったことが、MF5808は「無毒缶」との疑いを強くする。普通ニワトリを飼育していても1羽くらいは死ぬものだ。ワザワザヒ素の入っているミルクをエサに混ぜて育てて、1羽しか死なないというのが、そもそもマユツバものではないか。
 見せかけ上の実験で好結果をのこし、実際の飼料製造には本物の「有毒ミルク」を混ぜて作ったのだ。その結果は各地でヒナの大量死を招いた(※4)
 だが、飼料のなかに「ヒ素ミルク」が混ぜてあることなど農家は知らなかったので、天候のせいにしたり、他の理由にして深く追及しなかった。このことを書いたのは14年経った後に「婦民新聞」など少数。マスコミは無視したので、うやむやにしてしまった。

(註)
※1  「MF5808」氏 の投稿コメント
 記事 「多国籍企業シェルが開発した「相互秘密保持契約」 森永ヒ素ミルク中毒・被害者への支配構図、米国でコピー登場http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments 
へ寄稿されたペンネーム「MF5808」氏のコメント
※2 育雛飼料
 ひな鳥のえさ。実際に「F印 育雛用飼料」の商品名で販売された。出典: 『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月1日岡山県発行)
 昭和30年8月28日付山陽新聞一面記事
 「…同省木村次官、紅露政務次官、山口公衆局長、楠本環境衛生局長らは同日午後の徳島工場にたいする行政問題を協議した結果同工場製品のうち、何月から何月までのものが有毒なのか、また調査の結果、これが同工場の過失か不可抗力かのいずれによるものかを判定したうえで、何らかの措置をとることにし、回収したMF製品のうち国立衛生研究所が有毒と認めた製造期間内のものに限って廃棄処分の手段をとることを決めた。」
 なお最近、一市民が、「MF製品のうち国立衛生研究所が有毒と認めた製造期間内」の検査の有無を国立衛生研究所へ問い合わせたところ、以下の回答であった。
 「(国立衛生研究所宛てに)直接メールを出しましたら、HPがあるからと教えられ、そこへアクセスしましたら、昭和30年頃の研究項目が並んでいました。その研究のなかに、岡山大学医学部から死亡被害児の肝臓の一部を提供され、それから砒素を検出したという内容が記述されていました。それは簡単なものでしたが、それ以外には砒素ミルクに関する研究はありませんでした。 」(記録マニア氏2015年11月30日寄稿)
 廃棄するとして回収された莫大な量の森永砒素ミルク缶は、「MF5808」ただ一缶だけの供試で「ニワトリのヒナに与えてもさして問題なし」とされ、大規模に再流通されることになった。
 浜本英次教授編纂の上掲書『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(表紙が赤いので、当時「赤本」と呼称された)のなかでは、さも科学的な根拠を得たかのように表現されている。
 この飼料の売上金、当時の価格にして約1千万円(現在価値は1億円を越える)が、「森永奉仕会」の設立資金として流用された。回収した東京都が製造を促したと思われる。この「森永奉仕会」の事業目的は、全国の国公立・私立大学へ森永乳業のカネを「研究資金」の名目でばら撒くことだ。このカネは、(1955年から1968年までの)被害者救済運動の存在を国民の目から隠蔽し弾圧するため、御用研究者への実質的な買収資金として活用された。この基金は今も厚労省所管の財団法人として存続しており、「森永乳業に奉仕する研究者」を育成し続けている。現在の「寄付講座」や「産官学協同」の悪質な側面を生み出した端緒ともいえる。
 なお、故・岡崎哲夫氏は岡山県衛生部に「赤本」を請求したが、岡山県は「(被害児)救済運動を中止するなら渡してもいい」などという発言を行った。このような偽装に基づく不正行為がバレることも大いに恐れたと思われる。岡崎氏は迂回経由で「赤本」を手に入れ、その内容を「事件史」で告発したが、既にメディアは一切の沈黙を決め込んでいた。全国民の体内への、ニワトリを通じた砒素ミルク摂取も同じく隠蔽されてしまった。直接的には東京都の手によるものだが、森永乳業と厚生省と御用医師グループ、それに追随・安住するメディアの結託がベースにあったことはいうまでもない。
※3 実験に使われた「有毒ミルク」がMF5808
 『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月1日岡山県発行)の297P<「(26)森永MF印よにる(ママ)鶏雛の飼養実験について」1供試飼料>、同じく298P掲載<供試粉乳 森永粉乳MF5808 砒素含有量22ppm >(※1へのcoment 46. 「MF5808」氏 2015年11月29日 08:27)
※4 ヒナの大量死を招いた
森永告発機関紙『森永告発』第6号(1971年10月1日)
「砒素中毒は赤ちゃんだけではなかった 砒素ミルク飼料でニワトリも?……」
 岡山県勝田郡奈義町宮内の内藤勝野さんのお宅では昭和31年から32年にかけて、奈義町農協から育雛用の飼料を買ってニワトリを育てていましたが、飼っていた20羽が全部死んでしまいました。近所にもそういう家が多かったということです。死んだニワトリは、肝臓が異常に肥大しているなど、砒素ミルクの被害児の症状によく似ていたが、当時、砒素ミルクがニワトリの飼料になったことなど全く知らず、不審には思いましたが、天候のせいだろうと片付けていました。
 最近になって、料理講習会があったとき、その講師が、毎日新聞の「黒いミルク」記事を引用して「森永はひどい。毒ミルクを養鶏のエサにした」と言ったことから、当時の記憶がよみがえって来ました。
 32年~36年当時、奈義町農協の組合長をしていた船曳澄衛さんの話によると、その飼料は全購連から買ったということです。
 昭和32年に岡山県が発行した『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』によると、「有毒粉乳」の配布先として全購連の名もあり(301ページ)それらのニワトリが砒素ミルクの犠牲者であることは、ほぼ間違いありません。
 当時の処理缶数は約45万缶、従って全国的にはかなり多く出回っていたはずであり、同じような被害は他にも多くあったでしょう。また、それらのニワトリが産んだ卵や鶏肉を食べた人間も多いはず。それらの人々はほんとうに無事だったのでしょうか。ひょっとするとあなたも……? (以上全文引用)
 (※1へのcoment 47及び50、「三百代言」氏 2015年11月29-30日)

【事件解説ポスター 7頁 現在も存続中の「森永奉仕会」設立の経緯を参照】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf


【参考資料】
43. 記録マニア  2015年08月17日 17:20
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments
「お母さんはねえ、坊やの疑問にこたえるために、MF5808がどこへいったのか、探しているのよ。それでね、いちばんいきそうな心当たりをさがしたわ」「お母さんMF5808はどこにあったの」「国立衛生研究所があやしいとにらんだの、ホームページからさがしたわ」「そうしたらどうなったの」「国立衛生研究所では昭和31年にヒ素ミルクに関する研究をしていることがわかったの。でもね、それは死んだ赤ちゃんの肝臓の一部を岡大医学部から送って貰い、その中のヒ素検出をしただけなの」「赤ちゃんかわいそう」「ヒ素入りミルクの分析実験はやってはいないことがわかったの」「おかあさん、MF5808はどこからきたのでしょうかねえ?」

「森永ミルク事件史」は以下からダウンロードできる。
〔※森永告発の「砒素ミルク2」(1973)は「森永ミルク事件史」(1957)復刻版〕
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-1pdf.PDF (上巻)
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-2pdf.PDF (下巻)

出典:森永ヒ素ミルク中毒事件資料館アーカイブス
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm

本年、森永事件60年として一部大手メディアで「不安はあるものの、今では、森永に良くして貰って、わりと幸せそうに前向きにいきている被害者」といったイメージが流布されている。ところが、それとは全く異なる現状が新たに告発されたので、コメント原文のまま紹介する。
■11月8日に第2回目の告発文、■11月13日に第3回の告発文が寄せられた。

【第1報】121. 守らん会会員 2015年11月04日 10:11  
 オレの知ってる「守らん会会員」で肺がんの末期患者がいるが、その人の現状をしらせる。
 彼は月に一回入院して抗がん剤を注射している。その副作用がひどい時には、一ヶ月も退院できないことがある。それで、いままで仕事をしていた会社をクビになり、ひかり協会に救済を求めた。
 ところが協会は冷たいものだった。なにも対策をとらず、「そんなら生活保護をもらったらどうだ」といった。
 それで彼は生活保護の申請をしたら、車など持っていたので、生活保護は貰えなかった。仕方がないので、厚生年金をもらうことにしたが、支給年令前だったので、支給額は減らされた。
 今のひかり協会は「患者を救うためにあるのではなく、職員を救うためにある」のだから、患者への支給額を「ナンジャ、カンジャいって」少しでも減額することに一生懸命のようだ。
  それじゃあ「恒久対策案」はなんのためにあるのか、ひかり協会も守る会も「世界にカンタル恒久対策案」と自慢しているが、これはオカザリにすぎないのだ。
 みなさん考えてもゴロウジロ。正月のオカザリにしても実際的な効果は、ありはせんのだ。あれは手を合わせて拝んでいれば、なんとなく有難味がわくというものだ。早い話が「恒久対策案」は実際的な効果は「ゼロ」になったというこっちゃ。神棚へ上げて、みんなで手を合わせて拝んで「アリガタイ、アリガタイ」というだけの代物になってしまっている。それがマスコミにはわからない、分かろうとしないだけの話だ。
 オカザリになることを心配していたのはオカザキさんだが、天国でこの様子をどうみているか聞きたいものだ。
コメント出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

【第2報】 126. 守らん会会員 2015年11月08日 11:43
 末期ガン患者の会員はその後、脳梗塞を患ったが軽度であったため、生活に支障はなかった。ところが医者から自動車の運転は止められた。…(中略)…彼は今まで病院へ車で通っていたのが、バスかタクシーでなくては通院できなくなった。ところが、田舎から病院まで20キロ以上あるので、通院が困難になった。
 ひかり協会の規定では通院費用は特定の者(ひかり手当1.2級の者、健康管理費特1級の者、その他協会が認めたもの)以外の入退院にかかる交通費は片道運賃だけになっているのだ。(ひかり協会の職員の新幹線出張はグリーン車だそうだ)
 末期ガン患者は重症被害者と変わらないほど不自由な生活を強いられているが、どうして交通費を片道しか払わないのか理解に苦しむ。…(後略)…
コメント出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

【第3報】 128. 守らん会会員  2015年11月13日 09:08
 そうそう、大事なこと忘れとった。121より前のこと書かにゃー。
 末期ガンの彼のこと仮にAさんとしておくわ。ガン治療のため入退院を繰り返し金にこまっとった。Aさんは死亡したら香華料40万円が払われることを知って、ひかり協会に対してこの金を前払いのかたちで、払ってもらえないかともちかけた。ところが、「そんなことできない」と冷たい答えが帰ってきたというわけじゃ。それじゃ「なにか仕事さがしてくれ」というてもそれもしてもらえんかった。挙句の果て、「生活保護でももろうたらどうじゃ」ということになったのが、ことのはじまりじゃ。
 ひかり協会の「相談員制度」ちゅうのは、「みんなで生活保護をもらえば、森永はたすかる」というのがホンネのようじゃ。
コメント出典:
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

マスコミを直接取り込み始めた森永乳業、2012年より
原子力 ムラ御用記者(毎日新聞)スカウトの露骨

 以下はブログに寄せられた読者からの告発で判明した。
 森永乳業のCSR(企業の社会的責任)報告書に、毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏が、森永の企業姿勢を褒め称える形で参加している事例である。(2014年報告書本体25P参照 この状態は2012年から昨年2014年まで3年間にわたり続いた。)
https://www.morinagamilk.co.jp/corporate/csr/pdf/2014/morinaga2014.pdf

2012年から森永乳業に対して「メディアを取り込め」とアドバイス
 2012年には、彼は、第三者委員会メンバーに選ばれたことがそんなに嬉しかったのか、文中で「メディアを取り込め」としきりに連呼し、“メディアをステークホルダー(利害関係者)にすべき、メディアをもっと活用すべき”だと強調している。
https://www.morinagamilk.co.jp/corporate/csr/pdf/2012/morinaga2012.pdf (25p)

同年、原子力業界に対しても「消費者運動を制圧せよ」とアドバイス
 通常、記者が企業の販売促進活動に個人的に出演したり、他の媒体に投稿する場合は、社の許可がいるので、これは毎日新聞社中枢の意思表明と受けとられる。
 なお、このブログ記事を立てた直後から、毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏の言動を暴露するコメントが多数寄せられている。この小島氏は、3.11の原発事故の翌年2012年に発行された原子力学会誌への寄稿文で、同じ新聞記者を「反文明的気質」人種だと誹謗中傷し、「消費者運動をねじ伏せる」コツを「原子力ムラ」へ露骨に教示し、煽りまくっている。

「日本乳業協会」の理事に就任
http://www.aesj.or.jp/atomos/tachiyomi/2012-12mokuji.pdf (4-5p)
 まさに不正な国家権力に阿諛追従する「御用記者」の名にふさわしい。この御用記者が、2012年、時を同じくして森永乳業にスカウトされ、3年にわたって重用され、森永乳業の「太鼓持ち」と化した。
 そして彼は、滑稽なことに非常勤ながら「日本乳業協会」の理事を務めている。(任期:平成26年5月16日~平成28年5月総会日)会長は明治、森永は副会長。(11月11日通報受領、確認)
http://nyukyou.jp/executive/index.html
 一部メディア関係者の余りに愚かしい姿であり、このような人物をスカウトした森永乳業の現体質もまた、より鮮明となった。

まとめると…
 毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏は、東京電力福島第一原子力発電所事故の世界的衝撃も覚めやらぬ2012年に、いち早く原子力ムラに対して「マスコミを取り込むテクニック」と「消費者の動きを果敢なアクションで制圧する思想」を進言し、同じ年から、森永乳業にも「マスコミを取り込め」と進言を始めた。その挙句、「乳業協会」理事におさまった。
 実にわかり易い構図を示してくれた人間だ。
 他のマスコミの方は、このような原子力ムラや森永に飼われた人間の動きに、くれぐれもご注意を。

あるクリスチャンからの言葉。
出典:http://unidosconelpapa.blogspot.jp/2013/09/blog-post_5247.html
「教皇フランシスコいろいろ」9月3日(火)聖グレゴリオ一世教皇教会博士(記)

…(前略)…イエスの光は「イベントのものすごいアトラクションのようなものではありません。それは心にやってくる光なのです」。けれど、「しばしば悪魔は光の天使を装ってやってくることも確かです。悪魔はイエスのまねをし、よいふりをし、穏やかにわたしたちに語りかけます。ちょうどイエスに断食の後、砂漠で語りかけたようにやるのです」。ここに、主に「いつイエスがわたしたちに光を与え、またいつまさに光の天使を装って悪魔が働いているのかを知るために、識別の知恵」を求めなければならない所以があるのである。
…(中略)…
 「光の中で生活していると信じながら闇の中にいて、しかもそのことに気づかないでいることが、わりとあります。イエスがわたしたちにもたらす光はどういうものでしょうか?イエスの光を知ることはできます。なぜなら、それはへりくだったつつましやかな光だからです。強引に押し付けてくる光ではありません。へりくだっているのです。それはおとなしさの力で穏やかにしてくれる光です。心に語る光であると同時に、あなたに十字架を差し出す光でもあります。もしわたしたちが心の中の光において素直な人間であるならば、心の中でイエスの声を感じ、恐れることなく十字架を見ることになります。それが、イエスの光です」。

 けれど一方で、もし「鼻高になる」ようにする光、「他の人を上から目線で見、他者を見下し、傲慢にするようにと導く」光が来たならば、それはイエスの光ではありません。それは悪魔の光、イエスや
光の天使を装った悪魔の光です」。

<了>

【参考資料】--------------------------------------------------------------
森永事件解説ポスター
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
能瀬英太郎氏のルポルタージュ
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-report.pdf
 出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm
森永告発刊 『砒素ミルク』シリーズ
第1巻 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk1-1pdf.PDF
     http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk1-2pdf.PDF
第2巻 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-1pdf.PDF
     http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-2pdf.PDF
 書庫:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm
未だ横行する森永乳業によるウソとプロパガンダ
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm
被害者が基金告発
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm
民主集中制という麻薬的党派性向
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-minsyusyuucyuusei-no-uso.htm
中坊公平氏とそれに続く言説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
市民の批判をヒボウ中傷で攻撃する被害者団体を告訴し、勝訴
第三回準備書面で言論弾圧体質の一端を公表
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen3-pdf.pdf
書庫 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm

MC、ML印からの砒素中毒被害者を闇に葬ったまま?!
「救済」は記憶の薄れた国民をだますプロパガンダか!

http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1034015475.html#comments
「いじめと差別が蔓延する日本~公益財団法人「ひかり協会」の複数職員による差別暴言の記録」
の記事に関して、以下二通の情報がコメント欄に寄せられた。

1.
6月22日の朝日新聞、【キーワード】にはヒ素ミルク製造は森永乳業徳島工場とかいてありますが、これはすこしあやしくなってきました。というのは1973年6月3日付の同紙には「MC、ML印の患者7府県から28人も報告」とあります。記事中にはMC患者のうち5人が登録患者になっていると報道されているからです。MC(平塚工場製)、ML(長野工場製)で両工場はβミルクを製造していました。朝日新聞は、自社の報道と矛盾することを平気で書いていることをどう釈明するのでしょうか。
(記録マニアさん 2015年07月31日 11:10 指摘投稿)


2.
1973年6月2日の毎日新聞記事によると「被害児の認定に新事実 会社の作った患者名簿にMCの18人掲載」とあるよ。MCを長男に飲ませていた黒田耕司さんの話 「黒田さんは18人で神戸市ベータドライミルク中毒者同盟を発足、会社と交渉してそれぞれ治療費や〝見舞金〟を受け取り、全員症状が軽かったこともあり、同盟は二カ月ほどで自然解散した」と語っている。(略)森永はMCによる患者を認めていないのに、(略)昨年各家庭を回り、その後の容体を問い合わせていることがわかった。(後略)
(記録より記憶さん 2015年08月06日 11:03 指摘投稿)

3.
当ブログ側で提供情報を精査した結果、以上2点の指摘は、すべて事実であるとの裏づけがとれたので、記事として立てることにした。今年は、事件発生60周年という節目の年。「国民の生命財産の安全」を声高にする国、及び、権力監視機能を発揮すべきメディア、その両者が追跡すべき重大な事案であると考える。
マスコミ関係者におかれては、被害が全て「徳島工場製」に限定されているかのような表現には、ご注意いただきたい。

参考資料:1970年代以降、森永乳業が被害者団体を腐敗させたのち、
再度、被害者へ開始している政治弾圧↓

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

追記: 森永乳業株式会社殿:
釈明等受け付ける。その際、透明性を担保するため、当ブログコメント欄へ社名・連絡先及び担当者氏名明記の上、書き込みされたし。

(11月3日時点で全く対応なし)

以上

NHK ETV特集
【アンコール】薬禍の歳月

~サリドマイド事件・50年~

ETV特集・選「薬禍の歳月~サリドマイド事件50年~」 .  
2月28日(土)午前0時00分~午前1時30分 
7月11日(土)午後3時00分~午後4時30分  NHKオンデマンドで配信中
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2015/0221.html

日本の薬害事件の嚆矢(こうし)とされる「サリドマイド事件」。安全と宣伝された薬を飲んだ母親から、重い奇形を背負った子どもが次々と生まれた。その責任を国と企業に問うた裁判は、因果関係を巡って10年ものあいだ争った末、和解に終わった。それから40年。裁判を闘った親達の多くはこの世を去り、当時、子どもだった被害者の平均年齢は50歳を超えた。事件は何をもたらしたのか、そして、被害者は、薬害を背負った人生をどう生きたのか。今、被害者みずからの手によって、その問い直しが始まろうとしている。去年6月、サリドマイド被害者を対象にした国による実態調査の結果が公表された。最新の医療機器を使った検診や、聞き取り調査などによって浮かび上がったのは、これまで知られてこなかった多様な障害の数々だった。外形的な奇形に留まらない内臓や骨、血管などの奇形、障害を補うための無理な体の使用による二次障害。40年前には想像だにしなかった被害の発生が裏付けられたのである。
番組は、最新の調査報告で裏付けられたサリドマイド被害の実態を報告。事件に再び向き合い始めた被害者らの姿を見つめながら、半世紀を経ていまなお続く「薬禍の歳月」を描く。

語り:渡邊佐和子アナウンサー
(内容89分)

40年後の被害を明らかにしたサリドマイド被害者の取り組み。
一方で40歳(年)以降の症状は「ヒ素ミルクと関係なし」とし、「加害企業に感謝する被害者」を喧伝しながら、被害の過少評価にひた走る某「救済基金」の姿は対照的かつ陰惨だ。

いじめを訴えて自殺した岩手県の中学2年生
村松亮君の死から1週間がたつ。

 12日父親が警察に被害届けを出した。メディアは学校の教師を主に叩いているが、なぜいじめた側が迅速に特定され、それらが批判されないのかが不審である。
 いじめを告発した生徒が、この学校の学年主任から2回にわたり呼び出され「余計なことを言うな」と詰問されたという。これは本当か? 真偽のほどはよくわからないが、岡山市での体罰事件もしかり、「よくわからないまま」闇に葬られていく現実をしばしば目にする。
 多くの教育現場は教職員の懸命な努力でしっかり運営されている。だが、いったん歯止めがなくなると、どこまでいくのか?
 以下もその事例だが、正義はほとんどの場合実現されない現実を示すことになるのか。森永ヒ素ミルク中毒事件史を改ざんする者は、同時に、このような差別行為を「弁護士会が不問にふした」と書き、なんら問題ないとして、その隠された本音をウィキペディアに書き連ねている。


岡山市在住の重症被害者女性Yさんに対する
公益財団法人ひかり協会職員Aさん・Mさんの暴言
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

Aさん(ひかり協会職員)が
 「これから先、ひかり協会に何を望むか、あったら参考のため聞かして欲しい、どんな考えか」 (と言うので)
私〔被害者Yさん)が
「いつまでも、こんなことばっかりイヤなので、森永から直接もらえるようにして欲しい」とちょっと不足を言った。
 
Aさん(ひかり協会職員)が怒って
「皆で決めたこと決定しているのに、なにゅ~言う!頭わり~んか!そんなことできるわけない、やれるわけない、誰のおかげで、ここまでなっとる何んもわかっとらん」

「ひとが遠慮して下手に出、フンフンと黙って聞いとるといい気になって誰も回りにおらなんだら手が出とる。頭の程度どのくらいか、頭を割って脳の中見てみたい。アイキューなんぼある言ってごらん! 答えれんの! あんたがここへ何をした、何にも一人でようするもんか。できもせんはず、何が気に入らんのか、何が不満か! 不自由な体をもっと動かんようにしたろか……。あんた一人くらいおってもおらんでも困らん。気に入らんのんなら、ひかり協会から脱退し離れて関係ないようにしたら、辞めてしまえ! 親がおらんようになったら分かる。どうこう言うてもお金はいる……、辞めれん、女は単純、月日が経ったら忘れる、怒るんはその時だけ」 

と言われた。

平成6年12月8日(木)食べ物のアンケートで自宅に来た日 
Mさん(ひかり協会職員)が
「事務所に出てくる人は皆それぞれそれなりにやりょうります。程度が低いから~たいへんです。明子さんもどの程度かな~」 

「親は頼りにならんようになるのに、みよ~たらわかるじゃろ。明子さん医者嫌い、そんなことばかりは聞いとれん!自分勝手はさせない、いつまでも言わしゃ~せんよ!自分の思うようになると思うとったら間違い、40にもなって。森永と「ひかり」は切っても切れん、団結しとかんと森永が違う方へ向かんようにちゃんとしとかんと」

「どうしても言うことを聞けんのなら、自分の思うようにしたら、私には関係ないよ。調子が悪うても一応は文句いう、こっちの言うようにしとったらええのに。悪いようにはせんのに、昔の古いこと、たいしたことない小さいこと、いつまでも根にもっとんじゃ~!何かに狙われたら…おそろしい!患者、被害者の親が頼む、頼む。皆、職員をたよっとんのに、頼るようにしとるのにあんた一人変わったことを言う」

「一人では生きていけんのんじゃから人の世話にならんといけんのじゃろ。あんたに何ができるん、社会に出たらうけいれてくれると思うとん!相手にされんよ普通じゃあないのに、障害がある、悪いのに!こっちの事聞けんのなら」

「親に何かあった場合、本人が困るから事務所の方へ言いに来ても誰も相手にせん! しらんぷりする、される、助けない、泣くのは自分! こういうふうに注意するのも最後になる。明子さんと言わんようになる」

「両親そろっている時はいいけど、一人欠け、二人ともおらんようになった時兄姉がいつまでもめんどうみれんから、悪いけど施設へいってくれんかと言われるよ。 あんたに何が出来るん、役立たんのなら死ねぇ~ 、おらんでもええわ。あ~あ、死んでもろうたんじゃあ金が出んしな~ 。」

(出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kyoukaisyokuin-sabetubougen-03.pdf )

「被害を消したい者」が示す下劣な差別意識
 Yさんはこの事実を9年近くの長期にわたって1人で抱え込んでいた。Yさん家族が、2003年ごろ、救済の現状を批判するボランティアNさんの活動を知り、Nさんに連絡をして助けを求めた。Yさん家族はボランティアNさんの助力を得て、弁護士会が運営する人権擁護委員会に救済申立てをした。
 だが、人権擁護委員会の判断は、少なくとも未だにボランティアNさんには知らされていないままである。

 そして、ウィキペディアの森永ヒ素ミルク中毒事件を延々と改ざんし続けるものは、上記の発言が弁護士会で審査されたという事実の最後に、自慢げに、こう付け加えた。「だが結果は申し立て棄却」

 さしあたり最も危機感を持つべき団体は、日本弁護士連合会(日弁連)だろう。

反省まったくなし【以下、ウィキペディア2015.7.13現在の最新版】
 「また、重症被害者の親によって「守る会」「ひかり協会」を相手取って人権救済の訴えが提起されている[6]だが結果は申し立て棄却 
 上掲の差別発言を正当化したい人間が、同時に、被害者をして森永に感謝させ、被害は過去のものとしたいという目的を持っていることが露骨にわかる。本音では全く反省が無い。(それは別の例でもわかる)戦前の特高警察かKGBの検閲さながらの細かい添削をしている。ウィキペディアは、もはや支離滅裂の内容と化しているが、同時に、イデオロギー集団の「本音の証明書」と化している。その背後に居て糸を引く者が何かは、もはや言わずもがなだ。

 〔6〕2003年6月24日の岡山県における人権救済申し立て事件(岡弁庶第33-1号)及び、2003年7月8日の広島県における人権救済申し立て事件(広弁第57号)2003年6月25日付読売新聞岡山版報道 
【資料】改善を求める家族へ異様な嫌がらせ


苦しむ親は過去形にして絶滅させる。
「森永に感謝せずは」→ “「ある」被害者家族だけ”
「事件終わらず監視必要」→“「一部」意見に過ぎず”と書換え
----以下は、ウィキペディア改ざんの途中経過-----
13現在
【上記改ざん(一部)内容のまとめ】 実に姑息な添削の連続…この作業を生業にしているヒマ人。

施設に送られた被害者 
改ざん入所している被害者

今もなお精神的に苦しんでいる被害者の親 
改ざん→精神的に苦しん被害者の親

ほとんどの被害者が森永に感謝している事実はない
改ざん→森永に感謝している事実はないとある被害者家族は指摘している(確認書締結依然-ママ-)

「森永事件はまだ終わっていない」との意見がある
改ざん一部には「森永事件はおわっていない」との意見がある 
(「森永事件は終わった」と主張したい願望)

人権救済申し立て事件
改ざん→人権救済申し立て事件「だが結果は申し立て棄却」
【事実】弁護士会が判断そのものを「避けた」。
                                               
名誉毀損の損害賠償 
改ざん岡山地裁はその主張を一部認めた
【事実】裁判所は被告機関紙の内容が全て虚偽であることを指摘、あまりにひどい虚偽記載例を一部取り上げて、名誉毀損の有罪判決 → 損害賠償支払い命令

【資料】
■意見言うと暴言浴びせられる被害者
■意見言うと監視される被害者家族1
■意見言うと監視される被害者家族2
■異なる意見を発表してはダメと公言する組織

2012年のウイキぺディア大量改ざん事件
 ↑繰り返されている。↓
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf

森永ヒ素ミルク中毒・被害者への支配構図、米国でコピー登場 -投稿-
【参考】NHK BSドキュメンタリー「シリーズ真実を求めて シェールガス開発がもたらすもの」2015.3.10放映

オバマ大統領が「米国の今後百年間のエネルギー消費をまかなう(実際は根拠薄弱)」と、はしゃいで見せたシェールガス。 「地下に埋蔵されたガス田から、60年間のノウハウが蓄積された…」と科学者が口をそろえて「安全宣言」を出す工法で採掘されているらしい。
だが、実際は「蓄積」どころか、ころころと変わり、安全性が不明な「新工法=水圧破砕」が実施されている。
今では、有毒な化学物質を莫大な規模で地中に注入する極めて危険な技術を実行。その際、化学物質が地下水を汚染したり、気化した有毒ガスが地上に噴出したりして、周辺住民の飲料水や、空気を汚染する。住民の水道の蛇口からは「真っ黒な水」が出る。コップに貯めると土色ではない「ブラック」の泥濘状のものがたっぷり混ざっている。汚染物質の中には、有史以来もっとも発ガン性の高い化学物質も含まれ、産業廃棄物は化学式が不明なほど異様なものだ。

「真っ黒な水」に「安全宣言」が出されるワケ

で、ここからが、問題だ。
汚染され健康被害を受けた住民が最初に訴える先は、だいたい原因企業。すると、まず汚染元の原因企業がやってきて、生活環境改善のためのきれいな水を貯めるタンクなどの設備を与える。つまり原因企業が、“それは大変だね私たちが対策をしてあげよう” と 「被害救済の措置を講ずる」のだ。
その際、住民は「相互秘密保持契約」という書面にサインを求められる。目先の「救済策」に安堵した多くの住民が契約書にサインしてしまう。
ところが、この契約には、「あなたは救済を受けるのだから今後一切、外部には被害の実態を話したり企業の告発をしたりしません」という「双務的義務」を被害住民の側に背負わせる内容が盛り込まれている。
南ア在住の女性ディレクターは、告発をした被害者を訪ねて、はるばる米国へと飛ぶ。だが告発者は現地から行方不明。電話をすると「その件には一切答えられない」「少なくともいえることはわたしの人生が変わってしまった、ということ」…それっきりだ。
黙らない被害者へ原因企業から支給される「補償金」が「口封じ」の機能を発揮していることがわかる。「救済資金」は加害・被害の両者の関係性が変質すると「被害者への買収機能」を発揮するというわかりやすい事例だ。

こうなると、メディアの報道も激減し、自治体も、形式ばかりだった中立性を失い企業側へシフトし、国立の環境保護局などは、「水道の蛇口から出る真っ黒の水」を飲んでも大丈夫だ、と意味不明のお墨付きを与える。住民は仕方なく飲むと、髪が抜けるなどの健康被害が出る。小さな少女は「黒いお水のお風呂に入って…」とボソボソと歌っている。

こうやって外堀を埋めることに成功した原因企業は、一転、「飲料水に安全宣言が出た」などと言って、タンクなどの設備を強引に持ち帰り、当初の救済策を絞り始める。

「救済策」で被害者を囲い込み、言論統制で支配
つまり「救済」を実際にやってみせて、その代わりに、原因企業へ「感謝」をもとめ、それを態度で示せといわんばかりに「会社への憤りや告発を封殺させる」。被害者を黙らせることで、その後に世論を抑え、抑えられた世論状況を背景に、あらゆるセクターを企業側に取り込んで、被害者救済策をじわじわと絞っていく。これを契約で縛りながら延々と「モグラ叩き」よろしく続けていくわけだ。実によく出来た一見合法的なシステムだが、憲法裁判所で徹底的に争われれば、たぶん原因企業は罰を受ける。だが、そのような骨のある住民を生み出さず、「何らかの補償をしてくれる原因企業には感謝しろ」という奴隷精神で管理することが、このシステムの第一目的であり、それは当分の間効果を発揮する。その間に、「時効」を稼ぐという戦術だろう。

どの国でも、被害者への各個撃破対策はあるし、保険数理に基づいた確信犯的なリコール隠しなどは米国のお家芸で、時々懲罰的損害賠償の対象になってきた。だが、このような手の込んだ形、被害者への「救済」のスローガンによる「囲い込み」方式は新しい。米国企業が、まさか、森永ヒ素ミルク中毒事件の支配方式を輸入した、とは思いたくないが、「“救済事業” を披瀝しつつ原因企業へ感謝を要求し、 “双務的協力関係”の“ワナ”に被害者を誘い込み、被害者の言論を封殺して原因企業の免罪を図る」という手法は全く同じだ。

これを党派的手法で実行しているのが現在の森永ヒ素ミルク中毒事件の「被害救済」の構図であり、契約で縛りながら実行しているのがアメリカだろう。どちらにしても、わずかな金や施策で被害者の頬をはたいて、「この金がほしいだろう、それなら俺たちの言う事を聞け」と、説教と刷り込みを続けた結果、その通りに被害者がコントロールされている姿だ。

「救済対策」の中身や体質を吟味せず「 “救済” してやっているんだから被害者は感謝しろ、そして周りは黙っていろ」というプロパガンダで、翼賛メディアや自治体を生み出し続ける。最後は被害の実相を世論の前から消し去り、抹殺できる仕掛けだ。「恒久的な救済」ではなく「恒久的な拘束・管理」だ。

番組ディレクターは、この構図についてコメントを試みようとして、言葉を失う。
「この代償は私たちみんなに降りかかってくる」…こう締めくくる姿をみて、
彼女のいいようの無い深い憤りと哀しみを感じた。


⇒関連記事 
⇒関連記事 
⇒関連記事  (ウィキペディア改ざんの現状)

---関テレ番組の恐るべき内容については以下アドレスからPDFがダウンロードできる。PDFが見れない方のために、放送番組内容の問題が指摘された部分のテキストを紹介する--
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
「ドキュメント」と自称しつつ
嘘を並べた番組で「ギャラクシー賞」に応募し、受賞…。

「 2007年1月に「発掘!あるある大辞典」の「データ捏造やらせ問題」が暴露された関西テレビは、その年、2007年の年末に「ザ・ドキュメント恩讐のかなた森永ひ素ミルク事件52年目の訪問」という番組を放映した。
 その番組内容は酷いが、事件の背景を知らない視聴者にはなんとなく感動的に映り、事件を良く知っている視聴者には驚愕モノという巧妙な仕上がりだ。現被害者団体や、故・中坊公平氏、森永乳業が登場する。
 そして、森永乳業幹部が事件を「青天のヘキレキ」とうそぶき、“補償には上限があり行政サービスが中心になる“と字幕まで入れ、森永乳業が誓約を反故にできる珍説を強調する。極めつけは、被害者を登場させ、「(もった障害が)ミルク中毒でよかった」と“誰かに感謝”させるシーンだ。
 被害者が何を発言しようが自由であるが、テレビ局がどの発言を切り取るかは、編集方針という局の意志そのものである。ここでは、被害者をして感謝の対象にさせているのが現被害者団体か森永乳業かは巧妙に曖昧にされている。前者団体は、働けない重度被害者のことを、法廷提出の公文書で「働かない被害者」と書き、異論を言う被害者には恫喝と排除を行っている。

「被害者からの“感謝”(?)の証拠」として使い廻される番組
 最近、被害者団体は、能瀬訴訟の公判で、この番組を “被害者が被告に感謝している証拠” という趣旨で提出した。この番組に電話で抗議をした市民によると、担当ディレクターはおおよそ以下のような要旨の発言をしたらしい。

  視聴者: あの番組はひどい。ナレーターが  “救済には制限がある”  と
       言っているが事実とは違う。過去の歴史を調べたのですか?
  局:   いや、それはしてません…(中略)…
  視聴者: もしジャーナリストなら、事実を批判的にとらえないと、
       森永の宣伝をやるだけになるんじゃないですか?
  局:   私はジャーナリストではありません

 このようなやり取りを経た後も、同局は、「番組では、軽度の被害者が重度の被害者を助け合う守る会やひかり協会の事業に関わる人間同士の関わりから、生きるとは何か、人間の尊厳とは何かを問い続けます」と5年前の番組の自画自賛をネット上に掲載し続けている。
 更にこの番組は「ギャラクシー賞」を受賞した。審査はもっと厳正にしてほしいものである。

市民からの批判を黙殺した同局・番組審議会。
 同局の番組審議会ページ・ウエブ版では、同「ドキュメンタリー」について、「現状を肯定して、これからの人生を考えるという意味では、『ミルク中毒でよかった』、『運命として受け取っている』という言葉は恐らく自然に出てきた言葉だろうと思う。」(関西テレビ番組審議会No.491 2007.12.13)などという不審な意見が掲載されている。
 言い訳にもなってないばかりか、被害者への上から目線や、ヒトゴト感覚を前提・利用して構成されたかのようにも見えてしまう。

主客転倒の嘘で、救済策の大幅後退を糊塗
 番組は、森永乳業が事件当時にも被害者団体を怒らせ、この企業がその後、常套句として使いまわしている「晴天の霹靂」を番組で再度復活させ、森永に「検診を続けておけば被害の拡散は防げた」と白々しくヒトゴトのように言わせて歴史を大きく偽造している。そして、一転、「森永憎しの親の思いは封印」と勝手に親の気持ちを決め付け、「森永に恨みはない」「(持った障害が)ミルク中毒でよかった」とご丁寧にテロップまで流す。その後、なんだかんだとストーリーを展開しつつ、「森永の補償に上限があり行政サービスを活用し、その上でひかり協会からお金を出すシステムです。」とか「行政だけでは足りない部分を、ひかり協会が支援します」と主客転倒・嘘八百のびっくりナレーションで、しっかりトドメを刺す。
(※救済策の大幅後退一覧表↓画像ダウンロード可能 出典「森永ヒ素ミルク中毒事件 発生から50年 被害者救済事業の実施状況-pdf版フリー」 能瀬英太郎著/ちなみに同氏は、このような告発がもとで、現被害者団体の機関紙から嘘のヒボウ中傷を受けた。能瀬氏は、現被害者団体を名誉毀損で告訴。裁判所は被告の記事が事実と異なる事を認め、現被害者団体に有罪判決を下し、確定した。能瀬訴訟一審1控訴審勝訴確定2 この番組は、被害者の親やそれを助ける能瀬氏らが内部告発を開始した時期より、かなり後に制作されているし、その批判を知る機会がなかったとは到底いえない。それともディレクターは2007年時点では新聞という媒体やインターネットという媒体の存在を知らなかったと言うつもりだろうか。いずれにしても、当事者を含めた市民からの批判を検証した形跡は全く見られない)


nose-report-jisshijyoukyou-jpeg

被害者を見世物にしながらのプロパガンダ
 被害者の生活を情緒的に紹介した上で、視聴者に偽装された内容を信じさせる方向へ心的に誘導するという、高度な詭弁論の手法である。これこそ被害者を見世物にしながら「観衆」を特定の政治目的に誘導する確信的なプロパガンダの手法だ」

------以上引用終わり(若干加筆有り)-----


なお、この手の込んだプロパガンダがどのように計画されたかは、大いに興味有るところである。


【参考資料1】出典:雑誌『週刊現代』 2014.2.22発売号
政界に野心あり過ぎの森永と安部政権




















【参考資料2】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
戦後初の御用学者 出典:森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
【参考資料3】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm
yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken





















【参考資料4】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
中坊公平氏の拡散した言説(被害者の尊厳を毀損する言説)



























【参考資料5】
森永乳業顧問が最近になって流し始めた大きな嘘
森永乳業は事件後も、さらには救済合意後も被害者団体への露骨な政治的介入をやめないばかりか、篭絡しつくし、今もって自身の企業犯罪の隠蔽と歴史の歪曲を続けている。これは同社の資金拠出を完全に無意味化するほどの継続的な人格権への毀損行為である。
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm
出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/3019264.html
森永乳業が継続的に続けている歴史偽造のプロパガンダ



























同社は納税額の圧縮に「救済資金」を利用している

 森永乳業の有価証券報告書を一瞥しただけでも、同社は、「ひかり協会」への拠出金を、税引き前利益から損金勘定で差っぴいている。この財務処理を国は森永に認めている。
 つまり「ひかり協会」への支出金は、売り上げを5千億円前後にまで回復し、十分に息を吹き返した森永乳業の納税額を引き下げる「節税」効果を果たしている。同社がそのような位置づけで「ひかり協会」への資金拠出を取り扱っていることにも、マスコミ関係者はもっと注意を払うべきだろう。

「869人なお症状」… んなわけない。
すでに1170人以上が死亡している。
 本日、朝日新聞/朝刊/社会面トップに「森永ヒ素ミルク事件から60年」との記事が掲載された。 http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150621002069.html
 「60年 896人なお症状」 これが事実上のメインタイトルだ。事件の実相を知らされなければ、なにも問題を感じないタイトルだろう。事件をよく知る各方面から疑問が呈されているので、この場で、以下10点についてこの記事への疑問を指摘しておきたい。
             ※厚労省、2013年まで隠蔽   
                  厚労省、被害者名簿紛失事件【資料館声明

------------------------------------------------------------
 「管理代行」という狡猾な貧困ビジネス/被害者支配の手法…
被害者・犠牲者の尊厳を毀損する行為…に無頓着の愚

はじめに 
 この記事は「窓口取材」だけで構成された極めて低質なものだ。その取材先が、人権侵害が指摘されている「現・被害者団体」「基金」だけ。それは、わかる人間にはわかる。まるでウィキの引き写しのレベル。イマドキ高校生のレポートでもためらわれるような人権意識の欠落した側からの情報提供に基づく記事だ。むしろ「鵜呑み」したのだと思わせ、実はかなり事前に計画した感がアリアリの企画でもある。
 かつて現・被害者団体が、団体の見解に批判者の意見を同時掲載したことをもって地方紙記者を大阪事務所に呼びつけて室内で恫喝し、ちょうど1ヵ月後に同団体のちょうちん記事を書かせた事件があった。(この団体に有罪判決が下った名誉毀損裁判で証拠提出済み 学者への恫喝、記者への恫喝、親への監視、 P3-P4- まるで秘密警察だ)
 今やほとんどのマスコミが真似さえしたがらないその団体が鼓吹する言説の二番煎じを、今回、朝日新聞が堂々とやったわけである。もちろん精緻な裏づけや傍証への検証、異論の精査をした形跡はみられない。明白な嘘だと指摘されないように細かく工夫されているが、肝心なことを書かずに事件の本質をあいまい化するあざとい手法である。背景に企業の長年の画策があることも押して知るべしだ。ようは人間としての良心の問題だ。




  1. 見出しで896人にしか症状がないかのような誤った印象を世間に流している
    本文にはこの896人は肢体障害と知的障害とちゃっかり限定されているが、
    それ以外は症状とは言わないのか?それ以外の症状は症状といわないつもりか?
    1500人が様々な症状で苦しんでいるかもしれない、3000人に何らかの症状があるかもしれない、いや5000人が自らの何らかの症状に怯えているかもしれないが、我慢しているだけかもしれない…
    …そういう想像力がわかないのだろうか?「869人」で読者にちょっとばかり涙させればそれで良いのか?
    それとも13440人の認定被害者と書き、割り算をさせ、症状をもつ者が6%以下だと国民に印象付けたい者の代行をしたいのか?そういう者たちは、無内容な「調査」結果を事件の本質に疎いメディアに流し、「状況の安定化」をしきりにアピールしてきた。

    公害被害者の痛み、深刻な被差別状況への基本認識があるのか?

