市 民

森永ヒ素ミルク中毒事件は、昭和30年(1955年)に日本で発生した、森永乳業の粉ミルクによる乳幼児の大量死亡・被害事件です。 森永は、猛毒のヒ素が混入した産業廃棄物由来の第二燐酸ソーダを、製品が新鮮であるように偽装する目的で赤ちゃん用粉ミルクに添加したため、1万2千名以上の膨大な被害者を生み出し、1年以内に131人の赤ん坊が死亡するという世界最大の食品公害となりました。未だに多くの被害者が理不尽な扱いに苦しみ続けています。

カテゴリ: 市民社会論

虎頭要塞日本側研究センターHP http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kotou-top.htm より転載
20万人超が犠牲となった
     満洲国崩壊を巡る歴史の謎
2016年 日蒙調査団、ロシア連邦を調査
先般、1945年の満洲進攻作戦に関してロシアへの調査取材を実施しました。

報道のおしらせ
1.全国放送
『テレメンタリー2016 満州侵攻 71年目の真実』
「テレメンタリー2016」で6月22日前後数日間に全国放送となります。
例)関西は26日午前5時20分から放映
以下の番組ホームページ、もしくは電子番組表での確認をお願いします。

http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/

.朝日新聞夕刊 全国版 で報道 201667
『ラストエンペラー、極秘の護送 旧ソ連軍将校が記録』http://www.asahi.com/articles/ASJ67732MJ67PLZU00W.html
英語版(English version)↓
http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201606200059.html

17溥儀護送記事PSS



























3.関西圏でのテレビ特集番組 -放映済み-

【番組名】
『満洲崩壊はここから始まった~モンゴルに眠るソ連秘密基地の謎~』

ABC Asahi  Специальная информационная программа.
"Отсюда начиналось падение Маньчжоу-го.
Загадка замороженных советских секретных военных баз в Монголии."

放映日:5月29日(日曜)午前 4時1分~午前 4時50分 (49分)

制作:朝日放送(ABCテレビ)(Ch.6)

【番組概要】

70年間闇に包まれていた満州国崩壊に関する新事実。ソ連が150万もの大軍でなぜ侵攻できたのか。

モンゴルで見つけた巨大基地跡と極秘任務。元兵士が語る驚愕の事実。

https://tv.so-net.ne.jp/schedule/102072201605290401.action より


4.関西圏域の関連番組 
-放映済み-
満州国皇帝・溥儀をめぐるミステリー
放映予定日 6月20日 「キャスト」第一部 ABC-TV (Ch.6)
緊急ニュース等ある場合は変更になる可能性ありますのでご了承下さい。

5.調査成果が反映された新刊書籍

【新刊】お求めはお近くの書店で
『21世紀の戦争論』半藤一利&佐藤優(
文春新書
2016年5月20日新刊
モンゴル国内のソ連軍基地及び軍用鉄道の発見が紹介されました。

【新刊】
調査成果の要点が「近現代東北アジア地域史研究会」の論文集に掲載されました。
歴史学会の学術報告です。ご注文は、
東方書店 まで

『軍事考古学研究』第3号 2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査の記録
2011年 中国・牡丹江化学兵器訓練場(第9師団)探査・発見報告

『軍事考古学研究』第2号 2015.8.26発刊(非売品)
ソ連軍制圧下の虎頭要塞41糎榴弾砲の写真等、希少情報掲載
現在、在庫切れにつき増刷を検討中

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【2016年 調査報告 概要】準備中
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2015 日本モンゴル共同学術調査を実施
(第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団  略称「日蒙共同調査団」)
13 дах удаагийн хилийн цэргийн бэхлэлтийн судалгаа Олон улсын хамтарсан эрдэм шинжилгээний баг
Халхын голын байлдааны 76 жилийн ой Монгол Японы хамтарсан олон улсын судалгааны баг
Монгол улсын Хилийн цэргийн дээд сургууль болон Котоёосай Японы судалгааны төв
INTERNATIONAL JOINT SURVEY GROUP OF MONGOLIA AND JAPAN ON NOMONHAN MILITARY RELICS
DEFENSE INSTITUTE OF MONGOLIA & JAPANESE CENTER OF RESEARCHING KOTOU FORTRESS
第二次世界大戦 終戦70周年 The 70th anniversary Battle of WWⅡend
調査報告【概要】
はじめに

 2015年4月24日から5月8日の15日間、虎頭要塞日本側研究センターとモンゴル防衛研究所との共同で、第二次世界大戦終戦70周年(ノモンハン事件76周年)を記念して、「日蒙共同調査団」が組織され、踏査総距離3000kmに及ぶモンゴル東部エリアの共同学術調査が行われた。
 これは、6年前の2009年実施調査以来の延長線上にあるもので、3回目の現地調査となる。
 今回は、1939年に発生したノモンハン事件からその後6年間にわたるソビエト・スターリン政権の対日侵攻作戦計画の実体を解明するという問題意識から、その実証研究として、同国・東部国境地域に構築された大規模なソ連軍の補給基地とそれらをつなぐ軍用鉄道の実態、その建設時期についての現地調査・文書調査を行った。1945年8月9日、156万人の大兵力で満洲に侵攻し、満洲国を崩壊に導いたソ連軍の主力・ザバイカル方面軍の兵站の実態であり、これまで殆ど関心が払われてこなかったテーマである。

 ちなみに、当センターは、
2009年にモンゴル外務省で行われたノモンハン戦争シンポジウム(モンゴル内閣府主催)で、「ノモンハン事件は第二次世界大戦を1939年9月に惹起させる誘因の一つとなったとも言える大戦争で、世界史的にみて極めて重要な位置をしめるもの」との視点を提起した。近年でも、米国のスチュアート.D.ゴールドマン氏や、英国のアントニー・ビーヴァー氏など、欧米の歴史学者が先行する形で、同様の視点からの研究が進んでいる。

 1939年に発生したノモンハン事件。旧満洲国と外蒙古(モンゴル)の国境線をめぐる紛争の過程で、「ソ連をこらしめる」としながら関東軍は感情的に戦闘を拡大した。「満蒙は日本の生命線」をスローガンに、対外権益を「日本人の生命財産の安全にとって死活の地域」と設定して大陸進出政策を実行した。その対外政策から必然的にもたらされた、いわゆる「国境線を巡る帝国軍隊の大言壮語の火遊び」がノモンハン事件である。日・ソ蒙軍あわせて4万人以上の死傷者を出した大戦争だったが、日本はこの戦争の実態を、国民の目から完全に隠蔽した。中国大陸への侵略の過程で傲慢となった軍の体質、そして、その後の太平洋戦争の全過程に通じる過ちの原点ともいうべきものが、この戦争に隠されている。
 この「ノモンハン事件」でのわずか数ヶ月間の経験を通じて、スターリンは日本軍全体の弱点のみならずソ連軍の問題点をも把握し、一気に戦列を建て直した。結果、奢り高ぶっていた関東軍はソ連軍に逆手をとられることになる。

東部国境めざし砂漠のオフロード地帯を走行中の
調査団車両

 第二次ノモンハン事件以降、一種の総力戦として戦略的攻勢に転換したソ連軍によって、両軍は莫大な犠牲を出しつつ、日本は敗北を喫した。スターリンがノモンハン事件を通じて学習した戦訓と、日本への警戒心・復讐心は、その3年後、1942年スターリン秘密指令(今回発見文書)として、対満洲攻略作戦に決定的な補給支援能力を発揮するモンゴル東部の長大な軍用鉄道建設へ結びついたことになる。そしてその3年後の1945年8月、「日露戦争まで遡って日本に奪われた領土を奪還する」と決意したスターリンの「満洲包囲殲滅作戦」により、モンゴル東部国境タムスク基地を拠点として出撃した主力・ザバイカル方面軍は電撃的かつ短期日で満洲国の首都を陥落、関東軍の総崩れをもたらした。結果、20万を越える在満邦人の犠牲が生み出された。その歴史の痛みは、いまもって十分継承されているとはいい難い。戦車で開拓民を蹂躪し、ジュネーブ条約違反のシベリア抑留で捕虜を虐待したソ連軍も非道であるが、その前提に傀儡満洲国の存在があったことも忘れることはできない。
 関特演(関東軍特種演習)なども含めて日ソ両国にいえることでもあるが、ソ連軍もまた、国際条約の精神を守ることなく対日侵攻作戦を準備し続け、そし実行に踏み切った。ソ連スターリン政権は、自国防衛の都合から日中戦争の泥沼化を背後で画策・扇動していたふしもある。マルクス・レーニン主義を支柱としながら、コミンテルンを手足として利用し、歪んだナショナリズムを成長させながら領土保全と対外拡張政策を進めた。一方、国内では独裁者に群がる集団の利権と権力闘争を極限まで加速させた。当然の帰結として、自国のみならず衛星国にも「人民の敵」のレッテルで無実の人々を大量虐殺するという「粛清」の嵐を吹かせた。
 一方、日本は、ノモンハン事件で経験した国境紛争の愚を忘れる形で「対ソ」の「北進論」から豹変し、あっというまに米英とことを構える「南進論」へ傾倒し、太平洋戦争に突入した。

 ノモンハン事件では、辻正信・服部卓四郎の両参謀に代表される作戦指導者らは、陸軍中央の制止も統帥権をも無視し無謀極まりない作戦を強行した。その後、敗北の責任を部下に転嫁し、自決まで強要しつつ口封じをした。
 陸軍中央も政府もまた、複雑な国際政治を見極める能力に著しく欠如し、外征軍である関東軍の暴走を抑止する気概も能力もなかった。結果彼らは、まともに処断されることもなく、逆に太平洋戦線で見事に「復活」した。その後の主要作戦で懲りない指揮を繰り返し、兵の残酷な消耗と大敗を導いた。
 にも関わらず、彼らの中に本質的な反省は見られず、戦後、国会議員にまでなって政界で跳梁したものさえいる。これらの歴史が教える教訓は、すぐれて今日的な意味を持っている。

2015年調査のテーマと結果概略
 
今年はモンゴル領内にソ連軍が構築した巨大な兵站基地3箇所+1箇所を貫通する大動脈、総延長1000km弱に及ぶと見られる軍用鉄道の実態に迫ることであった。もちろん、3基地を再度細部にわたり観察すること、ノモンハン事件の戦場をより多角的に観測することも含まれている。モンゴル防衛研究所での文書調査もあわせて、15日間という長丁場の行程となった。
 今回の調査は、従来の調査の中でもっともハードなものと
なった。鉄道の軌跡を示す盛り土の経路は、道路(轍-わだち-)とは無関係に存在しており、湿地帯が入り混じる半砂漠地帯のなかで、目印もなく、轍さえ存在しない完全オフロードを、GPS装置とコンパス、旧軍の座標地図などを唯一の頼りとして、不規則に移動しなくてはならなかったからである。半砂漠地帯では、突然湿地となる軟弱地盤に車両が入り込みスタックすることがある。轍は砂漠での車両走行可能なルートを示す目印であり、これから外れることはベテランのドライバーにさえ、大きな負担と緊張を与える。
 調査ポイントはあらかじめ、45箇所をピックアップしたが、予想以上に時間がとられ、半分以下に絞り込まざるを得なかった。だが、困難を乗り越え、鉄道施設の存在を裏付ける様々な態様の物的証拠を入手でき、調査は成功した。軍用鉄道の全体像の70%程度、主要部分の構造を実証的に確定できた。(詳報別途)

モンゴル上空を空撮中の朝日新聞社ジェット機
「あすか」。地上踏査班撮影。

 なお、これらの調査計画に加え、無線操縦ヘリコプターからの低高度撮影や、朝日新聞社所有ジェット機「あすか」による高高度からの航空撮影がミッションに加わった。特殊な機器の海外への持込でもセキュリティとの綿密な協議が必要となったし、モンゴルへのジェット機の乗り入れでは、事前の事務調整作業が膨大な量に達した。
 地上踏査班もまた、砂漠での彷徨を避けるための緊張と努力を絶えず強いられることになった。実際に、強化仕様の4輪駆動車でさえ、そのトラブルは頻繁となり、砂嵐、竜巻、熱射と吹雪という気候の激変に巻き込まれ、調査隊員の疲労はこれまでになく高まった。季節的に、脳炎ウイルス保菌の5ミリ大の吸血マダニが大量に発生し、ほぼ全員が連日とりつかれる事態となった。感染症の危険に晒された。
 航空撮影班・カメラマンもまた、空中での強烈なGの重圧に耐えながらの撮影に挑んだ。朝日新聞の6月11日付け朝刊の1面を飾った巨大基地・マタット基地の全景は、世界初の空撮映像であり、旧ソ連軍の対日参戦時の後方補給能力及び作戦計画の隠されてきた実態を赤裸々に示す第一級の歴史資料となった。世界的にも貴重な知見を提供してくれる写真だ。70年以上にわたって変わらず存在し、それぞれが、東京・山の手線がすっぽり入る長大な対戦車壕で防備された巨大基地だ。高高度からの撮影でも、最遠部は、地平線の彼方まで続き大気に霞んでいる。満洲国を崩壊させたソ連主力軍の出撃用で、軍需物資を高度集積させた基地である。1945年8月9日以降、満洲国を一気に崩壊に導き、同時に在留邦人の筆舌に尽くし難い悲劇をも生み出した軍事行動の背景がここに隠されている。この1枚の写真には、これまでの日本人の歴史認識のみならず、第二次世界大戦末期の極東戦線における歴史認識を大きく塗り替える情報が詰め込まれていると言っても過言ではない。
 なお、安全運行への緻密な配慮はもとより、事前の綿密なフライトプランの策定作業に加え、現場では座標データを唯一の頼りに、気象条件に大きく左右される有視界飛行で地表遺構を探す困難に挑んでこれを成功に導いた「あすか」クルー及び航空関係者の皆様の努力
には驚嘆するしかない。
 また、このミッション自体が、モンゴル航空当局の全面的支援があって初めて可能となったものである。
両国の架け橋となって調整業務をこなしてくれたコーディネーターにも敬意を表したい。
 なにより、日本側の取り組みに対して、モンゴル国の航空を含めた関係者が大いなる関心と敬意を払ってくれた。特筆すべき国際的な共同作業となった。ノモンハン事件で日本がかつて血を流して戦った敵国と今日、このような共同研究ができるまでになったことは、それ自体、両国国民の平和共存へ向けた強い願いの現れであり、歴史認識への相互理解へむけた実践努力の進展を示す証といえるのではないだろうか。

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【名称】 
第二次世界大戦終戦70周年 日本・モンゴル共同学術調査団
(=第13回 国境軍事要塞群 国際共同学術調査団) 
【渡航調査期間】 
平成27年(2015年)4月24日~5月8日(15日間)
【調査範囲及び調査箇所】 
モンゴル東部国境地域の旧ソ連軍基地4箇所と鉄道幹線及び支線、ノモンハン事件戦場
首都ウランバートルにおける証言及び文書調査
全行程15日間  モンゴル国内移動総距離 約3,000km
【参加者】 地上班総員15名 航空班総員6名以上

【専門分野】
軍事考古学者、戦史研究家、兵器鑑定家、歴史研究者、朝日新聞本社取材班、朝日放送取材班、調査コーディネーター他

【派遣事務局】 
JCR-KF虎頭要塞日本側研究センター
(本部:岡山市 首都圏本部:東京都調布市 中部日本本部:岐阜県岐阜市) 
【協力】テムジンホテルグループ

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2015年 報道のご案内-時系列-
. 朝日新聞朝刊 全国版1面にて報道 2015611
   朝日新聞DIGITAL  第一報 記事及び空撮映像(VTR(無料登録で視聴可能) 
   朝日新聞DIGITAL  大阪本社版 35面追加記事 
2. 
朝日新聞【夕刊】全国版1面にて続報掲載 2015611日 
   朝日新聞DIJITAL 全国版で続報掲載 (写真増強、開拓団の悲劇紹介)
3. 
The Asahi Shimbun WEB国際版に、英字記事が掲載されました。
   ↓英語版(English version)↓
   http://ajw.asahi.com/article/behind_news/social_affairs/AJ201506110056
   “Stalin's secret railway for war against Japan confirmed in Mongolia”
4. 
TV特集ドキュメンタリー全国放映決定 6月1323日 
   ANN系列「テレメンタリー2015」 
   「シリーズ戦後70年(5)満州に進撃せよ!
              ~草原に眠るソ連軍巨大基地~」
    現在、このサイトで録画が流れています
    http://www.dailymotion.com/video/x2u5lc2  
5. 
プレ企画【既報】 201557-12日掲載済み
  朝日新聞 夕刊全国版 5回連載シリーズ
   pdf 2.54MB「敗北の序章 ノモンハン」№1-5
6. 
テレメンタリー2015
  年末総集編で再放送(201512月)となりました。

7.朝日新聞DIGITAL で大型特集スタート 2015.8.19-
  yahoo
地図のタブから画像をクリックすると動画スタート。
  (動画・写真データが豊富、朝日新聞社機「あすか」&
        地上踏査班によるドローン空撮映像がご覧になれます)


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【参考資料】
2014年ノモンハン事件75周年 日蒙共同学術調査
 
    【報道】

    The Asahi Shimbun 2014.8.28 -Social Affairs-
    
Details of former Soviet positions in Mongolia unveiled
    
PDF 朝日新聞  2014.7.8朝刊 社会面(39面)記事掲載    
    朝日新聞DIGITAL
「ソ連の対日進攻拠点明らかに  モンゴルに巨大陣地跡」

    【シンポジウム】
     研究報告活動 :
     
ノモンハン事件シンポジウム 2015年2月 東京:サピアタワー
292KB

2009年ノモンハン事件70周年日蒙中三国共同調査

    
【報道】 
    
朝日新聞DIGITAL スライドショー番組「ノモンハン 70年後の戦場を訪ねて」

ノモンハン事件調査(旧満州国 西部国境地帯 内モンゴル側)過去の報道


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お知らせ
演劇「ウスリーの赤き流れに」上演 in 名古屋
上演案内チラシ表   上演案内チラシ裏
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2年前に御嶽山噴火を例にとり、今更でもない内容だが、中央構造線とフォッサマグナとの関係を書いた。
被災地への迅速な救援と安全安心の確保、復旧を祈りたい。同時に、明日来るかもしれない災害への備えと自覚が他の都道府県にも必要だ。


http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1010103293.html


停止中の原発も安全ではない。
加えて伊方原発は今のところ無事だとか、川内は無事で稼働中とか報道される。
だが、以前にも書いたが、使用済み燃料プールの危険性は殆ど語られない。

福島でも経験済みのはずだが、忘れっぽい国民性のようだ。

地震動で使用済み燃料冷却プールの水面がどう動いたかのデータも伝わってこない。プールに亀裂が入る確率などを考えても、停止中だからといって原発の危険性は過少評価できない。中央構造線直下に存在する伊方原発の使用済み核燃料をどうするのか?現状では安全な処理方法が見つからず、行き先が無い。ドライキャスク(乾式処理)も危険性が指摘されている。これは再稼動を正当化するための泥縄式ともいえる発想だ。原発再稼動などより、この使用済み燃料をどうするかの対策が先決なはずだ。

ところが、原子力ムラは、3年前から “福島のときは(プールに)海水を注入したら、なんとかなった” 式の幼稚な言説を流している。こんな呑気な発想は、直下型地震には通用しない。いや、「知らないフリ」を決め込んでいるだけか? 稼動している川内原発はもとより、停止中の伊方原発の使用済み核燃料が暴走すると、九州・四国・中国・近畿の広域の汚染は避けられない。

ちなみに、停止中の伊方原発の使用済み核燃料プールに収納されている核燃料棒は、本年2016年3月7日現在で1422体(一体に60~70本の燃料棒)計610トンもある(※1) 。六ヶ所村の再処理施設は稼動の見通したたずで、行き場のない放射線と崩壊熱を発する危険な燃料棒が停止中の原発内に大量に押し込められていることを忘れてはならない。その処理方法は未確立で、キャスクにしてもその危険性を十分知る国や電力会社は、またもや田舎に押し付けようとしており、そして、一方で原発再稼動をしゃにむに進めている。
※1 高知新聞 参照 http://www.kochinews.co.jp/article/6773/

参考:東京電力福島第一原子力発電所事故(地震発生直後から事故発生1ヶ月後までの
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館の見解)
1.3.11原発震災 
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm
2.粉ミルクの放射能汚染問題 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-osen-milk.htm
3.東海村JCO臨界事故-レベル4 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jco-jiko.htm

いじめを訴えて自殺した岩手県の中学2年生
村松亮君の死から1週間がたつ。

 12日父親が警察に被害届けを出した。メディアは学校の教師を主に叩いているが、なぜいじめた側が迅速に特定され、それらが批判されないのかが不審である。
 いじめを告発した生徒が、この学校の学年主任から2回にわたり呼び出され「余計なことを言うな」と詰問されたという。これは本当か? 真偽のほどはよくわからないが、岡山市での体罰事件もしかり、「よくわからないまま」闇に葬られていく現実をしばしば目にする。
 多くの教育現場は教職員の懸命な努力でしっかり運営されている。だが、いったん歯止めがなくなると、どこまでいくのか?
 以下もその事例だが、正義はほとんどの場合実現されない現実を示すことになるのか。森永ヒ素ミルク中毒事件史を改ざんする者は、同時に、このような差別行為を「弁護士会が不問にふした」と書き、なんら問題ないとして、その隠された本音をウィキペディアに書き連ねている。


岡山市在住の重症被害者女性Yさんに対する
公益財団法人ひかり協会職員Aさん・Mさんの暴言
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

Aさん(ひかり協会職員)が
 「これから先、ひかり協会に何を望むか、あったら参考のため聞かして欲しい、どんな考えか」 (と言うので)
私〔被害者Yさん)が
「いつまでも、こんなことばっかりイヤなので、森永から直接もらえるようにして欲しい」とちょっと不足を言った。
 
Aさん(ひかり協会職員)が怒って
「皆で決めたこと決定しているのに、なにゅ~言う!頭わり~んか!そんなことできるわけない、やれるわけない、誰のおかげで、ここまでなっとる何んもわかっとらん」

「ひとが遠慮して下手に出、フンフンと黙って聞いとるといい気になって誰も回りにおらなんだら手が出とる。頭の程度どのくらいか、頭を割って脳の中見てみたい。アイキューなんぼある言ってごらん! 答えれんの! あんたがここへ何をした、何にも一人でようするもんか。できもせんはず、何が気に入らんのか、何が不満か! 不自由な体をもっと動かんようにしたろか……。あんた一人くらいおってもおらんでも困らん。気に入らんのんなら、ひかり協会から脱退し離れて関係ないようにしたら、辞めてしまえ! 親がおらんようになったら分かる。どうこう言うてもお金はいる……、辞めれん、女は単純、月日が経ったら忘れる、怒るんはその時だけ」 

と言われた。

平成6年12月8日(木)食べ物のアンケートで自宅に来た日 
Mさん(ひかり協会職員)が
「事務所に出てくる人は皆それぞれそれなりにやりょうります。程度が低いから~たいへんです。明子さんもどの程度かな~」 

「親は頼りにならんようになるのに、みよ~たらわかるじゃろ。明子さん医者嫌い、そんなことばかりは聞いとれん!自分勝手はさせない、いつまでも言わしゃ~せんよ!自分の思うようになると思うとったら間違い、40にもなって。森永と「ひかり」は切っても切れん、団結しとかんと森永が違う方へ向かんようにちゃんとしとかんと」

「どうしても言うことを聞けんのなら、自分の思うようにしたら、私には関係ないよ。調子が悪うても一応は文句いう、こっちの言うようにしとったらええのに。悪いようにはせんのに、昔の古いこと、たいしたことない小さいこと、いつまでも根にもっとんじゃ~!何かに狙われたら…おそろしい!患者、被害者の親が頼む、頼む。皆、職員をたよっとんのに、頼るようにしとるのにあんた一人変わったことを言う」

「一人では生きていけんのんじゃから人の世話にならんといけんのじゃろ。あんたに何ができるん、社会に出たらうけいれてくれると思うとん!相手にされんよ普通じゃあないのに、障害がある、悪いのに!こっちの事聞けんのなら」

「親に何かあった場合、本人が困るから事務所の方へ言いに来ても誰も相手にせん! しらんぷりする、される、助けない、泣くのは自分! こういうふうに注意するのも最後になる。明子さんと言わんようになる」

「両親そろっている時はいいけど、一人欠け、二人ともおらんようになった時兄姉がいつまでもめんどうみれんから、悪いけど施設へいってくれんかと言われるよ。 あんたに何が出来るん、役立たんのなら死ねぇ~ 、おらんでもええわ。あ~あ、死んでもろうたんじゃあ金が出んしな~ 。」

(出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kyoukaisyokuin-sabetubougen-03.pdf )

「被害を消したい者」が示す下劣な差別意識
 Yさんはこの事実を9年近くの長期にわたって1人で抱え込んでいた。Yさん家族が、2003年ごろ、救済の現状を批判するボランティアNさんの活動を知り、Nさんに連絡をして助けを求めた。Yさん家族はボランティアNさんの助力を得て、弁護士会が運営する人権擁護委員会に救済申立てをした。
 だが、人権擁護委員会の判断は、少なくとも未だにボランティアNさんには知らされていないままである。

 そして、ウィキペディアの森永ヒ素ミルク中毒事件を延々と改ざんし続けるものは、上記の発言が弁護士会で審査されたという事実の最後に、自慢げに、こう付け加えた。「だが結果は申し立て棄却」

 さしあたり最も危機感を持つべき団体は、日本弁護士連合会(日弁連)だろう。

反省まったくなし【以下、ウィキペディア2015.7.13現在の最新版】
 「また、重症被害者の親によって「守る会」「ひかり協会」を相手取って人権救済の訴えが提起されている[6]だが結果は申し立て棄却 
 上掲の差別発言を正当化したい人間が、同時に、被害者をして森永に感謝させ、被害は過去のものとしたいという目的を持っていることが露骨にわかる。本音では全く反省が無い。(それは別の例でもわかる)戦前の特高警察かKGBの検閲さながらの細かい添削をしている。ウィキペディアは、もはや支離滅裂の内容と化しているが、同時に、イデオロギー集団の「本音の証明書」と化している。その背後に居て糸を引く者が何かは、もはや言わずもがなだ。

 〔6〕2003年6月24日の岡山県における人権救済申し立て事件(岡弁庶第33-1号)及び、2003年7月8日の広島県における人権救済申し立て事件(広弁第57号)2003年6月25日付読売新聞岡山版報道 
【資料】改善を求める家族へ異様な嫌がらせ


苦しむ親は過去形にして絶滅させる。
「森永に感謝せずは」→ “「ある」被害者家族だけ”
「事件終わらず監視必要」→“「一部」意見に過ぎず”と書換え
----以下は、ウィキペディア改ざんの途中経過-----
13現在
【上記改ざん(一部)内容のまとめ】 実に姑息な添削の連続…この作業を生業にしているヒマ人。

施設に送られた被害者 
改ざん入所している被害者

今もなお精神的に苦しんでいる被害者の親 
改ざん→精神的に苦しん被害者の親

ほとんどの被害者が森永に感謝している事実はない
改ざん→森永に感謝している事実はないとある被害者家族は指摘している(確認書締結依然-ママ-)

「森永事件はまだ終わっていない」との意見がある
改ざん一部には「森永事件はおわっていない」との意見がある 
(「森永事件は終わった」と主張したい願望)

人権救済申し立て事件
改ざん→人権救済申し立て事件「だが結果は申し立て棄却」
【事実】弁護士会が判断そのものを「避けた」。
                                               
名誉毀損の損害賠償 
改ざん岡山地裁はその主張を一部認めた
【事実】裁判所は被告機関紙の内容が全て虚偽であることを指摘、あまりにひどい虚偽記載例を一部取り上げて、名誉毀損の有罪判決 → 損害賠償支払い命令

【資料】
■意見言うと暴言浴びせられる被害者
■意見言うと監視される被害者家族1
■意見言うと監視される被害者家族2
■異なる意見を発表してはダメと公言する組織

2012年のウイキぺディア大量改ざん事件
 ↑繰り返されている。↓
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf

「森永(加害企業)さんと被害者は1973年以来ずっと協力関係です」…なに?それ!
 これがウィキペディア(Wikipedia)日本版「森永ヒ素ミルク中毒事件」を3年にわたり改ざんし続けている者の最新の加筆内容だ。「公害被害者は “お金を恵んで下さる“(加害)企業さんに感謝し協力せよ!」…ホンネはコレだ。(ちなみに記述の後にいきなり登場するのが、「被害者は加害者に今は感謝している」なる言説を全国に拡散した例の中坊公平氏である。)

 この改ざん者は、「両者は(対立関係から)1973年以降協力関係に変化した」と、この1行を書くために異常な神経を払っている。「対立」「協力」…企業犯罪におけるこの二項対立表現の無意味さと短絡性を敢えて悪用している。更には「加害企業に感謝している」を「協力関係」や「森永はよくやってくれている」や、以下の引用のように「責任を果たしている」に言い方を変えているだけで、同じ印象を醸成させるフレーズを飽きるほどリピートしている。しかもこの会が全被害者を代表しているわけでもない。(事件要因部分もだいぶ手が込んできたが、企業側の悪質性を過少評価させる努力が痛々しいほどで、本質的な偽装や誤認は変わらずだ。)
-----------------------以下ウイキ引用-------------------------
「事実、森永は15年前(=事件が起きた1955年のこと)にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と」。これが1973年の確認書締結以前の状態であった。
1973年確認書締結後は、「森永は責任を果たしている」というのが「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の評価である。
---------------------以上引用終了-------------------------
 賢明な人間には幼稚な作為がミエミエだ。まるで「被害者と加害企業との緊張関係などこの世に存在しない」「パッピーエンド&パラダイスが40年以上続いている」と言いたげである。こんな輩が「公害なんて過去のこと」という観念を鼓吹する一方、「被害者は現状に満足している」とする姿をしきりに各方面に売り込む。えげつない貧困ビジネスの正体だ。文章改ざんなどでは済まされない悪事である。

「刑事企業犯罪」を「労使協調関係」にスリかえるレトリック
 「協力関係」のフレーズで、改ざん者が何を意図しているのかは、2012年の改ざん事件でも明瞭だ。この改ざん者は、「協力関係」が「双務的」印象をもつ言語であり、「被害者も加害者に協力すべきだ、或いは、協力する必要がある」という政治的かつ精神的要求/強制が織りこまれている事を知っている。この短い言語を入れ込むために長年ウィキペディアをいじくりまわしているのだ。これを無意識に読んだ読者の中にどんな心象を形成するか、或いは被害者集団にどんな心的強制力を与えるかを「十分に計算した上」で、「渾身の一語」として加筆している。「協力関係」が刷り込まれると自身の正体=「癒着」も合理化できると改ざん者が期待している姿アリアリだ。
 産業公害で、加害企業が、事件発生はもとより、その後の20年間に亘り残酷な弾圧を徹底的に行った犯罪行為を「あたかも労使関係に例えることが可能であるかのような」スリかえをしている。この加筆者が30年以上、被害者を洗脳するために考え、実行し続けた結果のアイディアがこれだ。
 たが所詮この程度だ。会社で給与を得ながら仕事をしている日常(大方は双務的協力関係)と、企業犯罪を混同させようとしても、同じになるわけがない。大勢を騙せても、全員はだませない。それでも一般大衆を欺ければそれでいいという開き直りが見て取れる。常識で考えてもわかるイロハを言語のトリックで逆転させ、あたかも公害被害者が加害企業に対して何か協力の義務を負っているかのように印象を誘導する行い。質は悪いが、とり憑かれたようにプロパガンダを職業とする者の仕業である。

被害者救済運動の苦闘の歴史は事実上抹殺。これに狂喜する者は誰か?
 さらに、14年間の苦闘を1行未満で切って捨て、関心を持たせないようにしている。現状でも、被害者からの人権救済申立てでは罰を受けなかったとか、名誉毀損では一部だけ指摘されただけだったとか、係争の内容も削りまくり、14年目の訪問から、組織公認で開始し途中から変節して出版を葬り去ろうと出稿を停止して妨害した「20年史」が、何か説を唱えているかのようにねじまげバイアスをかける。変わらぬ姿勢だ。カネに屈服した人間が闘争の歴史を活字に残す事に猛烈に反対するのはよくあるケースだ。
 一方、森永告発の市民から裁判で訴えられて負けたからか、突然、森永告発=暴力集団という記述をやめた。当然だ。
 それ以外は、いまもって、どうやってごまかそうかと四苦八苦している小賢しい書きっぷりが露骨で笑止だ。もう、関係者は高齢化しているから「あとは死人に口なし」と安心しきっている姿だ。改ざん者の変わらぬ政治的姿勢がわかりやすい、異様かつハチャメチャなウイキと化している。
 もっとも、こんな輩のせいでウィキペディア改ざんは到るところで常態化し、ウイキ自身の弱点と信憑性の低さは、すでに識者には常識となっている。学生の講義レポートでも、ズルしてウイキをこっそり引用すると、ばれた場合大減点される。専門家領域ではウイキ参照など論外、即自滅だ。だが未だに安直に頼る人間もいるので、5年に一度くらいは指摘しておく必要があるだろう。

差別意識にまみれて被害者を管理する
 「被害者はカネをめぐんで下さる加害企業と今ではよろしくやっているんだ。だから文句言うな」「一般国民はよそ者」などという尾篭(ビロウ)なプロパガンダをさんざん展開してきたグループによって、延々と手を変え品を変えてウィキの改ざん行為が続き、巧妙化している。どうも被害者がこの世から死滅するまで生業として続けることにしているようだ。もはや、「恥も外聞もなく」これを(誰かさんからのカネで)「仕事」と割り切って実行している。
 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、ウイキペディアの少なくとも「森永ヒ素ミルク中毒事件」に関しては、一面的な事実の断片を都合よく羅列しつつ、核心部分で来訪者の意識下にウソを刷り込む事で、被害者の人間としての尊厳を毀損するマインドコントロールを企図している点で「デジタル百科度」ゼロと判定した。       
   以下は5年前の「第一次改ざん行為」に限定したコメント。
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-jiken.htm  
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf
 資料館は今年2015年になって、ウイキ改ざん行為を以下のように指摘しなおした。

独裁国家も「日本発」のプロパガンダに御関心
---------------以下、引用開始------------------
 ちなみに2012年(段階でウィキペディアに掲載されていた)森永ヒ素ミルク中毒事件の歴史において、元・訴訟弁護団長の中坊公平氏が唯一個人名を伴って「救済者」としてウィキペディアに唐突に登場する記述の異様さには、もはや言葉が見つからない。
 これは、彼がみずから行った「積極的な」言動とそれに無批判に追随して未だ訂正の意志さえ見せない諸媒体の愚行の成果といえるものであろう。それは取り返しのつかない規模の歴史歪曲を既に社会の隅々にまで蔓延させた。
 「カネを “めぐんでもらっている“ 被害者は、むしろ加害企業に感謝すべきだ。これに文句いう被害者は、被害者全体の敵だ」という、日本が新開発しメディア総がかりで世界に流布した恥ずべき拝金主義+全体主義のプロパガンダは、社会的弱者をイデオロギーで管理支配し、市民社会の良識と分断し続け、歴史の痛みを闇に封じ込める巧妙な手口と化した。すでに某独裁国までが真似しようとして、逆に国民からの返り討ちにあっている。
 今後、このプロパガンダは、あらゆる方面で、もっとも弱い立場の人々・ケースに悪転用され、応用され続けるだろう。同時に、このプロパガンダが、今は亡き犠牲者への最高の冒涜になっていることは言わずもがなだ。
--------------以上、引用終わり------------------------
 「関西テレビ」も2007年の大うそ番組の放映から、未だにシラを切り続けたままだ。視聴者から嘘を正式に指摘されても開き直り、他方ドキュメンタリーのコンテストに応募し、ちゃっかり「ギャラクシー賞」なるものを頂いている。局自身が「ジャーナリストじゃありません」と公言しつつ応募するとは見上げた根性だ。 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf のP.21ご参照

ヒトラーとプロパガンダ
 横道にそれるが、ユダヤ人を600万人虐殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人排斥を正当化した自身の著書「我が闘争」で、おおむね以下のようなことを言っている。これは今の日本政界にとり入ってプロパガンダの片棒を担ぐ大手広告代理店や最近ウジのように湧いて出てきたネオナチを信奉する政治家らがこっそり学習している内容だ。反面教師として知っておいたほうが良いだろう。

 ヒトラー曰く「大衆はいつも小さな嘘をつく。だから我々(デマゴーグ政治家)は、小さな嘘をつくと大衆に見破られてしまう。ゆえに、大きな嘘をつけ。大衆は馬鹿だから、大きな嘘は見破れない
「単純なフレーズを飽きるほど繰り返して大衆の頭の中に徹底的に刷り込め」

 こういうプロパガンダができるようになると、いつでもゲシュタポにもシュタージにもKGBにも特高にもなれる。資本主義者も共産主義者も、プロパガンダにためらいがない人間は、見た目ごく普通の人間でも、組織の歯車になりきって人権弾圧から最後は大量虐殺までやらかす。これもまたおびただしい歴史の事実が教える教訓だ。

 貧しさから脱出しようとして「富国強兵」「日本の生命線・満蒙」を叫びつつ惹起させた戦争の誤謬さえ総括できず、100年の戦争の歴史の果てに勝ち得た現在の豊かさの維持のために「中東からわが国までのシーレーンは日本の生命線」と「これがグローバル」だよと大看板に掛けなおし、“地球の裏側でもどこでも日本人の生命を守る戦いがありえるじゃあないですか!” と意気揚々と首相が呼びかけるこの国。 “アングロサクソンについておればいいんだ” などと閣僚が軽口を叩く国。そんな勢力と裏で「組織的」に談合している一部「野党」も同類だ。

大政翼賛政治の醜悪さ
 「美しい国」を口にしつつ、いたるところであらゆる勢力が一体となって歴史を改ざんし続け、醜悪な嘘を仲良グループよろしくテレビに登場して流布し、公害被害者を踏みつけにして涼しい顔をしながら、勝手に環境先進国になったと勘違いしているこの国。
 首相の周囲にまで広告代理店を通じて取り入りたがる政商。それと癒着して恥を感じない自称:革新政党集団。「国民のくらし」と「平和」をリピートし大きな嘘を連呼しながら、とどのつまり、党生活者の利権拡大の汚い手口の隠蔽にしか関心がないカメレオン・マルクス主義集団。

拝金主義と全体主義の合作
 70年間の借り物の議会政治の体質は、それほど変わっていない。
 密室性、差別性…これは日本だけじゃないが、例外的に醜悪な企業と合体を続ける一部の質の悪い保守に、マルクス主義者までが談合し、モノ言えない弱者を管理支配しピンハネして「生かさず殺さず」で搾取する。加害企業への「感謝-或いは-協力」の強制は、このイデオロギー集団の行う「代行支配」に不可欠な支柱であるところの「奴隷精神」を、被害者集団の内部に注入するために不可欠なフレーズでありスローガンだ。
 以上のような、大政翼賛的な構図と風土は、日本資本主義特有のいやらしさ、といえるだろう。「反ファシズム」など聞いて呆れる。「天使のマーク」「戦後レジューム打破」「自共対決」などを標榜するヒマがあったら、この大政翼賛の出来レースから手を引いて、三者ともども己の汚れた手を洗うのが先決だろう。

現実の政党(政治)に理想主義を求めると手痛い裏切りと政治への嫌悪感という長期間にわたって有権者を苦しめるトラウマをもたらすことが多い。

権力の交替可能なシステムをほとんど経験していない日本では、政権交代のサイクルを確立することが優先順位の高い選択肢だろう。

こと腐敗した政党政治では、有権者が、政治を間接的に管理・コントロールできる状況をどうやって形成するか?という「次善の策」を懸命に考える必要がある。そのためには、ある程度、割り切った選択が必要になる。秘密投票の原則もそれを補完する機能がある。

他方で、空想主義に陥りやすいインテリや政治的不満層は、狡猾でこずるい全体主義的イデオロギーに依拠する一部「政党」のプロパガンダ「教宣」に、肝心な時に酔いしれる癖がある。

こういった作風で、政党政治に理想を追い求め、特定政党の理想を語って溜飲を下げている間は、リアルな現実では、権力がほくそ笑み一党支配が続くパターンが多い。

日本で民主国家といいながら半世紀にわたり事実上の一党独裁が継続したことによる弊害とそれを間接的に支えた様々な背景理由を、もっと真剣に考えてみるべきだろう。

「あの時代はあれでそれなりに機能していた」という老人の安易な回顧趣味こそが、今の政治の現状を生み出している元凶だ。

「ウソ」にまみれた “与野党対決“ という「表向きの体制批判の猿芝居」。その本質と背景は一体何であったのか、ということを、これからの世代はもう一度、視点を替えてえぐりだす必要があろう。

もともと、不正と腐敗が横行している政党政治の場で、歯の浮くような理想を語る政治家ほど、危険なデマゴーグだと認識したほうがいい。

現実政治は、現実に存在する利害を主に反映しており理想では動いていない。理想で動いたためしもない。そして理想主義を売り物に安易に政権を獲得すると、揺り戻しが激しくなる。

理想を希求する精神はとても大切であり、だがしかし、市民が自らの持ち場で、長期間にわたって汗を流すことでしか政治に反映させることはできない。

政治は、政党政治だけではない。口先だけの評論、個別政党を美化してそこに頼れ!という掛け声では現実の何ものをも、変えることはできない。(市井の市民の努力の果実を掠め取って、「我が党の成果」なるプロパガンダにすり替え、生業を続ける政党はいくつかあるが)

選挙のときにだけ、政党政治に理想を期待すべきだとする論調・風潮は、例外なく腐敗している諸政党の「しもべ」の位置に市民を位置づけることを強制する場合が多い。

そういう「上から目線の政治・政策論」への巷の本能的反発が、回りまわって投票率の低下となって現れることに、もっと言論人や知識人は思いをはせるべきではないか。

絶対主義は絶対的に腐敗する。

かつていくつもの国で支配権力を握った全体主義(ナチやマルクス主義、ほか)は既存政党政治の腐敗を奇貨として合法的に政権を獲得し、不正なプロパガンダにためらいをもたず情報統制をもって社会全体を統制し次の選択の可能性を封殺した。

一方、確かに政党政治は有権者の諦観や思考停止傾向に比して相対的に腐敗する。

だが民主主義は自由な選択の余地を制度として保障する。

すなわち民主主義を基盤におく政党政治は、腐敗した政党政治を蔓延させるが、次善の策を選択することを全く妨げない。いくらでも「改善・改革」が可能な政体だ。

だが、民主主義は、自由の承認というその特性から、全体主義政党の活動をも許容する。

したがって、バランス感覚を喪失し、次善の策を懸命に考えず極論に走る選択肢を採用した民主主義は、その考えない民意に比例して、合法的に全体主義へ逆行する。

そして、全体主義への移行は不可逆的であり、民主政体への復帰は不可能である。

これは人類が未だに克服できていない「自由と民主主義」のもとでの「考えない」怠惰の発生がもたらすきわめて大きな現実的危機である。


12月8日、内閣府はGDPの二次速報値をホームページ上で発表した。

【御用エコノミストも真っ青、まさかのマイナス3ポイント下方修正】
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2014/toukei_2014.html
概要報告書http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2014/qe143_2/pdf/gaiyou1432.pdf

結果はマイナス1.9%(年率換算)だ。
11月に発表され、解散の契機となった一次速報値のマイナス1.6%より、さらに下方修正された。
事前の市場エコノミストの予測では、上方修正されるだろうとの政治的期待感が先行していた。だが、大変残念な結果となった。企業の設備投資と公共投資が下押しした。企業の設備投資がまったく振るわず、5兆円超の公共投資も効果をもたらしていないことはすでに織り込み済みだったはずだが、エコノミストも株式投資ブームに便乗し市場の乱高下に一役買うべくプロパガンダの片棒を担ぐ昨今だ。だが、数字だけが冷徹に語るという滑稽な構図となった。
分析はロイター電が比較的詳しいhttp://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0JL0ZB20141208

【世界経済の回復基調にちょっと足をかけただけのアベノミクス】
アベノミクスが世界経済とりわけ米国経済回復の波に便乗したQEの猿真似であり、かつ米国とは違った状況で適用する論理性を欠いた迷信でしかないことは、当ブログでも年初からやんわりと指摘してきた。政策の成功や失敗とは独裁政権が無制限の締め切りで煙にまく話ではない。
アベノミクスは現状では大失敗だ。だが選挙で勝った末に調子に乗り、仮に今後も継続し、それでもって仮にファンダメンタルズが少しばかり好転する局面があったとしても、それは複雑に絡みついたグローバル経済が結果的にもたらしたマクロ諸数値への影響というくらいの意味しかなくなっている。つまり「誰がやっても同じ程度のことにしかならない」ということだ。株高ブームを沸かせてサプライズ&幻惑させ、票をかっさらう手法にためらいがない所には、さすが安部氏の政治的価値観が反映されていると言える。
問題はアベノミクスの核心的思想である、「資産効果→好循環」説が、「金持ちが貧乏人に金を恵んでくれる」という神話まがいの「トリクルダウン」説に基づいていることだ。経済構造の把握云々以前に、経済そのものへの基本思想を欠落させており、成長エンジンのオイル切れ運転を加速させ、オーバーヒートさせる危険性がある。加えて、派遣労働の増加、投資ブームの蔓延、教育への威圧的統制、歴史的事実へのジャイアンまがいの歪曲、メディア言論への統制による画一的情報管理と陰険な恫喝行為。それらは、じわじわと、「よい子」であるべき、との脅迫観念にさいなまれる人間を生み出し、一方的命令タイプの人間か或いは異質なものとのコミュニケーション能力を欠く人間の増加につながる。富を生み出す源泉である人材の長期的損耗と毀損につながることばかりだ。株高を大喜びする風潮は個人的破産と詐欺、悪質商法をも増加させる。

