市 民

森永ヒ素ミルク中毒事件は、昭和30年(1955年)に日本で発生した、森永乳業の粉ミルクによる乳幼児の大量死亡・被害事件です。 森永は、猛毒のヒ素が混入した産業廃棄物由来の第二燐酸ソーダを、製品が新鮮であるように偽装する目的で赤ちゃん用粉ミルクに添加したため、1万2千名以上の膨大な被害者を生み出し、1年以内に131人の赤ん坊が死亡するという世界最大の食品公害となりました。未だに多くの被害者が理不尽な扱いに苦しみ続けています。

カテゴリ: 森永事件の今も続く闇

【労基署の是正勧告を無視し社員を3度も殺す電通】
 広告代理店「電通」に強制捜査のメスが入った。
 私は、若いころ、月60~70時間残業で同僚の20代の女性が過労死する現場に遭遇したことがある。ある寒い冬の朝だった。その時の光景は今でも鮮明に覚えている。いたたまれない思いをした。密度の濃い仕事をしていれば、月60時間でも人はあっけなく死ぬ。翻って、このたびの遺族の悲しみはいかばかりか…。このような現場を放置する組織体には、殺人企業の名がふさわしい。
 電通は、女性新入社員の高橋まつりさんを昨年2015年12月25日に過労山陽新聞1面記事 電通に強制捜査死自殺に追い込んだ。(今年9月に労災認定)だが、電通は既に1991年にも社員を過労死自殺に追い込んでおり、3年前にも男性社員が過労死している。まさに次々に人を殺す会社である。2014年には労基署から是正勧告を受けたにも関わらず、改める姿勢もなく、第3の被害者を生みだした。
 強制捜査に及んでも電通社長は、違法残業を愛社精神にすりかえる演説をし、一向に反省の色が見られない。NHKのインタビューには、電通社員が顔を隠さずに登場し、「自浄能力はない」と言い切った。
 これまで、長時間残業の場合は「過労死」という形で現れていた。だが電通の場合は、過労死から自殺に展開している。1991年のケースは過労からくる欝症状による自殺と認定されたが、話は単純ではない。高橋まつりさんの生前証言からは、会社から執拗に人格を貶める罵倒めいた扱いをうけていたことが明らかにされた。精神面から社内体制に屈服させる行為が続いていたと思われる。91年に自殺した男性に対しては、靴に入れた酒を飲ませるという軍隊でもやらないような「奴隷化教育」が行われていた。
 ブローカー業のイメージを払拭したいがため、「電通十則」よろしく「社会を裏からかき回す」とホラをぶら下げつつ、徹底的に屈辱を与え奴隷精神を養うというのは、カルト集団に見られる古典的な洗脳マニュアルだ。それを社員に対して実行していた。そして社員を何人殺しても、是正勧告を受けても、姿勢をあたらめない…。強制捜査を受けても、そのコメントで社畜を肯定し続ける。先の若手写真の「自浄能力なし」はそういう同社の体質を一言で言い表したものだ。
 だが、これは、今に始まったことではない電通のDNAだ。

【戦争遂行=大本営発表の広告部門=電通】
 電通は、戦前の国策会社「日本電報通信社」の広告部門だった。同社は大本営発表を垂れ流し国民へのプロパガンダを続けたことから関係者は公職追放となった。だが、広告部門はお咎めなしで分離独立し、「電通」として存続する。これが電通の出自だが、彼らが社会犯罪に最初に手を染めたのが、おそらく森永ヒ素ミルク中毒事件だ。なぜか? 彼ら自身がそう語っているのだ。

【電通の社会犯罪の原点=森永ヒ素ミルク中毒事件】
 1955年に発生した森永ヒ素ミルク中毒事件に関しては、何度も書いてきたが、森永は電通を下請け、いやそれよりも上級のパートナーとしてタッグを組み、国民を騙し、事件を封殺した。こんな行為は、悪徳資本でも普通は、こっそりと語るものだが、森永は敢えておおっぴらに自慢する企業だ。
 森永乳業は、事件発生以来10数年にわたる被害者家族への弾圧政策を、自社の社史『森永乳業五十年史』(1967年刊行)に、自慢げに、活字でもって記述している。それは、森永乳業の幹部が、森永製菓の社員から電通の常務に成り上がった人物と対談している記事だ。金の力でもって行政や医者やメディアをいかに見事に手なづけたか、そのほんのサワリの部分を、実名で書いている。それどころか、なかば井戸端会議風にチャラケたしゃべりを織り交ぜながら、自社の「栄光の所業」としている。大殺戮の自社犯罪を封殺し、被害者家族の悲痛な声を世論操作で「平定」したことを自慢している。

【なぜ鬼畜な対談を社史に掲載できたのか?】
 森永は、1955年に自らが犯した乳幼児大量虐殺を金と権力で封じ込めたつもりになっていた。事実、「守る会」を結成して闘いを継続するのは岡山をはじめとする数名の親だけになってしまっていた。(だがこれがその後の再起の鍵になる) そのように被害者の親を完膚無きまでに叩きのめしていたのだ。
 つまり彼らは、事件発生から12年後の1967年には、二度と被害者の親が再起することはないと確信し安心しきっていたのだ。だから内心大喜び・余裕シャキシャキで活字にまで残したのだ。彼らは12年目に大量殺戮の歴史を正邪逆転させて、欺瞞の歴史に作り変えようと決断し、実行した。いわゆるナチスばりの「加害者の栄光の記録」であるが、その感覚・執念はどこからくるのだろうか?
 おそらく、事件当時の森永の実態は、金の力で政治家に取り入っているだけの話だが、それが成功しすぎた。事件当時作られた被害圧殺の構図は異様に力を発揮しその後の水俣病や現在の福島でさえ威力を効かせている。そのうち「政治(家)をいつも自社が従えている気分になっている」森永グループ全体の勘違いのDNAが作られたと思われる。電通をファミリーのように飼ってきたのもまた森永乳業であり森永製菓だ。 その「悪魔の対談」の原文は以下のサイトに掲載されている。
  http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm

【初期の御用ムラの成功パターンを日本全土に拡大】
 もちろん実名で登場するのは、ごく初期に事件に関連した関係者であり、ほんの氷山の一角だ。その直後から、ほとんど全部の医学界、メディア(新聞、テレビ、あまたの雑誌まで含む)が、一部の悪徳資本と下請け代理店の悪知恵による10年以上の用意周到の戦略戦術でコントロールされた。この事実は他にも多数記述されている。
 ちなみに、森永による被害抹殺の事実は、証拠とともに
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm
 に膨大に記録されており、最新の関係者のふしだらな状況は
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm でも知ることができる。

【「森永への感謝キャンペーンのウソ」を指弾した公刊書籍】
 また、これらのプロパガンダの一端は、ドクター苫米地で知られる苫米地英人氏によりすでに2012年に刊行された『洗脳広告代理店 電通』でも、森永ヒ素ミルク中毒事件に関わるプロパガンダが取り上げられている。同書は、電通がありとあ洗脳広告代理店 電通らゆる業界へ触手をのばし、その過程でスポンサーからの依頼で人道への罪を犯しておきながら、お咎めなして跳梁していることを、細部にわたって述べている(もちろん、証拠を残さない金の授受やエージェント論には著者自身、“正確には推論”として但し書きをしている。)。
 森永事件の場合は、その癒着は確実であり別格だ。なぜなら前述のごとく、当時の電通常務が自から進んで、被害者家族圧殺の手法を語っているのだから。
 同書は、すでにベストセラーとなって久しいが、特筆すべきは、森永がその代理人を利用して、この60年以上、間断なく展開してきた「森永に感謝しましょう」なるキャンペーンのウソを普通の感覚で見破り、指弾しているところである。翻って、この程度のことが見破れない一部の向きは、普通人の常識感覚が相当に麻痺していると自覚すべきだ。
 いずれにしても、森永乳業が主役となって、行政役人と学会、メディアを取り込んで被害者家族を弾圧し、犯罪に手をそめたが、その所業の媒介物として、森永製菓から続く電通役員が系列人脈でトライアングルとなって共犯した。そして、少なくとも製菓─電通ラインは、企業犯罪封殺にプロパガンダで手を貸しておきながら、今のところ、なんの反省もせず、制裁もうけていない。それどころか、社員の頭上にまで、その災厄がふりかかっている。

【犯罪企業の高感度をあげるプロパガンダの下請け】
 日本社会は、このようなウソと罪にまみれた広告代理店をバラエティで、「憧れの会社」といい続け、「電通社員との枕営業」までをも恥も外聞もなくタレントや女子アナの口を通じて垂れ流す。もちろん、お笑い自体は罪もないし有意義な文化だが、そこにはウソも含めて何もかもが許されるという独特のコードで、視聴者の理性を狂わせるタグがこっそり埋め込まれる。その挙句、オリンピックまで任せてしまった。
 真の闇は、実はすでに明らかになっている。そして皆が口をあんぐりさせるような悪徳は、既にほとんど白日のもとに明らかにされている。だが何十年たっても明らかな事実をみて是正しようとしない社会は、同じ誤りを繰り返し、次第に衰退の一途をたどるだけである。

 一部の悪徳資本と学会、行政、電通の癒着、それに絡んで、悪知恵の固まりである一部資本を礼賛しながらおこぼれに預かる自称革新党派、メディアの一部不良記者のランチキ記事。こういった、がんじがらめの共犯関係が成立している。それら無数の小さな腐敗は、「悪貨は良貨を駆逐する」式の連鎖でどんどん社会を疲労させていく。アカが積もり積もって、平和や安全のスローガンを唱えているその足元から、殺人が引き起こされ、市民の小さな幸せを根こそぎ奪っていく。それをただ怖れるのみだ。

電通 洗脳広告代理店 2012/2/14 苫米地英人
「大スポンサーを守るために敷いた報道規制」
書籍の趣旨からは、電通が主役として書かれているが、言うまでもなく、主役・主犯は加害企業とそのクローニー(取り巻き)である。
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電通&森永 事件抹殺の手口
『洗脳広告代理店 電通』から引用P.116~P.119

「…前略…
大スポンサーを守るために敷いた報道規制

 1955年、森永乳業の粉ミルクを飲んだ1万3000人もの乳児がヒ素中毒にかかり、約130人が死亡するという事件が起こった。原因は、森永が粉ミルクに使用した添加物にヒ素が含まれていたためだった。

 森永の粉ミルクを飲んだという共通点か明らかだったにもかかわらず、発生当初は奇病扱いされ、森永の責任か問われるどころか、囚果閉係も認めようとはしなかった。そこに電通が深く関わっていたことが発覚し、世論から大きな非難を浴びることになるのだが、結局、森永が自社の粉ミルクに混入したヒ素が原因だと認めたのはなんと15年後の1970年。それまで森永は賠償どころか、事件を闇に葬ろうとする動きすら見せたという。

 しかも、ヒ素混入の事実とそれか原因で多数の死者が出たことは認めたが、納入業者の責任であり、自分たちには責任はないと主張した。

 この事件で電通がまずやったとされるのが報道規制だ。もちろん、森永は多くのメディア(この当時は新聞が主流)にとって大スポンサーである。ということは、電通にとっても上得意様ということになる。森永を守ることで、通常の広告費とは別に、森永から電通に工作費用が流れた可能性も否定できない。

 さらに、何者かが積極的に森永へのポジティブキャンペーンを開始する。被害者の声として、「森永の処置には十分満足している」「森永には感謝している人がたくさんいる」「騒いでいるのは一部の人だけである」などといった言説をメディアを通じて広めているのだ。森永単独でできることとは思えない。電通が介在していると考えるのが自然だろう。

 ちなみに約30年後、この森永ヒ素ミルク事件を強く意識したと思われる「グリコ・森永事件」が起きている。犯人は脅追文の中に「森永 まえに ひそで どくの こわさ よお わかっとるや ないか」と書いている。

 電通が大スポンサーをかばって報道規制をしたと疑われるケースは、この森永ヒ素ミルク事件に限ったことではない。明るみに出たものとしては、1965年に起きた大正製薬の風邪薬ショック死事件がある。大正製薬が発売した風邪薬を服用した人に死亡事故が多発したのである。

 この時代は1955年当時と違い、メディアの主流はすでにテレビに移っていた。電通は大口のテレビスポンサーだった大正製薬を守るべく、テレビ局にこの事件の報道を規制させた疑いがある。

 戦後10年ほどですでにメディアに対して大きな力をもっていた電通は、その後の10年で新聞からテレビへと力の入れどころを変えながらも、その力は衰えることを知らなかった。

 また、大正製薬の風邪薬ショック死事件の直前には、電通がさらに大きく成長するための国家的巨入プロジェクトが進行していた。
スポーツイベントヘの進出

 電通が大きく成長した国家的大プロジェクトとは、1964年の東京オリンピックである。」…以下続く
(注:1970年には森永は罪を認めていない。森永の意に反してようやく刑事裁判で有罪判決が出たのは1973年。事件発生から実に18年後のことである。)
【参考資料】












http://morinaga-hiso.blog.jp/




1.
】-その2
同社の製品事故リストが浮上した。年に4度という年も複数。すべて公知情報だがこれまでデータが統合されていなかった。あまりに件数多いため過不足あれば遠慮なく追加情報をお寄せください。


過去16年に発生した森永の製品事故 

(2001~2016  下記は回収措置-リコール-等を公に告知した事例に限られる)    

時期

区分

製品名

事故内容

2001年7月

 

森永製菓

「ポテロング」
「ポテロング スモークチーズ味」

スナック菓子「ポテロング」に、日本では未承認の遺伝子組み換えポテト原料が自主検査の結果4月ロット分に検出

2002年6月

森永製菓

製造管理者:森永サービス(株)

商品名  :プーキャンピングカー(カスタードビスケット、プチブレッド)

特徴   :グリーンのキャンピングカー型の缶

製造者  :森永製菓(株) 中京工場

販売価格 :1,500円

商品コード:4936313707243

 

製造管理者:森永サービス(株)

商品名  :プーバッグ(はちみつクッキー、プチブレッド)

特徴   :黄色のプーの顔型手提げバッグ

製造者  :森永製菓(株) 中京工場

販売価格 :1,200円

商品コード:4936313707212

ディズニーストア商品

製造委託先・森永製菓、食品衛生法上使用が認められていない物質を含んだ香料(協和香料化学株式会社製)を一部商品に使用。

 

「ミントロック」(氷菓)

2001年7~8月に販売し、すでに終売している「ミントロック」(氷菓)に協和香料化学(株)のイソプロパノールを含む香料を使用していたことが判明。

「米国やEUでは使用が認められている」と言い訳

2003年7月

 

森永製菓

 

キャンディポップ (ミッキー)

 

東京ディズニーランドで7月8日から7月16日までに販売した商品(製造管理者 森永製菓株式会社)の賞味期限表示が、梱包過程における捺印ミスにより04.06.29と表示すべきところ、03.06.29と誤った表示

2003年10月

森永乳業

森永乳業株式会社三島工場で製造した商品であり、「製造者 森永乳業株式会社 IK」と表示されているアイスクリーム類全商品

株式会社ナポリアイスクリーム三島工場で製造した「500円 ナポリチョコナッツ」「150円 ナポリビスコット」

規格外品の恐れ

店頭から回収

2004年1月

森永製菓

 

「フィンガーチョコレート〈ビター〉箱 74g」

「e-price フィンガーチョコレート袋 264g 」

微量の「ピーナッツ」混入の可能性が判明し、その旨の注意表示もれ。ピーナッツアレルギー保持者に問題発生の危険性。

2005年4月

森永乳業

「森永 Caラクトフェリンスキムミルク」

賞味期限の西暦表示表記ミス

06と表記すべきところを16と長めに表記

2005年12月

森永エンゼルデザート株式会社

「対象商品 クリスマスケーキ『マロン・ド・ノエル』平成17年12月23日販売分 製造元 森永エンゼルデザート株式会社 デザート事業部」

クリスマスケーキ『マロン・ド・ノエル』の一部から製造過程の不具合により微量の黄色ブドウ球菌が検出され、当該商品の販売を即刻中止したが79個がすでに販売。

2005年12月

森永エンジニアリング

電気温水器
温水暖房用電気ボイラー「エルパンナ」

消費者庁リコール情報

不良部品の混入が原因で電磁接触器の焼損・発煙不具合が1件発生

2006年7月

森永製菓

森永アイス「アイス カフェ・オ・レ(一箱8本入り」 製造ロット「4627」の商品

一部商品に製造工程上のシリコンチューブの一部が欠損し、混入している恐れがあることが判明 製造者 豊和食品株式会社

2007年4月

 

森永製菓

 

「チュッパチャプス」

<デザートミックス>(青色タグ) プリン/キャラメル/ミルク/ストロベリークリーム/チョコバナナ/チョコストロベリー 全6種類のうち 賞味期限表示が 2008.01 2008.02 2008.03 の商品

製造工程上の部材の樹脂片が混入していることが判明

2008年7月

森永製菓

「e-priceホットケーキミックス(150g×4袋入り)」

商品の一部から「虫」が発見

2008年9月

森永乳業/東洋乳業

「乳酸菌飲料」

森永コーラスウォーター 1000ml

森永コーラスウォーターアップル 1000ml

香料の誤使用

2008年11月

森永製菓

「ハイチュウ」

12粒ハイチュウ<グレープ>

12粒ハイチュウ<グリーンアップル>

製造工程上で使用されている手袋のゴム片(主要素材:ニトリル合成ゴム、厚さ0.3mm、平均約1センチ四方)が混入。対象製品91万個のうち多くが消費されているとみられ回収可能な商品は27万個程度
8月27日から11月13日頃(報道)までに、消費者から同社に28件の苦情。

同社は、9月の段階で手袋のゴム混入が原因と分かっていたが混入した商品数が少なかったため公表を控えていた。 10月末になっても混入が続いたため公表した。

2008年12月

森永製菓

「森永ホットケーキミックス600g」

「森永ホットケーキミックス600g」の製造工程上で膨張剤を混合する際にバラツキが発生し、一部の商品において調理した際に酸味を生じることが判明。

2009年6月

森永乳業

「低脂肪牛乳」

北陸限定発売 低脂肪牛乳

異種製品の容器を使用。(製造所所在地及び製造者の誤記)

2010年10月

森永乳業

「クラフトパルメザンチーズ80g」

米国クラフトフーヅ社で製造、エムケーチーズ株式会社が輸入、森永乳業株式会社で販売のチーズ商品において、通常と違う風味がするとの顧客通報。調査の結果、特定ロットの一部に風味異常が認められる

2011年6月

森永乳業

「MOWミニカップ」

乳脂肪分及び乳固形分が規格値より低い

2011年6月

森永製菓

「チュッパチャプス」

金属のような硬質の異物が混入
異物は長さ1ミリ程度のものでキャンディーから突き出ていた

2012年1月

森永製菓

「板チョコアイス」

アイスの製造装置のステンレス片混入の恐れ

在庫段階で回収しきれず既に販売されたとみられる約200個を回収。機械部品の取り付け不備が原因で1ミリメートル四方程度の金属片が生じ、製造中のアイスに混入した。

2012年6月

森永乳業

「牛乳など」

(1)製造者もしくは販売者:森永乳業株式会社

森永 まきばの空(1000ml)北海道、関東甲信越

森永 生乳だけでつくった北海道限定低脂肪牛乳(1000ml)  北海道

生乳だけで作りました低脂肪牛乳(1000ml) 北海道

リプトンミルクティー(500ml)北海道

リプトンミルクティー(1000ml)

(2)製造者:北海道保証牛乳株式会社

小樽工場発こだわり低脂肪牛乳(1000ml)北海道、東北、関東甲信越

北海道 牧場のさわやか(1000ml)              北海道、東北、関東甲信越

 

賞味期限内に風味劣化

 

製造設備の不具合により賞味期限内に風味劣化が生じる可能性

(※)「風味劣化」とは何か? 風味は品質の一部であり、品質の劣化は、細菌の繁殖による腐敗が疑われる。
機械設備の不具合によって、なぜ品質が劣化するのか?肝心の
風味劣化の原因に関して、森永の公式説明はない。


 

 

2012年8月

森永乳業

森永牛乳プリン 160g

 

 

消費者庁 事故情報

プリンの容器に口をつけたところ、容器の縁で唇を切った。 

 

製品自体の不良
詳細: 事故品容器の縁部分内側に、形状的な異常(突起)が認められた。容器(ポリプロピレン製)にふたを熱圧着する際、圧着位置がずれたことにより、容器内側の縁部分が熱変形して突起状となり、検査で見いだされなかったため、不良品が市場に流通して事故に至ったものと推定される。

詳細: 製造事業者は、他に同種事故発生の情報がないことから、既販品に対する措置はとらなかった。 なお、今後の製品については、従前の目視検査に加え、抜取検査にてふたを開封して確認することとし2012(平成24)年11月生産分より、カップの縁等で手や口を切らないよう注意する旨を表示に記載した。また、NITEは、引き続き同様の事故発生状況に注視し、必要に応じて対応することとした。

2012年10月

森永製菓

「森永ミルクココアプチ(80g)」

賞味期限欄に、本来刻印されるべき賞味期限が印字されていないものや、二重に印字されたり印字に欠けが生じ、読み取りできないものが販売されていることが判明。

2014年6月

森永乳業

「森永牛乳」瓶入り180 mL

一部の製品にて異常(カルキ臭)が確認

2016年7月

森永乳業

(1)「サンキストDeli+ 濃熟バレンシアオレンジ 330ml」JANコード 4902720123440
(2)「サンキストDeli+ 濃潤カシス 330ml」 JANコード 4902720123426
※いずれも「天面にキャップ」の付いた商品

消費者庁リコール情報サイト

【注意喚起】

栄養成分表示内、炭水化物表示について、正しくは「g」にて記載すべきところを誤って「mg」と表示

2016年9月

森永製菓

「マクロビ派ブラウニー」

カビが発生 最大10万個を回収

全国のコンビニエンスストア、駅売店他

製品リコール情報   https://kuroneko-recall.jp/ 消費者情報『お知らせ』 http://on.no-ip.biz/att/index.html消費者庁製品事故情報 http://www.jikojoho.go.jp/ai_national/search/detailsearch.do消費者庁リコール情報サイト ウオール・ストリート・ジャーナル紙 産経新聞等複数のデータベースを参照統合









【事件解説ポスター】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

【森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 HP】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/hiso.htm

【一例】
とまらない 森永製品の事故03
出典:消費者庁 リコール情報 2016年7月 
とまらない 森永製品の事故02
出典:消費者庁 製品事故情報 2012年8月 
ただし消費者庁のデータベースには過去のデータ蓄積がほとんど見られない 


2.
2016年11月7日、電通に強制捜査のメスが入った。だが、あの会社が以下のような犯罪を反省する日はいつくるのだろうか?
森永ヒ素ミルク中毒事件の犠牲者を圧殺するプロパガンダをやったのは主に森永乳業と御用医学界、国、「書かないメディア」の4者だが、それに加え森永製菓出身の電通常務(当時)もプロパガンダに手を染めたことを自ら「証言」している。彼らは森永乳業の50年史なる「社史」の中の対談で、「シェアを奪回した地域で、たまたま、ああいう事件が発生しちゃったんですよね」と自らが引き起こした大量殺人を、オモシロ半分に「おどけて」見せ、事件の救済を要求した親たちの必死の願いを弾圧したことを自慢げに書き残し、永久に抹殺したつもりになって、その犯罪を誇らしげに語っている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm




 昨夜19時、「森永製菓 最大10万個の焼き菓子自主回収」とのニュースが全国に流れた。
 不祥事続きの森永グループの実態をこの半月ほど見せ付けられてきたが、この企業体質には、うんざりを通り越して、あきれてしまう。国民とメディアはこの企業グループの動向への監視を格段に強める必要があるだろう。
 森永製菓の統制下にある森永乳業が、1955年に引き起こした森永ヒ素ミルク中毒事件を反省していないのは、今世紀に入っても幹部クラスが事件史を歪曲する発言を公刊雑誌やテレビで公言していることから明白だ。毎年拠出している金は仕方なく出しているだけ、というホンネも丸見えだ。だから同じこと、類似のことを何度でも起こす。一度やったら二度とはしないだろうというのは根拠のない期待値に過ぎない。
 実際、足元の企業運営くらい緊張感をもってやっているかと思いきや、森永乳業の福島・神戸工場で連続する死亡労災事故。これに関して当ブログのコメント欄に寄せられた森永乳業周辺と見られる人物からの告発実態(裏が取れた公知情報に限って記事化)をみても、もはや「病的」である。http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1060461678.html#comments
 この製品事故に関する森永製菓のコメントは、「時間が経過するとカビは生えやすい状態になる」(からカビが生えた)というものだ。??? 公共放送に対して、一部上場企業が、小学生でも首をかしげるような同義反復・無内容・意味不明なコメントである。
NHK 森永製菓 10万個製品回収
品質管理のずさんな実態
 現時点(9月16日11:00現在)でも、この製品事故に関する要因説明を森永製菓はホームページで一切していない。
 通常、食品製造業は、加工実製品を様々な環境で空気中に曝露する試験をしたのち、消費期限を設定している。つまり、消費期限を記載する前に、実際にさらしてみて腐敗の進行を観測する。
 森永製菓の今回の製品事故について、製菓が報道に行った説明をそのまま見ると「時間がたつとカビは生えやすい状態になる」である。
 ということは、要するに「カビが生えやすい状態がいつ頃になるのか」を把握していなかったことになる。基礎的な曝露試験と品質管理をしていれば腐敗の開始時期はあらかじめ予測可能だ。
 カビなどの微生物の繁殖は、温度、水分(製品中に使用されている材料の水分活性値などがその指標)や、空気、養分を条件とする。製造工程中のそれらの条件や、工場内の清潔度(カビ胞子の含有率)などで左右される。「焼き菓子」だからといって安全ではない。一端焼いても、カビは再び増殖する。
 自主回収しているということは、すでに店頭に並んだ段階でカビが発生していた可能性があるということだ。ようするに、非常に短期間のうちにカビが発生してしまったということではないか。ではどうしてそんなことにったのか? だが、その程度のことに関してさえ、森永製菓は、現時点で何も情報を公開しない。森永製菓の品質管理のずさんさは明らかだが、誠実さの欠落も明らかだ。

加熱しても残るカビ毒の恐怖
 「たかがカビ」だと侮るなかれ。
 見えるほどのカビは未然に食わずにすむ。
 だが、問題は、「見えない程度のカビ」を知らずに体内に取り入れ続けることで、カビ毒が人体に深刻なダメージを与える場合があることだ。
 カビ毒の急性症状は胃腸炎などの食中毒もある。
 他方、もっとも怖いのは、微量のカビを長期間食べ続けることによる、カビ毒による慢性中毒だ。それは、肝臓、腎臓、肺、神経系、内分泌系に対して、発がん性や催奇性などの深刻なダメージを与える。このカビ毒は加熱しても除去できない。もちろんすべてのカビがこの作用をもたらすわけではないが、目に見えないカビは発見されないし、ましてや報道などされることはない。従って、いくつかの非常に危険な毒性をもつカビ毒について、わが国では厳しく基準値を設定している。加工食品中のカビ汚染を決して過少評価してはいけないのだ。食品製造業がいい加減な品質管理の結果、目でみてもわからない程度の微量のカビを、消費者の体内に送り込み続けると、発ガンを引き起こす。ガンを発症した消費者が原因を特定することは非常に困難だ。
 だが、目に見えない微量のカビを防止するような誠実な企業がどれほど存在するのだろうか? だから余計に、いい加減な体質の会社は、許されてはならない。
 食品というのは、時に体内に証拠を残さず、じわじわと「完全犯罪」を実行してしまう。問題は製造側にそのことへの自覚があるかどうかだ。ゆっくりと顕在化せず進行し、証拠が特定できなければ、「儲け得」=「死に損」 ということになる。
 森永ヒ素ミルク中毒事件の発生は1955年8月だが、すでに6月頃から中毒が散発的に発生していた。その初期に森永乳業は、被害を告発する良心的医師を無視し続けて、まもなく取り返しのつかない大事件を引き起こした。森永乳業の姿勢と発想は「大きくバレなければいつまでも隠し通して儲け続けろ」という、もっともあくどい食品製造業者の姿勢を体現したものだった。
 今回、世間にありがちなカビ毒への認識不足に乗じてかどうか、「カビははえやすいからはえた」などと意味不明の説明で公然とお茶を濁す森永製菓は、やはり、そうとうタチが悪い。自らの子会社が起こした森永ヒ素ミルク中毒事件に関しても、なんら教訓や痛みを感じていないとしかいいようがない。

 森永乳業の談合入札送検事件や巨額横領事件など、この十数年にわたり間断なく続く不祥事、今年に入っての死亡労災事故の連続をみても、このグループ会社は、説明しない・反省しない ことに関して特筆すべき企業のようだ。

その2-とまらない…森永の製品事故 過去16年に発生の森永の製品事故  へ続く

以下、ツイッター掲載記事をとりあえず転記する。
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森永製菓 最大10万個の焼き菓子自主回収 | NHKニュース  
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160915/k10010687821000.html
森永乳業の2工場で死亡事故が連続、腐敗告発開始の途端、 http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1060461678.html 今度は親会社・森永製菓の製品事故。
ヒトごと感全開の開きなおりじみたコメントである。
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森永ヒ素ミルク中毒事件の犠牲者を圧殺するプロパガンダをやったのは森永乳業に加え森永製菓出身の電通常務(当時)。
彼らは森永乳業の50年史なる「社史」の中の対談で、「シェアを奪回した地域で、たまたま、ああいう事件が発生しちゃったんですよね」と自らが引き起こした大量殺人を、オモシロ半分に「おどけて」見せている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm

『森永50年史』悪魔の対談(※)この「赤ちゃんコンクール」は、母乳で育てた赤ん坊と、粉ミルクで育てた赤ん坊を比べて、右肩上がりに体重が増えない母乳育児をしている母親の心配を逆手に取り、むりやり粉ミルクにかえさせて、乳業漬けにしていく悪質なキャンペーン。
 森永が岡山県で始め(それゆえ森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者が最多)、その後、大手メディアによって全国に展開された。事件が全国規模で拡大した背景にはこのような「母乳育児駆逐」キャンペーンがある。官学あげて乳業の私的利益を支える公然たる癒着の体質だ。事件が圧殺された背景にもこのキャンペーンを通じて全国の大学・行政・メディアに、研究費や広告出稿で金をばら撒き構築した「口封じの構造」がある。問題はこういうことに手を下した人間が誰も責任をとっていないばかりか、このキャンペーンを反省もなく「戦後のほほえましい歴史」として最近再び紹介して憚らない風潮である。
 この問題は、国連大学出版『技術と産業公害』(宇井純編纂、著者: 東海林 吉郎/菅井 益郎)に詳しい。冒頭「Ⅰ消費構造に組みこまれた授乳」で、森永の実行した「母乳育児駆逐」の犯罪性を明確に指摘している。
http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/book_unu_jpe5_d04.html
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 森永製菓と乳業はもともと同じ会社。戦後、経営が不振な製菓を補完するため乳業が分離した。他社シェア奪回作戦と市場拡大を優先し、腐った原乳に猛毒の砒素が混入した産業廃棄物由来の「第二燐酸ソーダ」を投入し、消費者(母親)を偽装。事件直後から反省度ゼロで救済運動の圧殺に狂奔。そのために作った「第三者委員会」方式の皮をかぶった御用組織がその後の公害犯罪隠蔽、企業犯罪隠蔽のマニュアルと化し、現在も悪用され続けている。
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【森永ミルク事件の今も続く不正】
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1058436809.html
【事件解説ポスター】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
【森永ヒ素ミルク中毒事件 HP】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/hiso.htm

2月、8月、半年で2件。おなじパターンの死亡事故。
ずさんな製造現場の実態明るみに…

 森永ヒ素ミルク中毒事件を岡山県衛生部が発表したのは1955年8月24日。その61周年の前日に当ブログのコメントに訃報が寄せられた。森永乳業の工場で今年になって二度も死亡事故が連続しているという内部告発にも似た書き込みだ。
 おなじパターンの死亡事故をわずか半年で2回も繰り返すなど、常軌を逸した製造現場の実態だ。森永乳業が、森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者を平然と弾圧し、未だに事件史の歴史歪曲(※1)を続けているその企業体質は、同時に自らの社員・現場労働者をないがしろにする体質と同根だということだ。食品製造業でありながら、今も変わらぬ同社の内外問わずの「人命軽視」の体質があらわとなった。
 しかし、よりによって、8月23日に岡山隣県の工場で死亡事故とは…。同社は反省無きゆえに呪われているのだろうか?
 9/5【間断なく続く異常事態と乱脈の数々】を文末に追加 

【8月23日 神戸工場】
機械に挟まれ作業員死亡=森永乳業工場で事故-神戸

2016年8月23日 18時15分  時事通信社

 23日午前10時半ごろ、神戸市灘区摩耶埠頭にある森永乳業神戸工場で、作業員城孝史さん(58)=大阪府豊中市=が作業中に機械に体を挟まれた。城さんは病院に搬送されたが、腹部を強く圧迫されるなどしたため間もなく死亡。兵庫県警灘署が事故原因を調べている。

 同署によると、城さんは事故当時、紅茶をプラスチックカップに入れる作業に従事していた。本来は全て機械がやるが、何らかのトラブルで緊急停止したため、城さんが一部を手作業で行っていた。しかし、急に機械が動きだし、体を挟まれたとみられる。

 森永乳業の話 痛ましい事故が発生してしまったことを厳粛に受け止め、安全管理の徹底と再発防止に努める。(時事通信)
 
【2月16日 福島工場】
体挟まれ男性死亡 機械点検中か 福島の食品工場
 

 14日午前11時55分ごろ、福島市伏拝字清水内五の森永乳業福島工場で、工場に勤務する同市北矢野目字舘九、会社員福地一徳さん(50)がアイスクリームを硬化させる大型機械の駆動チェーンに上半身を挟まれて死亡しているのを同僚の社員が発見し、119番通報した。福島署は労災死亡事故とみて詳しい死因を調べている  2016/02/16 10:10 【福島民報】
【別報】NHK
 14日正午前、福島市伏拝にある森永乳業の福島工場で、森永乳業の社員男性(50)がアイスクリームを凍らせて固める大型の機械に頭などを挟まれているのが見つかり、まもなく死亡が確認された。

 森永乳業によると、男性は機械の保守点検が担当で、14日は、朝8時半ごろから機械を動かして油を塗る点検作業を1人で行っていたが、昼休みになっても姿が見えないのを不審に思った同僚が見つけたという。

 この機械は、内部でコンベアに乗った商品のアイスクリームを下かららせん状に上昇させながら冷やして固める仕組みで、男性は、コンベアを回すための軸とチェーンの間に挟まれていたという。
 警察は、保守点検の作業中に誤って挟まれたとみて、工場の関係者に当時の状況を聞くとともに、現場検証を行って、事故の詳しい原因を調べている。 出典URLhttp://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6055889301.html?t=1455483751504