    ・そもそも世間からのあらゆる種類の差別を恐れ、自身の症状を会社にも同団体にも知らせない被害者が多数いることぐらいわからないのか?。
    ・そもそも被害者団体の差別的対応を嫌悪して被害者が近寄らないという現実がわからないか?
    ・そもそも一定年齢以降の被害者に露出した症状は後遺症と認めないという方針で後遺症認定がなされていない、という外部からの指摘を精査したか?
    ・「症状有り896人」は死亡に伴って減少の一途を辿るだけの固定的な数字として扱われている点に何の疑問も、持たないのか?
  2. 事件の発生要因に関して「製造工程であやまってヒ素が入った」とゴマカシている
    事件要因が意図的にあいまい化されている。事件を再考する記事なら、同事件の要因くらい詳細に知らせるべきだろう。国民に何の教訓を伝えたいのか? 「被害者に対して、加害企業森永に感謝を要求し」言論弾圧さえ続けてきた、この現・被害者団体の事業広報を代行したいだけなのか?
    それが犠牲者への弔いと、企業犯罪再発防止への教訓になると思うのか?
  3. 「増える単身者への支援」を同団体が真剣に取り組んでいると書く、が
    形式的な相談員さえ撤退させ、被害者を孤立させ、施設入所を家族に仕方なく決断させる仕掛けを陰につくっているとする指摘がある。ジャーナリストならそういう深層をこそ調査取材すべきではないか?
  4. 森永から近年17億支出と書くが、減額され6割程度しか被害者に届いていない
    という指摘をどう認識しているのか?森永が20年間に亘り行った非人道の行い、そして未だに事件の真相を隠そうとメディアを通じて画策している事実をそっくり歴史認識から抹消することで実質森永の悪質な政治的意図にそった展開になっているとは思わないのか?
  5. 「補償に上限があり、今後は行政からの支援が中心となる」という、事実と異なる言説
    を同団体が「関西テレビ」などと一緒にたれ流し、救済が当初の恒久救済対策案とは別物となり、専従者の地位保全と引き換えに犠牲にされる貧困救済だと批判されている現実を問題視しないのか?http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
  6. より重症化した被害者への給付を逆に減額するという同団体の差別的取り扱い
    には疑問を持たないのか?
    国の障害者年金が重症者では増額されることを利用しつつ下駄履きさせ、重症化すると「同基金からの支給額を減額し」国年金との「 “合計” 手取り額を10万」程度で我慢させる仕掛け。「それを働かない被害者に多額を支給すると他から文句がでるから」などと公言しつつ合理化する同団体のやり方に疑問も持たないのか?
  7. 6. の横行、1級と2級の頭切りの背景に「障害者は生かさず殺さず管理する」という思想
    根深く確信犯的な差別意識と差別行為があると思わないか?【参考資料 過去の被害者家族の訴訟】http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-sosyou.htm
  8. 批判する被害者やその家族をヒボウ中傷し組織から追放していく(既にしきった)
    といったスターリン主義的運営手法が裁判等でも問題にされ、市民への誹謗中傷行為で有罪判決も受けている現・被害者団体への窓口取材で公序良俗を満たしているといえるか?
  9. 「事件史の捏造・歪曲を続け、被害者への陰湿な管理支配を続けている」ところの取材対象団体の差別体質は、問題視しないということか?記事化にあたり最低限の調査でもわかるし、すでに記者は十分に知っているはずである。   
  10. 記者の資質・姿勢の問題
    被害と加害の実相に迫り、後世に戒めとして伝えたいのか、それとも情緒的記事で安直に紙面を飾りたいだけなのか?

ひとことでまとめると、
「美辞麗句の裏で行われる差別を許していいのか?!」
ということだ。

以上

「森永(加害企業)さんと被害者は1973年以来ずっと協力関係です」…なに?それ!
 これがウィキペディア(Wikipedia)日本版「森永ヒ素ミルク中毒事件」を3年にわたり改ざんし続けている者の最新の加筆内容だ。「公害被害者は “お金を恵んで下さる“(加害)企業さんに感謝し協力せよ!」…ホンネはコレだ。(ちなみに記述の後にいきなり登場するのが、「被害者は加害者に今は感謝している」なる言説を全国に拡散した例の中坊公平氏である。)

 この改ざん者は、「両者は(対立関係から)1973年以降協力関係に変化した」と、この1行を書くために異常な神経を払っている。「対立」「協力」…企業犯罪におけるこの二項対立表現の無意味さと短絡性を敢えて悪用している。更には「加害企業に感謝している」を「協力関係」や「森永はよくやってくれている」や、以下の引用のように「責任を果たしている」に言い方を変えているだけで、同じ印象を醸成させるフレーズを飽きるほどリピートしている。しかもこの会が全被害者を代表しているわけでもない。(事件要因部分もだいぶ手が込んできたが、企業側の悪質性を過少評価させる努力が痛々しいほどで、本質的な偽装や誤認は変わらずだ。)
-----------------------以下ウイキ引用-------------------------
「事実、森永は15年前(=事件が起きた1955年のこと)にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と」。これが1973年の確認書締結以前の状態であった。
1973年確認書締結後は、「森永は責任を果たしている」というのが「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の評価である。
---------------------以上引用終了-------------------------
 賢明な人間には幼稚な作為がミエミエだ。まるで「被害者と加害企業との緊張関係などこの世に存在しない」「パッピーエンド&パラダイスが40年以上続いている」と言いたげである。こんな輩が「公害なんて過去のこと」という観念を鼓吹する一方、「被害者は現状に満足している」とする姿をしきりに各方面に売り込む。えげつない貧困ビジネスの正体だ。文章改ざんなどでは済まされない悪事である。

「刑事企業犯罪」を「労使協調関係」にスリかえるレトリック
 「協力関係」のフレーズで、改ざん者が何を意図しているのかは、2012年の改ざん事件でも明瞭だ。この改ざん者は、「協力関係」が「双務的」印象をもつ言語であり、「被害者も加害者に協力すべきだ、或いは、協力する必要がある」という政治的かつ精神的要求/強制が織りこまれている事を知っている。この短い言語を入れ込むために長年ウィキペディアをいじくりまわしているのだ。これを無意識に読んだ読者の中にどんな心象を形成するか、或いは被害者集団にどんな心的強制力を与えるかを「十分に計算した上」で、「渾身の一語」として加筆している。「協力関係」が刷り込まれると自身の正体=「癒着」も合理化できると改ざん者が期待している姿アリアリだ。
 産業公害で、加害企業が、事件発生はもとより、その後の20年間に亘り残酷な弾圧を徹底的に行った犯罪行為を「あたかも労使関係に例えることが可能であるかのような」スリかえをしている。この加筆者が30年以上、被害者を洗脳するために考え、実行し続けた結果のアイディアがこれだ。
 たが所詮この程度だ。会社で給与を得ながら仕事をしている日常(大方は双務的協力関係)と、企業犯罪を混同させようとしても、同じになるわけがない。大勢を騙せても、全員はだませない。それでも一般大衆を欺ければそれでいいという開き直りが見て取れる。常識で考えてもわかるイロハを言語のトリックで逆転させ、あたかも公害被害者が加害企業に対して何か協力の義務を負っているかのように印象を誘導する行い。質は悪いが、とり憑かれたようにプロパガンダを職業とする者の仕業である。

被害者救済運動の苦闘の歴史は事実上抹殺。これに狂喜する者は誰か?
 さらに、14年間の苦闘を1行未満で切って捨て、関心を持たせないようにしている。現状でも、被害者からの人権救済申立てでは罰を受けなかったとか、名誉毀損では一部だけ指摘されただけだったとか、係争の内容も削りまくり、14年目の訪問から、組織公認で開始し途中から変節して出版を葬り去ろうと出稿を停止して妨害した「20年史」が、何か説を唱えているかのようにねじまげバイアスをかける。変わらぬ姿勢だ。カネに屈服した人間が闘争の歴史を活字に残す事に猛烈に反対するのはよくあるケースだ。
 一方、森永告発の市民から裁判で訴えられて負けたからか、突然、森永告発=暴力集団という記述をやめた。当然だ。
 それ以外は、いまもって、どうやってごまかそうかと四苦八苦している小賢しい書きっぷりが露骨で笑止だ。もう、関係者は高齢化しているから「あとは死人に口なし」と安心しきっている姿だ。改ざん者の変わらぬ政治的姿勢がわかりやすい、異様かつハチャメチャなウイキと化している。
 もっとも、こんな輩のせいでウィキペディア改ざんは到るところで常態化し、ウイキ自身の弱点と信憑性の低さは、すでに識者には常識となっている。学生の講義レポートでも、ズルしてウイキをこっそり引用すると、ばれた場合大減点される。専門家領域ではウイキ参照など論外、即自滅だ。だが未だに安直に頼る人間もいるので、5年に一度くらいは指摘しておく必要があるだろう。

差別意識にまみれて被害者を管理する
 「被害者はカネをめぐんで下さる加害企業と今ではよろしくやっているんだ。だから文句言うな」「一般国民はよそ者」などという尾篭(ビロウ)なプロパガンダをさんざん展開してきたグループによって、延々と手を変え品を変えてウィキの改ざん行為が続き、巧妙化している。どうも被害者がこの世から死滅するまで生業として続けることにしているようだ。もはや、「恥も外聞もなく」これを(誰かさんからのカネで)「仕事」と割り切って実行している。
 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、ウイキペディアの少なくとも「森永ヒ素ミルク中毒事件」に関しては、一面的な事実の断片を都合よく羅列しつつ、核心部分で来訪者の意識下にウソを刷り込む事で、被害者の人間としての尊厳を毀損するマインドコントロールを企図している点で「デジタル百科度」ゼロと判定した。       
   以下は5年前の「第一次改ざん行為」に限定したコメント。
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-jiken.htm  
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf
 資料館は今年2015年になって、ウイキ改ざん行為を以下のように指摘しなおした。

独裁国家も「日本発」のプロパガンダに御関心
---------------以下、引用開始------------------
 ちなみに2012年(段階でウィキペディアに掲載されていた)森永ヒ素ミルク中毒事件の歴史において、元・訴訟弁護団長の中坊公平氏が唯一個人名を伴って「救済者」としてウィキペディアに唐突に登場する記述の異様さには、もはや言葉が見つからない。
 これは、彼がみずから行った「積極的な」言動とそれに無批判に追随して未だ訂正の意志さえ見せない諸媒体の愚行の成果といえるものであろう。それは取り返しのつかない規模の歴史歪曲を既に社会の隅々にまで蔓延させた。
 「カネを “めぐんでもらっている“ 被害者は、むしろ加害企業に感謝すべきだ。これに文句いう被害者は、被害者全体の敵だ」という、日本が新開発しメディア総がかりで世界に流布した恥ずべき拝金主義+全体主義のプロパガンダは、社会的弱者をイデオロギーで管理支配し、市民社会の良識と分断し続け、歴史の痛みを闇に封じ込める巧妙な手口と化した。すでに某独裁国までが真似しようとして、逆に国民からの返り討ちにあっている。
 今後、このプロパガンダは、あらゆる方面で、もっとも弱い立場の人々・ケースに悪転用され、応用され続けるだろう。同時に、このプロパガンダが、今は亡き犠牲者への最高の冒涜になっていることは言わずもがなだ。
--------------以上、引用終わり------------------------
 「関西テレビ」も2007年の大うそ番組の放映から、未だにシラを切り続けたままだ。視聴者から嘘を正式に指摘されても開き直り、他方ドキュメンタリーのコンテストに応募し、ちゃっかり「ギャラクシー賞」なるものを頂いている。局自身が「ジャーナリストじゃありません」と公言しつつ応募するとは見上げた根性だ。 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf のP.21ご参照

ヒトラーとプロパガンダ
 横道にそれるが、ユダヤ人を600万人虐殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人排斥を正当化した自身の著書「我が闘争」で、おおむね以下のようなことを言っている。これは今の日本政界にとり入ってプロパガンダの片棒を担ぐ大手広告代理店や最近ウジのように湧いて出てきたネオナチを信奉する政治家らがこっそり学習している内容だ。反面教師として知っておいたほうが良いだろう。

 ヒトラー曰く「大衆はいつも小さな嘘をつく。だから我々(デマゴーグ政治家)は、小さな嘘をつくと大衆に見破られてしまう。ゆえに、大きな嘘をつけ。大衆は馬鹿だから、大きな嘘は見破れない
「単純なフレーズを飽きるほど繰り返して大衆の頭の中に徹底的に刷り込め」

 こういうプロパガンダができるようになると、いつでもゲシュタポにもシュタージにもKGBにも特高にもなれる。資本主義者も共産主義者も、プロパガンダにためらいがない人間は、見た目ごく普通の人間でも、組織の歯車になりきって人権弾圧から最後は大量虐殺までやらかす。これもまたおびただしい歴史の事実が教える教訓だ。

 貧しさから脱出しようとして「富国強兵」「日本の生命線・満蒙」を叫びつつ惹起させた戦争の誤謬さえ総括できず、100年の戦争の歴史の果てに勝ち得た現在の豊かさの維持のために「中東からわが国までのシーレーンは日本の生命線」と「これがグローバル」だよと大看板に掛けなおし、“地球の裏側でもどこでも日本人の生命を守る戦いがありえるじゃあないですか!” と意気揚々と首相が呼びかけるこの国。 “アングロサクソンについておればいいんだ” などと閣僚が軽口を叩く国。そんな勢力と裏で「組織的」に談合している一部「野党」も同類だ。

大政翼賛政治の醜悪さ
 「美しい国」を口にしつつ、いたるところであらゆる勢力が一体となって歴史を改ざんし続け、醜悪な嘘を仲良グループよろしくテレビに登場して流布し、公害被害者を踏みつけにして涼しい顔をしながら、勝手に環境先進国になったと勘違いしているこの国。
 首相の周囲にまで広告代理店を通じて取り入りたがる政商。それと癒着して恥を感じない自称:革新政党集団。「国民のくらし」と「平和」をリピートし大きな嘘を連呼しながら、とどのつまり、党生活者の利権拡大の汚い手口の隠蔽にしか関心がないカメレオン・マルクス主義集団。

拝金主義と全体主義の合作
 70年間の借り物の議会政治の体質は、それほど変わっていない。
 密室性、差別性…これは日本だけじゃないが、例外的に醜悪な企業と合体を続ける一部の質の悪い保守に、マルクス主義者までが談合し、モノ言えない弱者を管理支配しピンハネして「生かさず殺さず」で搾取する。加害企業への「感謝-或いは-協力」の強制は、このイデオロギー集団の行う「代行支配」に不可欠な支柱であるところの「奴隷精神」を、被害者集団の内部に注入するために不可欠なフレーズでありスローガンだ。
 以上のような、大政翼賛的な構図と風土は、日本資本主義特有のいやらしさ、といえるだろう。「反ファシズム」など聞いて呆れる。「天使のマーク」「戦後レジューム打破」「自共対決」などを標榜するヒマがあったら、この大政翼賛の出来レースから手を引いて、三者ともども己の汚れた手を洗うのが先決だろう。

現実の政党(政治)に理想主義を求めると手痛い裏切りと政治への嫌悪感という長期間にわたって有権者を苦しめるトラウマをもたらすことが多い。

権力の交替可能なシステムをほとんど経験していない日本では、政権交代のサイクルを確立することが優先順位の高い選択肢だろう。

こと腐敗した政党政治では、有権者が、政治を間接的に管理・コントロールできる状況をどうやって形成するか?という「次善の策」を懸命に考える必要がある。そのためには、ある程度、割り切った選択が必要になる。秘密投票の原則もそれを補完する機能がある。

他方で、空想主義に陥りやすいインテリや政治的不満層は、狡猾でこずるい全体主義的イデオロギーに依拠する一部「政党」のプロパガンダ「教宣」に、肝心な時に酔いしれる癖がある。

こういった作風で、政党政治に理想を追い求め、特定政党の理想を語って溜飲を下げている間は、リアルな現実では、権力がほくそ笑み一党支配が続くパターンが多い。

日本で民主国家といいながら半世紀にわたり事実上の一党独裁が継続したことによる弊害とそれを間接的に支えた様々な背景理由を、もっと真剣に考えてみるべきだろう。

「あの時代はあれでそれなりに機能していた」という老人の安易な回顧趣味こそが、今の政治の現状を生み出している元凶だ。

「ウソ」にまみれた “与野党対決“ という「表向きの体制批判の猿芝居」。その本質と背景は一体何であったのか、ということを、これからの世代はもう一度、視点を替えてえぐりだす必要があろう。

もともと、不正と腐敗が横行している政党政治の場で、歯の浮くような理想を語る政治家ほど、危険なデマゴーグだと認識したほうがいい。

現実政治は、現実に存在する利害を主に反映しており理想では動いていない。理想で動いたためしもない。そして理想主義を売り物に安易に政権を獲得すると、揺り戻しが激しくなる。

理想を希求する精神はとても大切であり、だがしかし、市民が自らの持ち場で、長期間にわたって汗を流すことでしか政治に反映させることはできない。

政治は、政党政治だけではない。口先だけの評論、個別政党を美化してそこに頼れ!という掛け声では現実の何ものをも、変えることはできない。(市井の市民の努力の果実を掠め取って、「我が党の成果」なるプロパガンダにすり替え、生業を続ける政党はいくつかあるが)

選挙のときにだけ、政党政治に理想を期待すべきだとする論調・風潮は、例外なく腐敗している諸政党の「しもべ」の位置に市民を位置づけることを強制する場合が多い。

そういう「上から目線の政治・政策論」への巷の本能的反発が、回りまわって投票率の低下となって現れることに、もっと言論人や知識人は思いをはせるべきではないか。

絶対主義は絶対的に腐敗する。

かつていくつもの国で支配権力を握った全体主義(ナチやマルクス主義、ほか)は既存政党政治の腐敗を奇貨として合法的に政権を獲得し、不正なプロパガンダにためらいをもたず情報統制をもって社会全体を統制し次の選択の可能性を封殺した。

一方、確かに政党政治は有権者の諦観や思考停止傾向に比して相対的に腐敗する。

だが民主主義は自由な選択の余地を制度として保障する。

すなわち民主主義を基盤におく政党政治は、腐敗した政党政治を蔓延させるが、次善の策を選択することを全く妨げない。いくらでも「改善・改革」が可能な政体だ。

だが、民主主義は、自由の承認というその特性から、全体主義政党の活動をも許容する。

したがって、バランス感覚を喪失し、次善の策を懸命に考えず極論に走る選択肢を採用した民主主義は、その考えない民意に比例して、合法的に全体主義へ逆行する。

そして、全体主義への移行は不可逆的であり、民主政体への復帰は不可能である。

これは人類が未だに克服できていない「自由と民主主義」のもとでの「考えない」怠惰の発生がもたらすきわめて大きな現実的危機である。


12月8日、内閣府はGDPの二次速報値をホームページ上で発表した。

【御用エコノミストも真っ青、まさかのマイナス3ポイント下方修正】
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2014/toukei_2014.html
概要報告書http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2014/qe143_2/pdf/gaiyou1432.pdf

結果はマイナス1.9%(年率換算)だ。
11月に発表され、解散の契機となった一次速報値のマイナス1.6%より、さらに下方修正された。
事前の市場エコノミストの予測では、上方修正されるだろうとの政治的期待感が先行していた。だが、大変残念な結果となった。企業の設備投資と公共投資が下押しした。企業の設備投資がまったく振るわず、5兆円超の公共投資も効果をもたらしていないことはすでに織り込み済みだったはずだが、エコノミストも株式投資ブームに便乗し市場の乱高下に一役買うべくプロパガンダの片棒を担ぐ昨今だ。だが、数字だけが冷徹に語るという滑稽な構図となった。
分析はロイター電が比較的詳しいhttp://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0JL0ZB20141208

【世界経済の回復基調にちょっと足をかけただけのアベノミクス】
アベノミクスが世界経済とりわけ米国経済回復の波に便乗したQEの猿真似であり、かつ米国とは違った状況で適用する論理性を欠いた迷信でしかないことは、当ブログでも年初からやんわりと指摘してきた。政策の成功や失敗とは独裁政権が無制限の締め切りで煙にまく話ではない。
アベノミクスは現状では大失敗だ。だが選挙で勝った末に調子に乗り、仮に今後も継続し、それでもって仮にファンダメンタルズが少しばかり好転する局面があったとしても、それは複雑に絡みついたグローバル経済が結果的にもたらしたマクロ諸数値への影響というくらいの意味しかなくなっている。つまり「誰がやっても同じ程度のことにしかならない」ということだ。株高ブームを沸かせてサプライズ&幻惑させ、票をかっさらう手法にためらいがない所には、さすが安部氏の政治的価値観が反映されていると言える。
問題はアベノミクスの核心的思想である、「資産効果→好循環」説が、「金持ちが貧乏人に金を恵んでくれる」という神話まがいの「トリクルダウン」説に基づいていることだ。経済構造の把握云々以前に、経済そのものへの基本思想を欠落させており、成長エンジンのオイル切れ運転を加速させ、オーバーヒートさせる危険性がある。加えて、派遣労働の増加、投資ブームの蔓延、教育への威圧的統制、歴史的事実へのジャイアンまがいの歪曲、メディア言論への統制による画一的情報管理と陰険な恫喝行為。それらは、じわじわと、「よい子」であるべき、との脅迫観念にさいなまれる人間を生み出し、一方的命令タイプの人間か或いは異質なものとのコミュニケーション能力を欠く人間の増加につながる。富を生み出す源泉である人材の長期的損耗と毀損につながることばかりだ。株高を大喜びする風潮は個人的破産と詐欺、悪質商法をも増加させる。

「怖いもの見たさ」から、横目で猿真似の日本経済を観察していたEUはもう、アベノミクスを参考にしないだろう。すでに日本国債の格付けも揺らぎ始めている。

【アベノミクスの失敗を嗤う資格のない視野狭窄の野党】
しかし問題は野党政治家の退廃だ。野党は、アベノミクスのできの悪さを笑う資格はなくなっている。この間の野党共闘の無策の実態は、野党が政権批判を強めながら、実際には政権担当の気構えもなく、準備さえしておらず、現実的な対抗策さえもっていないことを自己暴露している。まさに、「批判だけの共産党的空想」を唱えるだけの「ガス抜き野党」に成り下がっていることを猛省しなければならない。国民のため世界ための政治を具体的にどうするか、という発想ではなく、目先の自党の票の上積みしか考えない卑屈な党利党略は全政党に蔓延している。つまりは、「安倍政権は反感を買っている。だから大した努力をせずとも、抽象的批判をしておれば、批判票が自動的に回ってくる。ラッキー!」という性根だ。まさに “政党政治は腐敗する” という姿だ。
もちろん、このフレーズはアンチテーゼとしてある。だが、この傾向を怠惰に放置すれば、中間市民層の穏健で理知的な考え方を「論破」「唾棄すべき」ものとして捉え、強力な中央集権支配に陶酔する「全体主義政党」が勢いづくだろう。全体主義「政党」もまた内部の権力欲や腐敗度に関しては御他聞にもれないが、その内部実態を国民の目から「美辞麗句を並べたプロパガンダ」で隠蔽する。平然と嘘をつき、中間層の温和な政治的良識を破壊して自党の極大化をはかる無限の運動をあきらめない。今後に警戒が必要となる政党である。

【全体主義イデオロギーの跋扈に警戒し、コントロール可能な政治状況の確立が必要】
社会が混乱して方向性を見いだせない時期に、異様に喜びを表面化させ、自党だけが体制に反対しているというカビの生えた自画自賛宣伝を続ける党派にも要注意である。もちろん、現在の日本は、国民の多数がそれに飛びつくほどの状況ではないが、政治的過渡期に、市民的思考を停止させる時代遅れの負の効果だけは継続的に発揮し続ける。資本主義の次に共産主義は来ない。「来るべき共産主義」を叫びながら革命後にやって来たのは、例外なく、独裁と飢餓と大量虐殺と民族文化抹殺と資本主義への回帰、そして野獣的貴族政治が跋扈する「国家資本主義」だけだ。その歴史の痛みに全く学ばず、未だに「資本主義 対 共産主義」或は 「反米帝愛国主義を唱える共産党的民族主義」(コミンテルン支部的イデオロギーとしては変化なし)を念仏のように唱えている。このトボケた冷戦時代の残滓イデオロギーは、田母神氏などのモチベーション向上に貢献するだけであり、社会改善へのあたらしい理念を生み出す努力に立ちふさがる。
1930年代以降、共産党は革命を唱えつつ資本主義への反感を吸収してソビエト体制に有利な形になる民族主義を同時に鼓吹し、ソビエト国家防衛というコミンテルンのご都合主義の忠実なしもべとして活動してきた。同時に、マルクス主義の歴史発展観という独特の宗教的歴史観の影響から、自党の拡大だけに関心を払う事に躊躇いをもたない一種のカルト政治思想政党として自己浄化能力を喪失したまま、延々と、上から目線で国民を「指導したがり屋」の党生活を続けている。(「指導部」という言い方には警戒感が必要だ。中国や北朝鮮のニュースで頻繁に登場する共産党特有のカルト用語に無意識のうちに洗脳されないようにしよう)

【現・政治状況で問題にされるべきこと】
安倍政権の解散手法の問題は、政権の利益のためだけに、政権を放り出し、それどころか、国民に踏絵を踏ませるという、有権者にとって「恩をあだで返す」政治的作風を公然と採用しているところである。民主主義の決定システムの問題点を拡大させるという意味で共産党的民主集中制思想と似通っている。まさに「自共対決」は、政治イデオロギー的には周回遅れで自民党と同じ位置にいる共産党にとってふさわしいスローガンだ。共産党も安倍政権のような「踏絵を踏ませる」陰険な手法が大好きだ。
安倍晋三氏の政治家個人の資質は問題だらけだ。だが、それを招いているのは野党の現況でもある。
民主制の制約条件を利用拡大し、自己の政治的理念のためには手段を選ばず権力を乱用する安倍政権の問題点はいくらでも指摘できる。だが、この国が終戦以来、ほとんど政権交代を機能させずにきた事の責任は有権者にもある。それがもっとも不幸な「戦後レジーム」かもしれない。
(東京都知事の舛添氏が、“日本には二大政党制は根付きません。どれもこれも小さい政党ばかりで、どれもこれも多弱ではありませんか…でも、我が党も小さいですが…、我が党を宜しく“ …おおよそこんな意味不明発言が都知事の口から飛び出す所が、政権交代をめぐる日本政治の混迷状況を端的に示している。)
今回、このような政治的混迷が白日のもとになったからこそ、野党政治勢力の問題点が、国民の中で、今後、容赦なく、声高に議論・指摘されなくてはならない。
野党が機能しない現状は、中国共産党は言うに及ばず、ロシア・プーチン体制や、かつてのナチス登場まえのワイマール体制の政治状況と似ており(単純にイコールではないが)それで狂喜乱舞するのは、ネオナチや、民主集中性に陶酔するマルクス主義者(原理・非原理問わず)などカルト的な左右の全体主義者だけである。


【以下、安部政権関連記事】

















【結果が出る前から、票の正当性を汚してしまう自民党】
今朝の新聞報道で、自民党が東京のテレビキー局全てに「選挙報道を公平中立に」と「お願い」する文書を出していたことがわかった。テレビ放送事業認可の権限をたてにとり、公示を前にテレビ局に対して、こんな事をしでかしてしまった自民党。これでは選挙結果にさえ「公正性」を誇ることが出来なくなってしまった。かなり致命的なフライングだ。

【メディアは公正中立だけがポリシーではない】
そもそも、テレビ局や新聞などのマスコミには三つ程度の重要な理念と一つの習性がある。
1.言論・表現の自由、3.国家権力への監視機能 3.真実性と公正中立性 4.メディアビジネスから来る「オミット」リスク、だ。
公正中立には当然配慮しつつ、独自の編集方針で運営しているのだ。結果、どこの国でも、偶然の近似として、「このマスコミは “与党より“ とか “野党より“」と評される事がある。

【オミットリスクが最大の課題】
一方、マスコミがもっとも警戒すべき陥穽、それが、広告スポンサーとなっている企業の不祥事や、時の政治権力への迎合から生まれる事実へのネガティブな態度=「オミット(除外・無視)」リスク=「書くべきことを書かない」リスクだ。別名「大本営」発表現象は、易きに流れるメディア特有のリスク蓄積の裏返しだ。その害毒は読者・国民をミスリードすることで、権力の不正行為を補完する形で立ち現れる。
業態のそもそもの性格からして、メディアは既に理論的には、公正でもなければ中立でもない。だが、社会的影響力が大きく世論を形成することがあるから、自ら「公正中立」を目指す努力をすると言っているのだ。但し、その場合の「公正中立」とは、もっぱら権力や金銭になびいて、弱い立場にある国民の権利や生活環境を破壊したりする国家権力の手助けをしてしまわないようにという基準からの「公正中立」性の検証であり、今回の自民党の言うものとは全く逆である。
加えてメディアには自分の言いたい方向性というものがある。それは言論・表現の自由というマスコミのもう一つの自由だ。もちろん、あまりに倫理を省き、事実をゆがめ或いは抹殺し、バランスを欠くと後から批判される。その場合、誤りを正し軌道修正が図ればいい。過ちを犯さない個人&組織などないからだ。世論の監視を受けながら、バランシングされてメディア媒体は機能する。政治権力が介入すべきカテゴリーではない。

【もともとメディアの公正中立などに関心のない政権与党】
かつて自民党は、その長期政権下で発生した世界最大の食品公害である森永ヒ素ミルク中毒事件を、マスコミが1955年以来14年間にわたって封殺したことを「公正中立違反」と厳しく叱ったことがあるか? 一度もない。もっぱら企業と政府が金と権力で書かせなかったのだ。この国の政治権力は「マスコミの公正中立性」などにハナから関心など持っていないではないか。歴史的事実から明白なのは、「公正中立」に関心をもつのは、いつも、自党が政権に就くためにマスコミに「ちょうちん持ち」をさせたい時だけである。

【公正中立の前に常識としてある、人道と正義、公序良俗の理念】
仮に、時の政権が戦争に突き進んでいるとき、「戦争はよくないという意見もあるけど…いやいや、戦争も結構いいよね」と、玉虫色の主張を聞かせる事を公正中立と言うか? 公正中立の前には、「戦争や殺人は避けるべき」という公序良俗の通念がある。この通念に反して金儲けや特殊イデオロギーで戦争や全体主義に向かう政治が現れてきた場合、これを批判することは正義である。時の政権政党がいう「公正中立」に反して、過去に確かに選挙で選ばれたはずの時の政権を批判しなければ、正義が失われてしまうことはしょっちゅう有る。さらに言えば、正義の名によって組織暴力が実行されようとする場合(戦争など端的な例)、その殆どの場合、前提には情報操作がある。その場合は、カウンターオピニオンとして、公正中立よりも、倫理観や常識的感覚や人道主義を道しるべとして軌道修正が行われなければならない。その場合、公正中立性の検証は、時の政権政党自体に向けられるべきであり、その政党の政治生活全体が公正性の目によって、きびしく再検証される必要性がある。
自民党が政権政党の立場をカサにきて、許認可事業者であるテレビ局に「公正中立にやれ」という時は、だいたい与党批判の声を抑えて時の政府に有利になるように報道しろ、という権力づくの恫喝要求だ。
さすが、「国営放送ではなく、公共放送である」と自称するNHKに、ためらいもなく政治圧力をかけた安部政権だ。

【自分から党利党略に走り、公正さを放棄し、言論統制を企図する不正】
「公正中立」という、もともと自分らが守ってもいない倫理基準を、慇懃無礼にお願い文書という形で送達する。実にいやらしい。言論の自由や権力監視機能がマスコミには必須であるという、文明国のセンス自体を喪失した政権与党の、危ない思考回路が明らかだ。
観劇ツアー、ウチワ、SMバーへの政治活動費、ヘイトスピーチ在特会との蜜月…公正性を政権与党から欠落させてきた。
それに、だいたい、国民の殆どが支持しない解散という愚挙をしていること自体、もう政権そのものが公正さを失っているといえる。党利党略に走り、公正さを失った政権与党がマスコミに「思い立ったように公正さを要求する」こと自体、「政権与党へ有利なバイアスをかけた報道」を要求する「不公正」な姿であると言えるのではないか。



【以下、安部政権関連記事】
















【長野県北部で震度六弱、断層帯動く】
23日 0時20分 コメント№20再掲】
22日、22時08分、長野県北部で震度6弱の激しい揺れが観測された。深夜にもかかわらず鉄塔倒壊などの被害が報告されはじめている。余震への警戒と、迅速な救援が必要で有ることは言うまでもない。
この地震では、糸魚川-静岡構造線(巨大断層帯)が関与している可能性が指摘されている。
(23日になり「神城断層」の挙動が特定された)
既に以下の当ブログ記事でも指摘したが、先般噴火した御嶽山は中央構造線と糸魚川-静岡構造線との交点付近であり、個人的に非常に気になっていたところだ。
御嶽山噴火の折に、フォッサマグナ、糸魚川-静岡構造線に警鐘を鳴らす地震学者は絶無だった。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1010103293.html
列島の地殻変動の活発化は以前から指摘されている事であるのだが...。

【地震被害を極大化し、救援活動まで妨害する原発と使用済み核燃料は速やかに撤去を】
今回の問題でとりわけ気になったのは、新潟県の東京電力・柏崎刈羽原発の2.3.4.6号機の使用済み核燃料プールだ。この核燃料プールは22日深夜、一時水位異常を示し、警報が鳴った 。
中越沖地震の際はこの冷却プールの水が地震動で外部にあふれ出ている。使用済み核燃料が莫大な放射性物質を抱えており、その冷却水を喪失すると、列島全体に壊滅的影響をもたらす。このことは2011年3月18日時点で、既に以下で触れている。だが、あの福島の悲劇から何も学ばず、未だに対策など全く採っていないようだ。これもまた、安部政権の実態だ。以下ご参照

【森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 2011.3.18コメント】
東京電力 福島第一原発事故~巨大地震に併発する原子力災害に関して-原発震災という視点-
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm
3月18日時点での資料館のコメント 「すべての英知を救援と復興へ」
…前略…
 使用済み核燃料に関しても、それがいかに脆弱なシステムに依存するかは、すでに経験済みである。
 最近でも、前述の柏崎刈羽原発(BWR)では、2007年7月に発生した「新潟県中越沖地震」で、使用済み核燃料保管プールから放射性物質を含む水が地震動によってあふれ、建物外へ漏洩した。同プールからの水漏れ事故は同原発の全号機で発生したところの重大事故である。また同事故では、点検中の原子炉建屋でも亀裂による放射能漏れ事故が発生している。点検中で停止中でも巨大地震の場合は危機的状況になりうるのである。同プールは簡単に冷却水がなくなりうる施設である。
 どうも、一部の向きは、これら事故のこともすっかりお忘れになっていたようだ。負の歴史を風化させ教訓を真剣に学ばないことに関して、わが国は天才的である、というと少し言いすぎだろうか?
…(後略)…

原発は停止していても格納容器上方に位置するプールで莫大な量の使用済み核燃料が冷却され続けている。地震災害を強大化し、おまけに復旧支援活動を妨げる大事故に繋がりかねない厄介な存在だ。原発の再稼働中止はもとより、全原発から使用済み核燃料を速やかに撤去する事も必要だろう。
日本の多くの原発が「断層は動くことはない」などと強弁しつつ、活断層の真上や周辺に無警戒に建っている。早急かつ真剣な対策が必要だ。株高で投資ギャンブラーの人気取りに走る安部政権は、地震リスクなど全くどこ吹く風と言わんばかりに、原発再稼動をごり押ししている。

【以下、安部政権関連記事】


















【ちまたの声~「バカヤロウ解散」…その正体】
解散を決めた安倍首相は「アベノミクスを批判するんなら何か代案を出してみろ」と言ったり、メディアに出かけていって、公然と毒付きはじめているようだ。自分からNHKへの介入操作をしておきながら、解散を批判するメディアに登場して、VTRで流される「国民の声」に噛み付く。この方、少々精神状態がおかしい。全員から褒めてもらい、大政翼賛してもらわないと気がすまない、とっちゃん坊や的な性格のようだ。http://news.livedoor.com/article/detail/9487062/
そう...、文句だけをいう権利もあるし、文句があるのなら代案を出せ、という権利もある。野党なら他党の政策を批判する場合、実現可能で現状より優れた代案を具体的に提出するべきだろう。だが、首相が国民の意見にいちいち噛み付くなど、異常だ。
どちらにしても、このタイミングのこの言動、明らかに安倍晋三氏の「思考回路」はおかしい。
「代案を出せ」とは本来、国会で野党にいうべきことだ。そのために国会があり、有識者懇談会なども開催し、膨大な税金を消費している。事実、増税延期という「誰かの代案」を自分で採用しているではないか。アベノミクスの修正を自分で実行しているのだから、本来なら、引き続き説明責任を果たしながら修正を実行すればいいだけの話だ。それを自らストップしたということは、事実上の「政権放り出し」である。病んでいる。

【マタ出た! 首相の “逆ギレ気質“ に翻弄される日本】
この首相個人に特有の「逆ギレ気質」「超権力志向」から来る短絡行動…。
2007年9月12日、二日前の9月10日に国会で所信表明演説を行ったばかりの安部氏がいきなり首相と総裁の両方を辞任すると会見した時には、すべての国民が仰天した。「体調」を理由にしているが、実際は違う事など言うまでもない。そんな超無責任な辞め方をした首相が、飽きもせずもう一回首相をやるところに資質としての無節操な権力志向が見えるし、同時にこんな無節操を許すこの国の体質も、相当おめでたい。今もって旧軍の無責任体質を引き継いでいるとも言える風土だ。
あの投げ出し会見をテレビで見た人の多くの脳裏には、今再び、「この人、またもや政権を投げ出したんじゃないの?」との疑惑が想起されている事だろう。こういう短絡キャラの政治家が、集団的自衛権を口にしていること自体が実に危険である。奉仕活動なら嫌ならすぐにやめればいい。だが仮にも一国の首相だ。あなた、これで飯を食ってるんでしょうが...。もう恥の上塗りはやめましょう。

【本来、必要のない “解散“ を今やるのは?】
そもそも、来年秋に予定していた2度目の消費増税を先送りすることを安部氏が自分で決定したなら、もはやその点では野党と大して争点がない。それでも増税が云々と言い、「信を問う」などと言いつつ解散するというのは、実のところ、「政権投げ出し」の糊塗策ではないのか? 首相個人の「二度目の政権投げ出し」の「予兆」を察して、与党の取り巻きが手前味噌な理由がつく時期におさめただけかもしれない。後釜を狙っている人間はわんさといるから、安部首相のご乱心と心中するつもりもないだろう。或いは、旗色が悪くなり投げ出したくなったが「またか」と言われるのも嫌で、先を見越して首相自身が術策を巡らしたか…。だが、いずれにしても短絡的である。後からついて来た「与党の選挙戦略論」は、更に利己的な党利党略だ。まともな神経では理解不能で、「馬鹿野郎解散だ」とチマタで言われるのも当然だ。おそらく「二度目のご乱心」を、与党の破局につなげたくないという苦肉の策が、年末のクソ忙しいときに強行される解散選挙だ。真冬の寒い中、投票所に行くのは、投信や株の価格が下がっては困るアベノミクスの支持者が相対的に多くなるのではないか、という、いやらしいほどの胸算用もあるかもしれない。まさに国民をシラケさせれば、シラケさせるほど、それだけ与党に有利になるという「先読み解散」である。

【信を問う、というより、国民に踏み絵を踏ませるイヤらしい発想】
一応、「綺麗に」党利党略論を語れば、次のようになるのかもしれない。
安部氏は実は崖っぷちに居る。今解散しないと、来年秋の自民総裁選で脱落する可能性が高い。なぜなら、来年4月には統一地方選がある。統一地方選の後はそうでなくても地方議員が疲弊し、更には地方選で旗色の悪い自民党が衰退イメージを露出させる可能性が高い。再来年には参院選挙があり、そこにぶつかると二つの選挙となる。来年2015年に与党は集団的自衛権の関連法案を狙っているが、その後の選挙はもはや安心できない。それに、あと半年から1年の間に日本経済が更に大きく失速する可能性も少なくない。19日に公表されたFOMC議事録では日本景気の下振れリスクの高まりが指摘されている。今後仮に景気減速感が強まれば、因果関係が明白となり、与党にとっては最悪な条件となる。
要するに、政権維持のためには、株高に喜んでいる層(いつ経済失速で敵になるかわからない層)が残存しているウチに票を頂いておこう、という算段だ。彼らがいつ破産しても所詮、自己責任だ。
ただ、どうまとめても、「美しくない」政治家の利己的姿しか見えてこない。

【日本経済より軍事を優先している安部政権】
それでも与党が、首相のご乱心を糊塗したいのなら、「増税」云々とごまかさず、以下のように政治目的を説明すべきだろう。
「本当の目的は、来年以降の集団的自衛権の関連法案の強行という天王山です。それが  “戦後レジュームの克服”  を掲げる安倍政権の戦略的政治目的です。株高はそれを完遂するため、中間層以上の小金持ちの票をこっそり頂く手段でしかありません。では、なぜ集団的自衛権か? それをやらないと安倍晋三の名前は後世に残りません。しかしそれは安部首相個人の事情です。それ以上に、この “ 軍事的積極政策 ”  はいったん下野した我が党が再浮上する上での死活的政策イメージです。別に誰かが望んでいるという類のものでもありませんが…。いや、大変ありがたい事に、野党の一部が、“米国追従路線“ と、勝手に説明をつけてくれて、わが党の説明を省いてくれています。そして国民に反米民族主義的なプロパガンダの代行をも、してくれています。ですが実はというと…、我が党の必要に応じて創り上げただけの政策です。“国の誇り”とか“愛国”という言葉に熱狂する人の使い勝手の良さを我が党は一番よく知っています。そのまんま言うとまずいので、言葉を入れ替えて “ 積極的平和主義 ” という新語を発明しました。我が党がそれを完遂したら後は自然に日本人に火の粉が舞い落ちる時代になります。例えば、災害救助で助けてくれる自衛隊員が、中東まで出かけていって、ISISみたいなのに首切り処刑でもされたら、みなさん黙っておれないでしょ? そうなれば、かつてのブッシュ政権時のように国民の方から進んで “復讐や報復を唱える” タカ派政党のプロパガンダを支持するようになりますから...とくに努力しなくても簡単に政権獲得のチャンスが巡ってきます。我が党にとっては実に楽な時代の到来です」
 
【テレビに出て、有権者に噛み付く総理】
こういった、「決して他人様には言えない政治目的」を隠したい気持ちはよくわかる。が、そのために、「経済の代案出してみろ」などと公言し始めるなら、国会なぞモトから要らないという類の言説を首相が口にしていることになる。同時に、それは有権者である国民に向かって挑発的に「ふみ絵」を要求している姿でもある。

この時点で首相の資質としては失格だ。だが、失格政権を再選することに結果的に手を貸すことになる民主党他の野党の危機管理能力の無さもまた、呆れるほどの罪である。「やれるもんなやって見なさい」「安部さんの政策は古いんです」「暴走ストップ」などと抽象的なことばかり言って虚勢をはっている場合ではない。次は絶対に4年くらい続く政権を目指すという覚悟が野党にあるのか? 洗練された仕事師にならないと、野党もまた、議員報酬を浪費しながら国会に居座る「ゴク潰し」とのそしりを免れない事になる。

【実質GDP二期連続マイナス】
本日17日、実質GDPの速報値でマイナス1.6%という深刻なデータが出た。当初、エコノミストの予想値はプラス2%台だったが、どう目をこすって見ても、頭にマイナス記号がついている。
補正予算も効果なし。黒田バズーカも効果なし。日銀総裁を意のままに操って炸裂させた異次元緩和で日経平均を17000円台まで誘導しても「好循環」など生まれるわけがない。GPIFのポートフォリオ組み換え期待も、株高には寄与しても経済成長では完全に空振りだ。
マイナス成長値は、この間の経済政策が大きく失敗しているということだ。米国で効果が終了したQEを猿まねしただけの金融政策、そのイミティブイミテーション(他人を真似てコピー商品をつくるだけの愚策)の実態は当初からわかりきっていたことだ。http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1011181384.html

経済が失速し、墜落寸前のアラームがコックピットに大音量で鳴っている。首相は「美しい国」を声高にしたが、実際には格差がはびこり、金持ちへの媚びへつらいを煽る奴隷根性が蔓延する「醜い国」を作りつつある。

【アベノミクスの根本的イデオロギー、乞食根性煽る「トリクルダウン理論」】
「資産効果が経済を活性化することは多くの経済学者が指摘しているところです 」
安部首相は国会にて、先般もこう答弁をしていた。その「学説」とは何か?

「あなたの生活は当面よくならないけれども、お金持ちからお小遣いを恵んでもらったら、少し財布の中身が暖かくなるかもよ。」

もし、こういう期待感を煽られたら、ムッとする人も多いだろう。だが、一方で、それでも良いからお金頂戴、っていう人も多いだろう。

アベノミクスのイデオロギー的核心は後者のような「座しておこぼれを待つ期待型人間」をターゲットとした「トリクルダウン(滴り落ちる)」という「理論」だ。この説は、人間の安直で浅ましい思考方法に依拠しているので、一定の支持者を得ることができ、影響力を持ち得る。「貧乏人は金持ちにすがれ」というチマタに多い奴隷根性&拝金主義者の支持を手っ取り早く取り付けることができるのだ。トリクルダウン理論という学説をでっちあげてしまったM・フリードマンについては、政治的プロパガンダの類にすぎず、という厳しい批判がある。

【根拠無く、破綻が証明済みの詭弁】
おまけに、この
「トリクルダウン理論」、英国サッチャー政権の時代にすでに破綻が明らかとなっている。その、「投機を煽り、金持ちをより豊かにすれば、金持ちからビンボー人へお金が流れる」というトンデモ「学説」が、いまだに日本では国家の経済政策を決定する根本思想として機能しているのだから驚きだ。

この「学説」は、金持ちが金を使うとビンボー人に何周かして回ってくる、などと主張する。“ビンボー人は、金持ちの消費のおかげをうけて、少しリッチになる、だからビンボー人はずっと我慢しつづけて、金持ちが、“より金持ちになる“ことを待ち望まなければならない...”