「怖いもの見たさ」から、横目で猿真似の日本経済を観察していたEUはもう、アベノミクスを参考にしないだろう。すでに日本国債の格付けも揺らぎ始めている。

【アベノミクスの失敗を嗤う資格のない視野狭窄の野党】
しかし問題は野党政治家の退廃だ。野党は、アベノミクスのできの悪さを笑う資格はなくなっている。この間の野党共闘の無策の実態は、野党が政権批判を強めながら、実際には政権担当の気構えもなく、準備さえしておらず、現実的な対抗策さえもっていないことを自己暴露している。まさに、「批判だけの共産党的空想」を唱えるだけの「ガス抜き野党」に成り下がっていることを猛省しなければならない。国民のため世界ための政治を具体的にどうするか、という発想ではなく、目先の自党の票の上積みしか考えない卑屈な党利党略は全政党に蔓延している。つまりは、「安倍政権は反感を買っている。だから大した努力をせずとも、抽象的批判をしておれば、批判票が自動的に回ってくる。ラッキー!」という性根だ。まさに “政党政治は腐敗する” という姿だ。
もちろん、このフレーズはアンチテーゼとしてある。だが、この傾向を怠惰に放置すれば、中間市民層の穏健で理知的な考え方を「論破」「唾棄すべき」ものとして捉え、強力な中央集権支配に陶酔する「全体主義政党」が勢いづくだろう。全体主義「政党」もまた内部の権力欲や腐敗度に関しては御他聞にもれないが、その内部実態を国民の目から「美辞麗句を並べたプロパガンダ」で隠蔽する。平然と嘘をつき、中間層の温和な政治的良識を破壊して自党の極大化をはかる無限の運動をあきらめない。今後に警戒が必要となる政党である。

【全体主義イデオロギーの跋扈に警戒し、コントロール可能な政治状況の確立が必要】
社会が混乱して方向性を見いだせない時期に、異様に喜びを表面化させ、自党だけが体制に反対しているというカビの生えた自画自賛宣伝を続ける党派にも要注意である。もちろん、現在の日本は、国民の多数がそれに飛びつくほどの状況ではないが、政治的過渡期に、市民的思考を停止させる時代遅れの負の効果だけは継続的に発揮し続ける。資本主義の次に共産主義は来ない。「来るべき共産主義」を叫びながら革命後にやって来たのは、例外なく、独裁と飢餓と大量虐殺と民族文化抹殺と資本主義への回帰、そして野獣的貴族政治が跋扈する「国家資本主義」だけだ。その歴史の痛みに全く学ばず、未だに「資本主義 対 共産主義」或は 「反米帝愛国主義を唱える共産党的民族主義」(コミンテルン支部的イデオロギーとしては変化なし)を念仏のように唱えている。このトボケた冷戦時代の残滓イデオロギーは、田母神氏などのモチベーション向上に貢献するだけであり、社会改善へのあたらしい理念を生み出す努力に立ちふさがる。
1930年代以降、共産党は革命を唱えつつ資本主義への反感を吸収してソビエト体制に有利な形になる民族主義を同時に鼓吹し、ソビエト国家防衛というコミンテルンのご都合主義の忠実なしもべとして活動してきた。同時に、マルクス主義の歴史発展観という独特の宗教的歴史観の影響から、自党の拡大だけに関心を払う事に躊躇いをもたない一種のカルト政治思想政党として自己浄化能力を喪失したまま、延々と、上から目線で国民を「指導したがり屋」の党生活を続けている。(「指導部」という言い方には警戒感が必要だ。中国や北朝鮮のニュースで頻繁に登場する共産党特有のカルト用語に無意識のうちに洗脳されないようにしよう)

【現・政治状況で問題にされるべきこと】
安倍政権の解散手法の問題は、政権の利益のためだけに、政権を放り出し、それどころか、国民に踏絵を踏ませるという、有権者にとって「恩をあだで返す」政治的作風を公然と採用しているところである。民主主義の決定システムの問題点を拡大させるという意味で共産党的民主集中制思想と似通っている。まさに「自共対決」は、政治イデオロギー的には周回遅れで自民党と同じ位置にいる共産党にとってふさわしいスローガンだ。共産党も安倍政権のような「踏絵を踏ませる」陰険な手法が大好きだ。
安倍晋三氏の政治家個人の資質は問題だらけだ。だが、それを招いているのは野党の現況でもある。
民主制の制約条件を利用拡大し、自己の政治的理念のためには手段を選ばず権力を乱用する安倍政権の問題点はいくらでも指摘できる。だが、この国が終戦以来、ほとんど政権交代を機能させずにきた事の責任は有権者にもある。それがもっとも不幸な「戦後レジーム」かもしれない。
(東京都知事の舛添氏が、“日本には二大政党制は根付きません。どれもこれも小さい政党ばかりで、どれもこれも多弱ではありませんか…でも、我が党も小さいですが…、我が党を宜しく“ …おおよそこんな意味不明発言が都知事の口から飛び出す所が、政権交代をめぐる日本政治の混迷状況を端的に示している。)
今回、このような政治的混迷が白日のもとになったからこそ、野党政治勢力の問題点が、国民の中で、今後、容赦なく、声高に議論・指摘されなくてはならない。
野党が機能しない現状は、中国共産党は言うに及ばず、ロシア・プーチン体制や、かつてのナチス登場まえのワイマール体制の政治状況と似ており(単純にイコールではないが)それで狂喜乱舞するのは、ネオナチや、民主集中性に陶酔するマルクス主義者(原理・非原理問わず)などカルト的な左右の全体主義者だけである。


【以下、安部政権関連記事】

















【結果が出る前から、票の正当性を汚してしまう自民党】
今朝の新聞報道で、自民党が東京のテレビキー局全てに「選挙報道を公平中立に」と「お願い」する文書を出していたことがわかった。テレビ放送事業認可の権限をたてにとり、公示を前にテレビ局に対して、こんな事をしでかしてしまった自民党。これでは選挙結果にさえ「公正性」を誇ることが出来なくなってしまった。かなり致命的なフライングだ。

【メディアは公正中立だけがポリシーではない】
そもそも、テレビ局や新聞などのマスコミには三つ程度の重要な理念と一つの習性がある。
1.言論・表現の自由、3.国家権力への監視機能 3.真実性と公正中立性 4.メディアビジネスから来る「オミット」リスク、だ。
公正中立には当然配慮しつつ、独自の編集方針で運営しているのだ。結果、どこの国でも、偶然の近似として、「このマスコミは “与党より“ とか “野党より“」と評される事がある。

【オミットリスクが最大の課題】
一方、マスコミがもっとも警戒すべき陥穽、それが、広告スポンサーとなっている企業の不祥事や、時の政治権力への迎合から生まれる事実へのネガティブな態度=「オミット(除外・無視)」リスク=「書くべきことを書かない」リスクだ。別名「大本営」発表現象は、易きに流れるメディア特有のリスク蓄積の裏返しだ。その害毒は読者・国民をミスリードすることで、権力の不正行為を補完する形で立ち現れる。
業態のそもそもの性格からして、メディアは既に理論的には、公正でもなければ中立でもない。だが、社会的影響力が大きく世論を形成することがあるから、自ら「公正中立」を目指す努力をすると言っているのだ。但し、その場合の「公正中立」とは、もっぱら権力や金銭になびいて、弱い立場にある国民の権利や生活環境を破壊したりする国家権力の手助けをしてしまわないようにという基準からの「公正中立」性の検証であり、今回の自民党の言うものとは全く逆である。
加えてメディアには自分の言いたい方向性というものがある。それは言論・表現の自由というマスコミのもう一つの自由だ。もちろん、あまりに倫理を省き、事実をゆがめ或いは抹殺し、バランスを欠くと後から批判される。その場合、誤りを正し軌道修正が図ればいい。過ちを犯さない個人&組織などないからだ。世論の監視を受けながら、バランシングされてメディア媒体は機能する。政治権力が介入すべきカテゴリーではない。

【もともとメディアの公正中立などに関心のない政権与党】
かつて自民党は、その長期政権下で発生した世界最大の食品公害である森永ヒ素ミルク中毒事件を、マスコミが1955年以来14年間にわたって封殺したことを「公正中立違反」と厳しく叱ったことがあるか? 一度もない。もっぱら企業と政府が金と権力で書かせなかったのだ。この国の政治権力は「マスコミの公正中立性」などにハナから関心など持っていないではないか。歴史的事実から明白なのは、「公正中立」に関心をもつのは、いつも、自党が政権に就くためにマスコミに「ちょうちん持ち」をさせたい時だけである。

【公正中立の前に常識としてある、人道と正義、公序良俗の理念】
仮に、時の政権が戦争に突き進んでいるとき、「戦争はよくないという意見もあるけど…いやいや、戦争も結構いいよね」と、玉虫色の主張を聞かせる事を公正中立と言うか? 公正中立の前には、「戦争や殺人は避けるべき」という公序良俗の通念がある。この通念に反して金儲けや特殊イデオロギーで戦争や全体主義に向かう政治が現れてきた場合、これを批判することは正義である。時の政権政党がいう「公正中立」に反して、過去に確かに選挙で選ばれたはずの時の政権を批判しなければ、正義が失われてしまうことはしょっちゅう有る。さらに言えば、正義の名によって組織暴力が実行されようとする場合(戦争など端的な例)、その殆どの場合、前提には情報操作がある。その場合は、カウンターオピニオンとして、公正中立よりも、倫理観や常識的感覚や人道主義を道しるべとして軌道修正が行われなければならない。その場合、公正中立性の検証は、時の政権政党自体に向けられるべきであり、その政党の政治生活全体が公正性の目によって、きびしく再検証される必要性がある。
自民党が政権政党の立場をカサにきて、許認可事業者であるテレビ局に「公正中立にやれ」という時は、だいたい与党批判の声を抑えて時の政府に有利になるように報道しろ、という権力づくの恫喝要求だ。
さすが、「国営放送ではなく、公共放送である」と自称するNHKに、ためらいもなく政治圧力をかけた安部政権だ。

【自分から党利党略に走り、公正さを放棄し、言論統制を企図する不正】
「公正中立」という、もともと自分らが守ってもいない倫理基準を、慇懃無礼にお願い文書という形で送達する。実にいやらしい。言論の自由や権力監視機能がマスコミには必須であるという、文明国のセンス自体を喪失した政権与党の、危ない思考回路が明らかだ。
観劇ツアー、ウチワ、SMバーへの政治活動費、ヘイトスピーチ在特会との蜜月…公正性を政権与党から欠落させてきた。
それに、だいたい、国民の殆どが支持しない解散という愚挙をしていること自体、もう政権そのものが公正さを失っているといえる。党利党略に走り、公正さを失った政権与党がマスコミに「思い立ったように公正さを要求する」こと自体、「政権与党へ有利なバイアスをかけた報道」を要求する「不公正」な姿であると言えるのではないか。



【以下、安部政権関連記事】
















【長野県北部で震度六弱、断層帯動く】
23日 0時20分 コメント№20再掲】
22日、22時08分、長野県北部で震度6弱の激しい揺れが観測された。深夜にもかかわらず鉄塔倒壊などの被害が報告されはじめている。余震への警戒と、迅速な救援が必要で有ることは言うまでもない。
この地震では、糸魚川-静岡構造線(巨大断層帯)が関与している可能性が指摘されている。
(23日になり「神城断層」の挙動が特定された)
既に以下の当ブログ記事でも指摘したが、先般噴火した御嶽山は中央構造線と糸魚川-静岡構造線との交点付近であり、個人的に非常に気になっていたところだ。
御嶽山噴火の折に、フォッサマグナ、糸魚川-静岡構造線に警鐘を鳴らす地震学者は絶無だった。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1010103293.html
列島の地殻変動の活発化は以前から指摘されている事であるのだが...。

【地震被害を極大化し、救援活動まで妨害する原発と使用済み核燃料は速やかに撤去を】
今回の問題でとりわけ気になったのは、新潟県の東京電力・柏崎刈羽原発の2.3.4.6号機の使用済み核燃料プールだ。この核燃料プールは22日深夜、一時水位異常を示し、警報が鳴った 。
中越沖地震の際はこの冷却プールの水が地震動で外部にあふれ出ている。使用済み核燃料が莫大な放射性物質を抱えており、その冷却水を喪失すると、列島全体に壊滅的影響をもたらす。このことは2011年3月18日時点で、既に以下で触れている。だが、あの福島の悲劇から何も学ばず、未だに対策など全く採っていないようだ。これもまた、安部政権の実態だ。以下ご参照

【森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 2011.3.18コメント】
東京電力 福島第一原発事故~巨大地震に併発する原子力災害に関して-原発震災という視点-
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm
3月18日時点での資料館のコメント 「すべての英知を救援と復興へ」
…前略…
 使用済み核燃料に関しても、それがいかに脆弱なシステムに依存するかは、すでに経験済みである。
 最近でも、前述の柏崎刈羽原発(BWR)では、2007年7月に発生した「新潟県中越沖地震」で、使用済み核燃料保管プールから放射性物質を含む水が地震動によってあふれ、建物外へ漏洩した。同プールからの水漏れ事故は同原発の全号機で発生したところの重大事故である。また同事故では、点検中の原子炉建屋でも亀裂による放射能漏れ事故が発生している。点検中で停止中でも巨大地震の場合は危機的状況になりうるのである。同プールは簡単に冷却水がなくなりうる施設である。
 どうも、一部の向きは、これら事故のこともすっかりお忘れになっていたようだ。負の歴史を風化させ教訓を真剣に学ばないことに関して、わが国は天才的である、というと少し言いすぎだろうか?
…(後略)…

原発は停止していても格納容器上方に位置するプールで莫大な量の使用済み核燃料が冷却され続けている。地震災害を強大化し、おまけに復旧支援活動を妨げる大事故に繋がりかねない厄介な存在だ。原発の再稼働中止はもとより、全原発から使用済み核燃料を速やかに撤去する事も必要だろう。
日本の多くの原発が「断層は動くことはない」などと強弁しつつ、活断層の真上や周辺に無警戒に建っている。早急かつ真剣な対策が必要だ。株高で投資ギャンブラーの人気取りに走る安部政権は、地震リスクなど全くどこ吹く風と言わんばかりに、原発再稼動をごり押ししている。

【以下、安部政権関連記事】


















【ちまたの声~「バカヤロウ解散」…その正体】
解散を決めた安倍首相は「アベノミクスを批判するんなら何か代案を出してみろ」と言ったり、メディアに出かけていって、公然と毒付きはじめているようだ。自分からNHKへの介入操作をしておきながら、解散を批判するメディアに登場して、VTRで流される「国民の声」に噛み付く。この方、少々精神状態がおかしい。全員から褒めてもらい、大政翼賛してもらわないと気がすまない、とっちゃん坊や的な性格のようだ。http://news.livedoor.com/article/detail/9487062/
そう...、文句だけをいう権利もあるし、文句があるのなら代案を出せ、という権利もある。野党なら他党の政策を批判する場合、実現可能で現状より優れた代案を具体的に提出するべきだろう。だが、首相が国民の意見にいちいち噛み付くなど、異常だ。
どちらにしても、このタイミングのこの言動、明らかに安倍晋三氏の「思考回路」はおかしい。
「代案を出せ」とは本来、国会で野党にいうべきことだ。そのために国会があり、有識者懇談会なども開催し、膨大な税金を消費している。事実、増税延期という「誰かの代案」を自分で採用しているではないか。アベノミクスの修正を自分で実行しているのだから、本来なら、引き続き説明責任を果たしながら修正を実行すればいいだけの話だ。それを自らストップしたということは、事実上の「政権放り出し」である。病んでいる。

【マタ出た! 首相の “逆ギレ気質“ に翻弄される日本】
この首相個人に特有の「逆ギレ気質」「超権力志向」から来る短絡行動…。
2007年9月12日、二日前の9月10日に国会で所信表明演説を行ったばかりの安部氏がいきなり首相と総裁の両方を辞任すると会見した時には、すべての国民が仰天した。「体調」を理由にしているが、実際は違う事など言うまでもない。そんな超無責任な辞め方をした首相が、飽きもせずもう一回首相をやるところに資質としての無節操な権力志向が見えるし、同時にこんな無節操を許すこの国の体質も、相当おめでたい。今もって旧軍の無責任体質を引き継いでいるとも言える風土だ。
あの投げ出し会見をテレビで見た人の多くの脳裏には、今再び、「この人、またもや政権を投げ出したんじゃないの?」との疑惑が想起されている事だろう。こういう短絡キャラの政治家が、集団的自衛権を口にしていること自体が実に危険である。奉仕活動なら嫌ならすぐにやめればいい。だが仮にも一国の首相だ。あなた、これで飯を食ってるんでしょうが...。もう恥の上塗りはやめましょう。

【本来、必要のない “解散“ を今やるのは?】
そもそも、来年秋に予定していた2度目の消費増税を先送りすることを安部氏が自分で決定したなら、もはやその点では野党と大して争点がない。それでも増税が云々と言い、「信を問う」などと言いつつ解散するというのは、実のところ、「政権投げ出し」の糊塗策ではないのか? 首相個人の「二度目の政権投げ出し」の「予兆」を察して、与党の取り巻きが手前味噌な理由がつく時期におさめただけかもしれない。後釜を狙っている人間はわんさといるから、安部首相のご乱心と心中するつもりもないだろう。或いは、旗色が悪くなり投げ出したくなったが「またか」と言われるのも嫌で、先を見越して首相自身が術策を巡らしたか…。だが、いずれにしても短絡的である。後からついて来た「与党の選挙戦略論」は、更に利己的な党利党略だ。まともな神経では理解不能で、「馬鹿野郎解散だ」とチマタで言われるのも当然だ。おそらく「二度目のご乱心」を、与党の破局につなげたくないという苦肉の策が、年末のクソ忙しいときに強行される解散選挙だ。真冬の寒い中、投票所に行くのは、投信や株の価格が下がっては困るアベノミクスの支持者が相対的に多くなるのではないか、という、いやらしいほどの胸算用もあるかもしれない。まさに国民をシラケさせれば、シラケさせるほど、それだけ与党に有利になるという「先読み解散」である。

【信を問う、というより、国民に踏み絵を踏ませるイヤらしい発想】
一応、「綺麗に」党利党略論を語れば、次のようになるのかもしれない。
安部氏は実は崖っぷちに居る。今解散しないと、来年秋の自民総裁選で脱落する可能性が高い。なぜなら、来年4月には統一地方選がある。統一地方選の後はそうでなくても地方議員が疲弊し、更には地方選で旗色の悪い自民党が衰退イメージを露出させる可能性が高い。再来年には参院選挙があり、そこにぶつかると二つの選挙となる。来年2015年に与党は集団的自衛権の関連法案を狙っているが、その後の選挙はもはや安心できない。それに、あと半年から1年の間に日本経済が更に大きく失速する可能性も少なくない。19日に公表されたFOMC議事録では日本景気の下振れリスクの高まりが指摘されている。今後仮に景気減速感が強まれば、因果関係が明白となり、与党にとっては最悪な条件となる。
要するに、政権維持のためには、株高に喜んでいる層(いつ経済失速で敵になるかわからない層)が残存しているウチに票を頂いておこう、という算段だ。彼らがいつ破産しても所詮、自己責任だ。
ただ、どうまとめても、「美しくない」政治家の利己的姿しか見えてこない。

【日本経済より軍事を優先している安部政権】
それでも与党が、首相のご乱心を糊塗したいのなら、「増税」云々とごまかさず、以下のように政治目的を説明すべきだろう。
「本当の目的は、来年以降の集団的自衛権の関連法案の強行という天王山です。それが  “戦後レジュームの克服”  を掲げる安倍政権の戦略的政治目的です。株高はそれを完遂するため、中間層以上の小金持ちの票をこっそり頂く手段でしかありません。では、なぜ集団的自衛権か? それをやらないと安倍晋三の名前は後世に残りません。しかしそれは安部首相個人の事情です。それ以上に、この “ 軍事的積極政策 ”  はいったん下野した我が党が再浮上する上での死活的政策イメージです。別に誰かが望んでいるという類のものでもありませんが…。いや、大変ありがたい事に、野党の一部が、“米国追従路線“ と、勝手に説明をつけてくれて、わが党の説明を省いてくれています。そして国民に反米民族主義的なプロパガンダの代行をも、してくれています。ですが実はというと…、我が党の必要に応じて創り上げただけの政策です。“国の誇り”とか“愛国”という言葉に熱狂する人の使い勝手の良さを我が党は一番よく知っています。そのまんま言うとまずいので、言葉を入れ替えて “ 積極的平和主義 ” という新語を発明しました。我が党がそれを完遂したら後は自然に日本人に火の粉が舞い落ちる時代になります。例えば、災害救助で助けてくれる自衛隊員が、中東まで出かけていって、ISISみたいなのに首切り処刑でもされたら、みなさん黙っておれないでしょ? そうなれば、かつてのブッシュ政権時のように国民の方から進んで “復讐や報復を唱える” タカ派政党のプロパガンダを支持するようになりますから...とくに努力しなくても簡単に政権獲得のチャンスが巡ってきます。我が党にとっては実に楽な時代の到来です」
 
【テレビに出て、有権者に噛み付く総理】
こういった、「決して他人様には言えない政治目的」を隠したい気持ちはよくわかる。が、そのために、「経済の代案出してみろ」などと公言し始めるなら、国会なぞモトから要らないという類の言説を首相が口にしていることになる。同時に、それは有権者である国民に向かって挑発的に「ふみ絵」を要求している姿でもある。

この時点で首相の資質としては失格だ。だが、失格政権を再選することに結果的に手を貸すことになる民主党他の野党の危機管理能力の無さもまた、呆れるほどの罪である。「やれるもんなやって見なさい」「安部さんの政策は古いんです」「暴走ストップ」などと抽象的なことばかり言って虚勢をはっている場合ではない。次は絶対に4年くらい続く政権を目指すという覚悟が野党にあるのか? 洗練された仕事師にならないと、野党もまた、議員報酬を浪費しながら国会に居座る「ゴク潰し」とのそしりを免れない事になる。

【実質GDP二期連続マイナス】
本日17日、実質GDPの速報値でマイナス1.6%という深刻なデータが出た。当初、エコノミストの予想値はプラス2%台だったが、どう目をこすって見ても、頭にマイナス記号がついている。
補正予算も効果なし。黒田バズーカも効果なし。日銀総裁を意のままに操って炸裂させた異次元緩和で日経平均を17000円台まで誘導しても「好循環」など生まれるわけがない。GPIFのポートフォリオ組み換え期待も、株高には寄与しても経済成長では完全に空振りだ。
マイナス成長値は、この間の経済政策が大きく失敗しているということだ。米国で効果が終了したQEを猿まねしただけの金融政策、そのイミティブイミテーション(他人を真似てコピー商品をつくるだけの愚策)の実態は当初からわかりきっていたことだ。http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1011181384.html

経済が失速し、墜落寸前のアラームがコックピットに大音量で鳴っている。首相は「美しい国」を声高にしたが、実際には格差がはびこり、金持ちへの媚びへつらいを煽る奴隷根性が蔓延する「醜い国」を作りつつある。

【アベノミクスの根本的イデオロギー、乞食根性煽る「トリクルダウン理論」】
「資産効果が経済を活性化することは多くの経済学者が指摘しているところです 」
安部首相は国会にて、先般もこう答弁をしていた。その「学説」とは何か?

「あなたの生活は当面よくならないけれども、お金持ちからお小遣いを恵んでもらったら、少し財布の中身が暖かくなるかもよ。」

もし、こういう期待感を煽られたら、ムッとする人も多いだろう。だが、一方で、それでも良いからお金頂戴、っていう人も多いだろう。

アベノミクスのイデオロギー的核心は後者のような「座しておこぼれを待つ期待型人間」をターゲットとした「トリクルダウン(滴り落ちる)」という「理論」だ。この説は、人間の安直で浅ましい思考方法に依拠しているので、一定の支持者を得ることができ、影響力を持ち得る。「貧乏人は金持ちにすがれ」というチマタに多い奴隷根性&拝金主義者の支持を手っ取り早く取り付けることができるのだ。トリクルダウン理論という学説をでっちあげてしまったM・フリードマンについては、政治的プロパガンダの類にすぎず、という厳しい批判がある。

【根拠無く、破綻が証明済みの詭弁】
おまけに、この
「トリクルダウン理論」、英国サッチャー政権の時代にすでに破綻が明らかとなっている。その、「投機を煽り、金持ちをより豊かにすれば、金持ちからビンボー人へお金が流れる」というトンデモ「学説」が、いまだに日本では国家の経済政策を決定する根本思想として機能しているのだから驚きだ。

この「学説」は、金持ちが金を使うとビンボー人に何周かして回ってくる、などと主張する。“ビンボー人は、金持ちの消費のおかげをうけて、少しリッチになる、だからビンボー人はずっと我慢しつづけて、金持ちが、“より金持ちになる“ことを待ち望まなければならない...”

【格差“意識”を拡大する金融政策】
こういう考え方で、朝から晩までメディアを総動員して、「株が上がった」と大喜びしてみせ、金持ち優遇策の正当化が展開されるのだから、そりゃ庶民や若年層には、会社で人よりもがんばって新しいアイディアやビジネスシーズや富を作り出そうなどという意欲はどんどん低下していくだろう。そういう芽が出ても上司が潰していくことも頻繁に起こる。
トリクルダウン理論は、「富は、人間が新しく作り出すものではなく、金融機関や行政が政策として作り出してくれる」という巨大な幻想だ。「金持ちが株で儲けて貧乏人の財布を暖めてくれる」というのだから、なんともお手軽&お気楽な思考方法だ。この理論では、資産家以外の人間の出る幕はなくなる。このイデオロギーで割り切っていくのなら、かつて、村上ファンドなどを叩く必要もなかったはずだ。いつから日本は、バブル時代のイデオロギーに舞い戻ったのだろうか?
そう、この2年くらいで “アッという間に” である。片棒を担いだメディアの責任は大きいが、メディアが大政翼賛すると、たった数年で国民の思考様式を変容せしめることができるという負の教訓があらわになった。

【政治家や官僚が経済を活性化できるか?】
アベノミクスは、一見、新自由主義で経済を論じながら、一方で大きな政府論を礼賛する無節操的折衷案だ。もちろん、実際のアウトプットは一時的な株高だけだ。
だいたい、企業組織で働いた経験をほとんど持たない(世間で普通に働く能力を持たない)議員は、企業のヒトにあたる部分の開発につなげる人材育成の重要性などを長期戦略で描く素養自体に欠けている。というか…、もともと無い。
政権交替が発生し、短期政権を経験し始めた日本が、長期的な産業政策から縁遠くなっているのも事実だ。だが、それら政治家が、利己的利害のために国民の人気取りと、それ以前の“国民を煙に巻く”プロパガンダで世渡りをしようと心に決めたら、もう実質的な亡国政治となる。
人材以外に富を生み出すものは存在しないという原理原則を忘れ、リストラと金融操作という、強者の都合優先の “権力支配優先の政治” を始めれば、生きた人間が構成する社会は悲鳴を上げるだけだ。
いくらメディアで景気の良い話を煽られても、国民は、財布の紐を閉めなくては一寸先に地獄が待っていることを一番よく知っている。サバイバル途上の国民経済の内需を簡単に拡大できるわけがない。それに、円安誘導の初頭から分かりきっているコストインフレの恐怖が忍び寄っている。
官僚主導で、財政のムダを洗い出さず、税金を垂れ流す非効率的なセクターの見直しをやめた政党政治家。国民の税金を消費して、何期か務めたら議員年金で一生が保障されるから先の憂いなど考えたこともない政治屋さんには到底理解できない実体経済の難しい世界だ。

【金持ちが寿司を食うと、庶民が潤う???】
しかし未だにメディアでは経済評論家がトリクルダウンをしつこく語り続けている。視聴者にはそれをさとられないように、巧妙に偽装している。黒田バズーカで日経平均が17000円を超えたとき、ある評論家は、景気の良いトーンを利用しつつ言葉の端で「資産効果」を口にし、「お金持ちが株で儲けるとお寿司屋さんなんかに行くでしょう、そうやってですね~...ムニャムニャ」という。局側にはもちろん「資産効果」への疑いの目などない。そもそもメディア側が「資産効果」なるものを客観的事実だと思い込んでいる。
こういった調子で、この2年間、庶民の脳みそに、「お金持ちがよりお金持ちになって、お金を落としてくれるのを待ちましょう」と上から目線の説教を注入してきた結果が、コレだ。

だがイマドキ、例え話が寿司屋? この評論家の世間知らず度合いがモロばれという感じだ。お茶の間の庶民はこの程度の話で騙せると思っている。もはや詐欺師の一種だ。
ごく一部の金持ちが株で儲けて、家族全員と親戚まで連れて一席10万円くらいの超高級寿司屋(というコトにしてあげよう)に毎日出掛けて行くだろうか。いまどきそんなバブリーな輩など殆どいない。資産の含み損がもどっても、その戻った分をそっくり消費に回す人間などいない。そもそも、含みとは、もとから実際の消費行動に回さない帳簿上の資産の多寡である。
金融商品で少し利益が出たからといって、まだ使える車を廃車にして、新車に乗り換える人間がどれほどいるだろうか? そういうケーススタディは、他人を騙して金を巻き上げて詐欺する輩には都合のよい屁理屈だが、とても社会科学の世界の話ではない。まともな資産家は、少し損失がもどったとしたら、それが分かった日だけ、こっそり、すき焼きを食う位だ。

世にある資産家への都市伝説にも似た誤解。トリクルダウンは、そういった大きな勘違いを悪用したプロパガンダだ。「資産家はきっと羽振りが良いに違いない」と思い込んでいる世間知らずの営業マンの成績が一向にあがらないのは、こういう俗説を真に受けているからだ。

【税金にたかって党生活を延命するマルクス主義系団体も同類】
一方で、「資本家権力の本質は、武力装置と徴税権だ」、とサークル内部で大風をふかす自称マルクス主義者も、なんだかんだと言いながら、実際の「民主団体」での生業では、行政にどっぷり取り入って、国民の税金や医療保険にタカり、党員生活のための「しのぎ」=貧困ビジネスを展開している。「増税不況」と毎度ピントはずれな批判に終始している彼ら自身が、大きな政府のおこぼれに群がる、トリクルダウンの実践者だ。かつて保革共同で生まれた知事が、大盤振る舞いで巨大な負債を後世に遺した事実を忘れることはできない。

トリクルダウン、滴り落ちる。要するに、「ビンボー人は金持ちの消費のおこぼれにスガれ」という御宣託だ。国民に奴隷根性を植え付け、パンと見世物を要求させて、市民を従属的臣民として管理支配を行ったローマ帝国末期の光景が蘇る。米国が格差社会になり、歪んだ社会意識を蔓延させ、犯罪が増加したのも、このような御用プロパガンダのおかげである。

【中国共産党中央政府の自浄能力の無さ~統治の本質】
香港デモの要求は断固拒絶 中国政府が方針決定
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/14/hongkong-demo-china_n_5986424.html?utm_hp_ref=japan
2014年10月15日 11時53分 JST
香港デモの要求を中国政府が拒絶(ハフィントン・ポスト ロイター)中国中央政府は当分、共産党ごっこを続け「大人にはならない」と決めたようだ。しかし威勢よく言っても、それが続く保証があるわけではない。世の中は変化していくものなのだ。変化しないものなどない。いずれ、わかるときが来るだろう。習政権が実行する汚職追放キャンペーンでも、共産党の腐敗政治は変わることはない。政権交代を許されない社会は、内部的なけん制能力を持ち得ないからだ。いま行われているのは、「ソビエト防衛」という大義名分から導き出された、かつてのスターリン粛清と類似の現象でしかない。共産党独裁国家の統治・延命の都合から、粛清という名の恐怖政治が実行されているに過ぎない。もちろん、それは運が良ければ短期的統治に効果を発揮するし、直接投資をしている国との利害絡みで、しばらくの間、延命が可能な場合もある。だが、人民にとっての政治的自由は依然として存在しえない社会だ。統治を根底から脅かす矛盾が今後一層激化するが、「歴史主義」におかされたマルクス主義者にはその意味が理解できない。もちろん、日本社会も、「似たような別の形の全体主義」に退行する可能性は十分ありうる。既に、そこここの「閉じた部分領域」では実際に観察される。一時的に人民に力を貸した歴史をもって、永久支配権の口実にする。マルクス主義者に限らず、自らの行為に必要以上の見返りを求める人間のサガがよく現れている。

【自分たちの未来のために、立ち上がる香港学生】
9日付朝日新聞朝刊11面に香港で、中国側が示した行政長官選挙の改革案に反対して座り込みを続ける18歳の若者へのインタビューが掲載されていた。

…(前略)…路面電車の軌道上に制服姿で座り込んでいたのは、中学5年(高校生に相当)のマビス・ユーさん(18)…(中略)…ユーさんは「住民や店の人に迷惑をかけているのは、申し訳ないと思っている。でも、政府が市民の声にきちんと向き合えば、こんなに長引かなかったはず。責任は政府にもある」と話した。「選挙制度改革は、自分たちの未来にも関係すること。若くたって自分の考えは示したい」…(後略)…

これが民主主義と市民の本来の関係だ。共産党一党独裁にひきずられる香港社会をみて、危機感をもっている。民主主義は選挙で投票することとイコールではない。日本でも選挙制度改革をめぐって議論が闘わされたが、将来の選挙民である若手の意見を取り入れるような試みはなかった。
「与えられた選挙制度に従って時々選挙に行けばいい。それが政治参加というもの。投票は国民の義務です」
社会がそんな考えで納得していれば、イデオロギーに関係なく腐敗していく政党政治をみて当然「若者の政治離れ」がおきる。腐敗政党も権力を握るために、短絡的で先鋭的な主張をはじめる。ちなみに「積極的平和主義」はまだ「第三帝国」ほどのレベルには到達していないが、その最初の予兆として歴史の年表に刻まれることになるだろう。

一方、「若者の政治離れ」に悩む日本は、この香港学生の訴えを、横目で、見てみぬふりをしている。
香港では、若者が真剣に国の将来を見据えて問題提起をし、多くの市民が共感を寄せている。他方「早く終わらないかな」と横目でみている大人の香港市民もいる。日本には後者のタイプが多そうだ。記事では、香港の後者に相当する大人が  “現状は変わりそうも無い”  と「にわか評論家」として登場し、若者がせっかく問題提起した未来へのテーマをせっせと摘み取っていく姿を、淡々と伝えている。問題はこの大人と若者との関係に見える。この関係を若者が乗り越えるには何が必要か?...永遠の課題だ。

日本の若手も、このテーマを真剣に考えないと、加速度的に進む高齢化社会の犠牲者にされていく。

【参考資料】香港のデモ長期化、「一国二制度」の正念場  東洋経済ONLINE
http://toyokeizai.net/articles/-/50898

21日、自民党内グループが動き出した。来年10月に予定されている消費税の10%への引き上げに慎重論が出された。

【総理みずから認める、アベノミクスの効果薄】
菅官房長官は21日の動きについて、「色々な意見があるのが自民党ですから」と述べた。
だが、すでに19日、英国のファイナンシャル・タイムズ紙は、安部総理が「消費増税の延期を示唆した」ことを報じている。(下記資料)
みずからの経済政策の効果薄を国内では認めたくないというのは、要するに、政策が失敗しているという事の裏返しだ。

【消費増税以前に、購買力が低下し続ける日本】
この1年の間に、生活が向上し、消費支出を拡大したと実感できる国民がどれだけいるだろうか。殆どゼロだろう。「アベノミクスで、商売繁盛している」なんて話は全く聞かない。
実際、今年4-6期の経済成長はマイナス7.1%であり、個人消費は低迷を続けており、1年以上実質賃金が下がり続けている。消費者物価指数と実質賃金指数の関係をみると、実質的な購買力は低下傾向にある。アベノミクスを支持しているのは、相場が不安的になってこそ稼ぎ時と喜ぶ一部のヘッジファンドや機関投資家だけだ。彼らは更なる金融緩和まで要求している。彼らがアナリストと称して媒体でおおっぴらに期待する事は、日本経済の基礎体力でもなければ、日本国民の生活の向上でもない。彼らは「相場が不安定になればなるほど良い」と露骨かつ正直に主張している。それだけだ。

今回、自民党の異論に増税派が耳を傾けるという芝居がかったパフォーマンスを採らざるをえないのは、アベノミクスが株高以外めぼしい成果をあげられず、国民生活の向上を促していないという点で、事実上、失敗しているからだ。増税時期の軌道修正を図らねばならない位の深刻な情勢にある。

と真面目に書いていたら…、嘆息するような速報

【酒とウチワとSMバー、決して許されない有権者への買収工作】
「SMバー」に交際費支出=小渕氏後任の宮沢経産相
時事通信 10月23日(木)12時8分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141023-00000052-jij-soci  
「 宮沢洋一経済産業相の資金管理団体「宮沢会」が2010年9月、広島市の「SMバー」に、交際費名目で政治活動費を支出していたことが23日、同会の政治資金収支報告書で分かった。宮沢氏は、前任の小渕優子氏が政治活動費の不明朗会計問題で辞任したことを受け、21日に就任したばかり。
 宮沢経産相の事務所は「事実関係を調査中だが、本人が行っていないことは当時の記録で確認した」としている。 」
宮沢経産相は「私はそういう趣味はない」と釈明しているらしいが、行ってないなら(というか言って無くても)問題だ。これは買収だからだ。有権者を買収していたことになる。昨日には、小渕氏の後援会が「酒(ワイン)をばらまいていた」ということが明るみになっている。これも買収工作となる。SMバーに政治活動費支出など許されない。財政規律をゆるゆるにさせる政策を取り続けているアベノミクスの倫理崩壊行為のツケが噴出してきたとみられる。
菅官房長官「本人がしっかり対処」 SMバーに政治活動費
「 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は23日の記者会見で、宮沢洋一経済産業相の資金管理団体がSMバーに政治活動費を支出していたことについて「宮沢氏がしっかりと適切に対処する」と述べた。菅氏は宮沢氏から「自分は行っていない」との報告を受けたという。
 菅氏は「国民は難問山積の中で政策的な論争を望んでいると思うので、建設的な審議をお願いしたい。国会で議論して政治を前に進めていくのが大事だ」と述べ、宮沢氏への追及をちらつかせる野党側を牽制(けんせい)した。」

官房長官の発言は、全くの筋違いだ。これは、利害関係者への尾篭な酒色の接待に政治資金を使ったということだ。許されることではない。

【資料】 (全文を読むには登録が必要)
FINANCIAL TIMES
Abe balances tax rise against economic damage
英国FT紙Abe balances tax rise against economic damage

Gideon Rachman and James Politi in Milan
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/25431cfc-57af-11e4-8493-00144feab7de.html#axzz3GxZpyMV4

Shinzo Abe has hinted that he may delay increasing Japan’s consumption tax, saying the move would be “meaningless” if it inflicted too much damage on the country’s economy.

In an interview with the Financial Times, Japan’s prime minister, said the planned tax increase from 8 per cent to 10 per cent was intended to help secure pension and health benefits for “the next generation”. But he added: “On the other hand, since we have an opportunity to end deflation, we should not lose this opportunity.”

The Japanese economy shrank 7.1 per cent between April and June compared with a year ago after Mr Abe’s government raised consumption tax from 5 per cent to 8 per cent. A second rise has strong backing from the Bank of Japan, the finance ministry, big business and the International Monetary Fund, which all want action to reduce the country’s mountainous debt. A postponement would require a change in the law.

But Mr Abe said: “By increasing the consumption tax rate if the economy derails and if it decelerates, there will be no increase in tax revenues so it would render the whole exercise meaningless.”

His caution shows how much now rides on the strength of the rebound in growth in the third quarter. He is expected to decide on the tax in early December when the final data come in, but early indicators have been disappointing.

Concerns that Mr Abe’s plan to revive the Japanese economy is running out of steam added to gloom over global growth prospects that stirred financial markets around the world last week.


On previous foreign trips, the Japanese prime minister has acted as a confident salesman for his reform programme. He once urged traders at the New York Stock Exchange to “buy my Abenomics”.

But the exuberance has gone from Abenomics. Instead the effort to turn around the Japanese economy is looking like a long, hard, perilous slog.

In Milan, Mr Abe’s manner was sober and even, at times, defensive. He showed flashes of irritation with commentators who have cast doubt on the success of Abenomics.

“I believe there will come a day when the economy will start a virtuous circle that will be felt in every corner of the nation,” he said. “There are always those who criticise, but those people never come up with an alternative.”

He acknowledged more was needed to help companies, particularly small businesses, hit by the weakening of the yen.

“Of course we will keep an eye on those in rural and local areas and SMEs who are hit by the rise in import prices and as necessary it is our intention to take measures,” he added.


But he was also keen to emphasise the successes that he believes Abenomics has achieved – above all in the fight against deflation. “We have done away with deflationary expectations,” he says, adding that wages are now rising and that job vacancies are plentiful. More structural reforms are also promised.

“Liberalisation of the power sector is proceeding” said Mr Abe, “and whereas in the past, nobody even [suggested] reforms of agricultural co-operatives, we’ve made a decision to undertake reform there and in the medical sector and in employment law.”


When it was pointed out that US trade negotiators had openly criticised Japan for failing to proceed with structural reforms to secure a Trans-Pacific Partnership free-trade deal, Mr Abe laughed briefly and opted for a diplomatic response. “We are in the last phase of the negotiations and those are the most difficult.” He added that, in a phone conversation with Barack Obama last week, he and the US president agreed that “we would make maximum effort to conclude this”.

The foreign leader that Mr Abe would most like to speak to, however, is probably Xi Jinping, the president of China. Tensions between Japan and China remain high. The two countries continue to jostle over disputed islands in the East China Sea. Beijing is also bitterly critical of the Abe government’s treatment of history and of visits paid to the Yasukuni war shrine in Tokyo, by the prime minister himself and by colleagues.

Mr Abe has repeatedly requested a meeting with the Chinese president and has so far been rebuffed. In Milan, he reiterated his hope that a bilateral meeting with Mr Xi could take place at the Apec summit in Beijing, next month, while saying that Japan could not agree to “pre-conditions” – an apparent reference to China’s demand that Mr Abe promise never to visit Yasukuni again.

Picking his words carefully, Mr Abe refused to comment in detail on the military situation around the disputed islands that Japan calls the Senkakus and that China calls the Diaoyu, saying: “Unfortunately, there are incursions into our territorial waters, but we are dealing with this rationally.”

Mr Abe stressed the mutual economic interests of Japan and China, adding: “It would be good if we could have a heads of government meeting at the Apec summit . . . to deal with contingencies, the defence authorities should have a hot-line . . . If the summit meeting goes ahead, I’d like to call upon China to do this.”

The shadow of Russia’s seizure of the Crimea hangs over China’s territorial dispute with Japan. In the same Milan hotel that Mr Abe was speaking, President Vladimir Putin of Russia was meeting with President Poroshenko of Ukraine. Mr Abe had meetings with both the Russia and Ukrainian leaders in Milan and told the FT: “Japan does not condone changing of the status quo through coercion and intimidation.”