【30年続く異常事態と乱脈運営】
粛清、尾行、歴史歪曲、言論弾圧、誹謗中傷、裁判、
ウソ番組、談合、横領、チカン、夜逃げ隠蔽、
連続死亡事故…異常すぎる野合体質

■1980年代までに 守る会、ひかり協会を批判する親、被害者本人ら、大量に除名・追放される。
■1982年~1991年 広島の重症被害者の親で「ひかり協会」のあり方に
 批判的であった山田氏の素行記録が9年にわたり記録され、そのメモがばら撒かれる
■1994年頃 ひかり協会職員が、岡山の重症被害者に対し、差別暴言を吐き続ける
■1997年頃から故・中坊公平氏、森永事件史を歪曲する発言を拡散
 「森永の被害者はそれなりによくしてもらって森永に感謝している 云々」
■2002年の森永乳業・顧問:菊池孝夫氏が歴史歪曲発言
 故・中坊公平氏との対談で、要旨「ヒ素中毒による後遺症は中間管理職が握り
 つぶしていたから、上部の者は知らなかった」などと雑誌で公言。
 (最近になり、ようやくこの「顧問制度」がパラサイト現象として批判が始まる)
■2003年 「被害者を守る会」が「異論を言う」との理由で会員の親の総会出席を妨害
 「被害者を守る会」異論排除を当然のごとく報道機関に公言
■2003年 重症被害者家族がひかり協会」と「被害者を守る会」が人権侵害をしている
 として岡山弁護士会へ人権救済申し立て
■2003年重症被害者の親が、「ひかり協会」の救済対策が不十分として
 広島弁護士会へ人権救済申し立て
■関西テレビ「ザ・ドキュメント恩讐のかなた」が救済について以下の嘘八百。
 「補償は行政が中心で森永が不足を補うシステムです…」
 更に、番組中で、重症被害者に「ミルク中毒でよかった」といわせ、
 ナレーションは、勝手に「森永に恨みはない」と「主張」を展開。
 被害者団体、歴史歪曲を進める加害企業のボス、中坊公平がそろって登場。 
 市民からの「事実と異なる」との抗議に対して
 番組制作担当者は「私はジャーナリストじゃありません」と返答
 そのくせ、その後、ギャラクシー賞に応募し、「受賞」を自画自賛。
■2007年 巨額横領事件で森永乳業・元課長代理逮捕される 販促費詐取容疑
 警視庁は2001年末から06年3月まで計約1億5000万円を詐取したと追及。
 横領した金は車や愛人に充てたとの自白。
■2009年 岡山の市民・能瀬英太郎氏が被害者団体を告訴
 重症被害者家族の支援を行っていた岡山の市民・能瀬英太郎氏を、
 被害者団体が機関紙1面全面を使って誹謗中傷したことへの対抗措置
 公判の公文書中で、被害者団体は重症被害者を「働かない被害者」と放言し、
 「関西テレビ」のDVDを「被害者が被告に感謝している証拠」として地裁に提出。
 メディアを利用した、加害企業との合作プロパガンダの意図が鮮明に。
 →2012年3月26日 岡山地裁で被告・被害者団体に有罪判決。
■2012年 能瀬訴訟控訴審で被害者団体に再度、有罪判決下り、確定
 広島高裁は被害者団体の控訴を棄却し、加えて有罪判決を補強
■2012年 防衛医科大での談合で、森永乳業社員が送検さる
■2012年 森永乳業社員、痴漢(チカン)で逮捕 西宮・阪急電車内で/兵庫
■2012年 森永乳業、毎日新聞編集委員・小島正美氏をスカウト、
 CSR報告書で自社礼賛させ「マスコミを取り込め」と号令かけさせる 
 同年、同氏、原子力学会広報誌で “新聞記者は反文明的気質人種“ と放言
 同年、同氏、「日本乳業協会」の理事におさまる。
■2013 公益財団法人ひかり協会理事長 病院経営破産で逃亡中との告発&報道
 ひかり協会の対応、長期間、見られず
■2013年 重症被害者の高齢の親、
 森永・国・ひかり協会。守る会の4社を提訴(のち訴訟取り下げ)
■2013年 厚労省職員、森永事件被害者名簿455人分を電車網棚に放り上げて紛失
■2013年 厚労省職員不祥事事件、森永ヒ素ミルク中毒事件資料館厚労省宛
 3回の公開質問。その最後で厚労省、被害者の累積死亡数を初公開
■2016年2月16日 森永乳業・福島工場: 体挟まれ男性死亡
■2016年8月23日 森永乳業・神戸工場: 機械に挟まれ作業員死亡

※1「事件後14年目は晴天のへきれき」「事件の後遺症は管理職がもみ消して幹部はしらなかった」などと明確なウソを雑誌や関西テレビ制作「ドキュメンタリー」で公言した同社顧問の言動などはそのさいたるもので、被害者や死亡者の御霊を冒涜する恥知らずな言動である。これに関連して、ウィキペディアは依然、砒素混入の経過を森永に有利に誘導するように捻じ曲げたままであり、歴史歪曲主義者の悪意の存在を明確に裏付けている。)

【参考記事】 森永ミルク事件の今も続く不正
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1058436809.html


【報道 山陽新聞 1面 「滴一滴」2016年8月27日付】
山陽新聞 滴一滴20160827
















【報道 山陽新聞 8月23日付】23


【ナチス礼賛、反省無き企業のDNA】
 森永乳業の親会社は森永製菓である。事件当時からの親子関係だ。
 菓子屋、牛乳屋と過少評価するなかれ。
 親会社は創業当初から軍部に取り入る営業を展開している。

 そのDNAを、森永が自ら示す、分厚い本がある。『森永五十五年史』だ。

 森永製菓は、戦時中何をしていたか? 
 森永は、自社チョコレートのパッケージに「ナチス」のシンボルマーク=ハーケンクロイツ(カギ十字)を印刷し、全国の子どもに販売していた。森永製菓は、「日独伊三国同盟」礼賛のポスターを日本全国の児童に描かせ、「絵画コンクール」を開催した。その会場は、中心にナチのカギ十字が印刷された旗が、会場中央に3枚吊り下げられた。明らかに「ナチ党大会」を模したものだ。軍国主義の時代、多くの企業が似たり寄ったりのことをしていた。

 だが、目を疑うのは、その数々のプロパガンダ写真を、戦後10年も経とうという時に発行した社史『森永五十五年史』332頁(昭和29年-1954年-12月発行)に堂々と掲げ、自画自賛していることだ。この本は、
各地の大学図書館にも納入されている。一度、目を通されることをお勧めする。
 ナチを礼賛し、日本では軍国「少国民」を量産して戦場へ送り出し悲惨な死に至らしめた事、森永がもっぱら菓子販売の金儲けの動機からこのプロパガンダに進んで手を貸した事。この社史からは、そんなことへの反省などカケラも見当たらない。軍国主義への組織的加担をためらいもなく自画自賛している。
 チョコレートの包装紙におお描きされた「カギ十字」のインパクトは、学校で習う軍国教育より数倍する児童への洗脳効果があったであろうことは、疑う余地のない事実だ。

 さて、このナチ礼賛に続く、333頁には何があるだろう? 

【皇室利用し毒ミルクを製造・宣伝】
 332頁の「三国同盟礼賛」の後に続くのは、皇室利用だ。
 皇室の工場見学を「光栄の記録」と続け、そこに「感激 森永ミルク 森永ドライミルク」の広告が登場する。これは何か? 皇室が森永の三島工場の見学に来たことを世に宣伝するため、自分から打った新聞広告だ。まさに自画自賛。
 ナチを持ち上げ、その次には皇室を利用して自社を持ち上げ、その真ん中に、「森永ドライミルク」の新聞広告を配置した。
 では、卑しくも皇室を利用しつつ大宣伝した「森永ドライミルク」は、「御献上の品」に値する程度に真面目に生産していたのか?

  否。

【くさった原料を偽装するため産廃由来の物質をこっそり添加】
 粉ミルクの原料は牛乳である。森永はシェア奪回を目指し、能力を越えた製造を敢行し、遠距離輸送で腐った原乳をひそかに使っていた。腐った原乳の使用を隠蔽するため、劇物の殺菌剤・過酸化水素水を密かに違法に投入していた。腐った原乳でも乾燥させて粉にすれば、一応ごまかせる。だが、湯に混ぜた時うまく溶けず、結局、不良品質がバレる。そのため森永は、更なる偽装行為として「第二燐酸ソーダ」なるものを投入して「中和」という化学反応を仕込んだ。
 見た目はまったく異常が見えない白い粉ミルク。まんまと母親をだませた。しかし中和剤として投入したのは、成分保証のある薬でなく、産業廃棄物由来の、強力洗剤や殺虫剤として出回っていたシロモノ。表向き脱色精製で結晶化されているが、中身はゴミのような化学物質だ。多くの不純物が混入している。要するに産廃由来の薬剤には成分保証がないのだ。毒物混入のリスクが限りなく高いものだ。それが産廃由来の薬剤というものだ。(これは当時の「国鉄」に強力洗剤として納入されたが、洗剤の品質検査をしていた国鉄から、砒素含有量が多いので洗剤としても使えないと、つき返された代物だ)
 森永は、これを薬剤の卸問屋には敢えて「使途」を告げずに納入させ、粉ミルクの中に密かに投入していた。 
(事件発生後、森永は「我が社は、薬問屋にだまされた被害者だ」と本末転倒の主張をし、検察の訴訟構成の不備を衝いて、一審で一時的に「無罪」となった。ちなみに、この森永側の巧妙な作為が「ネット百科事典」なるものにも、いたるところに混ぜ込まれ、まに受けると偽造歴史観に誘導される。)
 その後、森永社員が事件発生後から徳島市内の薬局を夜な夜な走り回り、正式な規格品の「第二燐酸ソーダ」をかき集めていた事がバレた。森永のこの偽装行為は岡大医学部小児科・浜本英次氏の「指導」にもヒントを得ていた。これは、重大な証拠隠滅行為として、検察側に捕捉され、後の有罪判決への有力な証拠となった。(出典:国連大学『技術と産業公害』Ⅲ砒素ミルク中毒事件と森永乳業の対応 (1)奇病発生から砒素検出まで 他)

 ちなみに、この「森永ドライミルク」は、皇室にも献上されたのだろうか? 気になるところではある…

【事件発生直後から親衛隊を育成し「企業防衛」】
 このナチ礼賛「森永製菓の社史」が出回る頃には、すでに企業犯罪は進行していた。全国から散発的に中毒症状が報告されていた。ミルクをつき返す地方の良心的医師に「営業妨害になるぞ」と脅しを加えていた。1955年6月頃から被害が散発的に出始め、その2ヶ月後には、もはや全国民から隠せなくなった。
 1955年8月、被害が爆発した。森永乳業が日本全国をパニックにおとし入れた。森永ヒ素ミルク中毒事件の発生=乳児大量殺戮(1年以内の死亡乳児に限っても131人)。そして、MF缶だけでも1万2千人をゆうに越す未曾有の被害者の発生である。

 ユダヤ人600万人をガス室送りにして人類史上最悪のジェノサイドを実行したナチスを礼賛する企業が、人類史上最悪・未曾有といわれる乳児大量虐殺を実行した。これは偶然の一致なのだろうか?

 だが、2千名を越す最大の被害者をうみ出した岡山県には、既にカネの力で森永の手先と化した者たちがメディア・行政・大学医学部の要所に巣食っていた(配置されていた)。それらが誰であるかは、森永製菓と電通常務(元森永製菓社員)の対談で、森永自身が、慇懃無礼にもてなすかのように実名をあげつらっている。だがその実、金でどうにでもなる操り人形として内心見下している企業の姿が、行間から読み取れる。その中の番頭クラスであり、すでに十分に森永寄りとなっていた岡大小児科の浜本英次教授は、事件発表をズルズルと遅らせ、医師の義務である食中毒通報さえせず、犠牲者の増加に加担した。(※1)

【食中毒通報さえサボった岡大・浜本英次教授】
 だがもはや隠蔽できるわけがない。急性ヒ素中毒症状で乳児が高熱と嘔吐と内臓肥大、皮膚が真っ黒になり続々と大量死している。敢えて「森永」の名を伏せた「人工栄養児に奇病」の地元紙による偽装報道(「森永」を明記した黒住記者は後日、デスクの見出し書き換え行為を内部告発)で、明治や和光堂の飲用者までが総合病院に殺到し、大パニックとなった。遅れに遅れて、8月24日の岡山県衛生部の記者会見となった。
 ところが、ここで一転、浜本英次氏は「砒素中毒第一発見者の英雄」とされ、厚生省から表彰された。食中毒通報の義務も果たさなかったにも関わらずである。一部の医師らは「第一発見」の手柄争奪に色めきたった。そして、浜本英次氏は事件直後から後遺症を無きものにするための不正な診断基準を作成する「西沢委員会」(6人委員会)(筆頭:阪大医学部・西沢義人教授)に合流した。名実ともに森永と国の「御用学者」となり、被害児圧殺に公然と加担した。表社会を堂々と歩く「御用学者」…その戦後初の登場シーンだ。(出典:国連大学『技術と産業公害』Ⅲ砒素ミルク中毒事件と森永乳業の対応 (1)奇病発生から砒素検出まで 他)

【事件から61年目にして、犠牲者の御霊を冒涜する面々】
 この浜本英次氏を岡山の一部メディアは、「日本の名医」と報道した過去記事を麗々しくネットへ掲載しその拡散を続ける。おびただしい犠牲者を出した惨劇の歴史と歴史の真実を平然と捻じ曲げ、犠牲者の御霊を冒涜して憚らない行為だ。
 また、浜本氏のおかげで出世を果たした弟子たちが歴史風化の陰に隠れ「先輩は、砒素中毒の第一発見者で多くの子どもを救った」なる同様の嘘を追加で垂れ流し続けている。更に、岡山・民医連も「浜本英次氏賛美」にさりげなく手を貸している。岡山では今も森永ヒ素ミルク中毒事件への認識も反省もなく、「先輩:浜本英次氏」の復権を目指す医療関係の弟子たちが跋扈している。彼らが再びメディアをたぶらかし、地域の「恥の上塗り」ともいえる行いを繰り広げている。彼らが関与する大型障がい者施設関係者に、マルクス・レーニン主義がすすんで媚を売る姿だ。この関係性をみるだけでも日本社会の病的退行は著しい。

【グループ・代理人の総力で国・医学界・メディア囲い込み】
 森永は、全く悪びれることなく、製菓をはじめグループ関係者(当時の電通常務-元森永製菓社員含む)の総力をあげ、国・厚生省を抱き込んで、西沢委員会(阪大・西沢義人)を結成し、後遺症を否定する不正な診断基準を作成して全国の医師を縛った。加えて不正な第三者委員会「5人委員会」を突然メディアに登場させ、「後遺症はない」と宣言。もっぱら子どもの予後と長い将来への後遺症の影響を心配する親を、無慈悲に叩き潰すため、「補償額」を一方的に決定して新聞発表し、患者を金銭解決に誘導し、分裂を仕掛けた。国民世論には、「被害者の親は金目当て」とデマ宣伝をし、メディアを切り離し、速やかに患者を国民から切り離した。他方、廃棄すると新聞発表したはずの砒素ミルク缶を東京に集め、ひな鳥用の飼料に混ぜて再販売した(東京都衛生部が関与)。森永は、役所とつるんで手にした「闇の売上げ金」を元手に、大学に研究費をばら撒く「森永奉仕会」を強行設立(厚生省認可)し、国・厚生省・医学界の御用学者を抱き込んで、後遺症追跡の封殺と、被害者救済運動の抹殺に狂奔した。(「森永奉仕会」は今も活動を続けている。)

【親は何を望んでいたか?】
 「森永奉仕会」の設立経過はこうだ。森永ミルク被災者同盟全国協議会(全協)に集う多くの親は(一部、訴訟解決へと分かれる親もいた)、金などに関心を示さず、被害児童の予後の見守りをひたすら心配し、「精密検診」の継続と後遺症追跡の「保健機関」の設立を要求し続けていた。それは単なる親の願望ではない。それは、乳児期に大規模な健康被害を受けた子どもたちに、科学では証明が難しい不測の後遺症や多くの体調不良の高進という人生の不安に悩む被害者に生涯にわたり光をあて続けようという人道主義の基本精神に基づく崇高な理念だ。
 森永は被害者組織(全協)の解散と交換条件に、それを設立すると約した。親は森永の尊大きわまる姿勢に疑いを持ちながらも、「それなら」と、屈辱的な解散を受け入れ、約束を履行した。ところが、森永は履行しなかった。森永はその「保健機関」の約束をあっという間に反故にし、逆に全国の大学医学部を買収する機関に正邪逆転させたのだ。今に続く森永の姿勢である。親たちが必死に要請して実現した全国一斉精密検診は、森永と国との合作による出来レースに換骨奪胎され、「全員治癒」ありきの「官製検診」と化し、被害のほうが葬られた。

【社会的圧殺と親たちの不屈の闘い
 親たちは同盟解散後速やかに「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」を結成し、闘いを継続した。だがメディアは「親として当然の基本理念」をついに理解しようとせず、森永と国が仕組んだ「金目当ての親」とのデマ・誹謗中傷、それに加えての森永の自己礼賛のプロパガンダの仕組みを見破れなかった。(単に広告で買収されたメディアは問題外だが…)
 メディアは一切の黙殺を開始した。その後のあらゆる被害救済に大きな教訓を与えるこの14年間の意味は、今もなお、自身の歴史的罪への内省と精算ができない多くの勢力の思惑から、黙殺され続けている。

 赤ん坊の大量殺戮から半世紀以上を経た今日、膨大な被害者が、苦しみつつ生きながらえている中でも、未だに事件史を歪曲し続け、当時の幹部の免罪をはかる言説を雑誌などで垂れ流す現・森永。真摯な反省が見受けられない特異な企業体質だ。不祥事発生源にありがちなこういう体質を「感情支配型企業」と呼ぶ人もいる。

【政府・政治への介入癖は依然、治らず】
 その習性からかどうか、彼らが、昔も今も、時々の内閣にすり寄り添っていることは周知の事実だ。その目的が何かは、前述の事実をみれば、いわずもがな。権力に近寄るためには手段を選ばず。
無節操には驚くほか無い。これらの浅ましい業界勢力と古手の「左翼業界」の談合もすでに著しいが、それを精算できない社会の中で、既にそのツケはすでに多くの災厄となって国民の頭上に降りかかっている。(
※2 「旧55年体制」に続く「新55年体制」もそれを示すアイロニーだ。

【親衛隊を操り、陰に隠れてうごめくクセも健在】
 森永は、コミューンとの付き合いが得意なようだ。今は「赤い貴族」の親衛隊に守られ、それを防波堤にしつつ、被害者・親・親族・遺族からの怒りの矛先をかわし(主な矛先が仮に被害者団体へ向かえば、内輪もめ感が演出でき、ごく一部の愚かなマスコミ関係者を利用できれば、世間の「冷淡」に誘導できる。事件当時からのやり口だ)安心して利益をむさぼっている。税引き前利益からの資金拠出は、ていのいい「節税」だ。
 一方「親衛隊」に関しては、歴代の総理は…、というよりも、与党の地方議員でさえも、森永の “代理人“ と化した党派勢力の体質を知っている。利権にありつくチャンスさえあれば、表向きの看板など振り捨てて、コソコソと色々なものに擦り寄っていく体質だ…。(例:大阪での与党への擦り寄りなども、相手が嫌がるほどであったらしい)

【61年前から、自社への “感謝” を被害者へ要求し続ける】
 軍国主義礼賛のDNAをぬぐいきれない企業とマルキストの見事な連携。第二次世界大戦にあたり世界の人々が驚いたナチとソ連の見事な連携を想起させる。ヒトラーとスターリンの合作による「ポーランド分割(共同侵略)」の姿だ。利害関係が一致すると、どんな勢力とも手を組めるのが大昔からのマルクス・レーニン主義らしい。各種の全体主義イデオロギーは、その表紙は違えども、本質的な回路は「似たもの同士」ということか。これらは、市民的批判精神とは似て非なるもので、明らかに対極に位置する。一神教的イデオロギー 信奉者のなせる業だ。(これらを区別する賢明さがなければ、市民は混乱した政治状況の中で期待感と失望感に振り回され、両極でお互いを刺激しあう全体主義の勃興が加速されるだけだ。)

【 “舛添” の“足の裏”なみの…外道の説教】
 被害者の症状が悪化しても、「赤い代理人」と、その取り巻きの「民主団体関係者」は “それは後遺症ではない、加齢だ” と言い放つらしい。西沢義人・浜本英次コンビのお仲間になったつもりか? はたまた、森永に長年飼いならされて「成長」した結果か?
 重症者の受ける検診は、すでに放棄した被害者への後遺症追跡や救済ではなく、「来世」の「貴重なデータ」にするため、と被害者を納得させているらしい。カルト宗教のマインドコントロールだ。

 毎年、何十人という被害者が、苦しみ、もがきながら死んでいく。しかも、「キミィ、今は “対森永”の時代じゃないんだよ」「カネを出す森永への感謝が必要な時代なんだよ」などという「ゲスの極みの説教」を延々と聞かされながら…。(※3)
────────────────────────────────

【脚注】
(※1 浜本英次教授
    本人は自身の退職記念の冊子で正反対のことを書いている
    この天下周知の事実も、時間がたち、歴史継承の力が弱まると
    ─森永事件の場合は風化ではなく計画的封殺と歪曲だが─、
    正邪が見事に逆転する。
    
    参考文献は無料で読める。
    『砒素ミルク1─森永と共犯者たちによる被害者抹殺の16年─』
         前編 後編 森永告発刊)
    『森永ミルク事件史』=『砒素ミルク2』
        前編 後編  岡崎哲夫著  再刊:森永告発
    『森永ヒ素ミルク中毒事件 発生から50年』 (能瀬英太郎
      デジタルアーカイブコーナー
      学術論文コーナー 各種学術論文
      国連大学発行『技術と産業公害』(東海林 吉郎/菅井 益郎 著/ 宇井純 編)
      事件解説ポスター

(※2 国政へ陰に陽にすりよる企業
    現在は「陽」。森永製菓→電通OL→電通紹介→首相と御成婚…らしい。
    まるで森永事件のプロパガンダの裏面史をなぞっているかのようだ。
    関与している先は、安部政権だけではないことも付記しておく)

(※3 森永による「森永へ感謝せよ」との白々しい説教。

「さてこの事件に特有な第5の問題点は,ひかり協会が「森永ミルク中毒のこどもを守る会」(1983<昭和58>年6月に「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」と名称変更)の指導権の下にあるといっても,ひかり協会はあくまでも第三者機関なのであって,森永乳業側からみれば,それは守る会や被害者との唯一の公式の接点であり,したがってまた被害者工作のための橋頭堡としても位置付けられるものである.つまりひかり協会は被害者救済機関であると同時に,守る会と森永乳業双方の攻めぎ合いの場なのである.」(国連大学出版『技術と産業公害』第3章:砒素ミルク中毒事件 東海林 吉郎 、菅井 益郎 著  /宇井純 編) 
 「言いえて妙」とはこのことだ。今では、「守る会」の役員が「橋頭堡」へも股がけし、団子になってせめぎあいも無くなり、「双方」から「森永への感謝」が被害者へ要求される現状だ。(下記)

(※3補足
【 “大体の人が森永に感謝している” “一部の人だけが事件に怒っている” とのトンでも言説は、森永が事件発生時以来、被害者運動の抹殺に使ってきた常套手段】

  1970年、まだ健全だった「森永ミルク中毒のこどもを守る会」機関紙「ひかり」は次のように主張し、森永乳業のプロパガンダ攻勢へ警戒を呼びかけていた。
 現被害者団体幹部は、親にあたる「守る会」創設者及び、機関紙「ひかり」創刊者を、謀略の罠にかけて追放し、森永の求めるプロパガンダを代行している。物言えぬ多くの重症被害者への冷遇策を批判し始めた創設者を排除することは、「国民の福祉」「平和と民主主義」を隠れ蓑に弱者に食いつき「貧困ビジネス」に精を出すマルキストの根城確保には必須のプロセスだったということだろう。
------------中略-----------
 「森永事件以後、同じような事件が次々と起きています。私達が十五年前に、もっと徹底的に森永を糾弾していたならば、カネミ油症事件は起きなかったし、もし起きたとしても、もっと正しく処理されていたはずです。
  こう考えてくると『自分の子供は大して悪くないから』という理由で黙っていることは、結果的には森永に加担したことになります。
  事実、森永は十五年前にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と。
  今、森永はふたたび、この使い古した手を使って、こどもを守る親の悲痛な声をおしつぶし、社会正義のためにたたかう国民の努力を圧し殺そうとしています。
  被害を受けた人たちが、どのようにされても感謝するはずはないし、こどもを元に返して貰ったからと言って、森永の犯した罪が許されてよいはずはありません。」
------------後略-----------
 文中の「15年前」とは1955年、すなわち事件発生時のことである。
 
つまり、この「森永への感謝」という表現は、被害者を分断支配するとき、森永乳業自身が繰り返し巻き返し使ってきた常套手段であるということである。このプロパガンダを1969年、事件が再度、表社会に露見したことにあわせて、森永もまた再度復活させていることに注意喚起をしている。14年間暗黒の時代を闘いぬいた、今はなきものにされている、まともな親たちや市民からの血のにじむような警鐘だ。暗黒の14年の継続性がなければ、「14年目」もなかった。カネが絡めば、プロパガンダにも磨きと拍車がかかる。人間らしい自由な生き方を開拓するための道筋は、目前のカネの力で抹殺された歴史を学ばねば、何も見えないだろう。森永にとって既に許容できる範囲の人物を「救世主」と信仰させ、いろんな理由をつけて、親がどれほど熾烈な戦いを継続し、森永がとんな悪辣かつ巧妙な手口でそれを亡きものにしたか、の歴史は知らせない。歴史的無知で飼いならされた人間は操り人形としてもってこいだ。なにしろ「自覚」なく、恥ずべきことができるのだから。もちろん、企業は大満足だろう。

 幸い、今は事件史の全過程を意識的に、かつ、ニュートラルに学ぶ市民の見識のほうが高い。プロパガンダすれば世間全般はだませる。「恒久救済で合意」などと御立派に表現しても、異論を許さない体制化で大半が骨抜きにされている現状は明白だ。ところが、これさえもメディアをいいように利用すれば隠せる。むしろ、森永と合意させられた被害者の「自己責任」に転嫁することさえ可能だろう。だが、背後にいるのは明らかに加害企業であり、拝金主義になびく歴代の赤い代理人たちである。これが日本政府の政策に忠実に沿った権道の姿だ。国家権力の不正で怠惰な姿勢に追従という汚名を残し、他の公害の理不尽な取り扱いの先例となり、それに免罪符を与えている。
 だが、自覚ある市民をだますことはできない。すでに実態を見抜いた市民が大勢いる。これが日本社会の未来への唯一の希望である。


参照 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/okazakitetsuoryakureki.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-morinagakokuhatsu-no-tatakai.htm
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm

今年の報道記事
23





























【報道 山陽新聞 1面 「滴一滴」2016年8月27日付】
山陽新聞 滴一滴20160827











昨年の報道記事
【読売新聞 2015年8月25日】
読売新聞記事20150825






















【読売新聞 2015年8月27日】
中国新聞記事20150910




















【山陽新聞 2015年8月23-24日付】
山陽新聞20150824

事件発生60周年で演出された
森永乳業と現・被害者団体の白々しい「円満」。
その裏で、決して報道されないコト…


以下のコメントが寄せられた。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments
「51. 守らん会会員  2015年12月01日 10:41

 チョツトご無沙汰しとるうちに、またまた問題発覚かい。森永ヒ素ミルク事件は、どこまでいっても底なし沼というとこかい。おそれいりやの鬼子母神てわけだ。

  おいらはひかり協会会報『ふれあい』11月号からの報告を、ちょくらやるぜ。問題とするのは8ページにある、守る会からのお知らせ「事件60周年記念式典、合同慰霊祭」のなかの記事だ。「各団体代表挨拶」のなかの◎桑田理事長の発言は要旨だけだろうが「今までに亡くなられた1266名の御霊にこころからのご冥福を祈り、二度とこのようないたましい事件を起こさせないことをお誓いする」とある。

  これを見て当ホームページの扉にある、2013年厚労省発表の1170人とくらべてみろよ。2年間の間に96人もの被害者が亡くなっとるぜ。ひかり協会と連絡を希望するのは、全被害者1万2千人のうち約6千人弱というじゃあねえか。ということたあ6000人のうちから、これくれえの死者がでたということになるのじゃねえのかい。こりゃたいへんなことだよ。

  加害企業と癒着して、甘い蜜すうとるくせに「二度とこのようないたましい事件をおこさせない」とは聞いてあきれるぜ。」
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半世紀にわたる「公害」さえ未だに克服できないこの国
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----------------
 直近2年間で96名もの被害者が死亡したという恐るべき事実。しかも認定被害者の半数としか連絡が取れていない制約のなかでしか把握できていない死亡者数であることさえ説明をしない。(大手紙の一部記事も同様)
 この事実を「森永との合同慰霊祭」なる、メディアまで動員した「協調」キャンペーンの中でさりげなくツブやいてオシマイにしてしまう無神経には、もはや言葉が見当たらない。「葬式パフォーマンス」の名がふさわしい。「被害者の “名札” を見せびらかしながら、拠出金に群がって “森永乳業のポチ”に成り下がり、人として当然の批判を行う被害者家族を平然と弾圧する」との幾多の被害者家族・市民らの厳しい批判のゆえんだ。
 党派的影響力で支配された団体が、企業犯罪による被害者の苦しみを、企業の代理人となって糊塗するという、恥ずべき犯罪の「教宣」モデルが完成されつつある。
 しかも当該党派が自身を神聖視させるために日頃常套句としている「商業新聞(昔呼称“ブルジョア新聞”」の一部不良記者(各社共通なのは権威へのゴマスリ系記者)を抱きこんでの合作キャンペーンが今年全国各地で計画的に展開された。日本社会の無節操さを象徴する好事例だ。
 しかし、あまたの自称左翼勢力も、更にはマスコミも、大所高所を気取り、政局云々を口にするなら、足元の仕事のガサツさを反省し、自らの襟を正すことが先決だろう。
 表向きの左右が半世紀にわたって談合してきた結果、社会の深層には、看板で政権批判を売りにしながら、裏で金と権力に群がることを当然視する腐敗した思考習慣がうず高く、ヘドロのように溜まっている。このようなことに見て見ぬフリが決め込めるようなら、どれだけ「高邁なる政治」を語ろうとも、所詮、根無し草のデマゴーグでしかない。
 このような風潮は、「ヒラメ権威主義」と同根の「貧困ビジネス党派」の党利党略に拍車をかけるだけだ。人間をもてあそぶことで、国民と社会が疲弊し、結果的にすさんだ新タイプの「両極化現象」をもたらすだけだろう。各種の悲劇的事態の招来をもたらすのは、ひとりひとりの人間の価値より、政治的イデオロギーを優先させる全体主義的思考方法だ。
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被害者家族を弾圧しながら平然と「慰霊祭」を宣伝してきた森永乳業
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 なお、「教宣」にコントロール“されている側の”当事者は露も知らないのだろうが、森永乳業という企業は、事件発生後から被害者救済運動を14年以上にわたって抹殺している「さなか」に、同時並行で、「“森永に事件の責任は一切ない” を大前提とした“慰霊祭”」を目くらましのプロパガンダとして実行してきた企業だ。歴史が証明するところの、この企業の確信的で強烈な「二面性」と「プロパガンダ」愛好主義は、今現在も歴史を歪曲したがっている同社の言動をみるにつけ、未だに、変化なしと見える。
 以前と唯一異なるのは、今は森永はコマーシャルの拡大に腐心し、森永の裏稼業だった被害者に対する分断支配は、党派代理人に任せていることだけ。本質は変わらず、むしろ、両者が一体となって進める歴史の偽造と被害者の尊厳への毀損は、それ自体が延々と続く、企業犯罪の継続に他ならない。
<以上>

「…封印され廃棄処分を命ぜられた筈の毒ミルク60万缶が何時の間にか売り捌かれ東京ではそれが闇に流れていると噂されている。…」
(岡崎哲夫著「森永ミルク事件史」-1957年-144頁)

この件について、以下のコメントが寄せられた。

─猛毒「森永ヒ素ミルク」をニワトリの餌に混ぜ、
 全国民にコッソリ食わせた「闇」の詳細が明るみに─


44. MF5808 2015年11月18日 09:13(多少文書を整理した)(※1)
 ここに書かれていることは、重大問題を含んでいることをまず理解していただきたい。
 1955年の事件発生直後のこと、岡大医学部へ持ちこまれた「ヒ素入りミルク」の疑いのあるMF、MC、MLの三種、それぞれ製造月日の異なるものを法医学教室で分析をした。分析したロット番号順に一覧表が『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月岡山県発行)に掲載されている。
 厚生省は事件発生直後には、ヒ素含有ミルクは廃棄処分にすると新聞発表している。ところがその後方針を180度変更する。実験の結果が良好なら、育雛飼料(※2)として利用する方針になった。
 実験に使われた「有毒ミルク」がMF5808ということである(※3)。ところが、このロット番号は岡大医学部法医学教室の分析表には登場しない。前掲書の巻末の一覧表のどこにもない、いや本全体のどこにもない。
  その「MF5808」を使って育雛実験をしたということが、もしかしたらもともと「無毒缶」ではなかったかという疑問を「記録マニア」氏(下記)は述べておられると読みとれる。
 192羽の実験で1羽の死亡という「好結果」であったことが、MF5808は「無毒缶」との疑いを強くする。普通ニワトリを飼育していても1羽くらいは死ぬものだ。ワザワザヒ素の入っているミルクをエサに混ぜて育てて、1羽しか死なないというのが、そもそもマユツバものではないか。
 見せかけ上の実験で好結果をのこし、実際の飼料製造には本物の「有毒ミルク」を混ぜて作ったのだ。その結果は各地でヒナの大量死を招いた(※4)
 だが、飼料のなかに「ヒ素ミルク」が混ぜてあることなど農家は知らなかったので、天候のせいにしたり、他の理由にして深く追及しなかった。このことを書いたのは14年経った後に「婦民新聞」など少数。マスコミは無視したので、うやむやにしてしまった。