【格差“意識”を拡大する金融政策】
こういう考え方で、朝から晩までメディアを総動員して、「株が上がった」と大喜びしてみせ、金持ち優遇策の正当化が展開されるのだから、そりゃ庶民や若年層には、会社で人よりもがんばって新しいアイディアやビジネスシーズや富を作り出そうなどという意欲はどんどん低下していくだろう。そういう芽が出ても上司が潰していくことも頻繁に起こる。
トリクルダウン理論は、「富は、人間が新しく作り出すものではなく、金融機関や行政が政策として作り出してくれる」という巨大な幻想だ。「金持ちが株で儲けて貧乏人の財布を暖めてくれる」というのだから、なんともお手軽&お気楽な思考方法だ。この理論では、資産家以外の人間の出る幕はなくなる。このイデオロギーで割り切っていくのなら、かつて、村上ファンドなどを叩く必要もなかったはずだ。いつから日本は、バブル時代のイデオロギーに舞い戻ったのだろうか?
そう、この2年くらいで “アッという間に” である。片棒を担いだメディアの責任は大きいが、メディアが大政翼賛すると、たった数年で国民の思考様式を変容せしめることができるという負の教訓があらわになった。

【政治家や官僚が経済を活性化できるか?】
アベノミクスは、一見、新自由主義で経済を論じながら、一方で大きな政府論を礼賛する無節操的折衷案だ。もちろん、実際のアウトプットは一時的な株高だけだ。
だいたい、企業組織で働いた経験をほとんど持たない(世間で普通に働く能力を持たない)議員は、企業のヒトにあたる部分の開発につなげる人材育成の重要性などを長期戦略で描く素養自体に欠けている。というか…、もともと無い。
政権交替が発生し、短期政権を経験し始めた日本が、長期的な産業政策から縁遠くなっているのも事実だ。だが、それら政治家が、利己的利害のために国民の人気取りと、それ以前の“国民を煙に巻く”プロパガンダで世渡りをしようと心に決めたら、もう実質的な亡国政治となる。
人材以外に富を生み出すものは存在しないという原理原則を忘れ、リストラと金融操作という、強者の都合優先の “権力支配優先の政治” を始めれば、生きた人間が構成する社会は悲鳴を上げるだけだ。
いくらメディアで景気の良い話を煽られても、国民は、財布の紐を閉めなくては一寸先に地獄が待っていることを一番よく知っている。サバイバル途上の国民経済の内需を簡単に拡大できるわけがない。それに、円安誘導の初頭から分かりきっているコストインフレの恐怖が忍び寄っている。
官僚主導で、財政のムダを洗い出さず、税金を垂れ流す非効率的なセクターの見直しをやめた政党政治家。国民の税金を消費して、何期か務めたら議員年金で一生が保障されるから先の憂いなど考えたこともない政治屋さんには到底理解できない実体経済の難しい世界だ。

【金持ちが寿司を食うと、庶民が潤う???】
しかし未だにメディアでは経済評論家がトリクルダウンをしつこく語り続けている。視聴者にはそれをさとられないように、巧妙に偽装している。黒田バズーカで日経平均が17000円を超えたとき、ある評論家は、景気の良いトーンを利用しつつ言葉の端で「資産効果」を口にし、「お金持ちが株で儲けるとお寿司屋さんなんかに行くでしょう、そうやってですね~...ムニャムニャ」という。局側にはもちろん「資産効果」への疑いの目などない。そもそもメディア側が「資産効果」なるものを客観的事実だと思い込んでいる。
こういった調子で、この2年間、庶民の脳みそに、「お金持ちがよりお金持ちになって、お金を落としてくれるのを待ちましょう」と上から目線の説教を注入してきた結果が、コレだ。

だがイマドキ、例え話が寿司屋? この評論家の世間知らず度合いがモロばれという感じだ。お茶の間の庶民はこの程度の話で騙せると思っている。もはや詐欺師の一種だ。
ごく一部の金持ちが株で儲けて、家族全員と親戚まで連れて一席10万円くらいの超高級寿司屋(というコトにしてあげよう)に毎日出掛けて行くだろうか。いまどきそんなバブリーな輩など殆どいない。資産の含み損がもどっても、その戻った分をそっくり消費に回す人間などいない。そもそも、含みとは、もとから実際の消費行動に回さない帳簿上の資産の多寡である。
金融商品で少し利益が出たからといって、まだ使える車を廃車にして、新車に乗り換える人間がどれほどいるだろうか? そういうケーススタディは、他人を騙して金を巻き上げて詐欺する輩には都合のよい屁理屈だが、とても社会科学の世界の話ではない。まともな資産家は、少し損失がもどったとしたら、それが分かった日だけ、こっそり、すき焼きを食う位だ。

世にある資産家への都市伝説にも似た誤解。トリクルダウンは、そういった大きな勘違いを悪用したプロパガンダだ。「資産家はきっと羽振りが良いに違いない」と思い込んでいる世間知らずの営業マンの成績が一向にあがらないのは、こういう俗説を真に受けているからだ。

【税金にたかって党生活を延命するマルクス主義系団体も同類】
一方で、「資本家権力の本質は、武力装置と徴税権だ」、とサークル内部で大風をふかす自称マルクス主義者も、なんだかんだと言いながら、実際の「民主団体」での生業では、行政にどっぷり取り入って、国民の税金や医療保険にタカり、党員生活のための「しのぎ」=貧困ビジネスを展開している。「増税不況」と毎度ピントはずれな批判に終始している彼ら自身が、大きな政府のおこぼれに群がる、トリクルダウンの実践者だ。かつて保革共同で生まれた知事が、大盤振る舞いで巨大な負債を後世に遺した事実を忘れることはできない。

トリクルダウン、滴り落ちる。要するに、「ビンボー人は金持ちの消費のおこぼれにスガれ」という御宣託だ。国民に奴隷根性を植え付け、パンと見世物を要求させて、市民を従属的臣民として管理支配を行ったローマ帝国末期の光景が蘇る。米国が格差社会になり、歪んだ社会意識を蔓延させ、犯罪が増加したのも、このような御用プロパガンダのおかげである。

【中国共産党中央政府の自浄能力の無さ~統治の本質】
香港デモの要求は断固拒絶 中国政府が方針決定
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/14/hongkong-demo-china_n_5986424.html?utm_hp_ref=japan
2014年10月15日 11時53分 JST
香港デモの要求を中国政府が拒絶(ハフィントン・ポスト ロイター)中国中央政府は当分、共産党ごっこを続け「大人にはならない」と決めたようだ。しかし威勢よく言っても、それが続く保証があるわけではない。世の中は変化していくものなのだ。変化しないものなどない。いずれ、わかるときが来るだろう。習政権が実行する汚職追放キャンペーンでも、共産党の腐敗政治は変わることはない。政権交代を許されない社会は、内部的なけん制能力を持ち得ないからだ。いま行われているのは、「ソビエト防衛」という大義名分から導き出された、かつてのスターリン粛清と類似の現象でしかない。共産党独裁国家の統治・延命の都合から、粛清という名の恐怖政治が実行されているに過ぎない。もちろん、それは運が良ければ短期的統治に効果を発揮するし、直接投資をしている国との利害絡みで、しばらくの間、延命が可能な場合もある。だが、人民にとっての政治的自由は依然として存在しえない社会だ。統治を根底から脅かす矛盾が今後一層激化するが、「歴史主義」におかされたマルクス主義者にはその意味が理解できない。もちろん、日本社会も、「似たような別の形の全体主義」に退行する可能性は十分ありうる。既に、そこここの「閉じた部分領域」では実際に観察される。一時的に人民に力を貸した歴史をもって、永久支配権の口実にする。マルクス主義者に限らず、自らの行為に必要以上の見返りを求める人間のサガがよく現れている。

【自分たちの未来のために、立ち上がる香港学生】
9日付朝日新聞朝刊11面に香港で、中国側が示した行政長官選挙の改革案に反対して座り込みを続ける18歳の若者へのインタビューが掲載されていた。

…(前略)…路面電車の軌道上に制服姿で座り込んでいたのは、中学5年(高校生に相当)のマビス・ユーさん(18)…(中略)…ユーさんは「住民や店の人に迷惑をかけているのは、申し訳ないと思っている。でも、政府が市民の声にきちんと向き合えば、こんなに長引かなかったはず。責任は政府にもある」と話した。「選挙制度改革は、自分たちの未来にも関係すること。若くたって自分の考えは示したい」…(後略)…

これが民主主義と市民の本来の関係だ。共産党一党独裁にひきずられる香港社会をみて、危機感をもっている。民主主義は選挙で投票することとイコールではない。日本でも選挙制度改革をめぐって議論が闘わされたが、将来の選挙民である若手の意見を取り入れるような試みはなかった。
「与えられた選挙制度に従って時々選挙に行けばいい。それが政治参加というもの。投票は国民の義務です」
社会がそんな考えで納得していれば、イデオロギーに関係なく腐敗していく政党政治をみて当然「若者の政治離れ」がおきる。腐敗政党も権力を握るために、短絡的で先鋭的な主張をはじめる。ちなみに「積極的平和主義」はまだ「第三帝国」ほどのレベルには到達していないが、その最初の予兆として歴史の年表に刻まれることになるだろう。

一方、「若者の政治離れ」に悩む日本は、この香港学生の訴えを、横目で、見てみぬふりをしている。
香港では、若者が真剣に国の将来を見据えて問題提起をし、多くの市民が共感を寄せている。他方「早く終わらないかな」と横目でみている大人の香港市民もいる。日本には後者のタイプが多そうだ。記事では、香港の後者に相当する大人が  “現状は変わりそうも無い”  と「にわか評論家」として登場し、若者がせっかく問題提起した未来へのテーマをせっせと摘み取っていく姿を、淡々と伝えている。問題はこの大人と若者との関係に見える。この関係を若者が乗り越えるには何が必要か?...永遠の課題だ。

日本の若手も、このテーマを真剣に考えないと、加速度的に進む高齢化社会の犠牲者にされていく。

【参考資料】香港のデモ長期化、「一国二制度」の正念場  東洋経済ONLINE
http://toyokeizai.net/articles/-/50898

21日、自民党内グループが動き出した。来年10月に予定されている消費税の10%への引き上げに慎重論が出された。

【総理みずから認める、アベノミクスの効果薄】
菅官房長官は21日の動きについて、「色々な意見があるのが自民党ですから」と述べた。
だが、すでに19日、英国のファイナンシャル・タイムズ紙は、安部総理が「消費増税の延期を示唆した」ことを報じている。(下記資料)
みずからの経済政策の効果薄を国内では認めたくないというのは、要するに、政策が失敗しているという事の裏返しだ。

【消費増税以前に、購買力が低下し続ける日本】
この1年の間に、生活が向上し、消費支出を拡大したと実感できる国民がどれだけいるだろうか。殆どゼロだろう。「アベノミクスで、商売繁盛している」なんて話は全く聞かない。
実際、今年4-6期の経済成長はマイナス7.1%であり、個人消費は低迷を続けており、1年以上実質賃金が下がり続けている。消費者物価指数と実質賃金指数の関係をみると、実質的な購買力は低下傾向にある。アベノミクスを支持しているのは、相場が不安的になってこそ稼ぎ時と喜ぶ一部のヘッジファンドや機関投資家だけだ。彼らは更なる金融緩和まで要求している。彼らがアナリストと称して媒体でおおっぴらに期待する事は、日本経済の基礎体力でもなければ、日本国民の生活の向上でもない。彼らは「相場が不安定になればなるほど良い」と露骨かつ正直に主張している。それだけだ。

今回、自民党の異論に増税派が耳を傾けるという芝居がかったパフォーマンスを採らざるをえないのは、アベノミクスが株高以外めぼしい成果をあげられず、国民生活の向上を促していないという点で、事実上、失敗しているからだ。増税時期の軌道修正を図らねばならない位の深刻な情勢にある。

と真面目に書いていたら…、嘆息するような速報

【酒とウチワとSMバー、決して許されない有権者への買収工作】
「SMバー」に交際費支出=小渕氏後任の宮沢経産相
時事通信 10月23日(木)12時8分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141023-00000052-jij-soci  
「 宮沢洋一経済産業相の資金管理団体「宮沢会」が2010年9月、広島市の「SMバー」に、交際費名目で政治活動費を支出していたことが23日、同会の政治資金収支報告書で分かった。宮沢氏は、前任の小渕優子氏が政治活動費の不明朗会計問題で辞任したことを受け、21日に就任したばかり。
 宮沢経産相の事務所は「事実関係を調査中だが、本人が行っていないことは当時の記録で確認した」としている。 」
宮沢経産相は「私はそういう趣味はない」と釈明しているらしいが、行ってないなら(というか言って無くても)問題だ。これは買収だからだ。有権者を買収していたことになる。昨日には、小渕氏の後援会が「酒(ワイン)をばらまいていた」ということが明るみになっている。これも買収工作となる。SMバーに政治活動費支出など許されない。財政規律をゆるゆるにさせる政策を取り続けているアベノミクスの倫理崩壊行為のツケが噴出してきたとみられる。
菅官房長官「本人がしっかり対処」 SMバーに政治活動費
「 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は23日の記者会見で、宮沢洋一経済産業相の資金管理団体がSMバーに政治活動費を支出していたことについて「宮沢氏がしっかりと適切に対処する」と述べた。菅氏は宮沢氏から「自分は行っていない」との報告を受けたという。
 菅氏は「国民は難問山積の中で政策的な論争を望んでいると思うので、建設的な審議をお願いしたい。国会で議論して政治を前に進めていくのが大事だ」と述べ、宮沢氏への追及をちらつかせる野党側を牽制(けんせい)した。」

官房長官の発言は、全くの筋違いだ。これは、利害関係者への尾篭な酒色の接待に政治資金を使ったということだ。許されることではない。

【資料】 (全文を読むには登録が必要)
FINANCIAL TIMES
Abe balances tax rise against economic damage
英国FT紙Abe balances tax rise against economic damage

Gideon Rachman and James Politi in Milan
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/25431cfc-57af-11e4-8493-00144feab7de.html#axzz3GxZpyMV4

Shinzo Abe has hinted that he may delay increasing Japan’s consumption tax, saying the move would be “meaningless” if it inflicted too much damage on the country’s economy.

In an interview with the Financial Times, Japan’s prime minister, said the planned tax increase from 8 per cent to 10 per cent was intended to help secure pension and health benefits for “the next generation”. But he added: “On the other hand, since we have an opportunity to end deflation, we should not lose this opportunity.”

The Japanese economy shrank 7.1 per cent between April and June compared with a year ago after Mr Abe’s government raised consumption tax from 5 per cent to 8 per cent. A second rise has strong backing from the Bank of Japan, the finance ministry, big business and the International Monetary Fund, which all want action to reduce the country’s mountainous debt. A postponement would require a change in the law.

But Mr Abe said: “By increasing the consumption tax rate if the economy derails and if it decelerates, there will be no increase in tax revenues so it would render the whole exercise meaningless.”

His caution shows how much now rides on the strength of the rebound in growth in the third quarter. He is expected to decide on the tax in early December when the final data come in, but early indicators have been disappointing.

Concerns that Mr Abe’s plan to revive the Japanese economy is running out of steam added to gloom over global growth prospects that stirred financial markets around the world last week.


On previous foreign trips, the Japanese prime minister has acted as a confident salesman for his reform programme. He once urged traders at the New York Stock Exchange to “buy my Abenomics”.

But the exuberance has gone from Abenomics. Instead the effort to turn around the Japanese economy is looking like a long, hard, perilous slog.

In Milan, Mr Abe’s manner was sober and even, at times, defensive. He showed flashes of irritation with commentators who have cast doubt on the success of Abenomics.

“I believe there will come a day when the economy will start a virtuous circle that will be felt in every corner of the nation,” he said. “There are always those who criticise, but those people never come up with an alternative.”

He acknowledged more was needed to help companies, particularly small businesses, hit by the weakening of the yen.

“Of course we will keep an eye on those in rural and local areas and SMEs who are hit by the rise in import prices and as necessary it is our intention to take measures,” he added.


But he was also keen to emphasise the successes that he believes Abenomics has achieved – above all in the fight against deflation. “We have done away with deflationary expectations,” he says, adding that wages are now rising and that job vacancies are plentiful. More structural reforms are also promised.

“Liberalisation of the power sector is proceeding” said Mr Abe, “and whereas in the past, nobody even [suggested] reforms of agricultural co-operatives, we’ve made a decision to undertake reform there and in the medical sector and in employment law.”


When it was pointed out that US trade negotiators had openly criticised Japan for failing to proceed with structural reforms to secure a Trans-Pacific Partnership free-trade deal, Mr Abe laughed briefly and opted for a diplomatic response. “We are in the last phase of the negotiations and those are the most difficult.” He added that, in a phone conversation with Barack Obama last week, he and the US president agreed that “we would make maximum effort to conclude this”.

The foreign leader that Mr Abe would most like to speak to, however, is probably Xi Jinping, the president of China. Tensions between Japan and China remain high. The two countries continue to jostle over disputed islands in the East China Sea. Beijing is also bitterly critical of the Abe government’s treatment of history and of visits paid to the Yasukuni war shrine in Tokyo, by the prime minister himself and by colleagues.

Mr Abe has repeatedly requested a meeting with the Chinese president and has so far been rebuffed. In Milan, he reiterated his hope that a bilateral meeting with Mr Xi could take place at the Apec summit in Beijing, next month, while saying that Japan could not agree to “pre-conditions” – an apparent reference to China’s demand that Mr Abe promise never to visit Yasukuni again.

Picking his words carefully, Mr Abe refused to comment in detail on the military situation around the disputed islands that Japan calls the Senkakus and that China calls the Diaoyu, saying: “Unfortunately, there are incursions into our territorial waters, but we are dealing with this rationally.”

Mr Abe stressed the mutual economic interests of Japan and China, adding: “It would be good if we could have a heads of government meeting at the Apec summit . . . to deal with contingencies, the defence authorities should have a hot-line . . . If the summit meeting goes ahead, I’d like to call upon China to do this.”

The shadow of Russia’s seizure of the Crimea hangs over China’s territorial dispute with Japan. In the same Milan hotel that Mr Abe was speaking, President Vladimir Putin of Russia was meeting with President Poroshenko of Ukraine. Mr Abe had meetings with both the Russia and Ukrainian leaders in Milan and told the FT: “Japan does not condone changing of the status quo through coercion and intimidation.”


ついに海外のメディアから発信されてしまった。
でも人材育成と教育について思いつくままに触れた
「…そのヒトはといえば、日本の精神風土をみてもメタメタだ。論文偽装に、ヒラメ社員に、事なかれ主義に、日本的予定調和の風潮にかつてないほど拍車がかかっている。社会全体の倫理的崩壊は甚だしく緊張感がない。外国人に「死ね」などの下劣な言葉を投げつけて排斥し、日頃の憂さ晴らしをしている連中と仲良しの現政権。そんないびつな風潮に疑問提示の一つさえできずに、なんで格好よさげな「グローバル人材」「グローバルマーケティング」の成功などがありえようか。…」
でも
「…野党に下った時に知性の倫理を捨て去る決意をした自民党。そのプロパガンダは、ちょうどナチスが成功を納めたように、勝利をおさめかけている。麻生氏が「ナチスを手本に」といったのは正直な告白だ。…」
海外からも同じ目線で見られている。

【The New York Times 2014.10.14  “日本の分裂した教育戦略”】
同紙は大まかに以下のような内容を報じている。
--------- 以下は素人の訳なのであらかじめご了承を。 ------------
「(安部政権による)国家主義と国際主義の同時的容認があいまいなサインを出している。国際競争力といいつ安部政権の分裂した教育戦略 ニューヨークタイムスつ大学の国際化を進める一方で、愛国主義で教科書を書き直している。そしてアジアの隣人を遠ざけている。ボストン大学のトーマス・バーガー教授と日本政治の専門家は、右翼的シフトと国際化は矛盾していると指摘する。日本の教科書はアジアの緊張をもたらしている。近隣諸国と外国人による日本への研究意欲が減退している。教育方針はジレンマであり進退きわまっている。国際化を推進する強いプレッシャーがあるにも関わらず、実際は日本は正反対に動いている。政権を離れている間、日本の保守党は近隣諸国への先の戦争への謝罪をしないトーンで戦後史を作り変える保守回帰路線を明確にした。第二次世界大戦における侵略者としての役回りは、愛国的なものに取り替えられている。新しい政府は右派の綱領を学校教育のシステムに強要しようとしている、と専門家は言う。たとえば、中国の南京虐殺─事件と呼ばれているが─の犠牲者数を低く扱うなどだ。変化に対する若干の抵抗はあったが、教育委員会は、その改変を受け入れている。初めて新しい教科書を採用するのは、日本の二番目の都市である横浜だ。同時に恐るべきことは、”日本の内向きの教育制度を国際化する動き” が保守党によって行われており、安部氏は日本の10の研究機関が世界トップ100大学のランキング入りするように動いていることである。…(中略)…国家主義と戦時犯罪の醜悪さを混同させて歴史を教えることを愛国心が支えていることに、アジアの隣人は怖れている。…(中略)…中国と日本─どちらも領有権主張で対立しているが─偏った歴史教科書と教育が50年に亘る深い敵意の源にあると、両方がそういう。ワシントン独立アジア政策研究センター(?的確な名称は避ける)ディレクターのミンディ・コトラーは「日本のリーダーが人種・女性・戦争・平和と和解 について(国際社会から)信用されない攻撃的な見解を持っているという実感があり、失望する。簡単に言えば、問題は日本の意志決定者が堅実な判断ができるかどうかだ」
しかし、日本政府は、戦時中の攻撃性への償いは果たした、という。下村文部科学相は「日本の教科書検定は公平公正に行われている」と言いつつ、より愛国主義的方向を模索していると認めている。「こどもたちが自国の歴史へ誇りがもてるよう、よい面と悪い面のバランスを考えている」と言った。
------------------- 以上 --------------------
国際社会が何に危機感をもっており、日本の政治家が何を忘れているか。そしてアジアの政治がどの程度の水準で計られているか、垣間見れる記事だ。(以下原文)

Japan's Divided Education Strategy
TOKYO — Japan’s simultaneous embrace of nationalism and cosmopolitanism is generating ambiguous signals from its education policy makers. They are rewriting textbooks along what they call “patriotic” lines, alienating their Asian neighbors in the process. But at the same time, they are promoting Japanese universities as globalized and open, in a bid to compete internationally.

“There is an obvious contradiction between Japan’s rightward shift on education policy and its strivings to internationalize,” said Thomas Berger, a professor at Boston University and an expert on Japanese politics.
“Japanese textbook policy is increasing tensions with Asia, undermining the willingness of Japanese to study in neighboring countries and of foreigners to come to Japan,” Prof. Berger said. “Education policy is caught on the horns of a dilemma: On the one hand, there are powerful economic and political pressures that favor internationalization — yet, in reality, Japan has been moving in the opposite direction.”
Following a rare term out of office, Japan’s conservatives returned to power last year with Prime Minister Shinzo Abe at their head and an agenda to recast wartime history with a less apologetic tone. A more critical version of history, which casts Japan as an aggressor in World War II, has been replaced by material that is more “patriotic.”
Critics say the new government is trying to impose a rightist agenda on the nation’s schooling system. They point out, for example, that new state-sanctioned text books play down the death toll of the Nanjing massacre in China, which is now referred to as an “incident.”
There has been some resistance to the changes, but by and large, education boards across Japan are accepting them. One of the first boards to adopt the new textbooks was that of Yokohama, the country’s second-largest city.
At the same time, a formidable drive is underway by the same conservatives to globalize Japan’s inward-looking education system. Mr. Abe has stated that he wants 10 Japanese institutions to rank among the world’s top 100 universities. Currently only two make the cut in prominent lists like that of Times Higher Education: the University of Tokyo and Kyoto University.
The government’s plans include strengthening teaching staffs at universities by hiring foreign professors, initiating a certified evaluation system and expanding resources.
There is also a move to improve bilateral relations with the very countries that the new textbooks have irked — the United States, China and South Korea.
Japan’s Asian neighbors fear that its new emphasis on patriotism will lead to nationalism and a teaching of history that obfuscates wartime atrocities. They also accuse Mr. Abe of reviving past militarism. Tokyo is “attempting to deny and even beautify” the country’s history of military aggression, a statement from China’s Foreign Ministry said this year.
China and Japan — which are also facing off over territorial claims — both say that biased history textbooks and education are among the causes of a deep-grained hostility that threatens more than 50 years of peace between them.
Even allies like the United States are dismayed at the new textbooks, said Mindy Kotler, director of Asia Policy Point, an independent research center in Washington.
“Disappointment stems from the realization that Japan’s leaders hold a retrograde, discredited and offensive view of not just history, but also of race, women, war, peace and reconciliation,” she said. “Simply put, the issue is whether or not Japanese decision makers are capable of sound judgment.”
But the government says Japan has done enough to satisfy its neighbors’ sensitivities over Japanese aggression during the war years.
The education minister, Hakubun Shimomura, denies that the government wants to enforce a particular view of history. He says Japan’s textbook examination is undertaken fairly and impartially, “based on expert and academic deliberations.” But he concedes he is looking for a more patriotic take on Japan.
“History has positive and negative aspects,” Mr. Shimomura said in an email. “We believe it is important to teach a balance of the good as well as the bad parts so that children can be proud of and have confidence in our country’s history.”


【本日のニュースから 道徳の独立教科化】
(生徒)「ぼく、掃除やってるうちに、掃除が好きになっちゃいました」(先生)「よくできました。まんて~ん。」
ってことになるのか?
道徳授業をするのはいいが、それを文章化させ、評価するって…
一番中身のない、子どもの心をものさしで計る大人の自己満足、ではないだろうか?

小渕経産相が20日午前、辞任に追い込まれた。まだ40歳の若手二世、父親の地盤を無理やり継承させ20日辞任会見する小渕経産相 朝日新聞DIGITALられた、かわいそうなお嬢さんである。周囲から、いいのいいの、20日辞任した松島法相 朝日新聞DIGITALとおだてられると人間みな調子に乗せられてしまう。経理もちゃんとせずに、踊るだけ踊らせて、あとはポイだ。
と思っていたら、今度は午後に松島法相が辞任した。一日に2人も現職閣僚が辞任するなど、この半世紀ほど聞いたことがない異常事態だ。
http://www.asahi.com/articles/ASGBN3554GBNUTIL00G.html?iref=com_alist_6_03

【汚れ仕事を前提にした女性閣僚配置】
問題は、ネオナチとの関係や政治資金で、早晩、問題になることが明白な女性閣僚を敢えて要職につかせていたことだ。国民からの批判の多い原発再稼動などの政策を、小渕氏などに強行させた安部晋三氏本人の思考方法である。
小渕氏が国会答弁で、生気のない対応をしていたことからみて、彼女自身、あまりやりたくない仕事だったのではないかと推測する人もいる。
安部改造内閣で登用された女性閣僚が、既に、軒並み「身体検査」(資金・スキャンダル)で不合格となっていることは、すでに巷では常識となっていた。安部氏も知らないわけが無い。2007年の安倍改造内閣では徹底的に「身体検査」をしたからだ。今回はあえて、それを外した感がある。政界ウオッチャーが今まで表立って口に出さなかった事情だ。
要するに、国民から批判の多い政策も、女性閣僚を使って推進すれば、反対しにくいだろうという計算。そして、早晩「身体検査の結果」が表面化した場合、残念そうな顔を見せながら、速やかに用済みとして切って捨てる。これ以外の思考は考えられない。
一方、一部の短絡思考の女性閣僚がネオナチや靖国に行けば、その習性をも逆手に利用する。野党側を女性票で萎縮させ、批判に嫌悪感を抱かれるように仕向ける。専属の広告代理店なら、社会心理学を悪用したこの程度の仕掛けなど、日常業務でやっていることだから、わけはない。
ここに見えるのは、最初から女性閣僚は現政権から「捨て駒」として位置付けられ、「汚れ役」をおうせつかる役回り(布陣)にされていた、ということだ。現政権は、“女性蔑視にもとづく狡猾な人事コントロール” をしている。

※一方、安部政権のほころびに狂喜する左派系党派のシンパには、勢いづいてためらいもなく、尾篭なイラストを流布しているものがいる。女性閣僚をレオタード姿にしてわざと顔を魔女まがいの醜悪なものに変え、ネット配布までしている。風刺画は大いに結構だが、自分が気づいてないだけで、明らかな女性蔑視の思想だ。彼らの作風をみると、歪んだ正義感に依拠していることがよくわかる。極右が派手に狂喜し、ツーショット写真をとったり、魔女狩り感覚で面白がったり、およそ政局とは無縁な両派が女性閣僚をセクハラまがいの尾篭なやり方で攻撃している。

─補足─
【小渕氏の臨時に高市氏、松島氏の臨時に山谷氏…】
「首相は、経産相の臨時代理に高市早苗総務相、法相の臨時代理に山谷えり子国家公安委員長をそれぞれ指名した」~小渕、松島氏が辞任=女性2閣僚―「政治とカネ」で引責(時事通信) より
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-141020X401.html
ガーディアン紙掲載写真ネオナチの確信的支持者であり、理念らしきものを何も持っていない高市氏が経済産業相へ、同じく人種差別デモの合法性が国際社会から問われている中で在特会との結びつきが噂される山谷氏が法務相へ「スライド」するとは、臨時代理とは言え不適材不適所のきわみ。「悪い冗談」を通り越している。おふざけが過ぎる。まさに「女性登用」の表向きのイメージだけを優先する数合わせ。女性をちゃんと能力を見極めて活用するのではなく、単なる「将棋の駒」と考えている。これこそが女性蔑視の思想的本性だ。

20日夜、結果としては
後任の経産相に宮沢洋一氏 法相に上川陽子氏

経済産業相を辞任した小渕優子氏と、法相を辞任した松島みどり氏の後任に、それぞれ自民党の宮沢洋一参院議員と上川陽子衆院議員が内定した。政府関係者が20日、明らかにした。  2014/10/20 18:23   【共同通信】
両名とも60歳を越えた高齢者。女性閣僚を登用しようにも人材がいないのだろう。

オープン・バイラル系デジタルメディアで世界を席巻しつつある THE HUFFINGTON POST (ハフィントン・ポスト~米国のリベラル系ネットニュース<日本版>※1)が17日、香港民主化デモの写真を大きく掲載した。そのタイトルも「世界は見てるぞ。警察の暴挙を~ 香港デモ。抗議する学生たち 排除する警官たち」 だ。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/16/hongkong-photo_n_5995236.html?utm_hp_ref=japan
htmlutm_hp_ref=japanいい写真には貴重な情報が膨大につまっている。この市民の真剣なまなざしから、日本人は学ぶことが多いはずだ。
香港市民は、中国政府から何かの成果物を与えてもらおうとしているのではないだろう。たぶん、自分たちの社会は「これでいいのか!」と必死で訴えているのだ。単一のアイデンティティで支配を拡大しようとする古今東西の政体の多かれ少なかれの全体主義的しきたりに心からの疑問をぶつけている。自由と民主主義の原点に迫ろうとしている。
だが、それに最も冷ややかな態度を示しているのが、今の日本だ。米国もEUも中国へ自制を要求している。だが日本だけが黙ったままだ。
チマタでは「どうせ共産党につぶされるよ」とわかった風なコメントがあふれている…。そんなことは現地の香港市民が百も承知だ。問題なのは、中国共産党の独裁を商売上の都合から内心で受け入れている日本人の価値観の方である。政治に哲学が全く欠如したまま、内向きオンリー日本政治のみっともない水準がバレバレだ。
【資料】
392枚の写真 http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/09/hong-kong_n_5962500.html?utm_hp_ref=hongkong-protests#slide=start 
15分の現場動画(警察が介入するも逆に市民に包囲され議論が始まる)
http://www.huffingtonpost.jp/jun-hori/umbrella-revolution_b_5972530.html?utm_hp_ref=hongkong-protests  YouTube http://youtu.be/NQCFWenEhgw
HUFFPOSTの香港報道一覧 http://www.huffingtonpost.jp/news/hongkong-protests

【“共産党独裁は続いてもらいたい”  一部日本人のホンネ?】

安部政権は依然として、香港市民デモにはノーコメントだ。一方でしきりに靖国参拝をちらつかせて、中国にフェイントをかけている。中国の民主化にはハナから関心がなく、中国政府の動揺のスキを狙って、靖国繁盛、商売繁盛を突き通そうとしているかのようだ。外国人排斥や過去の軍国日本への回帰趣味だけに熱心な、自己都合型の理念無き日本政治がよく出ている。

先日、寄せられたHNシロクマ氏からのコメント
「中国に基本的人権がないことを、改めて見せつけられています。隣同士の国だから、仲良くしていくべきですが、両国の国民が幸せになる権利はおろそかにしてはいけない。ネットには、

~中国にこれ以上発展してもらいたくないから、これからも共産党政権でいてくれ~

という一部日本人の隠れた本音が至るところに露骨に書かれていて、大変興味深い。
共産党政権という歴史の遺物をどう精算するかがアジアでは深刻なテーマとして問われている。(かつて)ドイツが戦争犯罪と向き合ったような環境づくりへの努力を、内外の腐敗した共産党が支配の口実にするため政治的に利用し、社会に嫌悪感を産み出している。日本では、それをタカ派が逆手にとっている。そういう意味では、日本の民主主義もかつてのドイツのワイマール体制を彷彿とさせており、質的には周回遅れといわざるをえない。

「結論は変わらないが話し合いはする」という香港行政長官の発言は、共産党の習性を端的に表している。香港問題に言及をさけつつ「日中友好」を主張するカビ臭い自称左派勢力も似たもの同士だ。これまでの日本政界のよどんだ構造をよく現した姿だ。中国共産党の独裁により低賃金労働の獲得と環境汚染への免罪を受けてきたことを本音では喜び、中国の民主化は逆にハタ迷惑だと内心で思っている日本の一部の風潮。いずれ跳ね返ってくるだろう。

過去ログ



※1 開設者のアリアナ・ハフィントンの名前に由来。2013年朝日新聞と提携して日本語版が開設された。

朝日新聞デジタル インデックス → 香港、揺れる自治――行政長官選挙

NYダウが下落を続けている。日本株も6日連続で下げて1万5000円台を割り込んだ。アナリストが「米国金融引き締め後に株価の調整局面があるかも。それまでは株価の上昇は続く」といい加減な事を言ったハナからの下げだ。日本経済の見通しは依然見えないどころか、陰りさえ見えてきた。アベノミクスがスタートして2年もたたないうちに、「金融緩和は多くをもたらさない」という当初の警告が現実のものになりつつある。貴重な預貯金を短期的な投機につぎ込んでいると早晩破産する。

【米国FRBの危機収拾策を真似るだけ。無策の日本経済】
先日、金融機関の人間と世間話をしていたが、彼らの関心事はQEの行く末だった。
FRBは連邦公開市場委員会(FOMC)の声明を受けて、失業率動向をにらみながらオープンエンドだったQE3(量的緩和2012-450億㌦/月ベースの長期国債&MBS買入政策)の終了のタイミングを探っている。予定では今月終了だ。28日からFOMC会合が開催される。以前はQE4という話まであったくらいだ。だが、ここにきて、米シカゴ連銀エバンス総裁が来年初頭まで金融引き締め策を採るべきではないとの考えを示した。同氏は、QE依存から財政政策へのシフトも要求している。
つまり、それほど、米国経済の回復力は力強くないということだ。FRBが発表している米国の実質個人消費支出はリーマンショック前夜の07年水準に戻ってきているが、言葉を変えると、まだかろうじて、それだけに過ぎない段階だ。失業率は改善されているが、平均時給は横ばいで、労働参加率は史上最低規模。長期失業者(就労を諦めている人)が非常に多い。住宅担保証券のリスクもいつ表面化するかわからない。
10日からワシントンで開催されていたG20では、欧州経済と日本経済の鈍さが槍玉にあがった。先日のダウ下落もマーケットからの「悲観的」メッセージと受け止めることができる。QE終了は金融引き締めへのソフトランディングであったが、その行く末も危うくなっている。10日、「ナチスを真似ればいい」発言で有名になった財務相の麻生氏は、いつものように口をとんがらせながら、「米国の失業率は改善されているし…」となんの新鮮味もない情報を口にした。そのあとに何か意味ある情報が出るかと思いきや、何も無し、だ。

【人材を育てずに経済が育つか?】

もともとアベノミクスは、なんの熟慮も経ていないものだ。①金融緩和②財政政策③成長戦略の三本の矢というが、円安誘導ストーリーで動く市場が、期待感と思惑買いで日経平均を戻しただけである。多少利益を得るのは市場アクセス可能な人だけ。実際のところ、なんのオリジナリティもない。さらに言えば、新自由主義とケインズ政策のごちゃ混ぜだ。要するに、筋の通った批判を煙に巻き、封じ込めるという政治目的が先にありきだ。マネタリストでブッシュに拾われ、サブプライム危機からリーマンショックを引き起こし、墓穴を掘ってしまった元FRB議長バーナンキの真似。彼が、リーマンショックの危機収拾策でケインジアンに転向し実施したQE1(2009)~QE3の成果を、そのままそっくり真似ただけ。米国はサブプライムを抱えた金融危機からの脱出策でQEを採用したのだ。日本はサブプライムを殆ど抱えていない。政策動機が元々違う。だが、この「猿真似の礼賛」が、世界にまで悪影響を及ぼしている。エゴイスティックな目先の利益を求めるものが、タカ派の求心力を利用しながら、野党分散状態を奇貨として、空虚な経済政策を大仰に見せびらかしながら独走している。なんでもありの無節操政治が出来上がりつつある。

【アセット・バブル・エコノミー】
今頃になって日本人は「アベノミクスではJカーブ効果が生まれなかった」などというが、そんなものは、はじめから眼前にぶら下げられたニンジンだとわかっていながらメディアは一緒に踊ってきた。
アベノミクスが実現したのは日経平均1万円台越えだけ。昨年時点でアセット(A)バブル(B)エコノミー(E)=「ABE」(資産バブル経済)なる皮肉まで登場している。首相は「日本株を買って買って、割安だから」と世界中にセールスして回った。一国の首相が証券会社の営業マンよろしく、世界にお願いしてまわった。だが、その他の政策は、自力の努力分野でこれは希望的観測ばかり。さらには金融緩和をする一方での財政政策とか成長戦略って、結局一体何のこと?と言う、冷ややかな声もある。
いずれにしても、一般の真面目にコツコツ働く国民の生活にとっては、なんにもメリットはない。インフレターゲットを設定し、財政規律を度外視して紙幣を乱発するなど、高校生でも最初に思いつく仮説だ。日銀券をじゃぶじゃぶ印刷して、もし期待通りインフレになれば、あとで借金はちゃらにできるという、机上の空論・夢想で進めているが、そうはならない。アベノミクスは、日本を世界でもっとも財政規律の弱い国にしてしまった。日本が米国を真似して株高を演出することで、世界に間違ったメッセージが発信され、欧州経済圏の優等生・ドイツにも緩和策を押し付けることになりそうだ。みんなして馬鹿な政策になだれ込み、将来の破綻を準備しつつある。

【文化的モノカルチャーを醸成して成長の源泉を破壊】
以前「米国の最後の冒険に追随する安部政権」と書いた。「最後の冒険」とはQE3のことだが、今の日本の製造業は大手家電の開発現場をみてもイミティブイミテーションの時代にジワジワもどりつつある。ブレイクスルーが産み出せなくなったSONYの有り様にも象徴されている。人材育成に完全に失敗している。アナログ思考を軽視して、思考の源泉や自由な思惟、調和しない理念を認める多元性を軽視し、政治支配の都合からどんどん出る芽を摘み取ってきた。アベノミクスは、NHKなどへのメディア介NHKと政治権力 岩波現代文庫入も憚らないような、アベノカルチャー(単一文化的モノカルチャーを志向する歪んだ想念)を土台にしているゆえに、成功しない。人材育成と金融政策などは全く無縁。米国追随の発想自体が時代遅れだ。高生産性の製造業が発展し、その価値がサービスに移転しなければ内需など拡大しようがない。これは時代が変わっても変わらない法則だ。一方で、米国も日本も労働者への開発教育を怠り、リストラクチャリングや業績給の脅迫的人事支配を蔓延させ、創意工夫や開発・改善への内発的動機付けをサボり続けている。経済成長率を資本成長率が上回る構造が世界的に常態化しているのは、人財、人財といいつつ、実は人材を「財」としか考えず、「人間の質」を重視しない社会状況が広がりつつあることの証明である。

【演出される株高、危機は一気に来る】
日本株高もいつ終焉を迎えるかわからない状態だ。株高の一部は、ヘッジファンドなど大手機関投資家の値嵩株大量売買で見かけ上つくられている現象だ。ファンドが絡む少数銘柄の大量売買で、日経平均を100円以上高めに推移させるくらい、わけはない。要するに、売上高を稼ぐ必要に迫られた法人ギャンブラーの投機による「株芝居」である。タイのバーツ危機など一国の経済を崩壊に追い込む不正な力を持っている。

株高が政権への支持としてかろうじて効果があったのは、この10年余りで広がった金融商品への投機ブームとも無縁ではなかろう。郵便局を含むすべての金融機関が、リテイルに力をいれ、個人資産を大規模に投機資金へと向かわせてきた。資産価値の変動に一喜一憂する「人様にいえない事情」が固定票を構成する中高年有権者の心理をわしづかみにしている事情もある。「老害」ともいえる現象だ。早めに相場への関心を捨てて、まともな意識モードに切り替えないと、後々の世代に醜名を残すことになる。

【世界経済の不確実性を金融操作で乗り越えようとしている無謀】
アベノミクスの空虚な内実はじきに判明する。麻生氏は「米国のファンダメンタルズ」を口にするが、日本の失敗を今更ごまかしても遅い。米国の実質GDPは本年4-6月で4%越えだが、日本はマイナスである。金融政策だけで歓心をかっても、実業世界は全く変わりばえしない。何十年もサボってきた人材育成のツケが、いま、経済を支える人材のなさという形で噴出している。円安株高を経済回復と捉えさせる最大の罪は真面目にものを考え、コツコツと努力を積み上げて新しいものを創り出す人間精神を毀損する事だ。新しい発想は、他人の気持ちを豊かに想像する能力、枠組みに縛られない自由な発想力、社会的関係性を捉えることのできる柔軟な思考から生まれる。数年前から義務教育課程で無理やり武道を教えて精神主義を叩き込む第一次安部政権時の学習指導要領の稼動が始まっている。教育予算が削られ、現場の先生は時間に追われ、生活指導に時間をとられ、なんでもかんでも報告書を要求する非生産的な官僚体質に押しつぶされている。企業社会が期待するはずの教育制度の現場は、人間の質を本音では軽視している社会の非生産的な負のサイクルが回っている。

【企業経営を歪ませる補助金政策が、足腰をさらに弱める】

為替差益で大手輸出企業が財務上の利益を出しても、売り上げが伴わない企業活動に、中小企業は仕事が増えず、むしろ消費増税の犠牲転嫁と円安効果で苦しみ続けている。その窮状につけこんで「地方創生」という行政官僚が喜ぶ利益誘導が始まった。地方の役人だけが偉そうにできる補助金漬けの麻薬政策がしのびこもうとしている。民間企業の官僚依存に拍車がかかり、ますます企業の自力回復意欲と創意がそがれる。この麻薬に浸かると、ミクロではリストラ・倒産の危機が極端に増すことがあるから要注意だ。そんな経営の現実などうわのそら。既得権確保に走り回る困った議員さんたちだ。政府で必要のない仕事をつくって、歓心を買うしか、支持を取り付けるすべはない。その努力とは裏腹に支持率はジリジリと下がり続けている。

【空虚なグローバル化の掛け声】
欧州経済の不調に加え、リセッション入りが噂されるドイツ経済の不調を食らって、資金が日本の短期国債市場に流入している。金利は超低金利から短期国債ではマイナスとなった。だが、金融政策依存体質はかわりそうにない。ECBに大掛かりな金融緩和圧力が加えられるだろうが、その結末は更なる財政規律の緩みを促す欧州経済圏の弱体化だ。国際的にさまよえる流動資金の行き場として日本株の買いはあと少し進むだろうが、落ちる時はかなり激しくなるだろう。しかも、日本の実体経済は全く打開の道を見出していない。
企業収益の向上には即効薬などない。利益は商品・サービスが生み出し、売れる商品・サービスは比較的長い時間をかけて人が生み出す。そのヒトはといえば、日本の精神風土をみてもメタメタだ。論文偽装に、ヒラメ社員に、事なかれ主義に、日本的予定調和の風潮にかつてないほど拍車がかかっている。社会全体の倫理的崩壊は甚だしく緊張感がない。外国人に「死ね」などの下劣な言葉を投げつけて排斥し、日頃の憂さ晴らしをしている連中と仲良しの現政権。そんないびつな風潮に疑問提示の一つさえできずに、なんで格好よさげな「グローバル人材」「グローバルマーケティング」の成功などがありえようか。

