「森永(加害企業)さんと被害者は1973年以来ずっと協力関係です」…なに?それ!
 これがウィキペディア(Wikipedia)日本版「森永ヒ素ミルク中毒事件」を3年にわたり改ざんし続けている者の最新の加筆内容だ。「公害被害者は “お金を恵んで下さる“(加害)企業さんに感謝し協力せよ!」…ホンネはコレだ。(ちなみに記述の後にいきなり登場するのが、「被害者は加害者に今は感謝している」なる言説を全国に拡散した例の中坊公平氏である。)

 この改ざん者は、「両者は(対立関係から)1973年以降協力関係に変化した」と、この1行を書くために異常な神経を払っている。「対立」「協力」…企業犯罪におけるこの二項対立表現の無意味さと短絡性を敢えて悪用している。更には「加害企業に感謝している」を「協力関係」や「森永はよくやってくれている」や、以下の引用のように「責任を果たしている」に言い方を変えているだけで、同じ印象を醸成させるフレーズを飽きるほどリピートしている。しかもこの会が全被害者を代表しているわけでもない。(事件要因部分もだいぶ手が込んできたが、企業側の悪質性を過少評価させる努力が痛々しいほどで、本質的な偽装や誤認は変わらずだ。)
-----------------------以下ウイキ引用-------------------------
「事実、森永は15年前(=事件が起きた1955年のこと)にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と」。これが1973年の確認書締結以前の状態であった。
1973年確認書締結後は、「森永は責任を果たしている」というのが「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の評価である。
---------------------以上引用終了-------------------------
 賢明な人間には幼稚な作為がミエミエだ。まるで「被害者と加害企業との緊張関係などこの世に存在しない」「パッピーエンド&パラダイスが40年以上続いている」と言いたげである。こんな輩が「公害なんて過去のこと」という観念を鼓吹する一方、「被害者は現状に満足している」とする姿をしきりに各方面に売り込む。えげつない貧困ビジネスの正体だ。文章改ざんなどでは済まされない悪事である。

「刑事企業犯罪」を「労使協調関係」にスリかえるレトリック
 「協力関係」のフレーズで、改ざん者が何を意図しているのかは、2012年の改ざん事件でも明瞭だ。この改ざん者は、「協力関係」が「双務的」印象をもつ言語であり、「被害者も加害者に協力すべきだ、或いは、協力する必要がある」という政治的かつ精神的要求/強制が織りこまれている事を知っている。この短い言語を入れ込むために長年ウィキペディアをいじくりまわしているのだ。これを無意識に読んだ読者の中にどんな心象を形成するか、或いは被害者集団にどんな心的強制力を与えるかを「十分に計算した上」で、「渾身の一語」として加筆している。「協力関係」が刷り込まれると自身の正体=「癒着」も合理化できると改ざん者が期待している姿アリアリだ。
 産業公害で、加害企業が、事件発生はもとより、その後の20年間に亘り残酷な弾圧を徹底的に行った犯罪行為を「あたかも労使関係に例えることが可能であるかのような」スリかえをしている。この加筆者が30年以上、被害者を洗脳するために考え、実行し続けた結果のアイディアがこれだ。
 たが所詮この程度だ。会社で給与を得ながら仕事をしている日常(大方は双務的協力関係)と、企業犯罪を混同させようとしても、同じになるわけがない。大勢を騙せても、全員はだませない。それでも一般大衆を欺ければそれでいいという開き直りが見て取れる。常識で考えてもわかるイロハを言語のトリックで逆転させ、あたかも公害被害者が加害企業に対して何か協力の義務を負っているかのように印象を誘導する行い。質は悪いが、とり憑かれたようにプロパガンダを職業とする者の仕業である。