(註)
※1  「MF5808」氏 の投稿コメント
 記事 「多国籍企業シェルが開発した「相互秘密保持契約」 森永ヒ素ミルク中毒・被害者への支配構図、米国でコピー登場http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments 
へ寄稿されたペンネーム「MF5808」氏のコメント
※2 育雛飼料
 ひな鳥のえさ。実際に「F印 育雛用飼料」の商品名で販売された。出典: 『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月1日岡山県発行)
 昭和30年8月28日付山陽新聞一面記事
 「…同省木村次官、紅露政務次官、山口公衆局長、楠本環境衛生局長らは同日午後の徳島工場にたいする行政問題を協議した結果同工場製品のうち、何月から何月までのものが有毒なのか、また調査の結果、これが同工場の過失か不可抗力かのいずれによるものかを判定したうえで、何らかの措置をとることにし、回収したMF製品のうち国立衛生研究所が有毒と認めた製造期間内のものに限って廃棄処分の手段をとることを決めた。」
 なお最近、一市民が、「MF製品のうち国立衛生研究所が有毒と認めた製造期間内」の検査の有無を国立衛生研究所へ問い合わせたところ、以下の回答であった。
 「(国立衛生研究所宛てに)直接メールを出しましたら、HPがあるからと教えられ、そこへアクセスしましたら、昭和30年頃の研究項目が並んでいました。その研究のなかに、岡山大学医学部から死亡被害児の肝臓の一部を提供され、それから砒素を検出したという内容が記述されていました。それは簡単なものでしたが、それ以外には砒素ミルクに関する研究はありませんでした。 」(記録マニア氏2015年11月30日寄稿)
 廃棄するとして回収された莫大な量の森永砒素ミルク缶は、「MF5808」ただ一缶だけの供試で「ニワトリのヒナに与えてもさして問題なし」とされ、大規模に再流通されることになった。
 浜本英次教授編纂の上掲書『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(表紙が赤いので、当時「赤本」と呼称された)のなかでは、さも科学的な根拠を得たかのように表現されている。
 この飼料の売上金、当時の価格にして約1千万円(現在価値は1億円を越える)が、「森永奉仕会」の設立資金として流用された。回収した東京都が製造を促したと思われる。この「森永奉仕会」の事業目的は、全国の国公立・私立大学へ森永乳業のカネを「研究資金」の名目でばら撒くことだ。このカネは、(1955年から1968年までの)被害者救済運動の存在を国民の目から隠蔽し弾圧するため、御用研究者への実質的な買収資金として活用された。この基金は今も厚労省所管の財団法人として存続しており、「森永乳業に奉仕する研究者」を育成し続けている。現在の「寄付講座」や「産官学協同」の悪質な側面を生み出した端緒ともいえる。
 なお、故・岡崎哲夫氏は岡山県衛生部に「赤本」を請求したが、岡山県は「(被害児)救済運動を中止するなら渡してもいい」などという発言を行った。このような偽装に基づく不正行為がバレることも大いに恐れたと思われる。岡崎氏は迂回経由で「赤本」を手に入れ、その内容を「事件史」で告発したが、既にメディアは一切の沈黙を決め込んでいた。全国民の体内への、ニワトリを通じた砒素ミルク摂取も同じく隠蔽されてしまった。直接的には東京都の手によるものだが、森永乳業と厚生省と御用医師グループ、それに追随・安住するメディアの結託がベースにあったことはいうまでもない。
※3 実験に使われた「有毒ミルク」がMF5808
 『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』(昭和32年10月1日岡山県発行)の297P<「(26)森永MF印よにる(ママ)鶏雛の飼養実験について」1供試飼料>、同じく298P掲載<供試粉乳 森永粉乳MF5808 砒素含有量22ppm >(※1へのcoment 46. 「MF5808」氏 2015年11月29日 08:27)
※4 ヒナの大量死を招いた
森永告発機関紙『森永告発』第6号(1971年10月1日)
「砒素中毒は赤ちゃんだけではなかった 砒素ミルク飼料でニワトリも?……」
 岡山県勝田郡奈義町宮内の内藤勝野さんのお宅では昭和31年から32年にかけて、奈義町農協から育雛用の飼料を買ってニワトリを育てていましたが、飼っていた20羽が全部死んでしまいました。近所にもそういう家が多かったということです。死んだニワトリは、肝臓が異常に肥大しているなど、砒素ミルクの被害児の症状によく似ていたが、当時、砒素ミルクがニワトリの飼料になったことなど全く知らず、不審には思いましたが、天候のせいだろうと片付けていました。
 最近になって、料理講習会があったとき、その講師が、毎日新聞の「黒いミルク」記事を引用して「森永はひどい。毒ミルクを養鶏のエサにした」と言ったことから、当時の記憶がよみがえって来ました。
 32年~36年当時、奈義町農協の組合長をしていた船曳澄衛さんの話によると、その飼料は全購連から買ったということです。
 昭和32年に岡山県が発行した『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』によると、「有毒粉乳」の配布先として全購連の名もあり(301ページ)それらのニワトリが砒素ミルクの犠牲者であることは、ほぼ間違いありません。
 当時の処理缶数は約45万缶、従って全国的にはかなり多く出回っていたはずであり、同じような被害は他にも多くあったでしょう。また、それらのニワトリが産んだ卵や鶏肉を食べた人間も多いはず。それらの人々はほんとうに無事だったのでしょうか。ひょっとするとあなたも……? (以上全文引用)
 (※1へのcoment 47及び50、「三百代言」氏 2015年11月29-30日)

【事件解説ポスター 7頁 現在も存続中の「森永奉仕会」設立の経緯を参照】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf


【参考資料】
43. 記録マニア  2015年08月17日 17:20
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1033260039.html#comments
「お母さんはねえ、坊やの疑問にこたえるために、MF5808がどこへいったのか、探しているのよ。それでね、いちばんいきそうな心当たりをさがしたわ」「お母さんMF5808はどこにあったの」「国立衛生研究所があやしいとにらんだの、ホームページからさがしたわ」「そうしたらどうなったの」「国立衛生研究所では昭和31年にヒ素ミルクに関する研究をしていることがわかったの。でもね、それは死んだ赤ちゃんの肝臓の一部を岡大医学部から送って貰い、その中のヒ素検出をしただけなの」「赤ちゃんかわいそう」「ヒ素入りミルクの分析実験はやってはいないことがわかったの」「おかあさん、MF5808はどこからきたのでしょうかねえ?」

「森永ミルク事件史」は以下からダウンロードできる。
〔※森永告発の「砒素ミルク2」(1973)は「森永ミルク事件史」(1957)復刻版〕
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-1pdf.PDF (上巻)
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-2pdf.PDF (下巻)

出典:森永ヒ素ミルク中毒事件資料館アーカイブス
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm

本年、森永事件60年として一部大手メディアで「不安はあるものの、今では、森永に良くして貰って、わりと幸せそうに前向きにいきている被害者」といったイメージが流布されている。ところが、それとは全く異なる現状が新たに告発されたので、コメント原文のまま紹介する。
■11月8日に第2回目の告発文、■11月13日に第3回の告発文が寄せられた。

【第1報】121. 守らん会会員 2015年11月04日 10:11  
 オレの知ってる「守らん会会員」で肺がんの末期患者がいるが、その人の現状をしらせる。
 彼は月に一回入院して抗がん剤を注射している。その副作用がひどい時には、一ヶ月も退院できないことがある。それで、いままで仕事をしていた会社をクビになり、ひかり協会に救済を求めた。
 ところが協会は冷たいものだった。なにも対策をとらず、「そんなら生活保護をもらったらどうだ」といった。
 それで彼は生活保護の申請をしたら、車など持っていたので、生活保護は貰えなかった。仕方がないので、厚生年金をもらうことにしたが、支給年令前だったので、支給額は減らされた。
 今のひかり協会は「患者を救うためにあるのではなく、職員を救うためにある」のだから、患者への支給額を「ナンジャ、カンジャいって」少しでも減額することに一生懸命のようだ。
  それじゃあ「恒久対策案」はなんのためにあるのか、ひかり協会も守る会も「世界にカンタル恒久対策案」と自慢しているが、これはオカザリにすぎないのだ。
 みなさん考えてもゴロウジロ。正月のオカザリにしても実際的な効果は、ありはせんのだ。あれは手を合わせて拝んでいれば、なんとなく有難味がわくというものだ。早い話が「恒久対策案」は実際的な効果は「ゼロ」になったというこっちゃ。神棚へ上げて、みんなで手を合わせて拝んで「アリガタイ、アリガタイ」というだけの代物になってしまっている。それがマスコミにはわからない、分かろうとしないだけの話だ。
 オカザリになることを心配していたのはオカザキさんだが、天国でこの様子をどうみているか聞きたいものだ。
コメント出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

【第2報】 126. 守らん会会員 2015年11月08日 11:43
 末期ガン患者の会員はその後、脳梗塞を患ったが軽度であったため、生活に支障はなかった。ところが医者から自動車の運転は止められた。…(中略)…彼は今まで病院へ車で通っていたのが、バスかタクシーでなくては通院できなくなった。ところが、田舎から病院まで20キロ以上あるので、通院が困難になった。
 ひかり協会の規定では通院費用は特定の者(ひかり手当1.2級の者、健康管理費特1級の者、その他協会が認めたもの)以外の入退院にかかる交通費は片道運賃だけになっているのだ。(ひかり協会の職員の新幹線出張はグリーン車だそうだ)
 末期ガン患者は重症被害者と変わらないほど不自由な生活を強いられているが、どうして交通費を片道しか払わないのか理解に苦しむ。…(後略)…
コメント出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

【第3報】 128. 守らん会会員  2015年11月13日 09:08
 そうそう、大事なこと忘れとった。121より前のこと書かにゃー。
 末期ガンの彼のこと仮にAさんとしておくわ。ガン治療のため入退院を繰り返し金にこまっとった。Aさんは死亡したら香華料40万円が払われることを知って、ひかり協会に対してこの金を前払いのかたちで、払ってもらえないかともちかけた。ところが、「そんなことできない」と冷たい答えが帰ってきたというわけじゃ。それじゃ「なにか仕事さがしてくれ」というてもそれもしてもらえんかった。挙句の果て、「生活保護でももろうたらどうじゃ」ということになったのが、ことのはじまりじゃ。
 ひかり協会の「相談員制度」ちゅうのは、「みんなで生活保護をもらえば、森永はたすかる」というのがホンネのようじゃ。
コメント出典:
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1031481311.html

マスコミを直接取り込み始めた森永乳業、2012年より
原子力 ムラ御用記者(毎日新聞)スカウトの露骨

 以下はブログに寄せられた読者からの告発で判明した。
 森永乳業のCSR(企業の社会的責任)報告書に、毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏が、森永の企業姿勢を褒め称える形で参加している事例である。(2014年報告書本体25P参照 この状態は2012年から昨年2014年まで3年間にわたり続いた。)
https://www.morinagamilk.co.jp/corporate/csr/pdf/2014/morinaga2014.pdf

2012年から森永乳業に対して「メディアを取り込め」とアドバイス
 2012年には、彼は、第三者委員会メンバーに選ばれたことがそんなに嬉しかったのか、文中で「メディアを取り込め」としきりに連呼し、“メディアをステークホルダー(利害関係者)にすべき、メディアをもっと活用すべき”だと強調している。
https://www.morinagamilk.co.jp/corporate/csr/pdf/2012/morinaga2012.pdf (25p)

同年、原子力業界に対しても「消費者運動を制圧せよ」とアドバイス
 通常、記者が企業の販売促進活動に個人的に出演したり、他の媒体に投稿する場合は、社の許可がいるので、これは毎日新聞社中枢の意思表明と受けとられる。
 なお、このブログ記事を立てた直後から、毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏の言動を暴露するコメントが多数寄せられている。この小島氏は、3.11の原発事故の翌年2012年に発行された原子力学会誌への寄稿文で、同じ新聞記者を「反文明的気質」人種だと誹謗中傷し、「消費者運動をねじ伏せる」コツを「原子力ムラ」へ露骨に教示し、煽りまくっている。

「日本乳業協会」の理事に就任
http://www.aesj.or.jp/atomos/tachiyomi/2012-12mokuji.pdf (4-5p)
 まさに不正な国家権力に阿諛追従する「御用記者」の名にふさわしい。この御用記者が、2012年、時を同じくして森永乳業にスカウトされ、3年にわたって重用され、森永乳業の「太鼓持ち」と化した。
 そして彼は、滑稽なことに非常勤ながら「日本乳業協会」の理事を務めている。(任期:平成26年5月16日~平成28年5月総会日)会長は明治、森永は副会長。(11月11日通報受領、確認)
http://nyukyou.jp/executive/index.html
 一部メディア関係者の余りに愚かしい姿であり、このような人物をスカウトした森永乳業の現体質もまた、より鮮明となった。

まとめると…
 毎日新聞社 生活報道部 編集委員・小島正美氏は、東京電力福島第一原子力発電所事故の世界的衝撃も覚めやらぬ2012年に、いち早く原子力ムラに対して「マスコミを取り込むテクニック」と「消費者の動きを果敢なアクションで制圧する思想」を進言し、同じ年から、森永乳業にも「マスコミを取り込め」と進言を始めた。その挙句、「乳業協会」理事におさまった。
 実にわかり易い構図を示してくれた人間だ。
 他のマスコミの方は、このような原子力ムラや森永に飼われた人間の動きに、くれぐれもご注意を。

あるクリスチャンからの言葉。
出典:http://unidosconelpapa.blogspot.jp/2013/09/blog-post_5247.html
「教皇フランシスコいろいろ」9月3日(火)聖グレゴリオ一世教皇教会博士(記)

…(前略)…イエスの光は「イベントのものすごいアトラクションのようなものではありません。それは心にやってくる光なのです」。けれど、「しばしば悪魔は光の天使を装ってやってくることも確かです。悪魔はイエスのまねをし、よいふりをし、穏やかにわたしたちに語りかけます。ちょうどイエスに断食の後、砂漠で語りかけたようにやるのです」。ここに、主に「いつイエスがわたしたちに光を与え、またいつまさに光の天使を装って悪魔が働いているのかを知るために、識別の知恵」を求めなければならない所以があるのである。
…(中略)…
 「光の中で生活していると信じながら闇の中にいて、しかもそのことに気づかないでいることが、わりとあります。イエスがわたしたちにもたらす光はどういうものでしょうか?イエスの光を知ることはできます。なぜなら、それはへりくだったつつましやかな光だからです。強引に押し付けてくる光ではありません。へりくだっているのです。それはおとなしさの力で穏やかにしてくれる光です。心に語る光であると同時に、あなたに十字架を差し出す光でもあります。もしわたしたちが心の中の光において素直な人間であるならば、心の中でイエスの声を感じ、恐れることなく十字架を見ることになります。それが、イエスの光です」。

 けれど一方で、もし「鼻高になる」ようにする光、「他の人を上から目線で見、他者を見下し、傲慢にするようにと導く」光が来たならば、それはイエスの光ではありません。それは悪魔の光、イエスや
光の天使を装った悪魔の光です」。

<了>

【参考資料】--------------------------------------------------------------
森永事件解説ポスター
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
能瀬英太郎氏のルポルタージュ
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-report.pdf
 出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bookmotomeruyuusi.htm
森永告発刊 『砒素ミルク』シリーズ
第1巻 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk1-1pdf.PDF
     http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk1-2pdf.PDF
第2巻 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-1pdf.PDF
     http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-hisomilk2-2pdf.PDF
 書庫:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm
未だ横行する森永乳業によるウソとプロパガンダ
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm
被害者が基金告発
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm
民主集中制という麻薬的党派性向
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-minsyusyuucyuusei-no-uso.htm
中坊公平氏とそれに続く言説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
市民の批判をヒボウ中傷で攻撃する被害者団体を告訴し、勝訴
第三回準備書面で言論弾圧体質の一端を公表
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen3-pdf.pdf
書庫 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm

MC、ML印からの砒素中毒被害者を闇に葬ったまま?!
「救済」は記憶の薄れた国民をだますプロパガンダか!

http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1034015475.html#comments
「いじめと差別が蔓延する日本~公益財団法人「ひかり協会」の複数職員による差別暴言の記録」
の記事に関して、以下二通の情報がコメント欄に寄せられた。

1.
6月22日の朝日新聞、【キーワード】にはヒ素ミルク製造は森永乳業徳島工場とかいてありますが、これはすこしあやしくなってきました。というのは1973年6月3日付の同紙には「MC、ML印の患者7府県から28人も報告」とあります。記事中にはMC患者のうち5人が登録患者になっていると報道されているからです。MC(平塚工場製)、ML(長野工場製)で両工場はβミルクを製造していました。朝日新聞は、自社の報道と矛盾することを平気で書いていることをどう釈明するのでしょうか。
(記録マニアさん 2015年07月31日 11:10 指摘投稿)


2.
1973年6月2日の毎日新聞記事によると「被害児の認定に新事実 会社の作った患者名簿にMCの18人掲載」とあるよ。MCを長男に飲ませていた黒田耕司さんの話 「黒田さんは18人で神戸市ベータドライミルク中毒者同盟を発足、会社と交渉してそれぞれ治療費や〝見舞金〟を受け取り、全員症状が軽かったこともあり、同盟は二カ月ほどで自然解散した」と語っている。(略)森永はMCによる患者を認めていないのに、(略)昨年各家庭を回り、その後の容体を問い合わせていることがわかった。(後略)
(記録より記憶さん 2015年08月06日 11:03 指摘投稿)

3.
当ブログ側で提供情報を精査した結果、以上2点の指摘は、すべて事実であるとの裏づけがとれたので、記事として立てることにした。今年は、事件発生60周年という節目の年。「国民の生命財産の安全」を声高にする国、及び、権力監視機能を発揮すべきメディア、その両者が追跡すべき重大な事案であると考える。
マスコミ関係者におかれては、被害が全て「徳島工場製」に限定されているかのような表現には、ご注意いただきたい。

参考資料:1970年代以降、森永乳業が被害者団体を腐敗させたのち、
再度、被害者へ開始している政治弾圧↓

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

追記: 森永乳業株式会社殿:
釈明等受け付ける。その際、透明性を担保するため、当ブログコメント欄へ社名・連絡先及び担当者氏名明記の上、書き込みされたし。

(11月3日時点で全く対応なし)

以上

NHK ETV特集
【アンコール】薬禍の歳月

~サリドマイド事件・50年~

ETV特集・選「薬禍の歳月~サリドマイド事件50年~」 .  
2月28日(土)午前0時00分~午前1時30分 
7月11日(土)午後3時00分~午後4時30分  NHKオンデマンドで配信中
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2015/0221.html

日本の薬害事件の嚆矢(こうし)とされる「サリドマイド事件」。安全と宣伝された薬を飲んだ母親から、重い奇形を背負った子どもが次々と生まれた。その責任を国と企業に問うた裁判は、因果関係を巡って10年ものあいだ争った末、和解に終わった。それから40年。裁判を闘った親達の多くはこの世を去り、当時、子どもだった被害者の平均年齢は50歳を超えた。事件は何をもたらしたのか、そして、被害者は、薬害を背負った人生をどう生きたのか。今、被害者みずからの手によって、その問い直しが始まろうとしている。去年6月、サリドマイド被害者を対象にした国による実態調査の結果が公表された。最新の医療機器を使った検診や、聞き取り調査などによって浮かび上がったのは、これまで知られてこなかった多様な障害の数々だった。外形的な奇形に留まらない内臓や骨、血管などの奇形、障害を補うための無理な体の使用による二次障害。40年前には想像だにしなかった被害の発生が裏付けられたのである。
番組は、最新の調査報告で裏付けられたサリドマイド被害の実態を報告。事件に再び向き合い始めた被害者らの姿を見つめながら、半世紀を経ていまなお続く「薬禍の歳月」を描く。

語り:渡邊佐和子アナウンサー
(内容89分)

40年後の被害を明らかにしたサリドマイド被害者の取り組み。
一方で40歳(年)以降の症状は「ヒ素ミルクと関係なし」とし、「加害企業に感謝する被害者」を喧伝しながら、被害の過少評価にひた走る某「救済基金」の姿は対照的かつ陰惨だ。

いじめを訴えて自殺した岩手県の中学2年生
村松亮君の死から1週間がたつ。

 12日父親が警察に被害届けを出した。メディアは学校の教師を主に叩いているが、なぜいじめた側が迅速に特定され、それらが批判されないのかが不審である。
 いじめを告発した生徒が、この学校の学年主任から2回にわたり呼び出され「余計なことを言うな」と詰問されたという。これは本当か? 真偽のほどはよくわからないが、岡山市での体罰事件もしかり、「よくわからないまま」闇に葬られていく現実をしばしば目にする。
 多くの教育現場は教職員の懸命な努力でしっかり運営されている。だが、いったん歯止めがなくなると、どこまでいくのか?
 以下もその事例だが、正義はほとんどの場合実現されない現実を示すことになるのか。森永ヒ素ミルク中毒事件史を改ざんする者は、同時に、このような差別行為を「弁護士会が不問にふした」と書き、なんら問題ないとして、その隠された本音をウィキペディアに書き連ねている。


岡山市在住の重症被害者女性Yさんに対する
公益財団法人ひかり協会職員Aさん・Mさんの暴言
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf

Aさん(ひかり協会職員)が
 「これから先、ひかり協会に何を望むか、あったら参考のため聞かして欲しい、どんな考えか」 (と言うので)
私〔被害者Yさん)が
「いつまでも、こんなことばっかりイヤなので、森永から直接もらえるようにして欲しい」とちょっと不足を言った。
 
Aさん(ひかり協会職員)が怒って
「皆で決めたこと決定しているのに、なにゅ~言う!頭わり~んか!そんなことできるわけない、やれるわけない、誰のおかげで、ここまでなっとる何んもわかっとらん」

「ひとが遠慮して下手に出、フンフンと黙って聞いとるといい気になって誰も回りにおらなんだら手が出とる。頭の程度どのくらいか、頭を割って脳の中見てみたい。アイキューなんぼある言ってごらん! 答えれんの! あんたがここへ何をした、何にも一人でようするもんか。できもせんはず、何が気に入らんのか、何が不満か! 不自由な体をもっと動かんようにしたろか……。あんた一人くらいおってもおらんでも困らん。気に入らんのんなら、ひかり協会から脱退し離れて関係ないようにしたら、辞めてしまえ! 親がおらんようになったら分かる。どうこう言うてもお金はいる……、辞めれん、女は単純、月日が経ったら忘れる、怒るんはその時だけ」 

と言われた。

平成6年12月8日(木)食べ物のアンケートで自宅に来た日 
Mさん(ひかり協会職員)が
「事務所に出てくる人は皆それぞれそれなりにやりょうります。程度が低いから~たいへんです。明子さんもどの程度かな~」 

「親は頼りにならんようになるのに、みよ~たらわかるじゃろ。明子さん医者嫌い、そんなことばかりは聞いとれん!自分勝手はさせない、いつまでも言わしゃ~せんよ!自分の思うようになると思うとったら間違い、40にもなって。森永と「ひかり」は切っても切れん、団結しとかんと森永が違う方へ向かんようにちゃんとしとかんと」

「どうしても言うことを聞けんのなら、自分の思うようにしたら、私には関係ないよ。調子が悪うても一応は文句いう、こっちの言うようにしとったらええのに。悪いようにはせんのに、昔の古いこと、たいしたことない小さいこと、いつまでも根にもっとんじゃ~!何かに狙われたら…おそろしい!患者、被害者の親が頼む、頼む。皆、職員をたよっとんのに、頼るようにしとるのにあんた一人変わったことを言う」

「一人では生きていけんのんじゃから人の世話にならんといけんのじゃろ。あんたに何ができるん、社会に出たらうけいれてくれると思うとん!相手にされんよ普通じゃあないのに、障害がある、悪いのに!こっちの事聞けんのなら」

「親に何かあった場合、本人が困るから事務所の方へ言いに来ても誰も相手にせん! しらんぷりする、される、助けない、泣くのは自分! こういうふうに注意するのも最後になる。明子さんと言わんようになる」

「両親そろっている時はいいけど、一人欠け、二人ともおらんようになった時兄姉がいつまでもめんどうみれんから、悪いけど施設へいってくれんかと言われるよ。 あんたに何が出来るん、役立たんのなら死ねぇ~ 、おらんでもええわ。あ~あ、死んでもろうたんじゃあ金が出んしな~ 。」

(出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kyoukaisyokuin-sabetubougen-03.pdf )

「被害を消したい者」が示す下劣な差別意識
 Yさんはこの事実を9年近くの長期にわたって1人で抱え込んでいた。Yさん家族が、2003年ごろ、救済の現状を批判するボランティアNさんの活動を知り、Nさんに連絡をして助けを求めた。Yさん家族はボランティアNさんの助力を得て、弁護士会が運営する人権擁護委員会に救済申立てをした。
 だが、人権擁護委員会の判断は、少なくとも未だにボランティアNさんには知らされていないままである。

 そして、ウィキペディアの森永ヒ素ミルク中毒事件を延々と改ざんし続けるものは、上記の発言が弁護士会で審査されたという事実の最後に、自慢げに、こう付け加えた。「だが結果は申し立て棄却」

 さしあたり最も危機感を持つべき団体は、日本弁護士連合会(日弁連)だろう。

反省まったくなし【以下、ウィキペディア2015.7.13現在の最新版】
 「また、重症被害者の親によって「守る会」「ひかり協会」を相手取って人権救済の訴えが提起されている[6]だが結果は申し立て棄却 
 上掲の差別発言を正当化したい人間が、同時に、被害者をして森永に感謝させ、被害は過去のものとしたいという目的を持っていることが露骨にわかる。本音では全く反省が無い。(それは別の例でもわかる)戦前の特高警察かKGBの検閲さながらの細かい添削をしている。ウィキペディアは、もはや支離滅裂の内容と化しているが、同時に、イデオロギー集団の「本音の証明書」と化している。その背後に居て糸を引く者が何かは、もはや言わずもがなだ。

 〔6〕2003年6月24日の岡山県における人権救済申し立て事件(岡弁庶第33-1号)及び、2003年7月8日の広島県における人権救済申し立て事件(広弁第57号)2003年6月25日付読売新聞岡山版報道 
【資料】改善を求める家族へ異様な嫌がらせ


苦しむ親は過去形にして絶滅させる。
「森永に感謝せずは」→ “「ある」被害者家族だけ”
「事件終わらず監視必要」→“「一部」意見に過ぎず”と書換え
----以下は、ウィキペディア改ざんの途中経過-----
13現在
【上記改ざん(一部)内容のまとめ】 実に姑息な添削の連続…この作業を生業にしているヒマ人。

施設に送られた被害者 
改ざん入所している被害者

今もなお精神的に苦しんでいる被害者の親 
改ざん→精神的に苦しん被害者の親

ほとんどの被害者が森永に感謝している事実はない
改ざん→森永に感謝している事実はないとある被害者家族は指摘している(確認書締結依然-ママ-)

「森永事件はまだ終わっていない」との意見がある
改ざん一部には「森永事件はおわっていない」との意見がある 
(「森永事件は終わった」と主張したい願望)

人権救済申し立て事件
改ざん→人権救済申し立て事件「だが結果は申し立て棄却」
【事実】弁護士会が判断そのものを「避けた」。
                                               
名誉毀損の損害賠償 
改ざん岡山地裁はその主張を一部認めた
【事実】裁判所は被告機関紙の内容が全て虚偽であることを指摘、あまりにひどい虚偽記載例を一部取り上げて、名誉毀損の有罪判決 → 損害賠償支払い命令

【資料】
■意見言うと暴言浴びせられる被害者
■意見言うと監視される被害者家族1
■意見言うと監視される被害者家族2
■異なる意見を発表してはダメと公言する組織

2012年のウイキぺディア大量改ざん事件
 ↑繰り返されている。↓
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf

森永ヒ素ミルク中毒・被害者への支配構図、米国でコピー登場 -投稿-
【参考】NHK BSドキュメンタリー「シリーズ真実を求めて シェールガス開発がもたらすもの」2015.3.10放映

オバマ大統領が「米国の今後百年間のエネルギー消費をまかなう(実際は根拠薄弱)」と、はしゃいで見せたシェールガス。 「地下に埋蔵されたガス田から、60年間のノウハウが蓄積された…」と科学者が口をそろえて「安全宣言」を出す工法で採掘されているらしい。
だが、実際は「蓄積」どころか、ころころと変わり、安全性が不明な「新工法=水圧破砕」が実施されている。
今では、有毒な化学物質を莫大な規模で地中に注入する極めて危険な技術を実行。その際、化学物質が地下水を汚染したり、気化した有毒ガスが地上に噴出したりして、周辺住民の飲料水や、空気を汚染する。住民の水道の蛇口からは「真っ黒な水」が出る。コップに貯めると土色ではない「ブラック」の泥濘状のものがたっぷり混ざっている。汚染物質の中には、有史以来もっとも発ガン性の高い化学物質も含まれ、産業廃棄物は化学式が不明なほど異様なものだ。

「真っ黒な水」に「安全宣言」が出されるワケ

で、ここからが、問題だ。
汚染され健康被害を受けた住民が最初に訴える先は、だいたい原因企業。すると、まず汚染元の原因企業がやってきて、生活環境改善のためのきれいな水を貯めるタンクなどの設備を与える。つまり原因企業が、“それは大変だね私たちが対策をしてあげよう” と 「被害救済の措置を講ずる」のだ。
その際、住民は「相互秘密保持契約」という書面にサインを求められる。目先の「救済策」に安堵した多くの住民が契約書にサインしてしまう。
ところが、この契約には、「あなたは救済を受けるのだから今後一切、外部には被害の実態を話したり企業の告発をしたりしません」という「双務的義務」を被害住民の側に背負わせる内容が盛り込まれている。
南ア在住の女性ディレクターは、告発をした被害者を訪ねて、はるばる米国へと飛ぶ。だが告発者は現地から行方不明。電話をすると「その件には一切答えられない」「少なくともいえることはわたしの人生が変わってしまった、ということ」…それっきりだ。
黙らない被害者へ原因企業から支給される「補償金」が「口封じ」の機能を発揮していることがわかる。「救済資金」は加害・被害の両者の関係性が変質すると「被害者への買収機能」を発揮するというわかりやすい事例だ。

こうなると、メディアの報道も激減し、自治体も、形式ばかりだった中立性を失い企業側へシフトし、国立の環境保護局などは、「水道の蛇口から出る真っ黒の水」を飲んでも大丈夫だ、と意味不明のお墨付きを与える。住民は仕方なく飲むと、髪が抜けるなどの健康被害が出る。小さな少女は「黒いお水のお風呂に入って…」とボソボソと歌っている。

こうやって外堀を埋めることに成功した原因企業は、一転、「飲料水に安全宣言が出た」などと言って、タンクなどの設備を強引に持ち帰り、当初の救済策を絞り始める。

「救済策」で被害者を囲い込み、言論統制で支配
つまり「救済」を実際にやってみせて、その代わりに、原因企業へ「感謝」をもとめ、それを態度で示せといわんばかりに「会社への憤りや告発を封殺させる」。被害者を黙らせることで、その後に世論を抑え、抑えられた世論状況を背景に、あらゆるセクターを企業側に取り込んで、被害者救済策をじわじわと絞っていく。これを契約で縛りながら延々と「モグラ叩き」よろしく続けていくわけだ。実によく出来た一見合法的なシステムだが、憲法裁判所で徹底的に争われれば、たぶん原因企業は罰を受ける。だが、そのような骨のある住民を生み出さず、「何らかの補償をしてくれる原因企業には感謝しろ」という奴隷精神で管理することが、このシステムの第一目的であり、それは当分の間効果を発揮する。その間に、「時効」を稼ぐという戦術だろう。

どの国でも、被害者への各個撃破対策はあるし、保険数理に基づいた確信犯的なリコール隠しなどは米国のお家芸で、時々懲罰的損害賠償の対象になってきた。だが、このような手の込んだ形、被害者への「救済」のスローガンによる「囲い込み」方式は新しい。米国企業が、まさか、森永ヒ素ミルク中毒事件の支配方式を輸入した、とは思いたくないが、「“救済事業” を披瀝しつつ原因企業へ感謝を要求し、 “双務的協力関係”の“ワナ”に被害者を誘い込み、被害者の言論を封殺して原因企業の免罪を図る」という手法は全く同じだ。

これを党派的手法で実行しているのが現在の森永ヒ素ミルク中毒事件の「被害救済」の構図であり、契約で縛りながら実行しているのがアメリカだろう。どちらにしても、わずかな金や施策で被害者の頬をはたいて、「この金がほしいだろう、それなら俺たちの言う事を聞け」と、説教と刷り込みを続けた結果、その通りに被害者がコントロールされている姿だ。

「救済対策」の中身や体質を吟味せず「 “救済” してやっているんだから被害者は感謝しろ、そして周りは黙っていろ」というプロパガンダで、翼賛メディアや自治体を生み出し続ける。最後は被害の実相を世論の前から消し去り、抹殺できる仕掛けだ。「恒久的な救済」ではなく「恒久的な拘束・管理」だ。

番組ディレクターは、この構図についてコメントを試みようとして、言葉を失う。
「この代償は私たちみんなに降りかかってくる」…こう締めくくる姿をみて、
彼女のいいようの無い深い憤りと哀しみを感じた。


⇒関連記事 
⇒関連記事 
⇒関連記事  (ウィキペディア改ざんの現状)

---関テレ番組の恐るべき内容については以下アドレスからPDFがダウンロードできる。PDFが見れない方のために、放送番組内容の問題が指摘された部分のテキストを紹介する--
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
「ドキュメント」と自称しつつ
嘘を並べた番組で「ギャラクシー賞」に応募し、受賞…。

「 2007年1月に「発掘!あるある大辞典」の「データ捏造やらせ問題」が暴露された関西テレビは、その年、2007年の年末に「ザ・ドキュメント恩讐のかなた森永ひ素ミルク事件52年目の訪問」という番組を放映した。
 その番組内容は酷いが、事件の背景を知らない視聴者にはなんとなく感動的に映り、事件を良く知っている視聴者には驚愕モノという巧妙な仕上がりだ。現被害者団体や、故・中坊公平氏、森永乳業が登場する。
 そして、森永乳業幹部が事件を「青天のヘキレキ」とうそぶき、“補償には上限があり行政サービスが中心になる“と字幕まで入れ、森永乳業が誓約を反故にできる珍説を強調する。極めつけは、被害者を登場させ、「(もった障害が)ミルク中毒でよかった」と“誰かに感謝”させるシーンだ。
 被害者が何を発言しようが自由であるが、テレビ局がどの発言を切り取るかは、編集方針という局の意志そのものである。ここでは、被害者をして感謝の対象にさせているのが現被害者団体か森永乳業かは巧妙に曖昧にされている。前者団体は、働けない重度被害者のことを、法廷提出の公文書で「働かない被害者」と書き、異論を言う被害者には恫喝と排除を行っている。

「被害者からの“感謝”(?)の証拠」として使い廻される番組
 最近、被害者団体は、能瀬訴訟の公判で、この番組を “被害者が被告に感謝している証拠” という趣旨で提出した。この番組に電話で抗議をした市民によると、担当ディレクターはおおよそ以下のような要旨の発言をしたらしい。

  視聴者: あの番組はひどい。ナレーターが  “救済には制限がある”  と
       言っているが事実とは違う。過去の歴史を調べたのですか?
  局:   いや、それはしてません…(中略)…
  視聴者: もしジャーナリストなら、事実を批判的にとらえないと、
       森永の宣伝をやるだけになるんじゃないですか?
  局:   私はジャーナリストではありません

 このようなやり取りを経た後も、同局は、「番組では、軽度の被害者が重度の被害者を助け合う守る会やひかり協会の事業に関わる人間同士の関わりから、生きるとは何か、人間の尊厳とは何かを問い続けます」と5年前の番組の自画自賛をネット上に掲載し続けている。
 更にこの番組は「ギャラクシー賞」を受賞した。審査はもっと厳正にしてほしいものである。

市民からの批判を黙殺した同局・番組審議会。
 同局の番組審議会ページ・ウエブ版では、同「ドキュメンタリー」について、「現状を肯定して、これからの人生を考えるという意味では、『ミルク中毒でよかった』、『運命として受け取っている』という言葉は恐らく自然に出てきた言葉だろうと思う。」(関西テレビ番組審議会No.491 2007.12.13)などという不審な意見が掲載されている。
 言い訳にもなってないばかりか、被害者への上から目線や、ヒトゴト感覚を前提・利用して構成されたかのようにも見えてしまう。

主客転倒の嘘で、救済策の大幅後退を糊塗
 番組は、森永乳業が事件当時にも被害者団体を怒らせ、この企業がその後、常套句として使いまわしている「晴天の霹靂」を番組で再度復活させ、森永に「検診を続けておけば被害の拡散は防げた」と白々しくヒトゴトのように言わせて歴史を大きく偽造している。そして、一転、「森永憎しの親の思いは封印」と勝手に親の気持ちを決め付け、「森永に恨みはない」「(持った障害が)ミルク中毒でよかった」とご丁寧にテロップまで流す。その後、なんだかんだとストーリーを展開しつつ、「森永の補償に上限があり行政サービスを活用し、その上でひかり協会からお金を出すシステムです。」とか「行政だけでは足りない部分を、ひかり協会が支援します」と主客転倒・嘘八百のびっくりナレーションで、しっかりトドメを刺す。
(※救済策の大幅後退一覧表↓画像ダウンロード可能 出典「森永ヒ素ミルク中毒事件 発生から50年 被害者救済事業の実施状況-pdf版フリー」 能瀬英太郎著/ちなみに同氏は、このような告発がもとで、現被害者団体の機関紙から嘘のヒボウ中傷を受けた。能瀬氏は、現被害者団体を名誉毀損で告訴。裁判所は被告の記事が事実と異なる事を認め、現被害者団体に有罪判決を下し、確定した。能瀬訴訟一審1控訴審勝訴確定2 この番組は、被害者の親やそれを助ける能瀬氏らが内部告発を開始した時期より、かなり後に制作されているし、その批判を知る機会がなかったとは到底いえない。それともディレクターは2007年時点では新聞という媒体やインターネットという媒体の存在を知らなかったと言うつもりだろうか。いずれにしても、当事者を含めた市民からの批判を検証した形跡は全く見られない)