【サービスに振り回される世界で豊かな創造性が無くなって行く】
貸し出し先が見当たらず困っている金融機関の悩みをあまり聞いたこともないのかもしれない。仕事を創り上げる人間は確実に減っている。8年ほど前に役所が流行らせたアントレプレナー講座は、予想通り失敗におわった。デジタルサービスに警戒を持たず、子供をスマホや携帯電話づけにし、料理や洗濯という家事は女性に押し付け、掃除もロボット任せにしたい。かと言って何か打ち込んでいるわけではない共感性の欠如した時間消費型の人間がおびただしく蔓延している。この様な中で、コミュニケーション障害に陥る人間が激増している。こんな情況を放置しておいて、なんで、企業活動が活性化しようか。明日の人を育てようという厳しさのある愛情も社会に欠落したままだ。
こんな日本の地方社会に蔓延する深刻な疲労は、一極集中の是正能力も持てず、関東一円で日本を見ている気になっている霞ヶ関には理解不能だろう。

【投資本に食らいつく人】
株価に一喜一憂している人々のあまりに多いことか? ラーメン屋さんやカフェで「投資本」を食い入るように読んでいる人々の姿を目にすることが多くなった。戦争体験者である親世代の痛みを継承することもなく、現状が永遠に続くと思い込んでいる面々だ。なぜ、日本という国が存在し、どう生かされてきたのか考えたこともない人びと。食うことには困らないが、やることを見失った人。他人のために自分の時間を公的に活用することなど考えたこともない情況。逆に弱者を食い物にする貧困ビジネスも大流行りだ。救済すべき公害被害者を冷遇し何億もの国債を買いあさり高額の退職金を引き当てる「救済基金」の姿もその象徴だ。自分の地位を最優先にすることが個人の自由だと勘違いし、歴史をなおざりにし、有意な人材の育成を怠り続けてきたツケ。世界史上最悪クラスの原発事故を引き起こした会社や責任者や国が「後処理が忙しい」を口実になんら責任を取らずに悠々自適でむしろ褒められたりする病理を免罪するツケ。こういうツケが社会をどんどん萎縮させる。他方で原理主義的イデオロギー勢力が伸張し、考えないモノカルチャー型人間がどんどん増えていく。全体主義の条件が準備されていく。環境破壊とテロ、果てしない自己領域拡大の欲望が人類を脅かす時代へじわじわと入ろうとしている。業績非連動の株高や為替差益を喜んでいる場合ではない。

【香港市民との対話予定をドタキャンした中国政府】
香港で市街地占拠を続ける学生・民主派との対話に中国政府が臨むということで、学生も柔軟路線を採用しようとしていた。ところが9日、中国政府は突然、話し合いを先送りするという姿勢に出ている。

理由は「学生が対話の条件を拡大解釈したため建設的対話ができない」からだと…。

えっ? いい大人が…。条件付きでないと学生と対話もできないのか? 絶句。
限定された事項に関して調整をする外交交渉ではない。香港で問題となっている事は同じ国民同士の民主主義と言論の自由、自由な普通選挙の可否を巡る対話だ。あらかじめ「解釈」を決めてするものなのか? そもそも解釈とは何か? 少しでも議論をしたことがある人なら、相手が一方的に主張する「解釈」をあらかじめ受け入れる事自体が、言論の自由の制限になることを知っている。
対話を拒否する理由を、「相手の思考の自由」のせいにする。考える自由や討議の自由さえハナから認めていない。

【共産党の習性】
共産党はいつもこれだ。党員や党へのイエスマンで固めないと話し合いもできない。異論が出ると、大慌てで野次をとばしたり、徒党を組んで恫喝を加えたり、無視して強硬採決に進んだりする。そのやり方は与党一党独裁の場合と全く一緒。
国政選挙ではハナから勝ち目がないから、自民党と対決する勢力が落選するように対立候補をたてて、与党のご機嫌をとって、自党勢力の温存をはかることに集中している。
このあたりの事情は、政党動向をウオッチしている人には常識だが、中には詳細に分析している人もいるから面白い→日本の場合「またしても自公候補をアシストした共産党」 http://takuki.com/dsk/015.htm
マルクス主義政党は、良識ある一般市民にとっては、別名、「万年裏切り党」でもある。

【毒を飲まされた子供の親を監獄に入れてしまう「全人民の党」】
いったん共産党が支配すると、脱出するのには、たぶん半世紀以上くらいかかるから、香港市民の短期的な前途はあまり明るくないが、中国政府をスターリン主義と捉えれば、市民はなんら悲観する必要もない。闘う相手に不足なし、しかも、いつかは必ず崩壊する。
実際、「全人民の党」のもとで野獣資本主義がまかり通り、汚職と不正・腐敗、産業公害・環境破壊が大規模に蔓延し、言論弾圧のための大規模な「労働矯正収容所」をつい最近まで運営していた中国共産党が「共産党とは、実はこういうものです」と自ら証明している。ソビエトと異なるのは資本主義の直接投資を大規模に受け入れて、もちつもたれつの関係を築いて、延命をはかっているところだ。だからこそ、中国の低賃金労働者を利用している日本は、そこを自覚して、中国の政体に関していうべきことは言わねばならない。(逆に侵略戦争の事実は、素直に認めねばならない。そうでなければ事実に関してアンフェアな態度をとるズルい国となる)
2008年、中国国内で30万人の被害者を生み出した粉乳メラミン中毒の被害者団体の代表の親が「社会を混乱した罪」という意味不明の冤罪で国家によって監獄に放り込まれている現状をみても同様だ。日本もこの事実にはなんら注目も払わない。
中国はそれらの批判をかわすため、批判的な勢力や国・メディアには経済交流という形で近寄ってきた。この構図、中国共産党から国名をとると、日本の森永ヒ素ミルク中毒事件の経過とよく符号する。中国共産党を友党にして喜んでいる他の共産党も同じ穴のムジナだ。

【香港市民の言いたい事】
香港の学生はいいセンスをしている。10日の朝日新聞記事によると、民主派学生は、対話拒否をものともせず、「我々の活動は政府に圧力をかけるためだ」と明確なメッセージを市民へ伝え、占拠への参加をよびかけている。中国共産党政府とは命がけで対決しているが、だからと言って、権力志向ではないし、権力の短絡否定でもない。市民の開かれた自由意志がしっかり伝わってくる。これは日本の市民こそが見習うべき市民的資質の一端だろう。香港市民の問題提起は中国社会に確かな波紋を投げかけ続ける。
かつて1968年「3月22日運動」が生み出した「フランス5月革命」と重なる。共産党以外のあらゆる党派が個人資格で参加する形で自然発生し、権力を望まず、権力へのアンチテーゼを提起し続けた、あの学生たちの運動にもタブって見える。

中国共産党は、もはや、経済学上での国家資本主義となんら変わらないのだから、いい加減、マインドコントロールを自ら解除し、党名を変え、同時に批判の自由を完全に認める政体(民主集中制の放棄)へ早急に移行する決意を固めなければならない。共産党一党支配をやめても国が崩壊するといった心配はしなくてもいい。ロシアをみれば明白ではないか。

先般9月11日に 東京電力の吉田昌郎所長は責任を追及されるべき立場 という記事を書いた。
朝日新聞騒動を受けて急いで書いて、以下のような内部告発の事例を紹介した。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 引用開始 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
吉田所長と正反対の、「隠れた英雄」は世界中にいる
逆に、内部告発をして、いじめられ、そうやって会社を去った人間は何人もいる。
かつて、巨大航空機メーカーのある技術者は、就航前に空中爆発の危険性への警鐘をならし、内部告発をして、会社を解雇され、生活の糧を失った。たが、それでも彼は粘り強く世間に訴えた。結果二階建て巨大ジャンボ機は内部告発者の指摘を改善して1年遅れで就航した。そういう人々は沢山いる。
一方、吉田氏は電力会社に居残った側の人間だ。自分の管理する発電所への批判を省みて改善改革の努力もしていない。仕方なく作業しただけだ。何を偉そうに「あほみたいな国、あほみたいな政治家ども」などと言っているのだ。その「アホみたいな政治ども」にあなたの給料の支払元である電力がワイロを送りまくって、その電力と買収された政治家が、交付金と言う名の麻薬を貧しい村にバラ撒いて心を狂わせ、強行建設していった原発が、この吉田氏の職場だ。その原発の所長で厚待遇に甘んじて、なにも根本的改善をはからなかった自分への深い自覚がまったく見られないのは、今回再掲された吉田調書の内容にしても同じ。「あほな政治家と一緒にコップのなかでぐるぐる回っている」だけだ。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 引用終わり ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

記憶があいまいであったため、固有名詞を記載しなかったが、最近は便利なサイトがある。
NHK BS世界のドキュメンタリー「内部告発~組織と闘う人びと~(再)」
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/081203.html
再放送はとうの昔に終わっているようだが、内容のサマリーだけは見ることができる。四つの事例に限っての紹介。(残念ながら日本の事例は紹介されていない。内部告発さえ隠すから取り上げようがなかったか?)
実際には、これ以外にも、全米タバコ訴訟絡みでのブラウン&ウイリアムソン社(現British American Tobacco Plc、LSE: BATSに吸収)のジェフリー・ワィガンド博士による内部告発、フィリップモリス社のビクター・デノーブル博士、三菱自動車の23年間(1977-2000)もの長きに亘るリコール隠しを暴いた匿名の内部告発者、米国フォードモーターの「フォード・ピント事件」などの意図的欠陥隠しとその訴訟での懲罰的損害賠償命令、大手電機産業を中途退職して告発する原子炉メーカーの技術者(東芝→後藤政志氏小倉志郎氏、/日立→田中三彦氏)や、東京電力社員・木村俊雄氏の告発(東電のデータ改ざんなど国との一体化等を暴露)など至るところに、決意を固めて行動する勇気ある幾人もの内部告発者の姿を見ることができる。
北京空港のAIRBUS A380-800先般触れたのは、4番目のエアバスA380の一件だった。ちなみにこの内部告発は同型機の就航を数年間も遅らせる重大な影響を与えた事件だが、ウィキペディアのA380解説に、この内部告発に関する記述は無い。
この番組は、日本の番組ではない。フランスのARTE(独仏共同出資のテレビ局:1992年開局)とZadig プロダクションの共同制作。エアバス社もフランスの航空宇宙系大企業であれば、それへの内部告発を国際的に発信したのもフランスの放送局。内部告発を個人の主体的行動としてきちんと社会的に評価できるマスコミの矜持を示したものといえよう。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 引用開始 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
BS世界のドキュメンタリー   内部告発 ~組織と闘う人びと~ (再)

●巨大企業エンロンの不正経理の調査を訴えた元副社長
2001年夏、当時エンロン社の副社長だった女性が、会社が組織ぐるみで巨額の負債隠しをしていることを知り、ケネス・レイ会長にメールを送った。しかし結局、手は打たれず、エンロン社は経営破綻。捜査の過程で元副社長のメールが発見され、会長があらかじめ不正を知っていたことが証明される。
●水道料金の過大請求を突き止めた水道会社社員
フランスでは水道事業の80%が民間企業によって運営されている。大手水道会社のヴェオリア社に30年間勤めてきた男性は、自治体との水道料金の契約が不透明であり、過大請求だと訴え、解雇された。男性は弁護士や会計検査官の協力を得て水道料金に関する情報開示を求め、フランス各地の都市で過大請求が行われてきたことを暴く。
●核施設のずさんな安全管理と警備を告発した担当者たち
原爆を作るためのマンハッタン計画が進められたアメリカ・ニューメキシコのロスアラモス国立研究所。大量のプルトニウムがつまったドラム缶が無防備に放置されており、万が一、航空機の墜落事故や落雷、山火事などに遭うと大惨事を引き起こす可能性がある。また、のべ350万ドル相当の国家資産が盗難されたことを隠蔽し、紛失として報告されていることを暴いた関係者たちは脅されたり、解雇されたりしている。
●旅客機開発の安全検査ミスを指摘した技術者
エアバス社の巨大旅客機A380の開発中に、機内の気圧を保つ与圧システムに必要な安全検査が行われていないことを突き止めた技術者。しかし2004年当時に、この事実を告発すると、解雇され、起訴される。それでも彼は、仕事もなく、社会から無視されながら孤独な闘いを続けたが、2006年になってようやく、エアバス社は義務づけられた与圧システムの安全検査の実施を決断。A380の完成が2年遅れることになった。
●情報機関の盗聴を暴いた電話会社社員の運命
2006年6月、イタリアで一人の男性が橋から身投げをして死亡。電話会社で働いていたその男性の遺族は彼の死を謀殺だと主張する。男性は情報機関による大規模な盗聴が行われていたことを内部告発し、事件の直前には「尾行されている」などと身の危険を家族に訴えていたという。

番組は、職を失ったり、報復の危険に遭ったりという不利益を覚悟の上で、「内部告発」という正義を全うしようとした勇気ある人々の証言をつづる。

原題:On the Angel’s Side  制作:ARTE / Zadig Pro (フランス 2007年)
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 引用終わり ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

内部告発の事例は、大から小まで沢山ある。そして告発者の多くは原因者から徹底攻撃され組織を去ることが多い。だが、それでもやめないと決意した人びとの情念が、社会を揺さぶり、改善し、多くの人びとの頭上に現れた危険・不正・腐敗を未然に防いできた。そういう事実を忘れ去り、そのような人々の辛苦に想いをはせる事ができなくなった時、そして世界第2番目の巨大事故を引き起した原発所長の責任さえ追及・問題視する人がいなくなった時、多くの人が享受するシステムは再び牙をむいて、時と場所と形を変えた大量殺人を実行するだけだ。そして、原因は過去形で語られ、評論家の数秒間の嘆息との後、幕引が始まる。
「決して癒されない、消せない傷」が社会から隠蔽されていく。問題の本質に切り込まず、スルーさせ、「お咎めなし」の無責任を放置させる、悪が現世の利益を保全するためのプロパガンダ技術だけが洗練されていく。デマゴーグが跋扈を始める。このスパイラルが回ることで急速に「病んだ国」ができあがる。

香港市内中心部衆院予算委員会のNHKライブで、ネオナチとの親密写真が暴露され国際的に問題となった稲田朋美(自民党)氏が「日本国家の原点とは」などとおしゃべりしているのをみてスイッチを切った。在特会との関係が暴露されている参議院外交防衛委員長の片山さつき氏といい、日本政治の劣化は甚だしい。

【在特会との関係が暴露され始めた安倍政権】
一部週刊誌では、品性下劣なヘイトスピーチをする在特会と安部政権の親密ぶりが暴露され始めた。“ナチスに学ぶ選挙本”などを奉じていた面々をかかえる安部政権。
「単純(短絡)思考の反復」というプロパガンダと、日銀が買い支えする株高によって、国民や企業の歓心を惹きつけながら排外主義を煽ってきた。これまで政権が野放図にしてきた政治的・歴史的逆行行為の一方で、危機感を感じる市民にも、多数に従うモルモットのような習性が刷り込まれてきた。

野党に下った時に知性の倫理を捨て去る決意をした自民党。そのプロパガンダは、ちょうどナチスが成功を納めたように、勝利をおさめかけている。麻生氏が「ナチスを手本に」といったのは正直な告白だ。ヒトラーの「我が闘争」はプロパガンダに手を染める大手広告代理店関係者の密かなバイブルとして存在し、左右の全体主義者のテキストであり続けている。

しかし、さすがに、そのほころびが見え始めている。
野党もそれなりに反撃を試みているが闘争力に著しく欠如している。これまで嫌なものや異質なものとの議論をさけてきた習性から脱却できておらず、全く洗練されていない。政権交替へむけて確かにある種の動きが見えるが、野党が今後の偶然性のチャンスを活かすほどのセンスを現状でもっているか?
一方、「政治参加は4年に一度の選挙だけ」としか教えられていない日本の市民は、政党に影響を与えるほどの力が発揮できず既存システムに頼る思考に縛られたまま。市民が、持てる自由を発揮して、そこここで自由かつ懸命に考え、発言し、動き、政党に大いに苦言を呈する事がない限り、政党政治の劣化は避けられず(政党権力は例外なく腐敗する)、国民には深刻な状況が続くだろう。おまけに、いまや現世の利害にご執心な自称マルクス主義政党が、未だに不満吸収剤として機能し、市民社会の成長を阻んでいる。
自衛隊は死ぬのが仕事と勘違いした政治家が、普通の家族の幸せを望む自衛隊員を、消耗品のように扱うことを支持してはいけない。隊員は死ぬために自衛隊に入隊したのではない。射撃訓練を映し出すテレビ画面を見て、「自衛隊員は死ぬ覚悟があるんだ」と刷り込まれてはならない。戦争を誘発させず、自衛隊員を死に至らしめない責任は、市民にこそ在る。

【「民主集中制」の導入を拒む香港市民~冷たい視線の日本】
だが目をアジア大陸に転じると、全く別の光景が広がっている。週刊誌が「大嫌い」という中国大陸の動きである。香港市民である。日本人は、香港の行政長官選挙で学生デモとそれを支援する市民が街頭に繰り出している光景香港ヴィクトリアハーバー夜景をマスコミで見ている。だが、昨今狂ったように「嫌中」を叫ぶわりには、これに明確な支持を送る日本人は極めて少ない。
「日中友好」などを大げさに叫んできた向きなども同様で、思考停止のフリをしてナリを潜めている。
オバマは速やかに支持を表明し、訪米中の王毅外相の前に突然現れて香港問題への警告を発した。
これを見て、日本人が「お決まりの米国の人権外交」だ、などと揶揄する資格はない。
日本人は次の事実を考える必要がある。

  日本は米国以上に北朝鮮、韓国、中国の政体起源の人権問題や国民性を批判する。
  当然、日本は中国や韓国が政体の改善進化を遂げることに賛成だろう。
  だが、日本政府の態度を見る限り、そういう事には余り関心はなさそうだ。
  日本政府は香港の事態に沈黙を続けている。

この不思議なギャップは何故だろう。
理由はたぶん簡単である。在特会と仲良しの現政権と一部メディアは、ひねくれたコンプレックスから嫌中、嫌韓を煽っているにすぎないからだ。一方で、中国の現体制からしっかりと利益を得てきた。
片山さつき氏が在特会のヘイトスピーチに飛び入りして演説したらしい、などというおふざけが伝えられる政権である。つまりは、隣国の真の成長を嫌がっているだけだ。同じアジア人を見下し差別することでウサを晴らしているだけだ。だから隣国が成長する近道である「政体の民主的改革を望む」という「思いやり」など、たとえ偽善的にも表明できない。

【香港市民、全体主義の別名=民主集中制への本能的警戒】
アジアに残存する共産党はもはやオタク趣味の対象にされている感があるが、その組織原則は「民主集中制(=民主主義的中央集権制)」というものだ。これは選挙をしたら、あとは中央集権的支配に従えという、独裁政治の別名であり、数千万人を粛清抹殺したスターリン主義の別名である。もちろん、この思想は共産党だけのものではない。
ナチスも共産党をよく観察し民主集中制を利用している。ナチは合法選挙で選ばれて第一党となり、その後SSや秘密警察による脅迫や粛清によって集中的支配を貫徹した。ナチや共産主義のいう「選挙闘争の戦術的活用」という思想は、その後の姿を隠して、国民に対して「我々を選挙で選びましたね」という承認を強要するためである。暴力革命から路線を修正して、「同意を取り付けた後、速やかに集中支配を正当化する」ものだ。悪質商法の訪問販売「今、おたく、試食しましたね。なら、買わないと私帰りませんよ」と同じやり口だ。押し切られると、その後に「民主集中制」の本領「集中的支配」が始まる。
マルクス主義を克服する過程を知らないまま「世界ではすでに冷戦構造が隈なく終わった」と思い込んでいる日本人の認識は周回遅れである。アジアでは冷戦構造がまだ継続している。
マルクス主義は未だに堂々と「民主集中制は現民主制と同じだ」「今の民主主義とどこが違うんだ」とと公言している。うぶな人々は、確かに共産主義を支持できる。アジアは冷戦構造時代に留まっていると考えたほうが説明がつくことが多い。
香港市民の意識は進化している。

【「自由を必要としない民主主義」を掲げる共産主義の特性】

民主集中制が浸透すると、立候補(被選挙権)の権利も自由も実質的には無い。
共産党には権力の分割という発想はない。権力を奪取し、新しい状況で権力を集中的に行使するという思考の政党だからだ。彼らは民主主義は特定の階級による独裁にすぎないと規定する。資本主義体制の民主主義はブルジョア独裁。それをプロレタリア階級の独裁にすればより多数の独裁であるから、今より民主的であるはずだ、という。この単純な理論に昔は若者が熱狂したのだ。だが、資本主義の権力には表向き噛み付いて見せるが、自分たちの権力には一切の疑いをもたない。むしろ「ブルジョア」以上に共産主義者が権力と私有財産、既得権を守ることに汲々とする姿があらわになった。
しかし、未だにマルクス主義政党は、多数階級の代表だから、共産党は出自からして民意を代表している民主主義そのものだ、という自己撞着的論理を刷り込むことをやめない。「共産党は人類の必然的結末である共産主義社会へと、その使命に決して自然に目覚めることのない労働者を教え導く前衛政党」であるから、「我が党の見解より進んだ見解は人類には必然的に存在しない」と信仰する。共産党の議員が、時々「我が党の躍進は、歴史の必然」などとクチから漏らすのは、この信仰の告白だ。この傲慢信仰は必然的に独裁政治にいきつく。「わが共産党組織内部には民主主義は要らない、議論は分裂をもたらす、ネットでの党批判も許さない」と堂々と言えるのは、そういう選民思想(=前衛主義)が前提にあるからだ。最近では「カルト」と揶揄されるこのマルクス主義イデオロギーは、「宗教は阿片だ」とするが、それは、オルグ上の最大のライバルが宗教勢力であることを知っているからだ。

【「超監視網」で「自由なき安定」を偽装する民主集中制】

立候補自体がコントロールされる。陰険な脅迫や党の方針に沿わない発言は細かく監視され、はじめから芽を摘まれる。レーニン、スターリン体制で、思想摘発のための秘密警察が異様に膨張し、東ドイツでは、親戚・身内同士での密告制度までに最高潮に拡大した監視システム。これも、異論の事前摘み取りにより成立する「拍手喝采型議決」で「民主的監視社会」を構築し、「同意」を偽装して国民全体をマインドコントロールするためだった。
香港の場合、興味深いのは「中国化」で民主主義のシステム自体も後退する事だ。中国政府は英国の統治時代と現状を二項対立させて、「チャンスはもうこないぞ」などと言っている。では、チャンスとはなにか? それは政治用語としては「自由」である。共産党も時々「多数決」という形で民主主義の決定論を採用する。だが共産党にないのは、「自由の理念」である。
もちろん、「わが国(党)には自由がある」という民主集中制・独裁権力側の公式声明はいくらでもあるし、抵抗闘争をする「自由」はある。「ナチス抵抗闘争があるからナチスは自由主義だ」だというくだらない屁理屈も、ソビエトも使ったし、今の中国も使う。だが抵抗の「自由」は次々に収容所に送られることで同時的に物理的に抹殺され続ける。共産官僚はこの弾圧を良心の呵責なく長期に継続できる。なぜなら、人治の社会では、自分の身内は例外にできるし、反論すれば、昨日まで隣で仲が良かった「同志」の密告によって自分も粛清されるか収容所に送られるからである。この構造は自己完結し、人間を、考えない抹殺マシーンへ変貌させ、殺人会社のサラリーマンの感覚にまで堕落させる。ナチのアイヒマンと同じである。

【民主主義の「決定論」の悪用で独裁を正当化するマルクス主義】
民主主義は、その決定プロセスだけ採用すれば、51%の過半数の意見を採用し、その他の意見を切り捨てることだ。ここだけを悪用すれば、「民主主義で自由を圧殺する」ことができる。だから民主国家でも合法的に全体主義が発生する。
「共産党も選挙を認めるなら安心」というのは自由主義者にとっては大きな嘘である。現在、我々が受け入れている民主主義は自由とセットでないと全く意味をなさない。
だが、これは日本のような政治的に未熟な資本主義社会にとっても都合が悪いことだから、自由の本質は余り教育で教えられない。政治的自由を制限することばかりを強調するのが日本の特質であり、評論家はそれを「日本の文化的特質」といい始める。そういう自己刷り込みをされ続けると、本当に文化になってしまう。しかし技術社会として発展をとげた資本主義でそれを文化と割り切ると、必ず、大きなゆがみが発生する。
共産主義は、現体制に対して、自党の言論・表現の完全な自由を認めろと叫ぶ。その自由も現民主制は認めている。だが彼らは、自党内部や自党の影響下で支配する「民主団体」では完全な自由を認めない。マインドコントロールとプロパガンダの手法、政治的謀略を駆使して異論を排除し、そして「選挙」し、あとは「集中的支配」をし不正に異議を唱えるものは限りなく存在しない。その後、当然のことだが自由な候補者はいなくなる。

【世界史的な光景にコミットできない日本】
共産党は、香港市民の愛する自由主義に近づこうとするのではなく、香港社会を「民主集中制」に後退させようとしている。
世界史的にも珍しい光景だ。
一方、中国進出企業の半分くらいは中国の民主化を真剣にはのぞんではいない。民主主義が成長すると、安い労働力を消費しづらくなるからだ。現地で製販一体化をしていても同じことだ。歴史認識さえも欠落した形で、いくら企業が多数進出しても文化の相互理解にまでは到達しない。
かつてのフィリピンのマルコス独裁政権下で苛酷な搾取をしていた感覚だ。中国の政体がどうだこうだ、といいつつ、実際には共産党独裁が継続してもらった方がいいと密かに心の底では望んでいるという感覚だ。国家社会主義。拝金主義者は生きるすべを知っている。スターリン以降のソビエトの赤い貴族・ノーメンクラツゥーラは、共産主義の理論を百も千も口にしつつ、資本主義体制以上の秘密特権を甘受する別格の独占資本主義者の支配を生み出した。今のロシアもその後遺症から逃れることができない。スターリン主義の粛清犠牲者の調査が、共産主義者ではないプーチンによって妨害されている。

【香港市民に対してメッセージを送らない日本政府】
日本政府は、あれだけ中国の領土主張を糾弾するのだから、香港の民主化運動を支援する声明でも連発するのかと思いきや、報道があるだけで、全く問題視するそぶりさえない。中国民主化への視点が希薄なのは、驚くほどだ。
しかし、香港は、このままでは収まらない。このまま続けば、第二の天安門事件になる可能性がある。
香港ヴィクトリアパーク夜景
中国は香港の自由な選挙に介入せず、香港にまず自由を認め、本来の民主主義の目標にして、できるだけ早く「名目共産主義」と「一党独裁政治」から脱却しなくてはならない。そういうわずかな意思が中国政府にあるなら、行政長官選挙で、民主派(自由派)に妥協したほうが得策だ。香港が中国と違う政体に到達したところで、中国国民は共産主義のマインドコントロールの呪縛からは簡単に逃れられない。

だが、中国が将来、香港をめざして普通選挙権を施行し、複数政党制で政権交替の出来る国になることは、内政的にも外交的にもメリットがある。中国は日本と米国をいつも意識して生きている。米国は今や世界的に軍事的・政治的失敗を重ね、内政の混乱につながりかねない萌芽を抱えている。日本といえば、政権の関係者が何人も人種差別主義グループやネオナチ団体とも懇意であり、選挙までナチに見習ってやっていたことがばれている。
日本は、民主政体としてはアジアの中ではマシなクラスだが、世界の先進国では後塵を拝している。そして、アジア侵略戦争への反省が全く欠如した国だ。日本がいくら「平和国家」といっても、「ほら被害国の気持ちもくみ取ろうとしないし、集団的自衛権で米国の片棒かついで、別にほかの国と同じレベルじゃないの。“普通の国になりたい”って、首相からして自分でいってるし。オマケに政権にネオナチ信奉者が何人もいるって、信じられないな。」となっていく。9条の精神とか、広島・長崎の願いを世界に届けるというソフトパワーは、政党政治が陥る必然的劣化により、その本来の発現方法を見失っている。
さらに日本は、中国の一部国民にとっては、許しがたい、中国を蔑視し、見下している国だ。

【中国にとっては…】
こういう状況下では、中国が政治改革を進めれば、日本をも「乗り越える」最短の道となる。
そうなれば小さな島などに関心を持つ必要はなくなる。いろいろちょっかいを出して、米国や日本の関心を引く必要もない。中国が先導してアジアの安定をもたらし、隣国との緊張を解けば、想定以上のメリットが得られる。まず中国自身の課題として、政治改革に本気で着手しないと、日本は中国の一党独裁を奇貨として「口撃」を続けることができる。一般の中国人からしたら、「中国を侵略しまくった日本だけには言われたくないわ」というのが本音だ。だが、日本は戦争など反省していなから、そんなことにはお構いない。でもその日本の姿勢を逆手にとって、中国が先に改善すればいいのだ。
軍事力なども殆ど必要ない。ロシアの中古空母などを走り回らせたりしながら軍拡競争にひきずりこまれると、ソビエト時代のときのような政体の劇的崩壊にもつながりかねない。
自由に基づく民主主義の「同意の政治」くらい一体性を発揮する政体はいまのところ見当たらない。確かに独裁政権は軍隊も強そうだ。でもそれは見かけだけ、張子の虎。
ただ、民主主義になっても、日本の安倍政権のような高慢政治をめざしてはならない。全体主義と独裁は左右どちらのイデオロギーでも発生することを人類は何度も体験してきた。全体主義にならない国を早く作った側が本当の尊敬をうける国となる。

中国が、経済成長だけに頼らず政治的に成長し、人民の自由を承認する政体に移行すること、それがアジア世界の中で名誉ある地位を占める最短コースだ。

御嶽山が噴火し、登山客に多くの犠牲者が出ている。犠牲者の一刻も早い救出を望む。
中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014092802000052.html
動画 http://youtu.be/pr5btAJqNPQ KYODO NEWS 【共同通信社】

【“予知” という「思考停止」が生み出す犠牲
同山は、長野県木曽郡木曽町と岐阜県下呂市と高山市にかけて広がる。5千年前の噴火を最後に、一見静かになっていたとおもわれていたが、1979年に突然噴火し、地震考古学を含め歴史をひもとくことを真面目にしてこなかった科学者を驚かせた。1991年、2006-2007年にも噴火がみられ(山頂直下の地震活動が活発化した後に噴火するパターン)活動を活発化させていた。ちなみに1979年の噴火は、それまで死火山、休火山、活火山と分類されていた日本の火山学を修正するきっかけとなった。
また同山は、中央構造線がフォッサマグナと西側から合流する部分の手前(外側)に位置する。中央構中央構造線の上空付近から御嶽山を見る 2013年3月撮影造線は西は熊本から吉野川、紀之川、櫛田川、豊川、天竜川と続き、諏訪湖付近で、糸魚川-静岡構造線と交差し、フォッサマグナ地域で地下に潜って関東地域へ向かい関東平野の真ん中を貫いている。
太古、日本列島は、ユーラシア大陸の一部であり、そこからの離脱過程で大断裂を引き起こした。その痕跡が中央構造線という日本最大の断層帯である。一部は活発に動いている。(ちなみに四国の伊方原発は中央構造線のすぐ横に建設された自爆タイプの原発=中四国・九州地方を壊滅させる能力を持つ。“電力関係者には電気以外の理科の知識は無く” おまけに  “自浄能力もない” という証左だ)
元々、日本列島は大陸の東端にほぼ一直線のような形で存在していたが、地殻変動により大陸から徐々に離れ、日本海の面積を拡大するように折れ曲がり、今のような扇型の形になった。その折れ曲がった部分がフォッサマグナ。そのエリアに海の地質が堆積した。その地殻変動期(2千万年前からその後8百万年を経過した後あたりまで)では、フォッサマグナを境に日本を「西南日本」と「東北日本」に区分できる。今回、その「西南日本」のもっとも東の部分の活火山で噴火がおきたということだ。
桜島、阿蘇、富士、御嶽、浅間まで火山活動が活発になっている現況は、曲りなりにも「自然と共存してきた」と自負する日本人には今後どんな覚悟が必要かを教えているはずだ。それを強烈な形で突きつけたのが3.11。しかしあれ以降に起こっていることは、その教訓を忘れ、その覚悟からどんどんかけ離れていく姿だ。

【地震・噴火予知は不可能】
阪神淡路大震災以降、地震や火山噴火の予知のあまりな不確実性(実際には無理、実績ゼロ)が、逆に、備えに対する油断を生み出したのではないか、という反省に基づいて、減災の思想に重点がおかれ始めていた。
良識ある第一線の火山学者や地震学者も、「予知は科学的に不可能」と明言していた。
ところが3.11以降、再び、「奮闘する地震学者」などのクローズアップを通して、「予知をがんばれ」といった風潮が再登場してきている。
地震予知連絡会や火山噴火予知連絡会なども、まだ存在しているが、名前だけで、一度も予知などに成功したことはない。阪神淡路大震災以降の成果としては二種類の地震波のうちP波の初期微動を捉えて、緊急地震速報を伝えたり、新幹線に急ブレーキをかけさせる技術くらいなものである。だが、これは予知とは言わない。誰でも知っている「ガタガタ→グラグラ」を技術化したもの。あくまで地震が発生したあとの事後対処にすぎない。にもかかわらず「地震予知」なる名称を使い続けることで、大きな誤解を国民に与え続けている。
9月初旬ころから、気象庁は御嶽山に関して情報を出していたようだ。だが、「予知する」という機関が、得られたデータを、予知ができない認識水準を前提にして無理やりランク付けし、警戒レベルを五段階中最低の「レベル1」(平常)にしていた。(噴火の後になって「予知は困難」と気象庁自身がコメント。予知連の会長も「100%の予知考えないで」と言い出した)
子供でも変に思う矛盾したものだ。こういうのを普通「お茶を濁す」というが、科学者が大真面目にやり始めるとおかしな事になる。
予知などできないのに、それを敢えて隠して「予知」できるかのように装う科学者が「警戒レベルを設定」するので、一般人に向けては「まだまだ安全 、大丈夫」という誤ったメッセージを発信することになっている。登山客がわんさと登っていたのも、そういう逆転現象のおかげだ。

【なぜ予知できないのに、予知と言う?】
自然現象を何でもかんでも定量化して「預言」が可能になるという、エセ科学の動力は一体どこにあるのか…。科学界の研究費獲得という動機だけだろうか?
それで思い出すのは、鹿児島県の川内原発の安全審査で再稼働を認めた理由にある「噴火は予知できる」という記述である。
「…同論文を根拠に、モニタリングを行うことで巨大噴火を予知でき、さらに予知してから噴火までに核燃料を搬出する十分な時間があると判断している。…」
http://toyokeizai.net/articles/-/47016
お馬鹿さんとしか言いようが無い。
これには、さすがの「火山噴火予知連絡会」の会長も、「同論文(外国論文)」は当てはまらない、と疑念を表明しているが、もはや暴走体質あらわな現政権は聞く気など無い様だ。
電力と国が、すでに世間に定着してしまった「予知」の預言的印象を徹底的に使い倒して世論工作している。科学者や、その知見をゆがめるほどに「経済的社会的理由」をごり押ししてきた人びとは、責任を感じる必要があるだろう。

【神の怒りが爆発する前に核燃料をせっせと運び出す…?】
いずれにしても、原発推進のためには、火山噴火は「予知」できることにして、「その合間をぬって核燃料をセッセと運び出せる」という事にしておかないと都合が悪いらしい。(さあ、誰が運び出すというのだろうか)
想像するだけでも、戯画的な構図であり、実際には、何も手を打たないまま、偶然の災害に見舞われ、当然なりゆきまかせで、運が悪ければ原発が破裂するだけのことである。
しかし、推進の言い訳には、「神の怒りも前もって予知が可能だ」という事にするしかないようだ。原発が、それだけ一触即発の危険な施設であり、事故を発生させたときの被害量が、他のすべてのものとも比較しようが無いほど大きいという事実を、自分から「裏声」で認めているようなものである。
いずれにしても、政府によれば、自然界の現象はすべて「予知」できるほど、日本の科学は神様水準となっているらしい。
3.11の地震も津波も予知できなかったのに、である。その悲劇を体験したあとに、である。STAP細胞騒動で世界の失笑をかっているにもかかわらず、である。
金儲けや一部の「産官学ムラ」の都合のためなら、一転なんでも「予知できる」といい続ける。意図的に演出された「過信」である。

【予知/予見を詭弁で使うことに躊躇いの無い一部科学者】
一方で、「予知できない」といえば、それが正直で正しい立場なのか? 
どっこい、それほど世の中は単純ではない。「予知/予見は不可能」という一見、“科学の限界に謙虚な視点” を装いながら、それに巧妙に作為を加えて、同じく犯罪企業の言い分を代弁しながら、自己を売り込む御用学者もいる。
実際、産業公害では責任逃れを図る企業が、自らが引き起こした事件事故を「予見不可能」だったと声高に主張する。そして、時に、見識のない裁判官が見事にだまされて一時的に無罪となる。森永ヒ素ミルク中毒事件でも森永は一審で無罪となり、百人以上の乳児が殺されても、「加害者は誰でしょう?どこにもいません」などという恐ろしく不正な状態が14年以上にわたって続いた。
最近では3.11以降「放射線は怖い」といいながら登場してきた武田邦彦氏が、一方で水俣病に関して、「チッソは有機水銀の有毒性を予見できなかったから無罪だ」という詭弁をサイトで拡散している。
歴史認識の無い人に対してのみ、刷り込み効果を発揮するような低俗な屁理屈だ。
低俗であるが、大変巧妙に偽装されている。
実際、この加害(原因)企業が主張する「予見可能性論争」に問題を矮小化し、加害者の免罪を進める手法が、今では、殆どの産業事故でまかり通っている。「予見/予知できるかどうかが責任の所在となる」という、驚くべき後退した思考方法だ。企業が社会に果たすべき結果責任を、科学者が認知論を詭弁的に振り回して煙幕を張り、曖昧化しつつ免罪を試みる。一般人や人文系専門家は、認知論が屁理屈の水準で悪用されていても、理系の論争には関与する資格がないかのように思い込まされ傍観者のまま時間が経過する。かつての産業公害では許されなかった類の詭弁が今また復活している。半世紀ほど逆戻りして1950年代の認識水準に下っている。

【科学は予知/予見不可能と言いつつ犯罪企業を免罪する詭弁の正体】
有機水銀中毒が発生するまでに至った水俣湾の汚染など、見たらわかるほどの汚染状態で、発症が集団的に明確化し、科学的に証明する動機が科学者のなかに生まれる、その何年も前から、被害が起こっている。
先の武田氏の詭弁は簡単なトリックに基づいている。
わかりやすい事例を提示する。最近の先端化学工場の事例でいうと、一部では化学組成の不明なほどの怪しい最終廃棄物が産出される。それを万が一海に放出したらどうなるか、と仮定する。そもそも化学組成からして不明な物質が、どんなメカニズムでどんな影響をどこの住民に生み出すか、当然、事前にはわからない。海に流せば複雑な生態系のなかで生体濃縮が発生し毒物が蓄積されていくことは明白であるが、自然界のなかでどんな因果関係が生まれるか、あらかじめ予測することは科学的には困難だ。いや実際に流してみなければその物質が環境に与える挙動は正確にはわからないだろう。
であれば、「流す」のか? いや普通は流さない。だから実際、よりまともな企業は海に流さず、コストをかけて地上で特殊処理している。
だが、武田邦彦氏の言い分だと、「この怪しい廃棄物を海に排出した企業は、“科学的な被害予測ができなかった”  という単純な理由で無罪放免」となる。
こんな屁理屈をもっともらしく展開する御用学者が世間にウヨウヨいる。

【因縁果律の掟】
水俣病に関しては、むちゃくちゃになった生態系で有機水銀中毒が発生した原因を懸命に究明していた良識ある医学者に対して、チッソは、怪しげな仮説を意図的に乱立させて目くらましを食らわせ、森永ヒ素ミルク中毒事件の5人委員会や西沢委員会の大成功に見習って御用学者を動員して徹底的に邪魔し続けた。そのチッソを「企業さんが事前に被害予測ができるわけがない」のヒトコトで免罪する科(化)学者がメディアに大量出演して、言いたい放題の連続である。こんな無節操が跋扈している現状こそ、深刻な精神後退だ。

科学者が、わかりもしない現象を「予知できる」かの様に振舞ったり、逆に、犯罪企業の責任逃れに加担して「科学は予知できない」を、社会的責任論に無理矢理混ぜ込んで社会倫理を毀損したり...。詭弁が大流行りの昨今だ。科学者がその専門知識を「自己の処世術」で使い始めれば、物事を主客転倒させて見せることなどたやすいと言う事を一般人は警戒しておかなくてはならない時代だ。科学リテラシーを磨いて、素人が彼らの論文を精査するぐらいの覚悟をもたないと、たやすくだまされ、人間の尊厳も毀損され、命さえ奪われ続ける。

この人間社会の創り上げた科学の「ご都合主義的処世術」に、神は、御嶽山の噴火で警鐘を鳴らしたのかもしれない。生きている人びとが、自分のことにしか関心をもたない利己主義を「自由」と混同し、隣人の不幸や哀しみ、不正な行為に怠惰な姿勢を取り続ければ、正邪は逆転する。真の悪は、共犯者の助けを借りて大手を振り続け、世の隅々にまで蔓延跋扈する。それは次の不条理を準備する。そして、犠牲になった人びとの魂は永久に浮かばれず、その怨念は宙を漂い、生きている人びとに別の災厄としてふりかかるだけである。それが因果律の掟というものだ。

「墨塗り」事故調書が「公開」さる。 吉田昌郎氏を英雄視する誤り。

9月11日、政府は東電福島第一原発事故に関して政府事故調19人分調書を公開した。

ここで明らかとなったのは、吉田氏の発言が何らかの社会的正義性をもったり、同人が英雄視される理由など何もない、ということだ。
「逃げたとか逃げない」とか、被災者からしたらどうでもいい事ばかり話している。所詮、加害者側にいる者の「言った言わない」の言い訳の世界だ。
一部メディアは、これまで慎重かつジンワリとチマタの人々に、「所長、“何度か死に掛けた”」「所長最後まで現場にいた」「所長死んだ、過労だろうか、かわいそうに」という無意味なイメージ=「虚像」をつくり上げてきたフシがある。調書が闇に隠されているのをいいことに、彼への英雄像を、じんわりとつくり上げてきた。
そして今回調書が公開された。
吉田氏本人の語りをみてみよう。所詮、仕事を語っているに過ぎない。それに加え、「自分が言ったことと違う正確でないアナウンスへの怒り」みたいなものをああだこうだと吐露している。だが肝心の、発電所の現場最高責任者としての「社会的責任」への自覚は殆ど見られない。その責任を「現場の言い分」を百も並べることで相対的に矮小化を図っているように見えるフシがある。まるで、「自分は原発のオペレーター(に過ぎず)で、放射性物質の拡散なんか計算してもないし聞かれてもわからんのに、そんなことを聞く政治家の馬鹿やろうだ」みたいなことを節々で言いまくっている。ミクロの理屈ではそうだ。だが、かれは、余りに明らかな自己の社会的責任については口を閉ざしている。避難範囲についての意見を聞く者を、「見当ちがいだ」とそこまで揶揄する資格が彼にあるだろうか? 彼は加害者である東電の現場の第一責任者である。
挙句に「(対処が)遅いといったやつを許しませんよ、…ではお前がやってみろと言いたいんですよ…その話は私は興奮しますよ…」オタクかカルトか?この言い草、この逆切れぶり…。自己内省度、反省度ゼロだ。悪事や不祥事がバレて開き直るときの常套句「文句があるならお前がやってみろ」だ。ならば言おう。「文句を言われるような事態を起さないように事前に会社と闘って努力しろ。事故を棚に上げて自分の仕事ぶりの自慢話をする暇があれば、被災者が “もういいよ” というまで謝罪し続け、事故を起した自分を反省し続けろ。あなたは、こどもか?」
そしてついでに言う。その調査で語った「許しませんよ、興奮しますよ」…それを被災者の前で言ってみなさい。「顔面にパンチ」では済まないだろう。

加害者としての立ち位置への自覚が全く無い人間だ。一部メディアが現場の責任者を「妙に持ち上げてしまったおかげ」=副作用だ。
まるで、「STAP細胞ありま~す」「私には責任ありません」「会社がわるいんで~す」と理研に責任転嫁してなんとか批判の矛先をかわそうとしている小保方晴子氏、その「中年おじさんバージョン」に見える。みっともない姿だ。

結局、自己内省の足りない現場責任者の姿が露に
みんなが怖がる放射線の中に居たという、ただそれだけで、なんとなく「福島フィフティ」などと持ち上げてきた。それ自体が笑止だ。神風特攻隊を美化する短絡と同じだ。だが彼は道具として消耗された兵士ではない。少なくとも彼は、東京電力側の原子力を稼動させる立場にいた人間だ。
百歩譲って、吉田所長は、事故前から、東電福島第一原発の管理責任者として、今回の事故が起こらないようにするための内部告発をしたり、東京電力と闘ってきたのか? NOだ。そもそも「津波や地震には素養がない」と発言している。
「自然現象への素養?そんな詭弁を遣わなくてもいい、予知などできなくてもいい、あなた方には結果を回避する義務があるんです」と断固として諭す者が少なすぎる。もっとも重要な責任部分を“しらぁ~”とかわしている、単なる無責任人間ではないか。

