虎頭要塞日本側研究センターHP http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kotou-top.htm より転載
20万人超が犠牲となった
     満洲国崩壊を巡る歴史の謎
2016年 日蒙調査団、ロシア連邦を調査
先般、1945年の満洲進攻作戦に関してロシアへの調査取材を実施しました。

報道のおしらせ
1.全国放送
『テレメンタリー2016 満州侵攻 71年目の真実』
「テレメンタリー2016」で6月22日前後数日間に全国放送となります。
例)関西は26日午前5時20分から放映
以下の番組ホームページ、もしくは電子番組表での確認をお願いします。

http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/

.朝日新聞夕刊 全国版 で報道 201667
『ラストエンペラー、極秘の護送 旧ソ連軍将校が記録』http://www.asahi.com/articles/ASJ67732MJ67PLZU00W.html
英語版(English version)↓
http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201606200059.html

17溥儀護送記事PSS



























3.関西圏でのテレビ特集番組 -放映済み-

【番組名】
『満洲崩壊はここから始まった~モンゴルに眠るソ連秘密基地の謎~』

ABC Asahi  Специальная информационная программа.
"Отсюда начиналось падение Маньчжоу-го.
Загадка замороженных советских секретных военных баз в Монголии."

放映日:5月29日(日曜)午前 4時1分~午前 4時50分 (49分)

制作:朝日放送(ABCテレビ)(Ch.6)

【番組概要】

70年間闇に包まれていた満州国崩壊に関する新事実。ソ連が150万もの大軍でなぜ侵攻できたのか。

モンゴルで見つけた巨大基地跡と極秘任務。元兵士が語る驚愕の事実。

https://tv.so-net.ne.jp/schedule/102072201605290401.action より


4.関西圏域の関連番組 
-放映済み-
満州国皇帝・溥儀をめぐるミステリー
放映予定日 6月20日 「キャスト」第一部 ABC-TV (Ch.6)
緊急ニュース等ある場合は変更になる可能性ありますのでご了承下さい。

5.調査成果が反映された新刊書籍

【新刊】お求めはお近くの書店で
『21世紀の戦争論』半藤一利&佐藤優(
文春新書
2016年5月20日新刊
モンゴル国内のソ連軍基地及び軍用鉄道の発見が紹介されました。

【新刊】
調査成果の要点が「近現代東北アジア地域史研究会」の論文集に掲載されました。
歴史学会の学術報告です。ご注文は、
東方書店 まで

『軍事考古学研究』第3号 2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査の記録
2011年 中国・牡丹江化学兵器訓練場(第9師団)探査・発見報告

『軍事考古学研究』第2号 2015.8.26発刊(非売品)
ソ連軍制圧下の虎頭要塞41糎榴弾砲の写真等、希少情報掲載
現在、在庫切れにつき増刷を検討中

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【2016年 調査報告 概要】準備中
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2015 日本モンゴル共同学術調査を実施
(第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団  略称「日蒙共同調査団」)
13 дах удаагийн хилийн цэргийн бэхлэлтийн судалгаа Олон улсын хамтарсан эрдэм шинжилгээний баг
Халхын голын байлдааны 76 жилийн ой Монгол Японы хамтарсан олон улсын судалгааны баг
Монгол улсын Хилийн цэргийн дээд сургууль болон Котоёосай Японы судалгааны төв
INTERNATIONAL JOINT SURVEY GROUP OF MONGOLIA AND JAPAN ON NOMONHAN MILITARY RELICS
DEFENSE INSTITUTE OF MONGOLIA & JAPANESE CENTER OF RESEARCHING KOTOU FORTRESS
第二次世界大戦 終戦70周年 The 70th anniversary Battle of WWⅡend
調査報告【概要】
はじめに

 2015年4月24日から5月8日の15日間、虎頭要塞日本側研究センターとモンゴル防衛研究所との共同で、第二次世界大戦終戦70周年(ノモンハン事件76周年)を記念して、「日蒙共同調査団」が組織され、踏査総距離3000kmに及ぶモンゴル東部エリアの共同学術調査が行われた。
 これは、6年前の2009年実施調査以来の延長線上にあるもので、3回目の現地調査となる。
 今回は、1939年に発生したノモンハン事件からその後6年間にわたるソビエト・スターリン政権の対日侵攻作戦計画の実体を解明するという問題意識から、その実証研究として、同国・東部国境地域に構築された大規模なソ連軍の補給基地とそれらをつなぐ軍用鉄道の実態、その建設時期についての現地調査・文書調査を行った。1945年8月9日、156万人の大兵力で満洲に侵攻し、満洲国を崩壊に導いたソ連軍の主力・ザバイカル方面軍の兵站の実態であり、これまで殆ど関心が払われてこなかったテーマである。