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被害者を見世物にしながらのプロパガンダ
 被害者の生活を情緒的に紹介した上で、視聴者に偽装された内容を信じさせる方向へ心的に誘導するという、高度な詭弁論の手法である。これこそ被害者を見世物にしながら「観衆」を特定の政治目的に誘導する確信的なプロパガンダの手法だ」

------以上引用終わり(若干加筆有り)-----


なお、この手の込んだプロパガンダがどのように計画されたかは、大いに興味有るところである。


【参考資料1】出典:雑誌『週刊現代』 2014.2.22発売号
政界に野心あり過ぎの森永と安部政権




















【参考資料2】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
戦後初の御用学者 出典:森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
【参考資料3】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm
yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken





















【参考資料4】出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm
中坊公平氏の拡散した言説(被害者の尊厳を毀損する言説)



























【参考資料5】
森永乳業顧問が最近になって流し始めた大きな嘘
森永乳業は事件後も、さらには救済合意後も被害者団体への露骨な政治的介入をやめないばかりか、篭絡しつくし、今もって自身の企業犯罪の隠蔽と歴史の歪曲を続けている。これは同社の資金拠出を完全に無意味化するほどの継続的な人格権への毀損行為である。
出典:http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm
出典:http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/3019264.html
森永乳業が継続的に続けている歴史偽造のプロパガンダ



























同社は納税額の圧縮に「救済資金」を利用している

 森永乳業の有価証券報告書を一瞥しただけでも、同社は、「ひかり協会」への拠出金を、税引き前利益から損金勘定で差っぴいている。この財務処理を国は森永に認めている。
 つまり「ひかり協会」への支出金は、売り上げを5千億円前後にまで回復し、十分に息を吹き返した森永乳業の納税額を引き下げる「節税」効果を果たしている。同社がそのような位置づけで「ひかり協会」への資金拠出を取り扱っていることにも、マスコミ関係者はもっと注意を払うべきだろう。

「869人なお症状」… んなわけない。
すでに1170人以上が死亡している。
 本日、朝日新聞/朝刊/社会面トップに「森永ヒ素ミルク事件から60年」との記事が掲載された。 http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150621002069.html
 「60年 896人なお症状」 これが事実上のメインタイトルだ。事件の実相を知らされなければ、なにも問題を感じないタイトルだろう。事件をよく知る各方面から疑問が呈されているので、この場で、以下10点についてこの記事への疑問を指摘しておきたい。
             ※厚労省、2013年まで隠蔽   
                  厚労省、被害者名簿紛失事件【資料館声明

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 「管理代行」という狡猾な貧困ビジネス/被害者支配の手法…
被害者・犠牲者の尊厳を毀損する行為…に無頓着の愚

はじめに 
 この記事は「窓口取材」だけで構成された極めて低質なものだ。その取材先が、人権侵害が指摘されている「現・被害者団体」「基金」だけ。それは、わかる人間にはわかる。まるでウィキの引き写しのレベル。イマドキ高校生のレポートでもためらわれるような人権意識の欠落した側からの情報提供に基づく記事だ。むしろ「鵜呑み」したのだと思わせ、実はかなり事前に計画した感がアリアリの企画でもある。
 かつて現・被害者団体が、団体の見解に批判者の意見を同時掲載したことをもって地方紙記者を大阪事務所に呼びつけて室内で恫喝し、ちょうど1ヵ月後に同団体のちょうちん記事を書かせた事件があった。(この団体に有罪判決が下った名誉毀損裁判で証拠提出済み 学者への恫喝、記者への恫喝、親への監視、 P3-P4- まるで秘密警察だ)
 今やほとんどのマスコミが真似さえしたがらないその団体が鼓吹する言説の二番煎じを、今回、朝日新聞が堂々とやったわけである。もちろん精緻な裏づけや傍証への検証、異論の精査をした形跡はみられない。明白な嘘だと指摘されないように細かく工夫されているが、肝心なことを書かずに事件の本質をあいまい化するあざとい手法である。背景に企業の長年の画策があることも押して知るべしだ。ようは人間としての良心の問題だ。




  1. 見出しで896人にしか症状がないかのような誤った印象を世間に流している
    本文にはこの896人は肢体障害と知的障害とちゃっかり限定されているが、
    それ以外は症状とは言わないのか?それ以外の症状は症状といわないつもりか?
    1500人が様々な症状で苦しんでいるかもしれない、3000人に何らかの症状があるかもしれない、いや5000人が自らの何らかの症状に怯えているかもしれないが、我慢しているだけかもしれない…
    …そういう想像力がわかないのだろうか?「869人」で読者にちょっとばかり涙させればそれで良いのか?
    それとも13440人の認定被害者と書き、割り算をさせ、症状をもつ者が6%以下だと国民に印象付けたい者の代行をしたいのか?そういう者たちは、無内容な「調査」結果を事件の本質に疎いメディアに流し、「状況の安定化」をしきりにアピールしてきた。

    公害被害者の痛み、深刻な被差別状況への基本認識があるのか?

    ・そもそも世間からのあらゆる種類の差別を恐れ、自身の症状を会社にも同団体にも知らせない被害者が多数いることぐらいわからないのか?。
    ・そもそも被害者団体の差別的対応を嫌悪して被害者が近寄らないという現実がわからないか?
    ・そもそも一定年齢以降の被害者に露出した症状は後遺症と認めないという方針で後遺症認定がなされていない、という外部からの指摘を精査したか?
    ・「症状有り896人」は死亡に伴って減少の一途を辿るだけの固定的な数字として扱われている点に何の疑問も、持たないのか?
  2. 事件の発生要因に関して「製造工程であやまってヒ素が入った」とゴマカシている
    事件要因が意図的にあいまい化されている。事件を再考する記事なら、同事件の要因くらい詳細に知らせるべきだろう。国民に何の教訓を伝えたいのか? 「被害者に対して、加害企業森永に感謝を要求し」言論弾圧さえ続けてきた、この現・被害者団体の事業広報を代行したいだけなのか?
    それが犠牲者への弔いと、企業犯罪再発防止への教訓になると思うのか?
  3. 「増える単身者への支援」を同団体が真剣に取り組んでいると書く、が
    形式的な相談員さえ撤退させ、被害者を孤立させ、施設入所を家族に仕方なく決断させる仕掛けを陰につくっているとする指摘がある。ジャーナリストならそういう深層をこそ調査取材すべきではないか?
  4. 森永から近年17億支出と書くが、減額され6割程度しか被害者に届いていない
    という指摘をどう認識しているのか?森永が20年間に亘り行った非人道の行い、そして未だに事件の真相を隠そうとメディアを通じて画策している事実をそっくり歴史認識から抹消することで実質森永の悪質な政治的意図にそった展開になっているとは思わないのか?
  5. 「補償に上限があり、今後は行政からの支援が中心となる」という、事実と異なる言説
    を同団体が「関西テレビ」などと一緒にたれ流し、救済が当初の恒久救済対策案とは別物となり、専従者の地位保全と引き換えに犠牲にされる貧困救済だと批判されている現実を問題視しないのか?http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf
  6. より重症化した被害者への給付を逆に減額するという同団体の差別的取り扱い
    には疑問を持たないのか?
    国の障害者年金が重症者では増額されることを利用しつつ下駄履きさせ、重症化すると「同基金からの支給額を減額し」国年金との「 “合計” 手取り額を10万」程度で我慢させる仕掛け。「それを働かない被害者に多額を支給すると他から文句がでるから」などと公言しつつ合理化する同団体のやり方に疑問も持たないのか?
  7. 6. の横行、1級と2級の頭切りの背景に「障害者は生かさず殺さず管理する」という思想
    根深く確信犯的な差別意識と差別行為があると思わないか?【参考資料 過去の被害者家族の訴訟】http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-sosyou.htm
  8. 批判する被害者やその家族をヒボウ中傷し組織から追放していく(既にしきった)
    といったスターリン主義的運営手法が裁判等でも問題にされ、市民への誹謗中傷行為で有罪判決も受けている現・被害者団体への窓口取材で公序良俗を満たしているといえるか?
  9. 「事件史の捏造・歪曲を続け、被害者への陰湿な管理支配を続けている」ところの取材対象団体の差別体質は、問題視しないということか?記事化にあたり最低限の調査でもわかるし、すでに記者は十分に知っているはずである。   
  10. 記者の資質・姿勢の問題
    被害と加害の実相に迫り、後世に戒めとして伝えたいのか、それとも情緒的記事で安直に紙面を飾りたいだけなのか?

ひとことでまとめると、
「美辞麗句の裏で行われる差別を許していいのか?!」
ということだ。

以上

「森永(加害企業)さんと被害者は1973年以来ずっと協力関係です」…なに?それ!
 これがウィキペディア(Wikipedia)日本版「森永ヒ素ミルク中毒事件」を3年にわたり改ざんし続けている者の最新の加筆内容だ。「公害被害者は “お金を恵んで下さる“(加害)企業さんに感謝し協力せよ!」…ホンネはコレだ。(ちなみに記述の後にいきなり登場するのが、「被害者は加害者に今は感謝している」なる言説を全国に拡散した例の中坊公平氏である。)

 この改ざん者は、「両者は(対立関係から)1973年以降協力関係に変化した」と、この1行を書くために異常な神経を払っている。「対立」「協力」…企業犯罪におけるこの二項対立表現の無意味さと短絡性を敢えて悪用している。更には「加害企業に感謝している」を「協力関係」や「森永はよくやってくれている」や、以下の引用のように「責任を果たしている」に言い方を変えているだけで、同じ印象を醸成させるフレーズを飽きるほどリピートしている。しかもこの会が全被害者を代表しているわけでもない。(事件要因部分もだいぶ手が込んできたが、企業側の悪質性を過少評価させる努力が痛々しいほどで、本質的な偽装や誤認は変わらずだ。)
-----------------------以下ウイキ引用-------------------------
「事実、森永は15年前(=事件が起きた1955年のこと)にも、そのような人を利用して、事件をヤミに葬る手段に使いました。曰く『森永の処置に十分満足している』『森永に感謝している人が沢山いる』『騒いでいるのは一部の人たちだけである』と」。これが1973年の確認書締結以前の状態であった。
1973年確認書締結後は、「森永は責任を果たしている」というのが「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の評価である。
---------------------以上引用終了-------------------------
 賢明な人間には幼稚な作為がミエミエだ。まるで「被害者と加害企業との緊張関係などこの世に存在しない」「パッピーエンド&パラダイスが40年以上続いている」と言いたげである。こんな輩が「公害なんて過去のこと」という観念を鼓吹する一方、「被害者は現状に満足している」とする姿をしきりに各方面に売り込む。えげつない貧困ビジネスの正体だ。文章改ざんなどでは済まされない悪事である。

「刑事企業犯罪」を「労使協調関係」にスリかえるレトリック
 「協力関係」のフレーズで、改ざん者が何を意図しているのかは、2012年の改ざん事件でも明瞭だ。この改ざん者は、「協力関係」が「双務的」印象をもつ言語であり、「被害者も加害者に協力すべきだ、或いは、協力する必要がある」という政治的かつ精神的要求/強制が織りこまれている事を知っている。この短い言語を入れ込むために長年ウィキペディアをいじくりまわしているのだ。これを無意識に読んだ読者の中にどんな心象を形成するか、或いは被害者集団にどんな心的強制力を与えるかを「十分に計算した上」で、「渾身の一語」として加筆している。「協力関係」が刷り込まれると自身の正体=「癒着」も合理化できると改ざん者が期待している姿アリアリだ。
 産業公害で、加害企業が、事件発生はもとより、その後の20年間に亘り残酷な弾圧を徹底的に行った犯罪行為を「あたかも労使関係に例えることが可能であるかのような」スリかえをしている。この加筆者が30年以上、被害者を洗脳するために考え、実行し続けた結果のアイディアがこれだ。
 たが所詮この程度だ。会社で給与を得ながら仕事をしている日常(大方は双務的協力関係)と、企業犯罪を混同させようとしても、同じになるわけがない。大勢を騙せても、全員はだませない。それでも一般大衆を欺ければそれでいいという開き直りが見て取れる。常識で考えてもわかるイロハを言語のトリックで逆転させ、あたかも公害被害者が加害企業に対して何か協力の義務を負っているかのように印象を誘導する行い。質は悪いが、とり憑かれたようにプロパガンダを職業とする者の仕業である。

被害者救済運動の苦闘の歴史は事実上抹殺。これに狂喜する者は誰か?
 さらに、14年間の苦闘を1行未満で切って捨て、関心を持たせないようにしている。現状でも、被害者からの人権救済申立てでは罰を受けなかったとか、名誉毀損では一部だけ指摘されただけだったとか、係争の内容も削りまくり、14年目の訪問から、組織公認で開始し途中から変節して出版を葬り去ろうと出稿を停止して妨害した「20年史」が、何か説を唱えているかのようにねじまげバイアスをかける。変わらぬ姿勢だ。カネに屈服した人間が闘争の歴史を活字に残す事に猛烈に反対するのはよくあるケースだ。
 一方、森永告発の市民から裁判で訴えられて負けたからか、突然、森永告発=暴力集団という記述をやめた。当然だ。
 それ以外は、いまもって、どうやってごまかそうかと四苦八苦している小賢しい書きっぷりが露骨で笑止だ。もう、関係者は高齢化しているから「あとは死人に口なし」と安心しきっている姿だ。改ざん者の変わらぬ政治的姿勢がわかりやすい、異様かつハチャメチャなウイキと化している。
 もっとも、こんな輩のせいでウィキペディア改ざんは到るところで常態化し、ウイキ自身の弱点と信憑性の低さは、すでに識者には常識となっている。学生の講義レポートでも、ズルしてウイキをこっそり引用すると、ばれた場合大減点される。専門家領域ではウイキ参照など論外、即自滅だ。だが未だに安直に頼る人間もいるので、5年に一度くらいは指摘しておく必要があるだろう。

差別意識にまみれて被害者を管理する
 「被害者はカネをめぐんで下さる加害企業と今ではよろしくやっているんだ。だから文句言うな」「一般国民はよそ者」などという尾篭(ビロウ)なプロパガンダをさんざん展開してきたグループによって、延々と手を変え品を変えてウィキの改ざん行為が続き、巧妙化している。どうも被害者がこの世から死滅するまで生業として続けることにしているようだ。もはや、「恥も外聞もなく」これを(誰かさんからのカネで)「仕事」と割り切って実行している。
 森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、ウイキペディアの少なくとも「森永ヒ素ミルク中毒事件」に関しては、一面的な事実の断片を都合よく羅列しつつ、核心部分で来訪者の意識下にウソを刷り込む事で、被害者の人間としての尊厳を毀損するマインドコントロールを企図している点で「デジタル百科度」ゼロと判定した。       
   以下は5年前の「第一次改ざん行為」に限定したコメント。
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-jiken.htm  
   http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf
 資料館は今年2015年になって、ウイキ改ざん行為を以下のように指摘しなおした。

独裁国家も「日本発」のプロパガンダに御関心
---------------以下、引用開始------------------
 ちなみに2012年(段階でウィキペディアに掲載されていた)森永ヒ素ミルク中毒事件の歴史において、元・訴訟弁護団長の中坊公平氏が唯一個人名を伴って「救済者」としてウィキペディアに唐突に登場する記述の異様さには、もはや言葉が見つからない。
 これは、彼がみずから行った「積極的な」言動とそれに無批判に追随して未だ訂正の意志さえ見せない諸媒体の愚行の成果といえるものであろう。それは取り返しのつかない規模の歴史歪曲を既に社会の隅々にまで蔓延させた。
 「カネを “めぐんでもらっている“ 被害者は、むしろ加害企業に感謝すべきだ。これに文句いう被害者は、被害者全体の敵だ」という、日本が新開発しメディア総がかりで世界に流布した恥ずべき拝金主義+全体主義のプロパガンダは、社会的弱者をイデオロギーで管理支配し、市民社会の良識と分断し続け、歴史の痛みを闇に封じ込める巧妙な手口と化した。すでに某独裁国までが真似しようとして、逆に国民からの返り討ちにあっている。
 今後、このプロパガンダは、あらゆる方面で、もっとも弱い立場の人々・ケースに悪転用され、応用され続けるだろう。同時に、このプロパガンダが、今は亡き犠牲者への最高の冒涜になっていることは言わずもがなだ。
--------------以上、引用終わり------------------------
 「関西テレビ」も2007年の大うそ番組の放映から、未だにシラを切り続けたままだ。視聴者から嘘を正式に指摘されても開き直り、他方ドキュメンタリーのコンテストに応募し、ちゃっかり「ギャラクシー賞」なるものを頂いている。局自身が「ジャーナリストじゃありません」と公言しつつ応募するとは見上げた根性だ。 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-poster-00.pdf のP.21ご参照

ヒトラーとプロパガンダ
 横道にそれるが、ユダヤ人を600万人虐殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人排斥を正当化した自身の著書「我が闘争」で、おおむね以下のようなことを言っている。これは今の日本政界にとり入ってプロパガンダの片棒を担ぐ大手広告代理店や最近ウジのように湧いて出てきたネオナチを信奉する政治家らがこっそり学習している内容だ。反面教師として知っておいたほうが良いだろう。

 ヒトラー曰く「大衆はいつも小さな嘘をつく。だから我々(デマゴーグ政治家)は、小さな嘘をつくと大衆に見破られてしまう。ゆえに、大きな嘘をつけ。大衆は馬鹿だから、大きな嘘は見破れない
「単純なフレーズを飽きるほど繰り返して大衆の頭の中に徹底的に刷り込め」

 こういうプロパガンダができるようになると、いつでもゲシュタポにもシュタージにもKGBにも特高にもなれる。資本主義者も共産主義者も、プロパガンダにためらいがない人間は、見た目ごく普通の人間でも、組織の歯車になりきって人権弾圧から最後は大量虐殺までやらかす。これもまたおびただしい歴史の事実が教える教訓だ。

 貧しさから脱出しようとして「富国強兵」「日本の生命線・満蒙」を叫びつつ惹起させた戦争の誤謬さえ総括できず、100年の戦争の歴史の果てに勝ち得た現在の豊かさの維持のために「中東からわが国までのシーレーンは日本の生命線」と「これがグローバル」だよと大看板に掛けなおし、“地球の裏側でもどこでも日本人の生命を守る戦いがありえるじゃあないですか!” と意気揚々と首相が呼びかけるこの国。 “アングロサクソンについておればいいんだ” などと閣僚が軽口を叩く国。そんな勢力と裏で「組織的」に談合している一部「野党」も同類だ。

大政翼賛政治の醜悪さ
 「美しい国」を口にしつつ、いたるところであらゆる勢力が一体となって歴史を改ざんし続け、醜悪な嘘を仲良グループよろしくテレビに登場して流布し、公害被害者を踏みつけにして涼しい顔をしながら、勝手に環境先進国になったと勘違いしているこの国。
 首相の周囲にまで広告代理店を通じて取り入りたがる政商。それと癒着して恥を感じない自称:革新政党集団。「国民のくらし」と「平和」をリピートし大きな嘘を連呼しながら、とどのつまり、党生活者の利権拡大の汚い手口の隠蔽にしか関心がないカメレオン・マルクス主義集団。

拝金主義と全体主義の合作
 70年間の借り物の議会政治の体質は、それほど変わっていない。
 密室性、差別性…これは日本だけじゃないが、例外的に醜悪な企業と合体を続ける一部の質の悪い保守に、マルクス主義者までが談合し、モノ言えない弱者を管理支配しピンハネして「生かさず殺さず」で搾取する。加害企業への「感謝-或いは-協力」の強制は、このイデオロギー集団の行う「代行支配」に不可欠な支柱であるところの「奴隷精神」を、被害者集団の内部に注入するために不可欠なフレーズでありスローガンだ。
 以上のような、大政翼賛的な構図と風土は、日本資本主義特有のいやらしさ、といえるだろう。「反ファシズム」など聞いて呆れる。「天使のマーク」「戦後レジューム打破」「自共対決」などを標榜するヒマがあったら、この大政翼賛の出来レースから手を引いて、三者ともども己の汚れた手を洗うのが先決だろう。

「墨塗り」事故調書が「公開」さる。 吉田昌郎氏を英雄視する誤り。

9月11日、政府は東電福島第一原発事故に関して政府事故調19人分調書を公開した。

ここで明らかとなったのは、吉田氏の発言が何らかの社会的正義性をもったり、同人が英雄視される理由など何もない、ということだ。
「逃げたとか逃げない」とか、被災者からしたらどうでもいい事ばかり話している。所詮、加害者側にいる者の「言った言わない」の言い訳の世界だ。
一部メディアは、これまで慎重かつジンワリとチマタの人々に、「所長、“何度か死に掛けた”」「所長最後まで現場にいた」「所長死んだ、過労だろうか、かわいそうに」という無意味なイメージ=「虚像」をつくり上げてきたフシがある。調書が闇に隠されているのをいいことに、彼への英雄像を、じんわりとつくり上げてきた。
そして今回調書が公開された。
吉田氏本人の語りをみてみよう。所詮、仕事を語っているに過ぎない。それに加え、「自分が言ったことと違う正確でないアナウンスへの怒り」みたいなものをああだこうだと吐露している。だが肝心の、発電所の現場最高責任者としての「社会的責任」への自覚は殆ど見られない。その責任を「現場の言い分」を百も並べることで相対的に矮小化を図っているように見えるフシがある。まるで、「自分は原発のオペレーター(に過ぎず)で、放射性物質の拡散なんか計算してもないし聞かれてもわからんのに、そんなことを聞く政治家の馬鹿やろうだ」みたいなことを節々で言いまくっている。ミクロの理屈ではそうだ。だが、かれは、余りに明らかな自己の社会的責任については口を閉ざしている。避難範囲についての意見を聞く者を、「見当ちがいだ」とそこまで揶揄する資格が彼にあるだろうか? 彼は加害者である東電の現場の第一責任者である。
挙句に「(対処が)遅いといったやつを許しませんよ、…ではお前がやってみろと言いたいんですよ…その話は私は興奮しますよ…」オタクかカルトか?この言い草、この逆切れぶり…。自己内省度、反省度ゼロだ。悪事や不祥事がバレて開き直るときの常套句「文句があるならお前がやってみろ」だ。ならば言おう。「文句を言われるような事態を起さないように事前に会社と闘って努力しろ。事故を棚に上げて自分の仕事ぶりの自慢話をする暇があれば、被災者が “もういいよ” というまで謝罪し続け、事故を起した自分を反省し続けろ。あなたは、こどもか?」
そしてついでに言う。その調査で語った「許しませんよ、興奮しますよ」…それを被災者の前で言ってみなさい。「顔面にパンチ」では済まないだろう。

加害者としての立ち位置への自覚が全く無い人間だ。一部メディアが現場の責任者を「妙に持ち上げてしまったおかげ」=副作用だ。
まるで、「STAP細胞ありま~す」「私には責任ありません」「会社がわるいんで~す」と理研に責任転嫁してなんとか批判の矛先をかわそうとしている小保方晴子氏、その「中年おじさんバージョン」に見える。みっともない姿だ。

結局、自己内省の足りない現場責任者の姿が露に
みんなが怖がる放射線の中に居たという、ただそれだけで、なんとなく「福島フィフティ」などと持ち上げてきた。それ自体が笑止だ。神風特攻隊を美化する短絡と同じだ。だが彼は道具として消耗された兵士ではない。少なくとも彼は、東京電力側の原子力を稼動させる立場にいた人間だ。
百歩譲って、吉田所長は、事故前から、東電福島第一原発の管理責任者として、今回の事故が起こらないようにするための内部告発をしたり、東京電力と闘ってきたのか? NOだ。そもそも「津波や地震には素養がない」と発言している。
「自然現象への素養?そんな詭弁を遣わなくてもいい、予知などできなくてもいい、あなた方には結果を回避する義務があるんです」と断固として諭す者が少なすぎる。もっとも重要な責任部分を“しらぁ~”とかわしている、単なる無責任人間ではないか。

吉田所長と正反対の、「隠れた英雄」は世界中にいる
逆に、内部告発をして、いじめられて、そうやって会社を去った人間は何人もいる。
かつて、巨大航空機メーカーのある技術者は、就航前に空中爆発の危険性への警鐘をならし、内部告発をして、会社を解雇され、生活の糧を失った。たが、それでも彼は粘り強く世間に訴えた。結果二階建て巨大ジャンボ機は内部告発者の指摘を改善して1年遅れで就航した。そういう人々は沢山いる。

一方、彼は電力会社に居残った側の人間だ。自分の管理する発電所への批判を省みて改善改革の努力もしていない。仕方なく作業しただけだ。何を偉そうに「あほみたいな国、あほみたいな政治家ども」などと言っているのだ。その「アホみたいな政治ども」にあなたの給料の支払元である電力がワイロを送りまくって、その電力と買収された政治家が、交付金と言う名の麻薬を貧しい村にバラ撒いて心を狂わせ、強行建設していった原発が、この吉田氏の職場だ。その原発の所長で厚待遇に甘んじて、なにも根本的改善をはからなかった自分への深い自覚がまったく見られないのは、今回再掲された吉田調書の内容にしても同じ。「あほな政治家と一緒にコップのなかでぐるぐる回っている」だけだ。「福島フィフティ」とかいって、おかしいんじゃないの?と、そろそろはっきり言わないといけない。東京電力福島第一原発事故は最低あと半世紀は続く。放射性物質が拡散され、地下水を汚染して海に流れつづけ、廃炉作業にしても40年以上かかる。原子力の場合それは事故の継続中と同義語だ。したがって、正邪の闘争も永遠に続く。それに連動して社会も影響をうける。或いは、その逆かもしれない。産業公害も被害者が後遺症に苦しみ続け、加害企業が歴史の偽造を平然と継続し、事件は継続中だ。原子力事故とて同じだ。
森永ヒ素ミルク中毒事件における狂った歴史歪曲主義の策略は、この事故の半世紀先に何が起こり得るか、それに大きな示唆を与えているといえるだろう。

御用学者の「復権」がまかり通る狂った社会
1955年発生の森永ヒ素ミルク中毒事件で被害者を圧殺する先頭にたった岡山大学医学部小児科の浜本英次教授。
当時の厚生省は「最初にヒ素の発表をした」英雄として表彰した。これと同じパターンの焼き直しだ。
その後浜本氏は阪大の西沢氏とコンビを組んで、被害者救済運動を圧殺する先頭に立つ。御用学者として徹底的に手を汚していく。そもそも彼はヒ素中毒の発表を遅らせた張本人であり、食中毒通報さえ怠った。本来、人命を守る最低限の義務さえ医師として放棄した。刑事犯にされてもおかしくない。しかも、本当の第一発見者を押しのけて、自分が発見したと厚顔無恥に売名に走った人間だ。それが2000年をすぎて「復権」を果たしている、果たし続けている。左右の勢力がそれを大政翼賛で支えている。金と権力を手中にすると、黒を白と言いくるめて一顧だにしない。醜悪極まりない姿だ。
浜本氏の所業は、そのほんの一部が下記サイトのPDFに事実として暴露されている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-jiken-no-jissou-syousai-hm1.htm

そして、当時の厚生省の手先になった連中は、この数十年間をかけて、次々にこの御用学者を免罪してきた。このような、数十年の無責任社会への逆行思潮の延長線上にあるのが吉田英雄視だ。

「結果回避義務」が企業にはある
森永では、当初検察側の訴訟構成に弱点があった。そこを徹底的に衝いて、森永は無法にも無罪を勝ち取り、調子づき、遣りたい放題の金儲け主義に拍車をかけた。被害者圧殺中に刊行された「森永乳業50年史」は悪魔の辞典である。森永製菓出身の電通の常務が、意気揚々と、世論工作をしてやりましたわ、と自慢話にふけっている、それをしっかり拝聴しよう。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-dentsu-sennou-dairiten.htm
こんなのは序の口。
乳児を大量虐殺しておきながら、実際に森永がやったことは、筆舌に尽くし難い鬼畜の所業だ。

それを許さず、血みどろの戦いに呼応した市民運動と日本の法曹界が学習した貴重な知見(以下学術論文)が今、まさに失われている。このような貴重な判例も、行動し、訴える人間がいないと活かされない。犯罪者たちは、世論を工作して、森永ヒ素ミルク中毒事件で得られたような画期的な判例を、そもそも適用しなくてもいい、問題を問題として提示されることのない「おとなしい社会」をつくろうとしている。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nakajima-takako-ronbun02-nihonno-kagakusya.pdf

森永ヒ素ミルク中毒事件では、その後十数年をへてから、かろうじて工場長が有罪判決を受けたが森永社長は全くおとがめなしだった。市民が森永製品全面不買運動を全国に広め、会社が倒産の危機に追い込まれるまで、反省度ゼロの会社だった。そして被害者団体と救済に合意したあとから、早くも被害者団体内部の腐敗分子や組織私物化を目指す党派イデオロギーを橋頭堡として、露骨な介入を始める。未だに、反省度ゼロだ。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

森永乳業の罪を免罪し、御用学者の復権をめざす本末転倒のイデオロギーに代表される、このような思潮の蓄積が、こういうおかしな状況を「自然な風に」見せて行く。一種の思想的全体主義だ。「予見可能性」という、すでに法的には通用しないカビだらけの詭弁で「チッソは無罪」と公言を続ける武田邦彦氏みたいな人間がイマドキ跳梁しているのも、その好例だ。
http://morinaga-hiso.blog.jp/archives/1000735400.html

抹消されていく被災者の情念と、巧妙に仕込まれるプロパガンダのピース
そして、故郷に帰れず棄民化される現地住民の憤りや恨みは、「花は咲く」といった、とても美しい旋律で曖昧化され、成敗、平定されていく。みんなで歌を歌いながら「憤りを表に出してはいけない」と言葉を遣わず説教を垂れる知恵者がいる。
理不尽な目にあった人々が、理不尽な忍耐の精神を強要されていく。周囲のものは、涙をながして、一瞬だけ同情し、そういう自分に酔いしれて、現地の人々の情念など思いもよらない。そして、時間がたって、忘れて、それで終わりだ。

さらに悪質なのは、「ぐちゃぐちゃいうものは、所詮金目当てだろう」という巧妙なる世論工作がすでに水面下で張られていることだ。

「金目でしょ」発言も意図的に流された可能性さえあると思えるくらい、被災者に刃を向けたプロパガンダだ。世論と被災者を、気付かれないように分断するプロパガンダ、それらを構成する重要なピースがあの発言で見事に埋め込まれたことは間違いない。「失言」の形を敢えてとったのなら、「分断工作の手法、より洗練されてきましたね」と、とりあえずは感心してあげよう。

森永ヒ素ミルク中毒事件時の「5人委員会」の焼き直し
さらに三周下って、加害企業への感謝を要求する正邪逆転

この「金目」発言も、1955年に森永乳業と国とメディア幹部が作り上げた「5人委員会」の戦略戦術とまったく同じものだ。生き写しのような焼き直しである。
あまっさえ、現状の森永ヒ素ミルク中毒事件では、「本当に金に目がくらんだ」者たちが、被害者に対して「我々は金目当てではない、カネ、カネというな」と、いかにも高邁な御宣託を垂れるポーズをとりつつ、陰で、森永乳業のすでに通用しなくなったカビまみれの「無罪主張」をどうやって世間に浸透させようかと四苦八苦している。
挙句、「いまでは森永さんは被害者にとって大切なスポンサーさんなのだよ、それを君たちわかっているのかい。森永さんの繁栄を望まないといけないんだよ。森永さんのご機嫌を損ねることをしちゃあいけないんだよ。被害者が先頭に立って森永製品の販売促進運動をするくらいじゃないといけないんだよ」と、数十年に渡る刷り込み「教宣」(←このような日本語はそもそも存在しない。左翼党派内専門用語)に手を染めるに至っている。

異論を唱えると「みんなに迷惑を掛ける人」なるレッテルをはられる。貼られるほうも、先人たちの情念など知る機会を得ていないから、すぐに鳴き止む。
計画的に吹き込みをしている連中は鬼畜だが、それに流されて、「教宣」活動に邁進する愚かな兵隊達の姿も、また異様に哀しい。

水俣病患者が、患者団体の幹部から「患者自らチッソ肥料の販売促進運動を先頭にたって行えばチッソが儲かって君も幸せになれるかもよ」などと説教されてるようなものだ。このような、糞溜(くそだめ)みたいな奴隷思想を吹聴して憚らぬ風潮が日本社会にはある。こんな倒錯にメディア自体が疑問を挟むことができないで、なんで東京電力の責任を追求できようか?
吉田英雄視が堂々と罷り通る背景には、虐げられたもの達の情念を理解できなくなった社会全体の精神疲労がある。まさに石牟礼道子氏が、「最近の人々には、人間の情念を理解しようという努力がない」と看破した社会の行き着いている姿だ。

 

 

賄賂(ワイロ)漬けになっている国策行政
http://www.asahi.com/articles/ASG7N029QG7MUUPI00B.html?ref=nmail

 元関西電力副社長・内藤千百里氏(91)、へのインタビューの様子が動画で配信されている。

「原発が安全と思ったことがない」。この肉声には大きな説得力がある。

 金の力で時代に逆行した政治・政策が堂々と実行されている日本社会の現実。
 1955年、乳児への大量虐殺が、一転、おとがめなしとされた時代に先祖帰りをしようとしているかのような風潮。それを裏付ける証拠が暴露された。


森永ヒ素ミルク中毒事件でも継続中
 すなわち、事件後、事件後20年間、そして一時的決着後の30年間から今に至るまで、同じ問題が繰り返されている。

 「33年前に始まった組織乗っ取りの謀略工作」の項目の内容 
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

 なんともえげつない話だ。

 企業側が「被害者団体」に対して、「同じ被害者が提起している裁判を加害企業側が敗訴に持ち込むための」協力を要請する。こんな破廉恥な働きかけがあったことは、すでに実証されている。

 だが、関係者からは今もってなんら反省の弁は聞こえてこない。
これが、「加害企業に感謝する被害者」をなんとしてでも演出させたい者達の、そして加害企業の刑事責任の歴史的継承を白紙に戻したいと考えている者達の、そのために「切り取られた美談のピースをあらかじめ描いた都合のよいストーリーにはめ込んで見せる」という手法で、長期間にわたって巧妙に歴史を偽造し続けようと決めている「買われた」者達の、正体だ。


STAP細胞、捏造の手法と酷似
 以下では、STAP細胞騒動の真相に迫ったNHKの秀逸な番組内容がよくまとめられている。 

 http://critic20.exblog.jp/22417303/

 http://critic20.exblog.jp/22410524/

 http://critic20.exblog.jp/22244113/

 NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層 - 14.07.27
 再放送も放映済みにつき…↓
 http://www.miomio.tv/watch/cc84991/