吉田所長と正反対の、「隠れた英雄」は世界中にいる
逆に、内部告発をして、いじめられて、そうやって会社を去った人間は何人もいる。
かつて、巨大航空機メーカーのある技術者は、就航前に空中爆発の危険性への警鐘をならし、内部告発をして、会社を解雇され、生活の糧を失った。たが、それでも彼は粘り強く世間に訴えた。結果二階建て巨大ジャンボ機は内部告発者の指摘を改善して1年遅れで就航した。そういう人々は沢山いる。

一方、彼は電力会社に居残った側の人間だ。自分の管理する発電所への批判を省みて改善改革の努力もしていない。仕方なく作業しただけだ。何を偉そうに「あほみたいな国、あほみたいな政治家ども」などと言っているのだ。その「アホみたいな政治ども」にあなたの給料の支払元である電力がワイロを送りまくって、その電力と買収された政治家が、交付金と言う名の麻薬を貧しい村にバラ撒いて心を狂わせ、強行建設していった原発が、この吉田氏の職場だ。その原発の所長で厚待遇に甘んじて、なにも根本的改善をはからなかった自分への深い自覚がまったく見られないのは、今回再掲された吉田調書の内容にしても同じ。「あほな政治家と一緒にコップのなかでぐるぐる回っている」だけだ。「福島フィフティ」とかいって、おかしいんじゃないの?と、そろそろはっきり言わないといけない。東京電力福島第一原発事故は最低あと半世紀は続く。放射性物質が拡散され、地下水を汚染して海に流れつづけ、廃炉作業にしても40年以上かかる。原子力の場合それは事故の継続中と同義語だ。したがって、正邪の闘争も永遠に続く。それに連動して社会も影響をうける。或いは、その逆かもしれない。産業公害も被害者が後遺症に苦しみ続け、加害企業が歴史の偽造を平然と継続し、事件は継続中だ。原子力事故とて同じだ。
森永ヒ素ミルク中毒事件における狂った歴史歪曲主義の策略は、この事故の半世紀先に何が起こり得るか、それに大きな示唆を与えているといえるだろう。

御用学者の「復権」がまかり通る狂った社会
1955年発生の森永ヒ素ミルク中毒事件で被害者を圧殺する先頭にたった岡山大学医学部小児科の浜本英次教授。
当時の厚生省は「最初にヒ素の発表をした」英雄として表彰した。これと同じパターンの焼き直しだ。
その後浜本氏は阪大の西沢氏とコンビを組んで、被害者救済運動を圧殺する先頭に立つ。御用学者として徹底的に手を汚していく。そもそも彼はヒ素中毒の発表を遅らせた張本人であり、食中毒通報さえ怠った。本来、人命を守る最低限の義務さえ医師として放棄した。刑事犯にされてもおかしくない。しかも、本当の第一発見者を押しのけて、自分が発見したと厚顔無恥に売名に走った人間だ。それが2000年をすぎて「復権」を果たしている、果たし続けている。左右の勢力がそれを大政翼賛で支えている。金と権力を手中にすると、黒を白と言いくるめて一顧だにしない。醜悪極まりない姿だ。
浜本氏の所業は、そのほんの一部が下記サイトのPDFに事実として暴露されている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm

そして、当時の厚生省の手先になった連中は、この数十年間をかけて、次々にこの御用学者を免罪してきた。このような、数十年の無責任社会への逆行思潮の延長線上にあるのが吉田英雄視だ。

「結果回避義務」が企業にはある
森永では、当初検察側の訴訟構成に弱点があった。そこを徹底的に衝いて、森永は無法にも無罪を勝ち取り、調子づき、遣りたい放題の金儲け主義に拍車をかけた。被害者圧殺中に刊行された「森永乳業50年史」は悪魔の辞典である。森永製菓出身の電通の常務が、意気揚々と、世論工作をしてやりましたわ、と自慢話にふけっている、それをしっかり拝聴しよう。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm
こんなのは序の口。
乳児を大量虐殺しておきながら、実際に森永がやったことは、筆舌に尽くし難い鬼畜の所業だ。

それを許さず、血みどろの戦いに呼応した市民運動と日本の法曹界が学習した貴重な知見(以下学術論文)が今、まさに失われている。このような貴重な判例も、行動し、訴える人間がいないと活かされない。犯罪者たちは、世論を工作して、森永ヒ素ミルク中毒事件で得られたような画期的な判例を、そもそも適用しなくてもいい、問題を問題として提示されることのない「おとなしい社会」をつくろうとしている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nakajima-takako-ronbun02-nihonno-kagakusya.pdf

森永ヒ素ミルク中毒事件では、その後十数年をへてから、かろうじて工場長が有罪判決を受けたが森永社長は全くおとがめなしだった。市民が森永製品全面不買運動を全国に広め、会社が倒産の危機に追い込まれるまで、反省度ゼロの会社だった。そして被害者団体と救済に合意したあとから、早くも被害者団体内部の腐敗分子や組織私物化を目指す党派イデオロギーを橋頭堡として、露骨な介入を始める。未だに、反省度ゼロだ。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

森永乳業の罪を免罪し、御用学者の復権をめざす本末転倒のイデオロギーに代表される、このような思潮の蓄積が、こういうおかしな状況を「自然な風に」見せて行く。一種の思想的全体主義だ。「予見可能性」という、すでに法的には通用しないカビだらけの詭弁で「チッソは無罪」と公言を続ける武田邦彦氏みたいな人間がイマドキ跳梁しているのも、その好例だ。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1000735400.html

抹消されていく被災者の情念と、巧妙に仕込まれるプロパガンダのピース
そして、故郷に帰れず棄民化される現地住民の憤りや恨みは、「花は咲く」といった、とても美しい旋律で曖昧化され、成敗、平定されていく。みんなで歌を歌いながら「憤りを表に出してはいけない」と言葉を遣わず説教を垂れる知恵者がいる。
理不尽な目にあった人々が、理不尽な忍耐の精神を強要されていく。周囲のものは、涙をながして、一瞬だけ同情し、そういう自分に酔いしれて、現地の人々の情念など思いもよらない。そして、時間がたって、忘れて、それで終わりだ。

さらに悪質なのは、「ぐちゃぐちゃいうものは、所詮金目当てだろう」という巧妙なる世論工作がすでに水面下で張られていることだ。

「金目でしょ」発言も意図的に流された可能性さえあると思えるくらい、被災者に刃を向けたプロパガンダだ。世論と被災者を、気付かれないように分断するプロパガンダ、それらを構成する重要なピースがあの発言で見事に埋め込まれたことは間違いない。「失言」の形を敢えてとったのなら、「分断工作の手法、より洗練されてきましたね」と、とりあえずは感心してあげよう。

森永ヒ素ミルク中毒事件時の「5人委員会」の焼き直し
さらに三周下って、加害企業への感謝を要求する正邪逆転

この「金目」発言も、1955年に森永乳業と国とメディア幹部が作り上げた「5人委員会」の戦略戦術とまったく同じものだ。生き写しのような焼き直しである。
あまっさえ、現状の森永ヒ素ミルク中毒事件では、「本当に金に目がくらんだ」者たちが、被害者に対して「我々は金目当てではない、カネ、カネというな」と、いかにも高邁な御宣託を垂れるポーズをとりつつ、陰で、森永乳業のすでに通用しなくなったカビまみれの「無罪主張」をどうやって世間に浸透させようかと四苦八苦している。
挙句、「いまでは森永さんは被害者にとって大切なスポンサーさんなのだよ、それを君たちわかっているのかい。森永さんの繁栄を望まないといけないんだよ。森永さんのご機嫌を損ねることをしちゃあいけないんだよ。被害者が先頭に立って森永製品の販売促進運動をするくらいじゃないといけないんだよ」と、数十年に渡る刷り込み「教宣」(←このような日本語はそもそも存在しない。左翼党派内専門用語)に手を染めるに至っている。

異論を唱えると「みんなに迷惑を掛ける人」なるレッテルをはられる。貼られるほうも、先人たちの情念など知る機会を得ていないから、すぐに鳴き止む。
計画的に吹き込みをしている連中は鬼畜だが、それに流されて、「教宣」活動に邁進する愚かな兵隊達の姿も、また異様に哀しい。

水俣病患者が、患者団体の幹部から「患者自らチッソ肥料の販売促進運動を先頭にたって行えばチッソが儲かって君も幸せになれるかもよ」などと説教されてるようなものだ。このような、糞溜(くそだめ)みたいな奴隷思想を吹聴して憚らぬ風潮が日本社会にはある。こんな倒錯にメディア自体が疑問を挟むことができないで、なんで東京電力の責任を追求できようか?
吉田英雄視が堂々と罷り通る背景には、虐げられたもの達の情念を理解できなくなった社会全体の精神疲労がある。まさに石牟礼道子氏が、「最近の人々には、人間の情念を理解しようという努力がない」と看破した社会の行き着いている姿だ。

 

 

日本の「名誉」を傷つけるとは、こういう行為では?
1.極右代表と撮影:高市氏と稲田氏ら、欧州メディアが批判

毎日新聞 2014年09月10日 12時05分(最終更新 09月10日 12時56分)
http://mainichi.jp/select/news/20140910k0000e010272000c.html?inb=twAFP通信が世界に配信した写真
 高市早苗総務相や稲田朋美政調会長ら自民党の国会議員3人が以前、日本の極右団体の男性代表と議員会館で撮影した写真が、団体のホームページに一時掲載されていたことが10日、分かった。ホームページにはナチス・ドイツの「かぎ十字」や外国人の流入阻止などの主張を掲載しており、欧州などの主要メディアが相次いで批判的に報道した。写真は議員側が抗議し、既に削除されている。

 団体は「国家社会主義日本労働者党」。

 高市衆院議員の事務所によると、問題の写真を撮影したのは3年以上前という。「雑誌の取材を受けた際『山田』と名乗る男性が同席し『一緒に写真を撮りたい』と言うので、雑誌の出版社を信頼してお応えした。どういう方か全く知らなかった」と語った。

 また、稲田衆院議員の事務所は文書で「(山田と名乗る男性とは)雑誌取材の記者同行者として一度だけ会い、その際、写真撮影の求めに応じた」と回答。「その人物の素性や思想はもちろん名前も把握しておらず、それ以後何の関係もない」という。

 西田昌司参院議員の事務所は「撮影を頼まれたら普通は断りにくい。極右団体のリーダーとは全く知らなかった」と説明した。

 一方、英紙ガーディアン(電子版)は、インターネット上での発言などから男性は「ヒトラーを崇拝している」などと指摘。「(高市氏らが)男性と信念を共有しているという証拠はないが、安倍首相が政権をさらに右傾化させているとの批判に油を注ぐだろう」との見通しを伝えた。

 米ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副所長は9日、毎日新聞の電話取材に「(写真を)見て首を振らざるを得ない。こうしたことが起きないよう責任を持って対処する人はいないのか」と強い不満を表明した。【野島康祐】

2.高市総務相ら、「ネオナチ」と写真撮影 英紙など報道

朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S11344601.html
斉藤佑介、吉浜織恵20149102338
 高市早苗総務相自民党の国会議員3人が、ナチス・ドイツのシンボル「かぎ十字」に似た旗などを掲げて行動する団体の男性代表と一緒に写真に納まっていた。団体のホームページ(HP)に一時掲載された。欧州を中心とした海外メディアが相次ぎ報じた。

 「どういう人物か知らなかった」

 団体は「国家社会主義日本労働者党」。HPでは「外国勢力から祖国民族を守護」「日本民族の優秀性を確認し血の純血を保持」などと訴えている。撮影には高市氏のほか、稲田朋美政調会長と西田昌司参院議員が応じていた。

 団体代表の山田一成氏(52)や3議員の事務所によると、2011年夏、山田氏が論壇誌のライターとして個別に議員会館を訪れ、インタビューをした後、「一緒に写真を撮りたい」と撮影したという。

 高市氏の事務所は10日、「付き合いは全くない。出版社がスタッフとして連れてきた方が2ショットを撮りたいとのことで応じただけ。どういう人物か知らなかった」と説明。指摘を受け、出版社を通じて写真の削除を求めたという。

 稲田氏の事務所は同日、「所属団体を含む素性や思想はもちろん、名前も把握しておらず、それ以後何の関係もありません」と文書で回答。西田事務所は「彼が何をしている人物か全く分からなかった」としている。

 山田氏は「思想は明かしていない。記念にHPにアップしたが、議員に迷惑をかけるつもりはなかった」と答えた。

 第2次安倍改造内閣発足後、ネット上で話題となり、AFP通信が8日、高市氏らが過激思想の団体代表と写真撮影をしたと配信、「安倍晋三首相が周辺に右寄りの人々を集めているとの論調に拍車をかける」と伝えた。配信を元にシンガポールのストレーツ・タイムズ紙、英タイムズ紙や英ガーディアン紙などが報じた。同紙は「ネオナチとの写真、安倍首相の悩みの種に」と発信した。

 吉田徹・北海道大准教授(欧州比較政治学)は「ドイツではナチスを肯定する言説だけで罪になり、フランスでは歴史修正主義を公に発言すると法に抵触する。ナチスの思想信条を是とするような人と写真を撮る現役の政治家はいない。だから欧州メディアが驚きをもって報じたのでは」と話す。(斉藤佑介、吉浜織恵)

高市氏が推薦文を書いたとされる「ヒトラー賛美本」
3.「どういう人物か知らなかった」?
高市早苗氏、以前からナチに親しんでいた。
http://matome.naver.jp/odai/2141031878564112301

からナチシンパだった!? 高市早苗総務大臣が自民党広報部長の「ヒトラー賛美本」推薦文を書いていた
「松下政経塾」もこの本と同じ精神で活動していると書く。へえ、そうなんだ…。

AFP通信
内閣改造で起用の2議員、ネオナチ団体との関係を否定
20140910 14:10 発信地:東京
910 AFP】安倍晋三(Shinzo Abe)首相による内閣改造に伴って重要ポストに起用された2人の議員が、過去に国内のネオナチ思想を掲げる極右団体の代表と共に撮影した写真が団体のウェブサイトに掲載されたことを受け、両議員は8日、事務所を通じ、過激思想の疑惑から距離を置くコメントを出した。
総務相に就任した高市早苗(Sanae Takaichi)衆議院議員と、自由民主党の政務調査会長となった稲田朋美(Tomomi Inada)衆議院議員は、団体「国家社会主義日本労働者党(National Socialist Japanese Workers Party)」のウェブサイトに掲載されていた別々の写真の中で、同団体の山田一成(Kazunari Yamada)代表とツーショットで収まっている。
これらの写真は、安倍首相が自身の周辺を右寄りの政治家で固めているとの疑惑をさらに過熱させることになるだろう。
山田氏のブログ投稿は、ナチス・ドイツ(Nazi)の指導者アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)への賛美や、2001年の米同時多発テロを称賛する内容を示している他、国家社会主義日本労働者党のウェブサイトでは、デモで「かぎ十字」を身につけた山田氏を写した映像が公開されている。
2議員を写した写真には、「20116月か7月にかけて所謂、自由民主党の保守系議員を議員会館に訪れ、会談した」との説明書きがある。
高市議員と稲田議員の両事務所の関係者は8日、これらの写真が本物であり、過去数年の間にそれぞれ議員会館で撮影されたものであることを認めた上で、山田氏との政治的なつながりは否定した。
高市議員の事務所関係者はAFPの取材に対し、山田氏について「何かの取材のときに取材者が連れてきた人で、写真やメモをとる係の人だった」と説明。「その人が誰か知らずに写真を撮った。(高市議員は)撮ってといわれれば撮るから」と述べた。
事務所では、メディアからの問い合わせを受け、山田氏側に写真の削除を申し入れたという。この事務所関係者はさらに「うかつだった」と述べ、高市議員は山田氏の思想を「まったく支持していない。うちとしては迷惑だ」と話した。
一方、稲田議員の事務所関係者も、同議員はネオナチ思想に賛成していないと言明。「支持していないし、そう誤解する人がいたら残念だ」と述べた。(c)AFP

英国ガーディアン紙
The Guardian, Tuesday 9 September 2014 05.18 BST
http://www.theguardian.com/world/2014/sep/09/neo-nazi-photos-pose-headache-for-shinzo-abe
Neo-Nazi photos pose headache for Shinzo Abe
Two newly promoted political allies of Japanese PM shown smiling alongside far-right figure Kazunari Yamadaガーディアン紙掲載写真

Justin McCurry in Tokyo
The Guardian, Tuesday 9 September 2014 05.18 BST 
Jump to comments (153)
Pictures from Japanese neo-Nazi Kazunari Yamada’s website show him posing with Shinzo Abe’s internal affairs minister, Sanae Takaichi, and his party’s policy chief, Tomomi Inada. Photograph: Guardian

Barely a week after Japan’s prime minister, Shinzo Abe, overhauled his administration amid flagging popularity, two of his senior colleagues have been forced to distance themselves from rightwing extremism after photographs emerged of them posing with the country’s leading neo-Nazi.


Sanae Takaichi, the internal affairs minister, was among a record-equalling five women selected by Abe as he attempts to make his cabinet more female voter-friendly and to increase women’s presence in the workplace.

Takaichi, an Abe ally on the right of the governing Liberal Democratic party (LDP), was pictured posing alongside Kazunari Yamada, the 52-year-old leader of the National Socialist Japanese Workers party, on the neo-Nazi party’s website.
A smiling Takaichi and Yamada appear together standing in front of a Japanese flag.
Yamada has voiced praise for Adolf Hitler and the September 2001 terrorist attacks on the World Trade Centre. In a YouTube video Yamada’s supporters are seen wearing swastika armbands, while he denies the Holocaust took place and criticises postwar Germany’s ban on the Nazi salute, accusing the country of being “no different from North Korea”.

Takaichi met Yamada “for talks” at her office in the summer of 2011, according to her office. Confirming the photographs were genuine, a spokesman for Takaichi claimed her office had been unaware of Yamada’s extremist views at the time.


“[He] was an assistant to an interviewer and was taking notes and photos,” a member of Takaichi’s staff told AFP. “We had no idea who he was back then but he requested a snap shot with her. [She] wouldn’t have refused such requests.”


Media coverage prompted her office to request that the photographs be removed but by then they had already been widely circulated on social media.


“It was careless of us,” the staff member said, adding that Takaichi did not share Yamada’s views “at all … it is a nuisance”.


A second photograph shows Yamada standing alongside Tomomi Inada, another close Abe ally who was given the powerful job of LDP policy chief. Inada’s office was quick to distance the MP from Yamada, whose website celebrates the “samurai spirit” and proclaims that the “sun shall rise again”, saying it would be disappointed if the photograph led people to “misunderstand what she does”.


While there is no evidence that either politician shares Yamada’s neo-Nazi ideology their appointment has fuelled accusations that Abe is taking his administration even further to the right.


Takaichi and Inada have both visited Yasukuni shrine, which honours Japan’s war dead, including 14 class-A war criminals; last week, Takaichi said she would visit Yasukuni again, this time in her role as minister. “I’ve been visiting Yasukuni as one Japanese individual, to offer my sincere appreciation to the spirits of war dead,” she told reporters. “I intend to continue offering my sincere appreciation as an individual Japanese.”


China
and South Korea view politicians’ pilgrimages to the shrine as evidence that Japan has yet to atone for atrocities committed on the Asian mainland before and during the second world war.
----------------------------------------------------------------------

同胞の悲劇にさえ口を閉ざす心無き政治の象徴
最近の政界はナチス親衛隊ばりだな、と思っていたら、案の定、ヒトラーのプロパガンダに学ぶ本を真面目に参考書にしていたのだね。「我が闘争」をひそかにバイブルとしてきた某党広告代理店の関係者なども同類。
ユダヤ人大量虐殺なんか、なんとも思っていない、人の心を失った魑魅魍魎としか言いようが無い。
従軍慰安婦問題で「日本の名誉」を云々する暇があったら、まずこういうことからケジメをつけて、それこそ、池上氏がいうように、全世界に対して謝罪したほうがいいだろう。
ハンセン病や水俣病など、或いは森永ヒ素ミルク中毒事件での被害者圧殺に関して、御用学者や関係官僚が謝罪の一言も発していない事、むしろその「弟子」たちが、懸命にそれを復権するための画策をやめていないこと、それら同胞の悲劇に口をつぐんできた日本全体の過去が未だ何も精算できていない現実について、「日本人の名誉」を叫ぶ向きは、どう考えているのだろうか? 何も聞こえてこない。

English Version

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-NOSE-REPORT-J-TO-E-byEitaroNOSE-pdf.pdf

ブログ「世に倦む日々」
朝日叩きのファシズム - 池上彰の騒動に軽薄に便乗する左翼・リベラル
http://critic20.exblog.jp/22563294/
反動のプロパガンディスト池上彰と視野狭窄な水島宏明の朝日叩き
http://critic20.exblog.jp/22567938/
で、
憤りをこめて掲載されている写真の中に以下のようなものがある。
池上彰が朝日新聞と個人的に揉めるのは勝手だが、それは、彼の“商売”上のトラブルだ。それが、こういう結果になっていることに関して、彼のアナウンスは全く聞こえてこない。NHK経営委員のカルトな面々、「イスラム国」湯川問題で自粛を迫られていた面々も勢いづいて、大いに跳梁を始めている。
マスコミへの白昼堂々の暗殺予告
極めつけはこれ。
It is written for the placard, "We annihilate all employees of The Asahi Shimbun ".

朝日新聞阪神支局の記者を殺害した犯人が自称した「赤報隊」なる名称を白昼堂々名乗って、「朝日新聞社員を皆殺し」とプラカードを掲げて行進している。

これが民主主義国家を標榜する日本の現状なのだ。街頭で暗殺予告のプラカードを掲げて行進しても取締りを受けない。まるで、かつて内戦に明け暮れていた中南米やフィリピンの極右暗殺テロ団の姿そのものだ。

何が右翼で、何が左翼か、もう殆ど区別がつかない時代だが、知人には、我こそ真の右翼という人や、義侠的右翼、原点&オーソリティとしての右翼を自認する人、右翼とか左翼とかには関係ない軍事関係者も沢山いて、非常に楽しい付き合いをさせてもらっている。だが、上記写真の集団は、それらの人々とも人間の「質」からして全く違う、無縁の集団だ。

「嫌韓」「嫌中」などと、人間の奥底のプライベートな感情をオフィシャルに大見出しで躍らせる媒体の作風そのものが、遅れた文化水準であることを図らずも表出している。で、一方で、「韓国や中国の水準は低くて嫌いだ」と言っている。こういう状態を堂々巡りの思考停止という。
それを自覚できず、「嫌韓」「嫌中」記事を読んで、日頃の個人的ストレスの溜飲を下げる人が多いのだろう。

朝日はリベラルで、毎日や読売や産経が別物だとは思わない。いずれの社にも、良心的で誠実な記者は沢山いる。いずれの社も問題をかかえているが、それはそう大きな違いのない問題だ。そして、いつの時代にも「人権を踏みにじられた人々の情念の叫び」は大体において封殺されたままだ。企業がその犯罪に関与している場合、左右の政治勢力とともに、メディアは見事に足並みをそろえて「黙殺」に走る。「事実誤認」「倫理コード逸脱」「訂正サボタージュ」など、大から小まで各社に一様に存在する。

それに比べれば歴史認識や政治思想を発掘し、「公開の場」で「正々堂々と」ぶつけ合い、喧々諤々の議論をするという一見タイソウな事も、多少荒っぽくまとめると所詮、「趣味の世界」だ。
だが、ストアな趣味の世界さえオープンに楽しめず、逆に、自己の考え方を「戦闘力の誇示」や陰湿な「粛清や査問」という、アンダーグランドかつ威圧的な手法で強要していくのが左右の全体主義者だ。そこには大体、背景に商売がからんでいる。やっている当事者のごく一部は趣味的ではあっても、不満者・貧困者を囲い込み、特定の政党勢力の利害に奉仕することで、そこに絡む様々な態様の金銭のおこぼれで飯を食っている謂わば「貧困ビジネス集団」。これらが左右の実働部隊を動かしている。そしてこのような実働部隊が跳梁を始めると、思想は趣味ではすまなくなり、現実化する。その典型がナチであり共産主義だ。結果、無数の銃弾と砲弾の鉄片が兵士の体を引き裂き、市民の頭上に「なぜか大量の火の粉」と「粛清の嵐」が降り始めるといった、空前絶後の「痛くて辛い修羅場」が登場するに到るのだ。

左右がお互いに刺激しあってヒートアップすることを止められない日本。自己崩壊したワイマール体制下のドイツを改めて思い出す。


In Japan, an assassination notice to a newspaper reporter is openly perpetrated in broad daylight.
A murder notice of broad daylight
朝日新聞記者への暗殺予告 Assassination notice to a reporter for The Asahi Shimbun  従軍慰安婦 Military brothels  Comfort Women  

笑えるようで笑えない記事が産経新聞に載っていた。

臨時国会の焦点が、朝日新聞? 暇をもてあます税金泥棒的野党
---------------以下引用-------------------
野党も続々朝日批判 民主有志は国会追及確認 臨時国会の焦点に
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140829/stt14082920510005-n1.htm

2014.8.29 20:51「慰安婦問題 核心は変わらず」の見出しがある8月28日付の朝日新聞紙面(矢島康弘撮影)
 朝日新聞が慰安婦に関する記事の一部を「虚偽」と認めて取り消した問題で、朝日の報道を検証する方針を固めた自民党に続き、野党でも朝日の責任を問う動きが強まっている。民主党有志議員の29日の会合では、朝日の説明責任が不十分だとして国会で追及すべきだとの意見が噴出。他の野党も批判的な声が多く、「朝日問題」は秋の臨時国会でも焦点となりそうだ。

 「国連人権報告も米下院の対日非難決議も慰安婦像の世界各地での設置もベースは吉田証言だ。その根拠が崩れた。おとしめられた日本の名誉を回復すべく取り組んでいきたい」

 民主党有志でつくる「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」会長の渡辺周元防衛副大臣は29日の会合で、こう訴えた。

 「慰安婦の強制連行」を証言した吉田清治氏の記事を取り消した朝日の検証報道を受けて開かれた今回の会合には、渡辺氏や松原仁国対委員長ら6人が出席。「謝罪も何もない。自浄努力が望めないのなら、国民の代表のわれわれが検証していくことが必要だ」(鷲尾英一郎衆院議員)など朝日批判で染まった。

 朝日に対しては党幹部も「大変残念な報道だ」(大畠章宏幹事長)と批判的だが、表現の自由との兼ね合いもあり、国会での追及には慎重だ。だが、会合では朝日の虚偽報道を基に世界に広まった誤解を解消すべきだとの認識で一致。朝日の追及に加え、臨時国会では日本の名誉挽回へ積極的に取り組むよう政府に働きかけることを確認した。
---------------以上引用おわり-------------------

民主党ほか野党は、自らの「自浄能力」こそを問題にせよ
 世の議員というものは、自分たちの「自浄能力」のなさが全国で赤裸々になっている事を、もっと「認めて、改善」したほうがいい。こういうパフォーマンスで「与党っぽい」議員に見られると期待している議員らも、お粗末極まりない「裸の王様」だ。最近の政治動向と日本社会の混迷ぶりが明確になっていて、興味深い。

 昨今、こんな話を聞く。 
「最近、色々な人から、“日本は前の戦争で何か悪いことをしたの?”って、真顔で言う人が多くなっていて、ほんと、びっくりしたよ」。

 そうだろう。あれだけ大規模な戦争、しかもアジア地域への全面的な侵略戦争を実行したのに、「日本軍はなんにも悪いことをしてない」と思い込む人が増えていて、多少とも知識がある人は驚かされるようだ。現代の「少国民」は、まず、いい年をした大人が先陣を切る。この議員たちも似たり寄ったりだ。

金満大国の夢から抜けられない哀しい日本
 経済成長の成功体験から抜けきれず、国際的な力関係の変化に大した対応策も持てない自国の現状。その要因を深く考えることなく狼狽し、貧しい国が豊かになることを嫌悪し、自国と同じ経過を辿っているに過ぎない事を認めることができない。そして、なんらかの個人的不満のはけ口を、日本社会の改善に注ぐ事ができない勇無きものたちは、八つ当たりしてもリアクションの少ない立場の弱い外国人などにそのはけ口を向け(させられ)、声高に「侵略の事実など無い」とガナリたてる勢力に合流していく。各国で広がるカルト宗教、イスラム原理主義への組織化、アジアで残存するマルクス主義の名残りなどを含め、大方、こういう人間の精神構造を利用する心理誘導のテクニックだ。
 だが、左右含めた歴史の教訓、歴史の痛みに学ばない民族の将来は危うい。それが野放しに許される時代は過ぎている。そして、自暴自棄な思考方法に走るとき、その落としどころは大体、お互いを必要不可欠の存在として刺激しあう左右の全体主義的貧困ビジネスの手先に成り下がるか、自らを鼓舞陶酔するため、新たな衝突を期待する策略家に行き着く。そして一端、「熱い戦い」に直面したとき、真っ先に行方をくらましたり、「地下にもぐったり」、安全を確保した後方からメガホンと銃で「突撃!」などと恫喝を加えるのは、そういうデマゴーグたちだ。

 このものたちをしっかりと歴史に刻んでおこう。

 以下は、全体的に著しく信憑性にかけるウイキペディアだが、事実らしい部分に限って引用
 産経はこの会を「民主党有志でつくる同会」と書くが、ウイキは、自民党から以下の各政党にまたがる超党派だと書く。どちらかが嘘。

慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会 2014現在
民主党内の保守議員連盟。現在は自由民主党・民主党・日本維新の会生活の党の4党から構成されている。
【衆議院】
会長:渡辺周(民主党幹事長代行 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
事務局長:鷲尾英一郎 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
長島昭久民主党副幹事長 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
松原仁 (民主党 東京都連会長)
吉田泉 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会に参加していた。)
笠浩史
 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
小宮山泰子 (生活の党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会) 
鈴木克昌(生活の党 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会等所属)
【参議院】
芝博一 (民主党)
松下新平
(自由民主党 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会 健全なネットワークビジネスを育てる議員連盟
【参加していた議員】
河村たかし(2009年に議員辞職)田村謙治(2012年に落選)神風英男(2012年に落選)牧義夫(2012年に落選)北神圭朗(2012年に落選)三谷光男(2012年に落選)市村浩一郎(2012年に落選)大江康弘(2013年に落選)

 じわじわとすさんだ時代に入りつつある。

 この件に関しては、ブログ「世に倦む日々」も
朝日叩きのファシズム - 池上彰の騒動に軽薄に便乗する左翼・リベラル
として論稿を掲載している。



安部晋三氏は責任を感じないのか?
あまりにヒドい、「国民の生命と財産」への無関心ぶり。


災害発生「後」から、山梨の別荘近くのゴルフ場で森喜朗元首相らとゴルフを始め、1時間で切り上げ(されられ?)、官邸に戻り、色々指示を出したというが、
現場の大混乱が続く中で、なんとすぐに別荘にトンボ帰り。
そこから、かなりの長時間、すくなくとも、広島の悲劇が極大化し、後戻りできない状態にまで悪化している真っ最中に相当する二十数時間、丸一日近くの長時間にわたり、山梨の別荘で財界人と優雅に懇談を続けていた。そして現場の事態が、もう、どうにもこうにもならない事がはっきりしてから、慌てて官邸に戻っている様子が窺える。
(下図の時間は6時間刻みの縦線にしてある。)
この経過から見えるのは、官邸に戻ったのは「仕方なく」で、
実は「別荘に居たくて仕方がない」首相のホンネだ。

首相周辺は「首相は身ひとつで来てしまった」、などと言っているらしい。
よくこの様なことが恥知らずにいえたものだ。
別荘に、お気に入りのヘアーコロンでも取りに戻ったというのか?意味不明だ。
別荘にもどって、おしゃべりをしているだけではないか。
彼の行動を、新聞報道をもとに時系列化し「見える化」すると、おおよそ以下のようになる。
広島土砂災害の経過
これ…以前の民主党政権より、かなりヒドくないだろうか? 
このタイミングで原発事故でも起これば、菅政権の時より間違いなくヒドくなるだろう。
「首相、現場に介入して問題」...どころか「首相、そもそも現場には御関心なさそうで…」ってところだ。

要するに、他人の痛みがわからないのだろう。

いくら、災害規模が深刻であっても、今回の現場の大混乱の背景には、この国のトップの「無関心」があるといわれても仕方ない。やるべきことを、トップ自ら率先してやらず、悲劇の真っ最中に遊んでいるからだ。そういうことの是非が問われるのが、政治責任の議論だ。
韓国の旅客船沈没事故の行方不明者のカウントミスとほとんど同じ次元、そして政府首脳の行動も同じ次元。
土砂崩れしたあとに避難勧告を出してしまうなど、もはや「愚の骨頂」だ。

その愚かしい事態を知っていながら、官邸に戻らず、いそいそとゴルフにくりだす神経。同時多発的土砂崩れで、現場に消防もはいれないような大混乱の実態を知っていながら、再度別荘にもどり、ほぼ丸一日にわたって官邸を空け、優雅なおしゃべりをしていた神経。もはや、開いた口がふさがらない。
あげく、業を煮やした誰かから、再度、官邸に無理矢理引き戻された…のが実際のとこだろうか? 
組織のトップが、別荘でサボり続けたツケが、国民の頭上により強烈な災厄として降りかかっている。

多くの国民が「自分も現場にシャベルをもって駆けつけたい」とギリギリしながら思っているさなか、この国の首相は、「別荘にもどりたくて仕方がなかった」ようだ。

相手方のJR東海名誉会長も同類だ。防災相は首相の行動について「全く問題はない」と言い放った。
この首相にして、この防災相だ。トップがそもそも事態に関心がなく、一刻もはやく別荘のフカフカの高級ソファーに戻りたくて仕方ない状態で、現場の参謀が最大限の緊張感を発揮・機能するわけがない。こんなことは、組織の常識だ。

こんな面々が、「国民の生命と財産を守る」などとクチにするのをみると、気分が悪くなる。

【資料 首相動静~朝日新聞DIGITAL】
首相動静―8月20日
http://www.asahi.com/articles/ASG8N5VPKG8NUTFK00L.html
【午前】7時26分、山梨県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」。森喜朗元首
相、茂木経産相、岸外務副大臣、加藤官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐、山本有二同党衆院議員、笹川陽平日本財団会長、日枝久フジテレビ会長とゴルフ。9時22分、同県鳴沢村の別荘。10時59分、官邸。11時、危機管理センターで古屋防災相、西村内閣危機管理監。菅官房長官同席。23分、報道各社のインタビュー。
【午後】0時44分、北村内閣情報官。2時1分、公邸。5時19分、西村内閣危機管理監。7時42分、別荘。
首相動静―8月21日
http://www.asahi.com/articles/ASG8P5JHWG8PUTFK00C.html

【午前】10時34分、山梨県鳴沢村の別荘で北村内閣情報官。11時13分、葛西敬之JR東海名誉会長加わる。
【午後】0時58分、葛西氏出る。1時1分、北村氏出る。3時4分、公邸。17分、官邸。25分、古屋防災相。菅官房長官同席。4時3分、関係省庁災害対策会議。5時32分、東京・富ケ谷の自宅。





民間軍事会社で「気分はもう戦争」?   その生々しい思想的背景
ブログに田母神氏との親密写真に加え、安部首相夫妻賛美の写真…
2014.8.20

PRI_20140822102803https://www.youtube.com/watch?v=pwgB5xgmsJM
YouTube<拘束された湯川遙菜氏と「イスラム国」戦闘員とのやりとり>


「イスラム国」戦闘員から身分を聞かれると、片言の英語で、「仕事」。「職業」を追及されて、「写真家」。「銃をなぜ持っているのか?」と詰問されて、一転「医者」。挙句に、「半分医者で半分写真家」。
軍事や警護とは無縁、語学力もほとんど見られない上、意味不明のパニックに陥っていて、とても海外で活動をする人間の水準に達していない。ネット上でも「ボケ」とか「滑稽」など、散々に書き込みされている。

だが、この哀れな若者を笑って済ませるわけにはいかないようだ。それは日を追って深刻な事態になりつつある。安部内閣や偏狭なナショナリストが声高に主張してきた「集団的自衛権」なるプロパガンダの影響を真に受けた、たった一人の日本人の行動が、すでにイスラム過激派に「敵性国家=日本」という認識を与え始めている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
怖れていた事が、瞬く間に現実に… 2014.8.21
ジハード戦士が世界に発信を開始
イスラム原理主義系の人物による「敵対行動の背景暴露」が始まった。

https://twitter.com/DrA12325665/status/501104425876733952/photo/1
01
案の定、イスラム原理主義組織の関係者らしき人間のツイッターから、「敵の背景」として元自衛隊幕僚長であり、前東京都知事候補・田母神俊雄氏の写真が、全世界にむけて発信されるに到った。
このツイッターは、8月21日までは背景写真が黒一色だったが、翌日22日には、突然、ジハードを象徴するかのような完全武装のイスラム戦士の写真が背景画面に登場した。(上が21日までの画面、下が22日からの画面)
この若者を煽って鉄砲を担がせるに到った写真の主たちはどう責任をとるつもりなのか?
PRI_20140822182252








アラビア語で おおまか「スパイの所有画像、日本軍の元空軍参謀長」 と書かれているようだ。

当の田母神氏の態度について、以下のサイトが憤りを込めて告発しており、参考になる。
シリア邦人拘束事件と馬脚を表した田母神俊雄 http://blogos.com/article/92734/
PRI_20140822093318







“あんな人は知らない” と大慌てである。 いつ会ったか覚えていない、って?
仮に「いちげんさん」だったとしても、写真の背景などをみれば、どこの会場だったかくらい、すぐに思い出すのが普通だ。それに支持者の顔を覚えていないと言い放つ政治家はもう失格だ。
そもそも、この湯川遙菜氏は、田母神氏の支持者の中核的なキャラではないか? 
それを「知らん」と切り捨てるとは、驚きだ。

ここに、彼の「有権者、支持者」に対するものの考え方や人間性が良く出ている。

こういう行き場を失って精神的にさまよう若者を、煽って、煽って、煽り倒し続けてきたことになんのためらいも反省もなく、若年層に熱烈な支持を広げてきた自らのプロパガンダの生み出した結果からは、ひたすら逃げる回る無責任ぶりである…。最後は「マスコミの皆さん、よろしく」である。
個人ならともかく、大衆を多かれ少なかれ煽って飯を食っている政治家の態度としてはいかがなものか。

それにいくら、「知らん」などという言い訳をしても、イスラム原理主義の面々には通用しない。
第二弾で、安部晋三夫妻の写真が発信されれば、とんでもない影響を全世界の過激派勢力に与えるだろう。すでに彼らはダウンロード済みのはずだ…。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

2014.8.20
彼が代表と称する「自称:民間軍事会社」のホームページでは、事務所の所在地は、東京湾岸警察署の隣にある豪勢なビルディングになっている。一見すると、何者かから資金援助を受けているようにも見える。しかしその後の報道で、「同社の登記簿上の所在地にあるビル(東京都江東区)には18日午前、報道陣が集まったが、ビルの関係者は「(男性の会社の名前は)登録されていない」と話した。」(時事ドットコム2014/08/18-12:37)

会社概要自体がウソであるとすると、この会社自体が詐欺か、あるいは紛争地域での何らかの不穏な行動をカムフラージュするためのダミー組織の可能性もでてくる。彼は個人ブログに、「来週訪問先やアポイントを取る先をまとめたり資料作ったり。週明けから、自分の仕事で事務所の契約や打合せ、政治団体も立ち上げるのでフル活動!実に仕事は楽しい!」などと書いているが、この軽いノリをみると、突拍子もない謳い文句で資金集めをするある種の悪質商法か、一匹狼の詐欺師だとみる人もいるに違いない。彼の父が、彼の夜逃げや、自殺未遂など、深刻な精神的混迷の事実を明かしている。

彼は戦闘経験もなければ、射撃訓練さえもうけておらず、そもそもアウトドアのスキルもフィールドでの危機管理能力もなさそうだ。そんな若者に金をはらって紛争地帯での警護や戦闘支援を要請する者などいない。それ自体が自殺行為だからだ。事実「代表」が捕虜になって、ジタバタしている。ところが、前述の時事ドットコムの記事によると、彼は「以前、米国や英国から軍事物資を輸入し、自衛隊に納入する仕事に携わっていたという。シリアに入ったのは、3月ごろに続き、2度目とみられる。」とある。
この報道に対し防衛省は敢えて否定をしていないようだ。平気で会社を偽装する人間から軍事物資を受け入れていたのが事実なら深刻な事態だ。

他方、彼は、自身の個人ブログに、ホストクラブの体験話を掲載したり、おもちゃのような写真の断片を兵装だとして披瀝したりで、“ 現地人からボロ携帯を掴まされて腹立つ ”、といった幼稚な書き込みが満載である。旧満洲のスパイへの崇拝も示している。だが、どうみても、日常での生きがいを見出せず、自分を見失った、かわいそうな素人の若者である。もちろん、自力で国際関係にコミットできるレベルではない。

しかし、見逃せないのは、その個人ブログに、「奉祝 12.23天皇陛下誕生日 頑張れ日本!全国行動委員会」参加写真や、かつてシビリアンコントロールを否定した実績を自画自賛する田母神氏との親密写真同氏の演説写真、そして… 安部首相夫妻の写真が、堂々と掲載されていることである。

もちろん個人がどんな思想をもつのも自由である。

だが思想のもたらす影響や効果は、逆に議論の重要な対象である。
一連の思想や、ブログで御真影まがいに掲げられ崇拝されている人物達に惹かれる思想傾向が、若者をこんな哀れな状態にまで陥れてしまう効果を発揮したことだけは事実だ。

こういう現象をうけてか、2チャンネル掲示板などでは、彼の姿を「コントだ」と揶揄する一方で、

  • 続報によると不法入国の可能性も高く、個人の判断ではなく政府与党や元自衛隊幹部が関与してたらとんでもない事になりますねって話だから火消しもこれまで最大級に増えてるって感じじゃねw
  • だったとして、たった一人でシリアまで何しに行ったんだって話
  • 戦闘員として戦っていたか、人材を供給してた? 逆に護衛を買う側の人間だった
    武器を売っていた? これも現地ブローカーから買う方の人間だった 後々の石油利権について話をつける為? 
  • そんな交渉を外注でやらせるのかよ
    こいつの性格からしてそんな大役を任されてたらとっくに吹聴してる
  • 本人が出してる情報からはビジネスの実態が見えてこないんだよ
    それどころか、見れば見るほど「ビジネスなどしていなかった」としか考えられない

等々、議論の的になっている。
確かに商取引の実態は見えない。一方、逆に、政治家諸氏との握手ができることに唯一のアイデンティティを見出したり、それをバッジにしてハッタリトークをかまし、紛争地帯でウロウロしている、孤独な若者の姿もうっすらと見える。
彼の経過だけをまとめると、自衛隊に軍事物資を納入していた経歴を持つ若者が、極右的イデオロギーを振りまく元自衛隊幕僚長ら一連の集団と親密な関係になり、安倍晋三夫妻に強烈なシンパシーをもちながら、一方で、架空の会社をでっち上げて外見を取り繕いながら、同調しそうな仲間を募集しつつ、紛争地域で武装組織と人脈をつくるために激戦地をウロウロしていた。その情報は、当然自慢話の形をとりながら、政治家諸氏にも伝わっていただろう。その矢先、敵方の武装戦闘員としてあっけなく捕獲されてしまった。
そういうところだろうか?

