市 民

森永ヒ素ミルク中毒事件は、昭和30年(1955年)に日本で発生した、森永乳業の粉ミルクによる乳幼児の大量死亡・被害事件です。 森永は、猛毒のヒ素が混入した産業廃棄物由来の第二燐酸ソーダを、製品が新鮮であるように偽装する目的で赤ちゃん用粉ミルクに添加したため、1万2千名以上の膨大な被害者を生み出し、1年以内に131人の赤ん坊が死亡するという世界最大の食品公害となりました。未だに多くの被害者が理不尽な扱いに苦しみ続けています。

2015年06月

---関テレ番組の恐るべき内容については以下アドレスからPDFがダウンロードできる。PDFが見れない方のために、放送番組内容の問題が指摘された部分のテキストを紹介する--
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
「ドキュメント」と自称しつつ
嘘を並べた番組で「ギャラクシー賞」に応募し、受賞…。

「 2007年1月に「発掘!あるある大辞典」の「データ捏造やらせ問題」が暴露された関西テレビは、その年、2007年の年末に「ザ・ドキュメント恩讐のかなた森永ひ素ミルク事件52年目の訪問」という番組を放映した。
 その番組内容は酷いが、事件の背景を知らない視聴者にはなんとなく感動的に映り、事件を良く知っている視聴者には驚愕モノという巧妙な仕上がりだ。現被害者団体や、故・中坊公平氏、森永乳業が登場する。
 そして、森永乳業幹部が事件を「青天のヘキレキ」とうそぶき、“補償には上限があり行政サービスが中心になる“と字幕まで入れ、森永乳業が誓約を反故にできる珍説を強調する。極めつけは、被害者を登場させ、「(もった障害が)ミルク中毒でよかった」と“誰かに感謝”させるシーンだ。
 被害者が何を発言しようが自由であるが、テレビ局がどの発言を切り取るかは、編集方針という局の意志そのものである。ここでは、被害者をして感謝の対象にさせているのが現被害者団体か森永乳業かは巧妙に曖昧にされている。前者団体は、働けない重度被害者のことを、法廷提出の公文書で「働かない被害者」と書き、異論を言う被害者には恫喝と排除を行っている。

「被害者からの“感謝”(?)の証拠」として使い廻される番組
 最近、被害者団体は、能瀬訴訟の公判で、この番組を “被害者が被告に感謝している証拠” という趣旨で提出した。この番組に電話で抗議をした市民によると、担当ディレクターはおおよそ以下のような要旨の発言をしたらしい。

  視聴者: あの番組はひどい。ナレーターが  “救済には制限がある”  と
       言っているが事実とは違う。過去の歴史を調べたのですか?
  局:   いや、それはしてません…(中略)…
  視聴者: もしジャーナリストなら、事実を批判的にとらえないと、
       森永の宣伝をやるだけになるんじゃないですか?
  局:   私はジャーナリストではありません

 このようなやり取りを経た後も、同局は、「番組では、軽度の被害者が重度の被害者を助け合う守る会やひかり協会の事業に関わる人間同士の関わりから、生きるとは何か、人間の尊厳とは何かを問い続けます」と5年前の番組の自画自賛をネット上に掲載し続けている。
 更にこの番組は「ギャラクシー賞」を受賞した。審査はもっと厳正にしてほしいものである。

市民からの批判を黙殺した同局・番組審議会。
 同局の番組審議会ページ・ウエブ版では、同「ドキュメンタリー」について、「現状を肯定して、これからの人生を考えるという意味では、『ミルク中毒でよかった』、『運命として受け取っている』という言葉は恐らく自然に出てきた言葉だろうと思う。」(関西テレビ番組審議会No.491 2007.12.13)などという不審な意見が掲載されている。
 言い訳にもなってないばかりか、被害者への上から目線や、ヒトゴト感覚を前提・利用して構成されたかのようにも見えてしまう。