 すでに日経サイエンスが6月11発行の号外でも書かれているが 
 http://www.nikkei-science.com/wp-content/uploads/2014/06/20140611STAP.pdf

 8番染色体のトリソミーの発見(発覚)は、正体がES細胞である可能性を非常に濃厚にした。
 アクシロンGFP組み込みマウスの確認、若山研究室の紛失扱いのES細胞が小保方氏の研究室から発見されたこと、TCR再構成が確認されていない点に笹井氏が回答を拒んでいる点など、ケアレスミスとは程遠い、科学の精神と無縁な創作が行われている決定的証拠が、中間まとめの段階で、すでに暴露された。

 それへの反論をしない小保方氏と、彼女と表向き対立しながらも組織責任の回避に邁進する理研は、双方とも共犯の姿を表している。理研による保管試料解析のサボタージュ等の真相究明の引き延ばし作戦は、結果的に両者の不正な姿を明確にしている。

「捏造」と「共犯」を「愛国主義」イデオロギーで免罪する手法が大はやりの日本。
 不正の隠蔽が、さらなる不正な作為で続けられている。
 日本は、歴史認識を軽視し、歴史への振り返りの蓄積から生まれる組織病理を正す機能を継続的に喪失し続けてきた。その結果、原発事故で日本の技術的信頼性を自ら傷つけ、さらに文化活動のゴーストライターの偽装騒動に続き、今度は純粋科学界への信頼を自らひっくり返し続けている。

 そして、またまた、最近多発する加工食品偽装(もっともごまかしやすく、人体に直接吸収されてしまう工業製品の危険性隠蔽)へと回帰(先祖帰り)しつつある。

 中国から食材を輸入して、問題が発覚すると、中国食品加工工場のずさんな姿が叩かれる。それは公開されてしかるべきだろう。だが、最終責任は調達側にある。にもかかわらず、もっぱら隣国の実態を叩いて、強烈な印象を醸成し、相対的に国内資本の責任を過小評価させることで、プラマイゼロの着地点に誘導するようなキャンペーンが横行してはいないか?何がいったい問題の本質なのか、市民・消費者はしっかり考える必要があるだろう。

 消費者にひどいものを届けても、一方であやまりつつも、一方で調達先を叩いて、販売メーカーが被害者であるかのように強調して、世論を煙に巻き、批判圧力をかわすやり口。

 森永乳業が1955年に開発した手法に原点を見出すことができる。
 いわく「我々は出入りの薬品業者との“信頼性の原則”を守ったばっかりに、出入りの薬品業者にだまされた。われわれこそ、被害者にほかならない」という詭弁論理で、検察の矛先をかわし、一時的に“不正なる無罪”を勝ち取ったやり口だ。そのよこしまな精神構造は、計画的に歴史偽造を継続しているところからみて、未だに健在なようだ。

 現状の日本の有様は、この数十年間、自分と社会との関係についての問いかけと思考を、全般的に停止し続けてきた我々国民の側にもあるといえる。いずれにしても、社会としても恥ずかしい状況に行き着いていることだけは確かだ。

“愛国教育の国” と “どっこいどっこい”
 そして、その恥ずかしい状況を作り出しているものたちは、いずれも「愛国心」「愛国の党」「国益」等を常套句にしてきた自称「革新」までをも含む者たちであることも、おかしいほどの皮肉である。

 つくづく思う。日本社会はいま、病的なほどに腐っていて、不正と、ずぶずぶの甘えの構造と、野心と、権力志向と、利権構造が蔓延し、真面目に誠実に生きようとする人々が冷や飯を食い続け、そういう人々を圧迫することに自称「革新勢力」までが加担し、ごた混ぜと、もたれあいが、狂った共依存関係を構成していると…。




NHK出版編集長を懲戒免職 校正業務の架空発注などで  
msn産経ニュース 2014.3.6
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140306/crm14030614110015-n1.htm
 NHK子会社のNHK出版は6日、架空の校正業務の発注やカラ出張などで計約1350万円をだまし取ったとして、放送・学芸図書編集部の河野逸人編集長(52)を同日付で懲戒免職にしたと発表した。  NHKの子会社をめぐっては、5日にも別会社で不適切な経理処理が発覚。籾井勝人NHK会長は6日の定例記者会見で、NHK出版への調査を行うとともに、会長直属の調査委員会で関連団体も含めた経理の適正化に取り組む方針を示した。
  NHK出版によると、河野編集長は2003年1月から13年12月にかけて、大河ドラマなどの編集で架空の校正業務を発注したり、不必要な校正を親族に行わせたりして、計約900万円を同社に支払わせた。また、私的な飲食費やカラ出張の経費の請求により、約450万円を受け取った。
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以下は、かつて、安倍晋三氏によるNHKへの介入が取りざたされた時期、
そして上記編集長の汚職が開始された時期に発生した問題である。
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中坊氏の手柄にするために
           歴史的事実を歪曲してもいいのか

 ~「加害者に感謝する被害者」なる恐るべきプロパガンダに先鞭をつけたNHK出版~
フリーライター:能瀬英太郎 2004年記
政界に野心あり過ぎの森永と安部政権
 岡山市の南部にある児島湖は、諫早湾締切堤防工事の未来像として格好のモデルである。このまま締切り工事を続行すれば、現在の児島湖は未来の諫早湾の姿である。そのうち湖沼の水質汚染度の上位にランクされ、児島湖と首位を競うことになるであろう。

 児島湖の海底には十メートルあまりの汚泥が堆積して、その除去工事に莫大な費用をつぎこんでいる。しかし除去するあとから汚泥は堆積してくるので、終りはない。淡水化した水を農業用水に使うという当初の目的は、今では汚染が激しく野菜の栽培に使用するには不適当と、農家は敬遠しているという。

 淡水化以前は多彩な魚介類が生息していた児島湾は、現在では汚染されて捕獲される魚類を地元の人は口にはしない。

 そんな児島湖で捕獲されたアメリカ・ザリガニが、東京のある高級レストランで料理として出されている様子をNHKテレビが放映した。岡山支局のアナウンサーがおいしそうに食べている画面をみて、私は驚いた。いまから十数年前のことだが、児島湖では汚染によって骨が曲がったり、体に潰瘍ができたフナがたくさん発見され問題になっていた。

 児島湖には倉敷川、加茂川、笹が瀬川が流れこんでいる。その中でも笹が瀬川の米倉港は、冬になるとへらブナ釣りのポイントとして有名だということだ。釣り上げたフナは「琵琶湖産」になって、関西方面へ出荷されるという。

 「大寒」になると毎年必ずNHK岡山放送局は、米倉港でフナを釣る人を放映した。カメラマンは「大寒の風物詩」として写し、アナウンサーは情緒的な解説をいれる。釣人の回りは流れついた発砲スチロールで埋まっていようと、水が汚染されていようと、切り取られた画面とは無関係なのである。

 もしNHKが報道機関なら、汚れた児島湖で捕れたザリガニを食用にしていることを問題にすべきだと思う。寒ブナをつる人を風物詩として写すより、汚染された川から釣り上げられたフナが「琵琶湖産」に化けていることを訴えるべきだ。

 私がNHK岡山放送局へ電話してそのように抗議をすると、翌年からは「寒ブナ釣り」の画面は写さなくなった。それだけでお終いで、汚染のことを問題にするわけではなかった。まことにNHK的問題処理のしかたであると腹がたった。

 これらの出来事を思い出したのは、先日私とNHKとの間であった「やりとり」と関係がある。

 今では「中坊ブーム」も下火になったが、二三年前までは彼の人気は大したものだった。テレビ出演にあるいは新聞の見出しに、出版される本の広告にと彼の名前を聞かぬ日はないくらいだった。彼が「自分が変わる転機になった」として、いつも取り上げるのが「森永ヒ素ミルク中毒事件」とのかかわりである。

 被害者救済機関として「財団法人ひかり協会」が誕生したのが約三十年前で、それ以後森永ヒ素ミルク中毒事件に関する報道はほとんどされなくなっていた。これで「一件落着」とばかり、マスコミの関心はこの事件から離れていった。それが中坊氏が有名になると同時に、彼の口を通してこの事件のことが語られるようになった。ひかり協会の設立当時、被害者たちは損害賠償を求めて民事裁判を大阪、岡山、高松で起こして、彼はその弁護団長だった。

 私が『野戦の指揮官・中坊公平』を読むことになったのは、古本屋の百円均一コーナーで見付けたからだ。どのようなことが書かれているのか、ちょっと読んでみるのには手頃な値段だと思って買った。他のところはともかくとして、森永ヒ素ミルク中毒事件についての部分をだけを読んだ。それは「第二章中坊公平の遅すぎた青春」の中に収められていた。 第二章は六十六から百四ページまでで約四十ページを費やされいるが、読んでいて驚いたのは間違いの多いことだった。それも基本的な事実について、資料も調べずに書いているのではないかと思うほどだった。

 著者は、NHK社会情報番組部チーフ・プロデューサーという立派な肩書きをもった、今井彰氏だ。「あとがき」の最後には「そしてこの最初の本の出版後、中坊氏に関するさまざまな書籍が出た。(略)人間・中坊公平を描いた本物の一冊だと信じている」と自慢している。私が買ったのは「NHKライブラリー」という文庫(二〇〇一年一月二十五日発行)で、「本書は当社単行本NHKスペシャル セレクション『野戦の指揮官・中坊公平』(一九九七年十一月三十日発行)をNHKライブラリーに収載したのものです。」ということわりがきがあった。もとの本も読んでみたが内容は勿論同じだった。

 この本を読んで事実と違うと私が思った箇所を次に列挙してみる。

  六八ページ「MF缶と呼ばれる人工粉乳に、ヒ素が含まれていたことが発覚した」

  六九ページ「死者には一律五十万円、その他は症状に応じての賠償も行われていた。」

  六九ページ「この調査は『十四年目の訪問』として、一冊にまとめられた。また、この調査結果を知った医師らの働きで、学会でも報告され、マスコミの注目を集めることになる。」

  六九ページ「依頼してきたのは、昭和四十四年から被害者救済にあたっていた青年法律家協会に所属する弁護士だった。」

  八一ページ「国の責任は、厚生省がそれまで使用禁止にされていた第二燐酸ソーダという化学合成品を、いったん使用可能にしたこと。」 
  八二ページ「そして中坊は、法廷戦術と平行して、法廷外戦術も駆使することにした。それは、森永製品の不買運動である。不買運動が効を奏せば、企業にとって致命的になる。まして、問題が問題である。社会の同情は原告に傾いていた。不買運動の効果は大きい。」

  九六ページ「中坊は何度も厚生省を尋ねた。被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出すために水面下で動き続けていた。」

  九六ページ「中坊は、この三者会談に賭けていた。民事上の損害賠償の除斥期間は二十年、因果関係を立証する時間にも限りがある。なによりも、裁判の中だけで埋め合わせることのできない事態であることが十分すぎるほど中坊にはわかっていた。」

  九八ページ「被害者の成長と事情に合わせて事業を拡大し、充実させている。」

 10 九八ページ「三者会談の結果、永久的な救済施設として、一九七四(昭和四十九年)年、財団法人ひかり協会が設立された。」

 上記の十項目が事実とは違っている。 

2. NHK出版への申し入れ

 私はニ〇〇三年 (※1)七月二十二日著者宛てに出版元へファックスを送り訂正を求めた。これに対して翌二十三日(株)日本放送出版協会編集部第二図書出版部部長長岡信孝氏から次のようなファックスが届いた。要点だけ記す。
「さて、このたびは弊社から出版されましたNHKライブラリー『野戦の指揮官・中坊公平』(今井彰・首藤圭子共著、二〇〇一年一月二五日発行)の記載中の内容につきまして、一部事実誤認の箇所がある旨を7/22(火)付けのFAXにて拝見しました。内容に関することなので、著者、今井・首藤両氏がご指摘の箇所について至急取り調べのうえ、文書にてご報告させていただきます。なにとぞ御了承ください。」

 私は前記1から9までを三回にわけて指摘した。というのは読むたびにこれはおかしいと思い、七月二八日と八月四日に追加として送った。

 それでは私が事実とは違うと思う根拠を順番に述べていきたい。

 1の「人工粉乳」というものはない。人工の牛乳で製造すればそう言えるが、まだ聞いたことはない。事件発生からこれまで使用されてきたのは「粉乳」「粉ミルク」あるいは「ドライミルク」などの名称である。粉乳、粉ミルク、ドライミルクは意味は同じで水分を蒸発させて作ったものだ。それに対して「練乳」というのがあり、これらは製法上の分類である。

 粉乳のなかには「脱脂粉乳」、「全脂粉乳」、「調整粉乳」などがあり脂肪のある無し、または栄養素の添加などでそれらの分類がある。「人工粉乳」の意味を本文では「いわゆる粉ミルク、赤ん坊に飲ませるものだ。」と述べている。それならなぜ今まで使用されてきた名称を使わず「人工粉乳」なとどいう奇妙で意味不明な造語を使用するのか。

 2は「死者には二十五万円、その他は一律一万円」が正確な補償金額であり、このような基本的な事実を資料によらないで述べる意図がわからない。この金額は一九五五年十月二十一日に森永の要請で厚生省が有識者に依頼して結成された「五人委員会」が作成した「森永粉乳中毒事件の補償等に関する意見書」によるものだ。この委員会はこの後に発生する公害事件の解決に活用される「第三者委員会」の悪しき原形となる。公正な第三者のような顔をした、いわゆる有識者が公害発生企業を弁護する仕組みが森永ヒ素ミルク中毒事件で最初に登場することになった。

 3の「十四年目の訪問」についての記述は、片面的である。大阪の養護学校教諭が調査した結果が公衆衛生学会で発表され、それだけで新聞発表されセンセーションを巻き起こしたように書かれている。しかし、その裏付けとして岡山の被害者が社会から無視されながらも地道な活動で、自主検診を重ねそのデータの蓄積があったことを抜かしている。「十四年目の訪問」はいわば聞き書きであり、臨床検診のデータという裏付けがあって初めて有効性をもつ。新聞発表される前日に、岡山の守る会事務局長岡崎哲夫氏と面接して記者はそのデータを見ている。この自主検診での証明があったから発表することができ、両者は表裏一体の関係にあるのだ。

 4は「昭和四十四年から被害者救済……」に問題がある。同年十月十八日に「十四年目の訪問」が発表され、その後被害者を支援する「大阪府森永ミルク中毒対策会議」が結成されたのが昭和四十六年十二月十三日となっている。この中のメンバーに青年法律家協会も入っているのだから、どうみても四十四年からすでに被害者救済をしていたとは眉唾ものだ。

 5は「第二燐酸ソーダという化学合成品を……」というのは間違いである。「第二燐酸ソーダ」のみ使用が緩和されたわけではない。「などの化学合成品」と書かないと、正確ではない。多くの化学合成品のなかの一つに、この薬品も含まれていたのだ。

 6についてはデタラメもいいとこである。この著者は不買運動をすることになった状況を調べもせずに書いている。「十四年目の訪問」を契機として、被害者の組織である森永ミルク中毒のこどもを守る会(以下、守る会)に参加する会員が急速に増加した。守る会は組織としては不買運動に踏み切らないが支援者がするのは「ご勝手に」という方針だった。私が参加していた森永告発は、設立時から不買運動の拡大を主要な運動方針にしていた。各地の大学生協などにも、不買運動を呼び掛けていた。私たちは岡山の繁華街において、毎週不買運動を市民に訴えるためにビラ撒きをしていた。その他不買ステッカー、シールなどを作製して販売していた。

 昭和四十五年十二月を第一回として守る会と森永との間において、本部交渉が始まった。主な議題は被害者の救済についてであった。守る会は企業責任を認めた上での救済を要求したが、森永はそれを否認して救済のお手伝いという姿勢に終始した。交渉は第一五回目で決裂した。

 昭和四十七年十二月三日森永社長が出席することになっていた第一五回本部交渉に、森永側は約束を破って社長が欠席し、一方的に交渉を打ち切って退席した。そこで守る会は急遽第二回全国集会に切り替えて、民事訴訟提訴と森永製品の不買運動を決議した。

 ここで初めて守る会は組織として不買運動に取り組んだのである。それまでなぜ不買運動に慎重だったかといえば、事件当時に交渉の道具として不買運動を提唱して失敗した経験があるからだ。だが、守る会が国民に不買運動を呼び掛けた時期には、すでに多くの大学生や大学生協は実行していた。それを知ろうと思えば守る会の当時の機関紙「ひかり」を見ればいい。不買運動に参加を表明した組織の名前が掲載されている。

 不買運動と個人のかかわりについては、それは個々人の良心の問題でありはっきり把握はできない。無名の人が誰にも告げずに森永製品不買の行動をとり、その集積が森永の経営に反映したといえる。これら多くの人の無言の行動を「駆使」することなど不可能である。それに中坊氏が弁護団に加わったのは、翌年の一月とご本人が述べている(『中坊公平・私の事件簿』九三ページ)のだから、その時すでに不買運動は始まっていた。
    ※1)今回不正が発覚した河野編集長は、まさに2003年1月から2013年12月にかけて
                カネを騙し取っていた。

3. ウソにウソを重ねる


 7も6に劣らないウソであり、それもより悪質なものである。

 ここに書かれている当時の状況は、交渉が決裂し守る会が不買運動と民事訴訟に踏み切った時期のことである。守る会が大阪を第一波として提訴したのは昭和四十八年四月十日である。八月二十四日には第二波として岡山で、十一月二十四日には高松で第三波として提訴した。

 不買運動と民事訴訟に踏み切って以来、森永と守る会の接触は無くなっていたが、五月二十二日に岡崎事務局長に森永社員が提案をもって接触してきた。この案に対して守る会は六月八日に検討の価値がないとして拒否の回答をした。七月になって当時の山口敏夫厚生政務次官から、話し合いのテーブルにつかないかという非公式の打診が守る会の幹部にたいしてなされた。その後、厚生大臣の意向をうけた山口氏は、森永側の約束もとりつけた上で話し合いのテーブルにつくよう守る会へ要請してきた。

 『森永砒素ミルク闘争二十年史』によれば守る会事務局長岡崎哲夫氏は「森永の大野社長からも守る会に対し、貴会の恒久対策案を包括的に認めて誠意をつくさせていただくことを厚生省にもご確約申し上げましたので、何とぞ宜しくご配慮を賜るようお願い申し上げます。との書簡が届けられた」と書いている。これは九月二十六日のことであった。

 九月三十日の守る会第三十四回全国理事会で検討した結果、守る会・厚生省・森永の三者会談に臨むことを正式に決定したのである。だから「被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出す」必要はなかったのである。むしろ国と森永の方が接触を希望し、守る会がそれほど乗り気ではなかったといえる。だから著者はまったく正反対のことを書いている。

 さらに『金ではなく鉄として』中坊公平著、岩波書店二〇〇二年二月二十五日発行によれば

 七三年(昭和四十八年)も押し詰まった十二月二十三日になってよもやの事態が起きた。

「森永ミルク中毒のこどもを守る会」、森永乳業、厚生省の代表によるこの日の第五回三者会談で、「確認書」が作られ、即日、守る会理事長、森永乳業社長、厚生大臣が調印したというのだ。そして守る会執行部は、提訴取下げの方針を原告団に通告してきた。

 もとより、この訴訟の実質的な原告は守る会であり、原告団のメンバーは多くの被害者の代表として立てられていたのだが、それにしても、前面で行動してきた彼らにも、私たち弁護団にとっても、寝耳に水の急展開だった。(二一〇ページ)

 とあり、いろいろな資料を比較検討すると、どれも『野戦の指揮官・中坊公平』に書かれていることとは反対のことばかりである。

 8は7の内容を受けている。7には三者会談とは書いてないが、次の行にある「中坊は、この三者会談に賭けていた」の「この」は7に書いた事柄、即ち三者会談をさしていることは明白である。だから、7がウソであるのだから、8もあり得ないことは納得してもらえると思う。民事裁判が進行中でありながら、それを否定するかのような三者会談に「賭ける」とは弁護団を裏切ることである。常識的に考えても、弁護団長がやるはずはないのである。

 また『森永ミルク中毒事件と裁判』森永ミルク中毒被害者弁護団編、ミネルバ書房刊(昭和五〇年一二月二〇日発行)の中にある「座談会ー訴訟の終結と被害者の今後の救済をめぐってー」に出席していた守る会の幹部の発言でも、国と森永がしきりに会談をもとめてきたことを証言している。この座談会には中坊氏も出席して、三者会談について発言しているので、ちょっと長くなるが引用する。


  「中坊 多くの弁護士の方から三者会談をめぐって弁護団と守る会との緊密な関係が欠けていたという指摘がありましたが、かろうじて公式のものではなくても非公式であっても、例えば私自身が全国理事会に出席する等、何らかの形で弁護団とはそれなりの意思連絡はとっていたと思います。私たちも三者会談のあり方について、当時から意見をいい、守る会の御意向を承わっていたわけです。

 しかしそこで何らかの誤解が生じた、守る会の一部の方からは弁護団は一つの主義主張のために裁判をやっているのであって、救済のためではないという疑いを抱かれたんですね。それが緊密さを保てない一つの根底にあったようです。しかし私は弁護団の責任者としてこの際はっきり申し上げたいと思うんですが、私たちはすべて弁護団会議で報告検討して行動していたわけですが、私たちとして決してそんなことを未だかって考えたことはないわけであり、三者会談に対しては批判的な意見を持ちつつも、それを原告や守る会の底辺の人たちに直接訴えることはやはり避けるべきである、絶対にしてはならないという一線を守って守る会のそれなりの組織の中で決定されたことに対しては、私たちとして従うべきであるということは、終始一貫して守ってきた。(以下略)」

 ここで本人が述べているように「三者会談に対して批判的な意見を持つ」人が何故それに「賭け」たり「水面下で動き続け」たりするのか、著者の考えがわからない。それにしても三者会談について、同一人物のとった行動が著書によっては正反対に分かれて記述されているのが不思議である。
 9については、何をもって「事業を拡大し、充実させている」といっているのか不明である。予算はひかり協会発足当時と現在を比較すると約三倍に拡大しているが、それが内容の充実とは結び付いていない。救済の憲法ともいえる恒久対策案からは後退に次ぐ後退であり、現状を検討せずに無責任なことを書いているとしか言いようがない。

 10については、直接NHK出版には訂正を申し入れはしなかった。しかし正確な表現ではない。この文章はひかり協会について述べているが、協会は財団法人の組織であり「救済施設」ではない。施設という場合普通は建築物などの設備などを意味する。ひかり協会には恒久対策案で建設するとされた、被害者の収容施設も病院もない。「救済施設」と呼べるものはなにもないのに、この名前はなにを意味しているのか分からない。

 私の申し入れにたいして「至急取り調べのうえ」と言いながら、回答が来たのは約二週間後の八月七日のことだった。

 「お問い合わせの件、大変遅くなりましたこと、誠に申し訳ございません。 本書は番組『NHKスペシャル 史上最大の不良債権回収』、そして『ETV特集 シリーズ弁護士・中坊公平』をベースに、新たな取材を加えて記したものです。執筆にあたりましては、中坊公平氏自身に取材し、証言をいただき、さらに内容に関しても目を通していただきました。また、併行して関係各位に取材をし、助言や資料のご提供をいただきました。

 今回、能瀬様から頂いた貴重なアドバイスの内容につきまして、そのうち「死者には一律五〇万円、その他は症状に応じての賠償も行われてきた」の記述については、ご指摘通り、「死者には二五万円、その他の被害者は一律一万円となっている」が正しい内容でした。ご指摘、まことにありがとうございました。次回、重版の際に訂正させて頂きます。その他の点につきましては、内容をいま一度精査のうえ、明らかな事実誤認がある場合には訂正いたします所存でございます。(以下略)」

 私の指摘にたいして一か所の誤りを認めただけで、その後に返事がないということは、それ以外は訂正するつもりは無いのであろう。しかも、「次回重版の際には…」と但し書きをつけているとは、どういうことだろうか。
  私は、このような書籍の重版など望まないが、要するに誤った事実を大量に垂れ流し、その修正は「事実上出来ませんよ」と慇懃無礼に述べているだけにしか思えない。
 それにしても、二度のファックスはいずれも第二出版部長である長岡信孝氏からのものであった。私は著者である今井彰・首藤圭子氏宛てに出しているのに、両氏からは何の返答もないのはどういうことであろうか。私の手紙に異論があれば、堂々と反論すればいいのに、黙殺しているのは失礼な対応である。権威者、権力者には卑屈になって事実でも歪曲するが、無名のものにはその裏返しの態度を平気でとるとしか思えない。    

 手紙の中で私は資料として書名を挙げて、それらを見れば正確な事実がわかると書いた。また三者会談について中坊氏がもし守る会の要請で「水面下」で行動していたなら、故岡崎哲夫氏が遺した資料を調査すればすぐ分かると書いた。しかし夫人の岡崎幸子さんに尋ねてみるとNHK出版からは何の問い合わせもないとのことであった。

 それらのことから判断すると、事実が判明すると『野戦の指揮官・中坊公平』という題名は不適当になる。著者が描くこの本の構図は、不買運動も三者会談も中坊氏が指揮したことにしなくてはならないのだ。

4. NHK本の悪い影響

 著者は中坊氏に関する最初の本を出版したと自慢げだが、それより不正確な記述が後々まで影響していることを恥じるべきである。中坊氏の偉大な人格に「傾斜」するのもいいが、それによってジャーナリストとしての目まで曇ってしまってはなさけない。事実まで歪曲しても平気なのだから、もともとこの著者にそんな目を要求するほうが無理かもしれない。 

  その後に出版された中坊氏に関する他の本を読んでみると、私がこの本であげたのと同じ箇所に間違いが多いのに気がつく。「中坊公平著」となっていても、聞き書きを編集者が文章化したのがほとんどのようだ。なにしろ約五年間に三十冊もの「中坊本」が出ているのだから、本人が書いていては間に合わないだろう。多くの出版社が「中坊ブーム」に乗り遅れまいと、聞き書きをすぐ本にするという、安直な金儲けのやり方を競った。
 森永ヒ素ミルク中毒事件に関しては言えば、二十数年前の中坊氏の経験である。その記憶が絶対に正確で信用に足るかと言えば、中坊氏の卓越した能力をもってしてもそうとは言い切れない。そのいい例が対談にあらわれている。二人の発言をそのまま本にしたと思われる『裁かれるのは誰か』(東洋経済新報社刊 一九九八、一、一発行)にも多くの誤りが見られる。この本については、あとからその箇所を指摘するつもりだ。

 「NHK本」と同じ誤りをおかしているのが『中坊公平・私の事件簿』中坊公平著・集英社新書(二〇〇〇、二、二二第一刷発行)である。

 「そして中坊は、法廷戦術と並行して、法廷外戦術も駆使することにした。それは、森永製品の不買運動である」(NHK出版本)

 「中坊は何度も厚生省を尋ねた。被害者たちとの対面を渋る国と森永を引っ張り出すために水面下で動き続けていた」(NHK出版本)

 「私は裁判と並行して不買(売)運動を進めたりしながら、国(厚生省)森永、被害者の三者会談を重ねるという策をとりました」(集英新書) 
 集英社新書は中坊公平著となっているが、読んでみれば聞き書きであることはすぐ分かる。文章化の時にNHK本を参考にしたものと思われる。要するに、NHK本のとばっちりを受けた格好となっており、当時の「中坊ブーム」の熱狂に巻き込まれた感がある。
 その他にも中坊氏に弁護団長を依頼してきた青年法律家協会員が
 「七三年一月、その伊多波さんが、私のところへ来られたのです。四年間自分たちでやって来た……」(五三ページ)は第一章のあやまりの4で指摘したことであり、年号を西暦にしただけである。

 その他「同年(六九年=能瀬注)一〇月一九日の朝日新聞で報じられたことが契機となり、「森永ミルク中毒の子供を守る会」が結成され、森永乳業と交渉が重ねられるようになった。」(五二ページ)も誤りである。 守る会が結成されたのは事件の翌年五六年(昭和三一年六月)であり、その後も解散せず少数の会員ながら活動を継続してきた。その基盤があったから「十四年目の訪問」報道の際に、自主検診データが裏付けになったことは既に述べたとおりである。いってみれば、守る会が岡山だけででも活動をしていなかったら、「十四年目の訪問」は生れなかったといえる。 さらに「結局、私は、三者会談で決まったいくつかの対策の内容や被害の因果関係を、口頭弁論において国や森永に一つ一つ認めさせ、裁判所の公式記録にとどめました。そして、そのうえで提訴を取り下げました。同時に森永製品の組織的な不買運動も収束させました」(五八ページ)も正確ではない。

 裁判の主体は守る会であり、中坊氏は弁護士として依頼をうけてやっているのである。提訴も取下げも決定するのは守る会であり、弁護士ではない。森永製品の不買運動を呼び掛けたのは、被害者の親でつくる守る会である。昭和四九年五月二四日「不買運動終結声明」を出して収束させたのも守る会である。このように本来「守る会」と書くべきところを、「私」あるいは「中坊」と書いているからすべて中坊氏の行為と誤解されることになる。著者あるいは聞き書きをした人は、有名になった頃の中坊氏のイメージでもって勝手にそう理解したのかも知れない。

 当時の中坊氏でもって、過去の彼を都合よく推測している。ほとんどの著書の中で中坊氏は、森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護をしたことで生き方が変わったと書いている。そのことを忘れて「中坊=指揮官」と書くことで、守る会の主体性を無視して、中坊氏に引き回された印象をあたえる。それまで中坊氏は大衆運動とは無関係で、父親に進められて弁護を引受けたと述べている。この本で急に被害者運動の指揮官にでっち上げられた。 そのためそそかっしい評論家には、つぎの新聞記事のような読まれかたにもなり、事実に反することが広がる。これは二〇〇一年一月二一日の朝日新聞読書欄、「ベストセラー快読」に載った記事である。

 「ヒーローは一夜で生れず」との三段見出しで「裁判の目的は被害者救済と企業と国に加害責任を認めさせること。それを勝ち取るために裁判だけでなく不買(売)運動を組織し、さらに国と森永と被害者の三者会談を重ねるという方法をとった。」とまるで中坊氏が対森永闘争の全指揮をとったような読まれかたになっている。

 前にも引用した『金ではなく鉄として』と『中坊公平・私の事件簿』はどちらも「中坊公平著」となっている。しかし三者会談については全く逆のことが書いてある。『金ではなく鉄として』では三者会談が弁護団にとっては「寝耳に水」であったことなのに、『中坊公平・私の事件簿』では中坊氏がそういう「策をとった」ことになってしまっている。

 さらに『中坊公平・私の事件簿』ではすぐ三行あとには「自殺まで考えた」という見出しがある。なんのことかと読んでみると、三者会談や裁判を巡って守る会との間に溝ができ弁護団全員の解任を考えていると、守る会幹部にいわれたとある。それにショックを受けた中坊氏は自殺まで考えたというのである。

 それほど弁護団にたいする不信感があるのに、守る会が中坊氏に指揮を任すわけはないのである。この本の一ページほどのあいだにもこのような矛盾したことが書かれていて、中坊氏の「策」で守る会が動いていたわけではないことが分かる。それでもそのすぐ次ぎのページでは「私は……そして、そのうえで提訴を取り下げました。同時に森永製品の組織的な不買運動も収束させました。」と書くのだから、支離滅裂である。

 どうしてこのような事実に基づかないことが書かれるのかといえば、中坊氏の記憶が正確ではないことによる。文章化するに際して、話された内容を点検して資料と比較してみる作業を怠っているからだと、私は推測する。その責任は著者としての中坊氏と聞き書きをした編集者にあるのは勿論である。このような不良品を読者に紹介するにために、内容を正確に読まずに提灯記事を書いた批評家も責められる。

 なぜ私が中坊氏の記憶が正確ではないかと言えば、次にあげる対談集での彼の発言に誤りが多いからである。この本も彼の発言を検証もしないでそのまま文章化したのであろう。対談だからといって、発言内容が不正確なままでは許されない。

5. 「中坊ブーム」に便乗して

 私は今年の八月一四日に東洋経済新報社編集部へつぎのようなファックスを送った。その全文を次に紹介する。

「 前略 貴社発行の『裁かれるのは誰か』(一九九八、一、一発行)を拝見しました。その中で森永ヒ素ミルク中毒事件に関する中坊氏の発言に多くの事実誤認を発見し、是非事実関係を調査され訂正されることを望み拙文をしたためた次第です。中坊氏の発言とはいえ、間違いは間違いであり、そのまま放置しておかれますれば、以後この著書内容を真実として通用することをおそれます。

 第一は八〇ページの「昭和三〇年八月二五日のことでした。岡山大学法医学教室がその事実を発見する」です。正しくは八月二三日です。

 第二は同ページの「そのときすでに、厚生省の調査によっても、一万二〇〇〇人余りの人がすでに砒素中毒にかかっておって、百二十何名の赤ちゃんが死亡……」は誤りです。その年の一二月九日現在で厚生省が確認している数字は死者が一一三人、患者一一八九一人です。

 第三は八一ページの「そこで砒素中毒の診断基準、治療基準というものをつくる。そして砒素中毒に効くというバル注射などを勧めた」は誤り。ただしくはバルは砒素中毒ということが判明した八月二三日ごろから、岡大医学部の浜本教授が治療法として勧めたのです。

 第四は同ページ「死者で二〇万円ぐらい」は正しくは二五万円です。

 第五は八二ページ「昭和四四年に堺の保健婦さんが自分が管理している、いわゆる精神薄弱児の中に」は「昭和四三年ころ大阪の養護学校教諭が自分の勤務している学校の中に」です。

 第六は「厚生省は名簿は絶対見せない」は誤り、この時は名簿を請求してはいない。名簿はもっていたので、べつのこととかんちがい。

 第七は「三六人の子」は「五〇人」

 第八は一〇〇ページの「ある女性の厚生大臣の自宅へ行った。ところが逆に川本さんと同じように、これも捕まえられるんですわ」は誤り。厚生大臣に面会して直接陳情したが、その後に何等の対策も講じられなかった。 以上の誤りは次の著書で正確な事実が分かる。『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』岡山県(一九五七、一〇、一発行)『森永ミルク中毒事件と裁判』ミネルバ書房(一九七五、一二、二〇)『砒素ミルク1』森永告発(1971、六、一〇)など。            草々」

 この本で中坊氏の対談の相手をしているのは錦織淳氏である。対談上手が相手の場合、文章として書かれたものとは、また別の面白さが引き出されることはよくある。話し放しのようでも意外と事実関係の検証や校正に、時間を掛けていることを「あとがき」で知って驚くこともある。対談と言えども、通常、それくらい発言の正確さを期することに神経を使っているものだ。

 ところが、『裁かれるのは誰か』の場合、中坊氏には残念ながらそのかけらも感じられない。ご自身が弁護団長を務めた裁判での証言くらい、正確に調べて言ってもらいたいものだ。裁判後に出版された『森永ミルク中毒事件と裁判』は弁護団の編集だから、持っていないことはない筈だ。私が指摘した誤りの五、六、七はこの本に養護教諭の証言として掲載されている。それについては次の『中坊公平の闘い』で取り上げるのでここでは省略する。 その他の誤りのうち事実関係を補足して記述すれば、第二の「そのときすでに」の「そのとき」とは八月二四日のことで、森永ミルクの中からヒ素が検出されたと発表された日のことである。混乱をきわめていた状況では、被害者の実数把握は不可能であり、この数字も誤りである。     第三については事件発生の年の一〇月九日、西沢阪大小児科教授を会頭にした委員会「六人委員会」で決定された。発表された「治癒判定基準」」でほとんどの患者が治癒と判定される大雑把な基準であった。これによってほとんどの患者が退院し、治療費は自己負担になった。