被害者救済運動の苦闘の歴史は事実上抹殺。これに狂喜する者は誰か?
 さらに、14年間の苦闘を1行未満で切って捨て、関心を持たせないようにしている。現状でも、被害者からの人権救済申立てでは罰を受けなかったとか、名誉毀損では一部だけ指摘されただけだったとか、係争の内容も削りまくり、14年目の訪問から、組織公認で開始し途中から変節して出版を葬り去ろうと出稿を停止して妨害した「20年史」が、何か説を唱えているかのようにねじまげバイアスをかける。変わらぬ姿勢だ。カネに屈服した人間が闘争の歴史を活字に残す事に猛烈に反対するのはよくあるケースだ。
 一方、森永告発の市民から裁判で訴えられて負けたからか、突然、森永告発=暴力集団という記述をやめた。当然だ。
 それ以外は、いまもって、どうやってごまかそうかと四苦八苦している小賢しい書きっぷりが露骨で笑止だ。もう、関係者は高齢化しているから「あとは死人に口なし」と安心しきっている姿だ。改ざん者の変わらぬ政治的姿勢がわかりやすい、異様かつハチャメチャなウイキと化している。
 もっとも、こんな輩のせいでウィキペディア改ざんは到るところで常態化し、ウイキ自身の弱点と信憑性の低さは、すでに識者には常識となっている。学生の講義レポートでも、ズルしてウイキをこっそり引用すると、ばれた場合大減点される。専門家領域ではウイキ参照など論外、即自滅だ。だが未だに安直に頼る人間もいるので、5年に一度くらいは指摘しておく必要があるだろう。

差別意識にまみれて被害者を管理する
 「被害者はカネをめぐんで下さる加害企業と今ではよろしくやっているんだ。だから文句言うな」「一般国民はよそ者」などという尾篭(ビロウ)なプロパガンダをさんざん展開してきたグループによって、延々と手を変え品を変えてウィキの改ざん行為が続き、巧妙化している。どうも被害者がこの世から死滅するまで生業として続けることにしているようだ。もはや、「恥も外聞もなく」これを(誰かさんからのカネで)「仕事」と割り切って実行している。
 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、ウイキペディアの少なくとも「森永ヒ素ミルク中毒事件」に関しては、一面的な事実の断片を都合よく羅列しつつ、核心部分で来訪者の意識下にウソを刷り込む事で、被害者の人間としての尊厳を毀損するマインドコントロールを企図している点で「デジタル百科度」ゼロと判定した。       
   以下は5年前の「第一次改ざん行為」に限定したコメント。
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-jiken.htm  
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf
 資料館は今年2015年になって、ウイキ改ざん行為を以下のように指摘しなおした。

独裁国家も「日本発」のプロパガンダに御関心
---------------以下、引用開始------------------
 ちなみに2012年(段階でウィキペディアに掲載されていた)森永ヒ素ミルク中毒事件の歴史において、元・訴訟弁護団長の中坊公平氏が唯一個人名を伴って「救済者」としてウィキペディアに唐突に登場する記述の異様さには、もはや言葉が見つからない。
 これは、彼がみずから行った「積極的な」言動とそれに無批判に追随して未だ訂正の意志さえ見せない諸媒体の愚行の成果といえるものであろう。それは取り返しのつかない規模の歴史歪曲を既に社会の隅々にまで蔓延させた。
 「カネを “めぐんでもらっている“ 被害者は、むしろ加害企業に感謝すべきだ。これに文句いう被害者は、被害者全体の敵だ」という、日本が新開発しメディア総がかりで世界に流布した恥ずべき拝金主義+全体主義のプロパガンダは、社会的弱者をイデオロギーで管理支配し、市民社会の良識と分断し続け、歴史の痛みを闇に封じ込める巧妙な手口と化した。すでに某独裁国までが真似しようとして、逆に国民からの返り討ちにあっている。
 今後、このプロパガンダは、あらゆる方面で、もっとも弱い立場の人々・ケースに悪転用され、応用され続けるだろう。同時に、このプロパガンダが、今は亡き犠牲者への最高の冒涜になっていることは言わずもがなだ。
--------------以上、引用終わり------------------------
 「関西テレビ」も2007年の大うそ番組の放映から、未だにシラを切り続けたままだ。視聴者から嘘を正式に指摘されても開き直り、他方ドキュメンタリーのコンテストに応募し、ちゃっかり「ギャラクシー賞」なるものを頂いている。局自身が「ジャーナリストじゃありません」と公言しつつ応募するとは見上げた根性だ。 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf のP.21ご参照