だが、超過激な殺戮を行う「イスラム国」原理主義戦闘組織は、彼の身元をネット等を駆使して調べ上げているのは当然だろう。そして、すでに多くの情報を入手し、その幼児性には多少とまどいながらも、

「日本人が突撃銃をもって義勇兵として中東の紛争に介入してきた。そして彼のバックにはどうも日米同盟を強化しようとやっきになっている日本の現首相と、元自衛隊幕僚長という“大物”がいる」と認識してしまっただろう。たぶん、間違いなく…。

日本の偏狭なナショナリズムを愛好する勢力は、これまで、彼のような青年に排外主義的ナショナリズムを徹底的に吹き込んできたのだろう。だが、その結果の、軽挙妄動で、将来、テロの標的にされるかもしれないのは、彼が護真影のごとく掲げた現首相に一票を投じたとされて責任転嫁される不特定多数の日本国民だ。



湯川遙菜氏の個人的資質はともかく、精神的にさまよう若者や、紛争地帯の殺人やスパイにあこがれるような若者を、威勢のいいマインドコントロールで自らのシンパに育て、いざ問題が大きくなると、一転、捨て駒として扱い、保身に走って平気な精神性が、このやり取りに露出している。

さらに、国際関係を混乱させるアンダーグラウンドな行為に駆り立てる裏工作を、元自衛隊幕僚や企業グループ、政治団体、思想団体等が担ったり煽っていたとしたら、ある種の政治犯罪とも言える。重大な社会問題に発展するだろう。

さらには、こういう若者にとって、田母神氏も安部氏も同じ文脈で崇拝されうる思想潮流であることがはっきりと見て取れる。最終的には共産主義も、政治状況によっては、熱狂する人間を虜にし、全体主義の交互作用を強化する。(先の都知事選でも、田母神陣営と宇都宮陣営を行き来していた若者に危機感をもった市民が多かったようだ。)

いまはやりの、「集団的自衛権」とやらを推し進めれば、このような、他人の不幸な争いや流血を見て、倒錯した情熱をたぎらせる幼い思考をする若者が多数登場することになる。そのような若者が、今回のように「一人ぼっち」ではなく、もっと多くの規模で戦地にウロウロするようになれば、「国民の生命と財産の擁護」という「大義名分」が登場するかもしれない。

それに加え、彼の姿の中に、
第一次大戦の戦場を放浪しながら、暴力の効果に憧れを持ち、さらには共産主義のプロパガンダにも見習いつつ大衆扇動のスキルを身につけ、独裁者の資質を固めた若き日のヒトラーの片鱗を想起する人もいるかもしれない。

なんせ、現在、わが国は、先の侵略戦争への反省も消えかかり、「積極的平和主義」という意味不明の日本語を開発し、年がら年中メディアでリピートさせ、国民各層の意識下に刷り込みながら、歴史の痛み知らず&世間知らずのまま、「大きな声では言わないが」(心ひそかに)戦争(戦闘=実戦)を一度やってみたくてしかたのない人間を、今後、懸命に育成しようとしているのだから。
そして、所詮、大日本帝国時代からしても稚拙で狭い世界観と脆弱な情報解析能力しか持てない島国日本を、今後、想像を絶する野獣のパワーが交錯するグローバル世界に「このままでは普通の国になれんぞ」と国民を脅迫しながら、叩き込んで行こうとしているのだから。

「積極的平和主義」、
それは、おとしどころも何も考えないまま、自らの立場をどんどんややこしくし、いざ血をみそうになると「半分医者、半分写真家」といいながらジタバタもがくような、不幸な若者を増やすことになろう。日本という国自体がジタバタもがくことになろう。血をみたときに初めて、そこに到った全過程を後悔する。それは彼に限らず、職業軍人とて同じことである。ところが、一方で血をみるとカルトのスイッチが入り、いきなり活気付く連中が左右にウジャウジャいるのも大問題だ。

話はそれるが、NHKは多くの良質の番組を制作している。だが戦争に切り込んだとされる、先般放映の自衛隊のルポは、果たして制作側にシビリアンコントロールへの理解があるのか疑問をもってしまう内容だった。曰く「中国からの火器管制レーダ照射という挑発行為による衝突は現場の自衛官の判断で回避された」
それは、違うだろう。火器管制レーダーを照射されたら普通は交戦していいのか?NHKはそういう可能性を肯定しているのか?そうだとしたら、恐ろしくトンチンカンで致命的なメッセージを全国民に送ったことになる。現場で悩む自衛官を見せて誰かの歓心をかおうと考える暇があれば、現代の民主主義国家における軍隊統制の基本をしっかり学習すべきだろう。なにより、あの若い自衛隊員を政治家のおもちゃにさせて、戦場で死なせないための努力は、一般市民の側にあるという強力なメッセージを発信すべきだろう。
はてなマークが沢山つく、迷彩色の「意欲的ルポ」だった。

軍人の血を流させない決意は、日本国民・市民の側の責任として在る。メディアがその地位に安住し、馴れ合いを続け、権力に首を垂れ、プロパガンダに手を貸し、市民がその本来発揮すべき資質を機能させることを忘れ、結果、国民が熱狂すれば、戦争はたやすく起こる。政治家が「これが国民の意思だ、戦え」と言えば軍隊は命令に従う組織である。逆に、「戦わない」と民意が要求しているときに「挑発されたから反撃した」ら、軍人には軍事法廷が待っているだけであり、政治家には「石つぶて」がまっているだけだ。

もちろん「51パーセントの国民の意志か、国民の総意」が表明されても、熱狂のあまり戦闘に突入すれば、さっきまで威勢のよかった上官が真っ先に逃亡したり、こっそりと後方に移動したりするぶったまげた光景をしばしば目撃することになる。後悔しても遅い。そして、最前線の兵士に待っているのは、銃弾と砲弾の破片が飛び交う中、体中をバラバラに切り裂かれて苦しみぬく「阿鼻叫喚の世界」だ。

一握りの利益を求める利己的商売人と、外交能力の欠如した愚かな政治家と、そして「真の愛国者の党」などを声高にして現世の利権をむさぼる大政翼賛勢力が総出で創り上げた「戦場」では、錯乱した軍事組織で下級兵士への拷問ばりの締め付けが行われる一方、個々の兵士の、情けなく哀しく悲惨で醜い、絶えられない死臭を放つ悶死が蔓延する。そして残された家族は、かなりの確率で、「お国のため」と口先だけで煽る世間の片隅で、すさんだ世界に放り出され、時には精神的虐待をうけ、その後、何世代にもわたる心の傷を残すことが多い。

現在米国と英国のマスコミは「イスラム国」のイギリス人らしき戦闘員が、米国人記者への首切り処刑をした映像に衝撃を受け、大騒ぎしている。そのシーンはYouTubeでしばらく流れていたが、20日夜から削除された。その有様は、目撃すると、かなりの人がトラウマを抱えるだろう凄惨なものだ
斬首直前シーン
生きたまま首をナイフで切り裂き、切断した首を死体の上に陳列するという壮絶なもの。(左写真は斬首直前の静止画。冷酷なまでに落ち着いた演説が終わるなり、一瞬のためらいもなく首に手が回され、その直後に処刑が実行された)

安部晋三氏は集団的戦闘権の行使で、こういう野獣のような世界に日本を飛び込ませたいようだ。「軍事的、政治的な一流国家の仲間入り」をするきっかけを作った勇ましい決断力ある首相として、それまでの首相との差別化をして、なんとしてでも歴史に名前を残したいらしい。そのツケ・副作用が国民の流血や戦火につながっても構わないらしい。
そして、更に近い将来、日本国内での報復的な爆弾テロなどが発生した場合、「普通の国」らしく勇ましく「国民の生命と財産を守る」ごっこをしたいものが続々出てくるだろう。…報復への報復、それへの報復、「報復の連鎖」で血をたぎらせるものが加速度的に増えていく。
自分で「国民の安全のために」と称してせっせと将来の「火種」をつくり続け、大火事になると今度は「皆さんのために私が先頭で消してみせます」などという、悪魔のサイクル…。「政治家なんて所詮 “ マッチポンプ ”の生業をしているだけさ」と揶揄されても…、この有様では…的を射ているというしかない)
ご希望通り、名前は残るだろう。日本のその後にテロと戦火という悲劇をもらたした威勢の良い首相として…。

そして、「死人に口なし」…。兵士の死は、国家の英霊・武勇伝として祭り上げられ、兵士たちだけが知る呪いと憤怒は、隠蔽・粉飾され、次の戦闘準備のため、国民への敵愾心の扇動と、「国家にささげる死」への賛美のキャンペーンに利用されるだけである。

BBC MIDDLE EAST   http://www.bbc.com/news/world-middle-east-28867627 
過去の歴史を反省もせず、「集団的自衛権」に陶酔する現内閣のおかげで、
この哀しみにくれる家族の姿が、今後日本でみられることになるかもしれない。

湯川問題に関しては、「世に倦む日々」でも詳しい分析が行われており、おおいに参考になる。
http://critic20.exblog.jp/22512196/

賄賂(ワイロ)漬けになっている国策行政
http://www.asahi.com/articles/ASG7N029QG7MUUPI00B.html?ref=nmail

 元関西電力副社長・内藤千百里氏(91)、へのインタビューの様子が動画で配信されている。

「原発が安全と思ったことがない」。この肉声には大きな説得力がある。

 金の力で時代に逆行した政治・政策が堂々と実行されている日本社会の現実。
 1955年、乳児への大量虐殺が、一転、おとがめなしとされた時代に先祖帰りをしようとしているかのような風潮。それを裏付ける証拠が暴露された。


森永ヒ素ミルク中毒事件でも継続中
 すなわち、事件後、事件後20年間、そして一時的決着後の30年間から今に至るまで、同じ問題が繰り返されている。

 「33年前に始まった組織乗っ取りの謀略工作」の項目の内容 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

 なんともえげつない話だ。

 企業側が「被害者団体」に対して、「同じ被害者が提起している裁判を加害企業側が敗訴に持ち込むための」協力を要請する。こんな破廉恥な働きかけがあったことは、すでに実証されている。

 だが、関係者からは今もってなんら反省の弁は聞こえてこない。
これが、「加害企業に感謝する被害者」をなんとしてでも演出させたい者達の、そして加害企業の刑事責任の歴史的継承を白紙に戻したいと考えている者達の、そのために「切り取られた美談のピースをあらかじめ描いた都合のよいストーリーにはめ込んで見せる」という手法で、長期間にわたって巧妙に歴史を偽造し続けようと決めている「買われた」者達の、正体だ。


STAP細胞、捏造の手法と酷似
 以下では、STAP細胞騒動の真相に迫ったNHKの秀逸な番組内容がよくまとめられている。 

 http://critic20.exblog.jp/22417303/

 http://critic20.exblog.jp/22410524/

 http://critic20.exblog.jp/22244113/

 NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層 - 14.07.27
 再放送も放映済みにつき…↓
 http://www.miomio.tv/watch/cc84991/

 すでに日経サイエンスが6月11発行の号外でも書かれているが 
 http://www.nikkei-science.com/wp-content/uploads/2014/06/20140611STAP.pdf

 8番染色体のトリソミーの発見(発覚)は、正体がES細胞である可能性を非常に濃厚にした。
 アクシロンGFP組み込みマウスの確認、若山研究室の紛失扱いのES細胞が小保方氏の研究室から発見されたこと、TCR再構成が確認されていない点に笹井氏が回答を拒んでいる点など、ケアレスミスとは程遠い、科学の精神と無縁な創作が行われている決定的証拠が、中間まとめの段階で、すでに暴露された。

 それへの反論をしない小保方氏と、彼女と表向き対立しながらも組織責任の回避に邁進する理研は、双方とも共犯の姿を表している。理研による保管試料解析のサボタージュ等の真相究明の引き延ばし作戦は、結果的に両者の不正な姿を明確にしている。

「捏造」と「共犯」を「愛国主義」イデオロギーで免罪する手法が大はやりの日本。
 不正の隠蔽が、さらなる不正な作為で続けられている。
 日本は、歴史認識を軽視し、歴史への振り返りの蓄積から生まれる組織病理を正す機能を継続的に喪失し続けてきた。その結果、原発事故で日本の技術的信頼性を自ら傷つけ、さらに文化活動のゴーストライターの偽装騒動に続き、今度は純粋科学界への信頼を自らひっくり返し続けている。

 そして、またまた、最近多発する加工食品偽装(もっともごまかしやすく、人体に直接吸収されてしまう工業製品の危険性隠蔽)へと回帰(先祖帰り)しつつある。

 中国から食材を輸入して、問題が発覚すると、中国食品加工工場のずさんな姿が叩かれる。それは公開されてしかるべきだろう。だが、最終責任は調達側にある。にもかかわらず、もっぱら隣国の実態を叩いて、強烈な印象を醸成し、相対的に国内資本の責任を過小評価させることで、プラマイゼロの着地点に誘導するようなキャンペーンが横行してはいないか?何がいったい問題の本質なのか、市民・消費者はしっかり考える必要があるだろう。

 消費者にひどいものを届けても、一方であやまりつつも、一方で調達先を叩いて、販売メーカーが被害者であるかのように強調して、世論を煙に巻き、批判圧力をかわすやり口。

 森永乳業が1955年に開発した手法に原点を見出すことができる。
 いわく「我々は出入りの薬品業者との“信頼性の原則”を守ったばっかりに、出入りの薬品業者にだまされた。われわれこそ、被害者にほかならない」という詭弁論理で、検察の矛先をかわし、一時的に“不正なる無罪”を勝ち取ったやり口だ。そのよこしまな精神構造は、計画的に歴史偽造を継続しているところからみて、未だに健在なようだ。

 現状の日本の有様は、この数十年間、自分と社会との関係についての問いかけと思考を、全般的に停止し続けてきた我々国民の側にもあるといえる。いずれにしても、社会としても恥ずかしい状況に行き着いていることだけは確かだ。

“愛国教育の国” と “どっこいどっこい”
 そして、その恥ずかしい状況を作り出しているものたちは、いずれも「愛国心」「愛国の党」「国益」等を常套句にしてきた自称「革新」までをも含む者たちであることも、おかしいほどの皮肉である。

 つくづく思う。日本社会はいま、病的なほどに腐っていて、不正と、ずぶずぶの甘えの構造と、野心と、権力志向と、利権構造が蔓延し、真面目に誠実に生きようとする人々が冷や飯を食い続け、そういう人々を圧迫することに自称「革新勢力」までが加担し、ごた混ぜと、もたれあいが、狂った共依存関係を構成していると…。




泣き落としと開き直り~下世話なショーと化した会見
質問を制限・封殺し、労使問題にすり替える弁護士

2014年4月9日16時
小保方晴子氏の記者会見を見た。無内容、いや、もう惨憺たる状態になっている。弁護士の「解説」も聞くだけ時間の無駄。理研を対抗者として問題の矮小化をはかっているだけで、まったく新味がない。弁護士も解雇撤回闘争に職域を限定してやるならまだしも、軌道を外れ、研究者倫理の矮小化へと依頼人と世論をミスリードしている。
その結果、「小保方氏は、もしかしたら、何かおもしろい現象を目にしたのかもしれない。それが何かよくわからないけど…」という陳腐で愚かしい現状が一層覆い隠せなくなった。
両者に共通しているのは「倫理」の喪失であり、その倫理は、「科学的発見を知見として裏付け蓄積する正しい手法、反証可能性を保証する研究者が自分に課する厳しく公明正大な態度」である。ところが会見中、彼女は、「私は(だけが)トレース(追跡)できる」「第三者がトレースできることに関しては不注意でした」「私の作品」「現象論を記述しただけ」などと、科学とは無縁の発想を口にしている。
「公開実験」は可能か?については「どうでしょうか?研究室はいつも公開されている」といいつつ、一転、「私が幹細胞をつくるのをみたいという人がいるなら出かけていく。」…
もう、これは手品の出前の話になっている。

毎日新聞記者が極めて静かに質問を続けようとすると、弁護士が制止し、やめさせていく。なんだこの弁護士は? 「ひとり2問程度でお願いしたい」、「以降はひとり1問」と弁護士。これは公明正大な会見ではない。
一見、あたかも「呆然自失化」したかのような顔を会見で晒し続け、“この可愛らしい女の子を、きびしく追及するのか”(これ自体が女性蔑視の発想)とメディアに言外で脅しをかけながら、科学的検証についての核心部分の議論を巧妙かつ的確に避け(後半、世俗的野心が漏れ出はじめたが)、一方で彼女の顔を大写しにして世間の同情を利用しながら、「倫理」を無意味化する努力をしている。不正に手を染めた人間を、十分に中身も検証させず、免罪しようとする新しい尾篭なやり方が開発された。

「STAP現象は何度も(200回以上も)確認されている真実です」???
3年で200回???
小保方氏は「STAP現象は何度も、200回以上も確認されている真実です」 と言い切った。
最近、私が購入した科学誌「Newton」では「リンパ球という細胞に酸性溶液の刺激をあたえてからSTAP細胞に変化するまでの期間は7日間ほどである」と記述している。顕微鏡で細胞を生きたまま観察し続けるライブイメーstap Newton02ジング法で追跡すると解説されている。(この記事には、理研の笹井芳樹氏と山梨大学の若山照彦氏が協力している)
ほう! そうすると200回×7日で、1400日間「STAP細胞」が生産され続けていたということか? すると1400日÷300日(/年・フル稼働)で換算してみると、5年近く前からSTAP細胞が人類の歴史に登場し、連日連夜、失敗することなく、生産されつづけていた事になるのか? それにもかかわらず今回の論文では、写真も適当なものが見当たらす、論文も他人のパクリで体裁をつけ、文章で説明することが至難の業だったということか? いや、でも研究は、確か3年ではなかったのか。
それとも、こういう掛け算と割り算だけでもわかる初歩的つっこみは、高尚なる記者会見の場では許されないのか? でも、新興宗教の雑誌とオボしきライターも質問していたようだが…。
科学誌や大々的に報道したメディアは、その名誉にかけて、研究者の「モラル」を再認識、再検証すべきだろう。「Newton」誌にしても、高い代金を読者から徴収して、「STAP細胞はなにがすごいのか?」と表1で見出しを躍らせた。原子力を夢の技術だと、かつては、もてはやし続けた同誌だが、今回も、STAP細胞を「足を切断しても再生するイモリのようにヒトの組織を再生させるような研究につながるポテンシャル」と書き立てている。もっとも、この細胞…、もともと信憑性が少なすぎるシロモノであることも、半ば認めているが…。
また小保方氏は、「ひとの役にたちたい」と美しい言葉を口にするが、この細胞、もし仮に現実に登場すればクローン技術としての倫理問題にも直結する。stap Newton01

詭弁論法のストーリー
「多くの人の役にたちたい」…けれど…「つくり方のコツは教えない」???
今回の「ショー」の特徴は、「多くの人々に役にたちたい」」 「研究の内容以外のところに注目があつまってしまい、研究が遅れていることに…」と涙ながらに「訴える」小保方氏のパフォーマンスだ。もうこうなっては、科学好きなアマチュアとしても唾棄したくなる下手な役者のひとり芝居だ。一部メディアがそれに乗って躍り、視聴率を稼ぎ商売のネタにしている。
「人々の役に立ちたい」…結構な心である。だいたいの人間が持っている気持ちである。
ところが、その「善意の人間」が怪しいやり方で捏造した論文の不備は「謝罪すれば許されるべきものであり」…そして、「悪気のない善意こそは、行為者の行為が真実であることを絶対化する」という主客転倒の確信犯的ロジック…
これは「定言命の誤謬」なる詭弁論法を援用したソフィストの論理であり、詭弁政治家の姿である。
  ■類似例 参考資料: 民主主義を称えながら民主主義を抹殺する民主集中制の邪悪な詭弁
   所収: 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館WEBサイト→ 民主集中制という麻薬的党派性向」コーナー
14時ころ、テレビ東京が、「科学に対する考え方がかわったでしょうか?」と質問。小保方「マイナス100から科学にむきあっていくチャンスがあれば…」「私にできる社会貢献があれば探していきたい」??? 意味不明。
でも論文だけは撤回しない。 
その後あろうことか、「他の研究者が作成できないのはコツを知らないから。私だけがSTAP細胞の作成のコツを知っているが、次の論文の手前(ここで笑い)言わない」と放言…これがさっきまで「世の中のために役にたちたい」と泣きながら言ってのけた同じ人間のセリフだ。
ここまでくると、もう、「容姿と涙を徹底駆使して…とことん悪じゃのう」と笑うしかない。

「撤回すれば間違いになるから、結論が正しい以上、撤回しない」???
TBSが「ご自身で200回も再現に成功しているのなら、一回撤回して、再度証明すればいいのでは」との質問に、「撤回すれば間違いになるから結論が正しい以上、撤回しない」…「撤回すればなかったことになる」という発言は、彼女の自己矛盾を端的に示している。それ以前に、循環論法で破綻しているが。

「ノートはもっとある」。で、2冊が4~5冊になっただけ。しかし、他人にはトレースできない???
小保方氏は「3年間で2冊のノート」に関しては、もっとノートは存在すると述べた。つまり「理研に提出したノートが2冊であるに過ぎない」と述べたのが、これを受けて朝日新聞から発せられた「ノートは何冊あるのか?」の質問に対し、「3年間で2冊」が「少なくとも(3年間で)4~5冊」になっただけであった。
腰が折れそうになった。
読売テレビの「悪意は故意とも解釈されるとの理研の見解」に対し「私も悪意の意味はわからなかったので、悪意とは…」 ここで弁護士が割り込み「過失を除く…」  読売「いや小保方さんご本人は“悪意”をどう解釈しているのか?」と食い下がると、ここで弁護士、「そこは法律的な解釈になってくるから」と質問をぶった切った。
ここで、NHK中継終わり。

「STAP細胞の再現に成功した別の研究者がいる」が迷惑がかかるから言えない???
このあと小保方氏は「STAP細胞の再現に成功した別のインディペンデント(独立研究者)がいる」とのべ、「それは誰?」の質問を、弁護士がぶった切り。本人は公の場だから言えない…」
なぜいえないのか? 「真実」を口にする科学者が一転、情報公開を拒否し、隠蔽に走る滑稽。

争点をねじまげる弁護士
弁護士「一件、科学認定の論争のように見えますが、理研の要件の論争だ、これほどの不利益処分を化すのであれば (なんだか就業規則の労働問題?)…」と弁護士。

私は複数の研究所を亘り歩いてきたから自己流のやり方、だからうまく書けなかった???
おかしい、どこにも勤まらなかっただけではないか?わたり歩いていた研究所で、一度も倫理を学ばなかったのか?

「STAP細胞があれば、 “小保方さんすごかったね”  となりますよね」 というTVコメンテーター???
ならない。だがテレビがそういう方向に国民を扇動・誘導することはできる。だが、最終的に日本人が笑われ、損をするだけだ。発想自体がおかしい。以下の雪男のたとえ話が理解できないらしい。

もう、むちゃくちゃ、「目くそ、鼻くそ」の世界だ。
────────────────────────────────────
2014年4月9日正午
森永ヒ素ミルク中毒事件では、多くの御用学者が被害者圧殺に14年以上も加担しながら、なんら、処罰を受けることはなかった。そればかりか、御用学者は、しばしば、弟子とそれに利益誘導される諸党派勢力の加担で、しばしば息を吹き返す。その「復権」に利用されるのが「あの人は日頃は良い人だった」「岩波文庫を愛する哲学者だった」というくだらないプロパガンダ。「わが党は憲法9条を守る平和の党だ、だからわが党の行為には間違いはない」も同レベル。このくだらない「定言命の誤謬を利用した誘導」に、多くの人がだまされる。
だが、この嘘を見抜く市民も今では多い。

政治の挑発で捻じ曲げられる学術
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1001144937.html
森永ヒ素ミルク中毒事件解説ポスター
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

小保方晴子氏がメディアの習性をよく把握した上で、極めて巧みに戦術的にメディアに対応している。あと10分で大阪で会見が始まる。情緒に流される世論動向を織り込みながら、「何度も確認された真実です」という主語も不明なコメントを発しながら、いったん「入院」してから会見に臨むという手法を使いながら、「彼女のお心」などと皇室まがいの扱いをするワイドショーに登場する弁護士やコメンテーターと団子になりながら、学術の真髄を劣化させ続けている。
「小保方晴子の心身の状態に配慮して頂ける方」という「記者への参加資格」を提示してオフィシャルな会見を設定するなど、笑止もいいところだ。これで「小保方氏反撃開始」という見出しをつけるメディアもどうか?
────────────────────────────────────
昨夜までに、小保方晴子氏の事件に関して、ブログ「世に倦む日日」 が多くの示唆に富む論考を公開している。
「いじめ問題」に化けた小保方事件 - 西崎文子の愚論と山中伸弥の正論 
小保方晴子事件とソクラテス - ソフィストによる不正の相対化
このブログに寄せられているコメントを一部紹介する。


Commented by 柿右衛門
>小保方氏は「論文のミスで騒がれたが、STAPそのものは間違いなくある」と話しているという。

「私は雪男を見た」と言う人がいるとする。その写真を撮ったという。実は、その雪男は人間がキグルミを着て歩いた偽装だとする。画像を分析したら、おかしな箇所がいっぱいある不自然なものだとしても、見た者は「雪男がいる」と主張する。
だれかが、キグルミを着せた人間、キグルミを着て中に入っていた人間をつかまえて白日の下に晒さなければ、永遠に押し問答が続く。
「雪男を見た」と主張して戦うつもりの人間は、公の場に雪男を連れてくることができるのであろうか。
過呼吸になったりする修羅場は見たくないものである。それでなくても「イジメ」などというおかしな詭弁がまかり通っているのであるから。
Commented by Germany2015
企業で一研究者として日々実験を行っています。
今回の問題、筆者に深く共感します。
同時に、小保方が行ったこと、弁解については本当に許しがたい。
研究者としての矜持が感じられない。また、日本の科学界、特に再生医療に携わる研究者、また、研究者を夢見る子供たち、学生たちにどれほどダメージを与えたのか、小保方は考えたことがあるのでしょうか。
Commented by 長坂 at 2014-04-07 23:00 x

うちのボンクラ娘が高1の時の生物の先生はフランス人で、ノートの取り方に非常に厳しく、ボールペンのみ(試験も)、訂正は定規で線を引き、毎回必ず日付を書くなど細かいルールが沢山ありました。先日、山中教授が国会で不正防止のため、実験ノートの書き方として同様の事を話されていてビックリ!中高生相手ならいざ知らず、IPSだSTAPだと神をも恐れぬ領域。そういう実験に従事するかもしれない学生達に、不正はいけませんから始めなきゃいけないのか!コピペや写真の使い回しや違うマウスがなぜ非難されないのか?今日のblogも見事本当に素晴らしいです。倫社の時間に寝ていた自分が恥ずかしい。
Commented by ijkl at 2014-04-07 23:09 x

小保方さんも悪いが早稲田の常田聡研究室のその他の博士論文も酷い。こんな状態では、コピペをしない、自分で文章を書く、他者の文章の引用と自分の主張を区別して書く、そして他者の成果と自分の成果をきちんと区別するという、研究者としての基礎的な素養が涵養されるとは思えません。

http://stapcells.blogspot.jp/2014/03/blog-post_15.html

どんどん検証して欲しいですね。そしてこのようなことをした者たちは、それ相応に裁かれる。例えば、常田聡研究室を閉鎖するなど。そのようなこと以外に、研究倫理を再構築する(「正と善に碇づけて物事を判断する」)ことができないのではないでしょうか。
Commented by NY金魚 at 2014-04-08 06:17 x

命を賭して倫理を説いたソクラテスの話、感銘を受けました。『善く生きること』の追求の真の目的は魂(プシュケー)を善く完成することである。
そして「知」が魂を離れて虚空に飛んでしまった、わが故郷のソフィストたちに絶望します。
日本の学界のトップの、あまりに陰惨な構造に辟易して、コメントを控えておりました。

ことしのソチ五輪で米NBC TVは、もう20年も前の1994年のリレハンメル五輪直前、フィギュア・スケートのナンシー・ケリガン襲撃事件をくり返し放映していました。当時ライバルだったトーニャ・ハーディングが前夫を雇ってナンシーの膝を殴打したという事件ですが、華やかな五輪の放送で、実に気の滅入る話がくり返されました。若い女子選手による陰謀など許してはならないという、五輪やスポーツの自浄作用を意図したのかもしれません。倫理を無視した異様な犯罪は多分アメリカの方が多いでしょうが、社会が不正を憎み、特に学界などはそれを自浄しようという意志も持っていると思います。
大切なのは、学界がこの状況をこころから反省し、これからの若い士を深く啓蒙し、『ソクラテスの弁明』を行なえる『場』を創りはじめることだと思います。
────────────────────────────────────
「世に倦む日日」ブログ: ツイッター より 一部抜粋
それともう一つ。弁護士が登場して、小保方擁護派に勢いがついた状況があり、その中味として、人権主義からの同情論が説得力を持ったことがある。早く言えば、左翼が小保方擁護論に傾いている。①人権主義の動機と、②組織権力(理研・文科省)への反発。この二つをベースに左翼が小保方擁護へ。

このままだと、本当に「STAP細胞」は「もんじゅ」になってしまう。高速増殖炉と核燃料サイクルと同じ化け物になってしまう。「もんじゅ」、半世紀かけて1兆810億円の税金を注ぎ込んだ。「STAP細胞」を「もんじゅ」のような宝の山にして蜜を吸いたいシロアリ連中が多くいるのだ。

こういう「悪意の有無」とか「解雇の妥当性」が争点になる訴訟では、勝敗を分ける決め手となるポイントがある。それはここでは書かないが、法曹関係者ならよく知っていること。小保方側は、全力で世論の同情と支持を集める。理研叩きと尻尾切り批判の世論を沸騰させて、係争を有利に運ぼうとする。

小保方晴子に天才的能力があったら、論文をコピペで作る必要はないんだよ。捏造論文を書くのがガリレオやアインシュタインと同じだと言うのなら、不正論文で解雇された研究者は全員が天才だ。気味悪い擁護論が跋扈している。とんでもないことになった。http://t.co/EMIARrrZjc 

天才はコピペなんかしませんよ。天才というのは常にオリジナルで挑戦するわけで、人の猿まねは絶対にしない。そして、オリジナルな新しい発見や理論を、誰もが認める方法で証明しようとする。つまり、天才研究者から一番遠いところにあるのが、捏造・改竄・剽窃の不正行為だ。お分かりかな。


目的のためには手段を問わない作風の蔓延か? 
それとも、売名・金権の取得を目的にプロパガンダ手法の採用に走る「学者」と縁を切れない日本社会の現状か?
科学/技術的「成果」があらゆるメディアを通じて社会の隅々にまで啓蒙・告知される今日では、科学的と名がつくものは、ビジネス活性化の起爆剤のように演出され、時に国威発揚のプロパガンダに利用され、金と権力をつかもうとして科学者自身がデマゴーグと化すことがしばしばある。
さらに、社会の隅々にまで未だはびこる「御用学者」が、更なる「学者の誤用」を煽り、或いは事実のねつ造行為を免罪する論陣を張り、バラエティ番組がそれを大衆の頭に刷り込む。学問が退化していく。退化した政治が科学/技術を歪めていく。
─────────────────────────────────────────────

 興味深いのは、以下の理研の会見を受けて彼女が弁護士を通じてコメントとして出した内容だ。「加工は理研が認めている範囲内。あたかも細胞がなかったかのように思われるのが承服できない。不服申し立てをする…」

科学者という人種が世論動向をしっかり織り込みながら自分の責任逃れ、責任を自覚する真摯な作業からの逃亡を画策している。「反省」の一言もないコメントだ。佐村河内を思い出す。別の視点からみると、まるで政治家の視点から練られた様な内容だ。弁護士のフィルターを通しているにしても、あくまで科学者と称する彼女のコメントである。

このコメントは、しかし、おかしい。彼女の論文は、「こんな素敵なお星様が、もしかしたら宇宙の彼方にあるかもしれない」という論文ではない。目に見え、すぐに触れることができ、それが、簡便に「できる」ことを証明したとされる論文である。それは、科学の根本的定義の一つである「検証可能性」で担保されなければ意味がない。他人によって真実性が再現され得なければ、科学的知見とは言えないのだ。

 ところが、佐村河内に続き、完璧に梯子をはずされた一部メディアは、まるで自らをとりつくろうかのようにテレビ番組などで、“STAP細胞はどこかにあってほしい” と言わんばかりの「
STAP細胞待望論」ともいうべきコメントを芸能人の口を通じて言わしめている。したり顔で、アインシュタインの相対性理論と比較する評論家まで出てきた。世も末だ。

このようなメディアの陳腐化を彼女はよく見抜いている。だから、「あたかも無いかのような誤解…」という言い回しを敢えてするのだ。

そもそも「ある」ことを証明するための論文が嘘と不正にまみれていたのだ。ならば、それが正され、再度正しいやり方で検証されるまでは「無い」のだ。科学的知見として入手されていない。ただそれだけなのだ。
    発見できていないものは、あるかもしれないという予測として提案されるだけならまだしも、在ることを証明する論文がねつ造であれば、それは無いということになる。言うまでもなく、自然界には現状の科学水準では解明できない現象が無限に存在する。だが、それを人類の作り出した学問的作業である科学の知見と混同すれば単に「オカルト」になるだけだ。

 日本社会はオカルトと科学の違いを判別できない認識水準にくだろうとしているのか?


 さて、どうするのだ? ウソの大量流布に手を貸した人々と組織は…。
 先人や他人がやったことだと合理化はできない。先人が逃亡して罪だけ覆いかぶせようとも、それは、後世の人間が正さないといけないのだ。それを避ければ、先輩の罪が後世にまで拡大再生産されながら、更に深刻化して、変容さえして、根深い呪いとなって引き継がれるだけである。歴史とはそういうものだ。

───────────────以下、報道──────────────────────
小保方氏の捏造・改ざん認定 STAP細胞論文で理研

朝日新聞 今直也 2014411139

http://www.asahi.com/articles/ASG4132ZSG41ULBJ007.html


 「STAP(スタップ)細胞」の論文に疑問が指摘されている問題で、理化学研究所は1日、筆頭筆者の小保方(おぼかた)晴子ユニットリーダーに「研究不正行為があった」とする最終調査報告を公表した。研究の根幹をなす画像に「捏造(ねつぞう)」があったと認定した。共著者については不正はなかったとしたが、チェック機能が働かず「責任は重大」とした。

STAP細胞は、体の細胞を弱酸性の液体で刺激するだけで、どんな細胞にもなれる万能細胞に変化するとされた。

 論文は、理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)の小保方氏や米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授らが1月末、英科学誌ネイチャーに発表した。しかし、論文の画像が不自然であるなどの問題を指摘され、理研は2月中旬、調査委員会(委員長=石井俊輔・理研上席研究員)を設置。小保方氏やCDBの笹井芳樹副センター長、丹羽仁史プロジェクトリーダー、山梨大の若山照彦教授から話を聴き、論文のもととなるデータ、実験ノート、メールなどを検証した。

 最終報告書では、3月14日の中間報告では判断を保留していた4項目について判断を示した。

 研究の根幹となる万能性を示す画像が、3年前に書かれた博士論文中の別の実験で得られたものと酷似した画像から使われたことは、データの信頼性を根本から壊すものであり、危険性を認識しながらなされたと言わざるを得ないことから捏造と認定した。

 笹井氏と若山氏については、捏造には関与していないが、置かれた立場からして研究不正を招いたことの責任は重大とした。

 遺伝子解析の画像の結果を切り張りして加工したことについては、「きれいに見せる図を作製したい」という目的をもって行われたとして「改ざん」とした。笹井、丹羽、若山の3氏は論文投稿前に改ざんされた画像を示されたことから、研究不正はなかったと判断した。

 文部科学省のガイドラインでは、存在しないデータをでっちあげる「捏造」、データを都合のよいように書き換える「改ざん」、他人の論文から文章などを無断で引き写す「盗用」の三つを研究の不正行為と定義している。

 一方、実験手法の記述の一部が海外の論文と酷似していたことや、実際の手順と異なる実験手法の記載については、実験は実施されており、意図的ではないなどとして、不正行為ではないとした。

 検証にあたっては、実験ノートの記述があまりにも不足しているなど、第三者が小保方氏の実験内容を正確に追跡し理解することが困難だったという。「研究者倫理とともに科学に対する誠実さ・謙虚さの欠如が存在する」と断じた。

 STAP細胞が存在するかについて石井委員長は「調査委員会のミッションを超える」とだけ述べ、判断を示さなかった。STAP細胞が実在するかを検証する再現実験を理研内部で進めている。
(今直也)
───────────────以上、報道──────────────────
 

 理化学研究所は41日会見を開き、小保方晴子研究ユニットリーダーの論文不正疑惑について、ねつ造にあたる不正があったことを認め、問題となったSTAP細胞論文を取り下げる勧告をだすことにした。また1年をかけて再現実験をする用意があることも発表している。

 だが、この理研の説明もおかしい。“酸性の溶液に浸したら簡単に生成できる画期的な細胞だ” と言われるものの基本的な再現作業が1年もかけないとできない、というのなら、素人目にみても、それは画期的ではないものでは?、或いはそれは論文を読んでもだれも作れない思い付き並みのものか?、つまり、或いは、そもそも根本的な錯誤では?と思えてくる。少なくとも、そのような疑問を、彼女は払拭せず、理研という組織内部のコードに抵触するか否か、といったインフォーマルな議論にすり替えている。理研の悠長な姿勢に関しても、これは、世論の反発と印象を薄めるための時間稼ぎか? そんなことを組織のメンツのために懸命に考えているのではないか? と疑う向きもでてくるだろう。捏造論文をスルーさせて特権を甘受しようとした組織的責任を、一人の研究者のみに責任転嫁している姿もみえる。

 だが、大組織に安住して踊った個人も責任は重い。
    ここまで、不正が露わになっても、素人目には「
STAP
細胞自体は作成可能かどうかはわからないが、とりあえず論文は加工された写真が使われていた。さて、細胞は、あるのかないのか」という印象のまま推移している状況もある。
 しかし、彼女の論文の書き方は、そんな、「写真をきれいにみせるためのもの」とか、別の論文に発表した写真と「似ている」とか、そんな微妙なものとはかけ離れているようだ。このことは、「世に倦む」ブログなどで、すでに指摘されているところである。

 今回の事態は、目的のためには手段を選ばない、という事例ではなく、目的も手段もどうでもいい。むしろ似非知識人や組織が、政治家や政権から「産業創生に協力するパフォーマンマンスをとれ」、といわんばかりに金と権力をちらつかされて煽られ、愛国主義的なムードから勢いづいて冷静さを失い、売名のためならなんでもやって、それをメディアが適当に追認し、国威発揚のためには手段を選ばずの風潮に便乗して社会にワイドショー並の話題を振りまく、いかがわしい国になりつつある現象を如実に見せている。
    もちろん、まじめな研究者には大迷惑な話だが、まじめな研究者も黙って見過ごしていると、単に同類と思われるだけだ。そもそも、このねつ造疑惑は、闘う決意を固めた研究者による内部告発らしい。オカシイと睨んだ研究者がネット技術者やユーザーと連携し、証拠をしっかり揃えて、公開・告発に踏み切った市民としての研究者の矜恃が窺える。これこそが、救いだろう。不正に見て見ぬ立場をとる人間は、学者であろうが、労働者であろうが、自称革新党派であろうが、先生であろうが、生徒であろうが、誰であろうが、結果的には共犯者の役割を演じることになる。

 わが国の知的倫理水準の低下は、どうも歴史的に政治勢力によって形勢されているようだ。とくにこの15
年にわたる安倍晋三氏の政治と学術、メディアへの介入は目に余る。民主党政権も、科学が役に立たないという理由で、科学の世界に大なたをふるってご機嫌とりをしてみせた。
 中坊公平氏の書籍について
能瀬英太郎氏「甚だしい事実誤認」と指摘したことも関西テレビがやらかして未だに訂正もしない嘘丸出しのプロパガンダ番組も、雑誌「諸君」での中坊公平氏と森永乳業・菊地氏の対談での菊地氏の大噓も、すべて今回の問題と似ている。  
 中坊公平氏が大々的に流布した「加害企業に感謝する被害者」も常識でわかるレベルのオカルトだ。それを平然と「滅多にありえそうにない美談ネタ」として飛びつき、大手出版社も一緒くたになって、ろくに裏づけ調査もせずに「有名人の語る真実の物語」として大量に垂れ流す。事実誤認を指摘されても訂正もしない。
    この「加害企業に感謝する被害者」も、大宇宙の、超常現象が支配する異星人の世界にはいるかもしれないが、地球生命の理性の世界では証明不可能だ。しかも、その背景にあるおびただしい嘘の記述がバレても、誰も正そうとしない。この国の知的怠慢の常態化は哀しいかな、この数十年蓄積されてきた知的&倫理的怠慢の習慣という一連の事実が証明している。

 森永ヒ素ミルク中毒事件で、主犯である森永を免罪しようと、「科学的厳密さ」を口実に発表を遅らせ、被害を拡大させ、その後、周囲の状況から最初の発表を余儀なくさせられただけの森永側の浜本教授を、厚生省は「英雄」として表彰することで、国家お抱えの「御用学者」にまで成長させ、阪大の西沢教授とセットで人間凶器として使い倒した。その歴史に無反省な弟子たちが、歴史の風化を巧妙に読み取り、歴史を忘れたかふりをして、頃合いを見計らって、御用学者の復権に奔走した。同類と化した民主集中制までもが、昨今、一緒くたになって、巧妙に、その御用学者をほめちぎり、その正体をあからさまにしている。

 また、同じく「科学的厳密さ」を口にしながら「科学は何もわからないのだ」と自分を一見謙虚にみせながら、水俣病におけるチッソの責任を公然と否定してみせる武田邦彦氏が、福島での原発事故で、「科学は予測をせず、何もわからない」のに、「良い原発と悪い原発がある」と主張してみせ、テレビタレント化して調子づき、今度は小保方氏の論文捏造を乱暴に擁護する。無節操の極みだ。もはや、この方々には、倫理も中立性も科学性も全く見出すことができない。時の権力にたかって、売名か権力か金か、どれかにありつこうとする、あさましい一部の科学者の姿が露になっている。


 しかし、この現実もまた、日本の市民に貴重な学習材料を提供しているといえるだろう。科学者は聖人では決してなく、普通の世俗の人間のひとりであり、むしろ、金権と名誉を、所属組織・政治・学会・お抱えメディアから付与される期待感を煽られると、時に、科学の名をもって事実を平然と捻じ曲げ、社会の不正を隠蔽する権威者として凶悪な立ち回りをしてきた歴史があるし、いまもしているという現実がある。その後遺症は、無実の人々を痛めつけ、終生苦しめ続けるが、その張本人は、わが国では、いつも無罪放免となってきた。そして、あろうことか、その痛苦の経験が継承もされず、正されもしないまま、さらには、拝金主義と化した左翼までが裏で権力に手を貸し大政翼賛しながら、一度は断罪された同じ人物が(弟子たちの陰謀・画策・奮闘努力で)簡単に息を吹き返す日本の、この、えげつなく愚かしい現実は、そろそろ市民として認識し変革すべき時にきていると考えたほうが良いだろう。


─────────────────────────────────────────

参考資料 「ブログ 世に倦む日日」 

横溢する小保方擁護論の諸相 - 無責任と脱倫理が栄えて沈む国
小保方晴子事件に沈黙するマスコミ - 倫理不全に寛容な社会風土 
小保方晴子による反論の驚愕 - 不正への開き直りを支える二つの条件
 
小保方晴子事件とソクラテス - ソフィストによる不正の相対化

「いじめ問題」に化けた小保方事件 - 西崎文子の愚論と山中伸弥の正論 ←コメント↓

Commented by 柿右衛門
>小保方氏は「論文のミスで騒がれたが、STAPそのものは間違いなくある」と話しているという。

「私は雪男を見た」と言う人がいるとする。その写真を撮ったという。実は、その雪男は人間がキグルミを着て歩いた偽装だとする。画像を分析したら、おかしな箇所がいっぱいある不自然なものだとしても、見た者は「雪男がいる」と主張する。
だれかが、キグルミを着せた人間、キグルミを着て中に入っていた人間をつかまえて白日の下に晒さなければ、永遠に押し問答が続く。
「雪男を見た」と主張して戦うつもりの人間は、公の場に雪男を連れてくることができるのであろうか。
過呼吸になったりする修羅場は見たくないものである。それでなくても「イジメ」などというおかしな詭弁がまかり通っているのであるから。


Commented by Germany2015
企業で一研究者として日々実験を行っています。
今回の問題、筆者に深く共感します。
同時に、小保方が行ったこと、弁解については本当に許しがたい。
研究者としての矜持が感じられない。また、日本の科学界、特に再生医療に携わる研究者、また、研究者を夢見る子供たち、学生たちにどれほどダメージを与えたのか、小保方は考えたことがあるのでしょうか。「


「世に倦むブログ」ツイッター より 一部抜粋

それともう一つ。弁護士が登場して、小保方擁護派に勢いがついた状況があり、その中味として、人権主義からの同情論が説得力を持ったことがある。早く言えば、左翼が小保方擁護論に傾いている。①人権主義の動機と、②組織権力(理研・文科省)への反発。この二つをベースに左翼が小保方擁護へ。

このままだと、本当に「STAP細胞」は「もんじゅ」になってしまう。高速増殖炉と核燃料サイクルと同じ化け物になってしまう。「もんじゅ」、半世紀かけて1兆810億円の税金を注ぎ込んだ。「STAP細胞」を「もんじゅ」のような宝の山にして蜜を吸いたいシロアリ連中が多くいるのだ。

こういう「悪意の有無」とか「解雇の妥当性」が争点になる訴訟では、勝敗を分ける決め手となるポイントがある。それはここでは書かないが、法曹関係者ならよく知っていること。小保方側は、全力で世論の同情と支持を集める。理研叩きと尻尾切り批判の世論を沸騰させて、係争を有利に運ぼうとする。