ついに海外のメディアから発信されてしまった。
でも人材育成と教育について思いつくままに触れた
「…そのヒトはといえば、日本の精神風土をみてもメタメタだ。論文偽装に、ヒラメ社員に、事なかれ主義に、日本的予定調和の風潮にかつてないほど拍車がかかっている。社会全体の倫理的崩壊は甚だしく緊張感がない。外国人に「死ね」などの下劣な言葉を投げつけて排斥し、日頃の憂さ晴らしをしている連中と仲良しの現政権。そんないびつな風潮に疑問提示の一つさえできずに、なんで格好よさげな「グローバル人材」「グローバルマーケティング」の成功などがありえようか。…」
でも
「…野党に下った時に知性の倫理を捨て去る決意をした自民党。そのプロパガンダは、ちょうどナチスが成功を納めたように、勝利をおさめかけている。麻生氏が「ナチスを手本に」といったのは正直な告白だ。…」
海外からも同じ目線で見られている。

【The New York Times 2014.10.14  “日本の分裂した教育戦略”】
同紙は大まかに以下のような内容を報じている。
--------- 以下は素人の訳なのであらかじめご了承を。 ------------
「(安部政権による)国家主義と国際主義の同時的容認があいまいなサインを出している。国際競争力といいつ安部政権の分裂した教育戦略 ニューヨークタイムスつ大学の国際化を進める一方で、愛国主義で教科書を書き直している。そしてアジアの隣人を遠ざけている。ボストン大学のトーマス・バーガー教授と日本政治の専門家は、右翼的シフトと国際化は矛盾していると指摘する。日本の教科書はアジアの緊張をもたらしている。近隣諸国と外国人による日本への研究意欲が減退している。教育方針はジレンマであり進退きわまっている。国際化を推進する強いプレッシャーがあるにも関わらず、実際は日本は正反対に動いている。政権を離れている間、日本の保守党は近隣諸国への先の戦争への謝罪をしないトーンで戦後史を作り変える保守回帰路線を明確にした。第二次世界大戦における侵略者としての役回りは、愛国的なものに取り替えられている。新しい政府は右派の綱領を学校教育のシステムに強要しようとしている、と専門家は言う。たとえば、中国の南京虐殺─事件と呼ばれているが─の犠牲者数を低く扱うなどだ。変化に対する若干の抵抗はあったが、教育委員会は、その改変を受け入れている。初めて新しい教科書を採用するのは、日本の二番目の都市である横浜だ。同時に恐るべきことは、”日本の内向きの教育制度を国際化する動き” が保守党によって行われており、安部氏は日本の10の研究機関が世界トップ100大学のランキング入りするように動いていることである。…(中略)…国家主義と戦時犯罪の醜悪さを混同させて歴史を教えることを愛国心が支えていることに、アジアの隣人は怖れている。…(中略)…中国と日本─どちらも領有権主張で対立しているが─偏った歴史教科書と教育が50年に亘る深い敵意の源にあると、両方がそういう。ワシントン独立アジア政策研究センター(?的確な名称は避ける)ディレクターのミンディ・コトラーは「日本のリーダーが人種・女性・戦争・平和と和解 について(国際社会から)信用されない攻撃的な見解を持っているという実感があり、失望する。簡単に言えば、問題は日本の意志決定者が堅実な判断ができるかどうかだ」
しかし、日本政府は、戦時中の攻撃性への償いは果たした、という。下村文部科学相は「日本の教科書検定は公平公正に行われている」と言いつつ、より愛国主義的方向を模索していると認めている。「こどもたちが自国の歴史へ誇りがもてるよう、よい面と悪い面のバランスを考えている」と言った。
------------------- 以上 --------------------
国際社会が何に危機感をもっており、日本の政治家が何を忘れているか。そしてアジアの政治がどの程度の水準で計られているか、垣間見れる記事だ。(以下原文)

Japan's Divided Education Strategy
TOKYO — Japan’s simultaneous embrace of nationalism and cosmopolitanism is generating ambiguous signals from its education policy makers. They are rewriting textbooks along what they call “patriotic” lines, alienating their Asian neighbors in the process. But at the same time, they are promoting Japanese universities as globalized and open, in a bid to compete internationally.

“There is an obvious contradiction between Japan’s rightward shift on education policy and its strivings to internationalize,” said Thomas Berger, a professor at Boston University and an expert on Japanese politics.
“Japanese textbook policy is increasing tensions with Asia, undermining the willingness of Japanese to study in neighboring countries and of foreigners to come to Japan,” Prof. Berger said. “Education policy is caught on the horns of a dilemma: On the one hand, there are powerful economic and political pressures that favor internationalization — yet, in reality, Japan has been moving in the opposite direction.”
Following a rare term out of office, Japan’s conservatives returned to power last year with Prime Minister Shinzo Abe at their head and an agenda to recast wartime history with a less apologetic tone. A more critical version of history, which casts Japan as an aggressor in World War II, has been replaced by material that is more “patriotic.”
Critics say the new government is trying to impose a rightist agenda on the nation’s schooling system. They point out, for example, that new state-sanctioned text books play down the death toll of the Nanjing massacre in China, which is now referred to as an “incident.”
There has been some resistance to the changes, but by and large, education boards across Japan are accepting them. One of the first boards to adopt the new textbooks was that of Yokohama, the country’s second-largest city.
At the same time, a formidable drive is underway by the same conservatives to globalize Japan’s inward-looking education system. Mr. Abe has stated that he wants 10 Japanese institutions to rank among the world’s top 100 universities. Currently only two make the cut in prominent lists like that of Times Higher Education: the University of Tokyo and Kyoto University.
The government’s plans include strengthening teaching staffs at universities by hiring foreign professors, initiating a certified evaluation system and expanding resources.
There is also a move to improve bilateral relations with the very countries that the new textbooks have irked — the United States, China and South Korea.
Japan’s Asian neighbors fear that its new emphasis on patriotism will lead to nationalism and a teaching of history that obfuscates wartime atrocities. They also accuse Mr. Abe of reviving past militarism. Tokyo is “attempting to deny and even beautify” the country’s history of military aggression, a statement from China’s Foreign Ministry said this year.
China and Japan — which are also facing off over territorial claims — both say that biased history textbooks and education are among the causes of a deep-grained hostility that threatens more than 50 years of peace between them.
Even allies like the United States are dismayed at the new textbooks, said Mindy Kotler, director of Asia Policy Point, an independent research center in Washington.
“Disappointment stems from the realization that Japan’s leaders hold a retrograde, discredited and offensive view of not just history, but also of race, women, war, peace and reconciliation,” she said. “Simply put, the issue is whether or not Japanese decision makers are capable of sound judgment.”
But the government says Japan has done enough to satisfy its neighbors’ sensitivities over Japanese aggression during the war years.
The education minister, Hakubun Shimomura, denies that the government wants to enforce a particular view of history. He says Japan’s textbook examination is undertaken fairly and impartially, “based on expert and academic deliberations.” But he concedes he is looking for a more patriotic take on Japan.
“History has positive and negative aspects,” Mr. Shimomura said in an email. “We believe it is important to teach a balance of the good as well as the bad parts so that children can be proud of and have confidence in our country’s history.”


【本日のニュースから 道徳の独立教科化】
(生徒)「ぼく、掃除やってるうちに、掃除が好きになっちゃいました」(先生)「よくできました。まんて~ん。」
ってことになるのか?
道徳授業をするのはいいが、それを文章化させ、評価するって…
一番中身のない、子どもの心をものさしで計る大人の自己満足、ではないだろうか?

小渕経産相が20日午前、辞任に追い込まれた。まだ40歳の若手二世、父親の地盤を無理やり継承させ20日辞任会見する小渕経産相 朝日新聞DIGITALられた、かわいそうなお嬢さんである。周囲から、いいのいいの、20日辞任した松島法相 朝日新聞DIGITALとおだてられると人間みな調子に乗せられてしまう。経理もちゃんとせずに、踊るだけ踊らせて、あとはポイだ。
と思っていたら、今度は午後に松島法相が辞任した。一日に2人も現職閣僚が辞任するなど、この半世紀ほど聞いたことがない異常事態だ。
http://www.asahi.com/articles/ASGBN3554GBNUTIL00G.html?iref=com_alist_6_03

【汚れ仕事を前提にした女性閣僚配置】
問題は、ネオナチとの関係や政治資金で、早晩、問題になることが明白な女性閣僚を敢えて要職につかせていたことだ。国民からの批判の多い原発再稼動などの政策を、小渕氏などに強行させた安部晋三氏本人の思考方法である。
小渕氏が国会答弁で、生気のない対応をしていたことからみて、彼女自身、あまりやりたくない仕事だったのではないかと推測する人もいる。
安部改造内閣で登用された女性閣僚が、既に、軒並み「身体検査」(資金・スキャンダル)で不合格となっていることは、すでに巷では常識となっていた。安部氏も知らないわけが無い。2007年の安倍改造内閣では徹底的に「身体検査」をしたからだ。今回はあえて、それを外した感がある。政界ウオッチャーが今まで表立って口に出さなかった事情だ。
要するに、国民から批判の多い政策も、女性閣僚を使って推進すれば、反対しにくいだろうという計算。そして、早晩「身体検査の結果」が表面化した場合、残念そうな顔を見せながら、速やかに用済みとして切って捨てる。これ以外の思考は考えられない。
一方、一部の短絡思考の女性閣僚がネオナチや靖国に行けば、その習性をも逆手に利用する。野党側を女性票で萎縮させ、批判に嫌悪感を抱かれるように仕向ける。専属の広告代理店なら、社会心理学を悪用したこの程度の仕掛けなど、日常業務でやっていることだから、わけはない。
ここに見えるのは、最初から女性閣僚は現政権から「捨て駒」として位置付けられ、「汚れ役」をおうせつかる役回り(布陣)にされていた、ということだ。現政権は、“女性蔑視にもとづく狡猾な人事コントロール” をしている。

※一方、安部政権のほころびに狂喜する左派系党派のシンパには、勢いづいてためらいもなく、尾篭なイラストを流布しているものがいる。女性閣僚をレオタード姿にしてわざと顔を魔女まがいの醜悪なものに変え、ネット配布までしている。風刺画は大いに結構だが、自分が気づいてないだけで、明らかな女性蔑視の思想だ。彼らの作風をみると、歪んだ正義感に依拠していることがよくわかる。極右が派手に狂喜し、ツーショット写真をとったり、魔女狩り感覚で面白がったり、およそ政局とは無縁な両派が女性閣僚をセクハラまがいの尾篭なやり方で攻撃している。

─補足─
【小渕氏の臨時に高市氏、松島氏の臨時に山谷氏…】
「首相は、経産相の臨時代理に高市早苗総務相、法相の臨時代理に山谷えり子国家公安委員長をそれぞれ指名した」~小渕、松島氏が辞任=女性2閣僚―「政治とカネ」で引責(時事通信) より
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-141020X401.html
ガーディアン紙掲載写真ネオナチの確信的支持者であり、理念らしきものを何も持っていない高市氏が経済産業相へ、同じく人種差別デモの合法性が国際社会から問われている中で在特会との結びつきが噂される山谷氏が法務相へ「スライド」するとは、臨時代理とは言え不適材不適所のきわみ。「悪い冗談」を通り越している。おふざけが過ぎる。まさに「女性登用」の表向きのイメージだけを優先する数合わせ。女性をちゃんと能力を見極めて活用するのではなく、単なる「将棋の駒」と考えている。これこそが女性蔑視の思想的本性だ。

20日夜、結果としては
後任の経産相に宮沢洋一氏 法相に上川陽子氏

経済産業相を辞任した小渕優子氏と、法相を辞任した松島みどり氏の後任に、それぞれ自民党の宮沢洋一参院議員と上川陽子衆院議員が内定した。政府関係者が20日、明らかにした。  2014/10/20 18:23   【共同通信】
両名とも60歳を越えた高齢者。女性閣僚を登用しようにも人材がいないのだろう。

オープン・バイラル系デジタルメディアで世界を席巻しつつある THE HUFFINGTON POST (ハフィントン・ポスト~米国のリベラル系ネットニュース<日本版>※1)が17日、香港民主化デモの写真を大きく掲載した。そのタイトルも「世界は見てるぞ。警察の暴挙を~ 香港デモ。抗議する学生たち 排除する警官たち」 だ。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/16/hongkong-photo_n_5995236.html?utm_hp_ref=japan
htmlutm_hp_ref=japanいい写真には貴重な情報が膨大につまっている。この市民の真剣なまなざしから、日本人は学ぶことが多いはずだ。
香港市民は、中国政府から何かの成果物を与えてもらおうとしているのではないだろう。たぶん、自分たちの社会は「これでいいのか!」と必死で訴えているのだ。単一のアイデンティティで支配を拡大しようとする古今東西の政体の多かれ少なかれの全体主義的しきたりに心からの疑問をぶつけている。自由と民主主義の原点に迫ろうとしている。
だが、それに最も冷ややかな態度を示しているのが、今の日本だ。米国もEUも中国へ自制を要求している。だが日本だけが黙ったままだ。
チマタでは「どうせ共産党につぶされるよ」とわかった風なコメントがあふれている…。そんなことは現地の香港市民が百も承知だ。問題なのは、中国共産党の独裁を商売上の都合から内心で受け入れている日本人の価値観の方である。政治に哲学が全く欠如したまま、内向きオンリー日本政治のみっともない水準がバレバレだ。
【資料】
392枚の写真 http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/09/hong-kong_n_5962500.html?utm_hp_ref=hongkong-protests#slide=start 
15分の現場動画(警察が介入するも逆に市民に包囲され議論が始まる)
http://www.huffingtonpost.jp/jun-hori/umbrella-revolution_b_5972530.html?utm_hp_ref=hongkong-protests  YouTube http://youtu.be/NQCFWenEhgw
HUFFPOSTの香港報道一覧 http://www.huffingtonpost.jp/news/hongkong-protests

【“共産党独裁は続いてもらいたい”  一部日本人のホンネ?】

安部政権は依然として、香港市民デモにはノーコメントだ。一方でしきりに靖国参拝をちらつかせて、中国にフェイントをかけている。中国の民主化にはハナから関心がなく、中国政府の動揺のスキを狙って、靖国繁盛、商売繁盛を突き通そうとしているかのようだ。外国人排斥や過去の軍国日本への回帰趣味だけに熱心な、自己都合型の理念無き日本政治がよく出ている。

先日、寄せられたHNシロクマ氏からのコメント
「中国に基本的人権がないことを、改めて見せつけられています。隣同士の国だから、仲良くしていくべきですが、両国の国民が幸せになる権利はおろそかにしてはいけない。ネットには、

~中国にこれ以上発展してもらいたくないから、これからも共産党政権でいてくれ~

という一部日本人の隠れた本音が至るところに露骨に書かれていて、大変興味深い。
共産党政権という歴史の遺物をどう精算するかがアジアでは深刻なテーマとして問われている。(かつて)ドイツが戦争犯罪と向き合ったような環境づくりへの努力を、内外の腐敗した共産党が支配の口実にするため政治的に利用し、社会に嫌悪感を産み出している。日本では、それをタカ派が逆手にとっている。そういう意味では、日本の民主主義もかつてのドイツのワイマール体制を彷彿とさせており、質的には周回遅れといわざるをえない。

「結論は変わらないが話し合いはする」という香港行政長官の発言は、共産党の習性を端的に表している。香港問題に言及をさけつつ「日中友好」を主張するカビ臭い自称左派勢力も似たもの同士だ。これまでの日本政界のよどんだ構造をよく現した姿だ。中国共産党の独裁により低賃金労働の獲得と環境汚染への免罪を受けてきたことを本音では喜び、中国の民主化は逆にハタ迷惑だと内心で思っている日本の一部の風潮。いずれ跳ね返ってくるだろう。

過去ログ



※1 開設者のアリアナ・ハフィントンの名前に由来。2013年朝日新聞と提携して日本語版が開設された。

朝日新聞デジタル インデックス → 香港、揺れる自治――行政長官選挙

NYダウが下落を続けている。日本株も6日連続で下げて1万5000円台を割り込んだ。アナリストが「米国金融引き締め後に株価の調整局面があるかも。それまでは株価の上昇は続く」といい加減な事を言ったハナからの下げだ。日本経済の見通しは依然見えないどころか、陰りさえ見えてきた。アベノミクスがスタートして2年もたたないうちに、「金融緩和は多くをもたらさない」という当初の警告が現実のものになりつつある。貴重な預貯金を短期的な投機につぎ込んでいると早晩破産する。

【米国FRBの危機収拾策を真似るだけ。無策の日本経済】
先日、金融機関の人間と世間話をしていたが、彼らの関心事はQEの行く末だった。
FRBは連邦公開市場委員会(FOMC)の声明を受けて、失業率動向をにらみながらオープンエンドだったQE3(量的緩和2012-450億㌦/月ベースの長期国債&MBS買入政策)の終了のタイミングを探っている。予定では今月終了だ。28日からFOMC会合が開催される。以前はQE4という話まであったくらいだ。だが、ここにきて、米シカゴ連銀エバンス総裁が来年初頭まで金融引き締め策を採るべきではないとの考えを示した。同氏は、QE依存から財政政策へのシフトも要求している。
つまり、それほど、米国経済の回復力は力強くないということだ。FRBが発表している米国の実質個人消費支出はリーマンショック前夜の07年水準に戻ってきているが、言葉を変えると、まだかろうじて、それだけに過ぎない段階だ。失業率は改善されているが、平均時給は横ばいで、労働参加率は史上最低規模。長期失業者(就労を諦めている人)が非常に多い。住宅担保証券のリスクもいつ表面化するかわからない。
10日からワシントンで開催されていたG20では、欧州経済と日本経済の鈍さが槍玉にあがった。先日のダウ下落もマーケットからの「悲観的」メッセージと受け止めることができる。QE終了は金融引き締めへのソフトランディングであったが、その行く末も危うくなっている。10日、「ナチスを真似ればいい」発言で有名になった財務相の麻生氏は、いつものように口をとんがらせながら、「米国の失業率は改善されているし…」となんの新鮮味もない情報を口にした。そのあとに何か意味ある情報が出るかと思いきや、何も無し、だ。

【人材を育てずに経済が育つか?】

もともとアベノミクスは、なんの熟慮も経ていないものだ。①金融緩和②財政政策③成長戦略の三本の矢というが、円安誘導ストーリーで動く市場が、期待感と思惑買いで日経平均を戻しただけである。多少利益を得るのは市場アクセス可能な人だけ。実際のところ、なんのオリジナリティもない。さらに言えば、新自由主義とケインズ政策のごちゃ混ぜだ。要するに、筋の通った批判を煙に巻き、封じ込めるという政治目的が先にありきだ。マネタリストでブッシュに拾われ、サブプライム危機からリーマンショックを引き起こし、墓穴を掘ってしまった元FRB議長バーナンキの真似。彼が、リーマンショックの危機収拾策でケインジアンに転向し実施したQE1(2009)~QE3の成果を、そのままそっくり真似ただけ。米国はサブプライムを抱えた金融危機からの脱出策でQEを採用したのだ。日本はサブプライムを殆ど抱えていない。政策動機が元々違う。だが、この「猿真似の礼賛」が、世界にまで悪影響を及ぼしている。エゴイスティックな目先の利益を求めるものが、タカ派の求心力を利用しながら、野党分散状態を奇貨として、空虚な経済政策を大仰に見せびらかしながら独走している。なんでもありの無節操政治が出来上がりつつある。

【アセット・バブル・エコノミー】
今頃になって日本人は「アベノミクスではJカーブ効果が生まれなかった」などというが、そんなものは、はじめから眼前にぶら下げられたニンジンだとわかっていながらメディアは一緒に踊ってきた。
アベノミクスが実現したのは日経平均1万円台越えだけ。昨年時点でアセット(A)バブル(B)エコノミー(E)=「ABE」(資産バブル経済)なる皮肉まで登場している。首相は「日本株を買って買って、割安だから」と世界中にセールスして回った。一国の首相が証券会社の営業マンよろしく、世界にお願いしてまわった。だが、その他の政策は、自力の努力分野でこれは希望的観測ばかり。さらには金融緩和をする一方での財政政策とか成長戦略って、結局一体何のこと?と言う、冷ややかな声もある。
いずれにしても、一般の真面目にコツコツ働く国民の生活にとっては、なんにもメリットはない。インフレターゲットを設定し、財政規律を度外視して紙幣を乱発するなど、高校生でも最初に思いつく仮説だ。日銀券をじゃぶじゃぶ印刷して、もし期待通りインフレになれば、あとで借金はちゃらにできるという、机上の空論・夢想で進めているが、そうはならない。アベノミクスは、日本を世界でもっとも財政規律の弱い国にしてしまった。日本が米国を真似して株高を演出することで、世界に間違ったメッセージが発信され、欧州経済圏の優等生・ドイツにも緩和策を押し付けることになりそうだ。みんなして馬鹿な政策になだれ込み、将来の破綻を準備しつつある。

【文化的モノカルチャーを醸成して成長の源泉を破壊】
以前「米国の最後の冒険に追随する安部政権」と書いた。「最後の冒険」とはQE3のことだが、今の日本の製造業は大手家電の開発現場をみてもイミティブイミテーションの時代にジワジワもどりつつある。ブレイクスルーが産み出せなくなったSONYの有り様にも象徴されている。人材育成に完全に失敗している。アナログ思考を軽視して、思考の源泉や自由な思惟、調和しない理念を認める多元性を軽視し、政治支配の都合からどんどん出る芽を摘み取ってきた。アベノミクスは、NHKなどへのメディア介NHKと政治権力 岩波現代文庫入も憚らないような、アベノカルチャー(単一文化的モノカルチャーを志向する歪んだ想念)を土台にしているゆえに、成功しない。人材育成と金融政策などは全く無縁。米国追随の発想自体が時代遅れだ。高生産性の製造業が発展し、その価値がサービスに移転しなければ内需など拡大しようがない。これは時代が変わっても変わらない法則だ。一方で、米国も日本も労働者への開発教育を怠り、リストラクチャリングや業績給の脅迫的人事支配を蔓延させ、創意工夫や開発・改善への内発的動機付けをサボり続けている。経済成長率を資本成長率が上回る構造が世界的に常態化しているのは、人財、人財といいつつ、実は人材を「財」としか考えず、「人間の質」を重視しない社会状況が広がりつつあることの証明である。

【演出される株高、危機は一気に来る】
日本株高もいつ終焉を迎えるかわからない状態だ。株高の一部は、ヘッジファンドなど大手機関投資家の値嵩株大量売買で見かけ上つくられている現象だ。ファンドが絡む少数銘柄の大量売買で、日経平均を100円以上高めに推移させるくらい、わけはない。要するに、売上高を稼ぐ必要に迫られた法人ギャンブラーの投機による「株芝居」である。タイのバーツ危機など一国の経済を崩壊に追い込む不正な力を持っている。

株高が政権への支持としてかろうじて効果があったのは、この10年余りで広がった金融商品への投機ブームとも無縁ではなかろう。郵便局を含むすべての金融機関が、リテイルに力をいれ、個人資産を大規模に投機資金へと向かわせてきた。資産価値の変動に一喜一憂する「人様にいえない事情」が固定票を構成する中高年有権者の心理をわしづかみにしている事情もある。「老害」ともいえる現象だ。早めに相場への関心を捨てて、まともな意識モードに切り替えないと、後々の世代に醜名を残すことになる。

【世界経済の不確実性を金融操作で乗り越えようとしている無謀】
アベノミクスの空虚な内実はじきに判明する。麻生氏は「米国のファンダメンタルズ」を口にするが、日本の失敗を今更ごまかしても遅い。米国の実質GDPは本年4-6月で4%越えだが、日本はマイナスである。金融政策だけで歓心をかっても、実業世界は全く変わりばえしない。何十年もサボってきた人材育成のツケが、いま、経済を支える人材のなさという形で噴出している。円安株高を経済回復と捉えさせる最大の罪は真面目にものを考え、コツコツと努力を積み上げて新しいものを創り出す人間精神を毀損する事だ。新しい発想は、他人の気持ちを豊かに想像する能力、枠組みに縛られない自由な発想力、社会的関係性を捉えることのできる柔軟な思考から生まれる。数年前から義務教育課程で無理やり武道を教えて精神主義を叩き込む第一次安部政権時の学習指導要領の稼動が始まっている。教育予算が削られ、現場の先生は時間に追われ、生活指導に時間をとられ、なんでもかんでも報告書を要求する非生産的な官僚体質に押しつぶされている。企業社会が期待するはずの教育制度の現場は、人間の質を本音では軽視している社会の非生産的な負のサイクルが回っている。

【企業経営を歪ませる補助金政策が、足腰をさらに弱める】

為替差益で大手輸出企業が財務上の利益を出しても、売り上げが伴わない企業活動に、中小企業は仕事が増えず、むしろ消費増税の犠牲転嫁と円安効果で苦しみ続けている。その窮状につけこんで「地方創生」という行政官僚が喜ぶ利益誘導が始まった。地方の役人だけが偉そうにできる補助金漬けの麻薬政策がしのびこもうとしている。民間企業の官僚依存に拍車がかかり、ますます企業の自力回復意欲と創意がそがれる。この麻薬に浸かると、ミクロではリストラ・倒産の危機が極端に増すことがあるから要注意だ。そんな経営の現実などうわのそら。既得権確保に走り回る困った議員さんたちだ。政府で必要のない仕事をつくって、歓心を買うしか、支持を取り付けるすべはない。その努力とは裏腹に支持率はジリジリと下がり続けている。

【空虚なグローバル化の掛け声】
欧州経済の不調に加え、リセッション入りが噂されるドイツ経済の不調を食らって、資金が日本の短期国債市場に流入している。金利は超低金利から短期国債ではマイナスとなった。だが、金融政策依存体質はかわりそうにない。ECBに大掛かりな金融緩和圧力が加えられるだろうが、その結末は更なる財政規律の緩みを促す欧州経済圏の弱体化だ。国際的にさまよえる流動資金の行き場として日本株の買いはあと少し進むだろうが、落ちる時はかなり激しくなるだろう。しかも、日本の実体経済は全く打開の道を見出していない。
企業収益の向上には即効薬などない。利益は商品・サービスが生み出し、売れる商品・サービスは比較的長い時間をかけて人が生み出す。そのヒトはといえば、日本の精神風土をみてもメタメタだ。論文偽装に、ヒラメ社員に、事なかれ主義に、日本的予定調和の風潮にかつてないほど拍車がかかっている。社会全体の倫理的崩壊は甚だしく緊張感がない。外国人に「死ね」などの下劣な言葉を投げつけて排斥し、日頃の憂さ晴らしをしている連中と仲良しの現政権。そんないびつな風潮に疑問提示の一つさえできずに、なんで格好よさげな「グローバル人材」「グローバルマーケティング」の成功などがありえようか。

【サービスに振り回される世界で豊かな創造性が無くなって行く】
貸し出し先が見当たらず困っている金融機関の悩みをあまり聞いたこともないのかもしれない。仕事を創り上げる人間は確実に減っている。8年ほど前に役所が流行らせたアントレプレナー講座は、予想通り失敗におわった。デジタルサービスに警戒を持たず、子供をスマホや携帯電話づけにし、料理や洗濯という家事は女性に押し付け、掃除もロボット任せにしたい。かと言って何か打ち込んでいるわけではない共感性の欠如した時間消費型の人間がおびただしく蔓延している。この様な中で、コミュニケーション障害に陥る人間が激増している。こんな情況を放置しておいて、なんで、企業活動が活性化しようか。明日の人を育てようという厳しさのある愛情も社会に欠落したままだ。
こんな日本の地方社会に蔓延する深刻な疲労は、一極集中の是正能力も持てず、関東一円で日本を見ている気になっている霞ヶ関には理解不能だろう。

【投資本に食らいつく人】
株価に一喜一憂している人々のあまりに多いことか? ラーメン屋さんやカフェで「投資本」を食い入るように読んでいる人々の姿を目にすることが多くなった。戦争体験者である親世代の痛みを継承することもなく、現状が永遠に続くと思い込んでいる面々だ。なぜ、日本という国が存在し、どう生かされてきたのか考えたこともない人びと。食うことには困らないが、やることを見失った人。他人のために自分の時間を公的に活用することなど考えたこともない情況。逆に弱者を食い物にする貧困ビジネスも大流行りだ。救済すべき公害被害者を冷遇し何億もの国債を買いあさり高額の退職金を引き当てる「救済基金」の姿もその象徴だ。自分の地位を最優先にすることが個人の自由だと勘違いし、歴史をなおざりにし、有意な人材の育成を怠り続けてきたツケ。世界史上最悪クラスの原発事故を引き起こした会社や責任者や国が「後処理が忙しい」を口実になんら責任を取らずに悠々自適でむしろ褒められたりする病理を免罪するツケ。こういうツケが社会をどんどん萎縮させる。他方で原理主義的イデオロギー勢力が伸張し、考えないモノカルチャー型人間がどんどん増えていく。全体主義の条件が準備されていく。環境破壊とテロ、果てしない自己領域拡大の欲望が人類を脅かす時代へじわじわと入ろうとしている。業績非連動の株高や為替差益を喜んでいる場合ではない。

【香港市民との対話予定をドタキャンした中国政府】
香港で市街地占拠を続ける学生・民主派との対話に中国政府が臨むということで、学生も柔軟路線を採用しようとしていた。ところが9日、中国政府は突然、話し合いを先送りするという姿勢に出ている。

理由は「学生が対話の条件を拡大解釈したため建設的対話ができない」からだと…。

えっ? いい大人が…。条件付きでないと学生と対話もできないのか? 絶句。
限定された事項に関して調整をする外交交渉ではない。香港で問題となっている事は同じ国民同士の民主主義と言論の自由、自由な普通選挙の可否を巡る対話だ。あらかじめ「解釈」を決めてするものなのか? そもそも解釈とは何か? 少しでも議論をしたことがある人なら、相手が一方的に主張する「解釈」をあらかじめ受け入れる事自体が、言論の自由の制限になることを知っている。
対話を拒否する理由を、「相手の思考の自由」のせいにする。考える自由や討議の自由さえハナから認めていない。

【共産党の習性】
共産党はいつもこれだ。党員や党へのイエスマンで固めないと話し合いもできない。異論が出ると、大慌てで野次をとばしたり、徒党を組んで恫喝を加えたり、無視して強硬採決に進んだりする。そのやり方は与党一党独裁の場合と全く一緒。
国政選挙ではハナから勝ち目がないから、自民党と対決する勢力が落選するように対立候補をたてて、与党のご機嫌をとって、自党勢力の温存をはかることに集中している。
このあたりの事情は、政党動向をウオッチしている人には常識だが、中には詳細に分析している人もいるから面白い→日本の場合「またしても自公候補をアシストした共産党」 http://takuki.com/dsk/015.htm
マルクス主義政党は、良識ある一般市民にとっては、別名、「万年裏切り党」でもある。

【毒を飲まされた子供の親を監獄に入れてしまう「全人民の党」】
いったん共産党が支配すると、脱出するのには、たぶん半世紀以上くらいかかるから、香港市民の短期的な前途はあまり明るくないが、中国政府をスターリン主義と捉えれば、市民はなんら悲観する必要もない。闘う相手に不足なし、しかも、いつかは必ず崩壊する。
実際、「全人民の党」のもとで野獣資本主義がまかり通り、汚職と不正・腐敗、産業公害・環境破壊が大規模に蔓延し、言論弾圧のための大規模な「労働矯正収容所」をつい最近まで運営していた中国共産党が「共産党とは、実はこういうものです」と自ら証明している。ソビエトと異なるのは資本主義の直接投資を大規模に受け入れて、もちつもたれつの関係を築いて、延命をはかっているところだ。だからこそ、中国の低賃金労働者を利用している日本は、そこを自覚して、中国の政体に関していうべきことは言わねばならない。(逆に侵略戦争の事実は、素直に認めねばならない。そうでなければ事実に関してアンフェアな態度をとるズルい国となる)
2008年、中国国内で30万人の被害者を生み出した粉乳メラミン中毒の被害者団体の代表の親が「社会を混乱した罪」という意味不明の冤罪で国家によって監獄に放り込まれている現状をみても同様だ。日本もこの事実にはなんら注目も払わない。
中国はそれらの批判をかわすため、批判的な勢力や国・メディアには経済交流という形で近寄ってきた。この構図、中国共産党から国名をとると、日本の森永ヒ素ミルク中毒事件の経過とよく符号する。中国共産党を友党にして喜んでいる他の共産党も同じ穴のムジナだ。

【香港市民の言いたい事】
香港の学生はいいセンスをしている。10日の朝日新聞記事によると、民主派学生は、対話拒否をものともせず、「我々の活動は政府に圧力をかけるためだ」と明確なメッセージを市民へ伝え、占拠への参加をよびかけている。中国共産党政府とは命がけで対決しているが、だからと言って、権力志向ではないし、権力の短絡否定でもない。市民の開かれた自由意志がしっかり伝わってくる。これは日本の市民こそが見習うべき市民的資質の一端だろう。香港市民の問題提起は中国社会に確かな波紋を投げかけ続ける。
かつて1968年「3月22日運動」が生み出した「フランス5月革命」と重なる。共産党以外のあらゆる党派が個人資格で参加する形で自然発生し、権力を望まず、権力へのアンチテーゼを提起し続けた、あの学生たちの運動にもタブって見える。

中国共産党は、もはや、経済学上での国家資本主義となんら変わらないのだから、いい加減、マインドコントロールを自ら解除し、党名を変え、同時に批判の自由を完全に認める政体(民主集中制の放棄)へ早急に移行する決意を固めなければならない。共産党一党支配をやめても国が崩壊するといった心配はしなくてもいい。ロシアをみれば明白ではないか。

先般9月11日に 東京電力の吉田昌郎所長は責任を追及されるべき立場 という記事を書いた。
朝日新聞騒動を受けて急いで書いて、以下のような内部告発の事例を紹介した。

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吉田所長と正反対の、「隠れた英雄」は世界中にいる
逆に、内部告発をして、いじめられ、そうやって会社を去った人間は何人もいる。
かつて、巨大航空機メーカーのある技術者は、就航前に空中爆発の危険性への警鐘をならし、内部告発をして、会社を解雇され、生活の糧を失った。たが、それでも彼は粘り強く世間に訴えた。結果二階建て巨大ジャンボ機は内部告発者の指摘を改善して1年遅れで就航した。そういう人々は沢山いる。
一方、吉田氏は電力会社に居残った側の人間だ。自分の管理する発電所への批判を省みて改善改革の努力もしていない。仕方なく作業しただけだ。何を偉そうに「あほみたいな国、あほみたいな政治家ども」などと言っているのだ。その「アホみたいな政治ども」にあなたの給料の支払元である電力がワイロを送りまくって、その電力と買収された政治家が、交付金と言う名の麻薬を貧しい村にバラ撒いて心を狂わせ、強行建設していった原発が、この吉田氏の職場だ。その原発の所長で厚待遇に甘んじて、なにも根本的改善をはからなかった自分への深い自覚がまったく見られないのは、今回再掲された吉田調書の内容にしても同じ。「あほな政治家と一緒にコップのなかでぐるぐる回っている」だけだ。
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記憶があいまいであったため、固有名詞を記載しなかったが、最近は便利なサイトがある。
NHK BS世界のドキュメンタリー「内部告発~組織と闘う人びと~(再)」
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/081203.html
再放送はとうの昔に終わっているようだが、内容のサマリーだけは見ることができる。四つの事例に限っての紹介。(残念ながら日本の事例は紹介されていない。内部告発さえ隠すから取り上げようがなかったか?)
実際には、これ以外にも、全米タバコ訴訟絡みでのブラウン&ウイリアムソン社(現British American Tobacco Plc、LSE: BATSに吸収)のジェフリー・ワィガンド博士による内部告発、フィリップモリス社のビクター・デノーブル博士、三菱自動車の23年間(1977-2000)もの長きに亘るリコール隠しを暴いた匿名の内部告発者、米国フォードモーターの「フォード・ピント事件」などの意図的欠陥隠しとその訴訟での懲罰的損害賠償命令、大手電機産業を中途退職して告発する原子炉メーカーの技術者(東芝→後藤政志氏小倉志郎氏、/日立→田中三彦氏)や、東京電力社員・木村俊雄氏の告発(東電のデータ改ざんなど国との一体化等を暴露)など至るところに、決意を固めて行動する勇気ある幾人もの内部告発者の姿を見ることができる。
北京空港のAIRBUS A380-800先般触れたのは、4番目のエアバスA380の一件だった。ちなみにこの内部告発は同型機の就航を数年間も遅らせる重大な影響を与えた事件だが、ウィキペディアのA380解説に、この内部告発に関する記述は無い。
この番組は、日本の番組ではない。フランスのARTE(独仏共同出資のテレビ局:1992年開局)とZadig プロダクションの共同制作。エアバス社もフランスの航空宇宙系大企業であれば、それへの内部告発を国際的に発信したのもフランスの放送局。内部告発を個人の主体的行動としてきちんと社会的に評価できるマスコミの矜持を示したものといえよう。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 引用開始 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
BS世界のドキュメンタリー   内部告発 ~組織と闘う人びと~ (再)

●巨大企業エンロンの不正経理の調査を訴えた元副社長
2001年夏、当時エンロン社の副社長だった女性が、会社が組織ぐるみで巨額の負債隠しをしていることを知り、ケネス・レイ会長にメールを送った。しかし結局、手は打たれず、エンロン社は経営破綻。捜査の過程で元副社長のメールが発見され、会長があらかじめ不正を知っていたことが証明される。
●水道料金の過大請求を突き止めた水道会社社員
フランスでは水道事業の80%が民間企業によって運営されている。大手水道会社のヴェオリア社に30年間勤めてきた男性は、自治体との水道料金の契約が不透明であり、過大請求だと訴え、解雇された。男性は弁護士や会計検査官の協力を得て水道料金に関する情報開示を求め、フランス各地の都市で過大請求が行われてきたことを暴く。
●核施設のずさんな安全管理と警備を告発した担当者たち
原爆を作るためのマンハッタン計画が進められたアメリカ・ニューメキシコのロスアラモス国立研究所。大量のプルトニウムがつまったドラム缶が無防備に放置されており、万が一、航空機の墜落事故や落雷、山火事などに遭うと大惨事を引き起こす可能性がある。また、のべ350万ドル相当の国家資産が盗難されたことを隠蔽し、紛失として報告されていることを暴いた関係者たちは脅されたり、解雇されたりしている。
●旅客機開発の安全検査ミスを指摘した技術者
エアバス社の巨大旅客機A380の開発中に、機内の気圧を保つ与圧システムに必要な安全検査が行われていないことを突き止めた技術者。しかし2004年当時に、この事実を告発すると、解雇され、起訴される。それでも彼は、仕事もなく、社会から無視されながら孤独な闘いを続けたが、2006年になってようやく、エアバス社は義務づけられた与圧システムの安全検査の実施を決断。A380の完成が2年遅れることになった。
●情報機関の盗聴を暴いた電話会社社員の運命
2006年6月、イタリアで一人の男性が橋から身投げをして死亡。電話会社で働いていたその男性の遺族は彼の死を謀殺だと主張する。男性は情報機関による大規模な盗聴が行われていたことを内部告発し、事件の直前には「尾行されている」などと身の危険を家族に訴えていたという。

番組は、職を失ったり、報復の危険に遭ったりという不利益を覚悟の上で、「内部告発」という正義を全うしようとした勇気ある人々の証言をつづる。

原題:On the Angel’s Side  制作:ARTE / Zadig Pro (フランス 2007年)
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 引用終わり ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

内部告発の事例は、大から小まで沢山ある。そして告発者の多くは原因者から徹底攻撃され組織を去ることが多い。だが、それでもやめないと決意した人びとの情念が、社会を揺さぶり、改善し、多くの人びとの頭上に現れた危険・不正・腐敗を未然に防いできた。そういう事実を忘れ去り、そのような人々の辛苦に想いをはせる事ができなくなった時、そして世界第2番目の巨大事故を引き起した原発所長の責任さえ追及・問題視する人がいなくなった時、多くの人が享受するシステムは再び牙をむいて、時と場所と形を変えた大量殺人を実行するだけだ。そして、原因は過去形で語られ、評論家の数秒間の嘆息との後、幕引が始まる。
「決して癒されない、消せない傷」が社会から隠蔽されていく。問題の本質に切り込まず、スルーさせ、「お咎めなし」の無責任を放置させる、悪が現世の利益を保全するためのプロパガンダ技術だけが洗練されていく。デマゴーグが跋扈を始める。このスパイラルが回ることで急速に「病んだ国」ができあがる。

香港市内中心部衆院予算委員会のNHKライブで、ネオナチとの親密写真が暴露され国際的に問題となった稲田朋美(自民党)氏が「日本国家の原点とは」などとおしゃべりしているのをみてスイッチを切った。在特会との関係が暴露されている参議院外交防衛委員長の片山さつき氏といい、日本政治の劣化は甚だしい。

【在特会との関係が暴露され始めた安倍政権】
一部週刊誌では、品性下劣なヘイトスピーチをする在特会と安部政権の親密ぶりが暴露され始めた。“ナチスに学ぶ選挙本”などを奉じていた面々をかかえる安部政権。
「単純(短絡)思考の反復」というプロパガンダと、日銀が買い支えする株高によって、国民や企業の歓心を惹きつけながら排外主義を煽ってきた。これまで政権が野放図にしてきた政治的・歴史的逆行行為の一方で、危機感を感じる市民にも、多数に従うモルモットのような習性が刷り込まれてきた。

野党に下った時に知性の倫理を捨て去る決意をした自民党。そのプロパガンダは、ちょうどナチスが成功を納めたように、勝利をおさめかけている。麻生氏が「ナチスを手本に」といったのは正直な告白だ。ヒトラーの「我が闘争」はプロパガンダに手を染める大手広告代理店関係者の密かなバイブルとして存在し、左右の全体主義者のテキストであり続けている。

しかし、さすがに、そのほころびが見え始めている。
野党もそれなりに反撃を試みているが闘争力に著しく欠如している。これまで嫌なものや異質なものとの議論をさけてきた習性から脱却できておらず、全く洗練されていない。政権交替へむけて確かにある種の動きが見えるが、野党が今後の偶然性のチャンスを活かすほどのセンスを現状でもっているか?
一方、「政治参加は4年に一度の選挙だけ」としか教えられていない日本の市民は、政党に影響を与えるほどの力が発揮できず既存システムに頼る思考に縛られたまま。市民が、持てる自由を発揮して、そこここで自由かつ懸命に考え、発言し、動き、政党に大いに苦言を呈する事がない限り、政党政治の劣化は避けられず(政党権力は例外なく腐敗する)、国民には深刻な状況が続くだろう。おまけに、いまや現世の利害にご執心な自称マルクス主義政党が、未だに不満吸収剤として機能し、市民社会の成長を阻んでいる。
自衛隊は死ぬのが仕事と勘違いした政治家が、普通の家族の幸せを望む自衛隊員を、消耗品のように扱うことを支持してはいけない。隊員は死ぬために自衛隊に入隊したのではない。射撃訓練を映し出すテレビ画面を見て、「自衛隊員は死ぬ覚悟があるんだ」と刷り込まれてはならない。戦争を誘発させず、自衛隊員を死に至らしめない責任は、市民にこそ在る。

【「民主集中制」の導入を拒む香港市民~冷たい視線の日本】
だが目をアジア大陸に転じると、全く別の光景が広がっている。週刊誌が「大嫌い」という中国大陸の動きである。香港市民である。日本人は、香港の行政長官選挙で学生デモとそれを支援する市民が街頭に繰り出している光景香港ヴィクトリアハーバー夜景をマスコミで見ている。だが、昨今狂ったように「嫌中」を叫ぶわりには、これに明確な支持を送る日本人は極めて少ない。
「日中友好」などを大げさに叫んできた向きなども同様で、思考停止のフリをしてナリを潜めている。
オバマは速やかに支持を表明し、訪米中の王毅外相の前に突然現れて香港問題への警告を発した。
これを見て、日本人が「お決まりの米国の人権外交」だ、などと揶揄する資格はない。
日本人は次の事実を考える必要がある。

  日本は米国以上に北朝鮮、韓国、中国の政体起源の人権問題や国民性を批判する。
  当然、日本は中国や韓国が政体の改善進化を遂げることに賛成だろう。
  だが、日本政府の態度を見る限り、そういう事には余り関心はなさそうだ。
  日本政府は香港の事態に沈黙を続けている。

この不思議なギャップは何故だろう。
理由はたぶん簡単である。在特会と仲良しの現政権と一部メディアは、ひねくれたコンプレックスから嫌中、嫌韓を煽っているにすぎないからだ。一方で、中国の現体制からしっかりと利益を得てきた。
片山さつき氏が在特会のヘイトスピーチに飛び入りして演説したらしい、などというおふざけが伝えられる政権である。つまりは、隣国の真の成長を嫌がっているだけだ。同じアジア人を見下し差別することでウサを晴らしているだけだ。だから隣国が成長する近道である「政体の民主的改革を望む」という「思いやり」など、たとえ偽善的にも表明できない。

【香港市民、全体主義の別名=民主集中制への本能的警戒】
アジアに残存する共産党はもはやオタク趣味の対象にされている感があるが、その組織原則は「民主集中制(=民主主義的中央集権制)」というものだ。これは選挙をしたら、あとは中央集権的支配に従えという、独裁政治の別名であり、数千万人を粛清抹殺したスターリン主義の別名である。もちろん、この思想は共産党だけのものではない。
ナチスも共産党をよく観察し民主集中制を利用している。ナチは合法選挙で選ばれて第一党となり、その後SSや秘密警察による脅迫や粛清によって集中的支配を貫徹した。ナチや共産主義のいう「選挙闘争の戦術的活用」という思想は、その後の姿を隠して、国民に対して「我々を選挙で選びましたね」という承認を強要するためである。暴力革命から路線を修正して、「同意を取り付けた後、速やかに集中支配を正当化する」ものだ。悪質商法の訪問販売「今、おたく、試食しましたね。なら、買わないと私帰りませんよ」と同じやり口だ。押し切られると、その後に「民主集中制」の本領「集中的支配」が始まる。
マルクス主義を克服する過程を知らないまま「世界ではすでに冷戦構造が隈なく終わった」と思い込んでいる日本人の認識は周回遅れである。アジアでは冷戦構造がまだ継続している。
マルクス主義は未だに堂々と「民主集中制は現民主制と同じだ」「今の民主主義とどこが違うんだ」とと公言している。うぶな人々は、確かに共産主義を支持できる。アジアは冷戦構造時代に留まっていると考えたほうが説明がつくことが多い。
香港市民の意識は進化している。