主客転倒の嘘で、救済策の大幅後退を糊塗
 番組は、森永乳業が事件当時にも被害者団体を怒らせ、この企業がその後、常套句として使いまわしている「晴天の霹靂」を番組で再度復活させ、森永に「検診を続けておけば被害の拡散は防げた」と白々しくヒトゴトのように言わせて歴史を大きく偽造している。そして、一転、「森永憎しの親の思いは封印」と勝手に親の気持ちを決め付け、「森永に恨みはない」「(持った障害が)ミルク中毒でよかった」とご丁寧にテロップまで流す。その後、なんだかんだとストーリーを展開しつつ、「森永の補償に上限があり行政サービスを活用し、その上でひかり協会からお金を出すシステムです。」とか「行政だけでは足りない部分を、ひかり協会が支援します」と主客転倒・嘘八百のびっくりナレーションで、しっかりトドメを刺す。
(※救済策の大幅後退一覧表↓画像ダウンロード可能 出典「森永ヒ素ミルク中毒事件 発生から50年 被害者救済事業の実施状況-pdf版フリー」 能瀬英太郎著/ちなみに同氏は、このような告発がもとで、現被害者団体の機関紙から嘘のヒボウ中傷を受けた。能瀬氏は、現被害者団体を名誉毀損で告訴。裁判所は被告の記事が事実と異なる事を認め、現被害者団体に有罪判決を下し、確定した。能瀬訴訟一審1控訴審勝訴確定2 この番組は、被害者の親やそれを助ける能瀬氏らが内部告発を開始した時期より、かなり後に制作されているし、その批判を知る機会がなかったとは到底いえない。それともディレクターは2007年時点では新聞という媒体やインターネットという媒体の存在を知らなかったと言うつもりだろうか。いずれにしても、当事者を含めた市民からの批判を検証した形跡は全く見られない)


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被害者を見世物にしながらのプロパガンダ
 被害者の生活を情緒的に紹介した上で、視聴者に偽装された内容を信じさせる方向へ心的に誘導するという、高度な詭弁論の手法である。これこそ被害者を見世物にしながら「観衆」を特定の政治目的に誘導する確信的なプロパガンダの手法だ」

------以上引用終わり(若干加筆有り)-----


なお、この手の込んだプロパガンダがどのように計画されたかは、大いに興味有るところである。


【参考資料1】出典:雑誌『週刊現代』 2014.2.22発売号
政界に野心あり過ぎの森永と安部政権




















【参考資料2】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
戦後初の御用学者 出典:森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
【参考資料3】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm
yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken





















【参考資料4】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
中坊公平氏の拡散した言説(被害者の尊厳を毀損する言説)



























【参考資料5】
森永乳業顧問が最近になって流し始めた大きな嘘
森永乳業は事件後も、さらには救済合意後も被害者団体への露骨な政治的介入をやめないばかりか、篭絡しつくし、今もって自身の企業犯罪の隠蔽と歴史の歪曲を続けている。これは同社の資金拠出を完全に無意味化するほどの継続的な人格権への毀損行為である。
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm
出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/3019264.html
森永乳業が継続的に続けている歴史偽造のプロパガンダ



























同社は納税額の圧縮に「救済資金」を利用している

 森永乳業の有価証券報告書を一瞥しただけでも、同社は、「ひかり協会」への拠出金を、税引き前利益から損金勘定で差っぴいている。この財務処理を国は森永に認めている。
 つまり「ひかり協会」への支出金は、売り上げを5千億円前後にまで回復し、十分に息を吹き返した森永乳業の納税額を引き下げる「節税」効果を果たしている。同社がそのような位置づけで「ひかり協会」への資金拠出を取り扱っていることにも、マスコミ関係者はもっと注意を払うべきだろう。

「869人なお症状」… んなわけない。
すでに1170人以上が死亡している。
 本日、朝日新聞/朝刊/社会面トップに「森永ヒ素ミルク事件から60年」との記事が掲載された。 http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150621002069.html
 「60年 896人なお症状」 これが事実上のメインタイトルだ。事件の実相を知らされなければ、なにも問題を感じないタイトルだろう。事件をよく知る各方面から疑問が呈されているので、この場で、以下10点についてこの記事への疑問を指摘しておきたい。
             ※厚労省、2013年まで隠蔽   
                  厚労省、被害者名簿紛失事件【資料館声明

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 「管理代行」という狡猾な貧困ビジネス/被害者支配の手法…
被害者・犠牲者の尊厳を毀損する行為…に無頓着の愚