 それと同時に発表された「治療指針」には「今回の中毒患者については、患者は夫々適切と思われる治療により殆ど治癒している。然ながらその治療法は極めて多岐で而も各自に理論的根拠によって処理せられたものと解せられるので本委員会において、結論を出すことは、非常に困難である」(『岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録』二九六ページ)とあり「バル注射……」を勧めることは発表されてない。

 バルについては次のように書かれている。「BALは第二次大戦勃発とともに発泡性の砒素性毒ガスの解毒剤に関する強力な研究が主に英国で進められた結果、この目的に最も有効なものとして発見された化合物である。多量の金属が永く蓄積する慢性毒中毒症の場合における効果は急性中毒の場合にくらべ不顕著である。」(前掲書二四二ページ)

 急性のヒ素中毒にバルを使用したが、それから一か月以上経過して問題はヒ素中毒の後遺症が心配されている時期にバルを勧めるわけはない。

 その他第四は既述のとおりで、第八は対談者の錦織氏が水俣病の川本さんが逮捕されたことを述べ、中坊氏がそれに関連して発言したものだ。
 事件が決着後、岡山県のみで守る会が組織され、細々と活動してきた。この事件は以後マスコミから意図的に無視され、社会に訴える手段を失った。その中で唯一つ、毎年開催される「日本母親大会」が発言の場であった。 昭和三五年の大会は東京で開催され、守る会からは吉房亀子さんら二人が参加して後遺症の存在を訴えた。私は吉房さんの日記を『砒素ミルク1』に掲載させていただいた。その中から八月二三、二四日を一部引用する。

「東京駅に行くと十時過ぎで今から行く所もなく四人は四千何百円も出して泊まることはできないので目黒警察署に一泊保護してもらい、八月二四日の午前五時に警察署を出て等々力町の大野勇(森永社長、能瀬注)さん方に行く。大野夫人に会って一言話し、お茶代わりに森永牛乳を一本ずつ戴いて八時にこの家を出て田町の本社に行くも面接できず正午ごろやっと社長代理に中須さん、池谷さん、松本さんが来て私と浅野さんは久方ぶりに米食をした。(中略)二四日に森永社長は面接してくれないので、私達は高田なほ子先生(参議院議員、能瀬注)の取次にて厚生大臣に直接陳情に行った所すぐ面会して私の話すことをよく聞いてくださいました。」

 この日記は『砒素ミルク1』以外では公表されてはいない。中坊氏はこれを読んで、記憶に残っていたのではないだろうか。それにしても事実を確かめもせずに、よく自分に都合のいいようにくっつけたものである。


6.「被害者は加害企業に感謝している」?…
                   公害被害者の尊厳を踏みにじる凶悪な嘘 
  2014年追記


 『野戦の指揮官・中坊公平』(文庫本)(平成1年1月25日発行)の103ページでは「森永裁判当時の森永乳業社長が亡くなったとき、被害者の親たちは、遺された夫人に社長あての感謝状を送る。」とある。

 しかし、他方、『諸君』(2002年5月号)での菊地孝生との対談157Pでは「ひかり協会が主催して大野社長に感謝する会を開いたんです」とある。


 NHK出版の中坊本では、これが彼の驚くべき個人的主張であるところの 「被害者は今では加害企業に感謝している」を補強する「証拠」のように配置されている。彼は、その後もこの「行事」について、しつこく雑誌で触れている。ところが、同一人物・中坊氏が語る「行事」の内容が、媒体ごとに別物になっているのだ。

 そもそもこのような「行事」がオフィシャルに実施された事実はあるのだろうか?ちなみに、「森永裁判当時の森永乳業社長」の逝去は昭和59年(1984年)だ。不思議なことに、この「公式行事」は、ひかり協会の「10年のあゆみ」「30年のあゆみ」にも記載されていない。「守る会」の公文書にも存在しない。つまりこの「行事」は、少なくとも公文書からは確認されない。

 一体、この信じ難い「被害者合意のもとに公式に行われたとする行事」とはどこに存在するのだろうか?被害者とその遺族が、当時、こんな公式行事の開催を知っていたら、おそらく憤慨した事だろう。
 もちろん、このような言説を流布することで利益を得る者は誰か?は、押して知るべしだ。

 NHK出版は、「加害企業に被害者は感謝している」などという言説流布の先陣をはった事に関して、死亡乳児131人(事件発生後1年以内)、1万2159人の被害者、そして、2013年までに、もがき苦しみながら死亡したであろう認定被害者1170名の御霊とその声なき声に対して、きちんと答える責任があろう。


【了】 

不見識の極みというべき中坊公平氏 週刊金曜日19991001



ブログ「世に倦む日日」の主が怒っている。コメントを寄せる市民も怒っている。
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興味深いコメント・指摘をスクラップ。
Commented by ヒムカ at 2014-02-24 00:05        

私は、反日共、反代々木系でもありませんが…実践活動において「日共」の手練手管に泣かされたものです。 志位和夫は今日では品行方正に振る舞っていますが…その「汚れた手」を知る者は少ないでしょう。第19回大会にて「中央委員、新書記局長(36歳)」に大抜擢」された背景には、『丸山真男批判』大キャンペーンもありました。 今、もしやと思いインターネットで検索すると…ありました。ありました。暇のある方は、是非とも【不破哲三の宮本顕治批判〔秘密報告〕】 (※1) をお読みください。サブタイトル「宮本氏と側近グループによる『日本共産党の逆旋回』:不破哲三」です。おどろおどろしいタイトルではありますが、日本現代史を「講座派」の読み方をするならば、さすがに不破哲三の告発文です。捏造はありません。

Commented by ヒムカ at 2014-02-26 00:35   不破哲三の告発に「捏造はない」書いてしまい…今読んで、反省!誤解を招く表現でした。兄上田 耕一郎ともども、ある時期を除いては宮本顕治と「共犯者」だったのです。 『日本共産党史』をE.カー「歴史とは何か」風に読むならば…野望と利権争いに満ちた「権力闘争であったと思います。一時、粛清されていた不破哲三は、奇怪な妥協をしながら虎視眈眈と宮本の「引退」を狙いつづけ、そうして挙句、返り咲いたのです。(彼の所有する資産は目を覆うばかりです。) 第20回大会で「路線の大転換」を整備した後、不破哲三は、>「これを、あくまで〔秘密報告〕にとどめ…略…それをすれば、宮本批判だけにとどまらず、私や他の常任幹部会員への批判、追求も爆発することを怖れるからである。」といいながら、今日でも口をつぐんでいるのです。 ※宮本顕治は、1994年第20回大会まで33年間、共産党における最長不倒翁の地位を占めていました。その登場の不可解さ、粛清の手練手管は、驚くほどに金日成(キム・イルソン)に似ています。 

Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:42    

ちょいと気になって、[海渡 雄一 反原発 都知事選挙]で検索してみた。
と、>「…海渡雄一氏は、選挙直後一本化問題に言及したという。『僕も【お前が降りれば一本化するんだ】と言われて、相当苦しんだけど、宇都宮さんについて最後までやってきてよかった。細川さんに勝てたということは、やはり一本化の議論が根本的に間違ってたんじゃないかと思う』とは…彼らしい。」との記事を読んだ。唖然。茫然。
『社民党』は、もはや奈落の底!福島瑞穂の知恵袋として大活躍していた海渡雄一氏は、東大生時代はノンポリだった。私、会った時、ポンやりしていたので…知人に尋ねると、頭脳は明晰だという。また要領の良い人間であり雑駁ではあるが数をこなすのだという。しかし、私には、あの鈍さは不愉快だった。
2012年衆議院議員総選挙にて、阿部知子を排斥したとき…社民党は壊滅したと思った。
もはや、社民党には硬直した「協会派」(『机上論理』ばかりで実践をさぼるから、『学びの人』と揶揄されている)の牙城である。( 辻元清美の社民党離党は正解だったと思う)
「日共」も、「社民党」も根腐れしてしまった。(歳月の中で形骸化して、内部に全体主義的な権力を作ってしまった)

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規制委の審査で合格が出て、止まっている原発のほとんどが再稼働を始め、柏崎刈羽も浜岡も動き、新設も始まったら、どうやって脱原発するのか。選挙は2年半先までない。宇都宮先生のご訓示の「一回や二回の選挙で負けて諦めるのか」の精神論で済む話なのか。死ぬまで官邸前デモやってりゃいいのか。

at : 2014/02/23 15:22 web から

一基一基と、春に規制委の審査合格が出て、夏に西日本から再稼働がされて行き、さらに柏崎刈羽も、浜岡もとなったら、湯川れい子の言った「これが最後のチャンスだった」が真実味を帯びるんじゃないのか。あのとき、左翼は寄って集って罵倒していたが。 http://t.co/nj3ac3qGDa    
at : 2014/02/23 15:15 web から

再稼働させることは国を滅亡させること。そう分かっているのなら、この選挙で脱原発の民意を明らかにさせないといけなかった。ところが、脱原発を声高に叫んでいる左翼は、小泉の脱原発は信用できんとか言い、脱原発を都知事選の争点にしなかった。脱原発を争点から外し、雇用だ福祉だを争点にした。  
at : 2014/02/23 15:33 web から

左翼が「行動」し「努力」している「脱原発運動」は、それ自体が自己目的で、左翼勢力の維持や拡大のための「脱原発運動」だということだ。本当に脱原発するためはなく、運動を続けて広げることを目的とした政治運動。その「行動」と「努力」は、決して脱原発には繋がらない。再稼働を阻止できない。 
at : 2014/02/23 15:51 web から

現に今回の都知事選で、左翼は狙いどおりに共倒れに持ち込み、脱原発都知事の誕生を結果的に阻んだ。脱原発候補が選挙で負けたことで、都民はそれを最優先課題にしてないという民意になり、「時間をかけて脱原発」の流れが固まった。「時間をかけて」とは、ベース電源たる原発をどんどん動かす意味だ。 
at : 2014/02/23 15:57 web から

4月に入ったら消費税率が上がる。その影響が出て、内閣支持率が落ちると、規制委が審査合格を出しにくい環境になる。皮切り(西日本の1-2基)は早いんじゃないかな。規制委が審査合格を出したら、それを根拠にして安倍晋三は粛々と再稼働指示。止めようがない。どうやって止めるか左翼に聞きたい。 
at : 2014/02/23 16:14 web から
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Commented by ヒムカ at 2014-02-25 22:43    
日本は何処へ行くのか!惨憺たる思いである。
市民は、「左翼」あるいは「リベラル・中道左派」という装いに誤魔化されてはいけないと思う。今回の都知事選挙を総括して、いよいよ、しっかりと自己省察しなければと思う。
しかし、「細川元首相の都知事選出馬」は、確実に「カタルシス」を起こしたのである。2月8日の夜の新宿の演説を、私は決して忘れない。日本も見下げたものではない、まだ希望はゼロではいと確信できた。「細川元首相の都知事選出馬」が、救世主になるとは思わなかったが、しかし、最後まで闘い続けた「市民」がいたのである。
(『変革』のためには、「合理と非合理のたたかいが、一瞬のやすみもなくつづけられる」のですから―【実践の哲学】グラムシから引用)
「歴史的ブロック」の変容は、少数の「カタルシス」が波を打って、強弱を繰り返して実現していくと思うのです。(細川氏は、自分の制限的な役目を認識していたように思います。)

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社会を荒廃させる左右の「マッチポンプ政治」
右翼も左翼もこの国を荒廃させていく二大マッチポンプ政治であることが次第に明確になりつつある。
だが、左翼にとってはいつまでたっても、「国民に自党への依頼心を持たせる」ためのお祭り騒ぎが大切なのであろう。
ただし、無党派市民が街頭にたち活発に活動するとき、左翼はそれを「街頭主義」「プチブル自由主義急進運動」と徹底攻撃してきた。一方で、赤旗や組合旗をたなびかせて、自党の「わずかな動員力」を素人市民に見せつけ、「どうだ、俺たちに声をかけると、華々しくなるだろう? 俺たちに頼ると気持ちいいだろ? 動員数の水増しも俺たちが普通にやってきたことだぜ…真似したらいいんだよ。プロである俺たちを見習え。最初だけあんた方の手柄にしてやるぜ、そのかわり選挙や組織にはしっかり俺らの兵隊を入れて看板宣伝させろよ。見返りをちゃんと寄越せよ…寄越さなかった場合は…わかってるな…」と脇の下をくすぐってきた。
これはもう半世紀以上に亘る彼らの作風だ。

全体主義は左右がそろう時、急速に発展する
街頭で数をもってアクティブに動けば、メディアも絵になる材料として宣伝し、現実がいとも簡単に変わるかのような幻想を市民にも持たせることができ、同時に、選挙での票にも結実すると考える思考方法。
これは左翼の形式思考と化している。一般市民の共感など、どこ吹く風で、組織動員を生業で続けてきた者たちにとっては、10年一日、なんら工夫も必要ないルーティン作業。簡単なことだ。もちろん、市民を潰すときも、恥知らずに「青年同盟」などの組織動員を露骨に行う。まるで、1930年代、街頭で軍隊式行進をして威圧していたドイツ共産党とそっくりだ。ナチスもそれにあこがれて真似た。「全体主義は左右が揃って、はじめて、見事に急速に進展する」という歴史的教訓は、日本人の頭からすっぽり抜け落ちている。今の日中関係をみても、その相似形がわかるというものだろうに…。

「…(前略)…やはり都知事選が割り込んだため、田中俊一が風見鶏をしていたのだ。政治的理由である。自公候補の圧勝となり、脱原発の民意が示されなかったため、田中俊一は茂木敏充の指示に素直に頭を垂れる顛末となった。この基本計画の発表にタイミングを合わせて、テレ朝の報ステが、米国の原発事情について報道、福島の事故の後、米国では20基の建設が中止となり、昨年は稼働中の5基が廃炉になった事実を伝えた。米国の規制委の元委員のピーター・ブラッドフォードが登場、米国政府の方針が変わり、安価なシェールガスの増産を受けて、米国が脱原発にシフトしたことを語っていた。2週間前にTWでも書いたが、米国の脱原発は、新自由主義の論理と動機でキャリーされている現実である。市場原理主義が米国の脱原発をドライブしている。この都知事選で、左翼が毎日のように喧伝したのは、新自由主義の脱原発は信用できないというプロパガンダだった。…(後略)…」http://critic20.exblog.jp/21742176/

「世に倦む日日」のブログ主が言うように、「脱原発」は左翼の専売特許ではない。それを専売特許にしたがる左翼がいるとしたら、それはまさしく「ごろつき左翼」と呼ぶに相応しい。市民的資質が欠如した他力本願主義と偏狭政治イデオロギーに警戒心の少ない層を囲い込んで党生活者の既得権益を維持しようとする「貧困ビジネス集団」といえる。世界の将来など何一つ真剣に考えようとしない、「わが党だけが」主義。
そして、それは、個別問題では、かなり露骨な、癒着と裏切りを繰り返してきた「業界左翼政治」の正体だ。

【参考資料】
世間で正義派やリベラルといわれるほど怪しいという証拠。これだけの売名的、欺瞞的嘘がある。
ちなみに宇都宮氏はこの中坊氏を「目標」にしているらしい。(2013.5.6毎日新聞記事)
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-enokibara-keijiban-memo.htm
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、中坊公平氏が流布し、訂正もせずに終わり、ゆえに未だに一人歩きを続ける巨大な嘘を、見逃し、許すことはできないとして、彼の公人としての言説に批判を加え続けている。
中坊公平氏の逝去報道に沸く5月6日の毎日新聞で、
「…(前略)…一方、森永ヒ素ミルク中毒事件資料館…は、(中坊氏は)近年、著書などで『被害者は(被害を補償した)森永乳業に感謝している』と受け取れる発言をすることがあったといい、『被害者感情を逆なでする発言で、批判は多い』」 と批判した。

「被害救済」などと看板をみめ麗しくひけらかしても、組織幹部権益を最優先する民主集中制
が市民運動を占拠し、閉じた回路に転向すると、こんな酷い有様に行き着く
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-higaisya-dantai-no-huhai01.htm

検証:弁護士の言説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm

弁護士は神様か? 被害者弁護団への疑問
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-bengodan-no-mondai.htm
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(※1)
「フルシチョフ秘密報告」をもじって「不破哲三の告発」というフィクションスタイルをとり、彼を含む共産党の粛清体質を事実に基づいて告発した宮地健一氏のノンフィクションレポート。
まるで旧日本軍内部で常態化していた私刑(リンチ)そのものである。戦後において、「平和と民主主義を唯一スジを通している」と自称する党派内部でやりたい放題に展開された暴力査問、イヤガラセ、いじめ、学者党員への言論弾圧、原水協など表向きの党外団体にまで及ぶ徹底粛清など、彼らが美辞麗句を尽くして粉飾する所謂「民主団体」の醜悪な有様がリアルに暴露されている。
特に、小田実氏のべ平連運動などの市民運動をターゲットにした文学系団体への粛清、労働戦線での自党のシェアを確保するために行われた粛清。1982年頃から強烈化されたそれら。
森永ヒ素ミルク中毒事件で、露骨に加害企業と結託する形でなりふり構わず強行された言論弾圧の10年間の事象と非常に酷似している。そしてまた、その不正の歴史に関して「口にチャック」し、それをむしろ正当化しないと未だにやっていけない民主集中制勢力の内実は、「不正な国家権力の補強手段と化した業界左翼」の名称が相応しい。
森永ヒ素ミルク中毒事件闘争50年史
被害者団体の幹部が創設者を弾圧しながら、加害企業側へ公然内通
~民主集中制とそれに利用される腐敗勢力~

市民たちの、この叫び
ブログ「NY多層金魚」http://nyckingyo2.exblog.jp/20374289
この度の都知事選は、日本政治史のなかで、もしかしたら数世紀に渡り語り続けられるものになるかもしれない。ナチ体制の完成の下支えとなった、ワイマール共和制崩壊前夜のドイツ共産党の「大躍進」のように...。自己の傲慢と閉鎖性に気づく回路を持たない「政治的一神教」が沸いた束の間の「大躍進」のように...
政治のフレームワークを単純比較した時、似通ったものを感じる人も多いだろう。

だが、日本の市民は、80年前の金融危機と内乱が常態化した、追い込まれた欧州政治の野獣的で暴力的な状況とは異なり、多元的な価値観を尊重する冷静さを有すると期待したい。
日本のような政治状況は他国でも頻発している。例外的な異常ではないかも知れない。
だが、唯一異常なのは、一般的人間集団としても腐敗しきったマルクス主義系政党が大手をふって、市民社会の成長の前に立ちはだかり、全体主義復興のマッチポンプとして相手を自己の補完物としながら見事に機能している点だ。

「するつもりもない革命」で世俗的野心に煙幕を張る自称「革新」
それに対抗する最短の道は、市民が自らの「市民的資質」を鍛え上げ、政治を真剣に考え、実践することから風穴を開けることだ。
百年近い不正な宣伝扇動スキルの蓄積で鍛えられてきた「腐敗左翼ムラ」のプロパガンダを打ち砕き、権力の不正の根幹に焦点をあわせるためには、市民の政治的スキル、政治的リテラシーが欠かせない。
日常のなかに市民が政治的なるものをとりもどし、持てるスキルのすべてを投入して政治の改善活動に参与していくことが、とても大切だ。革命などは必要ない。「するつもりもない革命」を、自らの世俗的野心のカモフラージュのために口にする諸党派とその運動員より、目の前の改善を実現することの方がはるかに技量と勇気が必要だ。それには日常の仕事で培われた市民の幅広いスキルと人脈が欠かせない。
一方で、既成の「自称無党派というプロ市民」という概念も当然、批判の遡上に上ってくる。
重要なテーマは「市民的資質」の成長。その宿題は、最近提示され始めたばかりだ。

「頼る政治」からの脱却
マルクス主義的世界観、その組織観である民主集中制的思考方法、それと決別できない「考えない独善的プロ市民運動」、現実政治にコミットする力のないぬくぬくとした「業界左派的知識人」がどれだけ一般市民の願いを弄んでいるかが鮮明になりつつある。「頼る政治」のもたらす閉塞があからさまとなっている。

このようなブログや問題提起が盛んに行われ、他力本願政治から、自ら作る政治、開かれた市民運動へ、或いは、ムラ社会化防止に挑戦する新しい政党運動や政治的結集軸への転換が図られていくことに期待をかけたい。それこそが、未来に希望を見出そうとする人々にとってはとても刺激的で、愉快な試みではないか?
しかも、それしか、平和が生き残る道はないように見える。熱狂に翻弄されるだけの、考えない人間集団には安心できる未来は訪れない。
 

ブログ「世に倦む日日」で以下のような論稿が発表された。(2014.2.18 23:30)
現在の政治状況をよく捉えた重要な問題提起だと思われるので、一部をご紹介したい。

「左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド」
http://critic20.exblog.jp/21691135/

「…(前略)…結論から言って、宇都宮健児の立候補と一本化拒否は、市民に対する裏切りであり、戦争へ突入しようとする安倍晋三の権力への左側からの幇助と加担の政治的行為だ。左翼は自らそれを選択し、正当化し、その政治を強行し、その錯誤を阻止すべく動いた市民や知識人を乱暴に排除し封殺した。卑劣な脅しをかけて屈服させようとした。<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>の三範疇が広く人口に膾炙されるとき、「左翼の壊死」は確信となり通念となることだろう。 
…(中略)…
マルクス主義は日本では死亡している。今日、このことを疑う者はいないはずだ。NYSEの暴落でも起これば、2008年のリーマンショック時のように、経済学の分野では一人か二人が息を吹き返し、マスコミや論壇に顔を出し、マルクスの世界恐慌論の予言を紹介する場面があるかもしれないが、少なくとも政治学ではそれはない。マルクス主義の蘇生や復活は絶対にない。死滅している。今回、漠然と思いが浮かんだのは、大江健三郎と辺見庸という問題だった。1月からの一本化論争で、大江健三郎が発言する機会がなかった。鎌田慧と澤地久枝が一本化に奔走する中で、3.11以来、日本の脱原発運動の先頭に立ってきた指導者の大江健三郎が、一本化に賛成とも反対ともコミットすることがなかった。賛成と言わなかったことも残念だし、それ以上に、この重要な問題で口を閉ざし、局外中立に身を置いたことに私は不本意だ。若くて先のある政治家の山本太郎が、ここで沈黙を守るのは仕方ないし、賢明な保身の選択と言える。しかし、79歳で戦争体験のある大江健三郎が、83歳の澤地久枝や99歳のむのたけじの絶叫を聞きながら、無言で通して場を凌ぐということが許されるだろうか。一本化派の市民も、反一本化派の左翼も、大江健三郎の言葉を聞きたかっただろう。結論は中立でもいい、反一本化(宇都宮派)でもいい、結論ではなく、この重大な事件に遭遇した責任的当事者として、大江健三郎の思考と判断を知りたかった。

大江健三郎は、知識人としての責務を引き受けて、ここで言葉を発するべきだっただろう。どんな発言をし、どんな立場に立ったとしても、必ず非難と罵倒の攻撃のみが返ってきて、苦痛と屈辱だけが残る結果になったに違いない。けれども、知識人はそこで態度を示し、責任を果たさないといけない。今回の問題は、単に脱原発にとってだけでなく、それだけ大きな歴史的転換点だった。最近、辺見庸は、戦後左翼の欺瞞を口汚く罵る中で、大江健三郎の名前を挙げて指弾していた。私は、このことを不快に感じ、記事でも指摘していたのだが、今回、<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>と、心の中にあった言葉を書き並べ、柱にして地面に打ち立て、3本の柱の上に視座を設定して眺めると、見方が逆転して辺見庸に接近していることに気がついた。大江健三郎は、どうすれば脱原発を果たせると思っているのだろうか。毎回、「さようなら原発」の集会の演壇でスピーチをしながら、この国で脱原発をするのはいつで、それはどんな政治だと考えているのだろう。もし、宇都宮健児と同じく、「一回や二回の選挙じゃできない」「何十年も運動を続けることが大事」という考え方を持っているのなら、脱原発運動の指導者を任せることはできない。市民運動を党派の道具にすることは、知識人が率先して阻止すべきことである。
…(中略)…

今回の都知事選も、時間の流れの中で埋もれ、土を被され、なるべく掘り返されず、検証や意味づけをしないように、つまり一人一人が忘却に努めることになるだろう。この政治戦で、少なくない者が傷ついたはずで、さらに傷つく事件が続くだろう。傷つけば傷つくほど、人はそれを忘れようとするのである。ノーサイドだと言うのだ。今後、都知事選については、ノーサイド主義が跋扈し、総括はするなという圧力が左翼の<業界>を覆うだろう。


何となれば、真摯に正面から総括に及べば、<業界>が壊れてしまうからである。左翼の<業界>に寄生している者たちには、それはメシの食い上げであり、したがって、ノーサイドを喧伝して割れた皿にガムテープを貼るしかないのだ。
…(中略)…
今回の都知事選は凄絶な内ゲバだった。36年前の1978年の京都府知事選も、基本的に内ゲバの政治事件である。内ゲバと厳しい敗北。敗北が、次の政治の条件を作る。」

(太字化は当ブログ管理者が実施した)

【資料】
「業界左翼」が市民を攻撃する姿と(元)取り巻き達の「見て見ぬふり」のリアル…
【市民が岡山地裁へ提出した公文書】
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen3-pdf.pdf
「左翼ムラ」の政治犯罪は以下の裁判で原告市民が提出した公文書に明確に記載されている。
→結果は一般市民側の勝訴
能瀬訴訟一審 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou.htm
能瀬訴訟控訴審 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm 


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ブログ「NY多層金魚 = Conceptual Blog Kingyo
  風の歌、波の歌、雪の歌を聴け!  http://nyckingyo2.exblog.jp/20374289
ブログTokyo Letter: Whither Liberalism?
  執拗な一本化批判の真意 http://tokyoletter.info/?page_id=476
   「市民運動政治」の失敗 http://tokyoletter.info/?page_id=504



「…非常に頻繁にあることだが、多数派よりも無遠慮で手段を選ばぬ乱暴な少数派が秩序を強制し、その結果、この秩序が当初の反対派に対しても正当なものとしての効力を持つようになることがある。投票が秩序の創造や変更の手段として合法的である限り、少数者の意志が形式的な多数を得て、多数者がこれに服従すること、つまり多数決が外観だけに終わることは珍しくない。…」
(M・ヴェーバー『社会学の根本概念』岩波文庫 訳:清水幾太郎)


今回の都知事選についての興味深い論稿が出ている。
  ブログ「世に倦む日々」   http://critic20.exblog.jp/
    その
コメント欄に寄せられている市民の声がさらに興味深い。

「共産党を中心とする左派にはがっかりした。一本化を求める方々への誹謗中傷に始まり、選挙後の言い草までを含めて、まさかこれほど酷いとは思わなかった。今回の知事選でよくわかった。彼らはこの国の平和を守ろうなどとは思っていないのである。市民の味方などではないのである。始末の悪いことには、そのことに自分たちで気づいていない。彼らは正しさのためになら戦争だってするだろう。つまり、根っこは極右と同じなのである。周囲から批判されればされるほど、頑になり、内部が団結し、凶暴になる様は、まさに安倍政権の日本の今と瓜二つである。そして最大の問題は、極右と極左に取り込まれている若者が少なくないということだ。」
(※1)

ただ、今回の都知事選の経験を通じて、日本の市民運動が、以下の本音の吐露に見られるような党利党略的、政治的詐欺行為を見破る経験を積んだのだとしたら、宇都宮氏ほど歓喜する必要もないが、それほど絶望する必要もない。


宇都宮氏が一番意識していたコト : 「元首相連合に勝った。達成感がある。」  → http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1781.htm

民主は反省、共産「大健闘」 都知事選を総括
2014/2/10 20:02 日経新聞
 民主党の海江田万里代表は10日、東京都知事選で実質支援した細川護熙氏の落選について「もっと早い段階でオーダーが来ていればいろんなことができた」と述べた。出馬表明が遅れたこともあり十分な支援ができなかったとの反省だ。幹部は支持団体の連合と足並みがそろわなかったことに触れ「関係修復が今後の課題になる」と語った。

 共産党の志位和夫委員長は10日、同党が推薦した宇都宮健児氏と党本部で会談し「大健闘だ」と総括した。宇都宮氏は「元首相連合に勝った。達成感がある」と伝えた。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1003N_Q4A210C1PP8000/

(※2)


小泉元首相への拒否反応? 末端党員はそれで盛り上がるが、思考方法の源泉は違う。なぜこうなるか? 歴史を探ってみる。
共産党は、今や先進国にはほとんど存在しないが、元々は、社会主義革命体制を防衛するためにソビエトがモスクワに本部を置いて設立した「コミンテルン」(国際共産党)の「各国支部」として発足したものだ。ソビエトへ敵対するならば貴兄の国内で同様の内乱を促しますよ、という逆転の脅しである。
その
日本支部として発足した日本共産党。当時の各国共産党の中でも、最もコミンテルンに盲従する作風であったその姿の源泉は、当時の神がかり的軍国主義に同化した日本国民全体の傾向に内在すると指摘するシニカルな見方もある。

ナチス台頭をチャンスと捉えた昔日のドイツ共産党の姿と重なってきた。
(市民運動に浸透する場合は、一時的にそれを隠す)
コミンテルンを出自とする共産党の行動原理が最も分かり易い形で「視える化」されたのが、第二次世界大戦前夜のドイツ共産党である。
当時もっとも先駆的な民主制と言われたドイツのワイマール体制下で、労働者の支持が少なかったドイツ共産党は、あろうことか露骨な「ナチス必要悪」論を基本戦略として保持していた。
それはコミンテルン型共産党の特性が発揮された「社会ファシズム論」(社会民主党に主要な打撃を加える)に象徴されている。(「社会ファシズム論」は
歴史研究者には目新しい事実ではないが、教科書でさらっと通り過ぎた人には、聞きなれない言葉かもしれない。当時のドイツ共産党がナチ政権の登場を内心チャンスとばかりに期待さえしていた、という恐るべき無節操~今に続く共産党の超セクト主義の源泉~を以下に示しておく。)

コミンテルンの 「マヌイルスキーは1932年1月に、
ナチスは社会民主党の組織を破壊するがゆえにプロレタリア独裁の先駆であると言ったが、ドイツ共産党のレンメレはそれに応じて、ナチスの政権掌握は必至であり、その時共産党は静観するであろうと述べた」
(『ワイマル共和国』中央公論新書より)

ひらたく言えば、「先にナチスに政権をとらせれば、ドイツ社会は混乱し、国民は、最後には“最も対極で批判しているように見える”共産党に “共産主義だが、今の状況では投票先として仕方無いな”」と、すがって来ざるを得ないだろう。そのためにも、極右の政権掌握を看過し、漁夫の利を狙え」 という発想だ。


社会の二極分化に歓喜する、イデオロギー党派の変わらぬ習性
社会が混乱し極右が跋扈すれば、これまで穏健だった人民は、対抗馬としてより過激な思想政党を支持することも止む無しとの感覚に走りやすくなり、社民党支持の労働者も左右に割れるだろうとのマルクス主義者の期待感だ
。(まさに、全体状況を見ることなく、敵を、自党に擦り寄ってこない市民運動に設定し、落選しても、市民を押しのけて二番手につけたことを無条件に心から嬉しがる思考方法と同根である。) (※3)
もちろん「過激化した国民の支持もかっさらうチャンス」だと必死になっている姿もありありと見える…。

これが、日頃は見向きもしてくれない共産主義政党に支持を集める一番手っ取り早い方法、という安直な発想である。人民の願いとは関係なく、人民の願いを助けるふりをしながら人民に近寄り、自分たちの勢力を拡大する根城にする無限の運動を続ける。“人類を共産主義社会に導いてくれる「前衛党」の躍進が最優先事項” だと信仰している共産主義政党党員・支持者の頭の中では、このことに、なんら疑問をはさむ余地は生まれない。
もちろん、当時のドイツは社民党が共産党より圧倒的に優勢であったがために、社民党に主要打撃を加えるという、尾篭な発想になっただけで、現在の日本のように社民党が廃れている現状では、その逆、社民党を下請けがわりに配下に置いているように見せる作風を選ぶだろう。

自党を神聖化し党派的利害を最優先にする政治的作風。
要するに自党の利益になるのならどことでも手を組む(
裏でも手を組む)が、自党に利益にならないのなら市民であろうが被害者であろうが弱者であろうが、徹底的に敵として扱い、中傷と謀略でもって排除する、というわかりやすい独善性だ。
そういう意味ではそこらへんに転がっている世俗政党と同程度か、それよりはるかに下卑た存在ともいえる。(事実、共産党はいつも言い訳に困ると「資本主義も他党の人もウチと同じようなことをしているではないか」といわんばかりの言辞を平然と口にして自己を疑うことを知らない)

いずれにしても、ナチス政権登場の責任の相当程度が、政界においては共産党及びコミンテルンにもあるというのが前述の史実から導き出される歴史学上の評価だ。



1930年代ドイツを連想し始めた市民たち
「21歳、就職活動中の子供がいます。初めての選挙ではいち早く三宅洋平に注目していたので、ネットウヨクタイプではけして無いのですが、今回の都議選では宇都宮と田母神のツイキャスを見ていた、都内では無いので投票はしないのですが、若い人たちが注目していたのは、この二人という状況は全国的にあると見るべきです。
立場としては対象的ではありますが、若い人たちに対してのメッセージを明確にしていたという共通点もあり、一方で、田母神が持つ右翼性に嫌悪を感じる親の世代とは別の認識があり、彼らの持つ閉塞感に訴求するものをもっているという危機を感じました。
1930年代のファシズムが浸透したドイツに酷似した状況です、一つ一つ負けが重なることで抜き差しならない事態に陥りつつある。」
ブログ「世に倦む日日」 http://critic20.exblog.jp/21661485/ 
Commented by かまどがま at 2014-02-17 09:50

「都知事選の一連のTWとブログを読ませていただき、中野重治の転向について、石堂清倫氏の書かれた文章を思わず読み返しました。


戦時中も最後まで国民の支持を得られず、孤立していたに過ぎない姿を
反省もなく「売り物看板」で使い倒し、唯我独尊の合理化に利用する共産党

ストライキ等で実際にナチスと共闘していたドイツ共産党。精神的連携だけでなく物理的共闘にさえためらいは無かった。ナチスはナチスで、穏健な社会主義政党の支持者をもぎ取るために、共産党の政治スタイルを徹底的に研究し、真似していた。 

共産党は平和と民主主義の党?今や都市伝説並みの信仰といえる。
実際の混乱期には共産党よりもプロパガンダにたけたデマゴーグが民衆の心をよくつかむ。共産党は似た者であるがゆえに、すぐに弾圧され淘汰されてしまう。共産党は市民運動を敵視し、中間層による改善と変革の芽を摘み取る全体主義の補完物として機能しておきながら、「似たもの同士の対極」から弾圧されたクダラナイ経験を「唯一の反戦平和の勢力だった」かのように独善的な歴史観として振りまき、それを「困ったときの神頼み」「売り物」にして世渡りをしている。とんでもない勘違いをしている面々だ。かつての日本でも、戦争や軍国主義を拒否して満州や南方に玉砕要員として派兵された無党派の自由主義を重んじた国民がおびただしく存在する。共産党がコミンテルンの下請けとして世間知らずの青二才が革命を金科玉条の最終目標におき、その戦術として「平和」を謳った事や、国民には意味不明な路線闘争や論争に明け暮れ、最後まで日本国民の支持を得られず、孤立していたに過ぎない事実。それが彼らの言う「共産党・だ・け」の実態である事をしっかりと思い起こす必要がある。