【「自由を必要としない民主主義」を掲げる共産主義の特性】

民主集中制が浸透すると、立候補(被選挙権)の権利も自由も実質的には無い。
共産党には権力の分割という発想はない。権力を奪取し、新しい状況で権力を集中的に行使するという思考の政党だからだ。彼らは民主主義は特定の階級による独裁にすぎないと規定する。資本主義体制の民主主義はブルジョア独裁。それをプロレタリア階級の独裁にすればより多数の独裁であるから、今より民主的であるはずだ、という。この単純な理論に昔は若者が熱狂したのだ。だが、資本主義の権力には表向き噛み付いて見せるが、自分たちの権力には一切の疑いをもたない。むしろ「ブルジョア」以上に共産主義者が権力と私有財産、既得権を守ることに汲々とする姿があらわになった。
しかし、未だにマルクス主義政党は、多数階級の代表だから、共産党は出自からして民意を代表している民主主義そのものだ、という自己撞着的論理を刷り込むことをやめない。「共産党は人類の必然的結末である共産主義社会へと、その使命に決して自然に目覚めることのない労働者を教え導く前衛政党」であるから、「我が党の見解より進んだ見解は人類には必然的に存在しない」と信仰する。共産党の議員が、時々「我が党の躍進は、歴史の必然」などとクチから漏らすのは、この信仰の告白だ。この傲慢信仰は必然的に独裁政治にいきつく。「わが共産党組織内部には民主主義は要らない、議論は分裂をもたらす、ネットでの党批判も許さない」と堂々と言えるのは、そういう選民思想(=前衛主義)が前提にあるからだ。最近では「カルト」と揶揄されるこのマルクス主義イデオロギーは、「宗教は阿片だ」とするが、それは、オルグ上の最大のライバルが宗教勢力であることを知っているからだ。

【「超監視網」で「自由なき安定」を偽装する民主集中制】

立候補自体がコントロールされる。陰険な脅迫や党の方針に沿わない発言は細かく監視され、はじめから芽を摘まれる。レーニン、スターリン体制で、思想摘発のための秘密警察が異様に膨張し、東ドイツでは、親戚・身内同士での密告制度までに最高潮に拡大した監視システム。これも、異論の事前摘み取りにより成立する「拍手喝采型議決」で「民主的監視社会」を構築し、「同意」を偽装して国民全体をマインドコントロールするためだった。
香港の場合、興味深いのは「中国化」で民主主義のシステム自体も後退する事だ。中国政府は英国の統治時代と現状を二項対立させて、「チャンスはもうこないぞ」などと言っている。では、チャンスとはなにか? それは政治用語としては「自由」である。共産党も時々「多数決」という形で民主主義の決定論を採用する。だが共産党にないのは、「自由の理念」である。
もちろん、「わが国(党)には自由がある」という民主集中制・独裁権力側の公式声明はいくらでもあるし、抵抗闘争をする「自由」はある。「ナチス抵抗闘争があるからナチスは自由主義だ」だというくだらない屁理屈も、ソビエトも使ったし、今の中国も使う。だが抵抗の「自由」は次々に収容所に送られることで同時的に物理的に抹殺され続ける。共産官僚はこの弾圧を良心の呵責なく長期に継続できる。なぜなら、人治の社会では、自分の身内は例外にできるし、反論すれば、昨日まで隣で仲が良かった「同志」の密告によって自分も粛清されるか収容所に送られるからである。この構造は自己完結し、人間を、考えない抹殺マシーンへ変貌させ、殺人会社のサラリーマンの感覚にまで堕落させる。ナチのアイヒマンと同じである。

【民主主義の「決定論」の悪用で独裁を正当化するマルクス主義】
民主主義は、その決定プロセスだけ採用すれば、51%の過半数の意見を採用し、その他の意見を切り捨てることだ。ここだけを悪用すれば、「民主主義で自由を圧殺する」ことができる。だから民主国家でも合法的に全体主義が発生する。
「共産党も選挙を認めるなら安心」というのは自由主義者にとっては大きな嘘である。現在、我々が受け入れている民主主義は自由とセットでないと全く意味をなさない。
だが、これは日本のような政治的に未熟な資本主義社会にとっても都合が悪いことだから、自由の本質は余り教育で教えられない。政治的自由を制限することばかりを強調するのが日本の特質であり、評論家はそれを「日本の文化的特質」といい始める。そういう自己刷り込みをされ続けると、本当に文化になってしまう。しかし技術社会として発展をとげた資本主義でそれを文化と割り切ると、必ず、大きなゆがみが発生する。
共産主義は、現体制に対して、自党の言論・表現の完全な自由を認めろと叫ぶ。その自由も現民主制は認めている。だが彼らは、自党内部や自党の影響下で支配する「民主団体」では完全な自由を認めない。マインドコントロールとプロパガンダの手法、政治的謀略を駆使して異論を排除し、そして「選挙」し、あとは「集中的支配」をし不正に異議を唱えるものは限りなく存在しない。その後、当然のことだが自由な候補者はいなくなる。

【世界史的な光景にコミットできない日本】
共産党は、香港市民の愛する自由主義に近づこうとするのではなく、香港社会を「民主集中制」に後退させようとしている。
世界史的にも珍しい光景だ。
一方、中国進出企業の半分くらいは中国の民主化を真剣にはのぞんではいない。民主主義が成長すると、安い労働力を消費しづらくなるからだ。現地で製販一体化をしていても同じことだ。歴史認識さえも欠落した形で、いくら企業が多数進出しても文化の相互理解にまでは到達しない。
かつてのフィリピンのマルコス独裁政権下で苛酷な搾取をしていた感覚だ。中国の政体がどうだこうだ、といいつつ、実際には共産党独裁が継続してもらった方がいいと密かに心の底では望んでいるという感覚だ。国家社会主義。拝金主義者は生きるすべを知っている。スターリン以降のソビエトの赤い貴族・ノーメンクラツゥーラは、共産主義の理論を百も千も口にしつつ、資本主義体制以上の秘密特権を甘受する別格の独占資本主義者の支配を生み出した。今のロシアもその後遺症から逃れることができない。スターリン主義の粛清犠牲者の調査が、共産主義者ではないプーチンによって妨害されている。

【香港市民に対してメッセージを送らない日本政府】
日本政府は、あれだけ中国の領土主張を糾弾するのだから、香港の民主化運動を支援する声明でも連発するのかと思いきや、報道があるだけで、全く問題視するそぶりさえない。中国民主化への視点が希薄なのは、驚くほどだ。
しかし、香港は、このままでは収まらない。このまま続けば、第二の天安門事件になる可能性がある。
香港ヴィクトリアパーク夜景
中国は香港の自由な選挙に介入せず、香港にまず自由を認め、本来の民主主義の目標にして、できるだけ早く「名目共産主義」と「一党独裁政治」から脱却しなくてはならない。そういうわずかな意思が中国政府にあるなら、行政長官選挙で、民主派(自由派)に妥協したほうが得策だ。香港が中国と違う政体に到達したところで、中国国民は共産主義のマインドコントロールの呪縛からは簡単に逃れられない。

だが、中国が将来、香港をめざして普通選挙権を施行し、複数政党制で政権交替の出来る国になることは、内政的にも外交的にもメリットがある。中国は日本と米国をいつも意識して生きている。米国は今や世界的に軍事的・政治的失敗を重ね、内政の混乱につながりかねない萌芽を抱えている。日本といえば、政権の関係者が何人も人種差別主義グループやネオナチ団体とも懇意であり、選挙までナチに見習ってやっていたことがばれている。
日本は、民主政体としてはアジアの中ではマシなクラスだが、世界の先進国では後塵を拝している。そして、アジア侵略戦争への反省が全く欠如した国だ。日本がいくら「平和国家」といっても、「ほら被害国の気持ちもくみ取ろうとしないし、集団的自衛権で米国の片棒かついで、別にほかの国と同じレベルじゃないの。“普通の国になりたい”って、首相からして自分でいってるし。オマケに政権にネオナチ信奉者が何人もいるって、信じられないな。」となっていく。9条の精神とか、広島・長崎の願いを世界に届けるというソフトパワーは、政党政治が陥る必然的劣化により、その本来の発現方法を見失っている。
さらに日本は、中国の一部国民にとっては、許しがたい、中国を蔑視し、見下している国だ。

【中国にとっては…】
こういう状況下では、中国が政治改革を進めれば、日本をも「乗り越える」最短の道となる。
そうなれば小さな島などに関心を持つ必要はなくなる。いろいろちょっかいを出して、米国や日本の関心を引く必要もない。中国が先導してアジアの安定をもたらし、隣国との緊張を解けば、想定以上のメリットが得られる。まず中国自身の課題として、政治改革に本気で着手しないと、日本は中国の一党独裁を奇貨として「口撃」を続けることができる。一般の中国人からしたら、「中国を侵略しまくった日本だけには言われたくないわ」というのが本音だ。だが、日本は戦争など反省していなから、そんなことにはお構いない。でもその日本の姿勢を逆手にとって、中国が先に改善すればいいのだ。
軍事力なども殆ど必要ない。ロシアの中古空母などを走り回らせたりしながら軍拡競争にひきずりこまれると、ソビエト時代のときのような政体の劇的崩壊にもつながりかねない。
自由に基づく民主主義の「同意の政治」くらい一体性を発揮する政体はいまのところ見当たらない。確かに独裁政権は軍隊も強そうだ。でもそれは見かけだけ、張子の虎。
ただ、民主主義になっても、日本の安倍政権のような高慢政治をめざしてはならない。全体主義と独裁は左右どちらのイデオロギーでも発生することを人類は何度も体験してきた。全体主義にならない国を早く作った側が本当の尊敬をうける国となる。

中国が、経済成長だけに頼らず政治的に成長し、人民の自由を承認する政体に移行すること、それがアジア世界の中で名誉ある地位を占める最短コースだ。

御嶽山が噴火し、登山客に多くの犠牲者が出ている。犠牲者の一刻も早い救出を望む。
中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014092802000052.html
動画 http://youtu.be/pr5btAJqNPQ KYODO NEWS 【共同通信社】

【“予知” という「思考停止」が生み出す犠牲
同山は、長野県木曽郡木曽町と岐阜県下呂市と高山市にかけて広がる。5千年前の噴火を最後に、一見静かになっていたとおもわれていたが、1979年に突然噴火し、地震考古学を含め歴史をひもとくことを真面目にしてこなかった科学者を驚かせた。1991年、2006-2007年にも噴火がみられ(山頂直下の地震活動が活発化した後に噴火するパターン)活動を活発化させていた。ちなみに1979年の噴火は、それまで死火山、休火山、活火山と分類されていた日本の火山学を修正するきっかけとなった。
また同山は、中央構造線がフォッサマグナと西側から合流する部分の手前(外側)に位置する。中央構中央構造線の上空付近から御嶽山を見る 2013年3月撮影造線は西は熊本から吉野川、紀之川、櫛田川、豊川、天竜川と続き、諏訪湖付近で、糸魚川-静岡構造線と交差し、フォッサマグナ地域で地下に潜って関東地域へ向かい関東平野の真ん中を貫いている。
太古、日本列島は、ユーラシア大陸の一部であり、そこからの離脱過程で大断裂を引き起こした。その痕跡が中央構造線という日本最大の断層帯である。一部は活発に動いている。(ちなみに四国の伊方原発は中央構造線のすぐ横に建設された自爆タイプの原発=中四国・九州地方を壊滅させる能力を持つ。“電力関係者には電気以外の理科の知識は無く” おまけに  “自浄能力もない” という証左だ)
元々、日本列島は大陸の東端にほぼ一直線のような形で存在していたが、地殻変動により大陸から徐々に離れ、日本海の面積を拡大するように折れ曲がり、今のような扇型の形になった。その折れ曲がった部分がフォッサマグナ。そのエリアに海の地質が堆積した。その地殻変動期(2千万年前からその後8百万年を経過した後あたりまで)では、フォッサマグナを境に日本を「西南日本」と「東北日本」に区分できる。今回、その「西南日本」のもっとも東の部分の活火山で噴火がおきたということだ。
桜島、阿蘇、富士、御嶽、浅間まで火山活動が活発になっている現況は、曲りなりにも「自然と共存してきた」と自負する日本人には今後どんな覚悟が必要かを教えているはずだ。それを強烈な形で突きつけたのが3.11。しかしあれ以降に起こっていることは、その教訓を忘れ、その覚悟からどんどんかけ離れていく姿だ。

【地震・噴火予知は不可能】
阪神淡路大震災以降、地震や火山噴火の予知のあまりな不確実性(実際には無理、実績ゼロ)が、逆に、備えに対する油断を生み出したのではないか、という反省に基づいて、減災の思想に重点がおかれ始めていた。
良識ある第一線の火山学者や地震学者も、「予知は科学的に不可能」と明言していた。
ところが3.11以降、再び、「奮闘する地震学者」などのクローズアップを通して、「予知をがんばれ」といった風潮が再登場してきている。
地震予知連絡会や火山噴火予知連絡会なども、まだ存在しているが、名前だけで、一度も予知などに成功したことはない。阪神淡路大震災以降の成果としては二種類の地震波のうちP波の初期微動を捉えて、緊急地震速報を伝えたり、新幹線に急ブレーキをかけさせる技術くらいなものである。だが、これは予知とは言わない。誰でも知っている「ガタガタ→グラグラ」を技術化したもの。あくまで地震が発生したあとの事後対処にすぎない。にもかかわらず「地震予知」なる名称を使い続けることで、大きな誤解を国民に与え続けている。
9月初旬ころから、気象庁は御嶽山に関して情報を出していたようだ。だが、「予知する」という機関が、得られたデータを、予知ができない認識水準を前提にして無理やりランク付けし、警戒レベルを五段階中最低の「レベル1」(平常)にしていた。(噴火の後になって「予知は困難」と気象庁自身がコメント。予知連の会長も「100%の予知考えないで」と言い出した)
子供でも変に思う矛盾したものだ。こういうのを普通「お茶を濁す」というが、科学者が大真面目にやり始めるとおかしな事になる。
予知などできないのに、それを敢えて隠して「予知」できるかのように装う科学者が「警戒レベルを設定」するので、一般人に向けては「まだまだ安全 、大丈夫」という誤ったメッセージを発信することになっている。登山客がわんさと登っていたのも、そういう逆転現象のおかげだ。

【なぜ予知できないのに、予知と言う?】
自然現象を何でもかんでも定量化して「預言」が可能になるという、エセ科学の動力は一体どこにあるのか…。科学界の研究費獲得という動機だけだろうか?
それで思い出すのは、鹿児島県の川内原発の安全審査で再稼働を認めた理由にある「噴火は予知できる」という記述である。
「…同論文を根拠に、モニタリングを行うことで巨大噴火を予知でき、さらに予知してから噴火までに核燃料を搬出する十分な時間があると判断している。…」
http://toyokeizai.net/articles/-/47016
お馬鹿さんとしか言いようが無い。
これには、さすがの「火山噴火予知連絡会」の会長も、「同論文(外国論文)」は当てはまらない、と疑念を表明しているが、もはや暴走体質あらわな現政権は聞く気など無い様だ。
電力と国が、すでに世間に定着してしまった「予知」の預言的印象を徹底的に使い倒して世論工作している。科学者や、その知見をゆがめるほどに「経済的社会的理由」をごり押ししてきた人びとは、責任を感じる必要があるだろう。

【神の怒りが爆発する前に核燃料をせっせと運び出す…?】
いずれにしても、原発推進のためには、火山噴火は「予知」できることにして、「その合間をぬって核燃料をセッセと運び出せる」という事にしておかないと都合が悪いらしい。(さあ、誰が運び出すというのだろうか)
想像するだけでも、戯画的な構図であり、実際には、何も手を打たないまま、偶然の災害に見舞われ、当然なりゆきまかせで、運が悪ければ原発が破裂するだけのことである。
しかし、推進の言い訳には、「神の怒りも前もって予知が可能だ」という事にするしかないようだ。原発が、それだけ一触即発の危険な施設であり、事故を発生させたときの被害量が、他のすべてのものとも比較しようが無いほど大きいという事実を、自分から「裏声」で認めているようなものである。
いずれにしても、政府によれば、自然界の現象はすべて「予知」できるほど、日本の科学は神様水準となっているらしい。
3.11の地震も津波も予知できなかったのに、である。その悲劇を体験したあとに、である。STAP細胞騒動で世界の失笑をかっているにもかかわらず、である。
金儲けや一部の「産官学ムラ」の都合のためなら、一転なんでも「予知できる」といい続ける。意図的に演出された「過信」である。

【予知/予見を詭弁で使うことに躊躇いの無い一部科学者】
一方で、「予知できない」といえば、それが正直で正しい立場なのか? 
どっこい、それほど世の中は単純ではない。「予知/予見は不可能」という一見、“科学の限界に謙虚な視点” を装いながら、それに巧妙に作為を加えて、同じく犯罪企業の言い分を代弁しながら、自己を売り込む御用学者もいる。
実際、産業公害では責任逃れを図る企業が、自らが引き起こした事件事故を「予見不可能」だったと声高に主張する。そして、時に、見識のない裁判官が見事にだまされて一時的に無罪となる。森永ヒ素ミルク中毒事件でも森永は一審で無罪となり、百人以上の乳児が殺されても、「加害者は誰でしょう?どこにもいません」などという恐ろしく不正な状態が14年以上にわたって続いた。
最近では3.11以降「放射線は怖い」といいながら登場してきた武田邦彦氏が、一方で水俣病に関して、「チッソは有機水銀の有毒性を予見できなかったから無罪だ」という詭弁をサイトで拡散している。
歴史認識の無い人に対してのみ、刷り込み効果を発揮するような低俗な屁理屈だ。
低俗であるが、大変巧妙に偽装されている。
実際、この加害(原因)企業が主張する「予見可能性論争」に問題を矮小化し、加害者の免罪を進める手法が、今では、殆どの産業事故でまかり通っている。「予見/予知できるかどうかが責任の所在となる」という、驚くべき後退した思考方法だ。企業が社会に果たすべき結果責任を、科学者が認知論を詭弁的に振り回して煙幕を張り、曖昧化しつつ免罪を試みる。一般人や人文系専門家は、認知論が屁理屈の水準で悪用されていても、理系の論争には関与する資格がないかのように思い込まされ傍観者のまま時間が経過する。かつての産業公害では許されなかった類の詭弁が今また復活している。半世紀ほど逆戻りして1950年代の認識水準に下っている。

【科学は予知/予見不可能と言いつつ犯罪企業を免罪する詭弁の正体】
有機水銀中毒が発生するまでに至った水俣湾の汚染など、見たらわかるほどの汚染状態で、発症が集団的に明確化し、科学的に証明する動機が科学者のなかに生まれる、その何年も前から、被害が起こっている。
先の武田氏の詭弁は簡単なトリックに基づいている。
わかりやすい事例を提示する。最近の先端化学工場の事例でいうと、一部では化学組成の不明なほどの怪しい最終廃棄物が産出される。それを万が一海に放出したらどうなるか、と仮定する。そもそも化学組成からして不明な物質が、どんなメカニズムでどんな影響をどこの住民に生み出すか、当然、事前にはわからない。海に流せば複雑な生態系のなかで生体濃縮が発生し毒物が蓄積されていくことは明白であるが、自然界のなかでどんな因果関係が生まれるか、あらかじめ予測することは科学的には困難だ。いや実際に流してみなければその物質が環境に与える挙動は正確にはわからないだろう。
であれば、「流す」のか? いや普通は流さない。だから実際、よりまともな企業は海に流さず、コストをかけて地上で特殊処理している。
だが、武田邦彦氏の言い分だと、「この怪しい廃棄物を海に排出した企業は、“科学的な被害予測ができなかった”  という単純な理由で無罪放免」となる。
こんな屁理屈をもっともらしく展開する御用学者が世間にウヨウヨいる。

【因縁果律の掟】
水俣病に関しては、むちゃくちゃになった生態系で有機水銀中毒が発生した原因を懸命に究明していた良識ある医学者に対して、チッソは、怪しげな仮説を意図的に乱立させて目くらましを食らわせ、森永ヒ素ミルク中毒事件の5人委員会や西沢委員会の大成功に見習って御用学者を動員して徹底的に邪魔し続けた。そのチッソを「企業さんが事前に被害予測ができるわけがない」のヒトコトで免罪する科(化)学者がメディアに大量出演して、言いたい放題の連続である。こんな無節操が跋扈している現状こそ、深刻な精神後退だ。

科学者が、わかりもしない現象を「予知できる」かの様に振舞ったり、逆に、犯罪企業の責任逃れに加担して「科学は予知できない」を、社会的責任論に無理矢理混ぜ込んで社会倫理を毀損したり...。詭弁が大流行りの昨今だ。科学者がその専門知識を「自己の処世術」で使い始めれば、物事を主客転倒させて見せることなどたやすいと言う事を一般人は警戒しておかなくてはならない時代だ。科学リテラシーを磨いて、素人が彼らの論文を精査するぐらいの覚悟をもたないと、たやすくだまされ、人間の尊厳も毀損され、命さえ奪われ続ける。

この人間社会の創り上げた科学の「ご都合主義的処世術」に、神は、御嶽山の噴火で警鐘を鳴らしたのかもしれない。生きている人びとが、自分のことにしか関心をもたない利己主義を「自由」と混同し、隣人の不幸や哀しみ、不正な行為に怠惰な姿勢を取り続ければ、正邪は逆転する。真の悪は、共犯者の助けを借りて大手を振り続け、世の隅々にまで蔓延跋扈する。それは次の不条理を準備する。そして、犠牲になった人びとの魂は永久に浮かばれず、その怨念は宙を漂い、生きている人びとに別の災厄としてふりかかるだけである。それが因果律の掟というものだ。

「墨塗り」事故調書が「公開」さる。 吉田昌郎氏を英雄視する誤り。

9月11日、政府は東電福島第一原発事故に関して政府事故調19人分調書を公開した。

ここで明らかとなったのは、吉田氏の発言が何らかの社会的正義性をもったり、同人が英雄視される理由など何もない、ということだ。
「逃げたとか逃げない」とか、被災者からしたらどうでもいい事ばかり話している。所詮、加害者側にいる者の「言った言わない」の言い訳の世界だ。
一部メディアは、これまで慎重かつジンワリとチマタの人々に、「所長、“何度か死に掛けた”」「所長最後まで現場にいた」「所長死んだ、過労だろうか、かわいそうに」という無意味なイメージ=「虚像」をつくり上げてきたフシがある。調書が闇に隠されているのをいいことに、彼への英雄像を、じんわりとつくり上げてきた。
そして今回調書が公開された。
吉田氏本人の語りをみてみよう。所詮、仕事を語っているに過ぎない。それに加え、「自分が言ったことと違う正確でないアナウンスへの怒り」みたいなものをああだこうだと吐露している。だが肝心の、発電所の現場最高責任者としての「社会的責任」への自覚は殆ど見られない。その責任を「現場の言い分」を百も並べることで相対的に矮小化を図っているように見えるフシがある。まるで、「自分は原発のオペレーター(に過ぎず)で、放射性物質の拡散なんか計算してもないし聞かれてもわからんのに、そんなことを聞く政治家の馬鹿やろうだ」みたいなことを節々で言いまくっている。ミクロの理屈ではそうだ。だが、かれは、余りに明らかな自己の社会的責任については口を閉ざしている。避難範囲についての意見を聞く者を、「見当ちがいだ」とそこまで揶揄する資格が彼にあるだろうか? 彼は加害者である東電の現場の第一責任者である。
挙句に「(対処が)遅いといったやつを許しませんよ、…ではお前がやってみろと言いたいんですよ…その話は私は興奮しますよ…」オタクかカルトか?この言い草、この逆切れぶり…。自己内省度、反省度ゼロだ。悪事や不祥事がバレて開き直るときの常套句「文句があるならお前がやってみろ」だ。ならば言おう。「文句を言われるような事態を起さないように事前に会社と闘って努力しろ。事故を棚に上げて自分の仕事ぶりの自慢話をする暇があれば、被災者が “もういいよ” というまで謝罪し続け、事故を起した自分を反省し続けろ。あなたは、こどもか?」
そしてついでに言う。その調査で語った「許しませんよ、興奮しますよ」…それを被災者の前で言ってみなさい。「顔面にパンチ」では済まないだろう。

加害者としての立ち位置への自覚が全く無い人間だ。一部メディアが現場の責任者を「妙に持ち上げてしまったおかげ」=副作用だ。
まるで、「STAP細胞ありま~す」「私には責任ありません」「会社がわるいんで~す」と理研に責任転嫁してなんとか批判の矛先をかわそうとしている小保方晴子氏、その「中年おじさんバージョン」に見える。みっともない姿だ。

結局、自己内省の足りない現場責任者の姿が露に
みんなが怖がる放射線の中に居たという、ただそれだけで、なんとなく「福島フィフティ」などと持ち上げてきた。それ自体が笑止だ。神風特攻隊を美化する短絡と同じだ。だが彼は道具として消耗された兵士ではない。少なくとも彼は、東京電力側の原子力を稼動させる立場にいた人間だ。
百歩譲って、吉田所長は、事故前から、東電福島第一原発の管理責任者として、今回の事故が起こらないようにするための内部告発をしたり、東京電力と闘ってきたのか? NOだ。そもそも「津波や地震には素養がない」と発言している。
「自然現象への素養?そんな詭弁を遣わなくてもいい、予知などできなくてもいい、あなた方には結果を回避する義務があるんです」と断固として諭す者が少なすぎる。もっとも重要な責任部分を“しらぁ~”とかわしている、単なる無責任人間ではないか。

吉田所長と正反対の、「隠れた英雄」は世界中にいる
逆に、内部告発をして、いじめられて、そうやって会社を去った人間は何人もいる。
かつて、巨大航空機メーカーのある技術者は、就航前に空中爆発の危険性への警鐘をならし、内部告発をして、会社を解雇され、生活の糧を失った。たが、それでも彼は粘り強く世間に訴えた。結果二階建て巨大ジャンボ機は内部告発者の指摘を改善して1年遅れで就航した。そういう人々は沢山いる。

一方、彼は電力会社に居残った側の人間だ。自分の管理する発電所への批判を省みて改善改革の努力もしていない。仕方なく作業しただけだ。何を偉そうに「あほみたいな国、あほみたいな政治家ども」などと言っているのだ。その「アホみたいな政治ども」にあなたの給料の支払元である電力がワイロを送りまくって、その電力と買収された政治家が、交付金と言う名の麻薬を貧しい村にバラ撒いて心を狂わせ、強行建設していった原発が、この吉田氏の職場だ。その原発の所長で厚待遇に甘んじて、なにも根本的改善をはからなかった自分への深い自覚がまったく見られないのは、今回再掲された吉田調書の内容にしても同じ。「あほな政治家と一緒にコップのなかでぐるぐる回っている」だけだ。「福島フィフティ」とかいって、おかしいんじゃないの?と、そろそろはっきり言わないといけない。東京電力福島第一原発事故は最低あと半世紀は続く。放射性物質が拡散され、地下水を汚染して海に流れつづけ、廃炉作業にしても40年以上かかる。原子力の場合それは事故の継続中と同義語だ。したがって、正邪の闘争も永遠に続く。それに連動して社会も影響をうける。或いは、その逆かもしれない。産業公害も被害者が後遺症に苦しみ続け、加害企業が歴史の偽造を平然と継続し、事件は継続中だ。原子力事故とて同じだ。
森永ヒ素ミルク中毒事件における狂った歴史歪曲主義の策略は、この事故の半世紀先に何が起こり得るか、それに大きな示唆を与えているといえるだろう。

御用学者の「復権」がまかり通る狂った社会
1955年発生の森永ヒ素ミルク中毒事件で被害者を圧殺する先頭にたった岡山大学医学部小児科の浜本英次教授。
当時の厚生省は「最初にヒ素の発表をした」英雄として表彰した。これと同じパターンの焼き直しだ。
その後浜本氏は阪大の西沢氏とコンビを組んで、被害者救済運動を圧殺する先頭に立つ。御用学者として徹底的に手を汚していく。そもそも彼はヒ素中毒の発表を遅らせた張本人であり、食中毒通報さえ怠った。本来、人命を守る最低限の義務さえ医師として放棄した。刑事犯にされてもおかしくない。しかも、本当の第一発見者を押しのけて、自分が発見したと厚顔無恥に売名に走った人間だ。それが2000年をすぎて「復権」を果たしている、果たし続けている。左右の勢力がそれを大政翼賛で支えている。金と権力を手中にすると、黒を白と言いくるめて一顧だにしない。醜悪極まりない姿だ。
浜本氏の所業は、そのほんの一部が下記サイトのPDFに事実として暴露されている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm

そして、当時の厚生省の手先になった連中は、この数十年間をかけて、次々にこの御用学者を免罪してきた。このような、数十年の無責任社会への逆行思潮の延長線上にあるのが吉田英雄視だ。

「結果回避義務」が企業にはある
森永では、当初検察側の訴訟構成に弱点があった。そこを徹底的に衝いて、森永は無法にも無罪を勝ち取り、調子づき、遣りたい放題の金儲け主義に拍車をかけた。被害者圧殺中に刊行された「森永乳業50年史」は悪魔の辞典である。森永製菓出身の電通の常務が、意気揚々と、世論工作をしてやりましたわ、と自慢話にふけっている、それをしっかり拝聴しよう。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm
こんなのは序の口。
乳児を大量虐殺しておきながら、実際に森永がやったことは、筆舌に尽くし難い鬼畜の所業だ。

それを許さず、血みどろの戦いに呼応した市民運動と日本の法曹界が学習した貴重な知見(以下学術論文)が今、まさに失われている。このような貴重な判例も、行動し、訴える人間がいないと活かされない。犯罪者たちは、世論を工作して、森永ヒ素ミルク中毒事件で得られたような画期的な判例を、そもそも適用しなくてもいい、問題を問題として提示されることのない「おとなしい社会」をつくろうとしている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nakajima-takako-ronbun02-nihonno-kagakusya.pdf

森永ヒ素ミルク中毒事件では、その後十数年をへてから、かろうじて工場長が有罪判決を受けたが森永社長は全くおとがめなしだった。市民が森永製品全面不買運動を全国に広め、会社が倒産の危機に追い込まれるまで、反省度ゼロの会社だった。そして被害者団体と救済に合意したあとから、早くも被害者団体内部の腐敗分子や組織私物化を目指す党派イデオロギーを橋頭堡として、露骨な介入を始める。未だに、反省度ゼロだ。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

森永乳業の罪を免罪し、御用学者の復権をめざす本末転倒のイデオロギーに代表される、このような思潮の蓄積が、こういうおかしな状況を「自然な風に」見せて行く。一種の思想的全体主義だ。「予見可能性」という、すでに法的には通用しないカビだらけの詭弁で「チッソは無罪」と公言を続ける武田邦彦氏みたいな人間がイマドキ跳梁しているのも、その好例だ。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1000735400.html

抹消されていく被災者の情念と、巧妙に仕込まれるプロパガンダのピース
そして、故郷に帰れず棄民化される現地住民の憤りや恨みは、「花は咲く」といった、とても美しい旋律で曖昧化され、成敗、平定されていく。みんなで歌を歌いながら「憤りを表に出してはいけない」と言葉を遣わず説教を垂れる知恵者がいる。
理不尽な目にあった人々が、理不尽な忍耐の精神を強要されていく。周囲のものは、涙をながして、一瞬だけ同情し、そういう自分に酔いしれて、現地の人々の情念など思いもよらない。そして、時間がたって、忘れて、それで終わりだ。

さらに悪質なのは、「ぐちゃぐちゃいうものは、所詮金目当てだろう」という巧妙なる世論工作がすでに水面下で張られていることだ。

「金目でしょ」発言も意図的に流された可能性さえあると思えるくらい、被災者に刃を向けたプロパガンダだ。世論と被災者を、気付かれないように分断するプロパガンダ、それらを構成する重要なピースがあの発言で見事に埋め込まれたことは間違いない。「失言」の形を敢えてとったのなら、「分断工作の手法、より洗練されてきましたね」と、とりあえずは感心してあげよう。

森永ヒ素ミルク中毒事件時の「5人委員会」の焼き直し
さらに三周下って、加害企業への感謝を要求する正邪逆転

この「金目」発言も、1955年に森永乳業と国とメディア幹部が作り上げた「5人委員会」の戦略戦術とまったく同じものだ。生き写しのような焼き直しである。
あまっさえ、現状の森永ヒ素ミルク中毒事件では、「本当に金に目がくらんだ」者たちが、被害者に対して「我々は金目当てではない、カネ、カネというな」と、いかにも高邁な御宣託を垂れるポーズをとりつつ、陰で、森永乳業のすでに通用しなくなったカビまみれの「無罪主張」をどうやって世間に浸透させようかと四苦八苦している。
挙句、「いまでは森永さんは被害者にとって大切なスポンサーさんなのだよ、それを君たちわかっているのかい。森永さんの繁栄を望まないといけないんだよ。森永さんのご機嫌を損ねることをしちゃあいけないんだよ。被害者が先頭に立って森永製品の販売促進運動をするくらいじゃないといけないんだよ」と、数十年に渡る刷り込み「教宣」(←このような日本語はそもそも存在しない。左翼党派内専門用語)に手を染めるに至っている。

異論を唱えると「みんなに迷惑を掛ける人」なるレッテルをはられる。貼られるほうも、先人たちの情念など知る機会を得ていないから、すぐに鳴き止む。
計画的に吹き込みをしている連中は鬼畜だが、それに流されて、「教宣」活動に邁進する愚かな兵隊達の姿も、また異様に哀しい。

水俣病患者が、患者団体の幹部から「患者自らチッソ肥料の販売促進運動を先頭にたって行えばチッソが儲かって君も幸せになれるかもよ」などと説教されてるようなものだ。このような、糞溜(くそだめ)みたいな奴隷思想を吹聴して憚らぬ風潮が日本社会にはある。こんな倒錯にメディア自体が疑問を挟むことができないで、なんで東京電力の責任を追求できようか?
吉田英雄視が堂々と罷り通る背景には、虐げられたもの達の情念を理解できなくなった社会全体の精神疲労がある。まさに石牟礼道子氏が、「最近の人々には、人間の情念を理解しようという努力がない」と看破した社会の行き着いている姿だ。

 

 

日本の「名誉」を傷つけるとは、こういう行為では?
1.極右代表と撮影:高市氏と稲田氏ら、欧州メディアが批判

毎日新聞 2014年09月10日 12時05分(最終更新 09月10日 12時56分)
http://mainichi.jp/select/news/20140910k0000e010272000c.html?inb=twAFP通信が世界に配信した写真
 高市早苗総務相や稲田朋美政調会長ら自民党の国会議員3人が以前、日本の極右団体の男性代表と議員会館で撮影した写真が、団体のホームページに一時掲載されていたことが10日、分かった。ホームページにはナチス・ドイツの「かぎ十字」や外国人の流入阻止などの主張を掲載しており、欧州などの主要メディアが相次いで批判的に報道した。写真は議員側が抗議し、既に削除されている。

 団体は「国家社会主義日本労働者党」。

 高市衆院議員の事務所によると、問題の写真を撮影したのは3年以上前という。「雑誌の取材を受けた際『山田』と名乗る男性が同席し『一緒に写真を撮りたい』と言うので、雑誌の出版社を信頼してお応えした。どういう方か全く知らなかった」と語った。

 また、稲田衆院議員の事務所は文書で「(山田と名乗る男性とは)雑誌取材の記者同行者として一度だけ会い、その際、写真撮影の求めに応じた」と回答。「その人物の素性や思想はもちろん名前も把握しておらず、それ以後何の関係もない」という。

 西田昌司参院議員の事務所は「撮影を頼まれたら普通は断りにくい。極右団体のリーダーとは全く知らなかった」と説明した。

 一方、英紙ガーディアン(電子版)は、インターネット上での発言などから男性は「ヒトラーを崇拝している」などと指摘。「(高市氏らが)男性と信念を共有しているという証拠はないが、安倍首相が政権をさらに右傾化させているとの批判に油を注ぐだろう」との見通しを伝えた。

 米ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副所長は9日、毎日新聞の電話取材に「(写真を)見て首を振らざるを得ない。こうしたことが起きないよう責任を持って対処する人はいないのか」と強い不満を表明した。【野島康祐】

2.高市総務相ら、「ネオナチ」と写真撮影 英紙など報道

朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S11344601.html
斉藤佑介、吉浜織恵20149102338
 高市早苗総務相自民党の国会議員3人が、ナチス・ドイツのシンボル「かぎ十字」に似た旗などを掲げて行動する団体の男性代表と一緒に写真に納まっていた。団体のホームページ(HP)に一時掲載された。欧州を中心とした海外メディアが相次ぎ報じた。

 「どういう人物か知らなかった」

 団体は「国家社会主義日本労働者党」。HPでは「外国勢力から祖国民族を守護」「日本民族の優秀性を確認し血の純血を保持」などと訴えている。撮影には高市氏のほか、稲田朋美政調会長と西田昌司参院議員が応じていた。

 団体代表の山田一成氏(52)や3議員の事務所によると、2011年夏、山田氏が論壇誌のライターとして個別に議員会館を訪れ、インタビューをした後、「一緒に写真を撮りたい」と撮影したという。

 高市氏の事務所は10日、「付き合いは全くない。出版社がスタッフとして連れてきた方が2ショットを撮りたいとのことで応じただけ。どういう人物か知らなかった」と説明。指摘を受け、出版社を通じて写真の削除を求めたという。

 稲田氏の事務所は同日、「所属団体を含む素性や思想はもちろん、名前も把握しておらず、それ以後何の関係もありません」と文書で回答。西田事務所は「彼が何をしている人物か全く分からなかった」としている。

 山田氏は「思想は明かしていない。記念にHPにアップしたが、議員に迷惑をかけるつもりはなかった」と答えた。

 第2次安倍改造内閣発足後、ネット上で話題となり、AFP通信が8日、高市氏らが過激思想の団体代表と写真撮影をしたと配信、「安倍晋三首相が周辺に右寄りの人々を集めているとの論調に拍車をかける」と伝えた。配信を元にシンガポールのストレーツ・タイムズ紙、英タイムズ紙や英ガーディアン紙などが報じた。同紙は「ネオナチとの写真、安倍首相の悩みの種に」と発信した。

 吉田徹・北海道大准教授(欧州比較政治学)は「ドイツではナチスを肯定する言説だけで罪になり、フランスでは歴史修正主義を公に発言すると法に抵触する。ナチスの思想信条を是とするような人と写真を撮る現役の政治家はいない。だから欧州メディアが驚きをもって報じたのでは」と話す。(斉藤佑介、吉浜織恵)

高市氏が推薦文を書いたとされる「ヒトラー賛美本」
3.「どういう人物か知らなかった」?
高市早苗氏、以前からナチに親しんでいた。
http://matome.naver.jp/odai/2141031878564112301

からナチシンパだった!? 高市早苗総務大臣が自民党広報部長の「ヒトラー賛美本」推薦文を書いていた
「松下政経塾」もこの本と同じ精神で活動していると書く。へえ、そうなんだ…。

AFP通信
内閣改造で起用の2議員、ネオナチ団体との関係を否定
20140910 14:10 発信地:東京
910 AFP】安倍晋三(Shinzo Abe)首相による内閣改造に伴って重要ポストに起用された2人の議員が、過去に国内のネオナチ思想を掲げる極右団体の代表と共に撮影した写真が団体のウェブサイトに掲載されたことを受け、両議員は8日、事務所を通じ、過激思想の疑惑から距離を置くコメントを出した。
総務相に就任した高市早苗(Sanae Takaichi)衆議院議員と、自由民主党の政務調査会長となった稲田朋美(Tomomi Inada)衆議院議員は、団体「国家社会主義日本労働者党(National Socialist Japanese Workers Party)」のウェブサイトに掲載されていた別々の写真の中で、同団体の山田一成(Kazunari Yamada)代表とツーショットで収まっている。
これらの写真は、安倍首相が自身の周辺を右寄りの政治家で固めているとの疑惑をさらに過熱させることになるだろう。
山田氏のブログ投稿は、ナチス・ドイツ(Nazi)の指導者アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)への賛美や、2001年の米同時多発テロを称賛する内容を示している他、国家社会主義日本労働者党のウェブサイトでは、デモで「かぎ十字」を身につけた山田氏を写した映像が公開されている。
2議員を写した写真には、「20116月か7月にかけて所謂、自由民主党の保守系議員を議員会館に訪れ、会談した」との説明書きがある。
高市議員と稲田議員の両事務所の関係者は8日、これらの写真が本物であり、過去数年の間にそれぞれ議員会館で撮影されたものであることを認めた上で、山田氏との政治的なつながりは否定した。
高市議員の事務所関係者はAFPの取材に対し、山田氏について「何かの取材のときに取材者が連れてきた人で、写真やメモをとる係の人だった」と説明。「その人が誰か知らずに写真を撮った。(高市議員は)撮ってといわれれば撮るから」と述べた。
事務所では、メディアからの問い合わせを受け、山田氏側に写真の削除を申し入れたという。この事務所関係者はさらに「うかつだった」と述べ、高市議員は山田氏の思想を「まったく支持していない。うちとしては迷惑だ」と話した。
一方、稲田議員の事務所関係者も、同議員はネオナチ思想に賛成していないと言明。「支持していないし、そう誤解する人がいたら残念だ」と述べた。(c)AFP

英国ガーディアン紙
The Guardian, Tuesday 9 September 2014 05.18 BST
http://www.theguardian.com/world/2014/sep/09/neo-nazi-photos-pose-headache-for-shinzo-abe
Neo-Nazi photos pose headache for Shinzo Abe
Two newly promoted political allies of Japanese PM shown smiling alongside far-right figure Kazunari Yamadaガーディアン紙掲載写真

Justin McCurry in Tokyo
The Guardian, Tuesday 9 September 2014 05.18 BST 
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Pictures from Japanese neo-Nazi Kazunari Yamada’s website show him posing with Shinzo Abe’s internal affairs minister, Sanae Takaichi, and his party’s policy chief, Tomomi Inada. Photograph: Guardian

Barely a week after Japan’s prime minister, Shinzo Abe, overhauled his administration amid flagging popularity, two of his senior colleagues have been forced to distance themselves from rightwing extremism after photographs emerged of them posing with the country’s leading neo-Nazi.


Sanae Takaichi, the internal affairs minister, was among a record-equalling five women selected by Abe as he attempts to make his cabinet more female voter-friendly and to increase women’s presence in the workplace.

Takaichi, an Abe ally on the right of the governing Liberal Democratic party (LDP), was pictured posing alongside Kazunari Yamada, the 52-year-old leader of the National Socialist Japanese Workers party, on the neo-Nazi party’s website.
A smiling Takaichi and Yamada appear together standing in front of a Japanese flag.
Yamada has voiced praise for Adolf Hitler and the September 2001 terrorist attacks on the World Trade Centre. In a YouTube video Yamada’s supporters are seen wearing swastika armbands, while he denies the Holocaust took place and criticises postwar Germany’s ban on the Nazi salute, accusing the country of being “no different from North Korea”.

Takaichi met Yamada “for talks” at her office in the summer of 2011, according to her office. Confirming the photographs were genuine, a spokesman for Takaichi claimed her office had been unaware of Yamada’s extremist views at the time.


“[He] was an assistant to an interviewer and was taking notes and photos,” a member of Takaichi’s staff told AFP. “We had no idea who he was back then but he requested a snap shot with her. [She] wouldn’t have refused such requests.”


Media coverage prompted her office to request that the photographs be removed but by then they had already been widely circulated on social media.


“It was careless of us,” the staff member said, adding that Takaichi did not share Yamada’s views “at all … it is a nuisance”.


A second photograph shows Yamada standing alongside Tomomi Inada, another close Abe ally who was given the powerful job of LDP policy chief. Inada’s office was quick to distance the MP from Yamada, whose website celebrates the “samurai spirit” and proclaims that the “sun shall rise again”, saying it would be disappointed if the photograph led people to “misunderstand what she does”.


While there is no evidence that either politician shares Yamada’s neo-Nazi ideology their appointment has fuelled accusations that Abe is taking his administration even further to the right.


Takaichi and Inada have both visited Yasukuni shrine, which honours Japan’s war dead, including 14 class-A war criminals; last week, Takaichi said she would visit Yasukuni again, this time in her role as minister. “I’ve been visiting Yasukuni as one Japanese individual, to offer my sincere appreciation to the spirits of war dead,” she told reporters. “I intend to continue offering my sincere appreciation as an individual Japanese.”