小保方晴子に天才的能力があったら、論文をコピペで作る必要はないんだよ。捏造論文を書くのがガリレオやアインシュタインと同じだと言うのなら、不正論文で解雇された研究者は全員が天才だ。気味悪い擁護論が跋扈している。とんでもないことになった。http://t.co/EMIARrrZjc 

天才はコピペなんかしませんよ。天才というのは常にオリジナルで挑戦するわけで、人の猿まねは絶対にしない。そして、オリジナルな新しい発見や理論を、誰もが認める方法で証明しようとする。つまり、天才研究者から一番遠いところにあるのが、捏造・改竄・剽窃の不正行為だ。お分かりかな。


クリミア半島をロシアが併合したことに関して、別の視点を提供したい。
両方の言い分を聞かないとフェアではないだろう。

新生ウクライナ1 ヨーロッパの報道 ロシアTV European media's
https://www.youtube.com/watch?v=RWlcoRL3qMM
2014年2月27日 ロシア第一放送 私見ですが、新生ウクライナは、極右運動家のステパン・バンデラを英雄と崇める西ウク­ライナの国粋主義者らが、デモで、正統な選挙で選ばれたヤヌコビッチ大統領を追い出し­て成立。2004年のオレンジ革命も、同じ国粋主義者デモが、大統領選挙に不服でやり­直し選挙を強要した事件です。

新生ウクライナ2 政府高官がテロリストに支援要請 ロシアTV 
Ukraine asked Chechen guerilla for support  
https://www.youtube.com/watch?v=nUX0AMNiGXA
マイダンのデモで活躍して、新生ウクライナの国家安全保障・国防会議次官に就任した、­ウクライナ極右団体「右派」代表ドミトリイ・ヤロシュは、アルカイダと関係のあるチェ­チェン武装ゲリラに協力を要請しました。2014年3月2日 ロシア第一放送

新生ウクライナ3 まるで無政府時代 1 ロシアTV 
Ukraine as if in period of interregnum 1
https://www.youtube.com/watch?v=6ld-8c-gtlo
キエフは今?在ウクライナ日本国大使館さえバリケードで接近不能。デモ隊が国家占領。­ウクライナは無政府時代の権力争い Ukraine battle for power during the interregnum 2014年3月2日 ロシア第一放送

新生ウクライナ4 まるで無政府時代 2 ロシアTV 
Ukraine as if in period of interregnum 2
https://www.youtube.com/watch?v=7nfWzUgdiCU
ウクライナは無政府時代の権力争い 続き Ukraine battle for power during the interregnum part 2 2014年3月2日 ロシア第一放送  革命前は、ウクライナへの郵便物は必ず届きました。革命中は、小包は、半分中身がすり­替えられて、半分だけ届き、今は、全く届きません。日本在住の奥さんイリーナと二人の­友人のウクライナ女性。一人は、リヴォフなので新生ウクライナ。もう一人は、クリミア­なので、もうすぐロシア人。イリーナは、東ウクライナで、先行き不透明。半年前に、ウ­クライナのパスポートをやっと更新したのに、ロシア併合なら、またパスポートを作るの­かと心配。ウクライナでパスポート更新は5万円。実際には、現地に行って出来上がるま­で2ヶ月は待つから、往復の旅費と生活費で50万円はかかる。

新生ウクライナ5 革命直前の市街戦 1 ロシアTV 
Kiev's street fighting just before revolution 1 
https://www.youtube.com/watch?v=r-qfBJxtZak
ウクライナ革命の4日まえのキエフの戦い 前編 2014年2月18日 ロシア第一放送

新生ウクライナ6 革命直前の市街戦 2 ロシアTV 
Kiev's street fighting just before revolution 2
https://www.youtube.com/watch?v=XcegFA6o8es
新生ウクライナ、2月22日のマイダン革命の4日前は、キエフで市街戦 (後編) Kiev's street fighting four days before the Maidan revolution part 2  2014年2月18日 ロシア第一放送


森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故直後に、今後の脱原発運動において以下のような言説や政治勢力の存在が大きな障害物となるだろうとの危機感から、2011年4月9日段階で以下の見解を提示している。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm#2011.4.9
【疑問】産業公害における責任回避の常套的「科学論(?)」を通じて原発事故の真因と責任を曖昧化か? 2011.4.9 中部大学 武田邦彦教授(元・原子力安全委員会 専門委員)の言説…
 (同氏は)「公害事件に関していつも原因企業が主張するところの「予見不可能」の主張を、一見「謙虚」に見える独特の科学論から演繹的に「是」としている。これは悪質な原因企業の責任を軽減する言説に容易に転換しうるものだ。今回の福島の事故例のように、国家的大事故で、予見が既知の事実と化し、国民的批判が定着した後に、今後の放射能被害の危険性を「予見不可能性」で説明すれば、国民の生命擁護に気を配っているように見える。
 だが、一方で、「安全な原発は推進してもいいが、危険な原発には反対する」を声高に叫ぶのならば、氏自身が主張されるところの「予見不可能性」との自己矛盾である。最近は、「あと出しじゃんけん」で華々しく登場するのが得意な人が実に多い。
 一部メディアが精査もせず、あるいは、それと知っていてか、面白半分に取り上げるので、本人もその気になり調子付く。それまで危険容認の立場で動いていても、世論の動向やトレンドに合せて変わり身が早く、しかも、俺が俺がと表に登場し、そのくせ、巧妙に利害関係を維持して広告塔で動く人もだ。」(中略)

… ちなみに、類似例として、もうひとつの仮面も指摘しておく。民主集中制もロジックとしては似たような折衷的言説を嗜好する。最近はなりをひそめているが、かつて主張していた「正しいやり方の原発ならいい」、(森永事件では)「正しいやり方で行われるよう官製検診に参加する」という姿勢にもだぶって見える。一見「手法を正す」との改善提案を行っているように見えて、現実にはカネと権力と社会システムを総動員して強行される悪しき国策に、正面から異議を唱える科学者や技術者、住民運動の前に煙幕をはる効果になる。党利党略からか、権力に媚びる意図から来ているのかは、諸説あるが、結局、抵抗する住民の邪魔をしてきたことには違いない。

---- 原発が爆発すれば「御用学者」を批判しメディアで跳梁するが
        実は「御用にもっとも近い住民」。タレントさんもご注意。
              最近の世論操作は “お笑い” も取り込んでいくから、手が込んでいる----

小保方論文騒動に武田邦彦が仰天見解
http://www.j-cast.com/2014/03/14199294.html
「写真違っていたなら『眠たかったから』と言えばいい」
2014/3/14 19:45  
 新型万能細胞「STAP細胞」の論文に複数の不正が指摘されて以降、筆頭著者の小保方晴子・研究ユニットリーダー(30)は厳しい追及に晒されている。大学院時代の博士論文についてもコピー&ペースト(コピペ)疑惑が浮上し、研究者としての立場が揺らいでいる。
 そうした中、東大出身の工学博士、武田邦彦氏(70)が2014年3月13日放送のテレビ番組の中で、画像が間違っていたのなら「眠たかったからと言えばいい」、海外論文の流用は「日本人が下手な訳で書くよりいい」などと独自の持論を展開し、インターネット上で賛否両論を呼んでいる。
写真転用は「目が霞んでいたんですよ」
 武田氏は13日、CBC(中部日本放送)の情報番組「ゴゴスマ-GO GO!Smile!-」で、小保方氏の論文騒動を解説した。その中で、STAP細胞論文の画像転用問題について聞かれると、昔と今の研究者の生活環境の違いを説明し始めた。
 武田氏によると、昔の研究者は裕福な家庭環境で育った人が多く、時間的、金銭的にも余裕があったが、今の研究者、特に女性は家事や子育てなどで余裕のない生活を送っている。そのため、「どうしても昔みたいにちゃんと(論文を)書けないんですよ」というのだ。石井亮次アナウンサーに「忙しいということ?」と聞かれると、「忙しいし、色々ある。審査官があれこれ言ってくる。『ここ変えて、次写真ここ入れ替えろ』って一生懸命やっているうちに、だいたい間違えるんです」と語った。
 これに納得しない石井アナが「いやいや、論文に載せる写真ってめちゃくちゃ大事でしょう!」と反論すると、「目が霞んでいたんですよ」と驚きの回答。出演者陣はどっと笑ったが、あながち冗談ではないようで「目が霞んでいていいんです。そんなところを厳密にしたら日本の若い人が論文を出せなくなる。国際的にものすごく遅れる」と訴えた。欧米では新発見や学問的な進歩があれば論文が不十分でも評価される傾向にあるといい、そういった観点から武田氏は今回の画像転用をさほど問題視していないようだ。
 「20ページはだれが書いても同じ文章になる」
 さらに武田氏は、小保方氏が早稲田大学に提出した博士論文で20ページにわたる「コピペ」が指摘されている件についても「全然いいんですよ。第一そんなやつ持ち出すなと。人間は過去までほじくり返したら、色んなことがある」と全く意に介さない。「コピペ」とみられているのは、幹細胞の基礎知識を説明する部分であり、武田氏は「これ著作権がないんですよ。(科学の)事実は誰が書いても同じなんです。だから、彼女の20ページは世界中のだれが書いても同じ文章になる」とする。
 科学者の目的は金や利権ではなく「自然現象を明らかにすること」である以上、こうした文章は「人類共通の財産」であるため、引用を示す必要もないというのが、その理由だ。むしろ「アメリカ人が書いたやつを持ってきたほうが、日本人が下手な訳で書くよりいいんです」と、コピペを歓迎する発言まであった。
 再現実験については「長い目で見るべき」と話し、論文撤回についても「著者本人が判断すべきで、(周囲が)圧力をかけてはいけない」と主張する。最後に小保方氏が今やるべきことを問われると、「もし写真が間違っていたら、『眠たかったから』と言えばいいんです。小保方さんは、出てこないほうがいいと思いますよ。これだけ誤解がある以上、一般的には『なんだお前は!』ってなるから。『眠たい』なんて言ったってね」と笑いを誘った。
出演者陣は納得していたようだが…
 最初は驚いてばかりいた出演者陣も最終的には概ね同意したようだった。だが、リアルタイムで放送を見た人や書き起こしを読んだ人たちからは賛否両論があがっている。
 インターネット上では「新たな観点から問題を捉えることができた」「俺は同意出来る部分が多いけどな~」「論文には論文の常識があるってことなんだなたぶん」と理解を示す声がある一方、「明日にも職を追われていいレベルの失言を越えた失言じゃね…」「武田邦彦氏も眠たかったからこういう発言したんですよね?」「そんな無茶苦茶な論理で騙されるのは、アホなタレントだけ」「デタラメな奴がデタラメを擁護している」と厳しい意見もあがっている。
 なお、理化学研究所は3月14日、一部画像が小保方氏の博士論文から流用されたものだと断定。また、小保方氏ら共同著者は同日、論文の取り下げを検討していることを明らかにした。
----------------------------------------------------------------------------
現実認識からして間逆。武田邦彦氏は、テレビに出る暇があれば、以下のブログも先に読むべきだった。
所属する中部大学のイメージも地に堕ちた感がある。
小保方晴子の不正事件が問うもの - 格差社会の分配と秩序と倫理
http://critic20.exblog.jp/21843312
横溢する小保方擁護論の諸相 - 無責任と脱倫理が栄えて沈む国
http://critic20.exblog.jp/21849227/

1月にこのブログで、「科学者はそんなにえらいのか」
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/2339161.html
と書き記した直後にコレだ。呆れてしまう。
 

 浦和レッズの一部サポーターが、会場前で「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)という横断幕を掲げた問題で、チーム側が「無観客試合」などの厳しい制裁を受けた。
 「○○○○○ ONLY」は米国での黒人差別の際にも多用された典型的差別表現だ。外国人サポーターは「差別主義者だ!」と憤慨しており、大変不愉快な横断幕である。
 この横断幕を掲げた数名の愚かなサポーターは、「ゴール裏は聖地、そこに外国人が入ると、応援の統制がとれなくなるから」と、外国人排除の明確な意図を認めている。Jリーグ側は、チームマネジメントと警備会社などの杜撰を指摘した。だがこれを横目で見ながら、「またやってらあ」と「見てみぬふりをした」者も多いことだろう。数名のサポーターの責任に帰していいとは思われない。差別やイジメはサイレントマジョリティを前提に横行するものだ。

 浦和レッズの淵田社長は「差別がなくなるよう断固として取り組んで参ります」と謝罪した。厳密には人間社会から「差別がなくなる」ことはない。差別は絶えず醸成され発現してくるものであり、だからこそ、それと不断に闘う努力こそが大切だ。社長の言葉は、そういう決意表明と期待したい。だが、今後、いたるところで差別排外主義の行為は増えるだろう。わが国のトップがその先陣をきっているからである。

「差別主義の国」とのイメージが広がる日本
不満を外に向けてウサを晴らさせ、ナショナリズムで格差を誤魔化すこの国のトップ
 最近東京あたりで頻発している在日外国人(特に在日韓国人)への尾篭なヘイトスピーチも、国際機関から疑義を提示されるレベルとなっている。
 サッカーでの一部サポーターの薄っぺらいナショナリズムごっこといい、最近の日本の風潮は、歴史意識と国際感覚の大幅後退ともいえる愚かさを見せ付けている。
 これらの代表選手が、安部晋三氏の靖国神社への、政治的利害絡み&年末駆け込みドサクサ紛れの打算的参拝行為であろう。それ以前から石原慎太郎氏の「第三国人」発言でも、差別意識の顕在化が端的であった。
 これが、現政権の目指す「美しい国」なのだろう。それはナチスが目指した「純潔の第三帝国」なる理想に重なって見える。

日本の差別排外主義の背景にあるもの
 日本株を一時的に上げて、含み損を回復した子株主のご機嫌をとってみせたつもりだろうが、そのほとんどは米国の金融緩和の最後の冒険にささえられたものだ。そして見せかけだけのファンダメンタルの変化の一方で、国民の財布に一服感はないどころか、歯止めをはずされそうな消費税増税で気分は冷え込んでいる。
 隣国中国の軍備増強に警戒感を煽るのも結構だが、その一方で、「世界第二の経済大国」の座を隣国に奪われたという挫折感を募らせるあまり、嫌中、嫌韓の見出しが躍っている。
 これまで貧しかった中国や韓国への日本人による差別意識が顕在化しているだけであろう。戦後、戦争責任への自覚が希薄なまま、米国の軍事力に頼りながら商売に専念し、それを「成功」と勘違いして、産業公害などを長期にわたって放置してきたし、未だに放置したままだ。
 経済成長のツケを押し付けた自国民の犠牲さえ見てみぬふりをしながら、一方で、隣国の貧しさを、上から目線で小馬鹿にしてきたことのツケが回って来ているだけである。人間、馬鹿にされれば、「なにくそ精神」で巨大な成り上がりパワーを発揮するのだ。当たり前の構造だ。それはかつての日本人も全く同じだ。中国の問題点はほとんどすべて日本が経験してきたことだ。他国に追い越されかけていることに狼狽し、その主な原因である若い世代を育てることに手を抜いてきたこの30年の自国自身の責任を棚に上げ、自分たちの歴史すら正視できないで、他国へ八つ当たりしている情けない国になりかけている。
 こんな状況では憂さ晴らしの排外主義に拍車がかかり、日本の品格は落ち込む一方になるだろう。

NHK出版編集長を懲戒免職 校正業務の架空発注などで  
msn産経ニュース 2014.3.6
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140306/crm14030614110015-n1.htm
 NHK子会社のNHK出版は6日、架空の校正業務の発注やカラ出張などで計約1350万円をだまし取ったとして、放送・学芸図書編集部の河野逸人編集長(52)を同日付で懲戒免職にしたと発表した。  NHKの子会社をめぐっては、5日にも別会社で不適切な経理処理が発覚。籾井勝人NHK会長は6日の定例記者会見で、NHK出版への調査を行うとともに、会長直属の調査委員会で関連団体も含めた経理の適正化に取り組む方針を示した。
  NHK出版によると、河野編集長は2003年1月から13年12月にかけて、大河ドラマなどの編集で架空の校正業務を発注したり、不必要な校正を親族に行わせたりして、計約900万円を同社に支払わせた。また、私的な飲食費やカラ出張の経費の請求により、約450万円を受け取った。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
以下は、かつて、安倍晋三氏によるNHKへの介入が取りざたされた時期、
そして上記編集長の汚職が開始された時期に発生した問題である。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

中坊氏の手柄にするために
           歴史的事実を歪曲してもいいのか

 ~「加害者に感謝する被害者」なる恐るべきプロパガンダに先鞭をつけたNHK出版~
フリーライター:能瀬英太郎 2004年記
政界に野心あり過ぎの森永と安部政権
 岡山市の南部にある児島湖は、諫早湾締切堤防工事の未来像として格好のモデルである。このまま締切り工事を続行すれば、現在の児島湖は未来の諫早湾の姿である。そのうち湖沼の水質汚染度の上位にランクされ、児島湖と首位を競うことになるであろう。

 児島湖の海底には十メートルあまりの汚泥が堆積して、その除去工事に莫大な費用をつぎこんでいる。しかし除去するあとから汚泥は堆積してくるので、終りはない。淡水化した水を農業用水に使うという当初の目的は、今では汚染が激しく野菜の栽培に使用するには不適当と、農家は敬遠しているという。

 淡水化以前は多彩な魚介類が生息していた児島湾は、現在では汚染されて捕獲される魚類を地元の人は口にはしない。

 そんな児島湖で捕獲されたアメリカ・ザリガニが、東京のある高級レストランで料理として出されている様子をNHKテレビが放映した。岡山支局のアナウンサーがおいしそうに食べている画面をみて、私は驚いた。いまから十数年前のことだが、児島湖では汚染によって骨が曲がったり、体に潰瘍ができたフナがたくさん発見され問題になっていた。

 児島湖には倉敷川、加茂川、笹が瀬川が流れこんでいる。その中でも笹が瀬川の米倉港は、冬になるとへらブナ釣りのポイントとして有名だということだ。釣り上げたフナは「琵琶湖産」になって、関西方面へ出荷されるという。

 「大寒」になると毎年必ずNHK岡山放送局は、米倉港でフナを釣る人を放映した。カメラマンは「大寒の風物詩」として写し、アナウンサーは情緒的な解説をいれる。釣人の回りは流れついた発砲スチロールで埋まっていようと、水が汚染されていようと、切り取られた画面とは無関係なのである。

 もしNHKが報道機関なら、汚れた児島湖で捕れたザリガニを食用にしていることを問題にすべきだと思う。寒ブナをつる人を風物詩として写すより、汚染された川から釣り上げられたフナが「琵琶湖産」に化けていることを訴えるべきだ。

 私がNHK岡山放送局へ電話してそのように抗議をすると、翌年からは「寒ブナ釣り」の画面は写さなくなった。それだけでお終いで、汚染のことを問題にするわけではなかった。まことにNHK的問題処理のしかたであると腹がたった。

 これらの出来事を思い出したのは、先日私とNHKとの間であった「やりとり」と関係がある。

 今では「中坊ブーム」も下火になったが、二三年前までは彼の人気は大したものだった。テレビ出演にあるいは新聞の見出しに、出版される本の広告にと彼の名前を聞かぬ日はないくらいだった。彼が「自分が変わる転機になった」として、いつも取り上げるのが「森永ヒ素ミルク中毒事件」とのかかわりである。

 被害者救済機関として「財団法人ひかり協会」が誕生したのが約三十年前で、それ以後森永ヒ素ミルク中毒事件に関する報道はほとんどされなくなっていた。これで「一件落着」とばかり、マスコミの関心はこの事件から離れていった。それが中坊氏が有名になると同時に、彼の口を通してこの事件のことが語られるようになった。ひかり協会の設立当時、被害者たちは損害賠償を求めて民事裁判を大阪、岡山、高松で起こして、彼はその弁護団長だった。

 私が『野戦の指揮官・中坊公平』を読むことになったのは、古本屋の百円均一コーナーで見付けたからだ。どのようなことが書かれているのか、ちょっと読んでみるのには手頃な値段だと思って買った。他のところはともかくとして、森永ヒ素ミルク中毒事件についての部分をだけを読んだ。それは「第二章中坊公平の遅すぎた青春」の中に収められていた。 第二章は六十六から百四ページまでで約四十ページを費やされいるが、読んでいて驚いたのは間違いの多いことだった。それも基本的な事実について、資料も調べずに書いているのではないかと思うほどだった。

 著者は、NHK社会情報番組部チーフ・プロデューサーという立派な肩書きをもった、今井彰氏だ。「あとがき」の最後には「そしてこの最初の本の出版後、中坊氏に関するさまざまな書籍が出た。(略)人間・中坊公平を描いた本物の一冊だと信じている」と自慢している。私が買ったのは「NHKライブラリー」という文庫(二〇〇一年一月二十五日発行)で、「本書は当社単行本NHKスペシャル セレクション『野戦の指揮官・中坊公平』(一九九七年十一月三十日発行)をNHKライブラリーに収載したのものです。」ということわりがきがあった。もとの本も読んでみたが内容は勿論同じだった。

 この本を読んで事実と違うと私が思った箇所を次に列挙してみる。

  六八ページ「MF缶と呼ばれる人工粉乳に、ヒ素が含まれていたことが発覚した」

  六九ページ「死者には一律五十万円、その他は症状に応じての賠償も行われていた。」

  六九ページ「この調査は『十四年目の訪問』として、一冊にまとめられた。また、この調査結果を知った医師らの働きで、学会でも報告され、マスコミの注目を集めることになる。」

  六九ページ「依頼してきたのは、昭和四十四年から被害者救済にあたっていた青年法律家協会に所属する弁護士だった。」

  八一ページ「国の責任は、厚生省がそれまで使用禁止にされていた第二燐酸ソーダという化学合成品を、いったん使用可能にしたこと。」 
  八二ページ「そして中坊は、法廷戦術と平行して、法廷外戦術も駆使することにした。それは、森永製品の不買運動である。不買運動が効を奏せば、企業にとって致命的になる。まして、問題が問題である。社会の同情は原告に傾いていた。不買運動の効果は大きい。」

  九六ページ「中坊は何度も厚生省を尋ねた。被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出すために水面下で動き続けていた。」

  九六ページ「中坊は、この三者会談に賭けていた。民事上の損害賠償の除斥期間は二十年、因果関係を立証する時間にも限りがある。なによりも、裁判の中だけで埋め合わせることのできない事態であることが十分すぎるほど中坊にはわかっていた。」

  九八ページ「被害者の成長と事情に合わせて事業を拡大し、充実させている。」

 10 九八ページ「三者会談の結果、永久的な救済施設として、一九七四(昭和四十九年)年、財団法人ひかり協会が設立された。」

 上記の十項目が事実とは違っている。 

2. NHK出版への申し入れ

 私はニ〇〇三年 (※1)七月二十二日著者宛てに出版元へファックスを送り訂正を求めた。これに対して翌二十三日(株)日本放送出版協会編集部第二図書出版部部長長岡信孝氏から次のようなファックスが届いた。要点だけ記す。
「さて、このたびは弊社から出版されましたNHKライブラリー『野戦の指揮官・中坊公平』(今井彰・首藤圭子共著、二〇〇一年一月二五日発行)の記載中の内容につきまして、一部事実誤認の箇所がある旨を7/22(火)付けのFAXにて拝見しました。内容に関することなので、著者、今井・首藤両氏がご指摘の箇所について至急取り調べのうえ、文書にてご報告させていただきます。なにとぞ御了承ください。」

 私は前記1から9までを三回にわけて指摘した。というのは読むたびにこれはおかしいと思い、七月二八日と八月四日に追加として送った。

 それでは私が事実とは違うと思う根拠を順番に述べていきたい。

 1の「人工粉乳」というものはない。人工の牛乳で製造すればそう言えるが、まだ聞いたことはない。事件発生からこれまで使用されてきたのは「粉乳」「粉ミルク」あるいは「ドライミルク」などの名称である。粉乳、粉ミルク、ドライミルクは意味は同じで水分を蒸発させて作ったものだ。それに対して「練乳」というのがあり、これらは製法上の分類である。

 粉乳のなかには「脱脂粉乳」、「全脂粉乳」、「調整粉乳」などがあり脂肪のある無し、または栄養素の添加などでそれらの分類がある。「人工粉乳」の意味を本文では「いわゆる粉ミルク、赤ん坊に飲ませるものだ。」と述べている。それならなぜ今まで使用されてきた名称を使わず「人工粉乳」なとどいう奇妙で意味不明な造語を使用するのか。

 2は「死者には二十五万円、その他は一律一万円」が正確な補償金額であり、このような基本的な事実を資料によらないで述べる意図がわからない。この金額は一九五五年十月二十一日に森永の要請で厚生省が有識者に依頼して結成された「五人委員会」が作成した「森永粉乳中毒事件の補償等に関する意見書」によるものだ。この委員会はこの後に発生する公害事件の解決に活用される「第三者委員会」の悪しき原形となる。公正な第三者のような顔をした、いわゆる有識者が公害発生企業を弁護する仕組みが森永ヒ素ミルク中毒事件で最初に登場することになった。

 3の「十四年目の訪問」についての記述は、片面的である。大阪の養護学校教諭が調査した結果が公衆衛生学会で発表され、それだけで新聞発表されセンセーションを巻き起こしたように書かれている。しかし、その裏付けとして岡山の被害者が社会から無視されながらも地道な活動で、自主検診を重ねそのデータの蓄積があったことを抜かしている。「十四年目の訪問」はいわば聞き書きであり、臨床検診のデータという裏付けがあって初めて有効性をもつ。新聞発表される前日に、岡山の守る会事務局長岡崎哲夫氏と面接して記者はそのデータを見ている。この自主検診での証明があったから発表することができ、両者は表裏一体の関係にあるのだ。

 4は「昭和四十四年から被害者救済……」に問題がある。同年十月十八日に「十四年目の訪問」が発表され、その後被害者を支援する「大阪府森永ミルク中毒対策会議」が結成されたのが昭和四十六年十二月十三日となっている。この中のメンバーに青年法律家協会も入っているのだから、どうみても四十四年からすでに被害者救済をしていたとは眉唾ものだ。

 5は「第二燐酸ソーダという化学合成品を……」というのは間違いである。「第二燐酸ソーダ」のみ使用が緩和されたわけではない。「などの化学合成品」と書かないと、正確ではない。多くの化学合成品のなかの一つに、この薬品も含まれていたのだ。

 6についてはデタラメもいいとこである。この著者は不買運動をすることになった状況を調べもせずに書いている。「十四年目の訪問」を契機として、被害者の組織である森永ミルク中毒のこどもを守る会(以下、守る会)に参加する会員が急速に増加した。守る会は組織としては不買運動に踏み切らないが支援者がするのは「ご勝手に」という方針だった。私が参加していた森永告発は、設立時から不買運動の拡大を主要な運動方針にしていた。各地の大学生協などにも、不買運動を呼び掛けていた。私たちは岡山の繁華街において、毎週不買運動を市民に訴えるためにビラ撒きをしていた。その他不買ステッカー、シールなどを作製して販売していた。

 昭和四十五年十二月を第一回として守る会と森永との間において、本部交渉が始まった。主な議題は被害者の救済についてであった。守る会は企業責任を認めた上での救済を要求したが、森永はそれを否認して救済のお手伝いという姿勢に終始した。交渉は第一五回目で決裂した。

 昭和四十七年十二月三日森永社長が出席することになっていた第一五回本部交渉に、森永側は約束を破って社長が欠席し、一方的に交渉を打ち切って退席した。そこで守る会は急遽第二回全国集会に切り替えて、民事訴訟提訴と森永製品の不買運動を決議した。

 ここで初めて守る会は組織として不買運動に取り組んだのである。それまでなぜ不買運動に慎重だったかといえば、事件当時に交渉の道具として不買運動を提唱して失敗した経験があるからだ。だが、守る会が国民に不買運動を呼び掛けた時期には、すでに多くの大学生や大学生協は実行していた。それを知ろうと思えば守る会の当時の機関紙「ひかり」を見ればいい。不買運動に参加を表明した組織の名前が掲載されている。

 不買運動と個人のかかわりについては、それは個々人の良心の問題でありはっきり把握はできない。無名の人が誰にも告げずに森永製品不買の行動をとり、その集積が森永の経営に反映したといえる。これら多くの人の無言の行動を「駆使」することなど不可能である。それに中坊氏が弁護団に加わったのは、翌年の一月とご本人が述べている(『中坊公平・私の事件簿』九三ページ)のだから、その時すでに不買運動は始まっていた。
    ※1)今回不正が発覚した河野編集長は、まさに2003年1月から2013年12月にかけて
                カネを騙し取っていた。

3. ウソにウソを重ねる


 7も6に劣らないウソであり、それもより悪質なものである。

 ここに書かれている当時の状況は、交渉が決裂し守る会が不買運動と民事訴訟に踏み切った時期のことである。守る会が大阪を第一波として提訴したのは昭和四十八年四月十日である。八月二十四日には第二波として岡山で、十一月二十四日には高松で第三波として提訴した。

 不買運動と民事訴訟に踏み切って以来、森永と守る会の接触は無くなっていたが、五月二十二日に岡崎事務局長に森永社員が提案をもって接触してきた。この案に対して守る会は六月八日に検討の価値がないとして拒否の回答をした。七月になって当時の山口敏夫厚生政務次官から、話し合いのテーブルにつかないかという非公式の打診が守る会の幹部にたいしてなされた。その後、厚生大臣の意向をうけた山口氏は、森永側の約束もとりつけた上で話し合いのテーブルにつくよう守る会へ要請してきた。

 『森永砒素ミルク闘争二十年史』によれば守る会事務局長岡崎哲夫氏は「森永の大野社長からも守る会に対し、貴会の恒久対策案を包括的に認めて誠意をつくさせていただくことを厚生省にもご確約申し上げましたので、何とぞ宜しくご配慮を賜るようお願い申し上げます。との書簡が届けられた」と書いている。これは九月二十六日のことであった。

 九月三十日の守る会第三十四回全国理事会で検討した結果、守る会・厚生省・森永の三者会談に臨むことを正式に決定したのである。だから「被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出す」必要はなかったのである。むしろ国と森永の方が接触を希望し、守る会がそれほど乗り気ではなかったといえる。だから著者はまったく正反対のことを書いている。

 さらに『金ではなく鉄として』中坊公平著、岩波書店二〇〇二年二月二十五日発行によれば

 七三年(昭和四十八年)も押し詰まった十二月二十三日になってよもやの事態が起きた。

「森永ミルク中毒のこどもを守る会」、森永乳業、厚生省の代表によるこの日の第五回三者会談で、「確認書」が作られ、即日、守る会理事長、森永乳業社長、厚生大臣が調印したというのだ。そして守る会執行部は、提訴取下げの方針を原告団に通告してきた。

 もとより、この訴訟の実質的な原告は守る会であり、原告団のメンバーは多くの被害者の代表として立てられていたのだが、それにしても、前面で行動してきた彼らにも、私たち弁護団にとっても、寝耳に水の急展開だった。(二一〇ページ)

 とあり、いろいろな資料を比較検討すると、どれも『野戦の指揮官・中坊公平』に書かれていることとは反対のことばかりである。

 8は7の内容を受けている。7には三者会談とは書いてないが、次の行にある「中坊は、この三者会談に賭けていた」の「この」は7に書いた事柄、即ち三者会談をさしていることは明白である。だから、7がウソであるのだから、8もあり得ないことは納得してもらえると思う。民事裁判が進行中でありながら、それを否定するかのような三者会談に「賭ける」とは弁護団を裏切ることである。常識的に考えても、弁護団長がやるはずはないのである。

 また『森永ミルク中毒事件と裁判』森永ミルク中毒被害者弁護団編、ミネルバ書房刊(昭和五〇年一二月二〇日発行)の中にある「座談会ー訴訟の終結と被害者の今後の救済をめぐってー」に出席していた守る会の幹部の発言でも、国と森永がしきりに会談をもとめてきたことを証言している。この座談会には中坊氏も出席して、三者会談について発言しているので、ちょっと長くなるが引用する。


  「中坊 多くの弁護士の方から三者会談をめぐって弁護団と守る会との緊密な関係が欠けていたという指摘がありましたが、かろうじて公式のものではなくても非公式であっても、例えば私自身が全国理事会に出席する等、何らかの形で弁護団とはそれなりの意思連絡はとっていたと思います。私たちも三者会談のあり方について、当時から意見をいい、守る会の御意向を承わっていたわけです。

 しかしそこで何らかの誤解が生じた、守る会の一部の方からは弁護団は一つの主義主張のために裁判をやっているのであって、救済のためではないという疑いを抱かれたんですね。それが緊密さを保てない一つの根底にあったようです。しかし私は弁護団の責任者としてこの際はっきり申し上げたいと思うんですが、私たちはすべて弁護団会議で報告検討して行動していたわけですが、私たちとして決してそんなことを未だかって考えたことはないわけであり、三者会談に対しては批判的な意見を持ちつつも、それを原告や守る会の底辺の人たちに直接訴えることはやはり避けるべきである、絶対にしてはならないという一線を守って守る会のそれなりの組織の中で決定されたことに対しては、私たちとして従うべきであるということは、終始一貫して守ってきた。(以下略)」

 ここで本人が述べているように「三者会談に対して批判的な意見を持つ」人が何故それに「賭け」たり「水面下で動き続け」たりするのか、著者の考えがわからない。それにしても三者会談について、同一人物のとった行動が著書によっては正反対に分かれて記述されているのが不思議である。
 9については、何をもって「事業を拡大し、充実させている」といっているのか不明である。予算はひかり協会発足当時と現在を比較すると約三倍に拡大しているが、それが内容の充実とは結び付いていない。救済の憲法ともいえる恒久対策案からは後退に次ぐ後退であり、現状を検討せずに無責任なことを書いているとしか言いようがない。

 10については、直接NHK出版には訂正を申し入れはしなかった。しかし正確な表現ではない。この文章はひかり協会について述べているが、協会は財団法人の組織であり「救済施設」ではない。施設という場合普通は建築物などの設備などを意味する。ひかり協会には恒久対策案で建設するとされた、被害者の収容施設も病院もない。「救済施設」と呼べるものはなにもないのに、この名前はなにを意味しているのか分からない。

 私の申し入れにたいして「至急取り調べのうえ」と言いながら、回答が来たのは約二週間後の八月七日のことだった。

 「お問い合わせの件、大変遅くなりましたこと、誠に申し訳ございません。 本書は番組『NHKスペシャル 史上最大の不良債権回収』、そして『ETV特集 シリーズ弁護士・中坊公平』をベースに、新たな取材を加えて記したものです。執筆にあたりましては、中坊公平氏自身に取材し、証言をいただき、さらに内容に関しても目を通していただきました。また、併行して関係各位に取材をし、助言や資料のご提供をいただきました。

 今回、能瀬様から頂いた貴重なアドバイスの内容につきまして、そのうち「死者には一律五〇万円、その他は症状に応じての賠償も行われてきた」の記述については、ご指摘通り、「死者には二五万円、その他の被害者は一律一万円となっている」が正しい内容でした。ご指摘、まことにありがとうございました。次回、重版の際に訂正させて頂きます。その他の点につきましては、内容をいま一度精査のうえ、明らかな事実誤認がある場合には訂正いたします所存でございます。(以下略)」

 私の指摘にたいして一か所の誤りを認めただけで、その後に返事がないということは、それ以外は訂正するつもりは無いのであろう。しかも、「次回重版の際には…」と但し書きをつけているとは、どういうことだろうか。
  私は、このような書籍の重版など望まないが、要するに誤った事実を大量に垂れ流し、その修正は「事実上出来ませんよ」と慇懃無礼に述べているだけにしか思えない。
 それにしても、二度のファックスはいずれも第二出版部長である長岡信孝氏からのものであった。私は著者である今井彰・首藤圭子氏宛てに出しているのに、両氏からは何の返答もないのはどういうことであろうか。私の手紙に異論があれば、堂々と反論すればいいのに、黙殺しているのは失礼な対応である。権威者、権力者には卑屈になって事実でも歪曲するが、無名のものにはその裏返しの態度を平気でとるとしか思えない。    

 手紙の中で私は資料として書名を挙げて、それらを見れば正確な事実がわかると書いた。また三者会談について中坊氏がもし守る会の要請で「水面下」で行動していたなら、故岡崎哲夫氏が遺した資料を調査すればすぐ分かると書いた。しかし夫人の岡崎幸子さんに尋ねてみるとNHK出版からは何の問い合わせもないとのことであった。

 それらのことから判断すると、事実が判明すると『野戦の指揮官・中坊公平』という題名は不適当になる。著者が描くこの本の構図は、不買運動も三者会談も中坊氏が指揮したことにしなくてはならないのだ。

4. NHK本の悪い影響

 著者は中坊氏に関する最初の本を出版したと自慢げだが、それより不正確な記述が後々まで影響していることを恥じるべきである。中坊氏の偉大な人格に「傾斜」するのもいいが、それによってジャーナリストとしての目まで曇ってしまってはなさけない。事実まで歪曲しても平気なのだから、もともとこの著者にそんな目を要求するほうが無理かもしれない。 

  その後に出版された中坊氏に関する他の本を読んでみると、私がこの本であげたのと同じ箇所に間違いが多いのに気がつく。「中坊公平著」となっていても、聞き書きを編集者が文章化したのがほとんどのようだ。なにしろ約五年間に三十冊もの「中坊本」が出ているのだから、本人が書いていては間に合わないだろう。多くの出版社が「中坊ブーム」に乗り遅れまいと、聞き書きをすぐ本にするという、安直な金儲けのやり方を競った。
 森永ヒ素ミルク中毒事件に関しては言えば、二十数年前の中坊氏の経験である。その記憶が絶対に正確で信用に足るかと言えば、中坊氏の卓越した能力をもってしてもそうとは言い切れない。そのいい例が対談にあらわれている。二人の発言をそのまま本にしたと思われる『裁かれるのは誰か』(東洋経済新報社刊 一九九八、一、一発行)にも多くの誤りが見られる。この本については、あとからその箇所を指摘するつもりだ。

 「NHK本」と同じ誤りをおかしているのが『中坊公平・私の事件簿』中坊公平著・集英社新書(二〇〇〇、二、二二第一刷発行)である。

 「そして中坊は、法廷戦術と並行して、法廷外戦術も駆使することにした。それは、森永製品の不買運動である」(NHK出版本)

 「中坊は何度も厚生省を尋ねた。被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出すために水面下で動き続けていた」(NHK出版本)

 「私は裁判と並行して不買(売)運動を進めたりしながら、国(厚生省)森永、被害者の三者会談を重ねるという策をとりました」(集英新書) 
 集英社新書は中坊公平著となっているが、読んでみれば聞き書きであることはすぐ分かる。文章化の時にNHK本を参考にしたものと思われる。要するに、NHK本のとばっちりを受けた格好となっており、当時の「中坊ブーム」の熱狂に巻き込まれた感がある。
 その他にも中坊氏に弁護団長を依頼してきた青年法律家協会員が
 「七三年一月、その伊多波さんが、私のところへ来られたのです。四年間自分たちでやって来た……」(五三ページ)は第一章のあやまりの4で指摘したことであり、年号を西暦にしただけである。

 その他「同年(六九年=能瀬注)一〇月一九日の朝日新聞で報じられたことが契機となり、「森永ミルク中毒の子供を守る会」が結成され、森永乳業と交渉が重ねられるようになった。」(五二ページ)も誤りである。 守る会が結成されたのは事件の翌年五六年(昭和三一年六月)であり、その後も解散せず少数の会員ながら活動を継続してきた。その基盤があったから「十四年目の訪問」報道の際に、自主検診データが裏付けになったことは既に述べたとおりである。いってみれば、守る会が岡山だけででも活動をしていなかったら、「十四年目の訪問」は生れなかったといえる。 さらに「結局、私は、三者会談で決まったいくつかの対策の内容や被害の因果関係を、口頭弁論において国や森永に一つ一つ認めさせ、裁判所の公式記録にとどめました。そして、そのうえで提訴を取り下げました。同時に森永製品の組織的な不買運動も収束させました」(五八ページ)も正確ではない。

 裁判の主体は守る会であり、中坊氏は弁護士として依頼をうけてやっているのである。提訴も取下げも決定するのは守る会であり、弁護士ではない。森永製品の不買運動を呼び掛けたのは、被害者の親でつくる守る会である。昭和四九年五月二四日「不買運動終結声明」を出して収束させたのも守る会である。このように本来「守る会」と書くべきところを、「私」あるいは「中坊」と書いているからすべて中坊氏の行為と誤解されることになる。著者あるいは聞き書きをした人は、有名になった頃の中坊氏のイメージでもって勝手にそう理解したのかも知れない。

 当時の中坊氏でもって、過去の彼を都合よく推測している。ほとんどの著書の中で中坊氏は、森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護をしたことで生き方が変わったと書いている。そのことを忘れて「中坊=指揮官」と書くことで、守る会の主体性を無視して、中坊氏に引き回された印象をあたえる。それまで中坊氏は大衆運動とは無関係で、父親に進められて弁護を引受けたと述べている。この本で急に被害者運動の指揮官にでっち上げられた。 そのためそそかっしい評論家には、つぎの新聞記事のような読まれかたにもなり、事実に反することが広がる。これは二〇〇一年一月二一日の朝日新聞読書欄、「ベストセラー快読」に載った記事である。

 「ヒーローは一夜で生れず」との三段見出しで「裁判の目的は被害者救済と企業と国に加害責任を認めさせること。それを勝ち取るために裁判だけでなく不買(売)運動を組織し、さらに国と森永と被害者の三者会談を重ねるという方法をとった。」とまるで中坊氏が対森永闘争の全指揮をとったような読まれかたになっている。

 前にも引用した『金ではなく鉄として』と『中坊公平・私の事件簿』はどちらも「中坊公平著」となっている。しかし三者会談については全く逆のことが書いてある。『金ではなく鉄として』では三者会談が弁護団にとっては「寝耳に水」であったことなのに、『中坊公平・私の事件簿』では中坊氏がそういう「策をとった」ことになってしまっている。

 さらに『中坊公平・私の事件簿』ではすぐ三行あとには「自殺まで考えた」という見出しがある。なんのことかと読んでみると、三者会談や裁判を巡って守る会との間に溝ができ弁護団全員の解任を考えていると、守る会幹部にいわれたとある。それにショックを受けた中坊氏は自殺まで考えたというのである。

 それほど弁護団にたいする不信感があるのに、守る会が中坊氏に指揮を任すわけはないのである。この本の一ページほどのあいだにもこのような矛盾したことが書かれていて、中坊氏の「策」で守る会が動いていたわけではないことが分かる。それでもそのすぐ次ぎのページでは「私は……そして、そのうえで提訴を取り下げました。同時に森永製品の組織的な不買運動も収束させました。」と書くのだから、支離滅裂である。

 どうしてこのような事実に基づかないことが書かれるのかといえば、中坊氏の記憶が正確ではないことによる。文章化するに際して、話された内容を点検して資料と比較してみる作業を怠っているからだと、私は推測する。その責任は著者としての中坊氏と聞き書きをした編集者にあるのは勿論である。このような不良品を読者に紹介するにために、内容を正確に読まずに提灯記事を書いた批評家も責められる。

 なぜ私が中坊氏の記憶が正確ではないかと言えば、次にあげる対談集での彼の発言に誤りが多いからである。この本も彼の発言を検証もしないでそのまま文章化したのであろう。対談だからといって、発言内容が不正確なままでは許されない。

5. 「中坊ブーム」に便乗して

 私は今年の八月一四日に東洋経済新報社編集部へつぎのようなファックスを送った。その全文を次に紹介する。

「 前略 貴社発行の『裁かれるのは誰か』(一九九八、一、一発行)を拝見しました。その中で森永ヒ素ミルク中毒事件に関する中坊氏の発言に多くの事実誤認を発見し、是非事実関係を調査され訂正されることを望み拙文をしたためた次第です。中坊氏の発言とはいえ、間違いは間違いであり、そのまま放置しておかれますれば、以後この著書内容を真実として通用することをおそれます。

 第一は八〇ページの「昭和三〇年八月二五日のことでした。岡山大学法医学教室がその事実を発見する」です。正しくは八月二三日です。

 第二は同ページの「そのときすでに、厚生省の調査によっても、一万二〇〇〇人余りの人がすでに砒素中毒にかかっておって、百二十何名の赤ちゃんが死亡……」は誤りです。その年の一二月九日現在で厚生省が確認している数字は死者が一一三人、患者一一八九一人です。

 第三は八一ページの「そこで砒素中毒の診断基準、治療基準というものをつくる。そして砒素中毒に効くというバル注射などを勧めた」は誤り。ただしくはバルは砒素中毒ということが判明した八月二三日ごろから、岡大医学部の浜本教授が治療法として勧めたのです。

 第四は同ページ「死者で二〇万円ぐらい」は正しくは二五万円です。

 第五は八二ページ「昭和四四年に堺の保健婦さんが自分が管理している、いわゆる精神薄弱児の中に」は「昭和四三年ころ大阪の養護学校教諭が自分の勤務している学校の中に」です。

 第六は「厚生省は名簿は絶対見せない」は誤り、この時は名簿を請求してはいない。名簿はもっていたので、べつのこととかんちがい。

 第七は「三六人の子」は「五〇人」

 第八は一〇〇ページの「ある女性の厚生大臣の自宅へ行った。ところが逆に川本さんと同じように、これも捕まえられるんですわ」は誤り。厚生大臣に面会して直接陳情したが、その後に何等の対策も講じられなかった。 以上の誤りは次の著書で正確な事実が分かる。『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』岡山県(一九五七、一〇、一発行)『森永ミルク中毒事件と裁判』ミネルバ書房(一九七五、一二、二〇)『砒素ミルク1』森永告発(1971、六、一〇)など。            草々」

 この本で中坊氏の対談の相手をしているのは錦織淳氏である。対談上手が相手の場合、文章として書かれたものとは、また別の面白さが引き出されることはよくある。話し放しのようでも意外と事実関係の検証や校正に、時間を掛けていることを「あとがき」で知って驚くこともある。対談と言えども、通常、それくらい発言の正確さを期することに神経を使っているものだ。

 ところが、『裁かれるのは誰か』の場合、中坊氏には残念ながらそのかけらも感じられない。ご自身が弁護団長を務めた裁判での証言くらい、正確に調べて言ってもらいたいものだ。裁判後に出版された『森永ミルク中毒事件と裁判』は弁護団の編集だから、持っていないことはない筈だ。私が指摘した誤りの五、六、七はこの本に養護教諭の証言として掲載されている。それについては次の『中坊公平の闘い』で取り上げるのでここでは省略する。 その他の誤りのうち事実関係を補足して記述すれば、第二の「そのときすでに」の「そのとき」とは八月二四日のことで、森永ミルクの中からヒ素が検出されたと発表された日のことである。混乱をきわめていた状況では、被害者の実数把握は不可能であり、この数字も誤りである。     第三については事件発生の年の一〇月九日、西沢阪大小児科教授を会頭にした委員会「六人委員会」で決定された。発表された「治癒判定基準」」でほとんどの患者が治癒と判定される大雑把な基準であった。これによってほとんどの患者が退院し、治療費は自己負担になった。

 それと同時に発表された「治療指針」には「今回の中毒患者については、患者は夫々適切と思われる治療により殆ど治癒している。然ながらその治療法は極めて多岐で而も各自に理論的根拠によって処理せられたものと解せられるので本委員会において、結論を出すことは、非常に困難である」(『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』二九六ページ)とあり「バル注射……」を勧めることは発表されてない。

 バルについては次のように書かれている。「BALは第二次大戦勃発とともに発泡性の砒素性毒ガスの解毒剤に関する強力な研究が主に英国で進められた結果、この目的に最も有効なものとして発見された化合物である。多量の金属が永く蓄積する慢性毒中毒症の場合における効果は急性中毒の場合にくらべ不顕著である。」(前掲書二四二ページ)

 急性のヒ素中毒にバルを使用したが、それから一か月以上経過して問題はヒ素中毒の後遺症が心配されている時期にバルを勧めるわけはない。

 その他第四は既述のとおりで、第八は対談者の錦織氏が水俣病の川本さんが逮捕されたことを述べ、中坊氏がそれに関連して発言したものだ。
 事件が決着後、岡山県のみで守る会が組織され、細々と活動してきた。この事件は以後マスコミから意図的に無視され、社会に訴える手段を失った。その中で唯一つ、毎年開催される「日本母親大会」が発言の場であった。 昭和三五年の大会は東京で開催され、守る会からは吉房亀子さんら二人が参加して後遺症の存在を訴えた。私は吉房さんの日記を『砒素ミルク1』に掲載させていただいた。その中から八月二三、二四日を一部引用する。

「東京駅に行くと十時過ぎで今から行く所もなく四人は四千何百円も出して泊まることはできないので目黒警察署に一泊保護してもらい、八月二四日の午前五時に警察署を出て等々力町の大野勇(森永社長、能瀬注)さん方に行く。大野夫人に会って一言話し、お茶代わりに森永牛乳を一本ずつ戴いて八時にこの家を出て田町の本社に行くも面接できず正午ごろやっと社長代理に中須さん、池谷さん、松本さんが来て私と浅野さんは久方ぶりに米食をした。(中略)二四日に森永社長は面接してくれないので、私達は高田なほ子先生(参議院議員、能瀬注)の取次にて厚生大臣に直接陳情に行った所すぐ面会して私の話すことをよく聞いてくださいました。」

 この日記は『砒素ミルク1』以外では公表されてはいない。中坊氏はこれを読んで、記憶に残っていたのではないだろうか。それにしても事実を確かめもせずに、よく自分に都合のいいようにくっつけたものである。


6.「被害者は加害企業に感謝している」?…
                   公害被害者の尊厳を踏みにじる凶悪な嘘 
  2014年追記


 『野戦の指揮官・中坊公平』(文庫本)(平成1年1月25日発行)の103ページでは「森永裁判当時の森永乳業社長が亡くなったとき、被害者の親たちは、遺された夫人に社長あての感謝状を送る。」とある。

 しかし、他方、『諸君』(2002年5月号)での菊地孝生との対談157Pでは「ひかり協会が主催して大野社長に感謝する会を開いたんです」とある。


 NHK出版の中坊本では、これが彼の驚くべき個人的主張であるところの 「被害者は今では加害企業に感謝している」を補強する「証拠」のように配置されている。彼は、その後もこの「行事」について、しつこく雑誌で触れている。ところが、同一人物・中坊氏が語る「行事」の内容が、媒体ごとに別物になっているのだ。

 そもそもこのような「行事」がオフィシャルに実施された事実はあるのだろうか?ちなみに、「森永裁判当時の森永乳業社長」の逝去は昭和59年(1984年)だ。不思議なことに、この「公式行事」は、ひかり協会の「10年のあゆみ」「30年のあゆみ」にも記載されていない。「守る会」の公文書にも存在しない。つまりこの「行事」は、少なくとも公文書からは確認されない。

 一体、この信じ難い「被害者合意のもとに公式に行われたとする行事」とはどこに存在するのだろうか?被害者とその遺族が、当時、こんな公式行事の開催を知っていたら、おそらく憤慨した事だろう。
 もちろん、このような言説を流布することで利益を得る者は誰か?は、押して知るべしだ。

 NHK出版は、「加害企業に被害者は感謝している」などという言説流布の先陣をはった事に関して、死亡乳児131人(事件発生後1年以内)、1万2159人の被害者、そして、2013年までに、もがき苦しみながら死亡したであろう認定被害者1170名の御霊とその声なき声に対して、きちんと答える責任があろう。


【了】 

不見識の極みというべき中坊公平氏 週刊金曜日19991001



一日の始まりっていう明るい感じの戦時中…どうなの?