はじめに 
 この記事は「窓口取材」だけで構成された極めて低質なものだ。その取材先が、人権侵害が指摘されている「現・被害者団体」「基金」だけ。それは、わかる人間にはわかる。まるでウィキの引き写しのレベル。イマドキ高校生のレポートでもためらわれるような人権意識の欠落した側からの情報提供に基づく記事だ。むしろ「鵜呑み」したのだと思わせ、実はかなり事前に計画した感がアリアリの企画でもある。
 かつて現・被害者団体が、団体の見解に批判者の意見を同時掲載したことをもって地方紙記者を大阪事務所に呼びつけて室内で恫喝し、ちょうど1ヵ月後に同団体のちょうちん記事を書かせた事件があった。(この団体に有罪判決が下った名誉毀損裁判で証拠提出済み 学者への恫喝、記者への恫喝、親への監視、 P3-P4- まるで秘密警察だ)
 今やほとんどのマスコミが真似さえしたがらないその団体が鼓吹する言説の二番煎じを、今回、朝日新聞が堂々とやったわけである。もちろん精緻な裏づけや傍証への検証、異論の精査をした形跡はみられない。明白な嘘だと指摘されないように細かく工夫されているが、肝心なことを書かずに事件の本質をあいまい化するあざとい手法である。背景に企業の長年の画策があることも押して知るべしだ。ようは人間としての良心の問題だ。




  1. 見出しで896人にしか症状がないかのような誤った印象を世間に流している
    本文にはこの896人は肢体障害と知的障害とちゃっかり限定されているが、
    それ以外は症状とは言わないのか?それ以外の症状は症状といわないつもりか?
    1500人が様々な症状で苦しんでいるかもしれない、3000人に何らかの症状があるかもしれない、いや5000人が自らの何らかの症状に怯えているかもしれないが、我慢しているだけかもしれない…
    …そういう想像力がわかないのだろうか?「869人」で読者にちょっとばかり涙させればそれで良いのか?
    それとも13440人の認定被害者と書き、割り算をさせ、症状をもつ者が6%以下だと国民に印象付けたい者の代行をしたいのか?そういう者たちは、無内容な「調査」結果を事件の本質に疎いメディアに流し、「状況の安定化」をしきりにアピールしてきた。

    公害被害者の痛み、深刻な被差別状況への基本認識があるのか?

    ・そもそも世間からのあらゆる種類の差別を恐れ、自身の症状を会社にも同団体にも知らせない被害者が多数いることぐらいわからないのか?。
    ・そもそも被害者団体の差別的対応を嫌悪して被害者が近寄らないという現実がわからないか?
    ・そもそも一定年齢以降の被害者に露出した症状は後遺症と認めないという方針で後遺症認定がなされていない、という外部からの指摘を精査したか?
    ・「症状有り896人」は死亡に伴って減少の一途を辿るだけの固定的な数字として扱われている点に何の疑問も、持たないのか?
  2. 事件の発生要因に関して「製造工程であやまってヒ素が入った」とゴマカシている
    事件要因が意図的にあいまい化されている。事件を再考する記事なら、同事件の要因くらい詳細に知らせるべきだろう。国民に何の教訓を伝えたいのか? 「被害者に対して、加害企業森永に感謝を要求し」言論弾圧さえ続けてきた、この現・被害者団体の事業広報を代行したいだけなのか?
    それが犠牲者への弔いと、企業犯罪再発防止への教訓になると思うのか?
  3. 「増える単身者への支援」を同団体が真剣に取り組んでいると書く、が
    形式的な相談員さえ撤退させ、被害者を孤立させ、施設入所を家族に仕方なく決断させる仕掛けを陰につくっているとする指摘がある。ジャーナリストならそういう深層をこそ調査取材すべきではないか?
  4. 森永から近年17億支出と書くが、減額され6割程度しか被害者に届いていない
    という指摘をどう認識しているのか?森永が20年間に亘り行った非人道の行い、そして未だに事件の真相を隠そうとメディアを通じて画策している事実をそっくり歴史認識から抹消することで実質森永の悪質な政治的意図にそった展開になっているとは思わないのか?
  5. 「補償に上限があり、今後は行政からの支援が中心となる」という、事実と異なる言説
    を同団体が「関西テレビ」などと一緒にたれ流し、救済が当初の恒久救済対策案とは別物となり、専従者の地位保全と引き換えに犠牲にされる貧困救済だと批判されている現実を問題視しないのか?http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
  6. より重症化した被害者への給付を逆に減額するという同団体の差別的取り扱い
    には疑問を持たないのか?
    国の障害者年金が重症者では増額されることを利用しつつ下駄履きさせ、重症化すると「同基金からの支給額を減額し」国年金との「 “合計” 手取り額を10万」程度で我慢させる仕掛け。「それを働かない被害者に多額を支給すると他から文句がでるから」などと公言しつつ合理化する同団体のやり方に疑問も持たないのか?
  7. 6. の横行、1級と2級の頭切りの背景に「障害者は生かさず殺さず管理する」という思想
    根深く確信犯的な差別意識と差別行為があると思わないか?【参考資料 過去の被害者家族の訴訟】http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-sosyou.htm
  8. 批判する被害者やその家族をヒボウ中傷し組織から追放していく(既にしきった)
    といったスターリン主義的運営手法が裁判等でも問題にされ、市民への誹謗中傷行為で有罪判決も受けている現・被害者団体への窓口取材で公序良俗を満たしているといえるか?
  9. 「事件史の捏造・歪曲を続け、被害者への陰湿な管理支配を続けている」ところの取材対象団体の差別体質は、問題視しないということか?記事化にあたり最低限の調査でもわかるし、すでに記者は十分に知っているはずである。   
  10. 記者の資質・姿勢の問題
    被害と加害の実相に迫り、後世に戒めとして伝えたいのか、それとも情緒的記事で安直に紙面を飾りたいだけなのか?