China
and South Korea view politicians’ pilgrimages to the shrine as evidence that Japan has yet to atone for atrocities committed on the Asian mainland before and during the second world war.
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同胞の悲劇にさえ口を閉ざす心無き政治の象徴
最近の政界はナチス親衛隊ばりだな、と思っていたら、案の定、ヒトラーのプロパガンダに学ぶ本を真面目に参考書にしていたのだね。「我が闘争」をひそかにバイブルとしてきた某党広告代理店の関係者なども同類。
ユダヤ人大量虐殺なんか、なんとも思っていない、人の心を失った魑魅魍魎としか言いようが無い。
従軍慰安婦問題で「日本の名誉」を云々する暇があったら、まずこういうことからケジメをつけて、それこそ、池上氏がいうように、全世界に対して謝罪したほうがいいだろう。
ハンセン病や水俣病など、或いは森永ヒ素ミルク中毒事件での被害者圧殺に関して、御用学者や関係官僚が謝罪の一言も発していない事、むしろその「弟子」たちが、懸命にそれを復権するための画策をやめていないこと、それら同胞の悲劇に口をつぐんできた日本全体の過去が未だ何も精算できていない現実について、「日本人の名誉」を叫ぶ向きは、どう考えているのだろうか? 何も聞こえてこない。

English Version

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-NOSE-REPORT-J-TO-E-byEitaroNOSE-pdf.pdf

ブログ「世に倦む日々」
朝日叩きのファシズム - 池上彰の騒動に軽薄に便乗する左翼・リベラル
http://critic20.exblog.jp/22563294/
反動のプロパガンディスト池上彰と視野狭窄な水島宏明の朝日叩き
http://critic20.exblog.jp/22567938/
で、
憤りをこめて掲載されている写真の中に以下のようなものがある。
池上彰が朝日新聞と個人的に揉めるのは勝手だが、それは、彼の“商売”上のトラブルだ。それが、こういう結果になっていることに関して、彼のアナウンスは全く聞こえてこない。NHK経営委員のカルトな面々、「イスラム国」湯川問題で自粛を迫られていた面々も勢いづいて、大いに跳梁を始めている。
マスコミへの白昼堂々の暗殺予告
極めつけはこれ。
It is written for the placard, "We annihilate all employees of The Asahi Shimbun ".

朝日新聞阪神支局の記者を殺害した犯人が自称した「赤報隊」なる名称を白昼堂々名乗って、「朝日新聞社員を皆殺し」とプラカードを掲げて行進している。

これが民主主義国家を標榜する日本の現状なのだ。街頭で暗殺予告のプラカードを掲げて行進しても取締りを受けない。まるで、かつて内戦に明け暮れていた中南米やフィリピンの極右暗殺テロ団の姿そのものだ。

何が右翼で、何が左翼か、もう殆ど区別がつかない時代だが、知人には、我こそ真の右翼という人や、義侠的右翼、原点&オーソリティとしての右翼を自認する人、右翼とか左翼とかには関係ない軍事関係者も沢山いて、非常に楽しい付き合いをさせてもらっている。だが、上記写真の集団は、それらの人々とも人間の「質」からして全く違う、無縁の集団だ。

「嫌韓」「嫌中」などと、人間の奥底のプライベートな感情をオフィシャルに大見出しで躍らせる媒体の作風そのものが、遅れた文化水準であることを図らずも表出している。で、一方で、「韓国や中国の水準は低くて嫌いだ」と言っている。こういう状態を堂々巡りの思考停止という。
それを自覚できず、「嫌韓」「嫌中」記事を読んで、日頃の個人的ストレスの溜飲を下げる人が多いのだろう。

朝日はリベラルで、毎日や読売や産経が別物だとは思わない。いずれの社にも、良心的で誠実な記者は沢山いる。いずれの社も問題をかかえているが、それはそう大きな違いのない問題だ。そして、いつの時代にも「人権を踏みにじられた人々の情念の叫び」は大体において封殺されたままだ。企業がその犯罪に関与している場合、左右の政治勢力とともに、メディアは見事に足並みをそろえて「黙殺」に走る。「事実誤認」「倫理コード逸脱」「訂正サボタージュ」など、大から小まで各社に一様に存在する。

それに比べれば歴史認識や政治思想を発掘し、「公開の場」で「正々堂々と」ぶつけ合い、喧々諤々の議論をするという一見タイソウな事も、多少荒っぽくまとめると所詮、「趣味の世界」だ。
だが、ストアな趣味の世界さえオープンに楽しめず、逆に、自己の考え方を「戦闘力の誇示」や陰湿な「粛清や査問」という、アンダーグランドかつ威圧的な手法で強要していくのが左右の全体主義者だ。そこには大体、背景に商売がからんでいる。やっている当事者のごく一部は趣味的ではあっても、不満者・貧困者を囲い込み、特定の政党勢力の利害に奉仕することで、そこに絡む様々な態様の金銭のおこぼれで飯を食っている謂わば「貧困ビジネス集団」。これらが左右の実働部隊を動かしている。そしてこのような実働部隊が跳梁を始めると、思想は趣味ではすまなくなり、現実化する。その典型がナチであり共産主義だ。結果、無数の銃弾と砲弾の鉄片が兵士の体を引き裂き、市民の頭上に「なぜか大量の火の粉」と「粛清の嵐」が降り始めるといった、空前絶後の「痛くて辛い修羅場」が登場するに到るのだ。

左右がお互いに刺激しあってヒートアップすることを止められない日本。自己崩壊したワイマール体制下のドイツを改めて思い出す。


In Japan, an assassination notice to a newspaper reporter is openly perpetrated in broad daylight.
A murder notice of broad daylight
朝日新聞記者への暗殺予告 Assassination notice to a reporter for The Asahi Shimbun  従軍慰安婦 Military brothels  Comfort Women  

笑えるようで笑えない記事が産経新聞に載っていた。

臨時国会の焦点が、朝日新聞? 暇をもてあます税金泥棒的野党
---------------以下引用-------------------
野党も続々朝日批判 民主有志は国会追及確認 臨時国会の焦点に
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140829/stt14082920510005-n1.htm

2014.8.29 20:51「慰安婦問題 核心は変わらず」の見出しがある8月28日付の朝日新聞紙面(矢島康弘撮影)
 朝日新聞が慰安婦に関する記事の一部を「虚偽」と認めて取り消した問題で、朝日の報道を検証する方針を固めた自民党に続き、野党でも朝日の責任を問う動きが強まっている。民主党有志議員の29日の会合では、朝日の説明責任が不十分だとして国会で追及すべきだとの意見が噴出。他の野党も批判的な声が多く、「朝日問題」は秋の臨時国会でも焦点となりそうだ。

 「国連人権報告も米下院の対日非難決議も慰安婦像の世界各地での設置もベースは吉田証言だ。その根拠が崩れた。おとしめられた日本の名誉を回復すべく取り組んでいきたい」

 民主党有志でつくる「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」会長の渡辺周元防衛副大臣は29日の会合で、こう訴えた。

 「慰安婦の強制連行」を証言した吉田清治氏の記事を取り消した朝日の検証報道を受けて開かれた今回の会合には、渡辺氏や松原仁国対委員長ら6人が出席。「謝罪も何もない。自浄努力が望めないのなら、国民の代表のわれわれが検証していくことが必要だ」(鷲尾英一郎衆院議員)など朝日批判で染まった。

 朝日に対しては党幹部も「大変残念な報道だ」(大畠章宏幹事長)と批判的だが、表現の自由との兼ね合いもあり、国会での追及には慎重だ。だが、会合では朝日の虚偽報道を基に世界に広まった誤解を解消すべきだとの認識で一致。朝日の追及に加え、臨時国会では日本の名誉挽回へ積極的に取り組むよう政府に働きかけることを確認した。
---------------以上引用おわり-------------------

民主党ほか野党は、自らの「自浄能力」こそを問題にせよ
 世の議員というものは、自分たちの「自浄能力」のなさが全国で赤裸々になっている事を、もっと「認めて、改善」したほうがいい。こういうパフォーマンスで「与党っぽい」議員に見られると期待している議員らも、お粗末極まりない「裸の王様」だ。最近の政治動向と日本社会の混迷ぶりが明確になっていて、興味深い。

 昨今、こんな話を聞く。 
「最近、色々な人から、“日本は前の戦争で何か悪いことをしたの?”って、真顔で言う人が多くなっていて、ほんと、びっくりしたよ」。

 そうだろう。あれだけ大規模な戦争、しかもアジア地域への全面的な侵略戦争を実行したのに、「日本軍はなんにも悪いことをしてない」と思い込む人が増えていて、多少とも知識がある人は驚かされるようだ。現代の「少国民」は、まず、いい年をした大人が先陣を切る。この議員たちも似たり寄ったりだ。

金満大国の夢から抜けられない哀しい日本
 経済成長の成功体験から抜けきれず、国際的な力関係の変化に大した対応策も持てない自国の現状。その要因を深く考えることなく狼狽し、貧しい国が豊かになることを嫌悪し、自国と同じ経過を辿っているに過ぎない事を認めることができない。そして、なんらかの個人的不満のはけ口を、日本社会の改善に注ぐ事ができない勇無きものたちは、八つ当たりしてもリアクションの少ない立場の弱い外国人などにそのはけ口を向け(させられ)、声高に「侵略の事実など無い」とガナリたてる勢力に合流していく。各国で広がるカルト宗教、イスラム原理主義への組織化、アジアで残存するマルクス主義の名残りなどを含め、大方、こういう人間の精神構造を利用する心理誘導のテクニックだ。
 だが、左右含めた歴史の教訓、歴史の痛みに学ばない民族の将来は危うい。それが野放しに許される時代は過ぎている。そして、自暴自棄な思考方法に走るとき、その落としどころは大体、お互いを必要不可欠の存在として刺激しあう左右の全体主義的貧困ビジネスの手先に成り下がるか、自らを鼓舞陶酔するため、新たな衝突を期待する策略家に行き着く。そして一端、「熱い戦い」に直面したとき、真っ先に行方をくらましたり、「地下にもぐったり」、安全を確保した後方からメガホンと銃で「突撃!」などと恫喝を加えるのは、そういうデマゴーグたちだ。

 このものたちをしっかりと歴史に刻んでおこう。

 以下は、全体的に著しく信憑性にかけるウイキペディアだが、事実らしい部分に限って引用
 産経はこの会を「民主党有志でつくる同会」と書くが、ウイキは、自民党から以下の各政党にまたがる超党派だと書く。どちらかが嘘。

慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会 2014現在
民主党内の保守議員連盟。現在は自由民主党・民主党・日本維新の会生活の党の4党から構成されている。
【衆議院】
会長:渡辺周(民主党幹事長代行 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
事務局長:鷲尾英一郎 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
長島昭久民主党副幹事長 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会
松原仁 (民主党 東京都連会長)
吉田泉 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会に参加していた。)
笠浩史
 (民主党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
小宮山泰子 (生活の党 永住外国人の地方参政権を慎重に考える勉強会) 
鈴木克昌(生活の党 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会等所属)
【参議院】
芝博一 (民主党)
松下新平
(自由民主党 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会 健全なネットワークビジネスを育てる議員連盟
【参加していた議員】
河村たかし(2009年に議員辞職)田村謙治(2012年に落選)神風英男(2012年に落選)牧義夫(2012年に落選)北神圭朗(2012年に落選)三谷光男(2012年に落選)市村浩一郎(2012年に落選)大江康弘(2013年に落選)

 じわじわとすさんだ時代に入りつつある。

 この件に関しては、ブログ「世に倦む日々」も
朝日叩きのファシズム - 池上彰の騒動に軽薄に便乗する左翼・リベラル
として論稿を掲載している。



安部晋三氏は責任を感じないのか?
あまりにヒドい、「国民の生命と財産」への無関心ぶり。


災害発生「後」から、山梨の別荘近くのゴルフ場で森喜朗元首相らとゴルフを始め、1時間で切り上げ(されられ?)、官邸に戻り、色々指示を出したというが、
現場の大混乱が続く中で、なんとすぐに別荘にトンボ帰り。
そこから、かなりの長時間、すくなくとも、広島の悲劇が極大化し、後戻りできない状態にまで悪化している真っ最中に相当する二十数時間、丸一日近くの長時間にわたり、山梨の別荘で財界人と優雅に懇談を続けていた。そして現場の事態が、もう、どうにもこうにもならない事がはっきりしてから、慌てて官邸に戻っている様子が窺える。
(下図の時間は6時間刻みの縦線にしてある。)
この経過から見えるのは、官邸に戻ったのは「仕方なく」で、
実は「別荘に居たくて仕方がない」首相のホンネだ。

首相周辺は「首相は身ひとつで来てしまった」、などと言っているらしい。
よくこの様なことが恥知らずにいえたものだ。
別荘に、お気に入りのヘアーコロンでも取りに戻ったというのか?意味不明だ。
別荘にもどって、おしゃべりをしているだけではないか。
彼の行動を、新聞報道をもとに時系列化し「見える化」すると、おおよそ以下のようになる。
広島土砂災害の経過
これ…以前の民主党政権より、かなりヒドくないだろうか? 
このタイミングで原発事故でも起これば、菅政権の時より間違いなくヒドくなるだろう。
「首相、現場に介入して問題」...どころか「首相、そもそも現場には御関心なさそうで…」ってところだ。

要するに、他人の痛みがわからないのだろう。

いくら、災害規模が深刻であっても、今回の現場の大混乱の背景には、この国のトップの「無関心」があるといわれても仕方ない。やるべきことを、トップ自ら率先してやらず、悲劇の真っ最中に遊んでいるからだ。そういうことの是非が問われるのが、政治責任の議論だ。
韓国の旅客船沈没事故の行方不明者のカウントミスとほとんど同じ次元、そして政府首脳の行動も同じ次元。
土砂崩れしたあとに避難勧告を出してしまうなど、もはや「愚の骨頂」だ。

その愚かしい事態を知っていながら、官邸に戻らず、いそいそとゴルフにくりだす神経。同時多発的土砂崩れで、現場に消防もはいれないような大混乱の実態を知っていながら、再度別荘にもどり、ほぼ丸一日にわたって官邸を空け、優雅なおしゃべりをしていた神経。もはや、開いた口がふさがらない。
あげく、業を煮やした誰かから、再度、官邸に無理矢理引き戻された…のが実際のとこだろうか? 
組織のトップが、別荘でサボり続けたツケが、国民の頭上により強烈な災厄として降りかかっている。

多くの国民が「自分も現場にシャベルをもって駆けつけたい」とギリギリしながら思っているさなか、この国の首相は、「別荘にもどりたくて仕方がなかった」ようだ。

相手方のJR東海名誉会長も同類だ。防災相は首相の行動について「全く問題はない」と言い放った。
この首相にして、この防災相だ。トップがそもそも事態に関心がなく、一刻もはやく別荘のフカフカの高級ソファーに戻りたくて仕方ない状態で、現場の参謀が最大限の緊張感を発揮・機能するわけがない。こんなことは、組織の常識だ。

こんな面々が、「国民の生命と財産を守る」などとクチにするのをみると、気分が悪くなる。

【資料 首相動静~朝日新聞DIGITAL】
首相動静―8月20日
http://www.asahi.com/articles/ASG8N5VPKG8NUTFK00L.html
【午前】7時26分、山梨県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」。森喜朗元首
相、茂木経産相、岸外務副大臣、加藤官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐、山本有二同党衆院議員、笹川陽平日本財団会長、日枝久フジテレビ会長とゴルフ。9時22分、同県鳴沢村の別荘。10時59分、官邸。11時、危機管理センターで古屋防災相、西村内閣危機管理監。菅官房長官同席。23分、報道各社のインタビュー。
【午後】0時44分、北村内閣情報官。2時1分、公邸。5時19分、西村内閣危機管理監。7時42分、別荘。
首相動静―8月21日
http://www.asahi.com/articles/ASG8P5JHWG8PUTFK00C.html

【午前】10時34分、山梨県鳴沢村の別荘で北村内閣情報官。11時13分、葛西敬之JR東海名誉会長加わる。
【午後】0時58分、葛西氏出る。1時1分、北村氏出る。3時4分、公邸。17分、官邸。25分、古屋防災相。菅官房長官同席。4時3分、関係省庁災害対策会議。5時32分、東京・富ケ谷の自宅。





民間軍事会社で「気分はもう戦争」?   その生々しい思想的背景
ブログに田母神氏との親密写真に加え、安部首相夫妻賛美の写真…
2014.8.20

PRI_20140822102803https://www.youtube.com/watch?v=pwgB5xgmsJM
YouTube<拘束された湯川遙菜氏と「イスラム国」戦闘員とのやりとり>


「イスラム国」戦闘員から身分を聞かれると、片言の英語で、「仕事」。「職業」を追及されて、「写真家」。「銃をなぜ持っているのか?」と詰問されて、一転「医者」。挙句に、「半分医者で半分写真家」。
軍事や警護とは無縁、語学力もほとんど見られない上、意味不明のパニックに陥っていて、とても海外で活動をする人間の水準に達していない。ネット上でも「ボケ」とか「滑稽」など、散々に書き込みされている。

だが、この哀れな若者を笑って済ませるわけにはいかないようだ。それは日を追って深刻な事態になりつつある。安部内閣や偏狭なナショナリストが声高に主張してきた「集団的自衛権」なるプロパガンダの影響を真に受けた、たった一人の日本人の行動が、すでにイスラム過激派に「敵性国家=日本」という認識を与え始めている。
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怖れていた事が、瞬く間に現実に… 2014.8.21
ジハード戦士が世界に発信を開始
イスラム原理主義系の人物による「敵対行動の背景暴露」が始まった。

https://twitter.com/DrA12325665/status/501104425876733952/photo/1
01
案の定、イスラム原理主義組織の関係者らしき人間のツイッターから、「敵の背景」として元自衛隊幕僚長であり、前東京都知事候補・田母神俊雄氏の写真が、全世界にむけて発信されるに到った。
このツイッターは、8月21日までは背景写真が黒一色だったが、翌日22日には、突然、ジハードを象徴するかのような完全武装のイスラム戦士の写真が背景画面に登場した。(上が21日までの画面、下が22日からの画面)
この若者を煽って鉄砲を担がせるに到った写真の主たちはどう責任をとるつもりなのか?
PRI_20140822182252








アラビア語で おおまか「スパイの所有画像、日本軍の元空軍参謀長」 と書かれているようだ。

当の田母神氏の態度について、以下のサイトが憤りを込めて告発しており、参考になる。
シリア邦人拘束事件と馬脚を表した田母神俊雄 http://blogos.com/article/92734/
PRI_20140822093318







“あんな人は知らない” と大慌てである。 いつ会ったか覚えていない、って?
仮に「いちげんさん」だったとしても、写真の背景などをみれば、どこの会場だったかくらい、すぐに思い出すのが普通だ。それに支持者の顔を覚えていないと言い放つ政治家はもう失格だ。
そもそも、この湯川遙菜氏は、田母神氏の支持者の中核的なキャラではないか? 
それを「知らん」と切り捨てるとは、驚きだ。

ここに、彼の「有権者、支持者」に対するものの考え方や人間性が良く出ている。

こういう行き場を失って精神的にさまよう若者を、煽って、煽って、煽り倒し続けてきたことになんのためらいも反省もなく、若年層に熱烈な支持を広げてきた自らのプロパガンダの生み出した結果からは、ひたすら逃げる回る無責任ぶりである…。最後は「マスコミの皆さん、よろしく」である。
個人ならともかく、大衆を多かれ少なかれ煽って飯を食っている政治家の態度としてはいかがなものか。

それにいくら、「知らん」などという言い訳をしても、イスラム原理主義の面々には通用しない。
第二弾で、安部晋三夫妻の写真が発信されれば、とんでもない影響を全世界の過激派勢力に与えるだろう。すでに彼らはダウンロード済みのはずだ…。
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2014.8.20
彼が代表と称する「自称:民間軍事会社」のホームページでは、事務所の所在地は、東京湾岸警察署の隣にある豪勢なビルディングになっている。一見すると、何者かから資金援助を受けているようにも見える。しかしその後の報道で、「同社の登記簿上の所在地にあるビル(東京都江東区)には18日午前、報道陣が集まったが、ビルの関係者は「(男性の会社の名前は)登録されていない」と話した。」(時事ドットコム2014/08/18-12:37)

会社概要自体がウソであるとすると、この会社自体が詐欺か、あるいは紛争地域での何らかの不穏な行動をカムフラージュするためのダミー組織の可能性もでてくる。彼は個人ブログに、「来週訪問先やアポイントを取る先をまとめたり資料作ったり。週明けから、自分の仕事で事務所の契約や打合せ、政治団体も立ち上げるのでフル活動!実に仕事は楽しい!」などと書いているが、この軽いノリをみると、突拍子もない謳い文句で資金集めをするある種の悪質商法か、一匹狼の詐欺師だとみる人もいるに違いない。彼の父が、彼の夜逃げや、自殺未遂など、深刻な精神的混迷の事実を明かしている。

彼は戦闘経験もなければ、射撃訓練さえもうけておらず、そもそもアウトドアのスキルもフィールドでの危機管理能力もなさそうだ。そんな若者に金をはらって紛争地帯での警護や戦闘支援を要請する者などいない。それ自体が自殺行為だからだ。事実「代表」が捕虜になって、ジタバタしている。ところが、前述の時事ドットコムの記事によると、彼は「以前、米国や英国から軍事物資を輸入し、自衛隊に納入する仕事に携わっていたという。シリアに入ったのは、3月ごろに続き、2度目とみられる。」とある。
この報道に対し防衛省は敢えて否定をしていないようだ。平気で会社を偽装する人間から軍事物資を受け入れていたのが事実なら深刻な事態だ。

他方、彼は、自身の個人ブログに、ホストクラブの体験話を掲載したり、おもちゃのような写真の断片を兵装だとして披瀝したりで、“ 現地人からボロ携帯を掴まされて腹立つ ”、といった幼稚な書き込みが満載である。旧満洲のスパイへの崇拝も示している。だが、どうみても、日常での生きがいを見出せず、自分を見失った、かわいそうな素人の若者である。もちろん、自力で国際関係にコミットできるレベルではない。

しかし、見逃せないのは、その個人ブログに、「奉祝 12.23天皇陛下誕生日 頑張れ日本!全国行動委員会」参加写真や、かつてシビリアンコントロールを否定した実績を自画自賛する田母神氏との親密写真同氏の演説写真、そして… 安部首相夫妻の写真が、堂々と掲載されていることである。

もちろん個人がどんな思想をもつのも自由である。

だが思想のもたらす影響や効果は、逆に議論の重要な対象である。
一連の思想や、ブログで御真影まがいに掲げられ崇拝されている人物達に惹かれる思想傾向が、若者をこんな哀れな状態にまで陥れてしまう効果を発揮したことだけは事実だ。

こういう現象をうけてか、2チャンネル掲示板などでは、彼の姿を「コントだ」と揶揄する一方で、

  • 続報によると不法入国の可能性も高く、個人の判断ではなく政府与党や元自衛隊幹部が関与してたらとんでもない事になりますねって話だから火消しもこれまで最大級に増えてるって感じじゃねw
  • だったとして、たった一人でシリアまで何しに行ったんだって話
  • 戦闘員として戦っていたか、人材を供給してた? 逆に護衛を買う側の人間だった
    武器を売っていた? これも現地ブローカーから買う方の人間だった 後々の石油利権について話をつける為? 
  • そんな交渉を外注でやらせるのかよ
    こいつの性格からしてそんな大役を任されてたらとっくに吹聴してる
  • 本人が出してる情報からはビジネスの実態が見えてこないんだよ
    それどころか、見れば見るほど「ビジネスなどしていなかった」としか考えられない

等々、議論の的になっている。
確かに商取引の実態は見えない。一方、逆に、政治家諸氏との握手ができることに唯一のアイデンティティを見出したり、それをバッジにしてハッタリトークをかまし、紛争地帯でウロウロしている、孤独な若者の姿もうっすらと見える。
彼の経過だけをまとめると、自衛隊に軍事物資を納入していた経歴を持つ若者が、極右的イデオロギーを振りまく元自衛隊幕僚長ら一連の集団と親密な関係になり、安倍晋三夫妻に強烈なシンパシーをもちながら、一方で、架空の会社をでっち上げて外見を取り繕いながら、同調しそうな仲間を募集しつつ、紛争地域で武装組織と人脈をつくるために激戦地をウロウロしていた。その情報は、当然自慢話の形をとりながら、政治家諸氏にも伝わっていただろう。その矢先、敵方の武装戦闘員としてあっけなく捕獲されてしまった。
そういうところだろうか?

だが、超過激な殺戮を行う「イスラム国」原理主義戦闘組織は、彼の身元をネット等を駆使して調べ上げているのは当然だろう。そして、すでに多くの情報を入手し、その幼児性には多少とまどいながらも、

「日本人が突撃銃をもって義勇兵として中東の紛争に介入してきた。そして彼のバックにはどうも日米同盟を強化しようとやっきになっている日本の現首相と、元自衛隊幕僚長という“大物”がいる」と認識してしまっただろう。たぶん、間違いなく…。

日本の偏狭なナショナリズムを愛好する勢力は、これまで、彼のような青年に排外主義的ナショナリズムを徹底的に吹き込んできたのだろう。だが、その結果の、軽挙妄動で、将来、テロの標的にされるかもしれないのは、彼が護真影のごとく掲げた現首相に一票を投じたとされて責任転嫁される不特定多数の日本国民だ。



湯川遙菜氏の個人的資質はともかく、精神的にさまよう若者や、紛争地帯の殺人やスパイにあこがれるような若者を、威勢のいいマインドコントロールで自らのシンパに育て、いざ問題が大きくなると、一転、捨て駒として扱い、保身に走って平気な精神性が、このやり取りに露出している。

さらに、国際関係を混乱させるアンダーグラウンドな行為に駆り立てる裏工作を、元自衛隊幕僚や企業グループ、政治団体、思想団体等が担ったり煽っていたとしたら、ある種の政治犯罪とも言える。重大な社会問題に発展するだろう。

さらには、こういう若者にとって、田母神氏も安部氏も同じ文脈で崇拝されうる思想潮流であることがはっきりと見て取れる。最終的には共産主義も、政治状況によっては、熱狂する人間を虜にし、全体主義の交互作用を強化する。(先の都知事選でも、田母神陣営と宇都宮陣営を行き来していた若者に危機感をもった市民が多かったようだ。)

いまはやりの、「集団的自衛権」とやらを推し進めれば、このような、他人の不幸な争いや流血を見て、倒錯した情熱をたぎらせる幼い思考をする若者が多数登場することになる。そのような若者が、今回のように「一人ぼっち」ではなく、もっと多くの規模で戦地にウロウロするようになれば、「国民の生命と財産の擁護」という「大義名分」が登場するかもしれない。

それに加え、彼の姿の中に、
第一次大戦の戦場を放浪しながら、暴力の効果に憧れを持ち、さらには共産主義のプロパガンダにも見習いつつ大衆扇動のスキルを身につけ、独裁者の資質を固めた若き日のヒトラーの片鱗を想起する人もいるかもしれない。

なんせ、現在、わが国は、先の侵略戦争への反省も消えかかり、「積極的平和主義」という意味不明の日本語を開発し、年がら年中メディアでリピートさせ、国民各層の意識下に刷り込みながら、歴史の痛み知らず&世間知らずのまま、「大きな声では言わないが」(心ひそかに)戦争(戦闘=実戦)を一度やってみたくてしかたのない人間を、今後、懸命に育成しようとしているのだから。
そして、所詮、大日本帝国時代からしても稚拙で狭い世界観と脆弱な情報解析能力しか持てない島国日本を、今後、想像を絶する野獣のパワーが交錯するグローバル世界に「このままでは普通の国になれんぞ」と国民を脅迫しながら、叩き込んで行こうとしているのだから。

「積極的平和主義」、
それは、おとしどころも何も考えないまま、自らの立場をどんどんややこしくし、いざ血をみそうになると「半分医者、半分写真家」といいながらジタバタもがくような、不幸な若者を増やすことになろう。日本という国自体がジタバタもがくことになろう。血をみたときに初めて、そこに到った全過程を後悔する。それは彼に限らず、職業軍人とて同じことである。ところが、一方で血をみるとカルトのスイッチが入り、いきなり活気付く連中が左右にウジャウジャいるのも大問題だ。

話はそれるが、NHKは多くの良質の番組を制作している。だが戦争に切り込んだとされる、先般放映の自衛隊のルポは、果たして制作側にシビリアンコントロールへの理解があるのか疑問をもってしまう内容だった。曰く「中国からの火器管制レーダ照射という挑発行為による衝突は現場の自衛官の判断で回避された」
それは、違うだろう。火器管制レーダーを照射されたら普通は交戦していいのか?NHKはそういう可能性を肯定しているのか?そうだとしたら、恐ろしくトンチンカンで致命的なメッセージを全国民に送ったことになる。現場で悩む自衛官を見せて誰かの歓心をかおうと考える暇があれば、現代の民主主義国家における軍隊統制の基本をしっかり学習すべきだろう。なにより、あの若い自衛隊員を政治家のおもちゃにさせて、戦場で死なせないための努力は、一般市民の側にあるという強力なメッセージを発信すべきだろう。
はてなマークが沢山つく、迷彩色の「意欲的ルポ」だった。

軍人の血を流させない決意は、日本国民・市民の側の責任として在る。メディアがその地位に安住し、馴れ合いを続け、権力に首を垂れ、プロパガンダに手を貸し、市民がその本来発揮すべき資質を機能させることを忘れ、結果、国民が熱狂すれば、戦争はたやすく起こる。政治家が「これが国民の意思だ、戦え」と言えば軍隊は命令に従う組織である。逆に、「戦わない」と民意が要求しているときに「挑発されたから反撃した」ら、軍人には軍事法廷が待っているだけであり、政治家には「石つぶて」がまっているだけだ。

もちろん「51パーセントの国民の意志か、国民の総意」が表明されても、熱狂のあまり戦闘に突入すれば、さっきまで威勢のよかった上官が真っ先に逃亡したり、こっそりと後方に移動したりするぶったまげた光景をしばしば目撃することになる。後悔しても遅い。そして、最前線の兵士に待っているのは、銃弾と砲弾の破片が飛び交う中、体中をバラバラに切り裂かれて苦しみぬく「阿鼻叫喚の世界」だ。

一握りの利益を求める利己的商売人と、外交能力の欠如した愚かな政治家と、そして「真の愛国者の党」などを声高にして現世の利権をむさぼる大政翼賛勢力が総出で創り上げた「戦場」では、錯乱した軍事組織で下級兵士への拷問ばりの締め付けが行われる一方、個々の兵士の、情けなく哀しく悲惨で醜い、絶えられない死臭を放つ悶死が蔓延する。そして残された家族は、かなりの確率で、「お国のため」と口先だけで煽る世間の片隅で、すさんだ世界に放り出され、時には精神的虐待をうけ、その後、何世代にもわたる心の傷を残すことが多い。

現在米国と英国のマスコミは「イスラム国」のイギリス人らしき戦闘員が、米国人記者への首切り処刑をした映像に衝撃を受け、大騒ぎしている。そのシーンはYouTubeでしばらく流れていたが、20日夜から削除された。その有様は、目撃すると、かなりの人がトラウマを抱えるだろう凄惨なものだ
斬首直前シーン
生きたまま首をナイフで切り裂き、切断した首を死体の上に陳列するという壮絶なもの。(左写真は斬首直前の静止画。冷酷なまでに落ち着いた演説が終わるなり、一瞬のためらいもなく首に手が回され、その直後に処刑が実行された)

安部晋三氏は集団的戦闘権の行使で、こういう野獣のような世界に日本を飛び込ませたいようだ。「軍事的、政治的な一流国家の仲間入り」をするきっかけを作った勇ましい決断力ある首相として、それまでの首相との差別化をして、なんとしてでも歴史に名前を残したいらしい。そのツケ・副作用が国民の流血や戦火につながっても構わないらしい。
そして、更に近い将来、日本国内での報復的な爆弾テロなどが発生した場合、「普通の国」らしく勇ましく「国民の生命と財産を守る」ごっこをしたいものが続々出てくるだろう。…報復への報復、それへの報復、「報復の連鎖」で血をたぎらせるものが加速度的に増えていく。
自分で「国民の安全のために」と称してせっせと将来の「火種」をつくり続け、大火事になると今度は「皆さんのために私が先頭で消してみせます」などという、悪魔のサイクル…。「政治家なんて所詮 “ マッチポンプ ”の生業をしているだけさ」と揶揄されても…、この有様では…的を射ているというしかない)
ご希望通り、名前は残るだろう。日本のその後にテロと戦火という悲劇をもらたした威勢の良い首相として…。

そして、「死人に口なし」…。兵士の死は、国家の英霊・武勇伝として祭り上げられ、兵士たちだけが知る呪いと憤怒は、隠蔽・粉飾され、次の戦闘準備のため、国民への敵愾心の扇動と、「国家にささげる死」への賛美のキャンペーンに利用されるだけである。

BBC MIDDLE EAST   http://www.bbc.com/news/world-middle-east-28867627 
過去の歴史を反省もせず、「集団的自衛権」に陶酔する現内閣のおかげで、
この哀しみにくれる家族の姿が、今後日本でみられることになるかもしれない。

湯川問題に関しては、「世に倦む日々」でも詳しい分析が行われており、おおいに参考になる。
http://critic20.exblog.jp/22512196/

泣き落としと開き直り~下世話なショーと化した会見
質問を制限・封殺し、労使問題にすり替える弁護士

2014年4月9日16時
小保方晴子氏の記者会見を見た。無内容、いや、もう惨憺たる状態になっている。弁護士の「解説」も聞くだけ時間の無駄。理研を対抗者として問題の矮小化をはかっているだけで、まったく新味がない。弁護士も解雇撤回闘争に職域を限定してやるならまだしも、軌道を外れ、研究者倫理の矮小化へと依頼人と世論をミスリードしている。
その結果、「小保方氏は、もしかしたら、何かおもしろい現象を目にしたのかもしれない。それが何かよくわからないけど…」という陳腐で愚かしい現状が一層覆い隠せなくなった。
両者に共通しているのは「倫理」の喪失であり、その倫理は、「科学的発見を知見として裏付け蓄積する正しい手法、反証可能性を保証する研究者が自分に課する厳しく公明正大な態度」である。ところが会見中、彼女は、「私は(だけが)トレース(追跡)できる」「第三者がトレースできることに関しては不注意でした」「私の作品」「現象論を記述しただけ」などと、科学とは無縁の発想を口にしている。
「公開実験」は可能か?については「どうでしょうか?研究室はいつも公開されている」といいつつ、一転、「私が幹細胞をつくるのをみたいという人がいるなら出かけていく。」…
もう、これは手品の出前の話になっている。

毎日新聞記者が極めて静かに質問を続けようとすると、弁護士が制止し、やめさせていく。なんだこの弁護士は? 「ひとり2問程度でお願いしたい」、「以降はひとり1問」と弁護士。これは公明正大な会見ではない。
一見、あたかも「呆然自失化」したかのような顔を会見で晒し続け、“この可愛らしい女の子を、きびしく追及するのか”(これ自体が女性蔑視の発想)とメディアに言外で脅しをかけながら、科学的検証についての核心部分の議論を巧妙かつ的確に避け(後半、世俗的野心が漏れ出はじめたが)、一方で彼女の顔を大写しにして世間の同情を利用しながら、「倫理」を無意味化する努力をしている。不正に手を染めた人間を、十分に中身も検証させず、免罪しようとする新しい尾篭なやり方が開発された。

「STAP現象は何度も(200回以上も)確認されている真実です」???
3年で200回???
小保方氏は「STAP現象は何度も、200回以上も確認されている真実です」 と言い切った。
最近、私が購入した科学誌「Newton」では「リンパ球という細胞に酸性溶液の刺激をあたえてからSTAP細胞に変化するまでの期間は7日間ほどである」と記述している。顕微鏡で細胞を生きたまま観察し続けるライブイメーstap Newton02ジング法で追跡すると解説されている。(この記事には、理研の笹井芳樹氏と山梨大学の若山照彦氏が協力している)
ほう! そうすると200回×7日で、1400日間「STAP細胞」が生産され続けていたということか? すると1400日÷300日(/年・フル稼働)で換算してみると、5年近く前からSTAP細胞が人類の歴史に登場し、連日連夜、失敗することなく、生産されつづけていた事になるのか? それにもかかわらず今回の論文では、写真も適当なものが見当たらす、論文も他人のパクリで体裁をつけ、文章で説明することが至難の業だったということか? いや、でも研究は、確か3年ではなかったのか。
それとも、こういう掛け算と割り算だけでもわかる初歩的つっこみは、高尚なる記者会見の場では許されないのか? でも、新興宗教の雑誌とオボしきライターも質問していたようだが…。
科学誌や大々的に報道したメディアは、その名誉にかけて、研究者の「モラル」を再認識、再検証すべきだろう。「Newton」誌にしても、高い代金を読者から徴収して、「STAP細胞はなにがすごいのか?」と表1で見出しを躍らせた。原子力を夢の技術だと、かつては、もてはやし続けた同誌だが、今回も、STAP細胞を「足を切断しても再生するイモリのようにヒトの組織を再生させるような研究につながるポテンシャル」と書き立てている。もっとも、この細胞…、もともと信憑性が少なすぎるシロモノであることも、半ば認めているが…。
また小保方氏は、「ひとの役にたちたい」と美しい言葉を口にするが、この細胞、もし仮に現実に登場すればクローン技術としての倫理問題にも直結する。stap Newton01

詭弁論法のストーリー
「多くの人の役にたちたい」…けれど…「つくり方のコツは教えない」???
今回の「ショー」の特徴は、「多くの人々に役にたちたい」」 「研究の内容以外のところに注目があつまってしまい、研究が遅れていることに…」と涙ながらに「訴える」小保方氏のパフォーマンスだ。もうこうなっては、科学好きなアマチュアとしても唾棄したくなる下手な役者のひとり芝居だ。一部メディアがそれに乗って躍り、視聴率を稼ぎ商売のネタにしている。
「人々の役に立ちたい」…結構な心である。だいたいの人間が持っている気持ちである。
ところが、その「善意の人間」が怪しいやり方で捏造した論文の不備は「謝罪すれば許されるべきものであり」…そして、「悪気のない善意こそは、行為者の行為が真実であることを絶対化する」という主客転倒の確信犯的ロジック…
これは「定言命の誤謬」なる詭弁論法を援用したソフィストの論理であり、詭弁政治家の姿である。
  ■類似例 参考資料: 民主主義を称えながら民主主義を抹殺する民主集中制の邪悪な詭弁
   所収: 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館WEBサイト→ 民主集中制という麻薬的党派性向」コーナー
14時ころ、テレビ東京が、「科学に対する考え方がかわったでしょうか?」と質問。小保方「マイナス100から科学にむきあっていくチャンスがあれば…」「私にできる社会貢献があれば探していきたい」??? 意味不明。
でも論文だけは撤回しない。 
その後あろうことか、「他の研究者が作成できないのはコツを知らないから。私だけがSTAP細胞の作成のコツを知っているが、次の論文の手前(ここで笑い)言わない」と放言…これがさっきまで「世の中のために役にたちたい」と泣きながら言ってのけた同じ人間のセリフだ。
ここまでくると、もう、「容姿と涙を徹底駆使して…とことん悪じゃのう」と笑うしかない。

「撤回すれば間違いになるから、結論が正しい以上、撤回しない」???
TBSが「ご自身で200回も再現に成功しているのなら、一回撤回して、再度証明すればいいのでは」との質問に、「撤回すれば間違いになるから結論が正しい以上、撤回しない」…「撤回すればなかったことになる」という発言は、彼女の自己矛盾を端的に示している。それ以前に、循環論法で破綻しているが。

「ノートはもっとある」。で、2冊が4~5冊になっただけ。しかし、他人にはトレースできない???
小保方氏は「3年間で2冊のノート」に関しては、もっとノートは存在すると述べた。つまり「理研に提出したノートが2冊であるに過ぎない」と述べたのが、これを受けて朝日新聞から発せられた「ノートは何冊あるのか?」の質問に対し、「3年間で2冊」が「少なくとも(3年間で)4~5冊」になっただけであった。
腰が折れそうになった。
読売テレビの「悪意は故意とも解釈されるとの理研の見解」に対し「私も悪意の意味はわからなかったので、悪意とは…」 ここで弁護士が割り込み「過失を除く…」  読売「いや小保方さんご本人は“悪意”をどう解釈しているのか?」と食い下がると、ここで弁護士、「そこは法律的な解釈になってくるから」と質問をぶった切った。
ここで、NHK中継終わり。

「STAP細胞の再現に成功した別の研究者がいる」が迷惑がかかるから言えない???
このあと小保方氏は「STAP細胞の再現に成功した別のインディペンデント(独立研究者)がいる」とのべ、「それは誰?」の質問を、弁護士がぶった切り。本人は公の場だから言えない…」
なぜいえないのか? 「真実」を口にする科学者が一転、情報公開を拒否し、隠蔽に走る滑稽。

争点をねじまげる弁護士
弁護士「一件、科学認定の論争のように見えますが、理研の要件の論争だ、これほどの不利益処分を化すのであれば (なんだか就業規則の労働問題?)…」と弁護士。

私は複数の研究所を亘り歩いてきたから自己流のやり方、だからうまく書けなかった???
おかしい、どこにも勤まらなかっただけではないか?わたり歩いていた研究所で、一度も倫理を学ばなかったのか?