ヒトラーとプロパガンダ
 横道にそれるが、ユダヤ人を600万人虐殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人排斥を正当化した自身の著書「我が闘争」で、おおむね以下のようなことを言っている。これは今の日本政界にとり入ってプロパガンダの片棒を担ぐ大手広告代理店や最近ウジのように湧いて出てきたネオナチを信奉する政治家らがこっそり学習している内容だ。反面教師として知っておいたほうが良いだろう。

 ヒトラー曰く「大衆はいつも小さな嘘をつく。だから我々(デマゴーグ政治家)は、小さな嘘をつくと大衆に見破られてしまう。ゆえに、大きな嘘をつけ。大衆は馬鹿だから、大きな嘘は見破れない
「単純なフレーズを飽きるほど繰り返して大衆の頭の中に徹底的に刷り込め」

 こういうプロパガンダができるようになると、いつでもゲシュタポにもシュタージにもKGBにも特高にもなれる。資本主義者も共産主義者も、プロパガンダにためらいがない人間は、見た目ごく普通の人間でも、組織の歯車になりきって人権弾圧から最後は大量虐殺までやらかす。これもまたおびただしい歴史の事実が教える教訓だ。

 貧しさから脱出しようとして「富国強兵」「日本の生命線・満蒙」を叫びつつ惹起させた戦争の誤謬さえ総括できず、100年の戦争の歴史の果てに勝ち得た現在の豊かさの維持のために「中東からわが国までのシーレーンは日本の生命線」と「これがグローバル」だよと大看板に掛けなおし、“地球の裏側でもどこでも日本人の生命を守る戦いがありえるじゃあないですか!” と意気揚々と首相が呼びかけるこの国。 “アングロサクソンについておればいいんだ” などと閣僚が軽口を叩く国。そんな勢力と裏で「組織的」に談合している一部「野党」も同類だ。

大政翼賛政治の醜悪さ
 「美しい国」を口にしつつ、いたるところであらゆる勢力が一体となって歴史を改ざんし続け、醜悪な嘘を仲良グループよろしくテレビに登場して流布し、公害被害者を踏みつけにして涼しい顔をしながら、勝手に環境先進国になったと勘違いしているこの国。
 首相の周囲にまで広告代理店を通じて取り入りたがる政商。それと癒着して恥を感じない自称:革新政党集団。「国民のくらし」と「平和」をリピートし大きな嘘を連呼しながら、とどのつまり、党生活者の利権拡大の汚い手口の隠蔽にしか関心がないカメレオン・マルクス主義集団。

拝金主義と全体主義の合作
 70年間の借り物の議会政治の体質は、それほど変わっていない。
 密室性、差別性…これは日本だけじゃないが、例外的に醜悪な企業と合体を続ける一部の質の悪い保守に、マルクス主義者までが談合し、モノ言えない弱者を管理支配しピンハネして「生かさず殺さず」で搾取する。加害企業への「感謝-或いは-協力」の強制は、このイデオロギー集団の行う「代行支配」に不可欠な支柱であるところの「奴隷精神」を、被害者集団の内部に注入するために不可欠なフレーズでありスローガンだ。
 以上のような、大政翼賛的な構図と風土は、日本資本主義特有のいやらしさ、といえるだろう。「反ファシズム」など聞いて呆れる。「天使のマーク」「戦後レジューム打破」「自共対決」などを標榜するヒマがあったら、この大政翼賛の出来レースから手を引いて、三者ともども己の汚れた手を洗うのが先決だろう。