ひとことでまとめると、
「美辞麗句の裏で行われる差別を許していいのか?!」
ということだ。

以上

「森永(加害企業)さんと被害者は1973年以来ずっと協力関係です」…なに?それ!
 これがウィキペディア(Wikipedia)日本版「森永ヒ素ミルク中毒事件」を3年にわたり改ざんし続けている者の最新の加筆内容だ。「公害被害者は “お金を恵んで下さる“(加害)企業さんに感謝し協力せよ!」…ホンネはコレだ。(ちなみに記述の後にいきなり登場するのが、「被害者は加害者に今は感謝している」なる言説を全国に拡散した例の中坊公平氏である。)

 この改ざん者は、「両者は(対立関係から)1973年以降協力関係に変化した」と、この1行を書くために異常な神経を払っている。「対立」「協力」…企業犯罪におけるこの二項対立表現の無意味さと短絡性を敢えて悪用している。更には「加害企業に感謝している」を「協力関係」や「森永はよくやってくれている」や、以下の引用のように「責任を果たしている」に言い方を変えているだけで、同じ印象を醸成させるフレーズを飽きるほどリピートしている。しかもこの会が全被害者を代表しているわけでもない。(事件要因部分もだいぶ手が込んできたが、企業側の悪質性を過少評価させる努力が痛々しいほどで、本質的な偽装や誤認は変わらずだ。)
-----------------------以下ウイキ引用-------------------------
「事実、森永は15年前(=事件が起きた1955年のこと)にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と」。これが1973年の確認書締結以前の状態であった。
1973年確認書締結後は、「森永は責任を果たしている」というのが「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の評価である。
---------------------以上引用終了-------------------------
 賢明な人間には幼稚な作為がミエミエだ。まるで「被害者と加害企業との緊張関係などこの世に存在しない」「パッピーエンド&パラダイスが40年以上続いている」と言いたげである。こんな輩が「公害なんて過去のこと」という観念を鼓吹する一方、「被害者は現状に満足している」とする姿をしきりに各方面に売り込む。えげつない貧困ビジネスの正体だ。文章改ざんなどでは済まされない悪事である。

「刑事企業犯罪」を「労使協調関係」にスリかえるレトリック
 「協力関係」のフレーズで、改ざん者が何を意図しているのかは、2012年の改ざん事件でも明瞭だ。この改ざん者は、「協力関係」が「双務的」印象をもつ言語であり、「被害者も加害者に協力すべきだ、或いは、協力する必要がある」という政治的かつ精神的要求/強制が織りこまれている事を知っている。この短い言語を入れ込むために長年ウィキペディアをいじくりまわしているのだ。これを無意識に読んだ読者の中にどんな心象を形成するか、或いは被害者集団にどんな心的強制力を与えるかを「十分に計算した上」で、「渾身の一語」として加筆している。「協力関係」が刷り込まれると自身の正体=「癒着」も合理化できると改ざん者が期待している姿アリアリだ。
 産業公害で、加害企業が、事件発生はもとより、その後の20年間に亘り残酷な弾圧を徹底的に行った犯罪行為を「あたかも労使関係に例えることが可能であるかのような」スリかえをしている。この加筆者が30年以上、被害者を洗脳するために考え、実行し続けた結果のアイディアがこれだ。
 たが所詮この程度だ。会社で給与を得ながら仕事をしている日常(大方は双務的協力関係)と、企業犯罪を混同させようとしても、同じになるわけがない。大勢を騙せても、全員はだませない。それでも一般大衆を欺ければそれでいいという開き直りが見て取れる。常識で考えてもわかるイロハを言語のトリックで逆転させ、あたかも公害被害者が加害企業に対して何か協力の義務を負っているかのように印象を誘導する行い。質は悪いが、とり憑かれたようにプロパガンダを職業とする者の仕業である。