「STAP細胞があれば、 “小保方さんすごかったね”  となりますよね」 というTVコメンテーター???
ならない。だがテレビがそういう方向に国民を扇動・誘導することはできる。だが、最終的に日本人が笑われ、損をするだけだ。発想自体がおかしい。以下の雪男のたとえ話が理解できないらしい。

もう、むちゃくちゃ、「目くそ、鼻くそ」の世界だ。
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2014年4月9日正午
森永ヒ素ミルク中毒事件では、多くの御用学者が被害者圧殺に14年以上も加担しながら、なんら、処罰を受けることはなかった。そればかりか、御用学者は、しばしば、弟子とそれに利益誘導される諸党派勢力の加担で、しばしば息を吹き返す。その「復権」に利用されるのが「あの人は日頃は良い人だった」「岩波文庫を愛する哲学者だった」というくだらないプロパガンダ。「わが党は憲法9条を守る平和の党だ、だからわが党の行為には間違いはない」も同レベル。このくだらない「定言命の誤謬を利用した誘導」に、多くの人がだまされる。
だが、この嘘を見抜く市民も今では多い。

政治の挑発で捻じ曲げられる学術
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1001144937.html
森永ヒ素ミルク中毒事件解説ポスター
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

小保方晴子氏がメディアの習性をよく把握した上で、極めて巧みに戦術的にメディアに対応している。あと10分で大阪で会見が始まる。情緒に流される世論動向を織り込みながら、「何度も確認された真実です」という主語も不明なコメントを発しながら、いったん「入院」してから会見に臨むという手法を使いながら、「彼女のお心」などと皇室まがいの扱いをするワイドショーに登場する弁護士やコメンテーターと団子になりながら、学術の真髄を劣化させ続けている。
「小保方晴子の心身の状態に配慮して頂ける方」という「記者への参加資格」を提示してオフィシャルな会見を設定するなど、笑止もいいところだ。これで「小保方氏反撃開始」という見出しをつけるメディアもどうか?
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昨夜までに、小保方晴子氏の事件に関して、ブログ「世に倦む日日」 が多くの示唆に富む論考を公開している。
「いじめ問題」に化けた小保方事件 - 西崎文子の愚論と山中伸弥の正論 
小保方晴子事件とソクラテス - ソフィストによる不正の相対化
このブログに寄せられているコメントを一部紹介する。


Commented by 柿右衛門
>小保方氏は「論文のミスで騒がれたが、STAPそのものは間違いなくある」と話しているという。

「私は雪男を見た」と言う人がいるとする。その写真を撮ったという。実は、その雪男は人間がキグルミを着て歩いた偽装だとする。画像を分析したら、おかしな箇所がいっぱいある不自然なものだとしても、見た者は「雪男がいる」と主張する。
だれかが、キグルミを着せた人間、キグルミを着て中に入っていた人間をつかまえて白日の下に晒さなければ、永遠に押し問答が続く。
「雪男を見た」と主張して戦うつもりの人間は、公の場に雪男を連れてくることができるのであろうか。
過呼吸になったりする修羅場は見たくないものである。それでなくても「イジメ」などというおかしな詭弁がまかり通っているのであるから。
Commented by Germany2015
企業で一研究者として日々実験を行っています。
今回の問題、筆者に深く共感します。
同時に、小保方が行ったこと、弁解については本当に許しがたい。
研究者としての矜持が感じられない。また、日本の科学界、特に再生医療に携わる研究者、また、研究者を夢見る子供たち、学生たちにどれほどダメージを与えたのか、小保方は考えたことがあるのでしょうか。
Commented by 長坂 at 2014-04-07 23:00 x

うちのボンクラ娘が高1の時の生物の先生はフランス人で、ノートの取り方に非常に厳しく、ボールペンのみ(試験も)、訂正は定規で線を引き、毎回必ず日付を書くなど細かいルールが沢山ありました。先日、山中教授が国会で不正防止のため、実験ノートの書き方として同様の事を話されていてビックリ!中高生相手ならいざ知らず、IPSだSTAPだと神をも恐れぬ領域。そういう実験に従事するかもしれない学生達に、不正はいけませんから始めなきゃいけないのか!コピペや写真の使い回しや違うマウスがなぜ非難されないのか?今日のblogも見事本当に素晴らしいです。倫社の時間に寝ていた自分が恥ずかしい。
Commented by ijkl at 2014-04-07 23:09 x

小保方さんも悪いが早稲田の常田聡研究室のその他の博士論文も酷い。こんな状態では、コピペをしない、自分で文章を書く、他者の文章の引用と自分の主張を区別して書く、そして他者の成果と自分の成果をきちんと区別するという、研究者としての基礎的な素養が涵養されるとは思えません。

http://stapcells.blogspot.jp/2014/03/blog-post_15.html

どんどん検証して欲しいですね。そしてこのようなことをした者たちは、それ相応に裁かれる。例えば、常田聡研究室を閉鎖するなど。そのようなこと以外に、研究倫理を再構築する(「正と善に碇づけて物事を判断する」)ことができないのではないでしょうか。
Commented by NY金魚 at 2014-04-08 06:17 x

命を賭して倫理を説いたソクラテスの話、感銘を受けました。『善く生きること』の追求の真の目的は魂(プシュケー)を善く完成することである。
そして「知」が魂を離れて虚空に飛んでしまった、わが故郷のソフィストたちに絶望します。
日本の学界のトップの、あまりに陰惨な構造に辟易して、コメントを控えておりました。

ことしのソチ五輪で米NBC TVは、もう20年も前の1994年のリレハンメル五輪直前、フィギュア・スケートのナンシー・ケリガン襲撃事件をくり返し放映していました。当時ライバルだったトーニャ・ハーディングが前夫を雇ってナンシーの膝を殴打したという事件ですが、華やかな五輪の放送で、実に気の滅入る話がくり返されました。若い女子選手による陰謀など許してはならないという、五輪やスポーツの自浄作用を意図したのかもしれません。倫理を無視した異様な犯罪は多分アメリカの方が多いでしょうが、社会が不正を憎み、特に学界などはそれを自浄しようという意志も持っていると思います。
大切なのは、学界がこの状況をこころから反省し、これからの若い士を深く啓蒙し、『ソクラテスの弁明』を行なえる『場』を創りはじめることだと思います。
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「世に倦む日日」ブログ: ツイッター より 一部抜粋
それともう一つ。弁護士が登場して、小保方擁護派に勢いがついた状況があり、その中味として、人権主義からの同情論が説得力を持ったことがある。早く言えば、左翼が小保方擁護論に傾いている。①人権主義の動機と、②組織権力(理研・文科省)への反発。この二つをベースに左翼が小保方擁護へ。

このままだと、本当に「STAP細胞」は「もんじゅ」になってしまう。高速増殖炉と核燃料サイクルと同じ化け物になってしまう。「もんじゅ」、半世紀かけて1兆810億円の税金を注ぎ込んだ。「STAP細胞」を「もんじゅ」のような宝の山にして蜜を吸いたいシロアリ連中が多くいるのだ。

こういう「悪意の有無」とか「解雇の妥当性」が争点になる訴訟では、勝敗を分ける決め手となるポイントがある。それはここでは書かないが、法曹関係者ならよく知っていること。小保方側は、全力で世論の同情と支持を集める。理研叩きと尻尾切り批判の世論を沸騰させて、係争を有利に運ぼうとする。

小保方晴子に天才的能力があったら、論文をコピペで作る必要はないんだよ。捏造論文を書くのがガリレオやアインシュタインと同じだと言うのなら、不正論文で解雇された研究者は全員が天才だ。気味悪い擁護論が跋扈している。とんでもないことになった。http://t.co/EMIARrrZjc 

天才はコピペなんかしませんよ。天才というのは常にオリジナルで挑戦するわけで、人の猿まねは絶対にしない。そして、オリジナルな新しい発見や理論を、誰もが認める方法で証明しようとする。つまり、天才研究者から一番遠いところにあるのが、捏造・改竄・剽窃の不正行為だ。お分かりかな。


目的のためには手段を問わない作風の蔓延か? 
それとも、売名・金権の取得を目的にプロパガンダ手法の採用に走る「学者」と縁を切れない日本社会の現状か?
科学/技術的「成果」があらゆるメディアを通じて社会の隅々にまで啓蒙・告知される今日では、科学的と名がつくものは、ビジネス活性化の起爆剤のように演出され、時に国威発揚のプロパガンダに利用され、金と権力をつかもうとして科学者自身がデマゴーグと化すことがしばしばある。
さらに、社会の隅々にまで未だはびこる「御用学者」が、更なる「学者の誤用」を煽り、或いは事実のねつ造行為を免罪する論陣を張り、バラエティ番組がそれを大衆の頭に刷り込む。学問が退化していく。退化した政治が科学/技術を歪めていく。
─────────────────────────────────────────────

 興味深いのは、以下の理研の会見を受けて彼女が弁護士を通じてコメントとして出した内容だ。「加工は理研が認めている範囲内。あたかも細胞がなかったかのように思われるのが承服できない。不服申し立てをする…」

科学者という人種が世論動向をしっかり織り込みながら自分の責任逃れ、責任を自覚する真摯な作業からの逃亡を画策している。「反省」の一言もないコメントだ。佐村河内を思い出す。別の視点からみると、まるで政治家の視点から練られた様な内容だ。弁護士のフィルターを通しているにしても、あくまで科学者と称する彼女のコメントである。

このコメントは、しかし、おかしい。彼女の論文は、「こんな素敵なお星様が、もしかしたら宇宙の彼方にあるかもしれない」という論文ではない。目に見え、すぐに触れることができ、それが、簡便に「できる」ことを証明したとされる論文である。それは、科学の根本的定義の一つである「検証可能性」で担保されなければ意味がない。他人によって真実性が再現され得なければ、科学的知見とは言えないのだ。

 ところが、佐村河内に続き、完璧に梯子をはずされた一部メディアは、まるで自らをとりつくろうかのようにテレビ番組などで、“STAP細胞はどこかにあってほしい” と言わんばかりの「
STAP細胞待望論」ともいうべきコメントを芸能人の口を通じて言わしめている。したり顔で、アインシュタインの相対性理論と比較する評論家まで出てきた。世も末だ。

このようなメディアの陳腐化を彼女はよく見抜いている。だから、「あたかも無いかのような誤解…」という言い回しを敢えてするのだ。

そもそも「ある」ことを証明するための論文が嘘と不正にまみれていたのだ。ならば、それが正され、再度正しいやり方で検証されるまでは「無い」のだ。科学的知見として入手されていない。ただそれだけなのだ。
    発見できていないものは、あるかもしれないという予測として提案されるだけならまだしも、在ることを証明する論文がねつ造であれば、それは無いということになる。言うまでもなく、自然界には現状の科学水準では解明できない現象が無限に存在する。だが、それを人類の作り出した学問的作業である科学の知見と混同すれば単に「オカルト」になるだけだ。

 日本社会はオカルトと科学の違いを判別できない認識水準にくだろうとしているのか?


 さて、どうするのだ? ウソの大量流布に手を貸した人々と組織は…。
 先人や他人がやったことだと合理化はできない。先人が逃亡して罪だけ覆いかぶせようとも、それは、後世の人間が正さないといけないのだ。それを避ければ、先輩の罪が後世にまで拡大再生産されながら、更に深刻化して、変容さえして、根深い呪いとなって引き継がれるだけである。歴史とはそういうものだ。

───────────────以下、報道──────────────────────
小保方氏の捏造・改ざん認定 STAP細胞論文で理研

朝日新聞 今直也 2014411139

http://www.asahi.com/articles/ASG4132ZSG41ULBJ007.html


 「STAP(スタップ)細胞」の論文に疑問が指摘されている問題で、理化学研究所は1日、筆頭筆者の小保方(おぼかた)晴子ユニットリーダーに「研究不正行為があった」とする最終調査報告を公表した。研究の根幹をなす画像に「捏造(ねつぞう)」があったと認定した。共著者については不正はなかったとしたが、チェック機能が働かず「責任は重大」とした。

STAP細胞は、体の細胞を弱酸性の液体で刺激するだけで、どんな細胞にもなれる万能細胞に変化するとされた。

 論文は、理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)の小保方氏や米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授らが1月末、英科学誌ネイチャーに発表した。しかし、論文の画像が不自然であるなどの問題を指摘され、理研は2月中旬、調査委員会(委員長=石井俊輔・理研上席研究員)を設置。小保方氏やCDBの笹井芳樹副センター長、丹羽仁史プロジェクトリーダー、山梨大の若山照彦教授から話を聴き、論文のもととなるデータ、実験ノート、メールなどを検証した。

 最終報告書では、3月14日の中間報告では判断を保留していた4項目について判断を示した。

 研究の根幹となる万能性を示す画像が、3年前に書かれた博士論文中の別の実験で得られたものと酷似した画像から使われたことは、データの信頼性を根本から壊すものであり、危険性を認識しながらなされたと言わざるを得ないことから捏造と認定した。

 笹井氏と若山氏については、捏造には関与していないが、置かれた立場からして研究不正を招いたことの責任は重大とした。

 遺伝子解析の画像の結果を切り張りして加工したことについては、「きれいに見せる図を作製したい」という目的をもって行われたとして「改ざん」とした。笹井、丹羽、若山の3氏は論文投稿前に改ざんされた画像を示されたことから、研究不正はなかったと判断した。

 文部科学省のガイドラインでは、存在しないデータをでっちあげる「捏造」、データを都合のよいように書き換える「改ざん」、他人の論文から文章などを無断で引き写す「盗用」の三つを研究の不正行為と定義している。

 一方、実験手法の記述の一部が海外の論文と酷似していたことや、実際の手順と異なる実験手法の記載については、実験は実施されており、意図的ではないなどとして、不正行為ではないとした。

 検証にあたっては、実験ノートの記述があまりにも不足しているなど、第三者が小保方氏の実験内容を正確に追跡し理解することが困難だったという。「研究者倫理とともに科学に対する誠実さ・謙虚さの欠如が存在する」と断じた。

 STAP細胞が存在するかについて石井委員長は「調査委員会のミッションを超える」とだけ述べ、判断を示さなかった。STAP細胞が実在するかを検証する再現実験を理研内部で進めている。
(今直也)
───────────────以上、報道──────────────────
 

 理化学研究所は41日会見を開き、小保方晴子研究ユニットリーダーの論文不正疑惑について、ねつ造にあたる不正があったことを認め、問題となったSTAP細胞論文を取り下げる勧告をだすことにした。また1年をかけて再現実験をする用意があることも発表している。

 だが、この理研の説明もおかしい。“酸性の溶液に浸したら簡単に生成できる画期的な細胞だ” と言われるものの基本的な再現作業が1年もかけないとできない、というのなら、素人目にみても、それは画期的ではないものでは?、或いはそれは論文を読んでもだれも作れない思い付き並みのものか?、つまり、或いは、そもそも根本的な錯誤では?と思えてくる。少なくとも、そのような疑問を、彼女は払拭せず、理研という組織内部のコードに抵触するか否か、といったインフォーマルな議論にすり替えている。理研の悠長な姿勢に関しても、これは、世論の反発と印象を薄めるための時間稼ぎか? そんなことを組織のメンツのために懸命に考えているのではないか? と疑う向きもでてくるだろう。捏造論文をスルーさせて特権を甘受しようとした組織的責任を、一人の研究者のみに責任転嫁している姿もみえる。

 だが、大組織に安住して踊った個人も責任は重い。
    ここまで、不正が露わになっても、素人目には「
STAP
細胞自体は作成可能かどうかはわからないが、とりあえず論文は加工された写真が使われていた。さて、細胞は、あるのかないのか」という印象のまま推移している状況もある。
 しかし、彼女の論文の書き方は、そんな、「写真をきれいにみせるためのもの」とか、別の論文に発表した写真と「似ている」とか、そんな微妙なものとはかけ離れているようだ。このことは、「世に倦む」ブログなどで、すでに指摘されているところである。

 今回の事態は、目的のためには手段を選ばない、という事例ではなく、目的も手段もどうでもいい。むしろ似非知識人や組織が、政治家や政権から「産業創生に協力するパフォーマンマンスをとれ」、といわんばかりに金と権力をちらつかされて煽られ、愛国主義的なムードから勢いづいて冷静さを失い、売名のためならなんでもやって、それをメディアが適当に追認し、国威発揚のためには手段を選ばずの風潮に便乗して社会にワイドショー並の話題を振りまく、いかがわしい国になりつつある現象を如実に見せている。
    もちろん、まじめな研究者には大迷惑な話だが、まじめな研究者も黙って見過ごしていると、単に同類と思われるだけだ。そもそも、このねつ造疑惑は、闘う決意を固めた研究者による内部告発らしい。オカシイと睨んだ研究者がネット技術者やユーザーと連携し、証拠をしっかり揃えて、公開・告発に踏み切った市民としての研究者の矜恃が窺える。これこそが、救いだろう。不正に見て見ぬ立場をとる人間は、学者であろうが、労働者であろうが、自称革新党派であろうが、先生であろうが、生徒であろうが、誰であろうが、結果的には共犯者の役割を演じることになる。

 わが国の知的倫理水準の低下は、どうも歴史的に政治勢力によって形勢されているようだ。とくにこの15
年にわたる安倍晋三氏の政治と学術、メディアへの介入は目に余る。民主党政権も、科学が役に立たないという理由で、科学の世界に大なたをふるってご機嫌とりをしてみせた。
 中坊公平氏の書籍について
能瀬英太郎氏「甚だしい事実誤認」と指摘したことも関西テレビがやらかして未だに訂正もしない嘘丸出しのプロパガンダ番組も、雑誌「諸君」での中坊公平氏と森永乳業・菊地氏の対談での菊地氏の大噓も、すべて今回の問題と似ている。  
 中坊公平氏が大々的に流布した「加害企業に感謝する被害者」も常識でわかるレベルのオカルトだ。それを平然と「滅多にありえそうにない美談ネタ」として飛びつき、大手出版社も一緒くたになって、ろくに裏づけ調査もせずに「有名人の語る真実の物語」として大量に垂れ流す。事実誤認を指摘されても訂正もしない。
    この「加害企業に感謝する被害者」も、大宇宙の、超常現象が支配する異星人の世界にはいるかもしれないが、地球生命の理性の世界では証明不可能だ。しかも、その背景にあるおびただしい嘘の記述がバレても、誰も正そうとしない。この国の知的怠慢の常態化は哀しいかな、この数十年蓄積されてきた知的&倫理的怠慢の習慣という一連の事実が証明している。

 森永ヒ素ミルク中毒事件で、主犯である森永を免罪しようと、「科学的厳密さ」を口実に発表を遅らせ、被害を拡大させ、その後、周囲の状況から最初の発表を余儀なくさせられただけの森永側の浜本教授を、厚生省は「英雄」として表彰することで、国家お抱えの「御用学者」にまで成長させ、阪大の西沢教授とセットで人間凶器として使い倒した。その歴史に無反省な弟子たちが、歴史の風化を巧妙に読み取り、歴史を忘れたかふりをして、頃合いを見計らって、御用学者の復権に奔走した。同類と化した民主集中制までもが、昨今、一緒くたになって、巧妙に、その御用学者をほめちぎり、その正体をあからさまにしている。

 また、同じく「科学的厳密さ」を口にしながら「科学は何もわからないのだ」と自分を一見謙虚にみせながら、水俣病におけるチッソの責任を公然と否定してみせる武田邦彦氏が、福島での原発事故で、「科学は予測をせず、何もわからない」のに、「良い原発と悪い原発がある」と主張してみせ、テレビタレント化して調子づき、今度は小保方氏の論文捏造を乱暴に擁護する。無節操の極みだ。もはや、この方々には、倫理も中立性も科学性も全く見出すことができない。時の権力にたかって、売名か権力か金か、どれかにありつこうとする、あさましい一部の科学者の姿が露になっている。


 しかし、この現実もまた、日本の市民に貴重な学習材料を提供しているといえるだろう。科学者は聖人では決してなく、普通の世俗の人間のひとりであり、むしろ、金権と名誉を、所属組織・政治・学会・お抱えメディアから付与される期待感を煽られると、時に、科学の名をもって事実を平然と捻じ曲げ、社会の不正を隠蔽する権威者として凶悪な立ち回りをしてきた歴史があるし、いまもしているという現実がある。その後遺症は、無実の人々を痛めつけ、終生苦しめ続けるが、その張本人は、わが国では、いつも無罪放免となってきた。そして、あろうことか、その痛苦の経験が継承もされず、正されもしないまま、さらには、拝金主義と化した左翼までが裏で権力に手を貸し大政翼賛しながら、一度は断罪された同じ人物が(弟子たちの陰謀・画策・奮闘努力で)簡単に息を吹き返す日本の、この、えげつなく愚かしい現実は、そろそろ市民として認識し変革すべき時にきていると考えたほうが良いだろう。


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参考資料 「ブログ 世に倦む日日」 

横溢する小保方擁護論の諸相 - 無責任と脱倫理が栄えて沈む国
小保方晴子事件に沈黙するマスコミ - 倫理不全に寛容な社会風土 
小保方晴子による反論の驚愕 - 不正への開き直りを支える二つの条件
 
小保方晴子事件とソクラテス - ソフィストによる不正の相対化

「いじめ問題」に化けた小保方事件 - 西崎文子の愚論と山中伸弥の正論 ←コメント↓

Commented by 柿右衛門
>小保方氏は「論文のミスで騒がれたが、STAPそのものは間違いなくある」と話しているという。

「私は雪男を見た」と言う人がいるとする。その写真を撮ったという。実は、その雪男は人間がキグルミを着て歩いた偽装だとする。画像を分析したら、おかしな箇所がいっぱいある不自然なものだとしても、見た者は「雪男がいる」と主張する。
だれかが、キグルミを着せた人間、キグルミを着て中に入っていた人間をつかまえて白日の下に晒さなければ、永遠に押し問答が続く。
「雪男を見た」と主張して戦うつもりの人間は、公の場に雪男を連れてくることができるのであろうか。
過呼吸になったりする修羅場は見たくないものである。それでなくても「イジメ」などというおかしな詭弁がまかり通っているのであるから。


Commented by Germany2015
企業で一研究者として日々実験を行っています。
今回の問題、筆者に深く共感します。
同時に、小保方が行ったこと、弁解については本当に許しがたい。
研究者としての矜持が感じられない。また、日本の科学界、特に再生医療に携わる研究者、また、研究者を夢見る子供たち、学生たちにどれほどダメージを与えたのか、小保方は考えたことがあるのでしょうか。「


「世に倦むブログ」ツイッター より 一部抜粋

それともう一つ。弁護士が登場して、小保方擁護派に勢いがついた状況があり、その中味として、人権主義からの同情論が説得力を持ったことがある。早く言えば、左翼が小保方擁護論に傾いている。①人権主義の動機と、②組織権力(理研・文科省)への反発。この二つをベースに左翼が小保方擁護へ。

このままだと、本当に「STAP細胞」は「もんじゅ」になってしまう。高速増殖炉と核燃料サイクルと同じ化け物になってしまう。「もんじゅ」、半世紀かけて1兆810億円の税金を注ぎ込んだ。「STAP細胞」を「もんじゅ」のような宝の山にして蜜を吸いたいシロアリ連中が多くいるのだ。

こういう「悪意の有無」とか「解雇の妥当性」が争点になる訴訟では、勝敗を分ける決め手となるポイントがある。それはここでは書かないが、法曹関係者ならよく知っていること。小保方側は、全力で世論の同情と支持を集める。理研叩きと尻尾切り批判の世論を沸騰させて、係争を有利に運ぼうとする。

小保方晴子に天才的能力があったら、論文をコピペで作る必要はないんだよ。捏造論文を書くのがガリレオやアインシュタインと同じだと言うのなら、不正論文で解雇された研究者は全員が天才だ。気味悪い擁護論が跋扈している。とんでもないことになった。http://t.co/EMIARrrZjc 

天才はコピペなんかしませんよ。天才というのは常にオリジナルで挑戦するわけで、人の猿まねは絶対にしない。そして、オリジナルな新しい発見や理論を、誰もが認める方法で証明しようとする。つまり、天才研究者から一番遠いところにあるのが、捏造・改竄・剽窃の不正行為だ。お分かりかな。


クリミア半島をロシアが併合したことに関して、別の視点を提供したい。
両方の言い分を聞かないとフェアではないだろう。

新生ウクライナ1 ヨーロッパの報道 ロシアTV European media's
https://www.youtube.com/watch?v=RWlcoRL3qMM
2014年2月27日 ロシア第一放送 私見ですが、新生ウクライナは、極右運動家のステパン・バンデラを英雄と崇める西ウク­ライナの国粋主義者らが、デモで、正統な選挙で選ばれたヤヌコビッチ大統領を追い出し­て成立。2004年のオレンジ革命も、同じ国粋主義者デモが、大統領選挙に不服でやり­直し選挙を強要した事件です。

新生ウクライナ2 政府高官がテロリストに支援要請 ロシアTV 
Ukraine asked Chechen guerilla for support  
https://www.youtube.com/watch?v=nUX0AMNiGXA
マイダンのデモで活躍して、新生ウクライナの国家安全保障・国防会議次官に就任した、­ウクライナ極右団体「右派」代表ドミトリイ・ヤロシュは、アルカイダと関係のあるチェ­チェン武装ゲリラに協力を要請しました。2014年3月2日 ロシア第一放送

新生ウクライナ3 まるで無政府時代 1 ロシアTV 
Ukraine as if in period of interregnum 1
https://www.youtube.com/watch?v=6ld-8c-gtlo
キエフは今?在ウクライナ日本国大使館さえバリケードで接近不能。デモ隊が国家占領。­ウクライナは無政府時代の権力争い Ukraine battle for power during the interregnum 2014年3月2日 ロシア第一放送

新生ウクライナ4 まるで無政府時代 2 ロシアTV 
Ukraine as if in period of interregnum 2
https://www.youtube.com/watch?v=7nfWzUgdiCU
ウクライナは無政府時代の権力争い 続き Ukraine battle for power during the interregnum part 2 2014年3月2日 ロシア第一放送  革命前は、ウクライナへの郵便物は必ず届きました。革命中は、小包は、半分中身がすり­替えられて、半分だけ届き、今は、全く届きません。日本在住の奥さんイリーナと二人の­友人のウクライナ女性。一人は、リヴォフなので新生ウクライナ。もう一人は、クリミア­なので、もうすぐロシア人。イリーナは、東ウクライナで、先行き不透明。半年前に、ウ­クライナのパスポートをやっと更新したのに、ロシア併合なら、またパスポートを作るの­かと心配。ウクライナでパスポート更新は5万円。実際には、現地に行って出来上がるま­で2ヶ月は待つから、往復の旅費と生活費で50万円はかかる。

新生ウクライナ5 革命直前の市街戦 1 ロシアTV 
Kiev's street fighting just before revolution 1 
https://www.youtube.com/watch?v=r-qfBJxtZak
ウクライナ革命の4日まえのキエフの戦い 前編 2014年2月18日 ロシア第一放送

新生ウクライナ6 革命直前の市街戦 2 ロシアTV 
Kiev's street fighting just before revolution 2
https://www.youtube.com/watch?v=XcegFA6o8es
新生ウクライナ、2月22日のマイダン革命の4日前は、キエフで市街戦 (後編) Kiev's street fighting four days before the Maidan revolution part 2  2014年2月18日 ロシア第一放送


森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故直後に、今後の脱原発運動において以下のような言説や政治勢力の存在が大きな障害物となるだろうとの危機感から、2011年4月9日段階で以下の見解を提示している。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm#2011.4.9
【疑問】産業公害における責任回避の常套的「科学論(?)」を通じて原発事故の真因と責任を曖昧化か? 2011.4.9 中部大学 武田邦彦教授(元・原子力安全委員会 専門委員)の言説…
 (同氏は)「公害事件に関していつも原因企業が主張するところの「予見不可能」の主張を、一見「謙虚」に見える独特の科学論から演繹的に「是」としている。これは悪質な原因企業の責任を軽減する言説に容易に転換しうるものだ。今回の福島の事故例のように、国家的大事故で、予見が既知の事実と化し、国民的批判が定着した後に、今後の放射能被害の危険性を「予見不可能性」で説明すれば、国民の生命擁護に気を配っているように見える。
 だが、一方で、「安全な原発は推進してもいいが、危険な原発には反対する」を声高に叫ぶのならば、氏自身が主張されるところの「予見不可能性」との自己矛盾である。最近は、「あと出しじゃんけん」で華々しく登場するのが得意な人が実に多い。
 一部メディアが精査もせず、あるいは、それと知っていてか、面白半分に取り上げるので、本人もその気になり調子付く。それまで危険容認の立場で動いていても、世論の動向やトレンドに合せて変わり身が早く、しかも、俺が俺がと表に登場し、そのくせ、巧妙に利害関係を維持して広告塔で動く人もだ。」(中略)

… ちなみに、類似例として、もうひとつの仮面も指摘しておく。民主集中制もロジックとしては似たような折衷的言説を嗜好する。最近はなりをひそめているが、かつて主張していた「正しいやり方の原発ならいい」、(森永事件では)「正しいやり方で行われるよう官製検診に参加する」という姿勢にもだぶって見える。一見「手法を正す」との改善提案を行っているように見えて、現実にはカネと権力と社会システムを総動員して強行される悪しき国策に、正面から異議を唱える科学者や技術者、住民運動の前に煙幕をはる効果になる。党利党略からか、権力に媚びる意図から来ているのかは、諸説あるが、結局、抵抗する住民の邪魔をしてきたことには違いない。

---- 原発が爆発すれば「御用学者」を批判しメディアで跳梁するが
        実は「御用にもっとも近い住民」。タレントさんもご注意。
              最近の世論操作は “お笑い” も取り込んでいくから、手が込んでいる----

小保方論文騒動に武田邦彦が仰天見解
http://www.j-cast.com/2014/03/14199294.html
「写真違っていたなら『眠たかったから』と言えばいい」
2014/3/14 19:45  
 新型万能細胞「STAP細胞」の論文に複数の不正が指摘されて以降、筆頭著者の小保方晴子・研究ユニットリーダー(30)は厳しい追及に晒されている。大学院時代の博士論文についてもコピー&ペースト(コピペ)疑惑が浮上し、研究者としての立場が揺らいでいる。
 そうした中、東大出身の工学博士、武田邦彦氏(70)が2014年3月13日放送のテレビ番組の中で、画像が間違っていたのなら「眠たかったからと言えばいい」、海外論文の流用は「日本人が下手な訳で書くよりいい」などと独自の持論を展開し、インターネット上で賛否両論を呼んでいる。
写真転用は「目が霞んでいたんですよ」
 武田氏は13日、CBC(中部日本放送)の情報番組「ゴゴスマ-GO GO!Smile!-」で、小保方氏の論文騒動を解説した。その中で、STAP細胞論文の画像転用問題について聞かれると、昔と今の研究者の生活環境の違いを説明し始めた。
 武田氏によると、昔の研究者は裕福な家庭環境で育った人が多く、時間的、金銭的にも余裕があったが、今の研究者、特に女性は家事や子育てなどで余裕のない生活を送っている。そのため、「どうしても昔みたいにちゃんと(論文を)書けないんですよ」というのだ。石井亮次アナウンサーに「忙しいということ?」と聞かれると、「忙しいし、色々ある。審査官があれこれ言ってくる。『ここ変えて、次写真ここ入れ替えろ』って一生懸命やっているうちに、だいたい間違えるんです」と語った。
 これに納得しない石井アナが「いやいや、論文に載せる写真ってめちゃくちゃ大事でしょう!」と反論すると、「目が霞んでいたんですよ」と驚きの回答。出演者陣はどっと笑ったが、あながち冗談ではないようで「目が霞んでいていいんです。そんなところを厳密にしたら日本の若い人が論文を出せなくなる。国際的にものすごく遅れる」と訴えた。欧米では新発見や学問的な進歩があれば論文が不十分でも評価される傾向にあるといい、そういった観点から武田氏は今回の画像転用をさほど問題視していないようだ。
 「20ページはだれが書いても同じ文章になる」
 さらに武田氏は、小保方氏が早稲田大学に提出した博士論文で20ページにわたる「コピペ」が指摘されている件についても「全然いいんですよ。第一そんなやつ持ち出すなと。人間は過去までほじくり返したら、色んなことがある」と全く意に介さない。「コピペ」とみられているのは、幹細胞の基礎知識を説明する部分であり、武田氏は「これ著作権がないんですよ。(科学の)事実は誰が書いても同じなんです。だから、彼女の20ページは世界中のだれが書いても同じ文章になる」とする。
 科学者の目的は金や利権ではなく「自然現象を明らかにすること」である以上、こうした文章は「人類共通の財産」であるため、引用を示す必要もないというのが、その理由だ。むしろ「アメリカ人が書いたやつを持ってきたほうが、日本人が下手な訳で書くよりいいんです」と、コピペを歓迎する発言まであった。
 再現実験については「長い目で見るべき」と話し、論文撤回についても「著者本人が判断すべきで、(周囲が)圧力をかけてはいけない」と主張する。最後に小保方氏が今やるべきことを問われると、「もし写真が間違っていたら、『眠たかったから』と言えばいいんです。小保方さんは、出てこないほうがいいと思いますよ。これだけ誤解がある以上、一般的には『なんだお前は!』ってなるから。『眠たい』なんて言ったってね」と笑いを誘った。
出演者陣は納得していたようだが…
 最初は驚いてばかりいた出演者陣も最終的には概ね同意したようだった。だが、リアルタイムで放送を見た人や書き起こしを読んだ人たちからは賛否両論があがっている。
 インターネット上では「新たな観点から問題を捉えることができた」「俺は同意出来る部分が多いけどな~」「論文には論文の常識があるってことなんだなたぶん」と理解を示す声がある一方、「明日にも職を追われていいレベルの失言を越えた失言じゃね…」「武田邦彦氏も眠たかったからこういう発言したんですよね?」「そんな無茶苦茶な論理で騙されるのは、アホなタレントだけ」「デタラメな奴がデタラメを擁護している」と厳しい意見もあがっている。
 なお、理化学研究所は3月14日、一部画像が小保方氏の博士論文から流用されたものだと断定。また、小保方氏ら共同著者は同日、論文の取り下げを検討していることを明らかにした。
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現実認識からして間逆。武田邦彦氏は、テレビに出る暇があれば、以下のブログも先に読むべきだった。
所属する中部大学のイメージも地に堕ちた感がある。
小保方晴子の不正事件が問うもの - 格差社会の分配と秩序と倫理
http://critic20.exblog.jp/21843312
横溢する小保方擁護論の諸相 - 無責任と脱倫理が栄えて沈む国
http://critic20.exblog.jp/21849227/

1月にこのブログで、「科学者はそんなにえらいのか」
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/2339161.html
と書き記した直後にコレだ。呆れてしまう。
 

 浦和レッズの一部サポーターが、会場前で「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)という横断幕を掲げた問題で、チーム側が「無観客試合」などの厳しい制裁を受けた。
 「○○○○○ ONLY」は米国での黒人差別の際にも多用された典型的差別表現だ。外国人サポーターは「差別主義者だ!」と憤慨しており、大変不愉快な横断幕である。
 この横断幕を掲げた数名の愚かなサポーターは、「ゴール裏は聖地、そこに外国人が入ると、応援の統制がとれなくなるから」と、外国人排除の明確な意図を認めている。Jリーグ側は、チームマネジメントと警備会社などの杜撰を指摘した。だがこれを横目で見ながら、「またやってらあ」と「見てみぬふりをした」者も多いことだろう。数名のサポーターの責任に帰していいとは思われない。差別やイジメはサイレントマジョリティを前提に横行するものだ。

 浦和レッズの淵田社長は「差別がなくなるよう断固として取り組んで参ります」と謝罪した。厳密には人間社会から「差別がなくなる」ことはない。差別は絶えず醸成され発現してくるものであり、だからこそ、それと不断に闘う努力こそが大切だ。社長の言葉は、そういう決意表明と期待したい。だが、今後、いたるところで差別排外主義の行為は増えるだろう。わが国のトップがその先陣をきっているからである。

「差別主義の国」とのイメージが広がる日本
不満を外に向けてウサを晴らさせ、ナショナリズムで格差を誤魔化すこの国のトップ
 最近東京あたりで頻発している在日外国人(特に在日韓国人)への尾篭なヘイトスピーチも、国際機関から疑義を提示されるレベルとなっている。
 サッカーでの一部サポーターの薄っぺらいナショナリズムごっこといい、最近の日本の風潮は、歴史意識と国際感覚の大幅後退ともいえる愚かさを見せ付けている。
 これらの代表選手が、安部晋三氏の靖国神社への、政治的利害絡み&年末駆け込みドサクサ紛れの打算的参拝行為であろう。それ以前から石原慎太郎氏の「第三国人」発言でも、差別意識の顕在化が端的であった。
 これが、現政権の目指す「美しい国」なのだろう。それはナチスが目指した「純潔の第三帝国」なる理想に重なって見える。

日本の差別排外主義の背景にあるもの
 日本株を一時的に上げて、含み損を回復した子株主のご機嫌をとってみせたつもりだろうが、そのほとんどは米国の金融緩和の最後の冒険にささえられたものだ。そして見せかけだけのファンダメンタルの変化の一方で、国民の財布に一服感はないどころか、歯止めをはずされそうな消費税増税で気分は冷え込んでいる。
 隣国中国の軍備増強に警戒感を煽るのも結構だが、その一方で、「世界第二の経済大国」の座を隣国に奪われたという挫折感を募らせるあまり、嫌中、嫌韓の見出しが躍っている。
 これまで貧しかった中国や韓国への日本人による差別意識が顕在化しているだけであろう。戦後、戦争責任への自覚が希薄なまま、米国の軍事力に頼りながら商売に専念し、それを「成功」と勘違いして、産業公害などを長期にわたって放置してきたし、未だに放置したままだ。
 経済成長のツケを押し付けた自国民の犠牲さえ見てみぬふりをしながら、一方で、隣国の貧しさを、上から目線で小馬鹿にしてきたことのツケが回って来ているだけである。人間、馬鹿にされれば、「なにくそ精神」で巨大な成り上がりパワーを発揮するのだ。当たり前の構造だ。それはかつての日本人も全く同じだ。中国の問題点はほとんどすべて日本が経験してきたことだ。他国に追い越されかけていることに狼狽し、その主な原因である若い世代を育てることに手を抜いてきたこの30年の自国自身の責任を棚に上げ、自分たちの歴史すら正視できないで、他国へ八つ当たりしている情けない国になりかけている。
 こんな状況では憂さ晴らしの排外主義に拍車がかかり、日本の品格は落ち込む一方になるだろう。

一日の始まりっていう明るい感じの戦時中…どうなの?

最近のNHKの朝ドラ、戦時中の生活を楽しく能天気に描きすぎてないだろうか?
国民服着せて質素な雰囲気だけは演出してるけど、大昔から変わらぬ和気あいあいの、なぁ~んにも実感のないホンワカムード…。空襲警報だけに、いきなり慌てる人々。
あんな、のんびりした銃後って、どこにあったのかしら? そりゃのんびりしてた人も一定数いただろうよ。それに、空襲を除いては戦場の苛烈さとは現象面では比較にならんだろう。だが、少なくとも私のおふくろは、勤労学徒動員で、全身氷になるような凍てついた体育館で、風船爆弾や軍用無線機を、軍人のきびしい監督下で強制労働のように働かせられながら作らされ、ついに体を壊して手術する羽目になった。
追い討ちの空襲では、死線をさまよいながらも辛くも生き残ったが、ひどい栄養失調で、「やむなく可愛がっていたウサギを締め殺して、泣きながら食べたことが一生忘れられない」と、しんみり話していた。
粗末でいい加減な手術の後遺症は、「その後の生活に一生重荷で付きまとう事になった」と、戦争を深く恨んでいた。

凄惨な日常
おふくろをはじめとした勤労学徒の女生徒は、背中に大きく重い軍用無線機を背負い、列車に乗って運搬していたらしい。(なぜ生徒に運ばせたりしたのか?は聞きそびれた…)
運搬途中、列車が鉄橋にさしかかると、米軍機から機銃掃射を受けて、列車が炎上した。炎に包まれ、鉄橋から友人の女学生が次々に川に落ちていく修羅場を体験している。
まあ、こんなシーンを朝ドラで見せると、吐き気をもよおすだろうという理由で、なかったことにするのだろうが、中途半端なシーンで戦争の痛みを低く見積もらせてもいいのかな? 
まさか、あの会長のふりまく「ネジ締めなおしてやる」発言むんむんの雰囲気から、ヒラメ的に自主規制して戦争の残酷さの過少評価を意図的に盛り込んだりする制作者が現れて来るんじゃないか、なんて思いたく無いところだが…。
でも、あの会長の取り巻きのカルトな面々をみると、「隠れた意図」なんていう陰謀めいたことを、ちっぽけな庶民の一人としては、思わず心配しまうんですが…。これ、神経質にすぎる?…
当時の庶民は、アメリカ敵機も嫌だが、勉強したい盛りの学徒を日常的に児童労働に狩り出して強制労働させる軍部の姿はもっと嫌、というより恐怖だったろう。
だが、朝ドラでは、そんなシーンはほとんど出てこない。別に、見せたからって、朝の活力をすぎますかねえ?    見せない理由にしているだけではないかな? 

「カーネーション」などは、大好きなストーリーだったが、こと戦時中の描き方に関しては同じ程度だったような。
敵を米軍機だけに絞ったりしているからA級戦犯持ち上げたくなるんじゃないの? 考えすぎでしょうか?
でも戦前、戦時中にメディアが果たした役割は絶大ですぞ。自らの仕事に民間企業並の警戒心があるかな?

朝ドラがおわって、大好きな有働アナがアサイチで、「戦争って嫌よね」、とはおしゃるが、「どの程度嫌なの?」「安部さんが嫌がる程度にいやなの?」とかが、結構重要ではないでしょうか。

投稿者 :元日本軍兵士の遺族  2013年12月27日(金) 10:35   
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-oyahukoumono-blog-version2.htm
 昨年、年末押し迫って、国民が大忙しの最中ならドサクサ紛れに参拝してもリアクションが少ないだろう、という政治屋の発想丸出しの靖国参拝。
 これに関して、旧軍兵士の遺族として何度でも言わせてもらう。あなたを歓迎している亡き兵士、その御霊は貴方の前には居ない、と。
 こういう参拝の仕方そのものに、過去の戦没者の気持ちを汲みとろうという気持ちが見られない。
 現世の利害に直結したイデオロギーむき出しの人間集団との利害関係から、事を進めたことがよく見て取れる。すでに安部氏はそのような談話を恥ずかしげもなく出しているらしい。
 戦没者が果たして、こんな政治屋の発想そのものをありがたく思うだろうか? そもそも戦没者は靖国だけにいるのではない。ほとんどの戦没者は、靖国だけを愛好する歴代内閣が全く努力しなかった結果、或いは遺骨収集に取り組む人々を「軍国主義者」と罵倒してきた左翼の共同作業のおかげで、遺骨として海外の戦地に野ざらしにされたまま放置されている。わが親の所属する“靖国を奉る”戦友会が、老体にムチ打って海外に放置された戦友たちの遺骨収集の署名を集め、厚生省へ提出した時、官僚は何を言ったか?「相手国の心情の手前、回収できない」だ。
 なんたる詭弁、なんたる怠惰。さすれば、「相手国の心情をまとめて逆なでする」安倍首相の行動は、遺骨回収という難事業を懸命に遠ざけて仕事を減らしたい官僚の期待?にもしっかり応えることになる。
 少しでも戦没者や遺族関係者への「心」を云々するなら、このような矛盾した現実への説明責任をきっちり果たすべきだろう。

 戦没者への追悼の念とは、戦没者の気持ちを想像する心である。
 では戦没者の気持ちとはなにか?それこそ千差万別であろうが、それを良く考えたことがない事だけは良くわかる。遺族会は、あたかも戦没者の代表・総意のように「歓迎」を表明するが、靖国を奉りつつも歴代首相の靖国参拝に憤りを持つ戦友会もある。現代の政治家に「心がない」こと、靖国を自己都合で政治利用している事は、特に、戦地を訪れて、被侵略国との交流を懸命に続けてきた戦友会・遺族会にとっては「見ればわかる」事だからだ。

 国のために殉じた英霊というカテゴリーなど関係なく、戦没者には私も頭を下げる。だが同時に、侵略した相手国の犠牲者、闘った相手国の犠牲になった兵士にも頭を下げる。これはすべて戦争という痛みを想像する中での追悼であり、くどくど説明する必要もない、当たり前の礼儀だ。
 こんな礼儀も実行できない想像力の欠落した駆け引き政治屋がパフォーマンスで靖国で頭を下げても、その先で「何かを語る死者」は居ないというべきであろう。
 こんな礼儀知らずの靖国参拝を「美しい国・日本」というのなら、それは日本語という民族の文化の基本を無意味化する暴挙でもあり、言語で理念を語るべき政治家にあるまじき姿だ。


【参考記事】
仲井真弘多にリコールを - 12/27のNHKの異様な奉祝報道 

12/27の夜、仲井真弘多が辺野古埋め立てを容認した記者会見の報道があった。テレビではNHKしか番組がなく、7時のニュースとNW9を見るしかなかった。年末で冬休みのため、報ステとNEWS23を見ることができない。NW9と報ステでは、かなり論調が違ったはずで、視点と立場が異なり、流す映像が違っただろうと思うが、それを確認するころができなかった。知事公邸の会見で仲井真弘多に噛みついていたのは、TBSの金平茂紀だ。NEWS23の放送があれば、岸井成格が仲井真弘多を一刀両断するコメントを吐いただろう。安倍晋三は周到に、政府に批判的な報道番組が仕事納めをした機を狙い、辺野古埋め立て容認に政治をセットし、靖国参拝を強行している。国民の間に批判が広がって、支持率下落に繋がる影響が最小限になるよう、狡猾にタイミングを選んでいる。NHKの画面の前で歯噛みしていたが、ふと、なるほど、数年後はこうなるのかという考えが頭をかすめた。安倍晋三にとっては、この報道環境が理想であり、あるべきマスコミと国民の姿なのである。政府に不満や批判を言う放送局が皆無で、安倍晋三を礼賛する報道と演出ばかりで埋められ、国民が安倍晋三の政治に満足し、政府の政策に納得し、番組キャスターを媒介して安倍晋三と国民が常に一体化するような、そのような共同体の図が理想なのだ。つまり、北朝鮮と同じ政治社会である。朝鮮中央放送しかない環境だ。

東電の犯罪・福島の悲劇に加担した事への無反省。

共産党は最近まで原発推進のくせに支持しない人を攻撃するのやめて

平たく言うと、彼らにとっての都知事選の位置づけは、こういう核への汚れた歴史の隠蔽とロンダリングか?