 ちなみに、当センターは、
2009年にモンゴル外務省で行われたノモンハン戦争シンポジウム(モンゴル内閣府主催)で、「ノモンハン事件は第二次世界大戦を1939年9月に惹起させる誘因の一つとなったとも言える大戦争で、世界史的にみて極めて重要な位置をしめるもの」との視点を提起した。近年でも、米国のスチュアート.D.ゴールドマン氏や、英国のアントニー・ビーヴァー氏など、欧米の歴史学者が先行する形で、同様の視点からの研究が進んでいる。

 1939年に発生したノモンハン事件。旧満洲国と外蒙古(モンゴル)の国境線をめぐる紛争の過程で、「ソ連をこらしめる」としながら関東軍は感情的に戦闘を拡大した。「満蒙は日本の生命線」をスローガンに、対外権益を「日本人の生命財産の安全にとって死活の地域」と設定して大陸進出政策を実行した。その対外政策から必然的にもたらされた、いわゆる「国境線を巡る帝国軍隊の大言壮語の火遊び」がノモンハン事件である。日・ソ蒙軍あわせて4万人以上の死傷者を出した大戦争だったが、日本はこの戦争の実態を、国民の目から完全に隠蔽した。中国大陸への侵略の過程で傲慢となった軍の体質、そして、その後の太平洋戦争の全過程に通じる過ちの原点ともいうべきものが、この戦争に隠されている。
 この「ノモンハン事件」でのわずか数ヶ月間の経験を通じて、スターリンは日本軍全体の弱点のみならずソ連軍の問題点をも把握し、一気に戦列を建て直した。結果、奢り高ぶっていた関東軍はソ連軍に逆手をとられることになる。

東部国境めざし砂漠のオフロード地帯を走行中の
調査団車両

 第二次ノモンハン事件以降、一種の総力戦として戦略的攻勢に転換したソ連軍によって、両軍は莫大な犠牲を出しつつ、日本は敗北を喫した。スターリンがノモンハン事件を通じて学習した戦訓と、日本への警戒心・復讐心は、その3年後、1942年スターリン秘密指令(今回発見文書)として、対満洲攻略作戦に決定的な補給支援能力を発揮するモンゴル東部の長大な軍用鉄道建設へ結びついたことになる。そしてその3年後の1945年8月、「日露戦争まで遡って日本に奪われた領土を奪還する」と決意したスターリンの「満洲包囲殲滅作戦」により、モンゴル東部国境タムスク基地を拠点として出撃した主力・ザバイカル方面軍は電撃的かつ短期日で満洲国の首都を陥落、関東軍の総崩れをもたらした。結果、20万を越える在満邦人の犠牲が生み出された。その歴史の痛みは、いまもって十分継承されているとはいい難い。戦車で開拓民を蹂躪し、ジュネーブ条約違反のシベリア抑留で捕虜を虐待したソ連軍も非道であるが、その前提に傀儡満洲国の存在があったことも忘れることはできない。
 関特演(関東軍特種演習)なども含めて日ソ両国にいえることでもあるが、ソ連軍もまた、国際条約の精神を守ることなく対日侵攻作戦を準備し続け、そし実行に踏み切った。ソ連スターリン政権は、自国防衛の都合から日中戦争の泥沼化を背後で画策・扇動していたふしもある。マルクス・レーニン主義を支柱としながら、コミンテルンを手足として利用し、歪んだナショナリズムを成長させながら領土保全と対外拡張政策を進めた。一方、国内では独裁者に群がる集団の利権と権力闘争を極限まで加速させた。当然の帰結として、自国のみならず衛星国にも「人民の敵」のレッテルで無実の人々を大量虐殺するという「粛清」の嵐を吹かせた。
 一方、日本は、ノモンハン事件で経験した国境紛争の愚を忘れる形で「対ソ」の「北進論」から豹変し、あっというまに米英とことを構える「南進論」へ傾倒し、太平洋戦争に突入した。