被害者救済運動の苦闘の歴史は事実上抹殺。これに狂喜する者は誰か?
 さらに、14年間の苦闘を1行未満で切って捨て、関心を持たせないようにしている。現状でも、被害者からの人権救済申立てでは罰を受けなかったとか、名誉毀損では一部だけ指摘されただけだったとか、係争の内容も削りまくり、14年目の訪問から、組織公認で開始し途中から変節して出版を葬り去ろうと出稿を停止して妨害した「20年史」が、何か説を唱えているかのようにねじまげバイアスをかける。変わらぬ姿勢だ。カネに屈服した人間が闘争の歴史を活字に残す事に猛烈に反対するのはよくあるケースだ。
 一方、森永告発の市民から裁判で訴えられて負けたからか、突然、森永告発=暴力集団という記述をやめた。当然だ。
 それ以外は、いまもって、どうやってごまかそうかと四苦八苦している小賢しい書きっぷりが露骨で笑止だ。もう、関係者は高齢化しているから「あとは死人に口なし」と安心しきっている姿だ。改ざん者の変わらぬ政治的姿勢がわかりやすい、異様かつハチャメチャなウイキと化している。
 もっとも、こんな輩のせいでウィキペディア改ざんは到るところで常態化し、ウイキ自身の弱点と信憑性の低さは、すでに識者には常識となっている。学生の講義レポートでも、ズルしてウイキをこっそり引用すると、ばれた場合大減点される。専門家領域ではウイキ参照など論外、即自滅だ。だが未だに安直に頼る人間もいるので、5年に一度くらいは指摘しておく必要があるだろう。

差別意識にまみれて被害者を管理する
 「被害者はカネをめぐんで下さる加害企業と今ではよろしくやっているんだ。だから文句言うな」「一般国民はよそ者」などという尾篭(ビロウ)なプロパガンダをさんざん展開してきたグループによって、延々と手を変え品を変えてウィキの改ざん行為が続き、巧妙化している。どうも被害者がこの世から死滅するまで生業として続けることにしているようだ。もはや、「恥も外聞もなく」これを(誰かさんからのカネで)「仕事」と割り切って実行している。
 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、ウイキペディアの少なくとも「森永ヒ素ミルク中毒事件」に関しては、一面的な事実の断片を都合よく羅列しつつ、核心部分で来訪者の意識下にウソを刷り込む事で、被害者の人間としての尊厳を毀損するマインドコントロールを企図している点で「デジタル百科度」ゼロと判定した。       
   以下は5年前の「第一次改ざん行為」に限定したコメント。
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-jiken.htm  
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf
 資料館は今年2015年になって、ウイキ改ざん行為を以下のように指摘しなおした。

独裁国家も「日本発」のプロパガンダに御関心
---------------以下、引用開始------------------
 ちなみに2012年(段階でウィキペディアに掲載されていた)森永ヒ素ミルク中毒事件の歴史において、元・訴訟弁護団長の中坊公平氏が唯一個人名を伴って「救済者」としてウィキペディアに唐突に登場する記述の異様さには、もはや言葉が見つからない。
 これは、彼がみずから行った「積極的な」言動とそれに無批判に追随して未だ訂正の意志さえ見せない諸媒体の愚行の成果といえるものであろう。それは取り返しのつかない規模の歴史歪曲を既に社会の隅々にまで蔓延させた。
 「カネを “めぐんでもらっている“ 被害者は、むしろ加害企業に感謝すべきだ。これに文句いう被害者は、被害者全体の敵だ」という、日本が新開発しメディア総がかりで世界に流布した恥ずべき拝金主義+全体主義のプロパガンダは、社会的弱者をイデオロギーで管理支配し、市民社会の良識と分断し続け、歴史の痛みを闇に封じ込める巧妙な手口と化した。すでに某独裁国までが真似しようとして、逆に国民からの返り討ちにあっている。
 今後、このプロパガンダは、あらゆる方面で、もっとも弱い立場の人々・ケースに悪転用され、応用され続けるだろう。同時に、このプロパガンダが、今は亡き犠牲者への最高の冒涜になっていることは言わずもがなだ。
--------------以上、引用終わり------------------------
 「関西テレビ」も2007年の大うそ番組の放映から、未だにシラを切り続けたままだ。視聴者から嘘を正式に指摘されても開き直り、他方ドキュメンタリーのコンテストに応募し、ちゃっかり「ギャラクシー賞」なるものを頂いている。局自身が「ジャーナリストじゃありません」と公言しつつ応募するとは見上げた根性だ。 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf のP.21ご参照