過去の政策判断を都民の前で正式に謝罪した小泉氏のほうがよっぽどマシという市民の意見もスジが通っている。

少なくとも原発問題では、「自共対決」など存在しなかった。むしろ協調。(こういう「予定調和」でどれだけ「おいしい」関係が築けて来たのか?...大半の党員が三猿主義を決め込んでいる個別事情を山ほど知っている一般市民。市民だけが嗅ぎ分けることが可能な、イカガワシイ世界…)

左掲写真は、原発が破裂した後の2011年6月になっても街頭に貼り続けられていたポスターらしい。

日本共産党への幻想がゼロの人間にとっては、彼らが原発にどんなパフォーマンスをとろうが、「所詮底がしれている」という受け止め方だ。だがそれにしても、なんにも一貫してスジを通していない党派が、都知事選で、一般市民に対して、こんな傲慢な言動と態度をとっていたとは…改めて驚きだ…。これが事実なら、かつてのオウム真理教の信者なみ。

東日本大震災で東電福島第一の使用済み核燃料棒の高濃度放射性物質(広島型原爆の死の灰の数百発分…詳細は『原発震災という視点』 ) が東日本一帯を覆わなかったのは、燃料棒冷却プールの水がかろうじて抜けなかったという、「たまたまの偶然」でしかない。にも関わらず、原子力行政を基本的に容認し続けておいて、反省もなく、風見鶏で世渡りする党派が「わが党だけは」コールを繰り返し、懸命に一本化を呼びかける市民に毒ついていたようだ。

宇都宮氏は敗戦候補のトップになって一体、何がうれしいのだろうか?このポスターへの一抹の反省でもあれば、「細川候補に勝った、達成感がある」などと、とてもとても…喜べないはずだ。

市民が「おかしい」と感じるのは当たり前。巧妙な嘘を見抜く、失ってはいけない大切な感覚だ。

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ブログ「世に倦む日日」のコメントは最新の市民の世論を見る上で参考になる。(世論といっても、ここでは共社になびくような層は対象にしない)

Commented by 33 at 2014-02-28 00:49

ご無沙汰しております.本当に今回の都知事選での社共にはガッカリしたというか,かれらは“脱原発〟が目的ではなく,手段である脱原発運動を続けることが目的になっている気がします.たいてい目的と手段があべこべになるとロクなことはないし,そもそも30年かけて目的を達成する手段なんてどう考えても間違えてるのが分からないんですかね…… 健康のためにカラダを鍛えはじめたのに,そのうちカラダを鍛えるのが目的になった人みたいなもんですからね…… 官邸前の運動も毎回通うと経済的にも身体的にキツすぎて,既にブラック運動と化している気がしますし.二度言いますが,今回の千載一遇のチャンスを潰した社共にはガッカリです……

Commented by やより at 2014-02-28 12:05

30年前から「東京に原発を」という標語がありました。今や、「千駄ヶ谷(共産)と永田町(社民)に、とりあえず原発を」となりそうな気配…。共産党はあい変わらずHPで「自共対決くっきり」などと自画自賛しているが、そうなるほど、ナショナリズムが高進するでしょう。そもそも、なぜ自共の二大対決になるのか?単純タカ派政党と化した自民党と共産党が対決する日本社会のイメージ自体がもう一触即発の戦争状態でしょう。彼らの「自党だけが正しい」という傲慢な一神教的でカルトな価値観と 「わが党以外は自民党の亜流」  と十年一日露骨に叫んできた姿勢に疑問を持てず陶酔している人々には心底同情する。この特異な政治イデオロギーを克服することは重要課題であるだろうし、今回、急な出馬で、市民の票をあれだけ結集できたことは、その力がみなぎっているということです。それこそを左翼は怖れているから、「細川に勝った」というフレーズが出るのです。公益などおかまいなし。左翼の壊死と市民の登場、これが今後のテーマでしょう。

Commented by haku at 2014-02-28 22:17

いろんなプロジェクトを見ていると、5年もやっていると疲れて、もう区切りを付けようよ、という気分になっているようです。これが長期でも一つの目安でしょう。30年とは笑止です。宇都宮氏も志位氏も自分達の目が黒いうちに脱原発を実現したくないんでしょうかね。そんなのどうでもいいよ、と告白しているようなものです。やや旧聞になりますが、プロ野球の縮小問題で、一方のリーダーたる古田氏はまさか30年続けようとは思わなかったし、5年でも御免だったでしょう。おそらくシーズンが終わるまでに決着を付けられなければ負けだと思っていたはず。永久追放さえ覚悟していたそうです。だからこそ集中して取り組むことができ、その必死さにファンや多くの国民が共感して圧倒的な支持を取り付けることができた。自称「運動界」の人々はこの胸のすくような運動から何も学ばなかったのでしょうか。

Commented by pm3.1 at 2014-03-01 01:25

○○な脱原発はダメだ!というように、都知事選で左翼陣営にそういう楔を打ち込まれてしまったような気がしますよね。増税賛成の脱原発はニセモノ、平和主義じゃない脱原発はニセモノ、新自由主義の脱原発はニセモノ・・という具合に、何でもかんでもすべてのテーマについて反対じゃないとダメだというような。これじゃあ永久に話がまとまるわけもないですよ。あれこれ不毛な論争をやってるうちに浜岡がやられるかもしれません。ビデオニュース・ドットコムで宮台氏が仰っていた「左翼の居場所問題」と言いますか、社会問題の継続を願う勢力にとっては願ったりかなったりの状況かもしれませんが、大変困ったことになってきました。大切なのは社会問題の解決であり、社会運動を続けることじゃないんですよね。


《日経も嘲笑気味… 「自共対決くっきり」 になってない “一人お祭り騒ぎ” …》 出典

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1003N_Q4A210C1PP8000/

《 下2行、市民運動を主敵にする、党利党略&セクト主義のあからさまな発言

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核への汚れた態度のロンダリングが主目的の都知事選?

「知的退廃」に開き直る「業界左翼」

まさに「業界左翼」にとっては、「問題の解決は“飯の食い上げ”」であるから、簡単に解決しないほうがいいのだろう。もちろん元々は簡単に解決できる問題ではないが、「飯の種にする」長年のルーチンワークの習慣は、ここぞという解決のチャンスをも見逃してしまう。それが哀しいサガだ。

そして、自分たちとは無関係に、問題が解決されたら、されたで、その後に発生する利権に食らいつくことも忘れない。  森永事件解説ポスターpdf


そもそも、共産党など、ソビエト政権の核兵器と原発を「正義と進歩の技術」として異様に賛美し、その成れの果てからか、わが国の原子力政策に対しても「自主・民主・公開で」という折衷的な十年一日のスローガンで、御用学者の跳梁に間接的に手を貸してきた。

森永事件でも同様の手口で、後遺症なしの結論先にありきの「官製検診」にもぐりこみ、被害者の反対を押し切って権力側に情報を流し、あわよくば御用学者に取り入ろうとした民主集中制だ。

そういう作風でやって来ておきながら、東電の原発が破裂したとたん、しばらく様子を伺いつつ、党勢拡大に有利と判断できるやいなや、表向きの姿勢を変えてみせた。

だが、大手新聞の仕組んだ社民との対談では「数百年先の原子力技術の可能性」まで依然として口にする始末だった。

自党のドグマへの真摯な反省もなく、のらりくらりと美辞麗句を口にしつつ原発推進世論の事実上の下支えをしておきながら、舌の根も乾かぬうちに、自らを「脱原発の旗手」のように演出する舞台として今回の都知事選に臨んだ。過去の政治的二枚舌という犯罪のロンダリングの道具として、立ち枯れた社民を使い倒し、お得意のプロパガンダで過去を清算したつもりになって涼しい顔をしている。
東京都民は候補一本化を要請した。要するに党派は市民の後を歩け、脱原発を実現するために協力せよ、ということだ。党派は、市民の後を歩くなどもってのほかだと考えた。なぜなら、党は民衆を導く領導者ということで「権威」なるものを維持してきたと思い込んでいるからだ。

今回の都知事選は、共産があたかも「大昔から一貫してスジを通して原発に反対してきた」かのような印象を、社民のふんどしを借りて世間に印象づける役割を果たしたという意味で「大成功」であろう。

自党の「原子力に対する汚れた過去」を反省もなく隠蔽するという党利党略から生まれた目標設定から考えると、「細川に勝ってよかった」という彼らの素直な感情の吐露は、確かに「スジが通る」。
そして、もともと上昇志向の強い資質と比較的単純な哲学で動いている安部晋三氏をタマとして、世論操作と政界操縦に長けたブレーンがイメージとして形成する安部政権は、対抗勢力のいびつ化、分散化を奇禍として勢いづく。
「禍根は内にあり」という典型的パターンだ。


「生産力発展至上主義」という1800年代世界観がもたらす「技術社会」への無節操

彼らの歴史観を規定しているマルクス主義の「生産力発展至上主義」は、実はきわめて資本主義的な発想だ。

唯物史観は、人類の歴史発展の下部構造に「生産力の上昇」があると規定し、「人類の歴史は生産力の発展の歴史である」と一面的に規定する。

そして、資本主義はその生産力を「過剰生産恐慌」で定期的にチャンスロスするから、それをなくせば生産力は完全解放され、人類は無限の生産力上昇を獲得するに到ると主張する。そのためには生産手段を資本家や農民から奪取し、生産手段の社会化が必要だ、とする。

そして、共産主義は、生活に対するなんのストレスも存在しない理想社会となる。これがマルクス主義の歴史観の底流に存在する。
だが、「生産手段の社会化」といっても、国民全員がモザイク的に生産手段を所有するなんてことは有り得ない。社会化という「社会」とは、「抽象的な概念としての社会」などではなく、彼らが言うところの「階級社会」を代表する「国家」である。つまり、プロレタリア独裁国家という、彼らが統制関係が逆転したと言いくるめる「階級国家」である。
が、それは結局、国家支配層を牛耳った暁の一党独裁党派の官僚群にすり替わっただけであり、世界の最終目標に近づく運動が開始されたことで、反対者は人民の敵とされる。「労働者国家の代表者」を気取る赤い貴族の私的所有になることには、固く固く口をつむぐ。


「鏡の中の世界」を見て熱狂する「歴史主義信仰」の世界観
所詮、1800年代の西欧世界における科学/技術/社会観を無批判に未だに受け継いでいるに過ぎない。それをプロパガンダという手法で政治的に合理化しているだけだ。まさに、ナチズムなど過去の様々なイデオロギーの亜流が、現代にも容易に復活しうるように…。

赤い貴族の支配をいったん脇に置いたとしても、「生産力の無限の解放」が実現し、悩むことのない消費を資本主義以上に謳歌して、さて、有限資源が枯渇したら、どうするのだろう。さしずめ、超光速で飛ぶ超技術の宇宙船にでも乗って、他の太陽系にまで到達して、エイリアン同士の大戦争に勝利し、人類の幸福が実現されるというのだろう。千万年、数億年先の未来を見通す「預言者」になったつもりで自己満足できる。これがナチズム同様、「千年王国」と揶揄される彼らの「歴史主義信仰」と言われるものの実態だ。

世間知らずを叱られた事のない青二才か、もしくは一般社会とは別に、閉じた利権組織のヒエラルキーの頂点を目指す野心家にしか通用しないシロモノだ。しかも、他のカルト系組織と同じく、まず人間関係で縛りをかけ思考の枠組みを上から統制するから、知的誠実さなどとは無縁となってしまう。おどろおどろしい組織悪を目の当たりにしても、たいていは原因を別物にすり替え、連日刷り込まれる「前衛党無謬論」「全体主義的大義名分論」で合理化・正当化してしまう。彼らが「世間」と思い込む世界は、左右が逆転した鏡の中の「世間」だ。
いずれにしても、こうなると、ガンジガラメにされた人間関係をリセットする勇気をもてる人しか脱会できない。

民主集中制/共産党が人格破壊を引き起こすメカニズム

この俗物的な社会発展観は、しかし「光り輝く理想郷」として「信者」の頭脳の大部分を支配し、革命など実際にはやる気がなくても、資本主義の不正を是正する「唯一の決定的な力・理論」なのだとという思い込みで、思考を支配する。だから自分の意に従わない市民を敵視・弾圧しても、彼らの「歴史信仰」という大義名分から「免罪符」を与えられていると思い込む。

更にタチが悪いのは「前衛党の防衛」という「非常時」を党中央から宣告された場合、公序良俗や道義など真っ向無視の言論弾圧や政治謀略、人権侵害、密室政治、暴力的査問(異端審問)にためらいなく突進する。

  《参考事件:市民が告訴すれば有罪判決を食らうが…。森永ミルク中毒事件 能瀬訴訟 

日頃は表向き「比較的いい人」に見えても、突然、組織員としての別人格が現れる。「カッコつきの革命的正義」を身にまとい、国法と人道を無視した恫喝を凶暴に実行するのだ。「共産党は二重人格を作り人格を破壊する」という元幹部党員らによる指摘現象のメカニズムは、この部分に存在する。

《参考資料:能瀬訴訟 訟控訴審 準備書面 p27─報道、学者への恫喝─社会性の乏しさ全開》

科学は、人類にとって危険な技術を今後も次々に産出するだろう。これは深刻な問題であるが、この現象は何も資本主義社会に限ったことではない。すべての社会主義体制でも同じことが起こった。(ちなみに共産党が、それを「真の社会主義ではない」といえば言うほど、資本主義者も“あれはウチとは関係ない”という言い訳を開発する)

だが、技術はプロレタリア独裁国家が運営管理さえすれば、従来の矛盾は解消されバラ色の未来が訪れるなどというスターリニズム政党の流布する倒錯科学観の煙幕は、今では奇妙で意味不明のごまかしプロパガンダを開発している。「自主・民主・公開」などとは、もっとも縁遠い所に位置するスターリニズム党派が恥ずかしげもなく口にする「自主・民主・公開」(で国策容認)などというズル賢いプロパガンダであり、(※1)こんな子供だましの言い草で、真面目な市民が迷走させさられ市民が泣かされる歴史が東アジアの島国では今後も当分続くだろう。

このような社会観は、今後、何度でも、危険な技術の運用を「民主的運営」の名の下に擁護し、局面局面で党利党略の風見鶏となる。「猫の目解釈」でもって水面下で行われる国策への援護射撃の銃口は、体制を問わず技術が人類に及ぼす問題点を指摘する「非共産」の市民にも同時に向けられている。

これこそ、愚かで「非生産的」、有為な人材の消耗だ。


市民は本来の対抗者と同時に、味方を装うもっと欺瞞的な対抗者との闘いを強いられ、疲弊し、社会改善に挫折するかもしれない。そして、左右の民主集中制的で全体主義的な党派が社会を凶暴な政争と抗争に移行させ、国民の感情を扇動し、その荒廃した全体的精神構造は、他国への矛盾転嫁という国家間の抗争へと容易に転化するだろう。市民的資質を具備する市民社会の成長が未熟で、粛清に明け暮れるDNAを引き継ぐ共産党のフラクションが社会の隅々にまではびこり、党生活者が「生活をかけて」無節操で不正なオルグと粛正という「革命ごっこ」をコソコソと展開し、彼らが存亡をかけて「自共対決くっきり」に見せようと勢いづくような東アジア地域では、そのような潜在的条件が十分に存在している。

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(※1)

森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、事故直後に、今後の脱原発運動において民主集中制の存在が大きな障害物となるだろうとの危機感から、2011年4月9日段階で以下の見解を提示している。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-kakujiko01.htm#2011.4.9

【疑問】産業公害における責任回避の常套的「科学論(?)」を通じて原発事故の真因と責任を曖昧化か? 2011.4.9 中部大学 武田邦彦教授(元・原子力安全委員会 専門委員)の言説…

「公害事件に関していつも原因企業が主張するところの「予見不可能」の主張を、一見「謙虚」に見える独特の科学論から演繹的に「是」としている。これは悪質な原因企業の責任を軽減する言説に容易に転換しうるものだ。今回の福島の事故例のように、国家的大事故で、予見が既知の事実と化し、国民的批判が定着した後に、今後の放射能被害の危険性を「予見不可能性」で説明すれば、国民の生命擁護に気を配っているように見える。だが、一方で、「安全な原発は推進してもいいが、危険な原発には反対する」を声高に叫ぶのならば、氏自身が主張されるところの「予見不可能性」との自己矛盾である。
最近は、「あと出しじゃんけん」で華々しく登場するのが得意な人が実に多い。一部メディアが精査もせず、あるいは、それと知っていてか、面白半分に取り上げるので、本人もその気になり調子付く。それまで危険容認の立場で動いていても、世論の動向やトレンドに合せて変わり身が早く、しかも、俺が俺がと表に登場し、そのくせ、巧妙に利害関係を維持して広告塔で動く人もだ。」
(中略)…

ちなみに、類似例として、もうひとつの仮面も指摘しておく。民主集中制もロジックとしては似たような折衷的言説を嗜好する。最近はなりをひそめているが、かつて主張していた「正しいやり方の原発ならいい」、(森永事件では)「正しいやり方で行われるよう官製検診に参加する」という姿勢にもだぶって見える。一見「手法を正す」との改善提案を行っているように見えて、現実にはカネと権力と社会システムを総動員して強行される悪しき国策に、正面から異議を唱える科学者や技術者、住民運動の前に煙幕をはる効果になる。党利党略からか、権力に媚びる意図から来ているのかは、諸説あるが、結局、抵抗する住民の邪魔をしてきたことには違いない。



















ブログ「世に倦む日日」の主が怒っている。コメントを寄せる市民も怒っている。
http://critic20.exblog.jp/21742176/     twitter https://twitter.com/yoniumuhibi

興味深いコメント・指摘をスクラップ。
Commented by ヒムカ at 2014-02-24 00:05        

私は、反日共、反代々木系でもありませんが…実践活動において「日共」の手練手管に泣かされたものです。 志位和夫は今日では品行方正に振る舞っていますが…その「汚れた手」を知る者は少ないでしょう。第19回大会にて「中央委員、新書記局長(36歳)」に大抜擢」された背景には、『丸山真男批判』大キャンペーンもありました。 今、もしやと思いインターネットで検索すると…ありました。ありました。暇のある方は、是非とも【不破哲三の宮本顕治批判〔秘密報告〕】 (※1) をお読みください。サブタイトル「宮本氏と側近グループによる『日本共産党の逆旋回』:不破哲三」です。おどろおどろしいタイトルではありますが、日本現代史を「講座派」の読み方をするならば、さすがに不破哲三の告発文です。捏造はありません。

Commented by ヒムカ at 2014-02-26 00:35   不破哲三の告発に「捏造はない」書いてしまい…今読んで、反省!誤解を招く表現でした。兄上田 耕一郎ともども、ある時期を除いては宮本顕治と「共犯者」だったのです。 『日本共産党史』をE.カー「歴史とは何か」風に読むならば…野望と利権争いに満ちた「権力闘争であったと思います。一時、粛清されていた不破哲三は、奇怪な妥協をしながら虎視眈眈と宮本の「引退」を狙いつづけ、そうして挙句、返り咲いたのです。(彼の所有する資産は目を覆うばかりです。) 第20回大会で「路線の大転換」を整備した後、不破哲三は、>「これを、あくまで〔秘密報告〕にとどめ…略…それをすれば、宮本批判だけにとどまらず、私や他の常任幹部会員への批判、追求も爆発することを怖れるからである。」といいながら、今日でも口をつぐんでいるのです。 ※宮本顕治は、1994年第20回大会まで33年間、共産党における最長不倒翁の地位を占めていました。その登場の不可解さ、粛清の手練手管は、驚くほどに金日成(キム・イルソン)に似ています。 

Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:42    

ちょいと気になって、[海渡 雄一 反原発 都知事選挙]で検索してみた。
と、>「…海渡雄一氏は、選挙直後一本化問題に言及したという。『僕も【お前が降りれば一本化するんだ】と言われて、相当苦しんだけど、宇都宮さんについて最後までやってきてよかった。細川さんに勝てたということは、やはり一本化の議論が根本的に間違ってたんじゃないかと思う』とは…彼らしい。」との記事を読んだ。唖然。茫然。
『社民党』は、もはや奈落の底!福島瑞穂の知恵袋として大活躍していた海渡雄一氏は、東大生時代はノンポリだった。私、会った時、ポンやりしていたので…知人に尋ねると、頭脳は明晰だという。また要領の良い人間であり雑駁ではあるが数をこなすのだという。しかし、私には、あの鈍さは不愉快だった。
2012年衆議院議員総選挙にて、阿部知子を排斥したとき…社民党は壊滅したと思った。
もはや、社民党には硬直した「協会派」(『机上論理』ばかりで実践をさぼるから、『学びの人』と揶揄されている)の牙城である。( 辻元清美の社民党離党は正解だったと思う)
「日共」も、「社民党」も根腐れしてしまった。(歳月の中で形骸化して、内部に全体主義的な権力を作ってしまった)

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規制委の審査で合格が出て、止まっている原発のほとんどが再稼働を始め、柏崎刈羽も浜岡も動き、新設も始まったら、どうやって脱原発するのか。選挙は2年半先までない。宇都宮先生のご訓示の「一回や二回の選挙で負けて諦めるのか」の精神論で済む話なのか。死ぬまで官邸前デモやってりゃいいのか。

at : 2014/02/23 15:22 web から

一基一基と、春に規制委の審査合格が出て、夏に西日本から再稼働がされて行き、さらに柏崎刈羽も、浜岡もとなったら、湯川れい子の言った「これが最後のチャンスだった」が真実味を帯びるんじゃないのか。あのとき、左翼は寄って集って罵倒していたが。 http://t.co/nj3ac3qGDa    
at : 2014/02/23 15:15 web から

再稼働させることは国を滅亡させること。そう分かっているのなら、この選挙で脱原発の民意を明らかにさせないといけなかった。ところが、脱原発を声高に叫んでいる左翼は、小泉の脱原発は信用できんとか言い、脱原発を都知事選の争点にしなかった。脱原発を争点から外し、雇用だ福祉だを争点にした。  
at : 2014/02/23 15:33 web から

左翼が「行動」し「努力」している「脱原発運動」は、それ自体が自己目的で、左翼勢力の維持や拡大のための「脱原発運動」だということだ。本当に脱原発するためはなく、運動を続けて広げることを目的とした政治運動。その「行動」と「努力」は、決して脱原発には繋がらない。再稼働を阻止できない。 
at : 2014/02/23 15:51 web から

現に今回の都知事選で、左翼は狙いどおりに共倒れに持ち込み、脱原発都知事の誕生を結果的に阻んだ。脱原発候補が選挙で負けたことで、都民はそれを最優先課題にしてないという民意になり、「時間をかけて脱原発」の流れが固まった。「時間をかけて」とは、ベース電源たる原発をどんどん動かす意味だ。 
at : 2014/02/23 15:57 web から

4月に入ったら消費税率が上がる。その影響が出て、内閣支持率が落ちると、規制委が審査合格を出しにくい環境になる。皮切り(西日本の1-2基)は早いんじゃないかな。規制委が審査合格を出したら、それを根拠にして安倍晋三は粛々と再稼働指示。止めようがない。どうやって止めるか左翼に聞きたい。 
at : 2014/02/23 16:14 web から
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Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:43    
日本は何処へ行くのか!惨憺たる思いである。
市民は、「左翼」あるいは「リベラル・中道左派」という装いに誤魔化されてはいけないと思う。今回の都知事選挙を総括して、いよいよ、しっかりと自己省察しなければと思う。
しかし、「細川元首相の都知事選出馬」は、確実に「カタルシス」を起こしたのである。2月8日の夜の新宿の演説を、私は決して忘れない。日本も見下げたものではない、まだ希望はゼロではいと確信できた。「細川元首相の都知事選出馬」が、救世主になるとは思わなかったが、しかし、最後まで闘い続けた「市民」がいたのである。
(『変革』のためには、「合理と非合理のたたかいが、一瞬のやすみもなくつづけられる」のですから―【実践の哲学】グラムシから引用)
「歴史的ブロック」の変容は、少数の「カタルシス」が波を打って、強弱を繰り返して実現していくと思うのです。(細川氏は、自分の制限的な役目を認識していたように思います。)

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社会を荒廃させる左右の「マッチポンプ政治」
右翼も左翼もこの国を荒廃させていく二大マッチポンプ政治であることが次第に明確になりつつある。
だが、左翼にとってはいつまでたっても、「国民に自党への依頼心を持たせる」ためのお祭り騒ぎが大切なのであろう。
ただし、無党派市民が街頭にたち活発に活動するとき、左翼はそれを「街頭主義」「プチブル自由主義急進運動」と徹底攻撃してきた。一方で、赤旗や組合旗をたなびかせて、自党の「わずかな動員力」を素人市民に見せつけ、「どうだ、俺たちに声をかけると、華々しくなるだろう? 俺たちに頼ると気持ちいいだろ? 動員数の水増しも俺たちが普通にやってきたことだぜ…真似したらいいんだよ。プロである俺たちを見習え。最初だけあんた方の手柄にしてやるぜ、そのかわり選挙や組織にはしっかり俺らの兵隊を入れて看板宣伝させろよ。見返りをちゃんと寄越せよ…寄越さなかった場合は…わかってるな…」と脇の下をくすぐってきた。
これはもう半世紀以上に亘る彼らの作風だ。

全体主義は左右がそろう時、急速に発展する
街頭で数をもってアクティブに動けば、メディアも絵になる材料として宣伝し、現実がいとも簡単に変わるかのような幻想を市民にも持たせることができ、同時に、選挙での票にも結実すると考える思考方法。
これは左翼の形式思考と化している。一般市民の共感など、どこ吹く風で、組織動員を生業で続けてきた者たちにとっては、10年一日、なんら工夫も必要ないルーティン作業。簡単なことだ。もちろん、市民を潰すときも、恥知らずに「青年同盟」などの組織動員を露骨に行う。まるで、1930年代、街頭で軍隊式行進をして威圧していたドイツ共産党とそっくりだ。ナチスもそれにあこがれて真似た。「全体主義は左右が揃って、はじめて、見事に急速に進展する」という歴史的教訓は、日本人の頭からすっぽり抜け落ちている。今の日中関係をみても、その相似形がわかるというものだろうに…。

「…(前略)…やはり都知事選が割り込んだため、田中俊一が風見鶏をしていたのだ。政治的理由である。自公候補の圧勝となり、脱原発の民意が示されなかったため、田中俊一は茂木敏充の指示に素直に頭を垂れる顛末となった。この基本計画の発表にタイミングを合わせて、テレ朝の報ステが、米国の原発事情について報道、福島の事故の後、米国では20基の建設が中止となり、昨年は稼働中の5基が廃炉になった事実を伝えた。米国の規制委の元委員のピーター・ブラッドフォードが登場、米国政府の方針が変わり、安価なシェールガスの増産を受けて、米国が脱原発にシフトしたことを語っていた。2週間前にTWでも書いたが、米国の脱原発は、新自由主義の論理と動機でキャリーされている現実である。市場原理主義が米国の脱原発をドライブしている。この都知事選で、左翼が毎日のように喧伝したのは、新自由主義の脱原発は信用できないというプロパガンダだった。…(後略)…」http://critic20.exblog.jp/21742176/

「世に倦む日日」のブログ主が言うように、「脱原発」は左翼の専売特許ではない。それを専売特許にしたがる左翼がいるとしたら、それはまさしく「ごろつき左翼」と呼ぶに相応しい。市民的資質が欠如した他力本願主義と偏狭政治イデオロギーに警戒心の少ない層を囲い込んで党生活者の既得権益を維持しようとする「貧困ビジネス集団」といえる。世界の将来など何一つ真剣に考えようとしない、「わが党だけが」主義。
そして、それは、個別問題では、かなり露骨な、癒着と裏切りを繰り返してきた「業界左翼政治」の正体だ。

【参考資料】
世間で正義派やリベラルといわれるほど怪しいという証拠。これだけの売名的、欺瞞的嘘がある。
ちなみに宇都宮氏はこの中坊氏を「目標」にしているらしい。(2013.5.6毎日新聞記事)
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-keijiban-memo.htm
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、中坊公平氏が流布し、訂正もせずに終わり、ゆえに未だに一人歩きを続ける巨大な嘘を、見逃し、許すことはできないとして、彼の公人としての言説に批判を加え続けている。
中坊公平氏の逝去報道に沸く5月6日の毎日新聞で、
「…(前略)…一方、森永ヒ素ミルク中毒事件資料館…は、(中坊氏は)近年、著書などで『被害者は(被害を補償した)森永乳業に感謝している』と受け取れる発言をすることがあったといい、『被害者感情を逆なでする発言で、批判は多い』」 と批判した。

「被害救済」などと看板をみめ麗しくひけらかしても、組織幹部権益を最優先する民主集中制
が市民運動を占拠し、閉じた回路に転向すると、こんな酷い有様に行き着く
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

検証:弁護士の言説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm

弁護士は神様か? 被害者弁護団への疑問
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-bengodan-no-mondai.htm
────────────────────────────────────────────────────────
(※1)
「フルシチョフ秘密報告」をもじって「不破哲三の告発」というフィクションスタイルをとり、彼を含む共産党の粛清体質を事実に基づいて告発した宮地健一氏のノンフィクションレポート。
まるで旧日本軍内部で常態化していた私刑(リンチ)そのものである。戦後において、「平和と民主主義を唯一スジを通している」と自称する党派内部でやりたい放題に展開された暴力査問、イヤガラセ、いじめ、学者党員への言論弾圧、原水協など表向きの党外団体にまで及ぶ徹底粛清など、彼らが美辞麗句を尽くして粉飾する所謂「民主団体」の醜悪な有様がリアルに暴露されている。
特に、小田実氏のべ平連運動などの市民運動をターゲットにした文学系団体への粛清、労働戦線での自党のシェアを確保するために行われた粛清。1982年頃から強烈化されたそれら。
森永ヒ素ミルク中毒事件で、露骨に加害企業と結託する形でなりふり構わず強行された言論弾圧の10年間の事象と非常に酷似している。そしてまた、その不正の歴史に関して「口にチャック」し、それをむしろ正当化しないと未だにやっていけない民主集中制勢力の内実は、「不正な国家権力の補強手段と化した業界左翼」の名称が相応しい。
森永ヒ素ミルク中毒事件闘争50年史
被害者団体の幹部が創設者を弾圧しながら、加害企業側へ公然内通
~民主集中制とそれに利用される腐敗勢力~

市民たちの、この叫び
ブログ「NY多層金魚」http://nyckingyo2.exblog.jp/20374289
この度の都知事選は、日本政治史のなかで、もしかしたら数世紀に渡り語り続けられるものになるかもしれない。ナチ体制の完成の下支えとなった、ワイマール共和制崩壊前夜のドイツ共産党の「大躍進」のように...。自己の傲慢と閉鎖性に気づく回路を持たない「政治的一神教」が沸いた束の間の「大躍進」のように...
政治のフレームワークを単純比較した時、似通ったものを感じる人も多いだろう。

だが、日本の市民は、80年前の金融危機と内乱が常態化した、追い込まれた欧州政治の野獣的で暴力的な状況とは異なり、多元的な価値観を尊重する冷静さを有すると期待したい。
日本のような政治状況は他国でも頻発している。例外的な異常ではないかも知れない。
だが、唯一異常なのは、一般的人間集団としても腐敗しきったマルクス主義系政党が大手をふって、市民社会の成長の前に立ちはだかり、全体主義復興のマッチポンプとして相手を自己の補完物としながら見事に機能している点だ。

「するつもりもない革命」で世俗的野心に煙幕を張る自称「革新」
それに対抗する最短の道は、市民が自らの「市民的資質」を鍛え上げ、政治を真剣に考え、実践することから風穴を開けることだ。
百年近い不正な宣伝扇動スキルの蓄積で鍛えられてきた「腐敗左翼ムラ」のプロパガンダを打ち砕き、権力の不正の根幹に焦点をあわせるためには、市民の政治的スキル、政治的リテラシーが欠かせない。
日常のなかに市民が政治的なるものをとりもどし、持てるスキルのすべてを投入して政治の改善活動に参与していくことが、とても大切だ。革命などは必要ない。「するつもりもない革命」を、自らの世俗的野心のカモフラージュのために口にする諸党派とその運動員より、目の前の改善を実現することの方がはるかに技量と勇気が必要だ。それには日常の仕事で培われた市民の幅広いスキルと人脈が欠かせない。
一方で、既成の「自称無党派というプロ市民」という概念も当然、批判の遡上に上ってくる。
重要なテーマは「市民的資質」の成長。その宿題は、最近提示され始めたばかりだ。

「頼る政治」からの脱却
マルクス主義的世界観、その組織観である民主集中制的思考方法、それと決別できない「考えない独善的プロ市民運動」、現実政治にコミットする力のないぬくぬくとした「業界左派的知識人」がどれだけ一般市民の願いを弄んでいるかが鮮明になりつつある。「頼る政治」のもたらす閉塞があからさまとなっている。

このようなブログや問題提起が盛んに行われ、他力本願政治から、自ら作る政治、開かれた市民運動へ、或いは、ムラ社会化防止に挑戦する新しい政党運動や政治的結集軸への転換が図られていくことに期待をかけたい。それこそが、未来に希望を見出そうとする人々にとってはとても刺激的で、愉快な試みではないか?
しかも、それしか、平和が生き残る道はないように見える。熱狂に翻弄されるだけの、考えない人間集団には安心できる未来は訪れない。
 

ブログ「世に倦む日日」で以下のような論稿が発表された。(2014.2.18 23:30)
現在の政治状況をよく捉えた重要な問題提起だと思われるので、一部をご紹介したい。

「左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド」
http://critic20.exblog.jp/21691135/

「…(前略)…結論から言って、宇都宮健児の立候補と一本化拒否は、市民に対する裏切りであり、戦争へ突入しようとする安倍晋三の権力への左側からの幇助と加担の政治的行為だ。左翼は自らそれを選択し、正当化し、その政治を強行し、その錯誤を阻止すべく動いた市民や知識人を乱暴に排除し封殺した。卑劣な脅しをかけて屈服させようとした。<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>の三範疇が広く人口に膾炙されるとき、「左翼の壊死」は確信となり通念となることだろう。 
…(中略)…
マルクス主義は日本では死亡している。今日、このことを疑う者はいないはずだ。NYSEの暴落でも起これば、2008年のリーマンショック時のように、経済学の分野では一人か二人が息を吹き返し、マスコミや論壇に顔を出し、マルクスの世界恐慌論の予言を紹介する場面があるかもしれないが、少なくとも政治学ではそれはない。マルクス主義の蘇生や復活は絶対にない。死滅している。今回、漠然と思いが浮かんだのは、大江健三郎と辺見庸という問題だった。1月からの一本化論争で、大江健三郎が発言する機会がなかった。鎌田慧と澤地久枝が一本化に奔走する中で、3.11以来、日本の脱原発運動の先頭に立ってきた指導者の大江健三郎が、一本化に賛成とも反対ともコミットすることがなかった。賛成と言わなかったことも残念だし、それ以上に、この重要な問題で口を閉ざし、局外中立に身を置いたことに私は不本意だ。若くて先のある政治家の山本太郎が、ここで沈黙を守るのは仕方ないし、賢明な保身の選択と言える。しかし、79歳で戦争体験のある大江健三郎が、83歳の澤地久枝や99歳のむのたけじの絶叫を聞きながら、無言で通して場を凌ぐということが許されるだろうか。一本化派の市民も、反一本化派の左翼も、大江健三郎の言葉を聞きたかっただろう。結論は中立でもいい、反一本化(宇都宮派)でもいい、結論ではなく、この重大な事件に遭遇した責任的当事者として、大江健三郎の思考と判断を知りたかった。

大江健三郎は、知識人としての責務を引き受けて、ここで言葉を発するべきだっただろう。どんな発言をし、どんな立場に立ったとしても、必ず非難と罵倒の攻撃のみが返ってきて、苦痛と屈辱だけが残る結果になったに違いない。けれども、知識人はそこで態度を示し、責任を果たさないといけない。今回の問題は、単に脱原発にとってだけでなく、それだけ大きな歴史的転換点だった。最近、辺見庸は、戦後左翼の欺瞞を口汚く罵る中で、大江健三郎の名前を挙げて指弾していた。私は、このことを不快に感じ、記事でも指摘していたのだが、今回、<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>と、心の中にあった言葉を書き並べ、柱にして地面に打ち立て、3本の柱の上に視座を設定して眺めると、見方が逆転して辺見庸に接近していることに気がついた。大江健三郎は、どうすれば脱原発を果たせると思っているのだろうか。毎回、「さようなら原発」の集会の演壇でスピーチをしながら、この国で脱原発をするのはいつで、それはどんな政治だと考えているのだろう。もし、宇都宮健児と同じく、「一回や二回の選挙じゃできない」「何十年も運動を続けることが大事」という考え方を持っているのなら、脱原発運動の指導者を任せることはできない。市民運動を党派の道具にすることは、知識人が率先して阻止すべきことである。
…(中略)…

今回の都知事選も、時間の流れの中で埋もれ、土を被され、なるべく掘り返されず、検証や意味づけをしないように、つまり一人一人が忘却に努めることになるだろう。この政治戦で、少なくない者が傷ついたはずで、さらに傷つく事件が続くだろう。傷つけば傷つくほど、人はそれを忘れようとするのである。ノーサイドだと言うのだ。今後、都知事選については、ノーサイド主義が跋扈し、総括はするなという圧力が左翼の<業界>を覆うだろう。


何となれば、真摯に正面から総括に及べば、<業界>が壊れてしまうからである。左翼の<業界>に寄生している者たちには、それはメシの食い上げであり、したがって、ノーサイドを喧伝して割れた皿にガムテープを貼るしかないのだ。
…(中略)…
今回の都知事選は凄絶な内ゲバだった。36年前の1978年の京都府知事選も、基本的に内ゲバの政治事件である。内ゲバと厳しい敗北。敗北が、次の政治の条件を作る。」

(太字化は当ブログ管理者が実施した)

【資料】
「業界左翼」が市民を攻撃する姿と(元)取り巻き達の「見て見ぬふり」のリアル…
【市民が岡山地裁へ提出した公文書】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen3-pdf.pdf
「左翼ムラ」の政治犯罪は以下の裁判で原告市民が提出した公文書に明確に記載されている。
→結果は一般市民側の勝訴
能瀬訴訟一審 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou.htm
能瀬訴訟控訴審 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm 


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ブログ「NY多層金魚 = Conceptual Blog Kingyo
  風の歌、波の歌、雪の歌を聴け!  http://nyckingyo2.exblog.jp/20374289
ブログTokyo Letter: Whither Liberalism?
  執拗な一本化批判の真意 http://tokyoletter.info/?page_id=476
   「市民運動政治」の失敗 http://tokyoletter.info/?page_id=504



「…非常に頻繁にあることだが、多数派よりも無遠慮で手段を選ばぬ乱暴な少数派が秩序を強制し、その結果、この秩序が当初の反対派に対しても正当なものとしての効力を持つようになることがある。投票が秩序の創造や変更の手段として合法的である限り、少数者の意志が形式的な多数を得て、多数者がこれに服従すること、つまり多数決が外観だけに終わることは珍しくない。…」
(M・ヴェーバー『社会学の根本概念』岩波文庫 訳:清水幾太郎)


今回の都知事選についての興味深い論稿が出ている。
  ブログ「世に倦む日々」   http://critic20.exblog.jp/
    その
コメント欄に寄せられている市民の声がさらに興味深い。

「共産党を中心とする左派にはがっかりした。一本化を求める方々への誹謗中傷に始まり、選挙後の言い草までを含めて、まさかこれほど酷いとは思わなかった。今回の知事選でよくわかった。彼らはこの国の平和を守ろうなどとは思っていないのである。市民の味方などではないのである。始末の悪いことには、そのことに自分たちで気づいていない。彼らは正しさのためになら戦争だってするだろう。つまり、根っこは極右と同じなのである。周囲から批判されればされるほど、頑になり、内部が団結し、凶暴になる様は、まさに安倍政権の日本の今と瓜二つである。そして最大の問題は、極右と極左に取り込まれている若者が少なくないということだ。」
(※1)

ただ、今回の都知事選の経験を通じて、日本の市民運動が、以下の本音の吐露に見られるような党利党略的、政治的詐欺行為を見破る経験を積んだのだとしたら、宇都宮氏ほど歓喜する必要もないが、それほど絶望する必要もない。


宇都宮氏が一番意識していたコト : 「元首相連合に勝った。達成感がある。」  → http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1781.htm

民主は反省、共産「大健闘」 都知事選を総括
2014/2/10 20:02 日経新聞
 民主党の海江田万里代表は10日、東京都知事選で実質支援した細川護熙氏の落選について「もっと早い段階でオーダーが来ていればいろんなことができた」と述べた。出馬表明が遅れたこともあり十分な支援ができなかったとの反省だ。幹部は支持団体の連合と足並みがそろわなかったことに触れ「関係修復が今後の課題になる」と語った。

 共産党の志位和夫委員長は10日、同党が推薦した宇都宮健児氏と党本部で会談し「大健闘だ」と総括した。宇都宮氏は「元首相連合に勝った。達成感がある」と伝えた。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1003N_Q4A210C1PP8000/

(※2)


小泉元首相への拒否反応? 末端党員はそれで盛り上がるが、思考方法の源泉は違う。なぜこうなるか? 歴史を探ってみる。
共産党は、今や先進国にはほとんど存在しないが、元々は、社会主義革命体制を防衛するためにソビエトがモスクワに本部を置いて設立した「コミンテルン」(国際共産党)の「各国支部」として発足したものだ。ソビエトへ敵対するならば貴兄の国内で同様の内乱を促しますよ、という逆転の脅しである。
その
日本支部として発足した日本共産党。当時の各国共産党の中でも、最もコミンテルンに盲従する作風であったその姿の源泉は、当時の神がかり的軍国主義に同化した日本国民全体の傾向に内在すると指摘するシニカルな見方もある。

ナチス台頭をチャンスと捉えた昔日のドイツ共産党の姿と重なってきた。
(市民運動に浸透する場合は、一時的にそれを隠す)
コミンテルンを出自とする共産党の行動原理が最も分かり易い形で「視える化」されたのが、第二次世界大戦前夜のドイツ共産党である。
当時もっとも先駆的な民主制と言われたドイツのワイマール体制下で、労働者の支持が少なかったドイツ共産党は、あろうことか露骨な「ナチス必要悪」論を基本戦略として保持していた。
それはコミンテルン型共産党の特性が発揮された「社会ファシズム論」(社会民主党に主要な打撃を加える)に象徴されている。(「社会ファシズム論」は
歴史研究者には目新しい事実ではないが、教科書でさらっと通り過ぎた人には、聞きなれない言葉かもしれない。当時のドイツ共産党がナチ政権の登場を内心チャンスとばかりに期待さえしていた、という恐るべき無節操~今に続く共産党の超セクト主義の源泉~を以下に示しておく。)

コミンテルンの 「マヌイルスキーは1932年1月に、
ナチスは社会民主党の組織を破壊するがゆえにプロレタリア独裁の先駆であると言ったが、ドイツ共産党のレンメレはそれに応じて、ナチスの政権掌握は必至であり、その時共産党は静観するであろうと述べた」
(『ワイマル共和国』中央公論新書より)

ひらたく言えば、「先にナチスに政権をとらせれば、ドイツ社会は混乱し、国民は、最後には“最も対極で批判しているように見える”共産党に “共産主義だが、今の状況では投票先として仕方無いな”」と、すがって来ざるを得ないだろう。そのためにも、極右の政権掌握を看過し、漁夫の利を狙え」 という発想だ。


社会の二極分化に歓喜する、イデオロギー党派の変わらぬ習性
社会が混乱し極右が跋扈すれば、これまで穏健だった人民は、対抗馬としてより過激な思想政党を支持することも止む無しとの感覚に走りやすくなり、社民党支持の労働者も左右に割れるだろうとのマルクス主義者の期待感だ
。(まさに、全体状況を見ることなく、敵を、自党に擦り寄ってこない市民運動に設定し、落選しても、市民を押しのけて二番手につけたことを無条件に心から嬉しがる思考方法と同根である。) (※3)
もちろん「過激化した国民の支持もかっさらうチャンス」だと必死になっている姿もありありと見える…。

これが、日頃は見向きもしてくれない共産主義政党に支持を集める一番手っ取り早い方法、という安直な発想である。人民の願いとは関係なく、人民の願いを助けるふりをしながら人民に近寄り、自分たちの勢力を拡大する根城にする無限の運動を続ける。“人類を共産主義社会に導いてくれる「前衛党」の躍進が最優先事項” だと信仰している共産主義政党党員・支持者の頭の中では、このことに、なんら疑問をはさむ余地は生まれない。
もちろん、当時のドイツは社民党が共産党より圧倒的に優勢であったがために、社民党に主要打撃を加えるという、尾篭な発想になっただけで、現在の日本のように社民党が廃れている現状では、その逆、社民党を下請けがわりに配下に置いているように見せる作風を選ぶだろう。

自党を神聖化し党派的利害を最優先にする政治的作風。
要するに自党の利益になるのならどことでも手を組む(
裏でも手を組む)が、自党に利益にならないのなら市民であろうが被害者であろうが弱者であろうが、徹底的に敵として扱い、中傷と謀略でもって排除する、というわかりやすい独善性だ。
そういう意味ではそこらへんに転がっている世俗政党と同程度か、それよりはるかに下卑た存在ともいえる。(事実、共産党はいつも言い訳に困ると「資本主義も他党の人もウチと同じようなことをしているではないか」といわんばかりの言辞を平然と口にして自己を疑うことを知らない)

いずれにしても、ナチス政権登場の責任の相当程度が、政界においては共産党及びコミンテルンにもあるというのが前述の史実から導き出される歴史学上の評価だ。



1930年代ドイツを連想し始めた市民たち
「21歳、就職活動中の子供がいます。初めての選挙ではいち早く三宅洋平に注目していたので、ネットウヨクタイプではけして無いのですが、今回の都議選では宇都宮と田母神のツイキャスを見ていた、都内では無いので投票はしないのですが、若い人たちが注目していたのは、この二人という状況は全国的にあると見るべきです。
立場としては対象的ではありますが、若い人たちに対してのメッセージを明確にしていたという共通点もあり、一方で、田母神が持つ右翼性に嫌悪を感じる親の世代とは別の認識があり、彼らの持つ閉塞感に訴求するものをもっているという危機を感じました。
1930年代のファシズムが浸透したドイツに酷似した状況です、一つ一つ負けが重なることで抜き差しならない事態に陥りつつある。」
ブログ「世に倦む日日」 http://critic20.exblog.jp/21661485/ 
Commented by かまどがま at 2014-02-17 09:50

「都知事選の一連のTWとブログを読ませていただき、中野重治の転向について、石堂清倫氏の書かれた文章を思わず読み返しました。


戦時中も最後まで国民の支持を得られず、孤立していたに過ぎない姿を
反省もなく「売り物看板」で使い倒し、唯我独尊の合理化に利用する共産党

ストライキ等で実際にナチスと共闘していたドイツ共産党。精神的連携だけでなく物理的共闘にさえためらいは無かった。ナチスはナチスで、穏健な社会主義政党の支持者をもぎ取るために、共産党の政治スタイルを徹底的に研究し、真似していた。 