最近のNHKの朝ドラ、戦時中の生活を楽しく能天気に描きすぎてないだろうか?
国民服着せて質素な雰囲気だけは演出してるけど、大昔から変わらぬ和気あいあいの、なぁ~んにも実感のないホンワカムード…。空襲警報だけに、いきなり慌てる人々。
あんな、のんびりした銃後って、どこにあったのかしら? そりゃのんびりしてた人も一定数いただろうよ。それに、空襲を除いては戦場の苛烈さとは現象面では比較にならんだろう。だが、少なくとも私のおふくろは、勤労学徒動員で、全身氷になるような凍てついた体育館で、風船爆弾や軍用無線機を、軍人のきびしい監督下で強制労働のように働かせられながら作らされ、ついに体を壊して手術する羽目になった。
追い討ちの空襲では、死線をさまよいながらも辛くも生き残ったが、ひどい栄養失調で、「やむなく可愛がっていたウサギを締め殺して、泣きながら食べたことが一生忘れられない」と、しんみり話していた。
粗末でいい加減な手術の後遺症は、「その後の生活に一生重荷で付きまとう事になった」と、戦争を深く恨んでいた。

凄惨な日常
おふくろをはじめとした勤労学徒の女生徒は、背中に大きく重い軍用無線機を背負い、列車に乗って運搬していたらしい。(なぜ生徒に運ばせたりしたのか?は聞きそびれた…)
運搬途中、列車が鉄橋にさしかかると、米軍機から機銃掃射を受けて、列車が炎上した。炎に包まれ、鉄橋から友人の女学生が次々に川に落ちていく修羅場を体験している。
まあ、こんなシーンを朝ドラで見せると、吐き気をもよおすだろうという理由で、なかったことにするのだろうが、中途半端なシーンで戦争の痛みを低く見積もらせてもいいのかな? 
まさか、あの会長のふりまく「ネジ締めなおしてやる」発言むんむんの雰囲気から、ヒラメ的に自主規制して戦争の残酷さの過少評価を意図的に盛り込んだりする制作者が現れて来るんじゃないか、なんて思いたく無いところだが…。
でも、あの会長の取り巻きのカルトな面々をみると、「隠れた意図」なんていう陰謀めいたことを、ちっぽけな庶民の一人としては、思わず心配しまうんですが…。これ、神経質にすぎる?…
当時の庶民は、アメリカ敵機も嫌だが、勉強したい盛りの学徒を日常的に児童労働に狩り出して強制労働させる軍部の姿はもっと嫌、というより恐怖だったろう。
だが、朝ドラでは、そんなシーンはほとんど出てこない。別に、見せたからって、朝の活力をすぎますかねえ?    見せない理由にしているだけではないかな? 

「カーネーション」などは、大好きなストーリーだったが、こと戦時中の描き方に関しては同じ程度だったような。
敵を米軍機だけに絞ったりしているからA級戦犯持ち上げたくなるんじゃないの? 考えすぎでしょうか?
でも戦前、戦時中にメディアが果たした役割は絶大ですぞ。自らの仕事に民間企業並の警戒心があるかな?

朝ドラがおわって、大好きな有働アナがアサイチで、「戦争って嫌よね」、とはおしゃるが、「どの程度嫌なの?」「安部さんが嫌がる程度にいやなの?」とかが、結構重要ではないでしょうか。

投稿者 :元日本軍兵士の遺族  2013年12月27日(金) 10:35   
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-oyahukoumono-blog-version2.htm
 昨年、年末押し迫って、国民が大忙しの最中ならドサクサ紛れに参拝してもリアクションが少ないだろう、という政治屋の発想丸出しの靖国参拝。
 これに関して、旧軍兵士の遺族として何度でも言わせてもらう。あなたを歓迎している亡き兵士、その御霊は貴方の前には居ない、と。
 こういう参拝の仕方そのものに、過去の戦没者の気持ちを汲みとろうという気持ちが見られない。
 現世の利害に直結したイデオロギーむき出しの人間集団との利害関係から、事を進めたことがよく見て取れる。すでに安部氏はそのような談話を恥ずかしげもなく出しているらしい。
 戦没者が果たして、こんな政治屋の発想そのものをありがたく思うだろうか? そもそも戦没者は靖国だけにいるのではない。ほとんどの戦没者は、靖国だけを愛好する歴代内閣が全く努力しなかった結果、或いは遺骨収集に取り組む人々を「軍国主義者」と罵倒してきた左翼の共同作業のおかげで、遺骨として海外の戦地に野ざらしにされたまま放置されている。わが親の所属する“靖国を奉る”戦友会が、老体にムチ打って海外に放置された戦友たちの遺骨収集の署名を集め、厚生省へ提出した時、官僚は何を言ったか?「相手国の心情の手前、回収できない」だ。
 なんたる詭弁、なんたる怠惰。さすれば、「相手国の心情をまとめて逆なでする」安倍首相の行動は、遺骨回収という難事業を懸命に遠ざけて仕事を減らしたい官僚の期待?にもしっかり応えることになる。
 少しでも戦没者や遺族関係者への「心」を云々するなら、このような矛盾した現実への説明責任をきっちり果たすべきだろう。

 戦没者への追悼の念とは、戦没者の気持ちを想像する心である。
 では戦没者の気持ちとはなにか?それこそ千差万別であろうが、それを良く考えたことがない事だけは良くわかる。遺族会は、あたかも戦没者の代表・総意のように「歓迎」を表明するが、靖国を奉りつつも歴代首相の靖国参拝に憤りを持つ戦友会もある。現代の政治家に「心がない」こと、靖国を自己都合で政治利用している事は、特に、戦地を訪れて、被侵略国との交流を懸命に続けてきた戦友会・遺族会にとっては「見ればわかる」事だからだ。

 国のために殉じた英霊というカテゴリーなど関係なく、戦没者には私も頭を下げる。だが同時に、侵略した相手国の犠牲者、闘った相手国の犠牲になった兵士にも頭を下げる。これはすべて戦争という痛みを想像する中での追悼であり、くどくど説明する必要もない、当たり前の礼儀だ。
 こんな礼儀も実行できない想像力の欠落した駆け引き政治屋がパフォーマンスで靖国で頭を下げても、その先で「何かを語る死者」は居ないというべきであろう。
 こんな礼儀知らずの靖国参拝を「美しい国・日本」というのなら、それは日本語という民族の文化の基本を無意味化する暴挙でもあり、言語で理念を語るべき政治家にあるまじき姿だ。


【参考記事】
仲井真弘多にリコールを - 12/27のNHKの異様な奉祝報道 

12/27の夜、仲井真弘多が辺野古埋め立てを容認した記者会見の報道があった。テレビではNHKしか番組がなく、7時のニュースとNW9を見るしかなかった。年末で冬休みのため、報ステとNEWS23を見ることができない。NW9と報ステでは、かなり論調が違ったはずで、視点と立場が異なり、流す映像が違っただろうと思うが、それを確認するころができなかった。知事公邸の会見で仲井真弘多に噛みついていたのは、TBSの金平茂紀だ。NEWS23の放送があれば、岸井成格が仲井真弘多を一刀両断するコメントを吐いただろう。安倍晋三は周到に、政府に批判的な報道番組が仕事納めをした機を狙い、辺野古埋め立て容認に政治をセットし、靖国参拝を強行している。国民の間に批判が広がって、支持率下落に繋がる影響が最小限になるよう、狡猾にタイミングを選んでいる。NHKの画面の前で歯噛みしていたが、ふと、なるほど、数年後はこうなるのかという考えが頭をかすめた。安倍晋三にとっては、この報道環境が理想であり、あるべきマスコミと国民の姿なのである。政府に不満や批判を言う放送局が皆無で、安倍晋三を礼賛する報道と演出ばかりで埋められ、国民が安倍晋三の政治に満足し、政府の政策に納得し、番組キャスターを媒介して安倍晋三と国民が常に一体化するような、そのような共同体の図が理想なのだ。つまり、北朝鮮と同じ政治社会である。朝鮮中央放送しかない環境だ。

東電の犯罪・福島の悲劇に加担した事への無反省。

共産党は最近まで原発推進のくせに支持しない人を攻撃するのやめて

平たく言うと、彼らにとっての都知事選の位置づけは、こういう核への汚れた歴史の隠蔽とロンダリングか?

過去の政策判断を都民の前で正式に謝罪した小泉氏のほうがよっぽどマシという市民の意見もスジが通っている。

少なくとも原発問題では、「自共対決」など存在しなかった。むしろ協調。(こういう「予定調和」でどれだけ「おいしい」関係が築けて来たのか?...大半の党員が三猿主義を決め込んでいる個別事情を山ほど知っている一般市民。市民だけが嗅ぎ分けることが可能な、イカガワシイ世界…)

左掲写真は、原発が破裂した後の2011年6月になっても街頭に貼り続けられていたポスターらしい。

日本共産党への幻想がゼロの人間にとっては、彼らが原発にどんなパフォーマンスをとろうが、「所詮底がしれている」という受け止め方だ。だがそれにしても、なんにも一貫してスジを通していない党派が、都知事選で、一般市民に対して、こんな傲慢な言動と態度をとっていたとは…改めて驚きだ…。これが事実なら、かつてのオウム真理教の信者なみ。

東日本大震災で東電福島第一の使用済み核燃料棒の高濃度放射性物質(広島型原爆の死の灰の数百発分…詳細は『原発震災という視点』 ) が東日本一帯を覆わなかったのは、燃料棒冷却プールの水がかろうじて抜けなかったという、「たまたまの偶然」でしかない。にも関わらず、原子力行政を基本的に容認し続けておいて、反省もなく、風見鶏で世渡りする党派が「わが党だけは」コールを繰り返し、懸命に一本化を呼びかける市民に毒ついていたようだ。

宇都宮氏は敗戦候補のトップになって一体、何がうれしいのだろうか?このポスターへの一抹の反省でもあれば、「細川候補に勝った、達成感がある」などと、とてもとても…喜べないはずだ。

市民が「おかしい」と感じるのは当たり前。巧妙な嘘を見抜く、失ってはいけない大切な感覚だ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ブログ「世に倦む日日」のコメントは最新の市民の世論を見る上で参考になる。(世論といっても、ここでは共社になびくような層は対象にしない)

Commented by 33 at 2014-02-28 00:49

ご無沙汰しております.本当に今回の都知事選での社共にはガッカリしたというか,かれらは“脱原発〟が目的ではなく,手段である脱原発運動を続けることが目的になっている気がします.たいてい目的と手段があべこべになるとロクなことはないし,そもそも30年かけて目的を達成する手段なんてどう考えても間違えてるのが分からないんですかね…… 健康のためにカラダを鍛えはじめたのに,そのうちカラダを鍛えるのが目的になった人みたいなもんですからね…… 官邸前の運動も毎回通うと経済的にも身体的にキツすぎて,既にブラック運動と化している気がしますし.二度言いますが,今回の千載一遇のチャンスを潰した社共にはガッカリです……

Commented by やより at 2014-02-28 12:05

30年前から「東京に原発を」という標語がありました。今や、「千駄ヶ谷(共産)と永田町(社民)に、とりあえず原発を」となりそうな気配…。共産党はあい変わらずHPで「自共対決くっきり」などと自画自賛しているが、そうなるほど、ナショナリズムが高進するでしょう。そもそも、なぜ自共の二大対決になるのか?単純タカ派政党と化した自民党と共産党が対決する日本社会のイメージ自体がもう一触即発の戦争状態でしょう。彼らの「自党だけが正しい」という傲慢な一神教的でカルトな価値観と 「わが党以外は自民党の亜流」  と十年一日露骨に叫んできた姿勢に疑問を持てず陶酔している人々には心底同情する。この特異な政治イデオロギーを克服することは重要課題であるだろうし、今回、急な出馬で、市民の票をあれだけ結集できたことは、その力がみなぎっているということです。それこそを左翼は怖れているから、「細川に勝った」というフレーズが出るのです。公益などおかまいなし。左翼の壊死と市民の登場、これが今後のテーマでしょう。

Commented by haku at 2014-02-28 22:17

いろんなプロジェクトを見ていると、5年もやっていると疲れて、もう区切りを付けようよ、という気分になっているようです。これが長期でも一つの目安でしょう。30年とは笑止です。宇都宮氏も志位氏も自分達の目が黒いうちに脱原発を実現したくないんでしょうかね。そんなのどうでもいいよ、と告白しているようなものです。やや旧聞になりますが、プロ野球の縮小問題で、一方のリーダーたる古田氏はまさか30年続けようとは思わなかったし、5年でも御免だったでしょう。おそらくシーズンが終わるまでに決着を付けられなければ負けだと思っていたはず。永久追放さえ覚悟していたそうです。だからこそ集中して取り組むことができ、その必死さにファンや多くの国民が共感して圧倒的な支持を取り付けることができた。自称「運動界」の人々はこの胸のすくような運動から何も学ばなかったのでしょうか。

Commented by pm3.1 at 2014-03-01 01:25

○○な脱原発はダメだ!というように、都知事選で左翼陣営にそういう楔を打ち込まれてしまったような気がしますよね。増税賛成の脱原発はニセモノ、平和主義じゃない脱原発はニセモノ、新自由主義の脱原発はニセモノ・・という具合に、何でもかんでもすべてのテーマについて反対じゃないとダメだというような。これじゃあ永久に話がまとまるわけもないですよ。あれこれ不毛な論争をやってるうちに浜岡がやられるかもしれません。ビデオニュース・ドットコムで宮台氏が仰っていた「左翼の居場所問題」と言いますか、社会問題の継続を願う勢力にとっては願ったりかなったりの状況かもしれませんが、大変困ったことになってきました。大切なのは社会問題の解決であり、社会運動を続けることじゃないんですよね。


《日経も嘲笑気味… 「自共対決くっきり」 になってない “一人お祭り騒ぎ” …》 出典

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1003N_Q4A210C1PP8000/

《 下2行、市民運動を主敵にする、党利党略&セクト主義のあからさまな発言

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

核への汚れた態度のロンダリングが主目的の都知事選?

「知的退廃」に開き直る「業界左翼」

まさに「業界左翼」にとっては、「問題の解決は“飯の食い上げ”」であるから、簡単に解決しないほうがいいのだろう。もちろん元々は簡単に解決できる問題ではないが、「飯の種にする」長年のルーチンワークの習慣は、ここぞという解決のチャンスをも見逃してしまう。それが哀しいサガだ。

そして、自分たちとは無関係に、問題が解決されたら、されたで、その後に発生する利権に食らいつくことも忘れない。  森永事件解説ポスターpdf


そもそも、共産党など、ソビエト政権の核兵器と原発を「正義と進歩の技術」として異様に賛美し、その成れの果てからか、わが国の原子力政策に対しても「自主・民主・公開で」という折衷的な十年一日のスローガンで、御用学者の跳梁に間接的に手を貸してきた。

森永事件でも同様の手口で、後遺症なしの結論先にありきの「官製検診」にもぐりこみ、被害者の反対を押し切って権力側に情報を流し、あわよくば御用学者に取り入ろうとした民主集中制だ。

そういう作風でやって来ておきながら、東電の原発が破裂したとたん、しばらく様子を伺いつつ、党勢拡大に有利と判断できるやいなや、表向きの姿勢を変えてみせた。

だが、大手新聞の仕組んだ社民との対談では「数百年先の原子力技術の可能性」まで依然として口にする始末だった。

自党のドグマへの真摯な反省もなく、のらりくらりと美辞麗句を口にしつつ原発推進世論の事実上の下支えをしておきながら、舌の根も乾かぬうちに、自らを「脱原発の旗手」のように演出する舞台として今回の都知事選に臨んだ。過去の政治的二枚舌という犯罪のロンダリングの道具として、立ち枯れた社民を使い倒し、お得意のプロパガンダで過去を清算したつもりになって涼しい顔をしている。
東京都民は候補一本化を要請した。要するに党派は市民の後を歩け、脱原発を実現するために協力せよ、ということだ。党派は、市民の後を歩くなどもってのほかだと考えた。なぜなら、党は民衆を導く領導者ということで「権威」なるものを維持してきたと思い込んでいるからだ。

今回の都知事選は、共産があたかも「大昔から一貫してスジを通して原発に反対してきた」かのような印象を、社民のふんどしを借りて世間に印象づける役割を果たしたという意味で「大成功」であろう。

自党の「原子力に対する汚れた過去」を反省もなく隠蔽するという党利党略から生まれた目標設定から考えると、「細川に勝ってよかった」という彼らの素直な感情の吐露は、確かに「スジが通る」。
そして、もともと上昇志向の強い資質と比較的単純な哲学で動いている安部晋三氏をタマとして、世論操作と政界操縦に長けたブレーンがイメージとして形成する安部政権は、対抗勢力のいびつ化、分散化を奇禍として勢いづく。
「禍根は内にあり」という典型的パターンだ。


「生産力発展至上主義」という1800年代世界観がもたらす「技術社会」への無節操

彼らの歴史観を規定しているマルクス主義の「生産力発展至上主義」は、実はきわめて資本主義的な発想だ。

唯物史観は、人類の歴史発展の下部構造に「生産力の上昇」があると規定し、「人類の歴史は生産力の発展の歴史である」と一面的に規定する。

そして、資本主義はその生産力を「過剰生産恐慌」で定期的にチャンスロスするから、それをなくせば生産力は完全解放され、人類は無限の生産力上昇を獲得するに到ると主張する。そのためには生産手段を資本家や農民から奪取し、生産手段の社会化が必要だ、とする。

そして、共産主義は、生活に対するなんのストレスも存在しない理想社会となる。これがマルクス主義の歴史観の底流に存在する。
だが、「生産手段の社会化」といっても、国民全員がモザイク的に生産手段を所有するなんてことは有り得ない。社会化という「社会」とは、「抽象的な概念としての社会」などではなく、彼らが言うところの「階級社会」を代表する「国家」である。つまり、プロレタリア独裁国家という、彼らが統制関係が逆転したと言いくるめる「階級国家」である。
が、それは結局、国家支配層を牛耳った暁の一党独裁党派の官僚群にすり替わっただけであり、世界の最終目標に近づく運動が開始されたことで、反対者は人民の敵とされる。「労働者国家の代表者」を気取る赤い貴族の私的所有になることには、固く固く口をつむぐ。


「鏡の中の世界」を見て熱狂する「歴史主義信仰」の世界観
所詮、1800年代の西欧世界における科学/技術/社会観を無批判に未だに受け継いでいるに過ぎない。それをプロパガンダという手法で政治的に合理化しているだけだ。まさに、ナチズムなど過去の様々なイデオロギーの亜流が、現代にも容易に復活しうるように…。

赤い貴族の支配をいったん脇に置いたとしても、「生産力の無限の解放」が実現し、悩むことのない消費を資本主義以上に謳歌して、さて、有限資源が枯渇したら、どうするのだろう。さしずめ、超光速で飛ぶ超技術の宇宙船にでも乗って、他の太陽系にまで到達して、エイリアン同士の大戦争に勝利し、人類の幸福が実現されるというのだろう。千万年、数億年先の未来を見通す「預言者」になったつもりで自己満足できる。これがナチズム同様、「千年王国」と揶揄される彼らの「歴史主義信仰」と言われるものの実態だ。

世間知らずを叱られた事のない青二才か、もしくは一般社会とは別に、閉じた利権組織のヒエラルキーの頂点を目指す野心家にしか通用しないシロモノだ。しかも、他のカルト系組織と同じく、まず人間関係で縛りをかけ思考の枠組みを上から統制するから、知的誠実さなどとは無縁となってしまう。おどろおどろしい組織悪を目の当たりにしても、たいていは原因を別物にすり替え、連日刷り込まれる「前衛党無謬論」「全体主義的大義名分論」で合理化・正当化してしまう。彼らが「世間」と思い込む世界は、左右が逆転した鏡の中の「世間」だ。
いずれにしても、こうなると、ガンジガラメにされた人間関係をリセットする勇気をもてる人しか脱会できない。

民主集中制/共産党が人格破壊を引き起こすメカニズム

この俗物的な社会発展観は、しかし「光り輝く理想郷」として「信者」の頭脳の大部分を支配し、革命など実際にはやる気がなくても、資本主義の不正を是正する「唯一の決定的な力・理論」なのだとという思い込みで、思考を支配する。だから自分の意に従わない市民を敵視・弾圧しても、彼らの「歴史信仰」という大義名分から「免罪符」を与えられていると思い込む。

更にタチが悪いのは「前衛党の防衛」という「非常時」を党中央から宣告された場合、公序良俗や道義など真っ向無視の言論弾圧や政治謀略、人権侵害、密室政治、暴力的査問(異端審問)にためらいなく突進する。

  《参考事件:市民が告訴すれば有罪判決を食らうが…。森永ミルク中毒事件 能瀬訴訟 

日頃は表向き「比較的いい人」に見えても、突然、組織員としての別人格が現れる。「カッコつきの革命的正義」を身にまとい、国法と人道を無視した恫喝を凶暴に実行するのだ。「共産党は二重人格を作り人格を破壊する」という元幹部党員らによる指摘現象のメカニズムは、この部分に存在する。

《参考資料:能瀬訴訟 訟控訴審 準備書面 p27─報道、学者への恫喝─社会性の乏しさ全開》

科学は、人類にとって危険な技術を今後も次々に産出するだろう。これは深刻な問題であるが、この現象は何も資本主義社会に限ったことではない。すべての社会主義体制でも同じことが起こった。(ちなみに共産党が、それを「真の社会主義ではない」といえば言うほど、資本主義者も“あれはウチとは関係ない”という言い訳を開発する)

だが、技術はプロレタリア独裁国家が運営管理さえすれば、従来の矛盾は解消されバラ色の未来が訪れるなどというスターリニズム政党の流布する倒錯科学観の煙幕は、今では奇妙で意味不明のごまかしプロパガンダを開発している。「自主・民主・公開」などとは、もっとも縁遠い所に位置するスターリニズム党派が恥ずかしげもなく口にする「自主・民主・公開」(で国策容認)などというズル賢いプロパガンダであり、(※1)こんな子供だましの言い草で、真面目な市民が迷走させさられ市民が泣かされる歴史が東アジアの島国では今後も当分続くだろう。

このような社会観は、今後、何度でも、危険な技術の運用を「民主的運営」の名の下に擁護し、局面局面で党利党略の風見鶏となる。「猫の目解釈」でもって水面下で行われる国策への援護射撃の銃口は、体制を問わず技術が人類に及ぼす問題点を指摘する「非共産」の市民にも同時に向けられている。

これこそ、愚かで「非生産的」、有為な人材の消耗だ。


市民は本来の対抗者と同時に、味方を装うもっと欺瞞的な対抗者との闘いを強いられ、疲弊し、社会改善に挫折するかもしれない。そして、左右の民主集中制的で全体主義的な党派が社会を凶暴な政争と抗争に移行させ、国民の感情を扇動し、その荒廃した全体的精神構造は、他国への矛盾転嫁という国家間の抗争へと容易に転化するだろう。市民的資質を具備する市民社会の成長が未熟で、粛清に明け暮れるDNAを引き継ぐ共産党のフラクションが社会の隅々にまではびこり、党生活者が「生活をかけて」無節操で不正なオルグと粛正という「革命ごっこ」をコソコソと展開し、彼らが存亡をかけて「自共対決くっきり」に見せようと勢いづくような東アジア地域では、そのような潜在的条件が十分に存在している。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(※1)

森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、事故直後に、今後の脱原発運動において民主集中制の存在が大きな障害物となるだろうとの危機感から、2011年4月9日段階で以下の見解を提示している。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm#2011.4.9

【疑問】産業公害における責任回避の常套的「科学論(?)」を通じて原発事故の真因と責任を曖昧化か? 2011.4.9 中部大学 武田邦彦教授(元・原子力安全委員会 専門委員)の言説…

「公害事件に関していつも原因企業が主張するところの「予見不可能」の主張を、一見「謙虚」に見える独特の科学論から演繹的に「是」としている。これは悪質な原因企業の責任を軽減する言説に容易に転換しうるものだ。今回の福島の事故例のように、国家的大事故で、予見が既知の事実と化し、国民的批判が定着した後に、今後の放射能被害の危険性を「予見不可能性」で説明すれば、国民の生命擁護に気を配っているように見える。だが、一方で、「安全な原発は推進してもいいが、危険な原発には反対する」を声高に叫ぶのならば、氏自身が主張されるところの「予見不可能性」との自己矛盾である。
最近は、「あと出しじゃんけん」で華々しく登場するのが得意な人が実に多い。一部メディアが精査もせず、あるいは、それと知っていてか、面白半分に取り上げるので、本人もその気になり調子付く。それまで危険容認の立場で動いていても、世論の動向やトレンドに合せて変わり身が早く、しかも、俺が俺がと表に登場し、そのくせ、巧妙に利害関係を維持して広告塔で動く人もだ。」
(中略)…

ちなみに、類似例として、もうひとつの仮面も指摘しておく。民主集中制もロジックとしては似たような折衷的言説を嗜好する。最近はなりをひそめているが、かつて主張していた「正しいやり方の原発ならいい」、(森永事件では)「正しいやり方で行われるよう官製検診に参加する」という姿勢にもだぶって見える。一見「手法を正す」との改善提案を行っているように見えて、現実にはカネと権力と社会システムを総動員して強行される悪しき国策に、正面から異議を唱える科学者や技術者、住民運動の前に煙幕をはる効果になる。党利党略からか、権力に媚びる意図から来ているのかは、諸説あるが、結局、抵抗する住民の邪魔をしてきたことには違いない。



















ブログ「世に倦む日日」の主が怒っている。コメントを寄せる市民も怒っている。
http://critic20.exblog.jp/21742176/     twitter https://twitter.com/yoniumuhibi

興味深いコメント・指摘をスクラップ。
Commented by ヒムカ at 2014-02-24 00:05        

私は、反日共、反代々木系でもありませんが…実践活動において「日共」の手練手管に泣かされたものです。 志位和夫は今日では品行方正に振る舞っていますが…その「汚れた手」を知る者は少ないでしょう。第19回大会にて「中央委員、新書記局長(36歳)」に大抜擢」された背景には、『丸山真男批判』大キャンペーンもありました。 今、もしやと思いインターネットで検索すると…ありました。ありました。暇のある方は、是非とも【不破哲三の宮本顕治批判〔秘密報告〕】 (※1) をお読みください。サブタイトル「宮本氏と側近グループによる『日本共産党の逆旋回』:不破哲三」です。おどろおどろしいタイトルではありますが、日本現代史を「講座派」の読み方をするならば、さすがに不破哲三の告発文です。捏造はありません。

Commented by ヒムカ at 2014-02-26 00:35   不破哲三の告発に「捏造はない」書いてしまい…今読んで、反省!誤解を招く表現でした。兄上田 耕一郎ともども、ある時期を除いては宮本顕治と「共犯者」だったのです。 『日本共産党史』をE.カー「歴史とは何か」風に読むならば…野望と利権争いに満ちた「権力闘争であったと思います。一時、粛清されていた不破哲三は、奇怪な妥協をしながら虎視眈眈と宮本の「引退」を狙いつづけ、そうして挙句、返り咲いたのです。(彼の所有する資産は目を覆うばかりです。) 第20回大会で「路線の大転換」を整備した後、不破哲三は、>「これを、あくまで〔秘密報告〕にとどめ…略…それをすれば、宮本批判だけにとどまらず、私や他の常任幹部会員への批判、追求も爆発することを怖れるからである。」といいながら、今日でも口をつぐんでいるのです。 ※宮本顕治は、1994年第20回大会まで33年間、共産党における最長不倒翁の地位を占めていました。その登場の不可解さ、粛清の手練手管は、驚くほどに金日成(キム・イルソン)に似ています。 

Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:42    

ちょいと気になって、[海渡 雄一 反原発 都知事選挙]で検索してみた。
と、>「…海渡雄一氏は、選挙直後一本化問題に言及したという。『僕も【お前が降りれば一本化するんだ】と言われて、相当苦しんだけど、宇都宮さんについて最後までやってきてよかった。細川さんに勝てたということは、やはり一本化の議論が根本的に間違ってたんじゃないかと思う』とは…彼らしい。」との記事を読んだ。唖然。茫然。
『社民党』は、もはや奈落の底!福島瑞穂の知恵袋として大活躍していた海渡雄一氏は、東大生時代はノンポリだった。私、会った時、ポンやりしていたので…知人に尋ねると、頭脳は明晰だという。また要領の良い人間であり雑駁ではあるが数をこなすのだという。しかし、私には、あの鈍さは不愉快だった。
2012年衆議院議員総選挙にて、阿部知子を排斥したとき…社民党は壊滅したと思った。
もはや、社民党には硬直した「協会派」(『机上論理』ばかりで実践をさぼるから、『学びの人』と揶揄されている)の牙城である。( 辻元清美の社民党離党は正解だったと思う)
「日共」も、「社民党」も根腐れしてしまった。(歳月の中で形骸化して、内部に全体主義的な権力を作ってしまった)

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

規制委の審査で合格が出て、止まっている原発のほとんどが再稼働を始め、柏崎刈羽も浜岡も動き、新設も始まったら、どうやって脱原発するのか。選挙は2年半先までない。宇都宮先生のご訓示の「一回や二回の選挙で負けて諦めるのか」の精神論で済む話なのか。死ぬまで官邸前デモやってりゃいいのか。

at : 2014/02/23 15:22 web から

一基一基と、春に規制委の審査合格が出て、夏に西日本から再稼働がされて行き、さらに柏崎刈羽も、浜岡もとなったら、湯川れい子の言った「これが最後のチャンスだった」が真実味を帯びるんじゃないのか。あのとき、左翼は寄って集って罵倒していたが。 http://t.co/nj3ac3qGDa    
at : 2014/02/23 15:15 web から

再稼働させることは国を滅亡させること。そう分かっているのなら、この選挙で脱原発の民意を明らかにさせないといけなかった。ところが、脱原発を声高に叫んでいる左翼は、小泉の脱原発は信用できんとか言い、脱原発を都知事選の争点にしなかった。脱原発を争点から外し、雇用だ福祉だを争点にした。  
at : 2014/02/23 15:33 web から

左翼が「行動」し「努力」している「脱原発運動」は、それ自体が自己目的で、左翼勢力の維持や拡大のための「脱原発運動」だということだ。本当に脱原発するためはなく、運動を続けて広げることを目的とした政治運動。その「行動」と「努力」は、決して脱原発には繋がらない。再稼働を阻止できない。 
at : 2014/02/23 15:51 web から

現に今回の都知事選で、左翼は狙いどおりに共倒れに持ち込み、脱原発都知事の誕生を結果的に阻んだ。脱原発候補が選挙で負けたことで、都民はそれを最優先課題にしてないという民意になり、「時間をかけて脱原発」の流れが固まった。「時間をかけて」とは、ベース電源たる原発をどんどん動かす意味だ。 
at : 2014/02/23 15:57 web から

4月に入ったら消費税率が上がる。その影響が出て、内閣支持率が落ちると、規制委が審査合格を出しにくい環境になる。皮切り(西日本の1-2基)は早いんじゃないかな。規制委が審査合格を出したら、それを根拠にして安倍晋三は粛々と再稼働指示。止めようがない。どうやって止めるか左翼に聞きたい。 
at : 2014/02/23 16:14 web から
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:43    
日本は何処へ行くのか!惨憺たる思いである。
市民は、「左翼」あるいは「リベラル・中道左派」という装いに誤魔化されてはいけないと思う。今回の都知事選挙を総括して、いよいよ、しっかりと自己省察しなければと思う。
しかし、「細川元首相の都知事選出馬」は、確実に「カタルシス」を起こしたのである。2月8日の夜の新宿の演説を、私は決して忘れない。日本も見下げたものではない、まだ希望はゼロではいと確信できた。「細川元首相の都知事選出馬」が、救世主になるとは思わなかったが、しかし、最後まで闘い続けた「市民」がいたのである。
(『変革』のためには、「合理と非合理のたたかいが、一瞬のやすみもなくつづけられる」のですから―【実践の哲学】グラムシから引用)
「歴史的ブロック」の変容は、少数の「カタルシス」が波を打って、強弱を繰り返して実現していくと思うのです。(細川氏は、自分の制限的な役目を認識していたように思います。)

────────────────────────────────────────────────────────

社会を荒廃させる左右の「マッチポンプ政治」
右翼も左翼もこの国を荒廃させていく二大マッチポンプ政治であることが次第に明確になりつつある。
だが、左翼にとってはいつまでたっても、「国民に自党への依頼心を持たせる」ためのお祭り騒ぎが大切なのであろう。
ただし、無党派市民が街頭にたち活発に活動するとき、左翼はそれを「街頭主義」「プチブル自由主義急進運動」と徹底攻撃してきた。一方で、赤旗や組合旗をたなびかせて、自党の「わずかな動員力」を素人市民に見せつけ、「どうだ、俺たちに声をかけると、華々しくなるだろう? 俺たちに頼ると気持ちいいだろ? 動員数の水増しも俺たちが普通にやってきたことだぜ…真似したらいいんだよ。プロである俺たちを見習え。最初だけあんた方の手柄にしてやるぜ、そのかわり選挙や組織にはしっかり俺らの兵隊を入れて看板宣伝させろよ。見返りをちゃんと寄越せよ…寄越さなかった場合は…わかってるな…」と脇の下をくすぐってきた。
これはもう半世紀以上に亘る彼らの作風だ。

全体主義は左右がそろう時、急速に発展する
街頭で数をもってアクティブに動けば、メディアも絵になる材料として宣伝し、現実がいとも簡単に変わるかのような幻想を市民にも持たせることができ、同時に、選挙での票にも結実すると考える思考方法。
これは左翼の形式思考と化している。一般市民の共感など、どこ吹く風で、組織動員を生業で続けてきた者たちにとっては、10年一日、なんら工夫も必要ないルーティン作業。簡単なことだ。もちろん、市民を潰すときも、恥知らずに「青年同盟」などの組織動員を露骨に行う。まるで、1930年代、街頭で軍隊式行進をして威圧していたドイツ共産党とそっくりだ。ナチスもそれにあこがれて真似た。「全体主義は左右が揃って、はじめて、見事に急速に進展する」という歴史的教訓は、日本人の頭からすっぽり抜け落ちている。今の日中関係をみても、その相似形がわかるというものだろうに…。

「…(前略)…やはり都知事選が割り込んだため、田中俊一が風見鶏をしていたのだ。政治的理由である。自公候補の圧勝となり、脱原発の民意が示されなかったため、田中俊一は茂木敏充の指示に素直に頭を垂れる顛末となった。この基本計画の発表にタイミングを合わせて、テレ朝の報ステが、米国の原発事情について報道、福島の事故の後、米国では20基の建設が中止となり、昨年は稼働中の5基が廃炉になった事実を伝えた。米国の規制委の元委員のピーター・ブラッドフォードが登場、米国政府の方針が変わり、安価なシェールガスの増産を受けて、米国が脱原発にシフトしたことを語っていた。2週間前にTWでも書いたが、米国の脱原発は、新自由主義の論理と動機でキャリーされている現実である。市場原理主義が米国の脱原発をドライブしている。この都知事選で、左翼が毎日のように喧伝したのは、新自由主義の脱原発は信用できないというプロパガンダだった。…(後略)…」http://critic20.exblog.jp/21742176/

「世に倦む日日」のブログ主が言うように、「脱原発」は左翼の専売特許ではない。それを専売特許にしたがる左翼がいるとしたら、それはまさしく「ごろつき左翼」と呼ぶに相応しい。市民的資質が欠如した他力本願主義と偏狭政治イデオロギーに警戒心の少ない層を囲い込んで党生活者の既得権益を維持しようとする「貧困ビジネス集団」といえる。世界の将来など何一つ真剣に考えようとしない、「わが党だけが」主義。
そして、それは、個別問題では、かなり露骨な、癒着と裏切りを繰り返してきた「業界左翼政治」の正体だ。

【参考資料】
世間で正義派やリベラルといわれるほど怪しいという証拠。これだけの売名的、欺瞞的嘘がある。
ちなみに宇都宮氏はこの中坊氏を「目標」にしているらしい。(2013.5.6毎日新聞記事)
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-keijiban-memo.htm
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、中坊公平氏が流布し、訂正もせずに終わり、ゆえに未だに一人歩きを続ける巨大な嘘を、見逃し、許すことはできないとして、彼の公人としての言説に批判を加え続けている。
中坊公平氏の逝去報道に沸く5月6日の毎日新聞で、
「…(前略)…一方、森永ヒ素ミルク中毒事件資料館…は、(中坊氏は)近年、著書などで『被害者は(被害を補償した)森永乳業に感謝している』と受け取れる発言をすることがあったといい、『被害者感情を逆なでする発言で、批判は多い』」 と批判した。

「被害救済」などと看板をみめ麗しくひけらかしても、組織幹部権益を最優先する民主集中制
が市民運動を占拠し、閉じた回路に転向すると、こんな酷い有様に行き着く
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

検証:弁護士の言説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm

弁護士は神様か? 被害者弁護団への疑問
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-bengodan-no-mondai.htm
────────────────────────────────────────────────────────
(※1)
「フルシチョフ秘密報告」をもじって「不破哲三の告発」というフィクションスタイルをとり、彼を含む共産党の粛清体質を事実に基づいて告発した宮地健一氏のノンフィクションレポート。
まるで旧日本軍内部で常態化していた私刑(リンチ)そのものである。戦後において、「平和と民主主義を唯一スジを通している」と自称する党派内部でやりたい放題に展開された暴力査問、イヤガラセ、いじめ、学者党員への言論弾圧、原水協など表向きの党外団体にまで及ぶ徹底粛清など、彼らが美辞麗句を尽くして粉飾する所謂「民主団体」の醜悪な有様がリアルに暴露されている。
特に、小田実氏のべ平連運動などの市民運動をターゲットにした文学系団体への粛清、労働戦線での自党のシェアを確保するために行われた粛清。1982年頃から強烈化されたそれら。
森永ヒ素ミルク中毒事件で、露骨に加害企業と結託する形でなりふり構わず強行された言論弾圧の10年間の事象と非常に酷似している。そしてまた、その不正の歴史に関して「口にチャック」し、それをむしろ正当化しないと未だにやっていけない民主集中制勢力の内実は、「不正な国家権力の補強手段と化した業界左翼」の名称が相応しい。
森永ヒ素ミルク中毒事件闘争50年史
被害者団体の幹部が創設者を弾圧しながら、加害企業側へ公然内通
~民主集中制とそれに利用される腐敗勢力~