「ナチにまず政権をとらせよ、その次が、わが党(共産党)の出番」─

この思考方法に未だに変化がないのは、今回の都知事選のあとの宇都宮氏の言辞、「元首相連合に勝った。達成感がある」といった極狭視野的発言に端的だ。この底知れぬ傲慢な唯一主義。酷似する昔日のドイツ共産党の行動を、コミンテルンとスターリンに責任転化し、汚れた過去を葬ったつもりになっても、結局、本質的にそれと変わらぬDNAは隠せない。むしろ、日本の最新の政治情況に形を変えて見事に反映され、安部政権の言動のなかで、水を得た魚のようにひとり調子に乗って唯我独尊の政治的作風を社会に拡げようと必死である。この傾向を軽視してはならない。

彼らの昔日の成功体験…「社会が大混乱する非常時」には、一時的に支持が得られたという記憶。だが、いつまで待っても「非常時」が来ないとなるや、穏健路線を売り物にして選挙戦術を駆使して「革新府政」「革新都政」で統治側に立った蜜の味は今も忘れられないことだろう。今回の共社連合は、その「昔の夢」を追いかけたい夢想に基づく無節操が生み出したものだ。すでに仕込みは、3.11を党勢拡大の「千載一遇」のチャンスと捉えた共産側からはじまっていたと感じる人も多いだろう。

「共産党は他の世俗政党より多少ともリベラルではないか?」と期待をもった時点で彼らの罠に片足を突っ込んだ状態だ。大局的には政治権力の子飼いと化し、不満吸収代行党派と化した勢力が、現世の利益と癒着しその権益を守るために自党を神聖化して独善主義にまみれた場合、まじめな市民をどこまで混乱させることになるか?…底知れぬものがある。しかも、すでに欧州政治ではかなり克服されつつある特殊アジア的な腐敗の形状であるから、穏健市民にはすこぶるわかりにくい。彼らを味方と勘違いしてカラまれて傷つく体験をしないと見抜けないほど、非常によく出来たところの、「科学」という言辞を乱用するカルト的政治思想である。しかし、東アジアの片隅で、日本の市民はいつまでこういう堂々巡りを体験させられ続けるのだろうか。先が思いやられる。

左右が歓喜する状況。それが最も危うい状況。
今後、極右勢力の跳梁で大衆が両極分化する現象を心密かに期待するといった彼らの「漁夫の利」的思考方法に一層拍車がかかるかもしれない。
その思考方法の源泉は、共産党が自己を人民の上に置き、自己を絶対視する唯物史観の「歴史発展法則」信仰にある。(※4)
市民は、こういう信仰に支えられた特異な政治集団と一刻も早く完全決別する必要があろう。
そして、「民主集中制にもマルクス主義にも依拠しない」、つまり自党を人民の上に置かず、「人類を究極理想目標へ導く前衛党」などというおこがましい言辞と決別し、他者からの「批判という改善提案」に対して開かれた対話の回路を有する全く新しい政治哲学に基づく複数の政治的結集軸(選択可能な複数性・多元性を有する)を構築することが求められている。(※5)

それが出来なければ、日本は、形を変えた「ワイマール共和制の崩壊」を再度経験する羽目に陥るかもしれない。

-----------------------------------------------------------------------------------------

(※1)
共産党の横暴に苦しんだ経験を持ち同党を観察し続けている人々の中で、共産党を「政治的左派」と捉えている人は皆無に近い。
むしろ…
 「マルクス主義の
ドグマである歴史法則主義という一神教的世界観のみをフレームワークのツールとして利用しながら末端党員の精神構造を「閉じた回路」で統制し、独善と傲慢に陥った党生活者たちの現世の利益を守る事を当面の最優先事項としている所の、単なる体制補完政党に過ぎず。」
との認識が広く存在している。
だが、共産党の本性を内部的に間近に見る機会の少ない一般国民の一部は、「さしずめ何でもありの美辞麗句のオンパレード」に幻惑され不満の矛先として投票するか、あるいは多くの国民は「共産党」の看板を掲げている限りで「腐っても左翼」と捉えるだろう。もっとも、今回の都知事選で共産党が社民と組んで躍り出たことで、「左翼とはこういう本末転倒したモノの考え方をする人たちだ」…そういう捉え方が、原発という象徴的な社会悪を問題視する一般市民の中にも伸張するのは目に見えていた。そういう意味で、悪質な権力層には非常に便利な目くらまし政党であり、開かれた回路を持とうとする部分の政治的左派やノーマルな市民運動にとっては本来、第一優先で決別・克服すべき対象とテーマであったはずだ。今回、社民党も団子になって踊ってしまったようだから、ますます共産党いや、権力機構の思うツボにはまったと言ったところか?)
但し、仮に、マルクス主義の解釈はその信奉者の数だけ存在するという解釈の自由を前提にし、「共産主義など毛頭実現するつもりもないがマルクスの名だけは利用して世渡りしている」勢力をも、「マルクスの信奉者」と定義するという前提に立つなら、日本共産党も立派な「左翼」の一員だ。

【左右が同じ穴のムジナになるケースは、
水俣、 そして、森永 1.安部政権と森永製菓   2.民医連という組織 でもリアルに証明されている。もはや「左派」云々というより、「政治的詐欺師」の名称が相応しい。】

(※2)
候補一本化問題とは別に、明確になったこと。
候補一本化云々は、候補者の質やタイミングで叶わぬこともあるかもしれない。共産党が参戦したことでその可能性はほとんどゼロになったが、それでも働きかけを続けた人々の気持ちは理解できる。

だが、宇都宮氏も「脱原発」を高々と旗印に掲げ、このたびの選挙で敗北して公約を実現できなかったのだ。もし彼が有権者に責任を持つ精神を有しているのなら、その事実に対して、深刻な反省と総括を述べるべきその時に、“私の本命の競争相手は、無党派市民が推した細川・小泉の元首相連合でした。その連合よりも得票が上回って、落選候補のトップ入りが出来たことには、この上ない達成感があって、嬉しい”...と言わんばかりの突拍子もないコメントである...。

まるで当選候補が見せるような満面の笑顔をみせながら、共産党の幹部と握手している姿。ある意味、素直に本音を吐露したのだろうが、まれに見る醜悪さだ。


(※3)
都知事選を比較的冷静に観察しているフリージャーナリストが、宇都宮陣営のいびつさを指摘。
「…宇都宮陣営の街頭演説では共産党の地元議員や国会議員が“ 前座 ”を務めた。
 「派遣法を改正(改悪)して多くの非正規労働者を創り出したのが小泉政権」「細川さんは佐川急便からカネをもらった人」…彼らは必ずと言ってよいほど「小泉・細川(中道保守)」を批判した。

 そしてそれは効を奏した。都知事選に限っていえば中道保守は駆逐されたと言える。共産党が唱える「自共対決」は実現したと見ることもできる。…」

http://tanakaryusaku.jp/2014/02/0008761  田中龍作ジャーナル
田母神候補と宇都宮候補の間を行ったりきたりしてさまよう若者が数多く散見されたらしい。
まさにワイマール共和制の落日期を彷彿とさせる光景だ。こういう事態に内心歓喜するのが共産主義。


(※4)
民主集中制の意思決定にしたがう人間は…「脊髄反射で生きているよう」 に見える。
「ツイッターに跋扈している宇都宮支持者たちを左のネトウヨというのは言いえて妙だと思いました。
彼らを納得させる説明がなかったことも事実ですが、例えば「特区」と言うとたちまち(おそらく彼らを煽っているアジテーターが政党側にいる)「ほら、あいつらやっぱり言い出した、非正規雇用、首切り放題の特区」と大騒ぎをする。あげく「あいつら脱原発とか言いながら、本当は首切り放題の特区を作るのが目的なんだ」と。そんなことやりたいなら、わざわざ楽隠居やめて出てこなくても安倍や今やそのブレーンの竹中がやってくれるでしょうに。
私は3・11以後半年くらい自分なりに原発について勉強したことがあって、地域独占と総括原価方式が諸悪の根源だという結論を得ました。おそらく細川小泉両氏も同じ事を考えたと見え、電力自由化をやれば、効率よく安い電力を供給することが可能だと考えたに違いないのです。原子力ムラが言っている原発は安いというのは嘘八百なのです。そのためのエネルギー特区。なのですが、彼らを説得することなどできはしないでしょう。何か脊髄反射で生きているような感じがするので。」
…言いえて妙。事実、カルト的政治イデオロギーに取り込まれた面々の特徴的姿だ。
ブログ「世に倦む日日」 http://critic20.exblog.jp/21661485/    Commented by 梅子at 2014-02-14 13:25

「今回の都知事選で、脱原発という争点が左翼勢力にがんじがらめになってしまったような気がします。

脱原発を本気で成し遂げるためには、イデオロギーや所得階層にとらわれない、幅広い支持が無ければ無理です。3・11後ににわかに言われ始めた「脱原発に右も左もない」の実践が必要です。

しかし都知事選における細川・小泉氏への宇都宮サイドの攻撃が表すように、今後左翼以外で脱原発を掲げても、「お前たちの脱原発は認められない」と、おそらく攻撃の対象になる。

世に倦む日々さんがツイッターで仰っていた、「新自由主義者の脱原発」も、経済合理性の観点からは大いにあり得る(実際古賀氏などは脱原発)のですが、左翼勢力は彼らを認めないでしょう。

このままでは脱原発が左翼の所有物、おもちゃに堕ちてしまいますよ。」
ブログ「世に倦む日日」 左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド
http://critic20.exblog.jp/21691135/
Commented by pp at 2014-02-18 18:04

(※5)
市民運動を奪取するまでは、「共産党云々なんて言っている時ではない」をレトリックとして常用。
日頃は執拗に「わが党だけが…」の党が、「共産党を意識させないように」煙幕を張る時期。
「左翼とは?、左派とは?を徹底的に議論し、整理していくべきときです。最近共産党の周囲は自ら、「いまどき共産党が云々なんて言ってるときではない」などという発言をします。巧妙なレトリックです。これは共産党が、市民運動に介入し、完全に乗っ取るまでの過渡期で多用する言辞です。

何かを改革しようとする広範な市民運動が発生した場合、かならず共産党という党派は急接近し、かならず市民の「公開と透明性を保障しようという、ゆるやかなネットワーク」に対して、さしずめ「暴れん坊将軍」様の高慢ちきな姿勢で殴り込みをかけ、お得意(お得異?か)のプロパガンダで、自党の党利党略のための仕掛け(時には謀略)を展開します。これは他の事例でも公知の事実です。」
さすがプロパガンダを毎日生業としてやっているプロは、手口も手が込んでいる。
ブログ「世に倦む日日」http://critic20.exblog.jp/21655588/ by やより at 2014-02-18 11:56


共産主義者とナショナリズムに関して、「国内の階級矛盾を解決する代わりに対外侵略を断行せよという排外ナショナリズムが、自由主義者からも社会主義者からも一つの抵抗もうけることなく見るみるうちに世論を形成し、それが頂点に達したとき、九・一八の満州侵略軍事行動が開始された。」

これの2014バージョンが都知事選!?」

ブログ「世に倦む日日」 左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド
http://critic20.exblog.jp/21691135/  Commented by 長坂 at 2014-02-19 20:49

スターリン時代の大粛清(2千~3千万人規模)の調査などを進める
ロシアの人権団体「メモリアル」などが政治弾圧を受けはじめた。

100年たっても、未だにロシアの市民社会の成長を阻み、
国民を苦しめ続ける、「共産化実験」の後遺症。



2009年 12月24日
ロシアでの国際人権団体がサハロフ人権賞を受賞
【アムネスティインターナショナル】
http://www.amnesty.or.jp/news/2009/1224_1105.html

   ↓↓↓↓↓↓ そして昨年あたりから… ↓↓↓↓↓↓ 
2013年 
03月31日
ロシアでの国際人権団体への相次ぐ強制捜査
ロシア政府:人権団体などのNGO事務所を捜索 規制へ

【毎日新聞 モスクワ大前仁】
    ロシア政府が、外国から資金援助を受ける国内の非政府組織(NGO)の事務所を相次いで捜索するなど本格的な規制に乗り出した。昨年3月の当選から1年が経過したプーチン大統領への批判的な言動を封じる狙いだが、欧米諸国の批判を呼んでいる。

  露連邦検察庁などは3月下旬、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」や、ロシアの人権団体「メモリアル」の事務所を予告なしで訪問。昨年11月に外国の基金を受け取り「政治的な活動」を行うNGOに対し、「外国の代理人」として登録し、活動報告を義務づける法律が施行されたことから、書類の提出などを求めた。ロシアメディアなどによると、100近くの団体が過去1カ月で捜索を受けた模様だ。

  一方で、プーチン大統領は3月30日、市民社会の発展などに貢献しているNGOを対象に、総額約30億ルーブル(約90億円)の支援を拠出する大統領令に署名。NGOが政権の意向に従って活動する場合は援助していく方針を示した。

  一連の動きについて米国務省のヌーランド報道官は3月28日、「前例のない検査を深く憂慮している」と指摘し、さまざまなチャンネルを利用してNGO支援を模索していく意向を表明。ドイツも自国の関係するNGOが対象となったことから、ロシアに抗議している。

  プーチン大統領は11年末の下院選を発端にした反政権運動について、欧米諸国が支援したと糾弾し、米国から支援を受けていた国内のプログラムを昨秋、相次いで閉鎖した。
http://mainichi.jp/select/news/20130401k0000m030065000c.html


「強権的で不実、閉鎖的。市民社会の発展を最大限に妨げた」
【参考資料】  《 地球人間模様 》   人生変えたスターリン批判 83歳行動の人
人権活動家リュドミラ・アレクセーエワ(83)
http://www.47news.jp/47topics/ningenmoyou/77.html
(記事補足→実際には革命直後から1920年代にかけても、強制農業集団化政策などで、膨大な国民が餓死し、路上の死体を人間が食いあさるといったような想像を絶する貧困が全土を覆った。これはスターリン粛清開始前のソビエト革命体制自身の問題点であるが、この方はそれ以後のお生まれのため、記事ではロシア革命直後からの残酷物語の詳細については割愛されている)

   もし...ロシア国民が、社会主義革命直後に「“人民の利益” のためには全土的飢餓と国民の大量死もいたしかた無い」とするイデオロギーの正体を冷静に追及する観察能力をもっていたなら…、もし…物事を多面的にみて、世界は多様な価値観で構成されているものだ、という事実を認める能力を有していたなら…共産党の暴虐をある程度は防止することもでき、ロシアはもっと違った道をたどることができたかもしれない。
    だが残念ながら、一端、共産党を支持するに至った人々が、独善と傲慢の閉じた世界に囚われ、多様な政治的価値観を容認しえない状態に陥る共通した傾向は、東アジアの現状をみても歴然としている。更に、マルクス主義に内在する暴力と独裁への両義的態度は、対極の資本主義が生み出す全体主義的傾向をも実質的に免罪し、相互作用に基づく暴力の拡大・連鎖にも拍車をかける。左右の全体主義の増長は、国内外を問わず、お互いを必要不可欠の存在理由にする。ちょうど現在の日中関係もそれに似た構図を見せているのかもしれない。
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スターリン粛清の調査はロシアでも始まったばかり。それが再び封印されようとしている。
【参考資料】森永ヒ素ミルク中毒事件資料館  WEB版 「新しい自由と民主主義論」
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-book-new-democracy.htm
著:ノーマン・M・ネイマーク 主題:「スターリンのジェノサイド」訳:根岸隆夫  発行所:株式会社みすず書房 →ホームページ 発行日:2012.8.30 第1刷発行
 「…スターリンとその取り巻きたちは、このすべてのジェノサイド的攻撃をマルクス=レーニン=スターリン主義の教義に結びつけ、どれもおなじような警察、司法手段、司法外手段を使って実行した。そしてこれにはソヴィエト共産党と国家機構の両方が関与した。ボルシェビキ革命がつくりだした権力と支配の驚くべき実行手段として秘密警察を、スターリンは自分の反対者と想像上の潜在的反対者を弾圧するために動員した。1930年代と40年代はじめのスターリン統治の結果として、無実の数百万人が銃殺され、餓死させられ、強制収容所や強制移住地で死んでいった。今や、この物語はジェノサイド史のなかで大きな一章を割く時が熟している。…」
 ボルシェビズム/レーニン主義共産党の内部統制の別名「民主集中制」のおぞましいエッセンスが未だに大手を振るっているアジア世界で、日本共産党や各国共産党のDNAを考える上で不可欠の書。しかもコンパクトにまとめられている。
 ネイマークは、国連ジェノサイド条約が大国の思惑から「政治・社会集団への大量虐殺」をジェノサイドのカテゴリーから除外したこと、ナチスのユダヤ人への6百万人規模のジェノサイドへの配慮から積極的に取り上げられないできたこと(粛清の規模がナチスをはるかに凌ぐから)を指摘する。彼は、これらにより今日まで積み残されている深刻な歴史認識上の問題を提起した。
 スターリンは、ナチスとの「大祖国戦争」で勝利したという「錦の御旗」で、ナチを凌ぐ大量虐殺を正当化していた。連合国の一員の仲間入りしたことも、ソビエトの異常性に見て見ぬ振りをする手助けになった。
    ちなみにこのロジックは資本主義国にわずかに残存する共産党が今も平然と口にするものだ。曰く「軍国主義に反対した歴史を持つ共産党への批判は決して許さない」。これをもって、軍国主義に反対しつつ同時に共産党の独裁主義をも批判する市民に対しては敵対勢力に対する以上に執拗に攻撃する…。いや、戦前も一般市民のほうがよほどファシズムと対決し、一方、共産党はソビエトの配下としてコミンテルンの指示に忠実に従っていただけにすぎない側面が強いのだが…。にも関わらず、共産党以外の一般市民は軍国主義の前にすべて無力だったかのように歴史を大きく捻じ曲げる努力も彼らの重要な生業となっている。全ては彼らの「現状」を合理化するレトリックに過ぎない。
 いずれにしても、スターリン主義による大粛清は、最近ようやくジェノサイド史のテーマとして遡上にのぼり始めたにすぎないという、驚くべき現実に読者は直面する。


ソビエトによるポーランド指導階級の抹殺
【参考資料】  映画『カチンの森』予告編 You Yube
http://www.youtube.com/watch?v=1o6yWgR2at8
 ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「カチンの森」。
 戦史研究者には良く知られているこの事件も、一般的な認知は低く、少し極端な言い方をすれば、「忘れられた国家の悲劇」ともいえる。
カチンの森虐殺事件とは、ソ連による史上まれにみる他国の正規軍兵士(しかも戦いをやめた兵士=捕虜)へのアウシュビッツ的な政治的抹殺行為です。
 ソ連は、ナチスドイツとしめし合わせて隣国ポーランドを侵略し、実際に街頭に宣伝カーを出して、「ソ連は平和のためにドイツからポーランドを解放しにきた。皆さんの味方だ。抵抗しても無駄だ。ま、ちょっと集まれ」というプロパガンダでポーランド軍将校を全部収容所へ押し込め、ベルトコンベアー方式で、その全部を虐殺した。一方の悪役を強調して、自らの悪徳性を隠蔽・美化し、民衆の警戒心を麻痺させながら同様の悪行を冷酷に実行してはばからない…。実に姑息でずる賢い宣伝煽動手法だ。結果、殺されたポーランド軍将校の捕虜とポーランド社会の指導層の人々は2万2千人。それ以外の一般兵士の抹殺を含めると多すぎてカウントできないらしい。連行された兵士と生還した兵士の引き算の差が10万人を越えるという計算もある。
 戦闘での死亡ではなく、捕虜として集めた他国の無力な兵士を政治的抹殺という手法でこれだけ大量にまとめて殺したのは、近現代では、ソ連共産党が唯一最大ではなかろうか? 専門の施設までつくって、家畜未満への冷酷さでもって大量に処刑されたポーランドの将校達の無念の思いは、天空を覆い、永遠に消えることはない。ナチのアウシュビッツの犠牲者。そしてシベリア抑留の犠牲者とも重なる。
 ヨーロッパ史、いや世界史でこの70年隠蔽されてきた歴史の暗部を抉り出した大作である。この映画をみれば、一見勇ましく見える全体主義的イデオロギーに浮かれて快感を得たり、共産主義イデオロギーが反権力&反体制のカケラだと信じている信奉者の底知れぬ愚かさがすぐに理解できる。
  そういう意味で日本人は、ヨーロッパが先行的に経験した悲劇をもっと学ぶ必要があろう。
BOOK  
 『カチンの森~ポーランド指導階級の抹殺~』みすず書房
NHK-ETV特集 アンジェイ・ワイダ「祖国 ポーランドを撮り続けた男」
http://www.youtube.com/watch?v=JmlJnS8-0fM ~人生の最後にカティンを撮る理由~

600万人分の監視記録
【参考資料】 スターリン主義/KGB=ナチズム/ゲシュタポ=東ドイツ秘密警察/シュタージ
 かつて、ヒトラーが率いる国家社会主義ドイツ労働者党は、党内が独裁であったにもかかわらず、大衆の不満をたくみに利用しつつ、合法的な選挙を通じて第一党となり、ドイツ社会全体にその内部統制=全体主義的マインドコントロールイデオロギーによる独裁制を一気に拡大した。
  当時のドイツ共産党とても同様で、彼らもプロレタリア独裁(執権と言い換えようが同じこと)の思想であり、当時の多数労働者の党である社会民主党を徹底的に攻撃し、自らのセクト的利害のみを徹底追及、そればかりか、交通ストライキなどではナチスと共闘することも厭わなかった。後にナチスが共産党を弾圧したことをもって、両者は異質であるかのように表現する向きもいるが、この見方はきわめて表層的である。両者は、政治手法的には、極めて似通っており、ナチの幹部はドイツ共産党の手法を賛美し、それを真似たことが指摘されている。
  だからかどうか、ドイツではナチスも認めないが、同時に共産党も事実上存在しない。共産党は解散し、ドイツ統一後に、その残党は、「ドイツ左翼党」へ合流した。
  しかし、この「左翼党」は、現在もおぞましい問題を抱えている。
  同党には、拷問と密告で悪名高い旧東ドイツ秘密警察「シュタージ」と、旧東ドイツの社会主義統一党のメンバーが紛れ込んで隠然たる影響力を行使している。それらが、失業者と不満勢力の囲い込みを通じて、ドイツ社会全体にその息を吹き返そうとしている。
  実際、「左翼党はかつてのナチスと同じ」として、政党活動そのものの禁止を求める旧東ドイツの市民も多い。かつてのヴァイマール共和制を崩壊に導いた「同じ穴のムジナ」として、また、市民への残酷な弾圧を行った秘密警察国家の復活に繋がる(当然、左翼党は、表向きそれらを否定しているが)勢力として、厳重な監視下に置かれている。

 東ドイツ市民へのスパイ密告制度と拷問弾圧支配を続けたシュタージ(国家保安省)は、人口一人当たり換算で、ナチスの秘密警察である「ゲシュタポ」の12倍、旧ソ連秘密警察「KGB」の35倍の規模のスパイ監視網を構築していた。
  しかも、これは正規職員によるもので、市民の密告奨励によるものは換算されていない。スターリン主義=民主集中制の残滓は、社会が近代化すればするほど、市民同士をスパイとしてお互いに対立させて支配しようとする強烈な管理社会に行き着くことが明らかにされている。ドイツでは、近年「市民スパイ・密告」による一般市民への監視記録・600万人分が公開され、衝撃をもたらしている。
(閲覧は自由だが、この規模の監視体制の下では友人や親戚など近親者がスパイをしていたケースが発覚するため、その事実を知る事自体を躊躇う市民が少なくないという。民主集中制という名の全体主義体制が愛好する監視社会の後遺症は世代を越えて人間を苦しめ続ける。)


 ちなみにわが国でも異論を唱える市民への監視記録を配布するような「自称:民主団体」なるものが普通に存在する。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken.jpg
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai.htm

 被害者から頼まれ、善意の気持ちから被害者を助けた支援の一市民が、「被害者団体」のあり方を批判すると、
「被害者団体」が機関紙の一面全部を使って一市民を名指ししてウソ羅列の徹底的な人身攻撃をした。
   結局、市民から告訴された「被害者団体」は名誉毀損の不法行為で有罪判決が確定した。
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-stage2-kousosin.htm


映画 『クロッシング』 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=ZA4H2O7D1qQ
脱北者の逃避行ルートをリアルに追った人権侵害告発映画




歴史の歪曲は、人間の尊厳を脅かす蛮行。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-propaganda02.htm

事件後半世紀もたって、森永乳業顧問(2002年時点)の菊池孝夫氏が
「ヒ素中毒による後遺症は中間管理職が握りつぶしていたから、上部の者は知らなかった」
などと受け取れる発言を大手雑誌で流布した。
 このあまりに大きなウソは、森永ヒ素ミルク中毒事件の事件史全体を捻じ曲げる重大な歴史偽造の試みである。その後、本人は訂正もしていないようだ。被害者圧殺の暴虐の歴史を少しでも知る人、歴史を重んずる人が問題視するのは当然だ。未だにこのような不正なデマがごく最近になって原因企業幹部によって公に流され続けていることには驚きを隠せない。加えて、この企業の中間管理職が、このような公然たる責任転嫁を受けていても、黙って口を閉ざして現状は、情けないにもほどがあるし、「管理者としての矜持」を見せる度量もないとは、全く時代遅れの企業風土だ。
 しかし、森永は大量の乳児を殺害しておきながら、なぜ未だにこのような傲慢な態度を続けられるのだろうか。その背景に、創業当時から軍部に取り入り、産業報国の旗を振り、青少年にチョコレートなどの菓子を通じて軍国主義の刷り込みを率先しておこない、政界と癒着し続けてきた企業グループの姿勢からくる傲慢さを指摘する人もいる。だが、理由は何であれ、このような歴史偽造は許されない。このような「もみ手ごますり」で企業トップにオベンチャラを使い、トップの責任を隠蔽し、自社のもっとも恥ずべき犯罪の本質を曖昧にする「感情支配型」の経営姿勢に猛省を求めたい。政界に野心あり過ぎの森永と安部政権

左右は利権が絡むと見事に癒着する。
【参考資料】森永事件解説ポスター 民医連なるもの 弁護士の言説  弁護団内部の売名主義への批判  被害者団体の本末転倒 森永ヒ素ミルク中毒事件50年目のレポート 貧困ビジネスの実態 被害者団体のあり方を批判する市民を恫喝した民主集中制が裁判で有罪判決 歴史の偽造を企む職業的プロパガンダ  民主集中制という麻薬的党派性向
意見の異なる会員の言論弾圧をして何が悪い!と公式に開き直る民主集中制

「弁護士」との対談で登場した巨大な嘘
ヒ素中毒による後遺症は中間管理職が握りつぶしていたから、
上部の者は知らなかった???

(森永乳業顧問-2002年-の菊池孝生氏が、テレビや、弁護士・中坊公平氏─当時─との対談で発言していること。)
 中坊・菊地対談は2002年の『諸君』5月号に掲載されています。その時の菊地氏の肩書は「森永乳業顧問」とあります。ですから、個人としての発言ではないと認識しています。その中で問題となる個所を再録します。
 162頁下段で「菊地 (略)『韓非子』に「知の難きに非ず、知に処するは則ち難し」とありますが、知恵はいくらでも出てくる。それをどう運用するかがいちばん難しいんです。現場を知りたいという社長の真意を、中間管理職がどれだけ汲み取れるか。不祥事があった場合、もちろん社長も悪いけど、社長の耳に心地よい話だけを上げてくる中間管理職がいちばん悪いと思います。実は森永の場合、昭和30年に事件がおきてから裁判になるまで、14年間にダンボール三箱分の苦情が届いていたんですよ。つまり、事件は「14年目の訪問」で再燃したのではなく、ずっと続いていたんです。それを中間管理職が、社内の思惑で止めていた。」
  ────────────────────────────
以下に、このウソを証明する一次文書と資料類を17項目に亘り掲載します。
余りに深刻な公害の責任を最も深く自覚すべき幹部が、いまどき、こんな見え透いた「嘘」を雑誌で公然と流布して良いのでしょうか? しかも事件発生後1年以内に131人の乳児を死に至らしめておいて、未だに「上場企業」ですぞ。その傲慢さから来るのかどうか、なにか大きな勘違いをしている(現在に至るまでの認定被害者の死者は最低でも1,170名 -2013.10現在-)

1.
最初から、被害者組織の解散を求め、深く関与していた森永重役陣

No.849 菊地孝生森永顧問の話は「大ウソ」─

 森永特使・梅原睦氏は守る会結成後に、守る会の今後を危険視して森永から派遣されて岡山へ度々やってきて、解散などをもとめていました。彼から某氏に送られた手紙です。

…一昨日も上京しましたが、矢張り重役陣の中にも一応石橋をたたいているものもないではありません。これと言うのもジックリ膝を交えて話せる機会もなし、過去の歴史を辿っても疑念を抱かれるのも当然のこと。そうした方ともこの際、理解を求めるためにも小生も思っているままを話して了解できるかどうかわかりませんが来たつもりです。(以下略)─昭和32年9月18日─

…何か将来を保証する意思表示がほしいと希望することも御理解願いたい。社内重役陣も個々の考えをもっていることを考慮されたい。(略)─昭和32年9月13日─
 これ、つまり森永にとって「将来を保証する意思表示がほしい」とは「守る会」を解散することを意味している。その「意思表示」を求めている意味にとれる。
 これまでに、別の渉外部の部員が岡山で後遺症治療について、何度も守る会の会員と話をしていて、このことは梅原氏も了解ずみです。だから、重役陣と話すときには、そのことがでないはずはない。

2.森永は重役の意思で、被害者団体無視→各個撃破→ボス交渉→抹殺。
No.850 菊地孝生森永顧問の話は「大ウソ」2─

 これは岡崎哲夫氏から黒川氏に宛てられた文書「森永の謀略とそれに対する本会の行動方針について」(昭和32年7月14日)です。
 各会員からの報告を集約した結果。1.松本渉外課長の個人訪問は本会無視、団結破壊の意図。2.訪問結果「納得した」会員は皆無。3.回答期日延期し「岡山は他県並みで不可、重役と相談」後の回答は本会抹殺、各個撃破となる。七海重役が黒川氏に会談申入れは、右路線を実現せんため。組織を無視するボス交渉の意図。4.本会の任務は組織の存続発展。5.医学者の見解は砒素の影響に悲観楽観の両論、楽観論は権力機構の座にいるもの、その他は悲観論堅持。6.我々の要求は目新しくなく森永に約束の履行を要求するもの。

3.「中間管理職が握りつぶしていた」という言説は「意識的に流布」されている悪質なウソ。
No.851 菊地孝生顧問の話は「大ウソ」3
 昭和32年8月15日綱島長吉氏(事件翌年の守る会設立メンバーの一人)が某氏に宛てた手紙。
 (略)11日調印(注 守る会と森永が被害者治療について契約書を交わす)後梅原氏(注 特命大使)の意見は本社大野氏(注 社長)の意見として医師が積極的に研究に没頭と能力あれば、本社として協力を惜しまないと言う。梅原氏は本社の裁決が梅原案と磯辺・松本案(注 渉外課員)の調整において梅原発言に傾き、磯辺氏の意識的反抗を感じるので考慮してほしい。平田氏(注 訴訟派)ら旧同盟の方々に今度の協定書を話し、子供が治療されることが実際的に望ましいので、訴訟に追い込んだ罪滅ぼしとして努力したい。
 (感想)梅原氏は自分の功績を自慢しているようにもとれる。守る会が岡山県内の会員の治療費の支払いを求めて交渉しているので、本社の上層部が知らないはずがない。社長の名前も出ているのであるから、菊地氏が言っていることは「意識的なウソ」であり、悪質極まりない。

4.森永重役、「守る会は、不逞なやから」との見解。懐柔策として後遺症との関連に関して治療費を払うとの見解も。

No.853 菊地孝生顧問の話は「大ウソ」4─

 昭和32年9月3日に森永七海重役と守る会役員が会見した時のメモが見つかる。七海氏の話では「会社側には二つの意見がある。一つは新協定(注1)については柔軟に運用するというもの。二つ目は守る会は不逞な意図をもった集団で、無条件で解散するまでは信用できないというもの。これは渉外課主流の意見だという。」このような話が七海氏の口から語られた。

(注1)新協定とは、岡山県内において、任意の医師の診察を受けヒ素ミルクとの関連性について疑いがあると診定された者に限り、治療費、交通費、入院に要する実費を森永が負担するというもの。

 七海氏は守る会が後遺症の治療を求めていることを知っていたことは疑いがない。菊地氏は七海重役も「中間管理職」の中に入れているのだろうか。後遺症を上層部は知らなかった、中間管理職が握り潰したというからには、大野社長も№851では知っていたことになり、森永社員は社長も重役も中間管理職になってしまう。

5.大手マスコミに陰湿な圧力をかけ続けた森永乳業の重役

No.856 菊地孝生顧問の話は「大ウソ」5─

昭和35年11月8日付、綱島長吉氏から岡崎哲夫氏宛ての手紙

1.福祉新聞の森氏の意見了解、2.朝日の角川氏の意見求められたらいかが。①森永七海氏が三回に亘り同編集部を訪問し、手きびしい態度で接されたので掲載されるとたたかれるかも。②角川氏も七海氏を取材している。③七海氏は別方面で掲載禁止の手段は可能であったが、取材現場の空気悪化を憂慮して成り行きまかせにしたと私にはなす。赤松部長が直接吉房、浅野を訪問しているのは火消しを意味。5.磯部君が突然岡山へ来たのは朝日不掲載が連絡された母親大会事務局の態度だけが問題になり、県衛生部を通じて赤松氏へ働きかけする任務か。赤松氏を通じて吉房、浅野説得方法打診か。

(赤松部長が「火消し」に回ったというのは、森永への治療費などの要求を抑えることや、県庁で座り込みをすることなどを中止させる意味ではないかと思います。日教組の婦人部も「日本母親大会」の主催団体の一員ですが、当時は県庁も愛育委員会も保健所もみな森永の味方ですから、「要求の火の手」が上がったのを消すということでしょう。)

 福祉新聞─日本母親大会で守る会の吉房、浅野の両氏がヒ素ミルク中毒の後遺症を訴えた。それを報道したのは「福祉新聞」、「アサヒ芸能」だけだった。森氏は福祉新聞の記者。
 朝日の角川氏─週刊朝日の記者、母親大会後岡山を訪れ関係者の取材をして原稿を書きながら、なぜか掲載中止になる。
 赤松部長─日教組の岡山県婦人部長。磯部─森永渉外部

6.後遺症の存在など先刻承知の上で、抹殺努力を続けた森永乳業の重役
No.858 菊地孝生顧問の話は「大ウソ」6─

昭和35年10月12日 森永乳業株式会社大野勇殿「御通知」 森永ミルク中毒のこどもを守る会理事長岩月祝一
「福祉新聞第179号所載の記事で「森永事実を否定」の個所で貴社七海久氏と松本鷹知氏の両氏の談話は、新聞紙の公的性格に鑑み社会的影響が甚大であり、当該記事が完全に真実であるか否か責任ある回答を望む。」

 福祉新聞179号は日本母親大会で守る会吉房、浅野両氏が「森永ヒ素ミルク中毒被害児に後遺症」を訴えたことを報道している。取材記者によれば、守る会の言い分と森永の言い分を公平に報道するために両者から取材したという。だから森永の七海重役は後遺症の存在を知っていたことになる。松本鷹知氏は渉外課長だから、岡山の守る会とも接触があり、医師の診断書で後遺症の疑いがあることは、先刻承知していたはずだ。