共産党は平和と民主主義の党?今や都市伝説並みの信仰といえる。
実際の混乱期には共産党よりもプロパガンダにたけたデマゴーグが民衆の心をよくつかむ。共産党は似た者であるがゆえに、すぐに弾圧され淘汰されてしまう。共産党は市民運動を敵視し、中間層による改善と変革の芽を摘み取る全体主義の補完物として機能しておきながら、「似たもの同士の対極」から弾圧されたクダラナイ経験を「唯一の反戦平和の勢力だった」かのように独善的な歴史観として振りまき、それを「困ったときの神頼み」「売り物」にして世渡りをしている。とんでもない勘違いをしている面々だ。かつての日本でも、戦争や軍国主義を拒否して満州や南方に玉砕要員として派兵された無党派の自由主義を重んじた国民がおびただしく存在する。共産党がコミンテルンの下請けとして世間知らずの青二才が革命を金科玉条の最終目標におき、その戦術として「平和」を謳った事や、国民には意味不明な路線闘争や論争に明け暮れ、最後まで日本国民の支持を得られず、孤立していたに過ぎない事実。それが彼らの言う「共産党・だ・け」の実態である事をしっかりと思い起こす必要がある。

「ナチにまず政権をとらせよ、その次が、わが党(共産党)の出番」─

この思考方法に未だに変化がないのは、今回の都知事選のあとの宇都宮氏の言辞、「元首相連合に勝った。達成感がある」といった極狭視野的発言に端的だ。この底知れぬ傲慢な唯一主義。酷似する昔日のドイツ共産党の行動を、コミンテルンとスターリンに責任転化し、汚れた過去を葬ったつもりになっても、結局、本質的にそれと変わらぬDNAは隠せない。むしろ、日本の最新の政治情況に形を変えて見事に反映され、安部政権の言動のなかで、水を得た魚のようにひとり調子に乗って唯我独尊の政治的作風を社会に拡げようと必死である。この傾向を軽視してはならない。

彼らの昔日の成功体験…「社会が大混乱する非常時」には、一時的に支持が得られたという記憶。だが、いつまで待っても「非常時」が来ないとなるや、穏健路線を売り物にして選挙戦術を駆使して「革新府政」「革新都政」で統治側に立った蜜の味は今も忘れられないことだろう。今回の共社連合は、その「昔の夢」を追いかけたい夢想に基づく無節操が生み出したものだ。すでに仕込みは、3.11を党勢拡大の「千載一遇」のチャンスと捉えた共産側からはじまっていたと感じる人も多いだろう。

「共産党は他の世俗政党より多少ともリベラルではないか?」と期待をもった時点で彼らの罠に片足を突っ込んだ状態だ。大局的には政治権力の子飼いと化し、不満吸収代行党派と化した勢力が、現世の利益と癒着しその権益を守るために自党を神聖化して独善主義にまみれた場合、まじめな市民をどこまで混乱させることになるか?…底知れぬものがある。しかも、すでに欧州政治ではかなり克服されつつある特殊アジア的な腐敗の形状であるから、穏健市民にはすこぶるわかりにくい。彼らを味方と勘違いしてカラまれて傷つく体験をしないと見抜けないほど、非常によく出来たところの、「科学」という言辞を乱用するカルト的政治思想である。しかし、東アジアの片隅で、日本の市民はいつまでこういう堂々巡りを体験させられ続けるのだろうか。先が思いやられる。

左右が歓喜する状況。それが最も危うい状況。
今後、極右勢力の跳梁で大衆が両極分化する現象を心密かに期待するといった彼らの「漁夫の利」的思考方法に一層拍車がかかるかもしれない。
その思考方法の源泉は、共産党が自己を人民の上に置き、自己を絶対視する唯物史観の「歴史発展法則」信仰にある。(※4)
市民は、こういう信仰に支えられた特異な政治集団と一刻も早く完全決別する必要があろう。
そして、「民主集中制にもマルクス主義にも依拠しない」、つまり自党を人民の上に置かず、「人類を究極理想目標へ導く前衛党」などというおこがましい言辞と決別し、他者からの「批判という改善提案」に対して開かれた対話の回路を有する全く新しい政治哲学に基づく複数の政治的結集軸(選択可能な複数性・多元性を有する)を構築することが求められている。(※5)

それが出来なければ、日本は、形を変えた「ワイマール共和制の崩壊」を再度経験する羽目に陥るかもしれない。

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(※1)
共産党の横暴に苦しんだ経験を持ち同党を観察し続けている人々の中で、共産党を「政治的左派」と捉えている人は皆無に近い。
むしろ…
 「マルクス主義の
ドグマである歴史法則主義という一神教的世界観のみをフレームワークのツールとして利用しながら末端党員の精神構造を「閉じた回路」で統制し、独善と傲慢に陥った党生活者たちの現世の利益を守る事を当面の最優先事項としている所の、単なる体制補完政党に過ぎず。」
との認識が広く存在している。
だが、共産党の本性を内部的に間近に見る機会の少ない一般国民の一部は、「さしずめ何でもありの美辞麗句のオンパレード」に幻惑され不満の矛先として投票するか、あるいは多くの国民は「共産党」の看板を掲げている限りで「腐っても左翼」と捉えるだろう。もっとも、今回の都知事選で共産党が社民と組んで躍り出たことで、「左翼とはこういう本末転倒したモノの考え方をする人たちだ」…そういう捉え方が、原発という象徴的な社会悪を問題視する一般市民の中にも伸張するのは目に見えていた。そういう意味で、悪質な権力層には非常に便利な目くらまし政党であり、開かれた回路を持とうとする部分の政治的左派やノーマルな市民運動にとっては本来、第一優先で決別・克服すべき対象とテーマであったはずだ。今回、社民党も団子になって踊ってしまったようだから、ますます共産党いや、権力機構の思うツボにはまったと言ったところか?)
但し、仮に、マルクス主義の解釈はその信奉者の数だけ存在するという解釈の自由を前提にし、「共産主義など毛頭実現するつもりもないがマルクスの名だけは利用して世渡りしている」勢力をも、「マルクスの信奉者」と定義するという前提に立つなら、日本共産党も立派な「左翼」の一員だ。

【左右が同じ穴のムジナになるケースは、
水俣、 そして、森永 1.安部政権と森永製菓   2.民医連という組織 でもリアルに証明されている。もはや「左派」云々というより、「政治的詐欺師」の名称が相応しい。】

(※2)
候補一本化問題とは別に、明確になったこと。
候補一本化云々は、候補者の質やタイミングで叶わぬこともあるかもしれない。共産党が参戦したことでその可能性はほとんどゼロになったが、それでも働きかけを続けた人々の気持ちは理解できる。

だが、宇都宮氏も「脱原発」を高々と旗印に掲げ、このたびの選挙で敗北して公約を実現できなかったのだ。もし彼が有権者に責任を持つ精神を有しているのなら、その事実に対して、深刻な反省と総括を述べるべきその時に、“私の本命の競争相手は、無党派市民が推した細川・小泉の元首相連合でした。その連合よりも得票が上回って、落選候補のトップ入りが出来たことには、この上ない達成感があって、嬉しい”...と言わんばかりの突拍子もないコメントである...。

まるで当選候補が見せるような満面の笑顔をみせながら、共産党の幹部と握手している姿。ある意味、素直に本音を吐露したのだろうが、まれに見る醜悪さだ。


(※3)
都知事選を比較的冷静に観察しているフリージャーナリストが、宇都宮陣営のいびつさを指摘。
「…宇都宮陣営の街頭演説では共産党の地元議員や国会議員が“ 前座 ”を務めた。
 「派遣法を改正(改悪)して多くの非正規労働者を創り出したのが小泉政権」「細川さんは佐川急便からカネをもらった人」…彼らは必ずと言ってよいほど「小泉・細川(中道保守)」を批判した。

 そしてそれは効を奏した。都知事選に限っていえば中道保守は駆逐されたと言える。共産党が唱える「自共対決」は実現したと見ることもできる。…」

http://tanakaryusaku.jp/2014/02/0008761  田中龍作ジャーナル
田母神候補と宇都宮候補の間を行ったりきたりしてさまよう若者が数多く散見されたらしい。
まさにワイマール共和制の落日期を彷彿とさせる光景だ。こういう事態に内心歓喜するのが共産主義。


(※4)
民主集中制の意思決定にしたがう人間は…「脊髄反射で生きているよう」 に見える。
「ツイッターに跋扈している宇都宮支持者たちを左のネトウヨというのは言いえて妙だと思いました。
彼らを納得させる説明がなかったことも事実ですが、例えば「特区」と言うとたちまち(おそらく彼らを煽っているアジテーターが政党側にいる)「ほら、あいつらやっぱり言い出した、非正規雇用、首切り放題の特区」と大騒ぎをする。あげく「あいつら脱原発とか言いながら、本当は首切り放題の特区を作るのが目的なんだ」と。そんなことやりたいなら、わざわざ楽隠居やめて出てこなくても安倍や今やそのブレーンの竹中がやってくれるでしょうに。
私は3・11以後半年くらい自分なりに原発について勉強したことがあって、地域独占と総括原価方式が諸悪の根源だという結論を得ました。おそらく細川小泉両氏も同じ事を考えたと見え、電力自由化をやれば、効率よく安い電力を供給することが可能だと考えたに違いないのです。原子力ムラが言っている原発は安いというのは嘘八百なのです。そのためのエネルギー特区。なのですが、彼らを説得することなどできはしないでしょう。何か脊髄反射で生きているような感じがするので。」
…言いえて妙。事実、カルト的政治イデオロギーに取り込まれた面々の特徴的姿だ。
ブログ「世に倦む日日」 http://critic20.exblog.jp/21661485/    Commented by 梅子at 2014-02-14 13:25

「今回の都知事選で、脱原発という争点が左翼勢力にがんじがらめになってしまったような気がします。

脱原発を本気で成し遂げるためには、イデオロギーや所得階層にとらわれない、幅広い支持が無ければ無理です。3・11後ににわかに言われ始めた「脱原発に右も左もない」の実践が必要です。

しかし都知事選における細川・小泉氏への宇都宮サイドの攻撃が表すように、今後左翼以外で脱原発を掲げても、「お前たちの脱原発は認められない」と、おそらく攻撃の対象になる。

世に倦む日々さんがツイッターで仰っていた、「新自由主義者の脱原発」も、経済合理性の観点からは大いにあり得る(実際古賀氏などは脱原発)のですが、左翼勢力は彼らを認めないでしょう。

このままでは脱原発が左翼の所有物、おもちゃに堕ちてしまいますよ。」
ブログ「世に倦む日日」 左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド
http://critic20.exblog.jp/21691135/
Commented by pp at 2014-02-18 18:04

(※5)
市民運動を奪取するまでは、「共産党云々なんて言っている時ではない」をレトリックとして常用。
日頃は執拗に「わが党だけが…」の党が、「共産党を意識させないように」煙幕を張る時期。
「左翼とは?、左派とは?を徹底的に議論し、整理していくべきときです。最近共産党の周囲は自ら、「いまどき共産党が云々なんて言ってるときではない」などという発言をします。巧妙なレトリックです。これは共産党が、市民運動に介入し、完全に乗っ取るまでの過渡期で多用する言辞です。

何かを改革しようとする広範な市民運動が発生した場合、かならず共産党という党派は急接近し、かならず市民の「公開と透明性を保障しようという、ゆるやかなネットワーク」に対して、さしずめ「暴れん坊将軍」様の高慢ちきな姿勢で殴り込みをかけ、お得意(お得異?か)のプロパガンダで、自党の党利党略のための仕掛け(時には謀略)を展開します。これは他の事例でも公知の事実です。」
さすがプロパガンダを毎日生業としてやっているプロは、手口も手が込んでいる。
ブログ「世に倦む日日」http://critic20.exblog.jp/21655588/ by やより at 2014-02-18 11:56


共産主義者とナショナリズムに関して、「国内の階級矛盾を解決する代わりに対外侵略を断行せよという排外ナショナリズムが、自由主義者からも社会主義者からも一つの抵抗もうけることなく見るみるうちに世論を形成し、それが頂点に達したとき、九・一八の満州侵略軍事行動が開始された。」

これの2014バージョンが都知事選!?」

ブログ「世に倦む日日」 左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド
http://critic20.exblog.jp/21691135/  Commented by 長坂 at 2014-02-19 20:49

スターリン時代の大粛清(2千~3千万人規模)の調査などを進める
ロシアの人権団体「メモリアル」などが政治弾圧を受けはじめた。

100年たっても、未だにロシアの市民社会の成長を阻み、
国民を苦しめ続ける、「共産化実験」の後遺症。



2009年 12月24日
ロシアでの国際人権団体がサハロフ人権賞を受賞
【アムネスティインターナショナル】
http://www.amnesty.or.jp/news/2009/1224_1105.html

   ↓↓↓↓↓↓ そして昨年あたりから… ↓↓↓↓↓↓ 
2013年 
03月31日
ロシアでの国際人権団体への相次ぐ強制捜査
ロシア政府:人権団体などのNGO事務所を捜索 規制へ

【毎日新聞 モスクワ大前仁】
    ロシア政府が、外国から資金援助を受ける国内の非政府組織(NGO)の事務所を相次いで捜索するなど本格的な規制に乗り出した。昨年3月の当選から1年が経過したプーチン大統領への批判的な言動を封じる狙いだが、欧米諸国の批判を呼んでいる。

  露連邦検察庁などは3月下旬、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」や、ロシアの人権団体「メモリアル」の事務所を予告なしで訪問。昨年11月に外国の基金を受け取り「政治的な活動」を行うNGOに対し、「外国の代理人」として登録し、活動報告を義務づける法律が施行されたことから、書類の提出などを求めた。ロシアメディアなどによると、100近くの団体が過去1カ月で捜索を受けた模様だ。

  一方で、プーチン大統領は3月30日、市民社会の発展などに貢献しているNGOを対象に、総額約30億ルーブル(約90億円)の支援を拠出する大統領令に署名。NGOが政権の意向に従って活動する場合は援助していく方針を示した。

  一連の動きについて米国務省のヌーランド報道官は3月28日、「前例のない検査を深く憂慮している」と指摘し、さまざまなチャンネルを利用してNGO支援を模索していく意向を表明。ドイツも自国の関係するNGOが対象となったことから、ロシアに抗議している。

  プーチン大統領は11年末の下院選を発端にした反政権運動について、欧米諸国が支援したと糾弾し、米国から支援を受けていた国内のプログラムを昨秋、相次いで閉鎖した。
http://mainichi.jp/select/news/20130401k0000m030065000c.html


「強権的で不実、閉鎖的。市民社会の発展を最大限に妨げた」
【参考資料】  《 地球人間模様 》   人生変えたスターリン批判 83歳行動の人
人権活動家リュドミラ・アレクセーエワ(83)
http://www.47news.jp/47topics/ningenmoyou/77.html
(記事補足→実際には革命直後から1920年代にかけても、強制農業集団化政策などで、膨大な国民が餓死し、路上の死体を人間が食いあさるといったような想像を絶する貧困が全土を覆った。これはスターリン粛清開始前のソビエト革命体制自身の問題点であるが、この方はそれ以後のお生まれのため、記事ではロシア革命直後からの残酷物語の詳細については割愛されている)

   もし...ロシア国民が、社会主義革命直後に「“人民の利益” のためには全土的飢餓と国民の大量死もいたしかた無い」とするイデオロギーの正体を冷静に追及する観察能力をもっていたなら…、もし…物事を多面的にみて、世界は多様な価値観で構成されているものだ、という事実を認める能力を有していたなら…共産党の暴虐をある程度は防止することもでき、ロシアはもっと違った道をたどることができたかもしれない。
    だが残念ながら、一端、共産党を支持するに至った人々が、独善と傲慢の閉じた世界に囚われ、多様な政治的価値観を容認しえない状態に陥る共通した傾向は、東アジアの現状をみても歴然としている。更に、マルクス主義に内在する暴力と独裁への両義的態度は、対極の資本主義が生み出す全体主義的傾向をも実質的に免罪し、相互作用に基づく暴力の拡大・連鎖にも拍車をかける。左右の全体主義の増長は、国内外を問わず、お互いを必要不可欠の存在理由にする。ちょうど現在の日中関係もそれに似た構図を見せているのかもしれない。
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スターリン粛清の調査はロシアでも始まったばかり。それが再び封印されようとしている。
【参考資料】森永ヒ素ミルク中毒事件資料館  WEB版 「新しい自由と民主主義論」
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-new-democracy.htm
著:ノーマン・M・ネイマーク 主題:「スターリンのジェノサイド」訳:根岸隆夫  発行所:株式会社みすず書房 →ホームページ 発行日:2012.8.30 第1刷発行
 「…スターリンとその取り巻きたちは、このすべてのジェノサイド的攻撃をマルクス=レーニン=スターリン主義の教義に結びつけ、どれもおなじような警察、司法手段、司法外手段を使って実行した。そしてこれにはソヴィエト共産党と国家機構の両方が関与した。ボルシェビキ革命がつくりだした権力と支配の驚くべき実行手段として秘密警察を、スターリンは自分の反対者と想像上の潜在的反対者を弾圧するために動員した。1930年代と40年代はじめのスターリン統治の結果として、無実の数百万人が銃殺され、餓死させられ、強制収容所や強制移住地で死んでいった。今や、この物語はジェノサイド史のなかで大きな一章を割く時が熟している。…」
 ボルシェビズム/レーニン主義共産党の内部統制の別名「民主集中制」のおぞましいエッセンスが未だに大手を振るっているアジア世界で、日本共産党や各国共産党のDNAを考える上で不可欠の書。しかもコンパクトにまとめられている。
 ネイマークは、国連ジェノサイド条約が大国の思惑から「政治・社会集団への大量虐殺」をジェノサイドのカテゴリーから除外したこと、ナチスのユダヤ人への6百万人規模のジェノサイドへの配慮から積極的に取り上げられないできたこと(粛清の規模がナチスをはるかに凌ぐから)を指摘する。彼は、これらにより今日まで積み残されている深刻な歴史認識上の問題を提起した。
 スターリンは、ナチスとの「大祖国戦争」で勝利したという「錦の御旗」で、ナチを凌ぐ大量虐殺を正当化していた。連合国の一員の仲間入りしたことも、ソビエトの異常性に見て見ぬ振りをする手助けになった。
    ちなみにこのロジックは資本主義国にわずかに残存する共産党が今も平然と口にするものだ。曰く「軍国主義に反対した歴史を持つ共産党への批判は決して許さない」。これをもって、軍国主義に反対しつつ同時に共産党の独裁主義をも批判する市民に対しては敵対勢力に対する以上に執拗に攻撃する…。いや、戦前も一般市民のほうがよほどファシズムと対決し、一方、共産党はソビエトの配下としてコミンテルンの指示に忠実に従っていただけにすぎない側面が強いのだが…。にも関わらず、共産党以外の一般市民は軍国主義の前にすべて無力だったかのように歴史を大きく捻じ曲げる努力も彼らの重要な生業となっている。全ては彼らの「現状」を合理化するレトリックに過ぎない。
 いずれにしても、スターリン主義による大粛清は、最近ようやくジェノサイド史のテーマとして遡上にのぼり始めたにすぎないという、驚くべき現実に読者は直面する。


ソビエトによるポーランド指導階級の抹殺
【参考資料】  映画『カチンの森』予告編 You Yube
http://www.youtube.com/watch?v=1o6yWgR2at8
 ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「カチンの森」。
 戦史研究者には良く知られているこの事件も、一般的な認知は低く、少し極端な言い方をすれば、「忘れられた国家の悲劇」ともいえる。
カチンの森虐殺事件とは、ソ連による史上まれにみる他国の正規軍兵士(しかも戦いをやめた兵士=捕虜)へのアウシュビッツ的な政治的抹殺行為です。
 ソ連は、ナチスドイツとしめし合わせて隣国ポーランドを侵略し、実際に街頭に宣伝カーを出して、「ソ連は平和のためにドイツからポーランドを解放しにきた。皆さんの味方だ。抵抗しても無駄だ。ま、ちょっと集まれ」というプロパガンダでポーランド軍将校を全部収容所へ押し込め、ベルトコンベアー方式で、その全部を虐殺した。一方の悪役を強調して、自らの悪徳性を隠蔽・美化し、民衆の警戒心を麻痺させながら同様の悪行を冷酷に実行してはばからない…。実に姑息でずる賢い宣伝煽動手法だ。結果、殺されたポーランド軍将校の捕虜とポーランド社会の指導層の人々は2万2千人。それ以外の一般兵士の抹殺を含めると多すぎてカウントできないらしい。連行された兵士と生還した兵士の引き算の差が10万人を越えるという計算もある。
 戦闘での死亡ではなく、捕虜として集めた他国の無力な兵士を政治的抹殺という手法でこれだけ大量にまとめて殺したのは、近現代では、ソ連共産党が唯一最大ではなかろうか? 専門の施設までつくって、家畜未満への冷酷さでもって大量に処刑されたポーランドの将校達の無念の思いは、天空を覆い、永遠に消えることはない。ナチのアウシュビッツの犠牲者。そしてシベリア抑留の犠牲者とも重なる。
 ヨーロッパ史、いや世界史でこの70年隠蔽されてきた歴史の暗部を抉り出した大作である。この映画をみれば、一見勇ましく見える全体主義的イデオロギーに浮かれて快感を得たり、共産主義イデオロギーが反権力&反体制のカケラだと信じている信奉者の底知れぬ愚かさがすぐに理解できる。
  そういう意味で日本人は、ヨーロッパが先行的に経験した悲劇をもっと学ぶ必要があろう。
BOOK  
 『カチンの森~ポーランド指導階級の抹殺~』みすず書房
NHK-ETV特集 アンジェイ・ワイダ「祖国 ポーランドを撮り続けた男」
http://www.youtube.com/watch?v=JmlJnS8-0fM ~人生の最後にカティンを撮る理由~

600万人分の監視記録
【参考資料】 スターリン主義/KGB=ナチズム/ゲシュタポ=東ドイツ秘密警察/シュタージ
 かつて、ヒトラーが率いる国家社会主義ドイツ労働者党は、党内が独裁であったにもかかわらず、大衆の不満をたくみに利用しつつ、合法的な選挙を通じて第一党となり、ドイツ社会全体にその内部統制=全体主義的マインドコントロールイデオロギーによる独裁制を一気に拡大した。
  当時のドイツ共産党とても同様で、彼らもプロレタリア独裁(執権と言い換えようが同じこと)の思想であり、当時の多数労働者の党である社会民主党を徹底的に攻撃し、自らのセクト的利害のみを徹底追及、そればかりか、交通ストライキなどではナチスと共闘することも厭わなかった。後にナチスが共産党を弾圧したことをもって、両者は異質であるかのように表現する向きもいるが、この見方はきわめて表層的である。両者は、政治手法的には、極めて似通っており、ナチの幹部はドイツ共産党の手法を賛美し、それを真似たことが指摘されている。
  だからかどうか、ドイツではナチスも認めないが、同時に共産党も事実上存在しない。共産党は解散し、ドイツ統一後に、その残党は、「ドイツ左翼党」へ合流した。
  しかし、この「左翼党」は、現在もおぞましい問題を抱えている。
  同党には、拷問と密告で悪名高い旧東ドイツ秘密警察「シュタージ」と、旧東ドイツの社会主義統一党のメンバーが紛れ込んで隠然たる影響力を行使している。それらが、失業者と不満勢力の囲い込みを通じて、ドイツ社会全体にその息を吹き返そうとしている。
  実際、「左翼党はかつてのナチスと同じ」として、政党活動そのものの禁止を求める旧東ドイツの市民も多い。かつてのヴァイマール共和制を崩壊に導いた「同じ穴のムジナ」として、また、市民への残酷な弾圧を行った秘密警察国家の復活に繋がる(当然、左翼党は、表向きそれらを否定しているが)勢力として、厳重な監視下に置かれている。

 東ドイツ市民へのスパイ密告制度と拷問弾圧支配を続けたシュタージ(国家保安省)は、人口一人当たり換算で、ナチスの秘密警察である「ゲシュタポ」の12倍、旧ソ連秘密警察「KGB」の35倍の規模のスパイ監視網を構築していた。
  しかも、これは正規職員によるもので、市民の密告奨励によるものは換算されていない。スターリン主義=民主集中制の残滓は、社会が近代化すればするほど、市民同士をスパイとしてお互いに対立させて支配しようとする強烈な管理社会に行き着くことが明らかにされている。ドイツでは、近年「市民スパイ・密告」による一般市民への監視記録・600万人分が公開され、衝撃をもたらしている。
(閲覧は自由だが、この規模の監視体制の下では友人や親戚など近親者がスパイをしていたケースが発覚するため、その事実を知る事自体を躊躇う市民が少なくないという。民主集中制という名の全体主義体制が愛好する監視社会の後遺症は世代を越えて人間を苦しめ続ける。)


 ちなみにわが国でも異論を唱える市民への監視記録を配布するような「自称:民主団体」なるものが普通に存在する。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken.jpg
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm

 被害者から頼まれ、善意の気持ちから被害者を助けた支援の一市民が、「被害者団体」のあり方を批判すると、
「被害者団体」が機関紙の一面全部を使って一市民を名指ししてウソ羅列の徹底的な人身攻撃をした。
   結局、市民から告訴された「被害者団体」は名誉毀損の不法行為で有罪判決が確定した。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm


映画 『クロッシング』 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=ZA4H2O7D1qQ
脱北者の逃避行ルートをリアルに追った人権侵害告発映画



脱原発一本化を拒否した共産党に対する鎌田慧氏の批判の衝撃

http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20140129-00032088/

そもそも、かつて共産党が多様な民主主義を尊重したことがあったのか?とか…コミンテルンでのディミトロフ演説の位置づけをどう見るか?とか…、そんなことはこの際どうでもいい。要は、鎌田慧氏が共産党のDNAとも言えるセクト主義をわかりやすく衝いたことに関しての、とても興味深いオピニオン。
  (セクト主義に見えて要所では自民をアシストしている行為は既にバレている→http://takuki.com/dsk/015.htm )
市民運動の新しい層が共産党の本質を再認識し始めたのは大変結構なことだ。

共産党の、百年以上変わらぬ思考回路と作風

共産主義イデオロギーの要点を簡潔にまとめると、「共産主義はすでにマルクス様が法則的に決定しているとおっしゃった人類の最高にして最終的な到達点であり、共産党は、そこへ無知な民衆を導く領導主(自称:前衛)である」と自己規定をし、自己暗示をかけ続けるイデオロギーである。

20世紀後半からは、この自己暗示システムだけがこの党の組織支配原理として残存し、共産主義を実際に実現しようなどと大まじめに考えている構成員はもはや存在しないだろう。だが、これでは党名との整合性が取れないので、党側は、共産主義の定義そのものを原典から変えてしまい「共産党が議会で第一党になる事がまず共産主義への手始め」と規定しているから、「共産主義を目指している」と自称しても矛盾を感じなくさせている。ひたすら「党勢拡大の宣伝活動」をすることが「日本革命の崇高な使命」だと思い込めば、自省能力の成長は抑制され続ける。ただ、理屈的にはどうひっくり返っても、共産主義を口にしている限り最終段階では共産党一党支配(独裁)が登場するはずなのに、それは口にチャックしつつ、その論理構造が引き出す独善性にはしっかり影響を受けている。曰く、「われこそは唯一無二の平和と民主主義の党」「自分たちだけが正しい」...。事実にも反するこんな唯我独尊をクチにするから、幅広い視野をもつ人には?マークがいっぱいつくことになる。

実態は、美辞麗句で糊塗しただけの拝金主義な世俗政党

自らを「人類の理想へ導く前衛党」と “唯物論的、歴史主義的に” 規定することで、この組織は自らを、「人間社会の上位に立つ超越的かつ神格化された存在」にしてしまう。この一神教的世界観こそが、この党が、「支援という旗」を振りかざしながら近寄って行く先の団体へ介入や乗っ取りを画策し、そのためには言論弾圧、査問、政治的抹殺といったありとあらゆる不当な行為にためらいがなくなる思想的基礎をなしている。が、党員たちにはその自覚がほとんど無い。自党の根城を拡大することは理想郷に近づく重要な組織化活動と考えるからだ。実際には、拝金主義に基づく党生活者の利権確保と、それを美しく糊塗するためのプロパガンダを代行する盲従諸団体の生成・育成が目的にすぎない。

問題は、その「ここぞという時の」やり方が、普段から党内で慣れ親しんだ民主集中制の手法で、手段を選ばず偽装潜入とプロパガンダに狂奔し、正面から批判されようものなら徹底的に「反共主義者め!」わめき散らし、噛みつきまわり、誹謗中傷、恫喝、組織動員による威圧、政治謀略など見境のない手段を選ぶことである。乗っ取る際には、対象組織内部の市民的リテラシーに欠如したゴリ押しタイプの人間を橋頭堡に使い、用済みになればお得意の美辞麗句を持ち出し切り捨てるといった事にも躊躇いはない。徹底的な党利党略優先で突進する習性。これで乗り切ってきた「成功体験」が忘れらない。それを下支えするのが「民主集中制」という、民主主義を深く考えた事がある人にとっては笑止かつ幼稚で形式主義的な思考回路。“この統制原理を維持する限り組織は安泰”...これこそが、腐っても「共産党」の看板を降ろせない本当の理由だ。

全体主義イデオロギーを貫く「閉じた循環的な論理構造」

論理的・学術的に誠実たろうとする人々には理解に苦しむ循環理論を振り回す党であるが、一方、当事者はそ知らぬ顔を決め込んで、“資本主義の本格的変革の段階は数百年先“ みたいな発想で合理化するか、或いは、公の場での自党の終局目標についての議論からは逃げ出すという戯画的なものとなる。「共産党」を自称しながら、選挙演説などで「共産主義社会の実現を一刻も早く目指しましょう」の一言さえ聴くことが無いのはそのためだ。(マルクスの労働価値説を世界観の拠り所にし、経営者を階級敵と規定するなら、ブラック企業に限定することなく「生産手段を所有する経営者や農民から工場や土地を奪取する」本来の「カクメイ運動」に果敢に邁進すればいいものを、彼らが介入する対象は、もっぱら、市民運動や、住民運動、温和な労働組合運動ばかりだ。これを「数百年先かもしれない共産主義社会への準備」と思い込むのは勝手だが、「取らぬ狸の皮算用」を口実に、市民運動を引っ掻き回す事なかれ、である。)

国民からの批判に基づいて自己のイデオロギーの根幹を不断に見直すという思考様式は理解できないようだ。修正があるとすれば、いつも、自党の「党勢拡大」「プロパガンダ」の都合からだけである。
(ちなみに、「教宣」なんて言葉は正式な日本語でもないし、この言葉を安易に口にする人はプロパガンダに片足を突っ込始めているとの自戒が必要だ)

そもそも、この思想の基礎をなす唯物弁証法的歴史観には、「開かれた改善サイクル」を可能にする修正回路が埋め込まれていない。(「人類の終局目標である共産主義体制」という看板を修正すれば、そもそも共産党の存在理由がなくなるのではないか、という自己暗示型の循環理論の罠)このような意味で、獲得した党員を精神的にがんじがらめに拘束する強烈な機能を有しているのも事実。いわゆる「官僚の無謬性神話」もたちが悪いが、外部からの批判に耳を貸す必要性を認識できないという点では、カルト宗教的イデオロギーに酷似している。
これは、自己完結型理論がもたらす大きな罠であり、ポパーや、アーレントが明確に指摘した「無限の世征服運動に突き進む全体主義運動」の核心的論理構造である。

それゆえ虜になった人間はカルト宗教団体やマルチ商法の信者よろしく、思考停止のまま、実によく党のために働く。これも党幹部が「共産党」の看板を降ろせない蜜の味の源だ。


マルクス・レーニン主義的思考回路は市民主義的資質とは無縁

末端党員は、組織中枢の腐敗構造を直に見る機会でも無い限り、自党の問題点に気づくチャンスはほとんど無い。機関紙を読まされ続けることで、“「前衛党」の下働きをすることが社会変革への最短の道”  という、市民的資質の欠落した思考方法と特有の独善的(前衛党無謬論 的)思考方法が不断に植えつけられる。

組織内でマスターベーションをしている間は、自由と民主社会の寛容証明書への寄生虫みたいなもの。
だが、この「一枚岩的」民主集中制の統制権力の機能を知り尽くしている国家権力は、最悪の公害事件などに際して住民・市民運動が激発したときには、運動への骨抜き工作代わりに代行利用をはじめる。そのあざといやり口は、深い傷となって半世紀を経てもなお国民の記憶の中に刻みこまれている。それは以下の事例にも端的にあらわれている。


水俣病闘争の現場に立った渡辺京二氏は、石牟礼道子さんの書籍で以下のように看破する。

「日共水俣市委員会は…ビラを織り込んだ。これは、…チッソの責任追及など申し訳にすぎず、彼ら (※日共) の水俣病問題に対する基本的認識が〝水俣病と安賃争議のために水俣はさびれた、これをなんとかしなくてはならぬ″  という、チッソが陰に陽に流し続けた、患者と水俣工場第一労組の労働者を圧殺するためのイデオロギーの完全なとりこになっていることを、白日の下にさらすものであった。…日共の数々の愚行はいまさら問題にするのも沙汰の限りではあるが、この声明は愚行などという生易しいしろものではなく、決死の闘いに立った十八家族への背後からの一刀であり、政治的犯罪の極北を示すものである。」
                       出典:石牟礼道子編「水俣病闘争 わが死民」

容赦ない厳しい憤りに満ちた筆致だ。それほど日本共産党が犯罪的な立ち回りをしたからだ。当時の水俣病患者の情念を共有した人間だけがわかる、腐敗した民主集中制党派への怒りのツブテといえるだろう。


■歴史ドキュメント/TVシリーズ【ソビエト社会主義共和国連邦の歴史的大罪】
 【スターリン主義の本質はマルクス主義の「歴史の法則的発展観」に既に内在している】
 民主集中制の本質が「視える化」された状態に過ぎない

 ■スターリン恐怖政治 「公開裁判」「粛清」「見世物裁判」
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「チェーカー」 ウラジーミル・レーニン直属秘密警察組織
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共産党暗黒白書、「二千万人大虐殺」
 ■ソビエト強制収容所
 ■スターリン恐怖政治 強力な個人崇拝とプロパガンダ
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ソ連邦の統制でスターリン崇拝を強要されたバルト三国の悲劇
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家族を密告した「少女オーリャ」
 ■キリスト教會弾圧「宗教は阿片なり」

市民運動のなかでも、自己中心的な価値観からの運動は多くみられますから、どこからの批判であっても真摯に耳を傾ける必要があると思います。
批判の中身を吟味し、十二分に公開された場で、公に公開された情報を共有しながら、フェアな討議をおこなっていくことこそが必要です。

たとえば、原発などのような施設を、長年、日本の貧しい地域に押し付けておいて、数千億円もの交付金で、一種のシャブ漬けにしながら、耐久年数いっぱいいっぱいまで稼働させた結果の電気をじゃぶじゃぶ使ってきた、我々日本人の壮年層以上の人間が、これまで自らの生活や事なかれ主義で生きてきた生活様式と人生に深刻な反省もなく、原発が破裂したとたん、思いついたように反原発を唱え始める姿。
多くの人は「原発が危険だなんて知らなかった」といいます。そうでしょうか?原発が貧しい地域に巨額の交付金と引き換えに設置されていったこと、反対運動が各地であることを、本当に、そういう方々は一切知らなかったのか? 急に善人ぶるのはやめにしたほうがいい、という意見もあります。

変化は大変結構なこと。そして、もちろん気づいた人が変わっていくのはいいことですが、依然として、電気をじゃぶじゃぶ使いながら、文明生活を甘受し、たとえば、その施設の出す核のゴミなどの処分場の設置などが自分の地域に来ることに関しては問答無用、死んでもゴメンだという考え方が市民の発想の中に当然のようにあるとしたら、それこそ本質的なエゴにつながる話ではないか? 多かれ少なかれ、原発を「迷惑施設」と知っていながら、自らに火の粉が降りかからないうちは、「三原則をまもって安全運転してくれればいいのに…」というまさに長年の共産党的な折衷論的言い訳を頭の隅に維持しながら、多くの日本人が、見て見ぬふりをしてきたのでしょう。この折衷論は、市民のなかにもある怠惰な思考に取り入り、それを加速させる負のアクセルを演じてきたといえるでしょう。

そして、それが、福島県民をまとめて棄民にしたり、福島の製品をじゅっぱひとからげで排斥したりする発想になっているとしたら、それは、いかがかと思います。風評被害といいますが、壮年層以上の人間は道義的意味で安全が確認された関東以東の製品を購入すべきだし、(子供、青少年、青年層は例外)、そのうえで、しっかりとした責任意識(ある意味、緩やかに自分の命をかけて)をもって原発の存続に意見を提示すべきとの意見も、市民は真剣に議論すべきでしょう。

そして福島県民の中にも「浜通りの人間が金欲しさに原発を誘致して、俺らは大迷惑だ」という差別意識に基づく思考があるとすれば、それも同列に批判されるべきでしょう。

電気をじゃぶじゃぶ使って「先進国の住民」を気取ってきたという事実は多くの日本人にあります。その事実をどう受け止めるかについて、ヒトとしての反省がなくば、それは、真の意味で道義的かつフェアな問題提起となならないでしょう。

しみんうんどう【市民運動】 

自由で平等な市民社会と平和で健康な市民生活を実現するため,それを妨げるさまざまな力に対して,連帯して抵抗し,市民的自由の拡大と市民生活の擁護を図ろうとする運動。歴史的には,17,18世紀,イギリス,フランス,アメリカで都市ブルジョアジーが王政や植民地支配に反抗し,市民的自由を獲得していった市民革命の経験に,古典的な市民運動の原型が求められる。 現代の市民運動は,すでに手にした市民的自由を武器に,核兵器反対,人種・性別など差別の撤廃,人権擁護,軍事基地撤去,公共開発事業の阻止,公害反対,自然保護,情報公開法の要求,公選制の拡大,嫌煙権の要求など,市民の自由権と社会(生存)権を守る多様な目標を掲げ,国際,国内,地域社会で自発的な運動を展開している。

kotobank.jp/

市民運動でググルと4番目に、市民運動の在り方を論じる以下のような意見もある。
http://agora-web.jp/archives/1476540.html
“「典型的」な日本の悪しき市民運動の道” という表現も刺激的だ。

でも、読んでみると、なんだか、おかしい。かっこよさげなホームページで、もったいぶった意見がたいそう陳列されているが、ここに欠けているのは何だろう。
市民運動の在り方を形式論で論じているようで、こういう批判は、物分りの良い運動スタイルの強要により安易な政治的妥協に誘導するレトリックとなり得るのではないか。ここのサイトでは、原子力推進の主張が積極的に展開されているようだ。それは、それで一つの意見として傾聴するに値する。だが、忘れられたかのように論じられていないのは、痛みを受けた人々と共感しあい、人間の尊厳を守ろうとする心をベースとした、「市民的資質」ではないか。


近年ごたまぜ感満載の「ウイキペディア」にはとりあえず以下のようにあります。(抜粋)
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…(前略)1920年に開かれたコミンテルン第二回大会は「プロレタリア革命における共産党の役割に関するテーゼ」を採択し、その中で「民主主義的中央集権制の基礎的原則は、党の上級団体が下級団体によって選挙され、党の上級団体の指令一切が絶対的に、かつ必然的に下級団体を拘束し、大会と大会との間の期間、一切の指導的な党の同志が一般にかつ無条件にその権威を認める、強い党の中心が存在すべきことである」と規定した。軍隊的な上意下達に基づいた党規律を民主主義的要素よりも優先し強調したこのような民主主義的中央集権制がコミンテルンを通じて各国の共産党に広がっていった。

さらに1921年の第10回党大会で採択された決議「党の統一について」は党内において分派を形成することを禁止した。それでも1920年代には党内にトロツキー派やブハーリン派などの反対派が存在したが、スターリン派によって一掃され、1930年代の大粛清において次々に処刑された。共産党は指導部に対する批判をいっさい許さない組織へと変わった。このスターリン時代の党組織原則を民主主義的中央集権主義と区別して一枚岩主義と呼ぶ見解もある。

しかし共産党自身は自らの組織原則を民主主義的中央集権制と呼びつづけた。1934年に改正された党規約第18条も「党の組織構成の指導的原理は民主主義的中央集権制」と規定しており、その内容として以下の四つの項目が挙げられている。(1) 党の上から下までのすべての指導機関の選挙制 (2) 党組織にたいする党機関の定期的報告制 (3) 厳格な党規律、ならびに多数者への少数者の服従 (4) 下級機関および全党員にとっての上級機関の決定の無条件的な拘束性。

1977年に採択されたソ連憲法は国家の原則として民主主義的中央集権制を採用し、第3条で「ソビエト国家の組織と活動は、民主主義的中央集権制の原則、すなわち、下から上までのすべての国家権力機関は選挙によって構成され、これらの機関は人民に対して報告義務を負い、上級機関の決定は下級機関にとって拘束力をもつという原則、にしたがってうち立てられる」とした。

中国共産党における民主集中制

中国共産党の党規約では、「総綱(前文)」において「民主集中制を堅持すること」を党の原則として掲げている。 さらに第十条に民主集中制の具体的な内容を明記している。(以下省略)

1958年の日本共産党規約では以下のように記載した。

(3)日本共産党の組織原則は、民主主義的中央集権制である。党は民主主義の原則と中央集権制の原則を正しく統一する。 党内民主主義の保障、かっぱつな党内討議は、党員および党組織の積極性と創意性をたかめ、党生活を生き生きとしたものにし、自覚的な規律をつくるとともに、党内のゆたかな意見と経験を集約し、党員の認識をひろげ、個人的指導を排して集団的指導を実現し、党の指導力をたかめるためにかくことができない。 しかし、このような党内民主主義が、党の中央集権制と結合し、その基礎となって、はじめて党が全党員と全党組織の意志と行動を統一して強力な実践力を発揮し、どんな困難にもうちかち、党と人民の敵にうちかつ戦闘的組織となることができる。 決定にたいしては、少数は多数にしたがい、下級は上級にしたがい、積極的にこれを実行しなくてはならない。 こうして、党内民主主義は中央集権制のもとにおける民主主義であり、また党の集中制は、党内民主主義を基礎としてはじめて強固なものとなる。したがって、党員は党内民主主義を無視し、党員の創意性をおさえる官僚主義や保守主義とたたかうとともに、集中的指導をよわめる無原則的な自由主義や分散主義とたたかわなくてはならない。 党の指導原則は、集団的な知恵と経験にもとづく集団指導と個人責任制の結合である。(4)民主主義的中央集権制にもとづき、党員の自覚と厳格な規律による全党の統一と団結こそは、党の生命であり勝利の保障である。したがって、すべての党員は、いかなる場合にも党の統一をかたく守らなくてはならない。意見がちがうことによって組織的な排除を行なってはならない。また党規律をみだし、決定を実行せず、統一をやぶり、派閥をつくり、分派活動をおこなうことは、党を破壊する最悪の行為である。党内では、党の政治方針や組織原則をそこなうような行動はゆるされない。— 日本共産党規約(1958年)

1975年12月に『文藝春秋』で始まった連載「日本共産党の研究」において、立花隆は暴力革命・プロレタリア独裁・民主集中制をレーニン主義の三位一体の原則だと指摘した。その上で、日本共産党は暴力革命を否定し、プロレタリア独裁の意味内容を換骨奪胎したが、民主集中制は捨てていないので体質は変わっていない、と主張した。また、民主集中制の背後には大衆に対する不信とエリート主義がある、という見解を示した。日本共産党はこれを「反共攻撃」と見なし、「民主集中制は、勤労大衆に責任を負う近代政党の不可欠のメルクマールである。党内派閥を認めず、三十数万の党員が一つの路線、方針にもとづいて多彩に積極的に活動している日本共産党は、もっとも近代的、合理的で、活力ある組織政党である」などと反論した。

2001年に刊行された日本共産党の党規約解説本では、民主集中制はあくまで共産党内部の原則であり、同党が政権獲得した場合、日本社会全体が民主集中制に移行させられるという批判に対して「われわれ自身の内部規律だということを、しっかりとおさえて反論することが大事です」と述べている。

レーニンの民主集中制に対してローザ・ルクセンブルクは「プロレタリア独裁がプロレタリアートに対する独裁に転化する」として批判した。

永山博之は、まずプロレタリア独裁は「広い意味でのデモクラシーの流れの一部」だが「個人の自由の保障という考え方はない」とし、次に民主集中制は「前衛党が誤った判断を下した場合、それを是正する仕組みは存在しない」として、「プロレタリアート独裁体制が実質的に共産党独裁や共産党の頂点に立つ個人(書記長、総書記)の独裁に転化していったことは、このような制度が必然的にもたらす結果」と記した。
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例によって玉虫色の解説となっているが、コミンテルン型共産党の組織原則を象徴するものであることだけは明白である。と同時に、選挙という制度を形式的に取り入れているだけで、民主主義への理解は紙より薄そうである。

特に 「2001年に刊行された日本共産党の党規約解説本では、民主集中制はあくまで共産党内部の原則であり、同党が政権獲得した場合、日本社会全体が民主集中制に移行させられるという批判に対して「われわれ自身の内部規律だということを、しっかりとおさえて反論することが大事です」と述べている。」 という内容は、もし事実なら、ナチス政権誕生の負の教訓を忘却した御都合主義的解釈の頂点とも言えるものだ。

でも、このことに未だ疑問を感じない日本人が党員・シンパという形で結構いるらしい。さて、どうしてでしょう。

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