 ノモンハン事件では、辻正信・服部卓四郎の両参謀に代表される作戦指導者らは、陸軍中央の制止も統帥権をも無視し無謀極まりない作戦を強行した。その後、敗北の責任を部下に転嫁し、自決まで強要しつつ口封じをした。
 陸軍中央も政府もまた、複雑な国際政治を見極める能力に著しく欠如し、外征軍である関東軍の暴走を抑止する気概も能力もなかった。結果彼らは、まともに処断されることもなく、逆に太平洋戦線で見事に「復活」した。その後の主要作戦で懲りない指揮を繰り返し、兵の残酷な消耗と大敗を導いた。
 にも関わらず、彼らの中に本質的な反省は見られず、戦後、国会議員にまでなって政界で跳梁したものさえいる。これらの歴史が教える教訓は、すぐれて今日的な意味を持っている。

2015年調査のテーマと結果概略
 
今年はモンゴル領内にソ連軍が構築した巨大な兵站基地3箇所+1箇所を貫通する大動脈、総延長1000km弱に及ぶと見られる軍用鉄道の実態に迫ることであった。もちろん、3基地を再度細部にわたり観察すること、ノモンハン事件の戦場をより多角的に観測することも含まれている。モンゴル防衛研究所での文書調査もあわせて、15日間という長丁場の行程となった。
 今回の調査は、従来の調査の中でもっともハードなものと
なった。鉄道の軌跡を示す盛り土の経路は、道路(轍-わだち-)とは無関係に存在しており、湿地帯が入り混じる半砂漠地帯のなかで、目印もなく、轍さえ存在しない完全オフロードを、GPS装置とコンパス、旧軍の座標地図などを唯一の頼りとして、不規則に移動しなくてはならなかったからである。半砂漠地帯では、突然湿地となる軟弱地盤に車両が入り込みスタックすることがある。轍は砂漠での車両走行可能なルートを示す目印であり、これから外れることはベテランのドライバーにさえ、大きな負担と緊張を与える。
 調査ポイントはあらかじめ、45箇所をピックアップしたが、予想以上に時間がとられ、半分以下に絞り込まざるを得なかった。だが、困難を乗り越え、鉄道施設の存在を裏付ける様々な態様の物的証拠を入手でき、調査は成功した。軍用鉄道の全体像の70%程度、主要部分の構造を実証的に確定できた。(詳報別途)

モンゴル上空を空撮中の朝日新聞社ジェット機
「あすか」。地上踏査班撮影。

 なお、これらの調査計画に加え、無線操縦ヘリコプターからの低高度撮影や、朝日新聞社所有ジェット機「あすか」による高高度からの航空撮影がミッションに加わった。特殊な機器の海外への持込でもセキュリティとの綿密な協議が必要となったし、モンゴルへのジェット機の乗り入れでは、事前の事務調整作業が膨大な量に達した。
 地上踏査班もまた、砂漠での彷徨を避けるための緊張と努力を絶えず強いられることになった。実際に、強化仕様の4輪駆動車でさえ、そのトラブルは頻繁となり、砂嵐、竜巻、熱射と吹雪という気候の激変に巻き込まれ、調査隊員の疲労はこれまでになく高まった。季節的に、脳炎ウイルス保菌の5ミリ大の吸血マダニが大量に発生し、ほぼ全員が連日とりつかれる事態となった。感染症の危険に晒された。
 航空撮影班・カメラマンもまた、空中での強烈なGの重圧に耐えながらの撮影に挑んだ。朝日新聞の6月11日付け朝刊の1面を飾った巨大基地・マタット基地の全景は、世界初の空撮映像であり、旧ソ連軍の対日参戦時の後方補給能力及び作戦計画の隠されてきた実態を赤裸々に示す第一級の歴史資料となった。世界的にも貴重な知見を提供してくれる写真だ。70年以上にわたって変わらず存在し、それぞれが、東京・山の手線がすっぽり入る長大な対戦車壕で防備された巨大基地だ。高高度からの撮影でも、最遠部は、地平線の彼方まで続き大気に霞んでいる。満洲国を崩壊させたソ連主力軍の出撃用で、軍需物資を高度集積させた基地である。1945年8月9日以降、満洲国を一気に崩壊に導き、同時に在留邦人の筆舌に尽くし難い悲劇をも生み出した軍事行動の背景がここに隠されている。この1枚の写真には、これまでの日本人の歴史認識のみならず、第二次世界大戦末期の極東戦線における歴史認識を大きく塗り替える情報が詰め込まれていると言っても過言ではない。
 なお、安全運行への緻密な配慮はもとより、事前の綿密なフライトプランの策定作業に加え、現場では座標データを唯一の頼りに、気象条件に大きく左右される有視界飛行で地表遺構を探す困難に挑んでこれを成功に導いた「あすか」クルー及び航空関係者の皆様の努力
には驚嘆するしかない。
 また、このミッション自体が、モンゴル航空当局の全面的支援があって初めて可能となったものである。
両国の架け橋となって調整業務をこなしてくれたコーディネーターにも敬意を表したい。
 なにより、日本側の取り組みに対して、モンゴル国の航空を含めた関係者が大いなる関心と敬意を払ってくれた。特筆すべき国際的な共同作業となった。ノモンハン事件で日本がかつて血を流して戦った敵国と今日、このような共同研究ができるまでになったことは、それ自体、両国国民の平和共存へ向けた強い願いの現れであり、歴史認識への相互理解へむけた実践努力の進展を示す証といえるのではないだろうか。