7.被害者が、1960年の段階で、すでに社長代理に直訴しているのに、「中間管理職が握りつぶした」、という虚言を2002年、雑誌で語り始めた森永乳業顧問
No.867 森永・菊地孝生顧問の「大ウソ」をあばく №1─

 昭和35年1月28日福士俊子氏(東京在住・重症被害者母)の手紙
 東京行動をより有意義にするため一案あり。以前に報告した東京新聞の社会部記者がこの事件に興味をいだき、当時(3年前)森永本社へ行き重役とのインタビューに成功したが、徳島裁判の判決まではと、新聞社でストップになり記事は陽の目を見なかった。時期到来すればとのことで、東京行動日はその「時期」と思い、日時確定し次第新聞に報道してもらったらどうか。

 東京行動とは日本母親大会に参加すること。大会が終了後の8月24日午後に吉房さん夫妻と岩月、浅野さんが森永社長本宅に面会を求めて行っている。社長は不在で夫人と話している。翌日大野勇氏宅に行きここでも大野氏は不在で夫人と話している。これは吉房亀子さんの日記にかいてある。(昭和35年8月24日)
 当時大野勇氏はヒ素ミルク事件の責任を取って社長を辞任していた。大野氏と会えなかったので森永本社へ行き、社長代理の者とあっている。そこで訴えることといったら「後遺症」のこと以外に何があるだろう。

8.雑誌「アサヒ芸能」への森永の圧力

No.870 森永・菊地孝生顧問の「大ウソ」をあばく №2─

昭和35年9月25日『アサヒ芸能』記者栃窪宏男→岡崎哲夫への「手紙」を掲載します。

先日、突然取材にあがりお世話になりました。帰京後早速森永本社を訪ね、総務部長と話し合いました。原稿提出後にかなり圧力がかかって驚きましたが、一応3頁のページを割くことができました。(後略)

森永の総務部長は森永恒三郎氏で、森永本社と関係があるらしい。総務部長と言えば、「中間管理職」とはいえないでしょう。『アサヒ芸能』は圧力にめげす吉房、浅野両氏が「日本母親大会」で後遺症の訴えをしたことを掲載したが、『週刊朝日』は岡山まできて取材はしたが、なぜか掲載は見送った。



9.関西テレビでの発言も大ウソ
No.871 森永・菊地孝生顧問の「大ウソ」をあばく №3─

 関西テレビ制作「ザ・ドキュメント『恩讐の彼方』」(2007年11月27日放映)で菊地孝生氏の発言、「丸山教授の発表を新聞で見た時には、これはしまったと思ったですね。検診を続けておけば、被害の拡散は防げたとおもったですね。」

 これも「大ウソ」。
 守る会(岡山にしかなかった。大阪には「守る会設立準備会」は岡山のよびかけでできたが、その後立ち消え)は精密検診を求めて、森永と交渉をつづけていた。守る会の要求で森永は岡山では検診費用、治療費を負担したが、守る会の解散を要求。岡山の患者に後遺症があることは、他府県でもあることが当然予想されることである。
 この菊地氏の発言「しまった」は被害者からなんら検診の要求がなかったので、検診をしなかったとうけとれるニュアンスがある。 関西テレビは、これらの登場人物の発言などについて「ウラ」をとらずに制作している。これは「ドキュメント」とは言えない。

10. 被害者の親の転職をも妨害し、被害者家族の困窮と崩壊を企図。

【昭和37年8月15日守る会関係者への綱島長吉氏からの手紙】
 突然上京し、清水(静岡県)へ駐在していたが、来月清水を引き上げ予定。帰郷か名古屋へ滞在か未定。以下極秘、実は日水(日本水産)副社長(綱島氏の大学同窓生)の招請で、八王子(東京都)の新設工場の舎監として寮管理の仕事をやるつもりで上京後、勤務部から提出の意見書は、「森永事件関係者で同業食品界に打撃を与えた張本人を如何なる名目でも留まらせることは同業の交誼に反するし、工員と直接関連を有する人事関係の最前線に据えることは危険。興信所その他の情報で明らか。」

 副社長は、もし自分が同じ立場になれば、綱島氏と同様の行動をとるだろうと言明。以上のような事情で清水で待避。

 この背景には社長派と副社長派の勢力争いあり。社長は元森永の重役であったことが決定的要素と思う。(以下略)

 社長が綱島氏らが岡山で守る会を結成して、粘りつよく後遺症の存在を訴え続けていたことを知っていたからこそ、排除しようとしたことは明白である。

 自分たちのおかした罪を棚に上げて、子供の将来を心配して運動を続ける親に対して「危険人物」という烙印を押すような人物が、会社のトップにいる。これこそ会社にとっても、社会にとってもキケン信号だ。


11.森永は被害者に無条件降伏のみを求める。No.896 森永・菊地孝生のウソをあばく(続)
【以下は、守る会が昭和32年-1957-9月6日に会員向けに送った文書の中に書かれている内容。この項4を示す原文】

 昭和32年9月3日、森永七海重役と本会(岡山県森永ミルク中毒のこどもを守る会)が会見の結果を報告します。森永社内に二つの対立意見がある。一つは新協定(守る会と森永との間で、ヒ素ミルクによる後遺症との医者の診断があれば、治療費などを支払う)の柔軟運用。二つは守る会は不逞の企図をもっているので、無条件降伏(守る会の解散)までは信用できない。この意見は渉外課主流の意見である。

【大阪被災者の方への連絡】
今回、我々(岡山県森永ミルク中毒のこどもを守る会)と森永との間で新協定がが結ばれた。この覚書は他府県には公表しないでくれと森永から申入れがあった。大阪も守る会を結成したら、岡山が悪顔をうつのも覚悟の上で内容をお知らせする。(しかし大阪はその後守る会を結成しなかった。昭和32年9月11日連絡状から)

12.菊池氏からみると、森永乳業の重役は「中間管理職」?  No.897 森永・菊地孝生のウソをあばく(続々)

以前に報告済み、重複をお詫びする。
投稿者 :こだわり人間 2013年1月6日(日) 16:35
【昭和35年4月24日の黒川氏から岡崎氏へのハガキの内容】
19日に午前中一杯松本、磯部(森永渉外部)の両氏と話し大体の見通しをつけた。多分5月の飛び石連休頃に岡山で検診し、更に会談することとなろう。松本氏が26日に帰京して七海氏等と相談するとのことだ。

 菊地氏は、被害者の後遺症の存在を中間管理職が握り潰したと、中坊氏との『諸君』誌上での対談で公言している。事件後の35年にも岡山の守る会から、引き続き後遺症対策を求められていることを、重役の七海氏が知っていたことはこれで証明されている。

13.中間管理職もトップの意志のもとに動いていた証拠(当然でしょう)
【森永渉外課松本鷹知氏から岡崎哲夫氏への手紙】
 昨日突然黒川兄の訪問を得て知りました次第ですが、心からお喜び申します。貴兄と黒川兄上京前にお話し合いされたことについて伺い又私の考えも(これは会社の考えです)
誤解のないよう十分お伝えして御帰岡後には貴兄と御相談願うよう願ってありますが、同氏(黒川)も時間の都合上貴兄との会合が多少時間がかかるかもしれないと申して居られました。黒川兄からご報告がありましたらそれに基づいて、十分御検討いただけますれば、幸いと取り急ぎ御回報申し上げます。(昭和35年2月27日)
 
(注)これは被害者の検診費用などの支払いについて、森永の考えを黒川氏に述べ、守る会に伝言を頼んだことを手紙でしらせたものだ。
「私の考えは会社の考えだ」と言っていることからわかるように、中間管理職が勝手に動いていないことを述べている。ただそれなら文書にして渡せばいいものだが、それをしないところが森永のズルイやり口である。

14.森永乳業の常務取締役は、中間管理職? No.900 森永・菊地孝生のウソをあばく(続々々々)
投稿者 :こだわり人間 2013年1月8日(火) 15:13

【会員各位 重要通知(マル秘)】昭和35年5月24日
以下の各項は重要なので適当な配慮を要望する。(1)5月21日岡大検診結果(親の証言)、イ.A─脳の発育が3歳程度、薬品の与えすぎか。6月2日再検診治療法を考える。ロ.I─乳歯が駄目、今後一回通院義歯をいれる。ハ.Y─手術及び義歯は健康上差し支えなし。(2)過去の闘いの推移を顧みて、イ.検診結果積極的に検診、健康管理した子は回復、ロ.親の判断で処理すれば回復遅れ目立つ。ハ.常時積極的に医師と連絡をとり真剣になること必要。ニ.我々が医師を指定し受診すると、森永はその前後にその医師と会見し、医師は森永に不利な発言を回避する。真に正しい立場にいたのは倉敷中央病院の石田医師一人。
【株主各位 第22期定時株主総会決議御通知】昭和35年6月12日 新役員決定・取締役会長-森永太平、取締役社長-大野勇、常務取締役-萩原昌次、七海久、前取締役社長-大串松次は相談役に。

(今まで度々この欄に登場していた七海氏は常務取締役になった。席次から言えば森永の№4であり、中間管理職ではない。)

15.森永専務が岡山の県会議員の直接買収に動く No.901 森永・菊地孝生のウソをあばく(続々々々々)
投稿者 :こだわり人間 2013年1月12日(土) 9:17

45年3月30日夜、社会党本部で関係者協議、直後、森永岡山営業所から「森永専務」が谷村、岡本両氏に面会要請あり、断る。昭和45年7月31日の社会党(岡山)県議団と守る会研究班の三者会議。石田課長(県衛生部)を呼んで詰めた結果、8月1日県が開催を通知した「岡山県粉乳中毒調査委員会」は県衛生部長の急死で取りやめ。ところが8月3日~5日頃、森永専務が藤本剛平社会党県議に「手を引いて欲しい」旨申入れ、必要とあれば数百万円は出す」と言った。(8月8日付岡崎氏から某氏への手紙)

(注) 藤本県議は医師で「岡山県粉乳中毒調査委員会」(官製検診)のメンバーとして守る会が推薦していた。
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質疑応答
No.902 投稿者:ホワイト 2013年1月16日(水) 19:25
こだわり人間様
で、社会党は手を引き、共産党(民医連)は官製検診に参加したんですか?

No.903 ホワイトさんにお答えします
投稿者 :こだわり人間 2013年1月18日(金) 16:27
 藤本県議は委員に入っておりません。その理由が森永から金をもらったからか、どうかは知りません。
 民医連からは水落理、松岡健一、遠迫克己の三氏が入っています。その他守る会推薦で三村啓爾氏も入っています。民医連は守る会がおこなった自主検診の資料を当委員会に提出しています。これには守る会は反対していましたが、こっそり提出したようです。

 ところで、森永が安定剤に使った「第二リン酸ソーダ」使用について、森永臨時工・パートタイマー労働組合は「ヒ素ミルク中毒問題(不買運動)と我々の態度」(1973.2.20)で次のようにいっています。「工業用第二燐酸ソーダも局方や第一級ソーダも実質には違いはなく、小瓶に入っている局方試薬など買っていては製造に間に合わぬから木箱入りの工業用を買っていた」というのですが、この見方には真実の一片が隠されているようです。


16. No.904 森永・菊地孝生のウソをあばく(続々々々々々
投稿者 :こだわり人間 2013年1月22日(火) 12:05
【昭和52年(1977)11月30日冒頭の山口敏夫委員長の挨拶】
 事件解決のために厚生省が乗り出してから既に局長は4代目を迎えた。基本的には、国民の命と健康を守る立場にたって進められてきたとおもうが、関係者が一つのテーブルについてやってゆけるようになったのには、守る会の役員のみなさんの献身的な子供に対する愛情と団体に対する奉仕の精神があってのことで、局長をはじめみなさんにこのことを十分理解してほしい。大変むつかしい事案で皆さんの努力がなければ、いつ行き詰るか、崩壊するかわからない。……三者会談に参加の皆さんの熱意と努力が特に必要である。守る会の皆さんは報われることのない献身だとは思うがライフワークとしてとりくんで頂きたい。森永乳業は構造不況、円高の中苦しいだろうが、経営責任をもっている立場の方が頑張ってほしい。大野さんが「会社がつぶれるまでやる」といったので、守る会の皆さんに会わしたわけだが、今後もそのつもりでやってほしい。
厚生省としても国の実験的事業として必ず成功させねばならない。大所、高所に立ってやっていただきたい。

(注)山口敏夫衆議院議員は、厚生省の政務次官だったころに三者会談の呼びかけを森永と守る会にした。森永が企業責任を認めるということで、守る会も参加したという事情がある。その経緯について山口氏は述べている。「大野さん」とは大野勇森永乳業社長のことである。「国の実験的事業」だといっているが、現在の状況は国は責任を放棄しているのではないか。


17.事件当時の森永乳業の悪魔的態度
以下----
 綱島氏(守る会設立者の一人)の報告(昭和32年9月17日)によれば、梅原睦氏(森永渉外部)は「辞を低くして(注)お願いするように、松本鷹知(当時の森永渉外課長)に言ってくれ」と申し入れてきた。

 そこで辞を低くしてお願いしたら、
(森永側からの)守る会の解散を要求。会社の意を受けて会員を説得せよ、強引に押し切れとの要求はきわめて不徳義で(被害者側としては)
耐えられない。

 
(森永乳業)松本課長の(被害者側への)
申入れ、
A.守る会解散なら『事件史』の負債等も解散の名目で支払う。
B.解散無理ならその他の条件に応じず

 という。今までは岡崎、綱島が強硬で、黒川が温和な仲介を取るという形であった。今度は梅原氏の書簡(辞を低くしてお願いする)の意を体して卑屈な位、低くでた。

 森永乳業・松本氏は被害者側へ自殺を強いるような高踏的態度であった。
 今後は黒川は高飛車に出て「今ただちに守る会の解散を要求は極めて不自然不当で、頭を下げるものを踏みつける行為だ。会社の態度が一歩も引けないなら仲介はしないで反響を見る」と黒川はいう。

 (解説)これは、被害児のヒ素ミルク中毒後遺症、併発省の治療費を要求をしている守る会に対する森永の態度について、綱島氏が報告している文書である。いまだに森永は被害者の頭を踏みつけていることに変わりがない。
以上----

(注)「辞を低くする」とは、相手に腰を低くして丁寧にすること。/つまり、この文書は、加害企業・森永の中級管理職・梅原氏が、被害者団体に対して、「わが社の上司(森永乳業の松本氏)には腰を低くして丁寧な言葉をお使いさしあげながらお願いするように」と「適切なるアドバイス」を出している様子を示している。そして森永からはそのお返しとして「まるで自殺を強いるような」高飛車な要求が次から次へと出されてきた事実を淡々と報告している/これは、まるで、江戸時代の、いや更にその前の原始時代の発想だ。引用文には青字の補足説明と改行を入れた。

デジタルアーカイブコーナー
所収:森永告発刊「砒素ミルク」シリーズPDF
1-1, 1-2 2-1, 2-2 等をご参照

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/bengosi-igi.htm

毒をもられて殺され、或いは、一生を台無しにされた被害者が、
      金と引き換えに、加害企業に感謝することがあり得るか?

故・中坊公平氏は、かつて2000年頃から数年間にわたって
自身のおびただしい量の著作物のなかで、以下の言説を展開した。
その言説が社会に残した「印象」の最たるものは…、

“森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者は、加害企業である森永乳業に大変よくしてもらって、今では「加害企業に感謝している」”

というものだ。

だが、少なくとも、森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者運動においては、中坊公平氏は、「指揮官」ではない。そして、彼の流布した主張とは大きく異なり、

“被害者は加害企業にそれなりに感謝” などしていない。

赤ん坊に砒素を飲ませたうえに、全く反省もなく、国家権力を総動員して、凶暴極まりない姿勢で、20年間にわたり被害者家族を弾圧し続けた森永乳業に対し、現在も重篤な障害に苦しむ被害者がいまさら、いったい、何を感謝しなければいけないのだろうか?

現在支給されている金銭を、被害者が「ありがたがっている」という印象を社会に強烈に焼き付けたいのだろうか。或いは「金銭支給をありがたく思え」という強要にも似た障害者差別だろうか? 或いは「“世間はありがたく思え”と考えているから、不満があっても表に出すな」というもっと巧妙な心理作戦だろうか?
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因みに、加害企業・森永に心から感謝している被害者がいるなら、その理由を添えて、このブログに自由にコメント書き込みをして欲しいものである。

脱原発一本化を拒否した共産党に対する鎌田慧氏の批判の衝撃

http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20140129-00032088/

そもそも、かつて共産党が多様な民主主義を尊重したことがあったのか?とか…コミンテルンでのディミトロフ演説の位置づけをどう見るか?とか…、そんなことはこの際どうでもいい。要は、鎌田慧氏が共産党のDNAとも言えるセクト主義をわかりやすく衝いたことに関しての、とても興味深いオピニオン。
  (セクト主義に見えて要所では自民をアシストしている行為は既にバレている→http://takuki.com/dsk/015.htm )
市民運動の新しい層が共産党の本質を再認識し始めたのは大変結構なことだ。

共産党の、百年以上変わらぬ思考回路と作風

共産主義イデオロギーの要点を簡潔にまとめると、「共産主義はすでにマルクス様が法則的に決定しているとおっしゃった人類の最高にして最終的な到達点であり、共産党は、そこへ無知な民衆を導く領導主(自称:前衛)である」と自己規定をし、自己暗示をかけ続けるイデオロギーである。

20世紀後半からは、この自己暗示システムだけがこの党の組織支配原理として残存し、共産主義を実際に実現しようなどと大まじめに考えている構成員はもはや存在しないだろう。だが、これでは党名との整合性が取れないので、党側は、共産主義の定義そのものを原典から変えてしまい「共産党が議会で第一党になる事がまず共産主義への手始め」と規定しているから、「共産主義を目指している」と自称しても矛盾を感じなくさせている。ひたすら「党勢拡大の宣伝活動」をすることが「日本革命の崇高な使命」だと思い込めば、自省能力の成長は抑制され続ける。ただ、理屈的にはどうひっくり返っても、共産主義を口にしている限り最終段階では共産党一党支配(独裁)が登場するはずなのに、それは口にチャックしつつ、その論理構造が引き出す独善性にはしっかり影響を受けている。曰く、「われこそは唯一無二の平和と民主主義の党」「自分たちだけが正しい」...。事実にも反するこんな唯我独尊をクチにするから、幅広い視野をもつ人には?マークがいっぱいつくことになる。

実態は、美辞麗句で糊塗しただけの拝金主義な世俗政党

自らを「人類の理想へ導く前衛党」と “唯物論的、歴史主義的に” 規定することで、この組織は自らを、「人間社会の上位に立つ超越的かつ神格化された存在」にしてしまう。この一神教的世界観こそが、この党が、「支援という旗」を振りかざしながら近寄って行く先の団体へ介入や乗っ取りを画策し、そのためには言論弾圧、査問、政治的抹殺といったありとあらゆる不当な行為にためらいがなくなる思想的基礎をなしている。が、党員たちにはその自覚がほとんど無い。自党の根城を拡大することは理想郷に近づく重要な組織化活動と考えるからだ。実際には、拝金主義に基づく党生活者の利権確保と、それを美しく糊塗するためのプロパガンダを代行する盲従諸団体の生成・育成が目的にすぎない。

問題は、その「ここぞという時の」やり方が、普段から党内で慣れ親しんだ民主集中制の手法で、手段を選ばず偽装潜入とプロパガンダに狂奔し、正面から批判されようものなら徹底的に「反共主義者め!」わめき散らし、噛みつきまわり、誹謗中傷、恫喝、組織動員による威圧、政治謀略など見境のない手段を選ぶことである。乗っ取る際には、対象組織内部の市民的リテラシーに欠如したゴリ押しタイプの人間を橋頭堡に使い、用済みになればお得意の美辞麗句を持ち出し切り捨てるといった事にも躊躇いはない。徹底的な党利党略優先で突進する習性。これで乗り切ってきた「成功体験」が忘れらない。それを下支えするのが「民主集中制」という、民主主義を深く考えた事がある人にとっては笑止かつ幼稚で形式主義的な思考回路。“この統制原理を維持する限り組織は安泰”...これこそが、腐っても「共産党」の看板を降ろせない本当の理由だ。

全体主義イデオロギーを貫く「閉じた循環的な論理構造」

論理的・学術的に誠実たろうとする人々には理解に苦しむ循環理論を振り回す党であるが、一方、当事者はそ知らぬ顔を決め込んで、“資本主義の本格的変革の段階は数百年先“ みたいな発想で合理化するか、或いは、公の場での自党の終局目標についての議論からは逃げ出すという戯画的なものとなる。「共産党」を自称しながら、選挙演説などで「共産主義社会の実現を一刻も早く目指しましょう」の一言さえ聴くことが無いのはそのためだ。(マルクスの労働価値説を世界観の拠り所にし、経営者を階級敵と規定するなら、ブラック企業に限定することなく「生産手段を所有する経営者や農民から工場や土地を奪取する」本来の「カクメイ運動」に果敢に邁進すればいいものを、彼らが介入する対象は、もっぱら、市民運動や、住民運動、温和な労働組合運動ばかりだ。これを「数百年先かもしれない共産主義社会への準備」と思い込むのは勝手だが、「取らぬ狸の皮算用」を口実に、市民運動を引っ掻き回す事なかれ、である。)

国民からの批判に基づいて自己のイデオロギーの根幹を不断に見直すという思考様式は理解できないようだ。修正があるとすれば、いつも、自党の「党勢拡大」「プロパガンダ」の都合からだけである。
(ちなみに、「教宣」なんて言葉は正式な日本語でもないし、この言葉を安易に口にする人はプロパガンダに片足を突っ込始めているとの自戒が必要だ)

そもそも、この思想の基礎をなす唯物弁証法的歴史観には、「開かれた改善サイクル」を可能にする修正回路が埋め込まれていない。(「人類の終局目標である共産主義体制」という看板を修正すれば、そもそも共産党の存在理由がなくなるのではないか、という自己暗示型の循環理論の罠)このような意味で、獲得した党員を精神的にがんじがらめに拘束する強烈な機能を有しているのも事実。いわゆる「官僚の無謬性神話」もたちが悪いが、外部からの批判に耳を貸す必要性を認識できないという点では、カルト宗教的イデオロギーに酷似している。
これは、自己完結型理論がもたらす大きな罠であり、ポパーや、アーレントが明確に指摘した「無限の世征服運動に突き進む全体主義運動」の核心的論理構造である。

それゆえ虜になった人間はカルト宗教団体やマルチ商法の信者よろしく、思考停止のまま、実によく党のために働く。これも党幹部が「共産党」の看板を降ろせない蜜の味の源だ。


マルクス・レーニン主義的思考回路は市民主義的資質とは無縁

末端党員は、組織中枢の腐敗構造を直に見る機会でも無い限り、自党の問題点に気づくチャンスはほとんど無い。機関紙を読まされ続けることで、“「前衛党」の下働きをすることが社会変革への最短の道”  という、市民的資質の欠落した思考方法と特有の独善的(前衛党無謬論 的)思考方法が不断に植えつけられる。

組織内でマスターベーションをしている間は、自由と民主社会の寛容証明書への寄生虫みたいなもの。
だが、この「一枚岩的」民主集中制の統制権力の機能を知り尽くしている国家権力は、最悪の公害事件などに際して住民・市民運動が激発したときには、運動への骨抜き工作代わりに代行利用をはじめる。そのあざといやり口は、深い傷となって半世紀を経てもなお国民の記憶の中に刻みこまれている。それは以下の事例にも端的にあらわれている。


水俣病闘争の現場に立った渡辺京二氏は、石牟礼道子さんの書籍で以下のように看破する。

「日共水俣市委員会は…ビラを織り込んだ。これは、…チッソの責任追及など申し訳にすぎず、彼ら (※日共) の水俣病問題に対する基本的認識が〝水俣病と安賃争議のために水俣はさびれた、これをなんとかしなくてはならぬ″  という、チッソが陰に陽に流し続けた、患者と水俣工場第一労組の労働者を圧殺するためのイデオロギーの完全なとりこになっていることを、白日の下にさらすものであった。…日共の数々の愚行はいまさら問題にするのも沙汰の限りではあるが、この声明は愚行などという生易しいしろものではなく、決死の闘いに立った十八家族への背後からの一刀であり、政治的犯罪の極北を示すものである。」
                       出典:石牟礼道子編「水俣病闘争 わが死民」

容赦ない厳しい憤りに満ちた筆致だ。それほど日本共産党が犯罪的な立ち回りをしたからだ。当時の水俣病患者の情念を共有した人間だけがわかる、腐敗した民主集中制党派への怒りのツブテといえるだろう。


■歴史ドキュメント/TVシリーズ【ソビエト社会主義共和国連邦の歴史的大罪】
 【スターリン主義の本質はマルクス主義の「歴史の法則的発展観」に既に内在している】
 民主集中制の本質が「視える化」された状態に過ぎない

 ■スターリン恐怖政治 「公開裁判」「粛清」「見世物裁判」
 ■
「チェーカー」 ウラジーミル・レーニン直属秘密警察組織
 ■
共産党暗黒白書、「二千万人大虐殺」
 ■ソビエト強制収容所
 ■スターリン恐怖政治 強力な個人崇拝とプロパガンダ
 ■
ソ連邦の統制でスターリン崇拝を強要されたバルト三国の悲劇
 ■
家族を密告した「少女オーリャ」
 ■キリスト教會弾圧「宗教は阿片なり」

市民運動のなかでも、自己中心的な価値観からの運動は多くみられますから、どこからの批判であっても真摯に耳を傾ける必要があると思います。
批判の中身を吟味し、十二分に公開された場で、公に公開された情報を共有しながら、フェアな討議をおこなっていくことこそが必要です。

たとえば、原発などのような施設を、長年、日本の貧しい地域に押し付けておいて、数千億円もの交付金で、一種のシャブ漬けにしながら、耐久年数いっぱいいっぱいまで稼働させた結果の電気をじゃぶじゃぶ使ってきた、我々日本人の壮年層以上の人間が、これまで自らの生活や事なかれ主義で生きてきた生活様式と人生に深刻な反省もなく、原発が破裂したとたん、思いついたように反原発を唱え始める姿。
多くの人は「原発が危険だなんて知らなかった」といいます。そうでしょうか?原発が貧しい地域に巨額の交付金と引き換えに設置されていったこと、反対運動が各地であることを、本当に、そういう方々は一切知らなかったのか? 急に善人ぶるのはやめにしたほうがいい、という意見もあります。

変化は大変結構なこと。そして、もちろん気づいた人が変わっていくのはいいことですが、依然として、電気をじゃぶじゃぶ使いながら、文明生活を甘受し、たとえば、その施設の出す核のゴミなどの処分場の設置などが自分の地域に来ることに関しては問答無用、死んでもゴメンだという考え方が市民の発想の中に当然のようにあるとしたら、それこそ本質的なエゴにつながる話ではないか? 多かれ少なかれ、原発を「迷惑施設」と知っていながら、自らに火の粉が降りかからないうちは、「三原則をまもって安全運転してくれればいいのに…」というまさに長年の共産党的な折衷論的言い訳を頭の隅に維持しながら、多くの日本人が、見て見ぬふりをしてきたのでしょう。この折衷論は、市民のなかにもある怠惰な思考に取り入り、それを加速させる負のアクセルを演じてきたといえるでしょう。

そして、それが、福島県民をまとめて棄民にしたり、福島の製品をじゅっぱひとからげで排斥したりする発想になっているとしたら、それは、いかがかと思います。風評被害といいますが、壮年層以上の人間は道義的意味で安全が確認された関東以東の製品を購入すべきだし、(子供、青少年、青年層は例外)、そのうえで、しっかりとした責任意識(ある意味、緩やかに自分の命をかけて)をもって原発の存続に意見を提示すべきとの意見も、市民は真剣に議論すべきでしょう。

そして福島県民の中にも「浜通りの人間が金欲しさに原発を誘致して、俺らは大迷惑だ」という差別意識に基づく思考があるとすれば、それも同列に批判されるべきでしょう。

電気をじゃぶじゃぶ使って「先進国の住民」を気取ってきたという事実は多くの日本人にあります。その事実をどう受け止めるかについて、ヒトとしての反省がなくば、それは、真の意味で道義的かつフェアな問題提起となならないでしょう。

近年ごたまぜ感満載の「ウイキペディア」にはとりあえず以下のようにあります。(抜粋)
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…(前略)1920年に開かれたコミンテルン第二回大会は「プロレタリア革命における共産党の役割に関するテーゼ」を採択し、その中で「民主主義的中央集権制の基礎的原則は、党の上級団体が下級団体によって選挙され、党の上級団体の指令一切が絶対的に、かつ必然的に下級団体を拘束し、大会と大会との間の期間、一切の指導的な党の同志が一般にかつ無条件にその権威を認める、強い党の中心が存在すべきことである」と規定した。軍隊的な上意下達に基づいた党規律を民主主義的要素よりも優先し強調したこのような民主主義的中央集権制がコミンテルンを通じて各国の共産党に広がっていった。

さらに1921年の第10回党大会で採択された決議「党の統一について」は党内において分派を形成することを禁止した。それでも1920年代には党内にトロツキー派やブハーリン派などの反対派が存在したが、スターリン派によって一掃され、1930年代の大粛清において次々に処刑された。共産党は指導部に対する批判をいっさい許さない組織へと変わった。このスターリン時代の党組織原則を民主主義的中央集権主義と区別して一枚岩主義と呼ぶ見解もある。

しかし共産党自身は自らの組織原則を民主主義的中央集権制と呼びつづけた。1934年に改正された党規約第18条も「党の組織構成の指導的原理は民主主義的中央集権制」と規定しており、その内容として以下の四つの項目が挙げられている。(1) 党の上から下までのすべての指導機関の選挙制 (2) 党組織にたいする党機関の定期的報告制 (3) 厳格な党規律、ならびに多数者への少数者の服従 (4) 下級機関および全党員にとっての上級機関の決定の無条件的な拘束性。

1977年に採択されたソ連憲法は国家の原則として民主主義的中央集権制を採用し、第3条で「ソビエト国家の組織と活動は、民主主義的中央集権制の原則、すなわち、下から上までのすべての国家権力機関は選挙によって構成され、これらの機関は人民に対して報告義務を負い、上級機関の決定は下級機関にとって拘束力をもつという原則、にしたがってうち立てられる」とした。

中国共産党における民主集中制

中国共産党の党規約では、「総綱(前文)」において「民主集中制を堅持すること」を党の原則として掲げている。 さらに第十条に民主集中制の具体的な内容を明記している。(以下省略)

1958年の日本共産党規約では以下のように記載した。

(3)日本共産党の組織原則は、民主主義的中央集権制である。党は民主主義の原則と中央集権制の原則を正しく統一する。 党内民主主義の保障、かっぱつな党内討議は、党員および党組織の積極性と創意性をたかめ、党生活を生き生きとしたものにし、自覚的な規律をつくるとともに、党内のゆたかな意見と経験を集約し、党員の認識をひろげ、個人的指導を排して集団的指導を実現し、党の指導力をたかめるためにかくことができない。 しかし、このような党内民主主義が、党の中央集権制と結合し、その基礎となって、はじめて党が全党員と全党組織の意志と行動を統一して強力な実践力を発揮し、どんな困難にもうちかち、党と人民の敵にうちかつ戦闘的組織となることができる。 決定にたいしては、少数は多数にしたがい、下級は上級にしたがい、積極的にこれを実行しなくてはならない。 こうして、党内民主主義は中央集権制のもとにおける民主主義であり、また党の集中制は、党内民主主義を基礎としてはじめて強固なものとなる。したがって、党員は党内民主主義を無視し、党員の創意性をおさえる官僚主義や保守主義とたたかうとともに、集中的指導をよわめる無原則的な自由主義や分散主義とたたかわなくてはならない。 党の指導原則は、集団的な知恵と経験にもとづく集団指導と個人責任制の結合である。(4)民主主義的中央集権制にもとづき、党員の自覚と厳格な規律による全党の統一と団結こそは、党の生命であり勝利の保障である。したがって、すべての党員は、いかなる場合にも党の統一をかたく守らなくてはならない。意見がちがうことによって組織的な排除を行なってはならない。また党規律をみだし、決定を実行せず、統一をやぶり、派閥をつくり、分派活動をおこなうことは、党を破壊する最悪の行為である。党内では、党の政治方針や組織原則をそこなうような行動はゆるされない。— 日本共産党規約(1958年)

1975年12月に『文藝春秋』で始まった連載「日本共産党の研究」において、立花隆は暴力革命・プロレタリア独裁・民主集中制をレーニン主義の三位一体の原則だと指摘した。その上で、日本共産党は暴力革命を否定し、プロレタリア独裁の意味内容を換骨奪胎したが、民主集中制は捨てていないので体質は変わっていない、と主張した。また、民主集中制の背後には大衆に対する不信とエリート主義がある、という見解を示した。日本共産党はこれを「反共攻撃」と見なし、「民主集中制は、勤労大衆に責任を負う近代政党の不可欠のメルクマールである。党内派閥を認めず、三十数万の党員が一つの路線、方針にもとづいて多彩に積極的に活動している日本共産党は、もっとも近代的、合理的で、活力ある組織政党である」などと反論した。

2001年に刊行された日本共産党の党規約解説本では、民主集中制はあくまで共産党内部の原則であり、同党が政権獲得した場合、日本社会全体が民主集中制に移行させられるという批判に対して「われわれ自身の内部規律だということを、しっかりとおさえて反論することが大事です」と述べている。

レーニンの民主集中制に対してローザ・ルクセンブルクは「プロレタリア独裁がプロレタリアートに対する独裁に転化する」として批判した。

永山博之は、まずプロレタリア独裁は「広い意味でのデモクラシーの流れの一部」だが「個人の自由の保障という考え方はない」とし、次に民主集中制は「前衛党が誤った判断を下した場合、それを是正する仕組みは存在しない」として、「プロレタリアート独裁体制が実質的に共産党独裁や共産党の頂点に立つ個人(書記長、総書記)の独裁に転化していったことは、このような制度が必然的にもたらす結果」と記した。
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例によって玉虫色の解説となっているが、コミンテルン型共産党の組織原則を象徴するものであることだけは明白である。と同時に、選挙という制度を形式的に取り入れているだけで、民主主義への理解は紙より薄そうである。

特に 「2001年に刊行された日本共産党の党規約解説本では、民主集中制はあくまで共産党内部の原則であり、同党が政権獲得した場合、日本社会全体が民主集中制に移行させられるという批判に対して「われわれ自身の内部規律だということを、しっかりとおさえて反論することが大事です」と述べている。」 という内容は、もし事実なら、ナチス政権誕生の負の教訓を忘却した御都合主義的解釈の頂点とも言えるものだ。

でも、このことに未だ疑問を感じない日本人が党員・シンパという形で結構いるらしい。さて、どうしてでしょう。

「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」と「公益財団法人ひかり協会」の「救済」事業は、
「運営が閉鎖的で、言論の自由を認めない強圧的なやり方。重症被害者は症状が重くなると支給額が減らされ、森永の支出が軽減される異常なカラクリが政府公認のもと30年以上続けられている」
と抗議する遺族や重症者の親御さん。

この親御さん達の批判の一端を掲載しているホームページ「監視塔」の掲示板に、 昨年(2013)、こんな書き逃げをした人物がいます。

「俺たち病院にかかれるだけで幸せ、それを批判する親は要らない」 

 この状況、みなさん、どう見られますか?

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