【結果が出る前から、票の正当性を汚してしまう自民党】
今朝の新聞報道で、自民党が東京のテレビキー局全てに「選挙報道を公平中立に」と「お願い」する文書を出していたことがわかった。テレビ放送事業認可の権限をたてにとり、公示を前にテレビ局に対して、こんな事をしでかしてしまった自民党。これでは選挙結果にさえ「公正性」を誇ることが出来なくなってしまった。かなり致命的なフライングだ。

【メディアは公正中立だけがポリシーではない】
そもそも、テレビ局や新聞などのマスコミには三つ程度の重要な理念と一つの習性がある。
1.言論・表現の自由、3.国家権力への監視機能 3.真実性と公正中立性 4.メディアビジネスから来る「オミット」リスク、だ。
公正中立には当然配慮しつつ、独自の編集方針で運営しているのだ。結果、どこの国でも、偶然の近似として、「このマスコミは “与党より“ とか “野党より“」と評される事がある。

【オミットリスクが最大の課題】
一方、マスコミがもっとも警戒すべき陥穽、それが、広告スポンサーとなっている企業の不祥事や、時の政治権力への迎合から生まれる事実へのネガティブな態度=「オミット(除外・無視)」リスク=「書くべきことを書かない」リスクだ。別名「大本営」発表現象は、易きに流れるメディア特有のリスク蓄積の裏返しだ。その害毒は読者・国民をミスリードすることで、権力の不正行為を補完する形で立ち現れる。
業態のそもそもの性格からして、メディアは既に理論的には、公正でもなければ中立でもない。だが、社会的影響力が大きく世論を形成することがあるから、自ら「公正中立」を目指す努力をすると言っているのだ。但し、その場合の「公正中立」とは、もっぱら権力や金銭になびいて、弱い立場にある国民の権利や生活環境を破壊したりする国家権力の手助けをしてしまわないようにという基準からの「公正中立」性の検証であり、今回の自民党の言うものとは全く逆である。
加えてメディアには自分の言いたい方向性というものがある。それは言論・表現の自由というマスコミのもう一つの自由だ。もちろん、あまりに倫理を省き、事実をゆがめ或いは抹殺し、バランスを欠くと後から批判される。その場合、誤りを正し軌道修正が図ればいい。過ちを犯さない個人&組織などないからだ。世論の監視を受けながら、バランシングされてメディア媒体は機能する。政治権力が介入すべきカテゴリーではない。

【もともとメディアの公正中立などに関心のない政権与党】
かつて自民党は、その長期政権下で発生した世界最大の食品公害である森永ヒ素ミルク中毒事件を、マスコミが1955年以来14年間にわたって封殺したことを「公正中立違反」と厳しく叱ったことがあるか? 一度もない。もっぱら企業と政府が金と権力で書かせなかったのだ。この国の政治権力は「マスコミの公正中立性」などにハナから関心など持っていないではないか。歴史的事実から明白なのは、「公正中立」に関心をもつのは、いつも、自党が政権に就くためにマスコミに「ちょうちん持ち」をさせたい時だけである。

【公正中立の前に常識としてある、人道と正義、公序良俗の理念】
仮に、時の政権が戦争に突き進んでいるとき、「戦争はよくないという意見もあるけど…いやいや、戦争も結構いいよね」と、玉虫色の主張を聞かせる事を公正中立と言うか? 公正中立の前には、「戦争や殺人は避けるべき」という公序良俗の通念がある。この通念に反して金儲けや特殊イデオロギーで戦争や全体主義に向かう政治が現れてきた場合、これを批判することは正義である。時の政権政党がいう「公正中立」に反して、過去に確かに選挙で選ばれたはずの時の政権を批判しなければ、正義が失われてしまうことはしょっちゅう有る。さらに言えば、正義の名によって組織暴力が実行されようとする場合(戦争など端的な例)、その殆どの場合、前提には情報操作がある。その場合は、カウンターオピニオンとして、公正中立よりも、倫理観や常識的感覚や人道主義を道しるべとして軌道修正が行われなければならない。その場合、公正中立性の検証は、時の政権政党自体に向けられるべきであり、その政党の政治生活全体が公正性の目によって、きびしく再検証される必要性がある。
自民党が政権政党の立場をカサにきて、許認可事業者であるテレビ局に「公正中立にやれ」という時は、だいたい与党批判の声を抑えて時の政府に有利になるように報道しろ、という権力づくの恫喝要求だ。
さすが、「国営放送ではなく、公共放送である」と自称するNHKに、ためらいもなく政治圧力をかけた安部政権だ。

【自分から党利党略に走り、公正さを放棄し、言論統制を企図する不正】
「公正中立」という、もともと自分らが守ってもいない倫理基準を、慇懃無礼にお願い文書という形で送達する。実にいやらしい。言論の自由や権力監視機能がマスコミには必須であるという、文明国のセンス自体を喪失した政権与党の、危ない思考回路が明らかだ。
観劇ツアー、ウチワ、SMバーへの政治活動費、ヘイトスピーチ在特会との蜜月…公正性を政権与党から欠落させてきた。
それに、だいたい、国民の殆どが支持しない解散という愚挙をしていること自体、もう政権そのものが公正さを失っているといえる。党利党略に走り、公正さを失った政権与党がマスコミに「思い立ったように公正さを要求する」こと自体、「政権与党へ有利なバイアスをかけた報道」を要求する「不公正」な姿であると言えるのではないか。



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