しみんうんどう【市民運動】 

自由で平等な市民社会と平和で健康な市民生活を実現するため,それを妨げるさまざまな力に対して,連帯して抵抗し,市民的自由の拡大と市民生活の擁護を図ろうとする運動。歴史的には,17,18世紀,イギリス,フランス,アメリカで都市ブルジョアジーが王政や植民地支配に反抗し,市民的自由を獲得していった市民革命の経験に,古典的な市民運動の原型が求められる。 現代の市民運動は,すでに手にした市民的自由を武器に,核兵器反対,人種・性別など差別の撤廃,人権擁護,軍事基地撤去,公共開発事業の阻止,公害反対,自然保護,情報公開法の要求,公選制の拡大,嫌煙権の要求など,市民の自由権と社会(生存)権を守る多様な目標を掲げ,国際,国内,地域社会で自発的な運動を展開している。

kotobank.jp/

市民運動でググルと4番目に、市民運動の在り方を論じる以下のような意見もある。
http://agora-web.jp/archives/1476540.html
“「典型的」な日本の悪しき市民運動の道” という表現も刺激的だ。

でも、読んでみると、なんだか、おかしい。かっこよさげなホームページで、もったいぶった意見がたいそう陳列されているが、ここに欠けているのは何だろう。
市民運動の在り方を形式論で論じているようで、こういう批判は、物分りの良い運動スタイルの強要により安易な政治的妥協に誘導するレトリックとなり得るのではないか。ここのサイトでは、原子力推進の主張が積極的に展開されているようだ。それは、それで一つの意見として傾聴するに値する。だが、忘れられたかのように論じられていないのは、痛みを受けた人々と共感しあい、人間の尊厳を守ろうとする心をベースとした、「市民的資質」ではないか。