ヒトラーとプロパガンダ
 横道にそれるが、ユダヤ人を600万人虐殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人排斥を正当化した自身の著書「我が闘争」で、おおむね以下のようなことを言っている。これは今の日本政界にとり入ってプロパガンダの片棒を担ぐ大手広告代理店や最近ウジのように湧いて出てきたネオナチを信奉する政治家らがこっそり学習している内容だ。反面教師として知っておいたほうが良いだろう。

 ヒトラー曰く「大衆はいつも小さな嘘をつく。だから我々(デマゴーグ政治家)は、小さな嘘をつくと大衆に見破られてしまう。ゆえに、大きな嘘をつけ。大衆は馬鹿だから、大きな嘘は見破れない
「単純なフレーズを飽きるほど繰り返して大衆の頭の中に徹底的に刷り込め」

 こういうプロパガンダができるようになると、いつでもゲシュタポにもシュタージにもKGBにも特高にもなれる。資本主義者も共産主義者も、プロパガンダにためらいがない人間は、見た目ごく普通の人間でも、組織の歯車になりきって人権弾圧から最後は大量虐殺までやらかす。これもまたおびただしい歴史の事実が教える教訓だ。

 貧しさから脱出しようとして「富国強兵」「日本の生命線・満蒙」を叫びつつ惹起させた戦争の誤謬さえ総括できず、100年の戦争の歴史の果てに勝ち得た現在の豊かさの維持のために「中東からわが国までのシーレーンは日本の生命線」と「これがグローバル」だよと大看板に掛けなおし、“地球の裏側でもどこでも日本人の生命を守る戦いがありえるじゃあないですか!” と意気揚々と首相が呼びかけるこの国。 “アングロサクソンについておればいいんだ” などと閣僚が軽口を叩く国。そんな勢力と裏で「組織的」に談合している一部「野党」も同類だ。

大政翼賛政治の醜悪さ
 「美しい国」を口にしつつ、いたるところであらゆる勢力が一体となって歴史を改ざんし続け、醜悪な嘘を仲良グループよろしくテレビに登場して流布し、公害被害者を踏みつけにして涼しい顔をしながら、勝手に環境先進国になったと勘違いしているこの国。
 首相の周囲にまで広告代理店を通じて取り入りたがる政商。それと癒着して恥を感じない自称:革新政党集団。「国民のくらし」と「平和」をリピートし大きな嘘を連呼しながら、とどのつまり、党生活者の利権拡大の汚い手口の隠蔽にしか関心がないカメレオン・マルクス主義集団。

拝金主義と全体主義の合作
 70年間の借り物の議会政治の体質は、それほど変わっていない。
 密室性、差別性…これは日本だけじゃないが、例外的に醜悪な企業と合体を続ける一部の質の悪い保守に、マルクス主義者までが談合し、モノ言えない弱者を管理支配しピンハネして「生かさず殺さず」で搾取する。加害企業への「感謝-或いは-協力」の強制は、このイデオロギー集団の行う「代行支配」に不可欠な支柱であるところの「奴隷精神」を、被害者集団の内部に注入するために不可欠なフレーズでありスローガンだ。
 以上のような、大政翼賛的な構図と風土は、日本資本主義特有のいやらしさ、といえるだろう。「反ファシズム」など聞いて呆れる。「天使のマーク」「戦後レジューム打破」「自共対決」などを標榜するヒマがあったら、この大政翼賛の出来レースから手を引いて、三者ともども己の汚れた手を洗うのが先決だろう。

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