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【名称】 
第二次世界大戦終戦70周年 日本・モンゴル共同学術調査団
(=第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団) 
【渡航調査期間】 
平成27年(2015年)4月24日~5月8日(15日間)
【調査範囲及び調査箇所】 
モンゴル東部国境地域の旧ソ連軍基地4箇所と鉄道幹線及び支線、ノモンハン事件戦場
首都ウランバートルにおける証言及び文書調査
全行程15日間  モンゴル国内移動総距離 約3,000km
【参加者】 地上班総員15名 航空班総員6名以上

【専門分野】
軍事考古学者、戦史研究家、兵器鑑定家、歴史研究者、朝日新聞本社取材班、朝日放送取材班、調査コーディネーター他

【派遣事務局】 
JCR-KF虎頭要塞日本側研究センター
(本部:岡山市 首都圏本部:東京都調布市 中部日本本部:岐阜県岐阜市) 
【協力】テムジンホテルグループ

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2015年 報道のご案内-時系列-
. 朝日新聞朝刊 全国版1面にて報道 2015611
   朝日新聞DIGITAL  第一報 記事及び空撮映像(VTR(無料登録で視聴可能) 
   朝日新聞DIGITAL  大阪本社版 35面追加記事 
2. 
朝日新聞【夕刊】全国版1面にて続報掲載 2015611日 
   朝日新聞DIJITAL 全国版で続報掲載 (写真増強、開拓団の悲劇紹介)
3. 
The Asahi Shimbun WEB国際版に、英字記事が掲載されました。
   ↓英語版(English version)↓
   http://ajw.asahi.com/article/behind_news/social_affairs/AJ201506110056
   “Stalin's secret railway for war against Japan confirmed in Mongolia”
4. 
TV特集ドキュメンタリー全国放映決定 6月1323日 
   ANN系列「テレメンタリー2015」 
   「シリーズ戦後70年(5)満州に進撃せよ!
              ~草原に眠るソ連軍巨大基地~」
    現在、このサイトで録画が流れています
    http://www.dailymotion.com/video/x2u5lc2  
5. 
プレ企画【既報】 201557-12日掲載済み
  朝日新聞 夕刊全国版 5回連載シリーズ
   pdf 2.54MB「敗北の序章 ノモンハン」№1-5
6. 
テレメンタリー2015
  年末総集編で再放送(201512月)となりました。

7.朝日新聞DIGITAL で大型特集スタート 2015.8.19-
  yahoo
地図のタブから画像をクリックすると動画スタート。
  (動画・写真データが豊富、朝日新聞社機「あすか」&
        地上踏査班によるドローン空撮映像がご覧になれます)


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【参考資料】
2014年ノモンハン事件75周年 日蒙共同学術調査
 
    【報道】

    The Asahi Shimbun 2014.8.28 -Social Affairs-
    
Details of former Soviet positions in Mongolia unveiled
    
PDF 朝日新聞  2014.7.8朝刊 社会面(39面)記事掲載    
    朝日新聞DIGITAL
「ソ連の対日進攻拠点明らかに  モンゴルに巨大陣地跡」

    【シンポジウム】
     研究報告活動 :
     
ノモンハン事件シンポジウム 2015年2月 東京:サピアタワー
292KB

2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査

    
【報道】 
    
朝日新聞DIGITAL スライドショー番組「ノモンハン 70年後の戦場を訪ねて」

ノモンハン事件調査(旧満州国 西部国境地帯 内モンゴル側)過去の報道


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